このコーナーですが、
どーも、知りもしないのに回答する人が多いような気がします。
全く見当ちがいの思い込みで根拠なしなのに自信たっぷりに
書かれてたり、嘘800が書かれてたり、浅い知識で決めつけたり、
ただ、検索エンジンの検索結果だけが書かれてたり。
質問する側が、辞書引く手間を惜しんでるだけっていうような
質問も見受けられるので、そのへんの影響もあるんでしょうか。

ここって知識の有効利用をする場であるとともに、
いろいろな見解を見れる面白い場でもあるんですけど、
上記に列挙されたような知ったかぶりな人々はどうして、
無駄に意見を披露したがるんでしょう?

ここは公開の場なので、そういった人々の存在を認めなければ
ならないことは確かです。なので、これは非難のつもりで書い
ているわけではありません。

なぜ、そういった人々が発言をやたらにしたがるのか、
そのへんの意識の仕組みについて不思議を感じるので、
そのあたりの謎を解明できればなぁ~
という意味の質問です。

主旨を御理解頂いて、回答頂ければ、と思います。

A 回答 (42件中1~10件)

 うーん、難しいですね。

はみだす部分ですか…。
 この哲学カテゴリーに関していえば、「哲学という学問の性質を捉えていない」ということがありうると思います。
 といっても、これにも「回答者の心理」に還元しきれない部分というのはありまして、それは「哲学という学問の性質そのものの曖昧さ」であろうと感じます。哲学って、何でもアリでしょう。数学っぽい質問だって、文学っぽい質問だって、心理学っぽい質問だって、何でも飲み込んでしまってココに置かれても不自然な感じがしない。なにしろ「ドラゴンボール…」という質問までが、いまだにこのコーナーに転がってるくらいですから。誰も文句を言わないという…(^^; 哲学カテゴリーの常連客(いるのか?そんなの)は、よほど心が広いか、のんびりした人たちなのでしょう。「ま、いいんじゃない?」みたいな。(だから置いときましょう!>「ドラゴンボール」)
 で、問題となりますのは、そういう部分ではないわけです。「人」の問題。
 扱いにくいですね、実に。というのは、上に述べたように哲学って何でもアリですから、非常に幅の広い参加スタイルが許されてしかるべきだと思われるからです。対照的な例を挙げれば、「法律」や「医療」のコーナーなどは「いい加減なことは書けないぞ」的雰囲気があるはずです。そりゃ、なきゃいかん。これに比べれば、哲学コーナーは実にリベラルです。真面目に語りたければ語ればいいし、遊びたければ遊べばいい。
が、しかし、問題は「哲学という学問そのものが遊びである」とでも捉えているかのように感じられる人がいる、というあたりでしょうか。哲学という場で議論されていることの内実を真摯に受け止める能力がないか、あるいはそうしようとしない人がいるとしたら、そういう人から見ると「真摯な質問や議論」も「遊び」も区別がつかないことになるでしょう。すると、その場の雰囲気にそぐわないチャチャを入れたりすることも起こってくる…。前回述べたように、これはご遠慮願いたい。
 あとは…そうですね…「ちょっと背伸びしてみたい」っての、あるかもしれません。かく言う私にもあります。大学で専攻していたために、たまたま色々な資料が手元にあります。で、前回書いたようにそれを参照しながら書いています。それで、このserpent-owlなる邪悪な名前の男は、その実体以上に「偉そうに」見えているかもしれません。あたかも、ある意味でウデのよい蕎麦屋が、一匹の海老を四本に裂いて、巨大なコロモをつけて立派な海老天を作り上げ、まるまる一匹分の海老天だと信じて口に入れた客が、そこで初めて「サギだ」と気付くような、そんな巨大なコロモのように。(長い比喩だなー)
 要するに、「誰かの役に立ちたい」という思いと、「ちょっと背伸びしてみたい」という思いとが重なり、そこに客観的知識や信頼に足る資料の裏付けが伴わない場合、「知ったか回答」が生じてくる…そういうことではないでしょうか。

 なお、前回書き忘れたことがあります。オフラインで書いてても書き忘れるんですね。アタマポリポリでございます。
 それは、「短い言葉でまとめるには、長く書くよりも時間がかかる」ということです。
 ご覧のように、私の文章は長いです。過去の履歴を参照していただいてもけっこうです。長いです。少なくとも、平均よりも。
 ムダが多いんですね。まあその、ムダな部分を楽しんでいただければなどという勝手な思いもあるのですが、やっぱこれはかつての「ニフティ癖」が抜けないせいでしょう。
 短いに越したことはないです。やはり。それはもう、自戒しちゃいます。

 その点、oni_ocさんは「かつての日経mix型ネットワーカー」として高い技量をお持ちと見えます。特にこのスレッドでの流れを見ると。彫刻家が微妙にノミを振るうように、着実に問題点の中心を明らかにしてこられたと見ています。
 では、ご批判を仰ぎます。
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この回答へのお礼

>というのは、上に述べたように哲学って何でもアリですから、
>非常に幅の広い参加スタイルが許されてしかるべきだと思われるからです。
確かにそうですね。まーしかし、serpent-owlさんが言われる通り、
「御遠慮願いたい」ケースもしばしば。
これって、誤解に基づく知識を内省し、検証する作業で、省いていく作業を
していないからなんではないでしょうか。(いわゆる「トンデモ」科学者と
同じか?)そこで、「知らない=ない」って御都合主義がまじりつつ、
No.124321でjumpeyさんの述べられている考察にある「権威になりたい」
という心理(性格?)が絡んでくると、
「尊大」と化すんでは?
なんて気がしてきました。どうでしょうか?

>oni_ocさんは「かつての日経mix型ネットワーカー」として高い技量をお持ちと見えます。
んー過大な評価を頂くと「尊大」になっちゃいますよぉ~~

お礼日時:2001/02/28 15:06

>極言すれば、勉学に勤しむのも、己が他者に対するアドバンテージを


>得んがためであるのだし、それも、知ったかぶりへと繋がる意識の
>流れの中にあるとも言えなくはない。

何だか自分の解答の背景を
ぴしゃり!と書かれてしまいました。

あとコミュニケーションとういう行為そのものにも
相手との優劣を競うような「かけひき」を楽しむ
といった要素があると思います。

自分はまだOKWeb初心者なもので
困った人を助けるための場なのか
コミュニケーションを楽しむ場なのか
まだよく分からないでいます。
もちろん二者択一ではないでしょうし
サイトの主旨から言えば前者なのでしょうが
自分は皆さんの解答を楽しんでいる
といったところが現在の本音です。

この回答への補足

>あとコミュニケーションとういう行為そのものにも
>相手との優劣を競うような「かけひき」を楽しむ
>といった要素があると思います。
あるでしょうね。実際のとこ、「朝まで生テレビ」
とかの討論系番組では、大きな声と態度の発言ばっかし
が聞こえてくる結果になってるケースが多いように思います。
そういうことで議論を左右しようってのも幼稚なような気もするんですが。

ここで折口信夫のクールな至言を一発。
「己を正しゅうせんがために、人をおとしめてはなりません」
戦争中に超右翼に向けて発言されたこの至言は当の右翼には
聞こえなかったようです。困ったもんです。

楽しめるのなら、楽しめばよいと思います。
ただ、自戒する気持ちを忘れなければ。

補足日時:2001/03/08 10:00
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この回答へのお礼

そのまた補足。
ちなみに折口信夫(おりぐちしのぶ)は文学者、
小説、日本文化研究などの著作があります。
で件の至言は金子光晴「絶望の精神史」よりの引用。
高見順「昭和文学盛衰史」「敗戦日記」「終戦日記」
等も合わせ読むとその時期の文学事情が知れて感慨深しです。

お礼日時:2001/03/08 11:39

 なるほど、「必ずしも除外できない」となると、「○○」とか「××」ということは必ずしも言えなくなりますね。

取り下げましょう。(実はそういう場合もあるのかもしれませんが。)
 たしかに、「知的会話自体が嫌い」「真面目な議論自体が嫌い」というケースもあるでしょうね。(「話し合いが嫌い」のように、それ自体を問題として問い直すのは別問題です。もちろん、これは哲学の話題になりうる。)
 「な~に深刻ぶって話してるんだよ」みたいな。しかし大抵はそう思っても心の中で感じるだけ、あるいは別のところで別の誰かと話して笑ってりゃいい。にもかかわらずそれがその場での「揶揄」発言になってくるというのは…やはり「何もかも楽しくてしかたない人」のような気がします。必ずしも「○○」という意味ではなくて。
 しかし、何と申しましょうか、「ご遠慮願いたい方」にご遠慮願う方策が、どうもありそうもないことが苦しいところです。

この回答への補足

>(実はそういう場合もあるのかもしれませんが。)
あるのかもしれませんが。しかし、まー自分の方がかしこいと
言い切るってのもなかなか難しい。
相手の言うことが「○○」に聞こえるのは自分が「○○」なせい
ということだって有り得なくはない。

そういうような意味から言うと、「○○」「××」もしくは
「ご遠慮願いたい方」ってのも、御遠慮頂くわけにはなかなかいかない
ような気がします。というより、何をもってそのような人々とするのかが
よくわからんような気がしてきました。

僕は(浅学なせいもありますが)難解な用語をなるべく使わないように、
なおかつ、専門家でないと知らない人の名前をなるべく使わないように
しつつ、書くようにしているのですが、実はそういった禁止事項を
取り外して超難解な文章を書きつづれば御遠慮頂けるのかもしれないです。

しかし、それはそれで、いかがなものかと.......

補足日時:2001/03/06 16:00
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このコーナーに限らず


知ったかぶってる人って世の中に一杯いますよね。
嫌だなぁと思います。
でも自分には「教えたい」といった欲求があります。
ここはそんな欲求を満たすのにもってこいの場だと思います。
皆さんにもあるんじゃないでしょうか?
だから自信がイマイチないときでも
まあ、コミュニケーションがしたいんでしょうね
こうやって解答を書いてしまうんです。

問題は「尊大な態度で回答に望む人は自分が間違っている可能性
取り違いをしている可能性を考えないのでしょうか?」
ということですが
それはその人が未熟だ、というしかないように思います。
でも「教えたい」欲求が周りの意見に触発されてしまうと
自分も何だか知ったかぶりモードに
入ってしまいそうになるんですよね。
だから、そうならないように
実は、いけないのかも知れませんが
未熟さを戒めるための練習の場としてもイイな
とか思ってもいるのですが・・・

あと、質問者のレベルがわかりにくいのも問題ですよね。
あきらかにサーチエンジンすら見ていないような
質問も見受けられますし・・・

この回答への補足

僕にも「教えたい欲求」はあります。
ただ、ここに至って思うのはその欲求の昂りのなかに、
「知ったかぶり」の構造が隠されているんではなかろうかと。

いかんことですが、人間自分と相容れない意見にぶちあたり、
それを自分の見地から低いレベルと判断したときに、
人を見下す態度(つまり知ったかぶりへと繋がる道)を
とるのではなかろうかと。

極言すれば、勉学に勤しむのも、己が他者に対するアドバンテージを
得んがためであるのだし、それも、知ったかぶりへと繋がる意識の
流れの中にあるとも言えなくはない。

この世にこの世の全てを知るものはいないのだからして、
全ての人々は未熟であるということも可能。
ならば、仮に間違っていようとも、ありとあらゆる意見は尊重されるべきで、
その全ての意見は固有の個性を持つものであるのではなかろうか。

してみれば、それを上から見下すような物言いは決してすべきではない。
ましてや、自己の正当性を過大に訴えるべきではない。

このようにこの質問を出してから思うようになりました。
ですから、僕は未熟であることは仕方がない。
みんな未熟なんだからと。
では、なぜ未熟たる可能性を考え得ないのだろうか?
という疑問を今は質問の軸にしています。
この質問は自分自身に対して全て自戒として帰ってくるものでもあるように、
思います。

補足日時:2001/03/06 00:08
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>むしろ一段階目と二段階目のほうが…


 自覚できる意識の下に沈潜している。…なるほど、またしても御指摘の通りのようです。すると、私が二番目の書き込みに挙げた「哲学という場で議論されていることの内実を真摯に受け止める能力がないか、あるいはそうしようとしない人」ですが、「そうしようとしない人」が外れてくることになりましょうか? 「わからないし、わかりたくもないね」という自覚的意識が働いていれば、パープリン回答には至らないわけですから。
 だとすると「哲学という場で議論されていることの内実を真摯に受け止める能力がない人」が残りましょうか。…いけない言葉ですが、「○○」とか「××」とかいう言葉が浮かんできてしまいます。楽しくて仕方がないのでしょう。人生が。会社が危機に瀕しているときの会議でも「きゃはははは」と笑っていられる。前向きでけっこうですし、うらやましくもありますが、やはり敬して遠ざけたいタイプの方です。
 願わくば、明るいだけでなく、せめて理解しようと努力する○○であってほしいと切に思う今日この頃です。

この回答への補足

>「そうしようとしない人」が外れてくることになりましょうか? 
>「わからないし、わかりたくもないね」という自覚的意識が働いていれば、
>パープリン回答には至らないわけですから。
んー、どうでしょう。それは、一概には言えないような気がします。
なぜかと言うと、「そうしようとしない」理由が「わからない=ない」
というところに端を発するケースも考えられるのではとも思うので。
となれば、「くっだらねーことに一生懸命になってんじゃねーよ」的な
揶揄へと向かうケースもあり得るのでは?と思います。
このケースにおいては、その質問項目の存在自体を否定する内容へと
向かうケースもあり得るので(否定してもいい質問があることも事実
なので、否定即このケースとは言い難いが)やはり、除外とは到らない
ように思われます。

>前向きでけっこうですし、うらやましくもありますが、
>やはり敬して遠ざけたいタイプの方です。
う~ん向こうから見たらこっちがそうなんでしょうな。
確かに、「こんなこと答え出してどうすんのさ」なんて言われると、
答えに窮するところありますからね。
ただまあ、もし言えるとしたら、
「いろんな考え方の中身を理解することは人間関係を円滑にするんではないかと思う」
ってなことぐらいでしょうか。

補足日時:2001/03/04 12:36
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>「わからない→くやしい→いや、そんなもんない→揶揄したい」


 なるほど! これはおそらく本人にとっても無自覚・無意識のことでしょうが、その心理過程を精密に辿るとまさしくこうした形になるように思います。特に二段階目と三段階目は本人が自覚できる意識レベルの下に沈潜しているでしょうね。たぶん、そういう人ご本人を目の前にしてこのことを指摘したら、「怒る」と思います。「怒る」という心理的反応が生じると思います。なぜかと言うと、「くやしい→そんなもんない、という心理過程があなたにはありますね」という指摘そのものに対して「くやしい→いや、そんなもんない」という心理的反応が生じるからです。そしてその反応自体が、今度はそうした心理過程が存在していたことを証明します。願わくば、そのような人に「うっ、そ…そうかも…頭冷やして、顔洗って出直そう…」と考える心の余裕があれば…と思います。

 参加者が減ったのは、oni_ocさんの問題意識が明確化され、ここの読者に浸透してきたからではないでしょうか。やはり、見事な手腕ですよ、oni_ocさん。
 このスレッドの最初の頃、「間違うのは仕方がない」という趣旨の回答を寄せられた方々は、なにも御自分自身について「オレは間違うよ、ウソつくよ、何が悪いの」と居直っておられたわけではない。しばしば間違いを書き込んでしまう他の方について、弁護しておられたのです。いや、御自分の回答について間違いをしたことがあると謙虚にお認めになり、自戒された方もおられました。これは私自身も同様。自分自身が身にまとう「巨大なコロモ」に、少しでも自分の「実体」を近づけていきたいと思います。…そのように、それぞれの方が、それぞれの形で何かを感じておられる…そういうことだと思います。その意味で、ここでの議論は大変有意義なものだったと感じます。
 それに、ここから「はみだす部分」には問題があるものの、ほとんどの方は悪意なく、「人の役に立ちたい」という純粋な思いから書き込みをされます。しかし多くの方は忙しい、ゆえに自らの回答をじっくり検討する余裕を持てない、あるいは言葉足らずになって、それが時に尊大にも「見えて」しまう、そういうことはあります。あると思います。
 ですから、私の個人的願いにすぎませんが、「知的遺産の蓄積」などという傲岸不遜にして無謀極まる「Okweb」のトンデモない理念に多少なりとも貢献すべく(ああ、削除されるかも…)、また、「知的会話の場」としての質を少しでも向上させるべく、じっくり腰を据えて書き込みに臨むのがよいように思います。それで、遊ぶときには遊ぶ。自分だけじゃなくて、読者も楽しませるように…。
 そういうことではないかと、私は思います。

この回答への補足

>「わからない→くやしい→いや、そんなもんない→揶揄したい」
serpent-owlさんの御指摘によると、

>特に二段階目と三段階目は本人が自覚できる意識レベルの下に沈潜している

のではないかということですが、僕はむしろ一段階目と二段階目のほうが
そうなんではないかと思うんですがいかがでしょうか。
なぜかと言うと、「わからない→くやしい」が顕在化していれば、
恥ずかしくて「そんなもんない→揶揄したい」に進めないんではないかと
思われるので。観察者には如実に「わからない→揶揄したい」は見て取れる
のですが。

というのは「わからない→くやしい」から「そんなもんない」に進んだら、
発言者には「わからないから反発した」という意識が残るはず。
これは自覚してたら赤面ものです。発言できないです。

なので、この質問に反発された多数の方の言われている中に
「そのような発言に知らないとか間違えているという意識はない」
というような主旨の意見が散見されることから
「知らない、または間違える=わからない」とすれば、
「わからない」は自覚できぬことなのではないかと思われます。

なので意識できるレベルにおいては、「いや、そんなもんない→揶揄したい」
なんではないでしょうか。

>「知的遺産の蓄積」などという傲岸不遜にして無謀極まる「Okweb」のトンデモない理念
確かにトンデモかも(笑)
でも、煎じ詰めて考えてみれば、人に答えを教えるといった行為は
ある意味で傲岸不遜な要素を孕んでいるとも言えますね。
それは、他の選択肢を削ってしまう行為なわけですから。
んー、難しい問題です。

>やはり、見事な手腕ですよ、oni_ocさん。
うはは、そうですか?いやー。<尊大

補足日時:2001/03/03 10:56
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「誤解に基づく知識を内省し、検証する作業をしていない」に加えて、「知らない=ない」という御都合主義がまじり、「権威になりたい」という心理が絡んでくると、「尊大」と化す…。


 はい、そう思います。特に「検証していない…」の点については、「質問者に対して情報を与える」ということに対する誠意の欠如、ないし安易さがありそうです。「自信はないですが、こうでは?」というのならまだしも、自信満々で大ウソをこいてしまうのは、やはり責任感に欠けていると言われても仕方のないことでしょう。「これでいいと思うが、確かめよう・もう一度考えよう」という感じで、ちょっと立ち止まることが質問者への誠意というものだと思います。質問者は「信頼できる情報・アドヴァイス」を真剣に求めてここに来ているのですから。
 それから「知らない=ない」という御都合主義について。ヴィトゲンシュタインの言葉に「語りえないものの前では沈黙しなければならない」というのがありますけど、それは「知らない=ない」ということとは違います。「語りえない」としても「なぜ語りえないのか」は問えることであり、また問わねばならないことですので。「知らない=ない」という御都合主義は単に己の無知と知的怠惰を肯定する思考停止にすぎない。このような無知と知的怠惰のゆえに「わからない→揶揄したい」となって、愉快犯的チャチャ入れに走るのだろうか、ある種の人たちは…とも感じました。

この回答への補足

そうですね。自信がないことを自覚できる人はいいと思うんですよ。
「ヒントになれば....」ぐらいのつもりで、
自信がないことがわかるような文体で、断片的な情報だけを提供する。
これなら誠意です。
内容が一緒でも、、これを信じてもらおうとする為に
(または自分が信じる為に)過大な尾ひれをつけて、
論理を展開させていけば、これは誠意なしです。
内容が一緒でも嘘に近づいちゃいます。

となるとこれ、文章力の問題でもありそうですが。

>このような無知と知的怠惰のゆえに「わからない→揶揄したい」となって
>愉快犯的チャチャ入れに走るのだろうか、ある種の人たちは…とも感じました。
なるほど。ありそうな気がしますね。これ。
で、思ったのは、「わからない→揶揄したい」にちょっと段階を加えると、
もっとわかりやすくなるような気がするのです。
「わからない→くやしい→いや、そんなもんない(御都合主義発動)→揶揄したい(権威になりたい思考発動)」
こんな感じでどうでしょうね。
だいぶ、先が見えてきたような気がします。
なんか、しかし、参加者へったなー。

補足日時:2001/03/02 10:38
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また、ピントはずれなことを書いてと思われるかも知れませぬが、「自信あり」とした人の回答より、「自信なし」とした人の回答のほうが百倍も役に立つことはありえるわけで、これはもう、「あなたが選ぶ、年間トンチンカン回答者ベストテン」でもあればそれはそれでおもしろいでしょうが、これは誹謗中傷だと選ばれた人がいうでしょうなあ。

この回答への補足

>これはもう、「あなたが選ぶ、年間トンチンカン回答者ベストテン」
>でもあればそれはそれでおもしろいでしょうが、
確かに面白そうですけど(笑)
1位になったからといって、必ずしもトンチンカンとも言えないですよね。
エライ難しいこと書いてて他の人に誤解されただけかもしれませんから。
そもそも、ここで聞くことって、調べてもわかんないことのはずですし。
なら、投票で決められるかどーかってのは怪しいですね。
>これは誹謗中傷だと選ばれた人がいうでしょうなあ。
言うでしょうね。

あ、そうそう、これ、ぜんぜんピントはずれじゃないですよ。
結構本質突いてそうな気がします。
みんなトンチンカンなこと言ってる自覚はないんだってことですよね。

補足日時:2001/02/28 14:42
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 これまでの回答と重なると思いますが、一言。


 まず、ほとんどの場合、回答者の心理は「誰かの役に立ちたい」だと思います。純粋なものです。では、それがなぜ「間違った回答」や「浅はかな回答」になるのか。私は以下に述べることが大きな原因だと思うのですが、あまり自信はありません。
 その原因は「オンラインで書くこと」そして「あわてて書くこと」ではないでしょうか。
 昔のニフティサーブや日経mixは料金体系が「青天井」でした。長時間つなげば、それだけコストがかかる。ですから、オフラインで書いてアップロードするのが当たり前だったわけです。ごく初心者の人だけが、オンラインで書いていた。(でも、文化の違いはありましたね。ニフティでは長文が多く、日経では長文は嫌われていました。)
 ところが、インターネットが普及し、時間無制限で固定料金というシステムが定着してきました。つなぎっ放しでも決まった額のお金しか要らない。それで、オンラインで書く人が増えてきた…。
 もちろん、電話料金まで含めて定額か否かで違いはあるでしょう。フレッツISDNやCATVでつなぎっ放しの人なら、オンラインでもゆったり書けるでしょう。そういう人は、ゆったり書けばいいのです。そうすればよい書き込みが書ける。
 インターネットは固定料金だが、電話代はかかるという人(私もこれです)が、オンラインで書くとどうなるか。「あわて」ます。資料を調べる余裕もなく記憶だけに頼って書き込みます。深く語ることはできません。間違いも起こります。言葉足らずにもなります。それが時として尊大な態度をとっているようにも「見えて」しまいます。これが要因として大きいのではないでしょうか。だとすれば、ですが、必ずしも「回答者の心理」の問題でもないように感じるのです。
 私自身は、極力オフラインで書くようにしています。かつての「ニフティ癖」が抜けないせいもありますが、それ以上に、記憶だけでなく資料を調べたり、質問者の意図や欲求を推し量ったり、返す言葉を練ったりするには、落ち着いて書く必要があるからです。よほど短い一言で済む場合以外は、オフラインで書きます。そして、そういう短い一言で済むような質問というのは、あまり多くはないはずです。

 それから、余談ですが、「楽しく利用する」ということについて。
 これはあっていいと思います。堅苦しいマジメ回答も大切ですが、「楽しい」という要素もすごく大事だと思います。例えば、このコーナーの「時間てなに?」というページに、「時は…金なり。…失礼しました」という回答がありました。私は「うん、これも回答の一つだ」と思いましたし、楽しい気持ちにもなりました。こういうふうに、書いたご本人はもちろんのこと、質問者も他の読者も楽しませるような方向で遊ぶのって、アリだと思います。
 でも、「自分だけ楽しければいい」というスタンスの書き込みはいやです。質問についても、回答についても。真剣に話しているところに関係ないチャチャを入れてみたり、寄せられた回答を深く受け止めもしないで、おちょくるようなコメントを返したりするものは、はっきり言ってやめてほしいと思います。(もちろんoni_ocさんのことではありません。oni_ocさんとは別な人について言っています。)

 ということで回答をまとめます。
 まず、回答者はほとんどの場合、「誰かの役に立ちたい」という純粋な気持ちで書き込む。これは「回答者の心理」に関する私の答えです。
 そして、間違いや尊大な態度はオンラインで書くことに起因する。ちょっと「?」で自信はないですが、要因としてはあると思います。これは「必ずしも回答者の心理の問題ではない」という形での回答とさせていただきます。
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この回答へのお礼

なるほど、落ち着いて書く余裕がないから。ということですね。
それはわかりますね。僕にも少し身に憶えがありますね。
確かに一因としては充分にありそうなことですね。
となれば確かに「必ずしも心理の問題ではない」です。
でも、僕はそこからはみだす部分の「心理の問題」な場合をやっぱり知りたい
と思ってしまうんですけども。

お礼日時:2001/02/26 23:25

皆さんの回答、oni_ocさんの返答を読んでいて、回答するのが遅れましたが、参加させてください。



私も、浅い知識や間違った思い込みからトンでも回答をしてしまう事はしょっちゅうです。今回、追跡調査もされてしまったかも知れませんね。

特に、回答件数がゼロの質問には、多少ムリしてでも答えたくなります。その時には、oni_ocさんもおっしゃっている、好ましくない書き方、「よく分かりませんが」とか「間違ってたらすみません」が付いてしまいます。
自分も含めたそういう人達の弁護をする訳ではありませんが、それはそれで一つの回答である事に変わりは無いでしょう。質問者の方もそういうつもりで理解してくれるであろう、という考えは危険ですが。そういう時には当然ですが「自信なし」です。

そのような回答について、後から間違いだった、と気付いたらその時点で、訂正やお詫びを入れるようにしています。間に合わずに、締め切られてしまって、質問者のかたからお礼やポイントを頂けば頂くほど、自分がそんなお礼を受ける立場ではない、申し訳ない、と思います。決しておごったりはしません。

また、時々議論になっているのも見受けられますが、その様な場で、自分の本来の意見を押し留めて、少数派の意見についてしまう事もあります。

回答がゼロの質問、少数派への肩入れ、共に、心理的にはいわゆる判官贔屓というやつでしょうか。知識をひけらかしたい、という気持ちで回答する事はありません。私の場合は。

回答した後の心理としては、ポイントはともかく、コメントが大変気になります。疑問は解決できたのか、回答の意図がズレていなかったか、とか.....。
時々、コメントも無く、ポイントだけを与えている質問者の方を見受けますが、コメントの方がうれしい物です。

その点では、今回のoni_ocさんの態度、非常に好感が持てました。やはり、質問者と回答者が共に疑問を解決していくというのが、本来の進み方でしょう。

長文をお読み頂きありがとうございました。
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この回答へのお礼

LITHRONEさん、真摯な御意見ありがとうございます。
ただ、誤解しないで頂きたいのは、僕は誰も非難するつもりもなく、
「好ましくない」などと言うつもりもないのです。
ただ、そう受け取られてしまう発言をせざるを得なかったのは、
この質問において、僕の質問に答えようとせずに、
ヒステリックにえんえんと自己弁護をする人が多く、本来の主題に話を
引き戻す為であったことを御理解ください。
(こういう書き方もまた、上記の反応をする人々に「非難」と受け入れられる
ところでもあるんでしょうが)

ちなみに、僕自身のことで言えば、職業でこなしていること以外については、
まず、ほとんどの場合「一般人」「自信なし」です。
なるべく言い切り口調にならんように自戒をせんといかんとも、
このところ思ってもいます。

ほとんどの方と同様に、大した知識などありません。
ですから、誰がいいとか悪いとかなんて、言えるわけもない。

この質問をしてからというもの、前から思っていた意識が強くなっていくのを
感じます。知識をひけらかす為でなく、困っている人を助ける為に発言するべきでは?
とこの質問以降自分に言い聞かせています。(あくまでも自分に)

お礼日時:2001/02/26 23:23
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>臨床心理士の資格がないと、絶対カウンセラーになれないのですか。

そんなことはありません。
スクールカウンセラーや医療・福祉分野のカウンセラーなど,
公的部門では臨床心理士有資格者の比率が高くなっていることは事実ですが,
臨床心理士資格が必須というわけではありません。
一方,民間の開業カウンセラーや
カウンセリングサービス企業所属のカウンセラーの中には
大学院どころか大学レベルの心理学教育すら受けていない人がたくさんいます。
日本のカウンセラーは必ずしも心理学の専門家ではないということです。

ついでに言うと,
臨床心理士はカウンセリングができるだけでは務まりません。
むしろ心理アセスメント技術者,
すなわちテスターとしての役割のほうが重要ですし,
より高度なサイコセラピーの技術が要求される職場もあります。

>子育て中なので大学院受験はとてもハードルが高く

カウンセラーになるための勉強や実習はハードルが高くないとお考えですか?
通信教育で心理学を学んだだけの人にカウンセリングを受けたいですか?

>電話相談受付とか、精神科の事務員とか(医療事務の資格があり職場経験有り)
>何でもいいので、心理学をいかした仕事がしたいです。

受付とか事務員が心理学をいかした仕事ですか...
それならむしろ高校教員になったほうが
心理学の知識を活かせる機会が多いと思います。

>誰か認定心理士の資格でカウンセラーの仕事を知っていたら教えてください。

国家公務員I種(人間科学I)や地方公務員上級の採用試験に合格して
心理職として少年鑑別所だとか児童相談所だとかに配属されれば可能性はあります。
もっとも並みの大学院入試よりハードルは高く,
現場に出ればカウンセリングは業務の一部に過ぎませんが。

あとは産業カウンセラー,中災防の心理相談員,
キャリア・コンサルティング技能検定などの資格を取得した上で,
コネと運と努力で企業にもぐりこんで企業内カウンセラーを目指すとか。

■社団法人日本産業カウンセラー協会/産業カウンセラー試験
 http://www.counselor.or.jp/guest/examination.html

■中央労働災害防止協会/心理相談専門研修(心理相談員養成研修)
 http://www.jisha.or.jp/seminar/health/h3100_sp04.html

■キャリア・コンサルティング技能検定
 http://www.career-kentei.org/

民間のカウンセリングサービス企業に所属するとか,
思い切って個人開業するという手もありますが,
食べていけるかどうかは腕しだいでしょう。

>「認定心理士」の資格だけではカウンセラーになれないのですか?

そんなことはありません。
そもそも認定心理士資格は大学で心理学を専攻したことを認定するだけもので,
カウンセラーになるための資格ではありませんが。

>臨床心理士の資格がないと、絶対カウンセラーになれないのですか。

そんなことはありません。
スクールカウンセラーや医療・福祉分野のカウンセラーなど,
公的部門では臨床心理士有資格者の比率が高くなっていることは事実ですが,
臨床心理士資格が必須というわけではありません。
一...続きを読む

Qここは議論の場でないと言うけれど

例えば、一つの質問を立てます。
そこに、氏が回答を書いたとします。
同氏の回答は難解な用語を使うことが多いです。
そこで、分からない点について追加で質問をしたとします。

しかし氏は質問を無視するか、議論の場ではないと返事をし質問への追加回答をしません。

この様な態度について皆さんはどう思われますか?
追加質問はいけないのでしょうか?

他のカテゴリ(例えば物理のカテゴリ)においても、回答で分からない点があれば、
質問者が追加質問をし、回答者がさらに、追加回答をすると言うのは、よく見受ける事だと思うのですが・・・

皆さんの意見を聞かせて下さい。

Aベストアンサー

氏の回答は 一方的に 主張するものです。主張の中から有意味のものを質問者が拾い出せば それでよいと考えて
いるのです。意見交換は不必要ということのようです。

氏の根底にある物理学のようないい加減な考えは だれも まともには理解できないでしょう。無意味なものとしてスルーしたら いいと思っています。問題は たまには 氏の理解者が現れます。トンデモ理論が正しい と理解するのです。私は それが心配です。でも 少数のアホがいても大勢には影響はなく いいか とも思います。

質問者さんの言われる追加質問とかの回答者とのやりとりは このカテであろうが他のカテであろうが あるレベルまでは普通のこととおもいます。

Q心理カウンセラーになるには?

先日、日本メンタルヘルス協会の体験講義に出席してきました。
現在、うつ病だったもんで、かなり心に響く内容でした。
自分のうつ病の経験を踏まえた心理カウンセラーになってみたい!と思いました。

心理カウンセラーって、そう簡単になれるもんなんでしょうか?
どなたか、心理カウンセラーになる方法を知っていたら、ご教示ください。

Aベストアンサー

>心理カウンセラーって、そう簡単になれるもんなんでしょうか?
簡単になった心理カウンセラーには診てもらいたくないですね。
という話は置いといて・・・・
カウンセラーは現在、公的な資格はありませんので、自称カウンセラーでOKです。そんな人もいっぱいいます。ただすでに政府でも議論されてますので、近い将来公的資格ができると思われます。
で、現在比較的一般に認知されているカウンセラーの資格は

産業カウンセラー
http://www.counselor.or.jp/
認定心理士
http://www.psych.or.jp/pgist.html
臨床心理士
http://www4.ocn.ne.jp/~jcbcp/contents.html
http://collabo.s17.xrea.com:8080/phpBB202/

がありますが、一番権威があるのが、臨床心理士です。協会指定の大学院を出ないとなれません。また今後、国家資格となるのもこの臨床心理士に準拠される見通しが高いので、臨床心理士になりましょう。
ただ、今は希望者がとっても多いので狭き門です。頑張ってください。

>心理カウンセラーって、そう簡単になれるもんなんでしょうか?
簡単になった心理カウンセラーには診てもらいたくないですね。
という話は置いといて・・・・
カウンセラーは現在、公的な資格はありませんので、自称カウンセラーでOKです。そんな人もいっぱいいます。ただすでに政府でも議論されてますので、近い将来公的資格ができると思われます。
で、現在比較的一般に認知されているカウンセラーの資格は

産業カウンセラー
http://www.counselor.or.jp/
認定心理士
http://www.psych.or.jp/pgist...続きを読む

Q人類の次の課題はオカルトの解明では?

科学的アプローチで解明されることは限られていて、どんどん狭い領域に深く入っていく印象があります。

翻って、オカルト現象解明はここ何十年も結局は何の発展もないのではないでしょうか。霊体験、共時性、既視感など、30年位何の発展もない様に思えます。

これらに真剣に取り組むことが、たとえば「核」を持つことに匹敵するような、科学的な人類のステップアッぷと言えないのでしょうか?結局は「人生」に対する「幸せ」に対する「運命」に対する科学的アプローチです。それが重要課題に思えます。

Aベストアンサー

長い目で見て、結果的には、おっしゃるとおりかと思います。ただ、現実的には、国や企業や大学などが、研究費を出さないことには、研究が進みません。

オカルト現象は、科学の対象とするには、まだ、非常に難しい段階ですから、はっきりした成果の見通しがない中で、国や企業が研究費を出すとは思えません。

そう考えると、もう少し現実的なところとしては、生命科学ではないかと思います。こちらは、今、既に、国や企業が研究費を積極的に投下して、成果もどんどん出ています。

御質問のオカルト解明は、生命現象の解明が、脳細胞や神経の働きの解明へつながり、その先で、人間の精神現象との関連性がより具体的に議論できる段階で、本格的に始まるのではないかと期待してます。

Q心理カウンセラー

カルチャースクールに
「心理カウンセラー資格養成講座」というものがあります。
一般的にカウンセラーは臨床心理士の資格を持っている人が多いそうですが、
この心理カウンセラー資格というのはいったい何に役に立つのでしょうか?
価格は21000円で、10回ほど授業があることしか書かれていません。

Aベストアンサー

こんにちわ。
心理カウンセラー自体は、特に資格が無くてもなれるようですね。
こちらのブログが参考になりますでしょうか?
「心理カウンセラー ~心理カウンセラーの資格を取ろう~」
http://kororonotomo29.seesaa.net/category/1331473-1.html
通信教育やスクールなどで講習を受け、技術を身につけたと認められたら
その団体から「認定証」がもらえる、とのこと。
さらに、あまり授業回数が少ないスクールは避けた方が良いとも。
臨床心理士などが大学で履修するのに対し、スクールは10回って・・・
どうなんでしょうね?私は少ない気がします。

Q神仏出現以前の人々は

三位一体のキリストと、仏教の始祖釈迦が現れる以前から、人は人生を一生懸命に生きて死んでいったと思います。神仏の現れる以前の人々は救われたのでしょうか。各宗教の教祖出現以前のことも知りたいのですが多数の宗教があるのでまずはキリスト教と仏教のことを教えて下さい。

Aベストアンサー

救うというより恐れていたんじゃないかと思います。
自然を神とみたてて。
自然の中に神を感じていたと言った方がいいかもしれません。
これは今尚外部とほとんど無い地域では自然を神として崇め敬ったり、自分の中に神を降臨させたりする儀式があるので、人間は太古の時代から自然とおりあいをつけて共に生きてきたんだと思います。
今尚かもしれませんが。


各宗教の教祖出現以前のキリスト教と仏教のことですか?

キリスト教の教祖がキリストなのかよくわかりません。
イエスの死後だいぶたってから、三位一体という考えができたようです。
(この三位一体は私の頭では理解できないのですが、信者の人に聞いてもわかるような答えをする人に会ったことがありません)
キリスト教はイエスが生前の頃はユダヤ教の一宗派でした。
死後だいぶたってから、彼を神の子と定めて新たにキリスト教を作ったんだったと思います。
だからイエスが生きていた頃にはキリスト教は存在しませんでした。


キリスト教の前身ユダヤ教の教祖はモーゼなのではないかと思います。
モーゼが神から十戒をもらい(法律の基礎のようなもの)これで集団を統率するようになり、価値観の統一化を図ったので一つの集団として区別できるようになったのではないかと思います。

聖書は宗教というより、生きていくうえでのマニュアル本のような感じだったと思います。
重さの定義とか、生活全般で暮らしのhow to ものも書いてあります。
歴史の本でもあり文学の本でもあり法律の本でもあり生きていく上での知恵の本でもある。
ユダヤ教が古代の中東の歴史に残っている最古の宗教なのかもしれません。
あそこらへんはメソポタミア文明発祥の地ですし。


各地に神話が残っており、それを宗教とするなら、もっと古い宗教があっただろうし、歴史に残っていなくても、人間が誕生したときから宗教はあったように思います。

仏教についてはキリスト教より古いとしか知らないので、他の方の解説を私も聞きたいです。

救うというより恐れていたんじゃないかと思います。
自然を神とみたてて。
自然の中に神を感じていたと言った方がいいかもしれません。
これは今尚外部とほとんど無い地域では自然を神として崇め敬ったり、自分の中に神を降臨させたりする儀式があるので、人間は太古の時代から自然とおりあいをつけて共に生きてきたんだと思います。
今尚かもしれませんが。


各宗教の教祖出現以前のキリスト教と仏教のことですか?

キリスト教の教祖がキリストなのかよくわかりません。
イエスの死後だいぶたってか...続きを読む

Q臨床心理士と心理カウンセラーの違いって?

心理学に興味がある、高校1年生です。
今、学校の総合的学習の中で、自分の興味のある学問について調べています。
その中で、心理学の専門職に、臨床心理士、心理カウンセラーがある事が分かりました。
でも、臨床心理士とはどんな職業なのか?心理カウンセラーとはどこが違うのかが分かりません。
教えてください!! お願いします。

Aベストアンサー

臨床心理士というのは資格認定協会により認定されたもので、心理に関する国家資格のない現在では最も権威のあるものといっていいでしょう。学歴は指定大学院の博士前期課程(修士)が必要で、そのうえで資格試験があります。
業務の内容は、どのような機関に勤務しているかによって異なると思いますが、カウンセリング(相談)、心理治療や心理テストの実施が主なものだろうと思います。
心理カウンセラーというのは、心理的な業務の総称として使われることが多いと思います。特別な資格を指すものではありません。世間的には通用しなくても、民間会社や団体が2~3日の研修で○○心理カウンセラーという認定証を出すことも可能ですし、自分で勝手に名乗ることもできるわけです。
しかし一般の方には、心理カウンセラーという名称の方がわかりやすいようで、臨床心理士で(心理カウンセラー)と名刺に書き込んでいる方もいます。

Q人々のモラルとバイオテクノロジーについて

今の現代バイテクノロジーは日々進化しています。
遺伝子操作を受けた野菜、食品類。遺伝子解析が進み、様様な動植物がクローンとして誕生していきます。
ではクローニングや遺伝子操作は私たちのモラルとどぅ関係しているのでしょうか?。
一環してバイオテクノロジーの技術はモラルに反しているとは言えず、また肯定も出来ません。
皆さんはどのようにお考えでしょうか?。

Aベストアンサー

>ではクローニングや遺伝子操作は私たちのモラルとどぅ関係しているのでしょうか?。

 クローンニングがモラル問題とされるように
なったのは1970年代以降のことです。
 それも宗教家まで巻き込み大論争に
なったのはここ10年くらいの話です。

 工業化が極端に進み、大気汚染が
世界的に問題になるなど、
科学技術に対する不信感の
高まりが、クローン技術の発展
時期とかさなったことが、クローン
のモラル問題へ人々を誘導してしまった
ということだと思います。
 試験管ベービーの誕生のとき
ですら、不妊対策に有効と、前向きな
評価が多かった。
 試験官ベービーの成功は、
動物の細胞を研究室で
保存、維持できる技術が確立した
ことを意味し、クローン人間
成功のための大きな一歩でした。

>遺伝子操作は私たちのモラルとどぅ関係しているのでしょうか?。

 金儲けなど、人間に都合のいい動植物を
作っていた場合、それが自然環境を
破壊する可能性があり、どこまで
生命を操作していいのか基準が明確で
ない点が、問題であり、社会に不安を
与えています。

>クローニングは私たちのモラルとどぅ関係しているのでしょうか?。

 これまでの宗教観と人間の精神、
社会性の常識が壊され可能性があり、それが
どう壊れてしまうのか、結論が
分からないため、いろいろな憶測が
とび、社会に不安を与えています。
1)宗教
 創造は神のみに許されることのはず。
人間が生命操作をするなど、神への
冒頭だ。
2)精神
 自分と全く同じ人間が存在しないと
いう事が、アイデンティティーへの
確立へ大きく影響しているはずだから、
クローン人間が常識化すれば、アイデンティティー
の崩壊へ繋がり、大規模な人間の精神崩壊への
引き金になるのではないか?
3)社会
 人間の権利は個人とその人間関係の
間で微妙なバランスで決まっている。
 財産分与だけ考えても、クローン人間は
自分の子供でもなく兄弟、親でも
ないため、死んだ人の財産をクローン人間に
どう分けていいか判断がつかない。
クローン人間の常識化は
社会構造を破壊するきっかけになる。

 以上のような問題に、人間のモラル、
つまり精神はどう対応し、どう変化して
行くべきか結論が出ていないため、
それが科学技術に対する不信感と
結びつき、社会不安へと繋がって
いるということだと思います。

>ではクローニングや遺伝子操作は私たちのモラルとどぅ関係しているのでしょうか?。

 クローンニングがモラル問題とされるように
なったのは1970年代以降のことです。
 それも宗教家まで巻き込み大論争に
なったのはここ10年くらいの話です。

 工業化が極端に進み、大気汚染が
世界的に問題になるなど、
科学技術に対する不信感の
高まりが、クローン技術の発展
時期とかさなったことが、クローン
のモラル問題へ人々を誘導してしまった
ということだと思います。
 試験管ベービーの...続きを読む


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