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教員による不祥事報道がよく見られます。
特に猥褻事件は、報道されるだけでも毎月20件前後あるようです。

以前、「教員が不祥事を起した時の周りの対応が理解できません。」
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4388669.html
というタイトルで質問をしたところ、何人か先生と思われる人から回答をいただきましたが、
教育委員会も含めて学校側は、教員の不祥事を予防するためにほとんど何もしていないことがわかりました(せいぜい文書や口頭で呼びかける程度)。
また、猥褻行為等の教員の不祥事が生徒や地域に与える影響についても、先生自身はほとんど何も考えておらず、
中には、教育的影響は存在しないかのごとく、警察の問題だと開き直る人もいましたが、たぶんこれは先生の本音なのかもしれません。

要するに、学校では教員の不祥事は野放しのようなのですが、
自衛の必要から、「先生を信用するな」と自分の子供に言い聞かせてる人も出てきているようです。
学校側が何も対策を講じない以上、これも当然だと思います。
大変残念なことなのですが、子供に「先生を信用するな」と教えるべきかどうか、意見を聞かせてください。

なお、上に揚げた別の質問でのやり取りも見ていただければ議論が深まるでしょう。

A 回答 (80件中11~20件)

表題の質問に対して「いいえ」の立場から、追加の質問にお答えしています。



>そして、否定するなら先生を辞めて生徒になるしかないということですね。

教師と生徒の立場の違いは否定していません。ご安心ください。

>先生が子供のふりをすれば理解し合える、というわけではなく、それはむしろ生徒に誤解を与えるでしょう。

先生と生徒は立場が違うのですから、子どものふりをして理解し合えるという発想は単純すぎます。
立場のちがいを織り込んだ人間関係があるのです。

>友達関係になることに、やり甲斐を感じる教師は多くいるため、

このようなご意見でしたので、「親密で私的な人間関係=友達関係」という誤解が無いように「師弟愛」という言い回しを使ってみました。
前回申し上げたように、「性別を問わない」、立場の異なる親密な私的関係をとりあえずそのように表現してみました。
専門的なことをご存じない方も意味をご存じだと思ったので、無定義で使用致しました。

>具体的なケースはほとんど恋愛とは関係ありません。
>そのような欲求は学外で社会人の男性(女性)に向けていただきたく思います。

質問者さんのお考えになっている「生徒とコソコソ親密になる」というイメージは、文脈から恋愛関係を目的に閉じた人間関係をつくろうとしていることだと読んだのですが、そういう思い込みで、性差別のない教師・生徒関係を全面否定されることには反対しています。

>教師ー生徒間のメールについての主な争点は、「内密」にするか「オープン」にするかということですが、

繰り返し申し上げているので恐縮ですが、2者択一の発想はお捨てになることをおすすめします。
多様な方法が念頭にないと、回答を理解できないのは当然と思います。

メールに限らず、生徒個人からの情報を、どんな事件性のないものでも、完全にすべて職員集団に周知徹底しなければ「オープン」でないというのなら、それは不可能ですし、不必要です。
しかし、必要に応じて情報交換しながら、生徒のプライバシーを守ることも含めて「オープン」と呼ぶのなら、それは当然のことです。

そういう「オープン」なら「生徒からの」愛情に十分応えることができますし、これは「オープン」でないとおっしゃるのなら、質問者さんの定義される「内密」が良いという意見です。

>コソコソせず生徒たちとオープンな子弟関係を築くことの方が有益と考えます。

ここでも2択が登場していることにお気づきでしょうか。
全員が相互に全く秘密を持たない状態を「オープンな子弟関係」とお考えでしたら、それは不可能ですし、不必要です。
全員のプライバシーをお互いが大切にしながら、「協力し合える人間関係」は条件次第で可能です。

「教員は全員が誠実ではない」
これには賛成です。
「教員は全員が不誠実である」
これには反対です。
両者の中間には様々な立場があるとお考えください。

>社会現象と結びつける説明はよくありますが、眉唾ものです。

批判的に文章を読むのは大切なことですが、わざわざこのような書き方をされるのはおすすめできません。

ネットの情報は、相手が見えないので、もともと安易に信頼してはならない性質があります。
このようなQ&Aサイトでも、基本的にそれは変わりません。

そのような制約を質問・回答者が双方とも覚悟して、自己の責任の範囲内で活用し、情報提供することが前提なのです。
信じる・信じないは読まれる方の自由です。

>私は、教師ー生徒間のメールを内密にすることで起こる弊害を、具体的なケースを挙げて説明してきました。

具体的であることは了解しましたが、ひとつの事例ですべてを結論づけるのは無理があるのです。

>内密なメールをやり取りすることによって先生と“親密な関係”を持っていた生徒が、先生とのメールに飽きてしまった場合

(1)対生徒の関係を深める(2)対家族の関係を深める(3)学校外での関係を深める(4)引きこもる、などが考えられます。

>あるいは険悪な関係になった場合

基本的には上と同じですが、「険悪」という現象は「要求が高すぎて応え切れてもらえない」という側面を持っている場合がありますから、(5)指導する側の対応によっては、さらに絆が深まる、を選択肢に加えて良いと思います。

>非現実的という意味です。

それを実現させた指導者の力量を評価したいと思います。

>卒業まで3年間もやっていたのだろうか?

詳細は不明ですが、1年以内です。
「卒業まで=3年間」は思い込みというものです。

>卒業後は朝食抜きなのか?
不明です。

>卒業までその少年は更生しなかった?
詳細な時期については不明ですが、更生したから届けるのをやめる、というような打算的な関係ではないとお考えください。

>非行少年の親は他人が来ていることを知ったとき、何も言わなかったのか?
不明です。

>親はどんな人?夜は起きてるのか?
後半だけお答えすると、仕事をしています。

>最初に親に断っておくのが礼儀では?
「親に断っておけばそんなことしなくても問題は解決した」とお考えでしたら、クラスメートはそう考えなかったということです。
事前の親への連絡については不明です。

>クラスメートが何かトラブルを起こす可能性
少年自身はそうは考えていませんでした。

>家で物やお金がなくなったりしたらクラスメートのせいにされるだろう。
親はそう考える可能性がありますね。そう考えられるリスクを覚悟の上のボランティアだと思います。

>実際に生徒が何かくすねる可能性もあるわけで、参加する生徒が多くなればその可能性も高くなる。
間違っていませんが、そういう発想では、こういう人間信頼を根底に置いた企画は成り立たないのです。

>食材を持っていって一緒に作ったのか?
推定ですが、おそらくちがいます。

>一緒に食べたのか?
食べることもあり、食べないこともありました。

>仲が悪かったり話の合わないクラスメートもいたはずなのに。
常識的な意味での「仲良し」はほとんどいなかったようです。

>「貸し」と考えるとできない、というのはおかしい。
すべて損得で考えると理解できないでしょう。
「貸し」だから、ということなら、どんな見返りを当てにしていたのでしょう。
相手は学校に来るかどうかもわからない生徒なのです。
強いて言えば、「少年の笑顔」が見返りですね。
「担任の笑顔」も見返りと言うとお叱りを受けそうですが、中にはそういう部分がある生徒もいたのではないかと推測しています。
しかし、それを当てにした行動ではないので、「ボランティア」なのです。

>朝食食べない生徒がたまにしかいないとはどういうこと?
「たまに食べない生徒」がいたということです。

>だいたいそんなことなぜ分るのか?
もちろん、刑事が張り込みをして全員の朝食の様子を長期間捜査したわけではありませんから、生徒の自己申告が当てにならないとは言えるでしょう。
しかし、大切なことは、少年が特別な困難を抱えていると周囲が認めた、ということです。

>実際、ある調査では、朝食を食べない生徒は3割ぐらいはいるとのこと
ここでも、具体的なことをおっしゃっていますが、それを全ての時代の全ての生徒に適用なさらないことです。

>朝食を取らないからといって生徒が大騒ぎすることが奇妙。
>どのように夕食を用意していたのかがなぜ分らないのか?興味ないのか?
>夕食があるなら、朝食用に少しわけておいて、やりくりさせるのが正しい方向では?
同じようなことの繰り返しで恐縮ですが、朝食が問題なのではなく、問題行動を繰り返して自ら孤立化していった少年に、周囲が何がしてやれるかと考えて出たアイディアが、たまたま朝食だっただけです。

>朝食をめぐんでもらうなんて非行少年は面目丸つぶれ。非行少年でなくても“世話にはならない”と言って断るのが普通。
そういう場合もあり、そうでない場合もあるということです。
この事例では、質問者さんのお考えとは異なっていたということですね。

>だいたい、朝食はやりくりできない、と決めつけるのはおかしい。
このこと自体は否定しませんが、朝食はやりくりできる、と決めつけるのも無理があるのです。

>休日や長期休暇は大丈夫、という設定
これも思い込みです。
当番を決めなかったので「いいえ」とお答えしました。
大丈夫と思ったから当番を決めなかったかどうかは不明です。

>子供たちのしたことだから意味がある、という考えの方がおかしい、子供だからこそ間違えたり暴走することが多い。
正確に前回の回答を引用すると、「朝食自体でなく、それを運べる人間関係が重要なのです。」と書きました。
さして個人的に仲良くない、それどころか、過去には迷惑もこうむっている少年に対して、「何かできることがないか」と考えられる人間関係に意味があるのです。
この人間関係には教師も入っていますが、生徒だけだったとしても、「したこと」ではなく「人間関係」を評価したいと思っています。

>周囲が「そうしたい」から必要がなくてもする、という考えはおかしい。
ボランティアとは本来はそういうものです。
空き缶を拾う「必要」はなくても、「拾いたい」と思ったらそうします。

>自主的というが、仲間はずれにされるから付き合わされた生徒も多いだろう。
「多い」と予想には根拠がないと思いますが、「いた」という可能性は否定しません。
つまり「完全無欠」の実践でないと認めないという立場からは「非現実的」という感想を持たれるのだと思います。

この回答への補足

回答ありがとうございます。(字数の関係で2箇所使います)

>このようなご意見でしたので、「親密で私的な人間関係=友達関係」という誤解が無いように「師弟愛」という言い回しを使ってみました。
>前回申し上げたように、「性別を問わない」、立場の異なる親密な私的関係をとりあえずそのように表現してみました。
>専門的なことをご存じない方も意味をご存じだと思ったので、無定義で使用致しました。

このようなご意見といいますが、その意見は貴殿が言った意見です。また、実際、生徒との親密さを生き甲斐にする教師は多いのでしょうね。
くり返しになりますが、少なくとも今後はなるべく学外の成人の知り合いとの親密さに生き甲斐を感じていただきたく存じます。
また、定義の無い言葉を増やす必要はありませんから、それまで使っていた「親密さ」でいいでしょう。
それから、言葉を「無定義で使用」するのは、学校外では通用しません。これから学校外で社会人の知り合いを増やすためにも改めたほうがよいと思いますよ。


>質問者さんのお考えになっている「生徒とコソコソ親密になる」というイメージは...

教師と生徒がコソコソ親密になるのは異性であっても同性であっても、よくないと思っています。
つまり、性別に関係なく、基本的に否定しています。
だからこそ、教師ー生徒間のメールは「基本的にオープン、特別な場合だけ上司等に報告して内密に行う」
という提案をこれまでも繰り返しています。
この形での運用だと不都合となる具体的ケースがあったら教えてください、と申してきましたが、未だ伺っていません。

>繰り返し申し上げているので恐縮ですが、2者択一の発想はお捨てになることをおすすめします

私は上記の提案を繰り返していますが、これだと不都合になるようなケースを貴殿は提示していただいていません。
何者択一かどうか知りませんが、貴殿は反論できていないので、強いて言えば一者択一ということでしょうか。

>メールに限らず、生徒個人からの情報を、どんな事件性のないものでも...

教師ー生徒間のメールの運用について話ています。
教師ー生徒間のメールの運用については、基本的にオープンということでよろしいわけですね?
「内密」にすることに何も利点がないですしね。

>(1)対生徒の関係を深める(2)対家族の関係を深める(3)学校外での関係を深める(4)引きこもる、などが考えられます。…
>(5)指導する側の対応によっては、さらに絆が深まる、を選択肢に加えて良いと思います。

可能性はこれだけでしょうか?例えば、かつて“親密”だった先生とのメールのやり取りをどうすると思いますか?
もうちょっと考えてみてください、試すようで申し訳ありませんが。

さて、夢の続きですが。

>>非現実的という意味です。
>それを実現させた指導者の力量を評価したいと思います。

非現実的とは、“あったらいいな”という類のものではなく、“突然自分が虫になってしまった”といような
荒唐無稽でむしろ歓迎できない類の夢のことです。

貴殿の話を聞いた限りで、私の考えを述べますと、
*こういうことが本当に存在したのかがそもそも非常に疑問。
*存在したとしても、このような活動をするべきだとは思わない。
*よって、教師がクラスメート全員を巻き込むべきではない。
*また、この教師はトラブルを防ぐために何もしていない。
*朝食が問題なら、自分でやりくりするよう指導した方が有益だった、というものです。
つまり、この教師は指導力に欠けているということですね。

補足日時:2009/03/14 11:43
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この回答へのお礼

この朝食実践の話をどこで聞いたのか知りませんが、貴殿の作り話でないとしたら、たぶん誰かに騙されているのだと思います。
具体的な部分で矛盾や不明な点が多いし、生徒や先生に聞いたって判らないことを勝手に思い込んでいたりするので心配です。
私がここで挙げた疑問点をもういちど問い合わせてみてはいかがですか?
貴殿のような教師が個人プレーで勝手に事を進めてしまうのは、保護者としても恐怖ですね。

それから、ボランティアとは必要性がなくてもやりたいからやる、というものではありません。
歌いたいから聾唖者に音楽を聞かせるのがボランティア?、おかしいでしょ?
生徒にもこのような間違いを教えているのかと思うと、気が滅入ってきます。

「1年もやっていたなら、夏休みとか受験とか大変だ。そこまでしていながら卒業と同時にピッタと終るとは。
少年の更生を目的とすると打算的?
以前の回答では、しばらくの間親が知らなかったということなのだから事前の連絡はなかったということだが、
ごく当たり前の礼儀を逸している。また、他にも教師はトラブルを防ぐために何もしていない。
リスクを覚悟の上とは、冤罪で補導されたり賠償する覚悟がクラスメートにあったのか?
一緒に食べないとは単なる出前?人間関係が薄いようだが。
朝食を取らない生徒もいることに加えて、食パン一枚で済ます生徒はもっといるだろう。
それでは、その少年にも食パン一枚を届けたのだろうか?
クラスメート全員が相当人徳が高いという前提でなければ、心理的な「貸し」は当然起きるだろう。
担任の顔色を見ながら行っていたというなら、これも問題である。
朝食を取れないつらさを強調しておきながら、朝食ではなく人間関係が重要だったり、他に“特別な困難を抱えて”いたり、と
コロコロ変わるので何が問題なのかどんどん曖昧になっていく。
朝食は食パン一枚あれば解決する問題であることは生徒にも簡単に判ること。
休日や長期休暇の“活動”については未だ不明。夏休み中は、出前があったりなかったりしたということか?
朝食が取れないことを生徒が問題にしていたなら、“休み中はどうする?”という声が出ない方がおかしいし、休日がなんとかなったなら、“まだやるの?”という声が出ない方がおかしい」

お礼日時:2009/03/14 11:49

他の方の意見は見てません。


私の考え方だけを述べます。

「先生を信用するな」と教えるのは、私としては止めた方がいいと思います。
子供にとって教師というのは、本来両親・家族の次に寄る辺になる存在です。
さらに、人格形成時期や思春期など、子供の成長過程の大事な時期に長く密接に付き合うことになる存在ですので、そういった存在を信用するなと教えてしまうのは、大人を信用しない子供になってしまったり、将来的に目上に対する敬意や、近しい存在に対する不信感を育ててしまうことにもなりかねません。
かといって、今の教育現場の腐敗具合を見せられてしまうと、残念ながら「全面的に信頼しろ」とは言えないでしょう。

なので、親が教師と話す機会を多くもって、大人の目から信頼できるかどうかを判断する。もしくは子供との対話を多く持ち、学校での先生の態度や子供の考えなどを聞き、議論を交わし、自分で判断する素養を育てる。というのが、私の考え方です。

教師を全面的に信頼できない状況なのは事実ですし、今の教育機関も行政でも、それを変えうるだけの力が無いのは明白です。
教師が~、学校が~、と言うのではなく、そういう現状を考えた上、自分が親として子供になにをしてやれるかを考えることが大事ではないでしょうか。
学校に任せきりにして何かあったら学校が悪い。
それでは何も解決しません。誰に責任があろうと一番被害を受けるのは自分たちの子供です。
親としてそこを一番に考えるべきだと思います。

途中から質問内容と脱線してしまっている気もしますが・・。
長文失礼しました。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>なので、親が教師と話す機会を多くもって、…

この結果、先生が信用できない人物だったら、“信用してはいけないよ”と子供に言えばよい、ということでしょうか?
問題は、担任一人だけならいいですが、他にも教員はたくさんいること。
不祥事を起こす先生は普段“教育に熱心”だったりすること。
また、保護者でも今は専業主婦は少なくなっていて先生と話す機会を持つ余裕がないこと、などでしょうか。

>教師が~、学校が~、と言うのではなく...

教師が~、学校が~、でいいのではないでしょうか?
いくら何でも、教員の不祥事に保護者が責任感じる必要はないでしょう。

>学校に任せきりにして何かあったら学校が悪い。

学校は、教員不祥事防止のためにほとんど何もしていません。
これについては、以下の質問で問題提起していますので、よかったら意見を聞かせてください。

*教員の不祥事を防止するために学校側がやるべきこととは? - 教えて!goo
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4715351.html

お礼日時:2009/03/12 22:08

>先生が“生徒と親密になった”とか“ホンネに迫っている”と考えたとしても、それはほとんど思い込みであり、勘違いなのです。



繰り返しになりますが、そういうケースもあり、そうでない場合もあります。
「必ず本音に迫る」と言いたいわけではなく、「思い込みによらない指導」が重要であると言いたいわけです。


>生徒から見て教師は権力者である、と申しましたが、要するに、立場が全然違うわけです。

これも別に否定していません。同じ立場でなければ理解し合えないとは限らないのです。
否定でなければ肯定、肯定でなければ否定、という単純な論理は教育の場面ではほぼ成り立たないとお考えください。

>もし生徒と親密になりたいなら、貴殿が教師を辞め、生徒としてその学校に入学するしかないでしょう。

これを師弟愛の否定と読みましたがいかがでしょうか。
どんな指導にも役割と限界があります。

距離をおいた指導が有効な場面もあり、心に寄り添う指導が必要な場面もあるのです。
それをひとりの教師が使い分けるということもあるでしょうが、教師集団で分業をしている学校もあると思います。

>>子どもの側が指導者に対して、1対1の関係を求めるケースは数十年前に比べれば格段に増えていると思います。

>そうは思いません。

「関係」のイメージが質問者と回答者で一致していない可能性もありますが、少子化で集団遊びを経験していない現代の子どもは、周囲とのコミュニケーション能力が著しく低下しています。
家庭で王子様・王女様状態であった子どもが、「集団の中のひとり」「脇役」という状態に不安を覚え、あるときにはパニックになり、決して攻撃されない指導者に向けて独占的な愛情を求めてくることが増えているのです。
ここで申し上げている「愛情」は同性であれ、異性であれ、恋愛感情よりもむしろ親子の愛情に近いものとお考えください。

「生徒と教師が親密になる・またはそのように勘違いして不祥事が起きる」というストーリーにこだわっていらっしゃるように感じますが、それよりも、心理的距離が遠いために生徒の迷惑に気づかずに性犯罪に走るというパターンが多いと思いますので念のため申し添えます。

>オープンに相談できるアドレスを設定し、相談ごとはそこにメールするように指導すれば、教員の個人的なメール・アドレスを知りたがる生徒はほとんどいないと思います。

そんなことをしなくても、そもそもアドレスを知りたがる生徒の数自体はほとんどないでしょう。
メールについての様々な回答は、質問があったのでお答えしたまでです。

しかし、ごく少数の、学校に来ないが先生と相談したい、学校に来ているが他の生徒や先生に知られないで担任と相談したい、そういう生徒がいます。
そういう生徒が男子であっても女子であっても、生徒の側から発信されるメールを、他の多くの相談機関と同じように、「秘密を守る」原則で受け取ることがあっても、規制をかけるのはもったいないという意見です。
事件性のない内容については、細かく報告する必要もゆとりもないということはすでにお答えしたと思います。
事件性のある内容については、本人の同意を前提に詳細に情報を共有し、教師集団で対応するのが基本です。


「1対1の人間関係」は会話から始まります。
「1対1の人間関係」を求める生徒で、会話の条件がある生徒は、まわりに他の生徒がいないときに教師に話しかけて来る場合があります。
あるいは、周囲の他の生徒を無視して強引に対話を始めるケースもあるでしょう。


>それでも“先生と秘密のメールじゃなきゃいやだ”と言う生徒がいたら

テレビドラマではないので、「オープンにする」と言えば送ってこないだけですし、来たメールを無断で公開したら、感情的なしこりになるでしょう。


>“親密な”生徒と“仲良し”の間はいい(かも)しれませんが、生徒が先生との“関係”に飽きたり、険悪になったら、またまたトラブルの元ですよ。

全てを恋愛関係に例えるのは無理があるでしょう。
生徒の側から「1対1の人間関係」を求めて来たとしても、教師の側は、基本的にそれを求めるすべての生徒と「1対1の人間関係」を成り立たせることを目指します。
恋愛関係では独占的関係が必要なのでしょうが、師弟関係は弟子がひとりでなくてもよいのです。
性別も問いません。

師弟関係が険悪になることもあります。
しかし、結果として生徒が良くなることが一番大切なことですから、単純にトラブルを避けるためだけに生徒に迎合するべきではありません。
ただ、指導上の必要から、生徒の側の要求に応えられない場合でも、生徒が教師個人に依存している段階では、決定的なトラブルにはならないものです。
トラブルになるのは、指導の見通しがないのに、教師の側の都合で現状を無視した要求をつきつけるときが多いと思います。
「飽きる」というイメージとはちがうようにも思いますが、教員依存の状態から脱却して集団の中で人間関係が育つようなら、それは喜ぶべきことです。


>「メールで師弟愛」とは何のことかよくわかりません

そのような文章はなかったと思いますが、師弟愛が不祥事の温床と考えていませんので、直接対話にしろ、Eメールにしろ、他の連絡手段にしろ、教師と生徒が連絡をとること自体は一律に規制するべきでないという立場です。
メールでなくても、内容やTPOに配慮は求められます。
メールにも、内容やTPOに配慮は求められます。
それは単純なルールでは表現できない複雑さがあり、その複雑さを解き明かすこと自体が、よりよい指導へとつながっているのだと思います。

>たまたまうまく行っただけ、ということはよくあることです。

これは「うまく行ったのはすべて偶然」という意味ではありません。

行政や管理職が理不尽な指示をすることも少なくありません。
本来なら、生徒の成長した教育実践があるのなら、そこから教訓を学び、他の先生の指導や学校のシステムなどに活かすべきと思うのですが、日頃から文部省方針に批判的だったりすると、良い実践を敵視することは日常茶飯事です。

>“体罰が一番”という方針で指導をする先生がいて

この先生は、体罰を厳しく告発する方でしたので、そういう面でも、体罰容認の管理職からはにらまれていたようです。

>夢の話を聞いているようで

当時であっても同様な指導ができる教員は少なかったのではないかと思います。
そういう事例としてだけ取り上げたことは以前にもお断りしたと記憶しています。

>休日や長期休暇のときも?
いいえ。

>どのくらいの期間続けるつもりだったのか?
卒業まで。

>実際、どのくらいの期間つづいたのか?どのように終ったのか?
卒業まで。

>毎朝生徒に家庭を覗かれることになるが、非行少年の親は何も言わないのか?
寝ているのでかなりの期間他人が来ていることを知らなかった様子です。

>朝食は買っていくのか、クラスメートの親が作るのか?
出来合いの朝食は買いません。まだ早朝に売っている店がない時代のお話です。
誰が作ったかについては不明です。

>非行少年の親の朝食は?
寝ているのでいらないと少年が言いました。

>朝食食べない生徒は他にもいるだろうが
たまに食べない生徒はいましたが、非行少年は特別だったようですね。

>生徒よっては相当遠回りになるのでは?
なります。

>食事をもらうこと自体すごく屈辱的なこと、かえってグレてしまったのでは?
本当の気持ちは誰にもわかりませんが、そのように見える言動はなかったようです。

>クラスメート全員に借りができただろうに。
運ぶ側は、それを「貸し」とは考えないからできたのでしょう。
運ばれる側は「大きな借り」と考えていたと思います。

>クラス全員が参加する必要はあったのか?
>個人情報も守れるし何人かの有志に留めておいた方がよかったのでは?
何でも「必要」という側面だけから考えない方が良いと思います。
周囲は「そうしたい」からしたのでしょう。


>なぜ夕食はなんとかなったのか?
詳しくは不明です。
可能性を書くなら(1)親が夕食をつくった(2)本人が夕食をつくった(3)給食の残りをもらった、などが考えられます。

>夕食がなんとかなったのなら、やりくりできたのでは?
できたかもしれないし、できなかったかもしれません。
少なくとも、運ぶ側は何ともならないと考えていたということです。
実際には何とかなったのだから子ども達のしたことは無駄なことだというご意見なら、それには賛同しかねます。
前回の繰り返しになりますが、朝食自体でなく、それを運べる人間関係が重要なのです。


>友達のためにクラスや有志が一致協力するというのは、別に珍しいことではないでしょう。
この事例について言えば、かなり珍しいことと思っています。

>その際、先生が“○○の登下校を手伝ってくれ”と私に言ったのかもしれません。
>だからと言って、これが先生の指導力だと大騒ぎするほどのこととは思えません。

「手伝ってくれ」と言ったのなら、それは別に普通のことです。
数人の生徒との対話の中で、「~してくれ」などという依頼や命令なしに、生徒が自発的に彼のために何ができるかを考えるように導く手腕が、特筆される「指導力」の中身です。

この回答への補足

ご回答ありがとうございます。(字数の関係で2ヶ所使います)

分りやすく言うと、立場の違いは否定できない事実であって、自分の都合で肯定したり否定したりすることのできないものです。
そして、否定するなら先生を辞めて生徒になるしかないということですね。
先生が子供のふりをすれば理解し合える、というわけではなく、それはむしろ生徒に誤解を与えるでしょう。
しかし、貴殿もご指摘の通り、生徒とコソコソ連絡を取り合って友達関係になることに、やり甲斐を感じる教師は多くいるため、
「立場が違っても解り合える」という言い方は、そのような教師に格好の口実を与えてしまいます。
「師弟愛」を口実にする先生がいるのかどうか知りませんが、これも似た類かもしれません。

ところで、言及がないようですが、「教師は、生徒とコソコソ親密になることをやり甲斐にしてはいけない」
ということは理解していただいたようで嬉しく存じます。
貴殿におかれましても、そのような欲求は学外で社会人の男性(女性)に向けていただきたく思います。


>これを師弟愛の否定と読みましたがいかがでしょうか。

前回の回答から「師弟愛」という言葉が突然出てきて困惑してしています。
貴殿は「師弟愛」とは何のことか説明さえしていないので、“師弟愛の否定と読みました”と言われても唖然とするしかありません。
教師ー生徒間のメールについての主な争点は、「内密」にするか「オープン」にするかということですが、
それによって「師弟愛」は点いたり消えたりするのでしょうか? 
「師弟愛」が出てくる前は「親密」とか「私的な関係」などの言葉を使っていたようですが、これはもういいのでしょうか?
貴殿はこれまでも再三議論を煙に巻こうとしてきましたが、今回は度が過ぎていると思います。

まぁ、強いて言えば、コソコソせず生徒たちとオープンな子弟関係を築くことの方が有益と考えます。

また、質問の性質からいって、私が教師-生徒間の恋愛ばかりを気にしている、と貴殿が考えるのはやむを得ないことかもしれませんが、
恋愛のような教員の不祥事の温床になるというマイナス面を度外視して、
単に教育的側面だけからいっても、教師と生徒が内密にメールをすることはやはりマイナスであると考えており、
これまでもそのような観点から話をしています。
読み返せばお分かりになると思いますが、これまで貴殿の主張に対して挙げて来た具体的なケースはほとんど恋愛とは関係ありません。


>少子化で集団遊びを経験していない現代の子どもは…

社会現象と結びつける説明はよくありますが、眉唾ものです。
例えば、「多子化で親に相手にされない子供が独占的な愛情を求め…」とも言えるわけで、結局、空理空論です。
それに、貴殿の話は、今回の「師弟愛」をはじめ観念的お題目や空理空論ばかりであるため、説得力がないんですね。
私は、教師ー生徒間のメールを内密にすることで起こる弊害を、具体的なケースを挙げて説明してきました。
教師ー生徒間のメールを内密にするべきとお考えでしたら、貴殿も具体的なケースを挙げて説明してみてください。
これは以前からお願いしていたと思いますが、逆に空理空論ばかり増えているので残念です。

前回、内密なメールをやり取りすることによって先生と“親密な関係”を持っていた生徒が、先生とのメールに飽きてしまった場合、
あるいは険悪な関係になった場合というケースについて言及しましたが、こういうケースでは、生徒はどのように対応すると貴殿は思いますか?
試すようで申し訳ありませんが、できるだけ具体的なケースを念頭において考えていただきたいため、お聞きする次第です。

>行政や管理職が理不尽な指示をすることも少なくありません…

議論を避けてはいけない、ということは理解されたようでうれしく思います。
実際、何の議論もなく教師の個人的な思い込みで事が運ぶのは、保護者としても恐いですね。

補足日時:2009/03/08 11:29
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この回答へのお礼

朝食実践についてですが、貴殿の話を聞くたびに、さらなる疑問が次々と湧いてきます。
ちなみに夢のよう、と言うのは、非現実的という意味です。

「卒業まで3年間もやっていたのだろうか?卒業後は朝食抜きなのか?休日や長期休暇のときは?卒業までその少年は更生しなかった?
非行少年の親は他人が来ていることを知ったとき、何も言わなかったのか?親はどんな人?夜は起きてるのか?
最初に親に断っておくのが礼儀では?クラスメートが何かトラブルを起こす可能性もあるし。
家で物やお金がなくなったりしたらクラスメートのせいにされるだろう。
実際に生徒が何かくすねる可能性もあるわけで、参加する生徒が多くなればその可能性も高くなる。
早朝に食事を売っている店がない、とはいつの時代?
食材を持っていって一緒に作ったのか?ケガをしたりお皿を割ったりしただろう。
一緒に食べたのか?仲が悪かったり話の合わないクラスメートもいたはずなのに。
クラスメート全員が「貸し」と考えなかったなんて、なぜ分るのか?「貸し」と考えるとできない、というのはおかしい。
朝食食べない生徒がたまにしかいないとはどういうこと?だいたいそんなことなぜ分るのか?
実際、ある調査では、朝食を食べない生徒は3割ぐらいはいるとのこと、朝食を取らないからといって生徒が大騒ぎすることが奇妙。
朝食をめぐんでもらうなんて非行少年は面目丸つぶれ。非行少年でなくても“世話にはならない”と言って断るのが普通。
どのように夕食を用意していたのかがなぜ分らないのか?興味ないのか?
夕食があるなら、朝食用に少しわけておいて、やりくりさせるのが正しい方向では?
だいたい、朝食はやりくりできない、と決めつけるのはおかしい。
そもそも、夕食や昼食はあるのに朝食だけない、また休日や長期休暇は大丈夫、という設定に無理がありすぎる。
子供たちのしたことだから意味がある、という考えの方がおかしい、子供だからこそ間違えたり暴走することが多い。
周囲が「そうしたい」から必要がなくてもする、という考えはおかしい。
自主的というが、仲間はずれにされるから付き合わされた生徒も多いだろう。 etc. etc.」

お礼日時:2009/03/08 11:41

>「生徒から情報を取るため」「生徒のホンネを聞くため」に生徒との“密かな親密さ”が必要と考えているようですが、



これはどちらかと言えば副次的なことであり、前レスでもご回答申し上げたように、子どもから出てくる情報を鵜呑みにしてはいけません。

あくまでも、子どもの側から求めてくる私的な関係に対して、教育的な配慮(特別扱いをしない・したと誤解されないなど)をしながら、受け止めることが重要と考えています。

そして、基本的には、生徒が同性であろうが異性であろうが、求められる人間関係について、可能な範囲で応答することは必要であろうと考えています。

子どもの側が指導者に対して、1対1の関係を求めるケースは数十年前に比べれば格段に増えていると思います。
そして、それは、性別を問わないと思います。
異性教員に対して「自分だけを見て」という言動があったとしても、それを恋愛感情と誤解する指導者は少ないでしょう。
経験と学習を積んだ教員であれば、そこから生徒の課題を読み取り、自分自身が最初の窓口になりながら、どのようにして集団の中で他の生徒との関わりを広げられるかを考えるはずです。

その際に、小学校高学年以上であれば、教師と子どもとの身体接触を自然に避ける配慮が求められることは言うまでもありません。
これは同性であっても、原則とするべきではないかと考えています。

>実際に起こることはそういうことではありません。

そうである場合もそうでない場合もあります。
改めて念押ししておきたいのは、ひとつの方法で全部に通用する教育手法は存在しないということです。

>生徒からみて教師はあくまで権力者

この側面は否定できません。
しかし、生徒の主観から言えば、「権力者だから距離を置こう」「権力者だから利用してやろう」という打算的な関係だけですべてを説明しようとするのはあまりにも一面的です。
権力者としての側面を知らない場合も、知っていてあえて求める場合もありますが、指導者として、保護者として、友人としての関係を子どもの側から求めてくるケースがあります。
さらに、これらも単純ではなく、ひとりの生徒の中に混在している場合が少なくありません。
事態が単純なら、指導も単純で良いのですが、残念ながら事態は大変複雑なのです。

>どの生徒にも分け隔てなく平等に接しようと努力しているのではないですか?

教師としては当然のことです。
そして、この姿勢は、全ての生徒と親密になろうとする努力と矛盾するものではありません。
むしろ、ひとりの生徒と仲良くなることが他の生徒と仲良くなれないことであってはならないのです。

条件に恵まれれば、教師と学級の全ての生徒が親密になることは可能です。
ただし、指導する側は、生徒によってはそれが表面上のものでないかという警戒が常に必要です。
生徒間の関係と同じで、仲良くなっているように見えて、仲良しを演じつつ孤立を深めるケースも珍しくありません。

それでも、「みんな平等にはできないから最初から全員と距離を置く」「みんな平等にはできないから積極的にごひいきをつくる」というスタンスよりは「みんな平等にはできないかもしれないが、可能な限りそこをめざす」という姿勢の方が良いと考えています。
そこに性別を持ち込むことも良い結果にはつながらないでしょう。

無論、「生徒は教師の権威や権力を利用しようとする」ことやその逆も、正当な留意点です。
ご心配のケースがゼロであるとは考えていません。

以前の回答でも念押ししましたように、私的な関係だけを頼りに指導を展開することはおすすめできないことです。

>実際、生徒が自発的に実行した可能性の方が高く、最初に誰かがいたと考えるのはむしろ不自然ではないですか?

書き方が悪かったようですが、生徒が自発的に何かに取り組む場合、このような実践では、最初から学級生徒全員ではなかっただろうと申し上げたかったわけです。
生徒の中の誰かひとりかふたりが自発的に始めたと仮定してご一読ください。

>“密かで親密な関係”は学校外で大人の女性(男性)と持つようにしてください。

教員不信の先入観があると、異性限定ではない回答もそのように読めてしまうようで、大変失礼しました。

確かに師弟愛は法律上制限されていませんが、「師弟愛は不祥事の温床」という論理をお考えでしたら賛同できないことを申し添えます。

>議論を避けたこと自体よりも、個人プレーの結果、問題が起こったらどうするのかと思った次第です。

>問題が起こっても責めるのは酷なのでしょうか?

「議論を避けた」という言い回しが、あたかも議論できないことが議論を封じられた人の責任のような言い方になっていると申し上げたかっただけです。

問題が起こったら責任は問われるべきでしょう。
しかし、問題が起きない、それどころか、問題を解決したのに責められる場合があるのが不思議なところです。

>非行の解決策が朝食?

朝食自体よりも、それを届けられる人間関係が解決策とお考えください。

>昼食や夕食は?

昼食は給食ですね。
夕食はかろうじて何とかなっていたようです。

>クラス全員で朝食を届けにいくのだろうか?

交替という意味です。

>もし、質問を立てたらAma430さんも参加していただけますか?

このスレッドに優先的に回答している理由は以下の通りです。
(1)自分の回答への追加質問であること。
(2)カテゴリーのトップメニューに長期間リンクが貼られていること。
(3)保護者と教師は基本的には協力し合うべきと考えていること。
(4)(3)のような視点からの質問・回答が見られず、逆に対立を煽る懸念があること。
(5)新鮮な発見があること。

同じような状況になれば回答させていただきますが、深刻な質問が他にあることも予想されますので、確約は致しかねます。
どうぞご了解ください。

この回答への補足

お礼ーその1(文字数の関係で2箇所使います)
早速の回答ありがとうございます。

全体を通してまだ誤解されているようですので、前回述べたことをくり返させていただきますが、
先生が“生徒と親密になった”とか“ホンネに迫っている”と考えたとしても、それはほとんど思い込みであり、勘違いなのです。
もし、貴殿が“生徒と親密になった”と感じたら、それは生徒が相当気を使っている、と考えた方がよいかもしれません。
生徒から見て教師は権力者である、と申しましたが、要するに、立場が全然違うわけです。
もし生徒と親密になりたいなら、貴殿が教師を辞め、生徒としてその学校に入学するしかないでしょう。
貴殿の回答の中に、生徒と“親密になろうとする”とか“仲良くなろう”などという表現があるのを見ると、非常に危うさを感じます。

>子どもの側が指導者に対して、1対1の関係を求めるケースは数十年前に比べれば格段に増えていると思います。

そうは思いません。メールの件で言えば、オープンに相談できるアドレスを設定し、相談ごとはそこにメールするように指導すれば、
教員の個人的なメール・アドレスを知りたがる生徒はほとんどいないと思います。
それでも“先生と秘密のメールじゃなきゃいやだ”と言う生徒がいたら、それはすでに指導の対象です。


>確かに師弟愛は法律上制限されていませんが、「師弟愛は不祥事の温床」という論理をお考えでしたら賛同できないことを申し添えます。

前回の回答で、生徒との親密な関係作りを生き甲斐にしている先生がいる、という旨のことを仰っていたので、
教師がそのようなことを生き甲斐にしてはいけません、と申しました。
それに、不祥事の温床というだけではありません。ちょっと考えてみてください。
“親密な”生徒と“仲良し”の間はいい(かも)しれませんが、生徒が先生との“関係”に飽きたり、険悪になったら、またまたトラブルの元ですよ。
それから、「メールで師弟愛」とは何のことかよくわかりませんが、いずれにしろコソコソせずオープンに行うべきでしょう。

>しかし、問題が起きない、それどころか、問題を解決したのに責められる場合があるのが不思議なところです。

たまたまうまく行っただけ、ということはよくあることです。
“体罰が一番”という方針で指導をする先生がいて、実際に問題が起きなかったとしても、責められるのは当然のことです。



朝食実践のことについても答えていただきましたが、夢の話を聞いているようで、さらにいくつも疑問点が浮かんできます。
「クラスメートが交替で非行少年の家に行く、休日や長期休暇のときも?
どのくらいの期間続けるつもりだったのか?実際、どのくらいの期間つづいたのか?どのように終ったのか?
毎朝生徒に家庭を覗かれることになるが、非行少年の親は何も言わないのか?
朝食は買っていくのか、クラスメートの親が作るのか?非行少年の親の朝食は?
朝食食べない生徒は他にもいるだろうが、そういう生徒も朝食を届けたのか?生徒よっては相当遠回りになるのでは?
食事をもらうこと自体すごく屈辱的なこと、かえってグレてしまったのでは?
クラスメート全員に借りができただろうに。クラス全員が参加する必要はあったのか?
個人情報も守れるし何人かの有志に留めておいた方がよかったのでは?
なぜ夕食はなんとかなったのか?夕食がなんとかなったのなら、やりくりできたのでは?etc. etc.」と言う風に。

この話はともかく、友達のためにクラスや有志が一致協力するというのは、別に珍しいことではないでしょう。
私も中学時代、しばらく松葉杖で登校しなければいけない友達のために、数人の友人と一致協力して、
登下校の手伝いをしたことがあります。
よく覚えていませんが、その際、先生が“○○の登下校を手伝ってくれ”と私に言ったのかもしれません。
だからと言って、これが先生の指導力だと大騒ぎするほどのこととは思えません。
また、先生と私に“秘められた私的な関係”があったわけでもありません。

補足日時:2009/03/03 22:33
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この回答へのお礼

お礼ーその2(文字数の関係で2箇所使います)

>このスレッドに優先的に回答している理由は以下の通りです…

教師ー生徒間のメールについて新しい質問を立てるかどうかは、まだ考え中です。
貴殿の考えが、教育界を代表するものでないことは重々承知していますが、
同じような考えを持つ先生はある程度いると思いますので、
質問を立てるとしたら、できるだけそれらをまとめた形で質問を作りたいとは思っています。
理由のいかんに関わらず、その気になったら参加していただければと思います。

お礼日時:2009/03/03 22:37

表題の質問に「教えるべきではない」の立場から追加の質問にお答えしています。



>貴殿の意見は、教師と生徒は内密に連絡を取り合うべき、ということですよね?

生徒と1対1でEメール・電話・手紙・交換日記・会話などのどれかのコミュニケーションを行い、生徒がプライバシーとして秘密にしてほしい内容については、事件性がない限り個別には情報を漏らさず、フィルタリングした生徒の性格や状況について、必要に応じて教職員集団で情報を共有化し、事件性のあるものについては本人の事前・事後の同意を前提として個別の詳細な情報を出して行く、ということを「内密に連絡を取り合う」と表現されるとしたら、そうなります。

>このような情報を取りたいなら、一番効果的なのは匿名で通報できる体制を整えることです。

自治体レベルでそのような匿名の通報・相談システムのないところはないでしょう。
学校レベルでも、定期的に無記名いじめアンケートをとっているところが多いと思いますし、住所やEメールアドレスは公開されていますから、匿名で教職員に通報・相談することは常時可能です。

しかし、仮にそれが一番効果的な方法だとしても、それさえあれば他にいじめの情報を集める必要がないと考えている専門家はいないでしょう。

>先生と親密だからと言って、生徒が本当のことを言うとは限りません。

これは否定しません。

>実際は、自分が他の生徒をいじめているのに、“○○君は私をいじめる”と“親密な”先生に言うことさえあります。

その可能性もありますが、事実誤認や思い込みによって、間違った情報が出てくることも多々あります。

複数の証言をつきあわせて裏をとるのは警察でも学校でも基本です。

しかし、警察と学校がちがうのは、子どもがどうして嘘をつくのかを考えることが意味をもつというところです。
事件に直接関係ないところで、新しい指導を展開する必要に気づくことができる場合があるのです。

親密な関係づくりは、事件について決定的な証言を得る場合もあれば、そういうものは得られないが他に重要な意味をもつ場合もあるとお考えください。

私的関係にこだわるのは危険ですが、単純に制限するということにも別のリスクがあるのです。
そして、私的な関係というものは、法的に強制できないということにご注意ください。

ひとつには、それが教育上ある程度必要という考えから、また、そういうもの自体が仕事にやり甲斐を与えるという感情から、教職員のボランティアで行っている部分があることを申し上げておきたいと思います。

>>「自分の学校にロリコン教師がいて生徒にいつ手を出そうかと考えている。という前提でのルール」があるなら、これは最初の段階でアウトですね。

>なぜですか?

ここでは、そういうルールがあるなら、親密になれないので、「親密ならば情報が得られる」の前段階が成り立たないという意味で「アウト」と申し上げました。

>教師だってスーパーマンではないのですから、放っておけば過ちを犯すかもしれません。
>だから、ルールを作るのです。

一般論としてはその通りです。
ここで明らかにしたいのは、教員不信を前提にしたルールが教師の善意によるボランティアを規制するルールになる危険性です。

>生徒-教師間のメールをオープンにしても、私的なコミュニケーションはできますよ。

メールに限らないのですが、どんな会話も全て全部の先生に知られる前提では、本音トークができる子どもは少ないでしょう。
実は会話がオープンになっていることを生徒に知らせないで私的対話を装うのは、バレたときのリスクが大きいという以前に、良心的な教職員の賛同を得られないと思います。

>意見対立があるなら議論するべきだと思いますよ。

これも一般論としては賛同できます。
時間的ゆとりのない現場が増えていることと、管理職権限がどんどん強まっているために、議論なしで管理職の思いつきで方針決定するようなケースが増えています。
高確率の破綻が見込めるのに議論の場がないとき、個人の責任でできることをしてフォローを考える先生もいるでしょう。
そのような場合には「議論を避けた」と責めるのは酷ではないかと感じます。

>議論を避けて、生徒と内密にコミュニーケーションをした結果、何か事件が起こったら、それこそ責任問題です。

そう考えるので、「言われたことだけやる」先生も少なくありません。
個人プレイは原則としてはほめられたことではないのですが、私的な関係に乏しい教師集団の指導は、一度通用しなくなると、スタッフが交替するまでトラブルを収集できなくなるケースが多いように思います。

>個人って誰ですか?

個人とは指導者で、ここでは学級担任の先生です。

他人の家に朝食を届けるなどという行為を強制することはできません。
非行少年の暴力的な言動だけに目を奪われず、朝食をとれないつらさに気づいて、生徒が自発的に実行したとしたら、最初にそれをスタートさせた誰かがいると考えるのが自然です。
学級会の話し合いで出たアイディアだったとしても、話し合いをリードした誰かがいたはずです。

生徒の自発性がなかったとしたら、あったとしても強力な動機でなかったとしたら、とてもこのような活動に保護者全員が納得するなどということは考えにくいのです。
本当に納得していたかどうかはわかりませんが、少なくとも表面的には保護者からの抵抗はなかった様子です。

その自発性はどこから来たのでしょうか。
非行少年の置かれている環境を詳細に知り、一見全然ちがうように思えた彼の境遇に、自分との共通点を見たのではないかと推測しました。
学力も経済力も異なるが、親から距離を置かれているという点では変わりはないのではないか、だとしたら、彼は自分であり、彼が放置されていることは自分が放置されていることになる。
この推測が正しいかどうかは自信がありませんが、少なくとも、非行少年本人か、本人に近い誰かからプライベートな情報を入手したことは予想できます。

そして、非行少年本人の了解なしに、個人情報をクラス全員に伝えて議論をしたかと聞かれれば、そうではない可能性が高いでしょう。
担任が私的に援助して、個人対個人の関係で賛同者を募っていったと見ています。

このような活動は、学級会で全員に強制することができない種類のものです。
賛同者が個人的に広がり、結果として学級の全員を巻き込む活動になったのだと思います。
教員の権力を使わずに、リーダーを育てて、お互いが支え合う活動を引き出した指導者の力量は見事という他はありません。

それだけの指導力のある先生ですから、この事例をひとつのモデルとして、周囲の大人にいろいろなことを考えてもらいたかったと思うのですが、こういう事例が成功すればするほど、「これは甘やかしだ」「このようなボランティアは真似できない」と敵視する人たちが学校内外に現れます。
ボランティアは強制できませんし、逆に、しないことも強制できませんから、これは杞憂なのですが、無用のトラブルを避けるために、万一事故があれば指導者が責任をかぶり、うまく行けば自分は知らなかった形にするという覚悟はしていたと思います。

この回答への補足

お礼-その1(字数の関係で2つの欄を使います)

回答ありがとうございます。

長い文章いただきましたが、私の考えはほとんど変わりませんでした。
むしろ、教師-生徒間のメールを野放しにしてはいけないとの考えを強くしました。
オープンな親密さならともかく、貴殿の主張する“生徒との密かな親密さ”など必要なく、それはむしろ悪い結果を呼ぶでしょう。

まず、貴殿の主張には大きな誤解があって、
「生徒から情報を取るため」「生徒のホンネを聞くため」に生徒との“密かな親密さ”が必要と考えているようですが、
実際に起こることはそういうことではありません。

前回、“本当は自分がいじめっ子なのに「○○クンが私をいじめる」”と先生に虚偽の訴えをする生徒の例を挙げましたが、
この例で私が言いたかったのは、“親密な”生徒から教師が得られる情報の分量や質の問題ではなく、
生徒は教師の権威や権力を利用しようとする、ということです。

クラスの中で、仲が良い生徒と仲が悪い生徒がいるのはごく普通のことですが、
そこで、例えば、先生と“密かで親密な関係”を持っている生徒Aは、
普段から気に食わないと思っている生徒Bに“先生はお前のことダメな奴だって言ってた”ってウソを言うかもしれませんよね。
生徒Bも当然“あいつは先生にオレの悪口を言っているに違いない”と思うでしょう。
逆に、いつもからかわれがちな生徒Cが先生と“密かで親密な関係”を持っていたら、“あいつは先生にチクッてる”とみんなに思われて、
イジメに発展するかもしれませんよね。
貴殿は、子供の実態にあまり詳しくないようですが、このようなトラブル例はほんの一部であって、他にも無数にでてきます。
生徒からみて教師はあくまで権力者ですから、教師の側で“親密な関係だ”“生徒のホンネに迫っている”と言っても
それはほとんど教師の思い込みであり、勘違いです。先生のこういう思い込みは恐いですね。

ちょっと考えてみてください。
教室で、あなたは先生として、どの生徒にも分け隔てなく平等に接しようと努力しているのではないですか?
仲の良い生徒だけを相手にして、ソリの合わない生徒は無視してるのでしょうか?そうじゃないでしょう?
それはなぜですか? その理由を考えればすぐわかるでしょう。


>>ひとつには、それが教育上ある程度必要という考えから、また、そういうもの自体が仕事にやり甲斐を与えるという感情から、
>>教職員のボランティアで行っている部分があることを申し上げておきたいと思います。

結局、これが本音なのかもしれませんが、教師は、生徒との“密かで親密な関係”をやり甲斐などにしてはいけません。
“密かで親密な関係”は学校外で大人の女性(男性)と持つようにしてください。
今さらながら言うのもなんですが、これを“やり甲斐”にすることこそ不祥事の元です。
本音を言っていただいて感謝していますが、愕然とせざるを得ませんでした。


>>一般論としてはその通りです。
>>ここで明らかにしたいのは、教員不信を前提にしたルールが教師の善意によるボランティアを規制するルールになる危険性です。

すでに述べたように、ボランティアで生徒と“密かで親密な関係”を持つこと自体、言語道断なわけですが、
それはさておき、ルールがあるから教員不信だというのはおかしいでしょう。
交通ルールを守るドライバーを信用し、守らないドライバーは信用できない、ということであって、
交通ルールがあるとドライバー不信になるわけではありません。


>そのような場合には「議論を避けた」と責めるのは酷ではないかと感じます…

議論を避けたこと自体よりも、個人プレーの結果、問題が起こったらどうするのかと思った次第です。
問題が起こっても責めるのは酷なのでしょうか?
これも具体例がないですし、観念的な議論に深入りするつもりはありませんが。

補足日時:2009/03/02 19:14
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この回答へのお礼

お礼ーその2(字数の関係で2つの欄を使います)

>生徒が自発的に実行したとしたら、最初にそれをスタートさせた誰かがいると考えるのが自然です。

何が言いたいのかよくわかりません。生徒が“自発的”に実行したなら、最初にスタートさせた誰かなど想定する必要はありません。
“自発的”とはそういう意味です。
実際、生徒が自発的に実行した可能性の方が高く、最初に誰かがいたと考えるのはむしろ不自然ではないですか?

そもそも非行少年と朝食という取り合わせが唐突だし、基本的にこの事例の全体像が不明で現実感が薄いのですよね。
「非行の解決策が朝食?」「他にも朝食とってない生徒はいるのでは?」「昼食や夕食は?」
「クラス全員で朝食を届けにいくのだろうか?」などなど疑問点ばかり出てきます。
結局、貴殿も、“朝食実践”についてあまりわかっていないということなのかと思います。


教師-生徒間のメールの取り扱いについては、これだけでも新しい質問を立てた方がいいのかもしれません。
もし、質問を立てたらAma430さんも参加していただけますか?

お礼日時:2009/03/02 19:19

実際に三人の子供を育てた親として質問に対する回答は「教えるべきではない」ですね。

この回答への補足

お礼欄に間違いがありましたので訂正です。

また、以下も関連質問です。

>教員不祥事から子供を守るためにどのようなアドバイスができるか? - 教えて!goo
>http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4709468.html



教員の不祥事を防止するために学校側がやるべきこととは? - 教えて!goo
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4715351.html

補足日時:2009/03/02 19:36
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
「先生を信用するな」とだけ子供に言ってもどうすればよいか分らないので、より具体的なアドバイスをするべき、との意見がありました。
そのため、以下のような質問を新しく立ててあります。
よかったらどうぞ。


教員不祥事から子供を守るためにどのようなアドバイスができるか?
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4709468.html

また、以下も関連質問です。

教員不祥事から子供を守るためにどのようなアドバイスができるか? - 教えて!goo
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4709468.html

お礼日時:2009/03/02 19:30

私的な関係を「内密に連絡を取り合う」と表現されていますが、おそらく、誤解をされていると思います。



単なるあいさつや世間話などの隠す必要のないことでも、他の人には筒抜けにならないから日記や手紙やEメールが出せるという心理はなかなか実感としてはわかりにくいでしょうが、そのような子どもはたくさんいるようです。

そういう個人的な信頼があるからこそ、ときとして重要な情報が入手でき、「大切なことだから○○先生にもお話ししておくよ」と了解を得ることもできるということです。
例えば、Eメールや交換日記で親密になった生徒から、通常は決して出ないようないじめグループの情報が出てくるケースでは、最後の事件情報はニュースソースをどの生徒にも秘匿した上で教職員集団が共有化するわけです。

「自分の学校にロリコン教師がいて生徒にいつ手を出そうかと考えている。という前提でのルール」があるなら、これは最初の段階でアウトですね。

学校に生徒がいる時間は短いほど良い、という考えの管理職は珍しくありません。何かあったときの責任を追及されるからです。
しかし、登校時間も下校時間も幅が無くなると、よほどの覚悟がないと生徒が教員に相談を持ちかける時間的なチャンスがありません。
例えば、家に固定電話が無く、あっても家族に会話が漏れるようなケースで、Eメールによる連絡をとりたい生徒はあるかもしれません。

親密な教員がいない生徒(圧倒的多数でしょうが)は、友達に相談メールを送るでしょう。
メールに教員の側がこだわる必要は全くありませんが、生徒の側から親密なメールが来たときに、教育上の配慮をしながらこれを受容することは、それとの比較では議論の余地があると思っています。

くどいようですが、ここでのお話は決して教育関係者の総意というわけではありません。
「くだらない話は聞かない」という教員も少なくありませんし、そういう人たちの中には独自のノウハウを自負している方々もいらっしゃいます。

いわゆる非行生徒を含む、困難を抱えた子ども達に対して、ていねいなケアをすることについても、多くの学校現場で意見対立があるものと思われます。
「甘やかしだ」と横槍が入りそうな状況なら、事件性のないコミュニケーションは、横槍を入れそうな人にはあえて情報を出さないでしょう。
学級担任がつっぱり君たちと車の話題で盛り上がっても、そのこと自体を不快に感じる先生には「今日面白かったよ」などと自慢したりはしないということです。
そもそも相当緊急な事件でないと、情報交換が十分できないほど多忙な現場が多いのです。

ですから、朝食ボランティアについては、かなり時代がちがっていても、ある程度見通しを立てるまでは(最後までかもしれません)あくまで個人の実践として、個人の責任で取り組んだ可能性が高いと推測したわけです。

念のため申し添えますが、決して私的関係だけで指導するべきとは考えていません。

大切なことは、多面的な見方がある、ということであり、簡単にできそうなことにもたいていマイナス面はある、ということなのでしょう。
そして、教員一般を頭から警戒すべしという意見も、そこから導かれる管理強化も、大人の協同関係を遠ざけ、ますます個々の教員を精神的に追い詰めるマイナス面が大きいと考えています。

この回答への補足

回答ありがとうございます。

>>私的な関係を「内密に連絡を取り合う」と表現されていますが、おそらく、誤解をされていると思います。

貴殿は、私的なメールを「オープンにやり取りする」べきということを言っているのでしょうか? それなら私と同意見です。
でも、貴殿の意見は私的なメールを「内密にやり取りする」べき、と言っていると思いますが、違うのでしょうか?


>>単なるあいさつや世間話などの隠す必要のないことでも、他の人には筒抜けにならないから日記や手紙やEメールが出せる・・・

やはり、貴殿の意見は、教師と生徒は内密に連絡を取り合うべき、ということですよね?


>>例えば、Eメールや交換日記で親密になった生徒から、通常は決して出ないようないじめグループの情報が出てくるケースでは、・・・

このような情報を取りたいなら、一番効果的なのは匿名で通報できる体制を整えることです。生徒と先生の内密な信頼など必要ありません。
それから、“内密に隠しながらあいさつを交わすような親密さ”があれば重要な情報が得られるなどと誤解されているようですが、
先生と親密だからと言って、生徒が本当のことを言うとは限りません。
実際は、自分が他の生徒をいじめているのに、“○○君は私をいじめる”と“親密な”先生に言うことさえあります。
先生をしていると、このような心理は却って実感できないかもしれませんが、子供はこの程度のことは平気でやるものなのです。


>>「自分の学校にロリコン教師がいて生徒にいつ手を出そうかと考えている。という前提でのルール」があるなら、これは最初の段階でアウトですね。

なぜですか?ロリコンかどうかはともかく、教師だってスーパーマンではないのですから、放っておけば過ちを犯すかもしれません。
だから、ルールを作るのです。


>学校に生徒がいる時間は短いほど良い、という考えの管理職は珍しくありません。・・・

生徒-教師間のメールをオープンにしても、私的なコミュニケーションはできますよ。


>>いわゆる非行生徒を含む、困難を抱えた子ども達に対して、ていねいなケアをすることについても、多くの学校現場で意見対立があるものと思われます。…

意見対立があるなら議論するべきだと思いますよ。
議論を避けて、生徒と内密にコミュニーケーションをした結果、何か事件が起こったら、それこそ責任問題です。


>>ですから、朝食ボランティアについては、かなり時代がちがっていても、
>>ある程度見通しを立てるまでは(最後までかもしれません)あくまで個人の実践として、個人の責任で取り組んだ可能性が高いと推測したわけです。

個人って誰ですか?
この件について、もし貴殿が相当の現実味をもって事の推移を推測しているなら、もっと具体的に説明してみてください。

補足日時:2009/02/22 21:50
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
今回は字数制限の関係で、捕捉欄に本文を投稿しました。

なお、この質問の他に、新しく以下のような質問も立てましたのでよろしかったらどうぞ。

*教員不祥事から子供を守るためにどのようなアドバイスができるか? - 教えて!goo
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4709468.html

*教員の不祥事を防止するために学校側がやるべきこととは? - 教えて!goo
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4715351.html

お礼日時:2009/02/22 21:58

私的な関係について追加の質問にお答えしています。



前提として、私的な関係だけで指導すべきとは考えていませんが、公的な権力・権威の関係だけで指導するのは難しいと考えている立場です。

>隠さないといけないような内容のメールではありませんよね?
>第三者がメールを見れる状態にしておけば、報告の手間はありません。

メールの内容が客観的に重大な事実かどうか、ということと、メールを送信した本人がそれを1対1の関係の中に封じ込めておきたいと願うかどうかは別問題です。
隠さなくても良いようなことを隠しておきたいのが「プライバシー」というものです。

大人の都合としては、子どもの情報をすべてオープンにしてもらうことがひとつの理想なのかもしれませんが、子どもにとっては、信頼できる大人も信頼できない大人も自分の情報を共有している状況はとても歓迎できるものではありません。

>身の回りでできることを考えましょう。

これは私的関係の制限を指していると解釈しましたが、それは単純に子どものためにならないという意見です。


>“朝食実践”は教師と生徒のオープンな関係があったからこそ出来たということでいいですか?

極端な例として示しましたが、断定できるだけの材料は持ち合わせていません。
推測で書くならば、核になる生徒集団と指導者の一定の私的な関係がなければ、とうてい進まなかったと見ています。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

かねてより、教師と生徒が内密に連絡を取り合うことで解決できるような問題があるなら、その具体例を聞かせてください、とお願いしてきたのですが、やはりそういうものはないということですね?
それで、今度はプライバシーに切り替えるということでよろしいでしょうか?
基本はオープン、特別な場合だけ内密にすればいいじゃないと思いますよ。もし生徒と内密にやり取りしなければ解決できない問題があれば“ある生徒に内密な相談を受けています”と上司に言っておいて、何かあったとき後で追跡できるようにすると。
ただ、このような事例はそんなにないと思います。実際、あなたも思い浮かばないようですし。
もし、本当に生徒の悩みを解決したいなら、匿名で相談できるメールアドレスを別に設けてもいいかもしれません。
まぁ、そこまでやらなくてもいいと思いますが、メールの管理の仕方はいろいろあります。

>これは私的関係の制限を指していると解釈しましたが…

権威や伝統、メディアの報道姿勢に話を飛躍させる前に、身の回りでできることを考えましょう、と申しました。

>>推測で書くならば、核になる生徒集団と指導者の一定の私的な関係がなければ・・・

一部の生徒が先生との私的な関係を隠しながら行っていたと推測しているのですか??
そんなことないと思いますが。

お礼日時:2009/02/15 22:02

自分と異なる考えの意見に耳を傾ける気がないなら「質問」の形態をとるな!!


知らずに善意で返答をした人に失礼だ。
さっさと回答を締め切れ!
そして『私は子供に「先生を信用するな」と教えようと思います。賛成意見求む』とでもして作り直せ。




返答は一切しなくて良い。
偽善的な上っ面のお礼も余計に頭にくるのでいらない。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
どういうつもりでお書きなのかいまいちよくわからないのですが、賛成意見だけを求めているわけではありません。
例えば、この質問の回答に、“先生を信用するな”というだけでは子供もどうしてよいかわからない、という異なる意見があったので、以下のように新たに質問し直しました。

教員不祥事から子供を守るためにどのようなアドバイスができるか?
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4709468.html

教員の不祥事を防止するために学校側がやるべきこととは?
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4715351.html

また、いくつかの回答については、不明な点を再度質問しているので、質疑応答が継続中のものもありますが、異なる意見は大歓迎です。

お礼日時:2009/02/14 00:48

お疲れ様です。


保護者側の人間です。

我が家の子供は教師による苛めに合いました。
しかも三回も。
転勤族の子というだけでまるでサンドバックのように言葉の暴力を受けてきました。
ですが先生も皆一緒と言うわけではありません。なので、まず懇談会などに参加し先生をある程度見ます。
次にお便りなどを見ます。私たちの場合は「余計な事は書き込まず、必要事項を簡潔にまとめられる先生かどうか」というところに重点を置きます。
さらに授業のやり方、宿題に対する指導、ノートのとり方などが適切かどうか。(最近、「色ペンを色々使いわけなさい」と指導し子供の能率を下げる先生が増えてきているのに気付きました。あれ、なんででしょうね・・・。三色ボールペンで充分なのに。また、高学年になっても、分数の横棒を定規を使えと指導する先生がいます。大抵は授業がプリント学習だったりして、板書力、ノート力が落ちてきたりという弊害もあります。)
まだまだありますがこれらをクリアして、かつ保護者とも程よい距離を保てる先生は「信用してわからないところどんどん聞いておいで!」と話しています。
そういう先生は例えわからないところを頻繁に聞きに来ても「えこひいきをしない」「偏らない」意志の強さを持っています。
なのに、子供たちが学年末にすべてやりきると大いにほめ大いに泣いてくれたりもします。

なので私たち親がある程度見極め、子供の話にも耳を傾け総合していい先生なら「信じていい!!」と教え、おかしい先生だったら「信じるな」と教えています。

今の保護者会でよく耳にする先生の言葉の中に「子供に先生の悪口を言わないでください」という先生方がいますが、「じゃあ、いわれるような真似は絶対しないんですね?」と聞き返したことがあります。
どこに行っても「もちろんです!」という自信ある回答が返ってきたことはありませんでした。

何度も申し上げますが先生によって、信じろ・信じるなと教えるようにしています。

いかがでしょうか。
長文、失礼しました。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

ご苦労されているようですね。
教師が率先して子供を苛めるなんて、聞いただけでため息がでます。

先生と言えども、人間ですから良い人も悪い人もいる、だから人間を見るべき、というのはある程度その通りだと思います。

しかし、いくつか疑問もあります。
*共働きの場合など、先生の観察にそこまで時間と労力を使うことができるだろうか?
*中学以上だと複数の教科の先生を全て観察しないといけない?
*猥褻関係の不祥事は、“良い先生”に多かったりする。
*「信じるな」と子供に言った場合、具体的にどうすればいいのか子供が迷ってしまわないか?
などです。

しかしながら、先生を観察すること、保護者から言いたいことをきちんと言うこと、などは必要なことだと思います。
他にも何か体験談やご意見がありましたらお聞かせください。
ちなみに、「教員不祥事から子供を守るためにどのようなアドバイスができるか?」という新しい質問スレッドも立てましたのでよかったらどうぞ。

お礼日時:2009/02/11 22:32

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