つい先日、YOUTUBEで神風特別攻撃隊の出撃場面と
散華場面をみました。

ほぼ確実な「死」を恐れずに大和魂で国の為に尽くしたあの
勇敢な姿に思わず涙がでました。
あれが今現実にあれば、相当悲しいものでしょう
まぁ、このへんの解釈はいろいろあると思いますが・・・

今回自分が知りたいのは、連合国側が神風をどのように
捉えていたかです。
世界貿易センタービルに旅客機(ミサイル?)が突入したときに
リポーターが「カミカゼ!」を連呼していたそうですが、
艦船からみて、突撃してこようとしている神風の特攻航空機
をみつけたら、やはり相当の恐怖なのでしょうか?

それとも、それほどまで脅威ではなかったのでしょうか?

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A 回答 (9件)

昨今のイスラム過激派による自爆テロと同じだと思います。

あの自爆テロは同じイスラム教徒から見ると「崇高なる行為」と映りますが、異教徒である我々から見ると「狂信者」「洗脳された人たち」「理解不能の破壊行為」にしか見えません。
やる側の理由も似ていると思います。イスラムテロは、まともに戦っても勝ち目がない大国に対する抵抗であり、大戦末期の神風攻撃隊もまともな攻撃方法ではもはや有効な戦果を与えることが不可能になったことを承知の上での「作戦の外道」であったわけです。
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この回答へのお礼

みなさん回答ありがとうございました。

なるほど、得体が知れないから恐かったのですね。

みんながこの行為を正しく理解してくれることを祈ります^^

お礼日時:2009/05/17 15:41

他の方も指摘していますが、「神風特攻隊」が「お国(天皇)の為に、勇猛果敢に出撃しはかなく散った」なんてのは、後生につくられたイメージでしかありません。


彼らの遺書や日記などを丁寧に読むと、そこにあるのは身近な人(家族・恋人・友人)を思う気持ちです。
何処の国の、どんな人でも多かれ少なかれ持つ「普通の」感情なわけです。
同じように、当時の日本国民がまるで一神教の神を信仰するかのように「天皇崇拝」をしていた、、、というのも作られたイメージです。
事実はもっと複雑ですよ。

さて、本題ですが、「神風特攻隊」を連合軍(アメリカ)側が恐れていたというのは事実なようです。
ただ、それは「神風攻撃」によって死ぬことへの恐怖というよりは、「得体の知らないモノ」に晒された事による恐怖でした。
というのも、アメリカ人の軍隊教育は「生き残るため」を旨として行われます。
アメリカ軍の出撃の目的は、敵を撃破すること以上に「無事生還すること」が最上位に置かれます。
しかし、「神風特攻隊」は全く逆なわけです。
出撃したら生きて帰れない、死ぬことを目的とした攻撃なわけです。
それが、彼らには理解できない。
故に、「得体の知れないモノ」であり、「理解出来ない恐怖」に怯えたわけです。
そして、「日本人は人間らしい感情を持ち合わせない野蛮な民族」だというイメージができあがり、噂として流れていました。(このイメージは、硫黄島の戦いとか他の陸上戦闘での突撃によっても作られました)
その結果、「神風ノイローゼ」となる兵士も続出したわけです。

「神風特効」という「戦術」は、戦争末期に既に「熟練の兵士」という人材も殆ど居なくなり、補給線の確保もままならず、航空燃料や爆薬などの必要物資が欠乏し、制空・制海権もほぼ失い、本土決戦も秒読みという段階で仕方なく考案された戦術です。
当初は、フィリピン戦線限定で考えられていたのが、敵艦への体当たりに成功し、空母一隻を撃沈するという戦果をあげたました。
そのため、「日本が勝つには特効しかない」という妄想を軍部が抱き、終戦まで断続的に行われることになりました。
しかし、出撃した兵士は飛ぶのがやっとと言うほどの訓練度の低い新米兵士が殆どでした。
また、米軍は対空砲火の威力もましていたため、特効の命中率は10%以下でした。

>それとも、それほどまで脅威ではなかったのでしょうか?

戦局を左右するほどの脅威はありませんでした。
ただし、「特効(自爆テロ)」を行う「心理」というのが理解できずに「神風ノイローゼ」になる兵士もいたため、「野蛮な民族の狂気の沙汰」として欧米に広く知れ渡り、結果として「神風神話」とも言えるようなイメージができあがり、今に伝わるという感じでしょうか。
その点が、イスラム教(の神)の為に「自爆テロ」をするイスラム教原理主義者と重なる点があり、「9.11テロ」が「カミカゼの再来」なんて言われるわけです。
ただ、欧米でも何人かの研究者なんかが「カミカゼ」や「自爆テロ」の心理を研究して、正しく理解しようという人もいますね。
まぁ、大衆が持つイメージを変えるのは当分先になるでしょうけど。
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日本人に対する心情は別とすれば、カミカゼは命中率の高い爆撃方法と見ていたでしょう。



あと、もう一つはかなり多くのカミカゼが襲ってきたということでしょう。(特攻だけじゃなく通常攻撃もかなりやっていますが)
カミカゼが怖いというより、多くのカミカゼが怖いのです。
史実を見てもらえれば分かるとおり、戦闘機を増やしたり、VT信管で迎撃したりしても防ぎきれていません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5% …
http://yokohama.cool.ne.jp/esearch/sensi1/sensi- …
上記のサイトを見れば分かるとおり沈没艦こそ少ないですが、損傷艦はかなり多いのです。(特攻だけの戦果ではなく通常攻撃の戦果も入れているとは思われますが)
つまり、かなりの被害が出ています。
もちろん、その理由は「かなり多くの戦力を投入したから」という当たり前の話なんですが。
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同じ連合軍関係者でも立場によって異なると思います。


前線には出てこないような首脳部にとっては、神風特攻隊に代表される特攻は単なる愚かな蛮族的行為と捉えられたであろうし、終戦も間近と考えていたでしょう。
しかし最前線で矢面に立たされる実動部隊からすれば、自らの命を捨てて果敢に体当たりしてくる敵は恐怖の的でしょう。普通の敵は迎撃すればやられないように必死で回避行動をとるものですが、特攻ではそんなのお構いなしに突っ込んでくるのですから。
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 昭和19年7月段階で日本軍による航空攻撃は300機で攻撃して1発も命中せず帰還は10機という状態でした。

これが10月以降一変します。
 命中率が1割に回復したのです。何故か?爆弾を敵の艦船0mまで持っていく所謂『特攻』という戦術に出たからです。
 通常攻撃では戦死率97%で戦果無しだったのに対して、特攻を採用すると戦死率100%で戦果有りになりました。

 米軍はこの戦術に困り果てます。人間が飛行機もろとも降ってくるのです。かなりの恐怖だったらしく、沖縄に従軍した米海軍の乗組員は1万人ほどがPTSDになり後送されました。頭のおかしい戦争(勝つため生きるために戦争するならわかるが、死なば諸共でやってる戦争)をする相手と戦争は出来ません。さっさと戦争を止めるという戦略に出るのです。
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まず、西洋人の常識からはずれた行為であったため、それに直面した兵士にとっては恐怖であったそうです。

これは事実です。ドイツでもアメリカ大型爆撃機に戦闘機で体当たりするエルベ特攻隊が組織されていますが、さすがのヒトラーやヒムラーが、一回出撃させて以来、やめさせています。

戦後の調査では、参戦していた連合軍兵士には「勇敢である」「特異だが理解できる」と言う声が多いそうです。そして、自分も祖国が当時の日本みたいに追い詰められてしまったら、やるかもしれない、やる、という声がかなりあるといいます。同時に、この攻撃手法は日本軍が(如何であれ)、その時点でも極めて高い士気を持っていたことを意味してます。

また当然ですが、自分がやられたとき、相手を道連れにしていった飛行機は、どちらの陣営にもありました。

カミカゼは、ゼロ(戦)、ゴジラ、と並んで英語圏の辞書に載っている日本語ですが、レポーターもこのような行為をしっていおり、理解しているほど知られた事実である、ということです。

ただ、昨今の自爆テロは、スーサイド・アタック、自殺攻撃と呼称しています(一部でカミカゼよばわりもありますが)。一緒くたにはされていない、とおもっていいのではないでしょうか。
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 彼らが進んで国のために己が命を捧げたなんてのはロマンティックな大嘘です。

そうでもなければ彼らを出撃前夜に酔い潰させたり、軍が彼らの勇敢さをギンギンにするナイスなお薬を軍が開発する訳なんてありませんよね──これが後のヒロポン(通称ポン)で、さらに後の覚醒剤です──。また、死ぬまで何度も出撃させたなんてのは作戦と呼ぶに足るようなものでもなんでもありませんし、上官の命ずるままに死なねば非国民という言葉で身内を一生社会の爪弾きにするぞ、との社会的脅し(いまもそんなことをしてる人々も少なくないようですけど)をかけてもいた訳です。
 ちなみにこの一部は出撃寸前で敗戦となったため命拾いした方からうかがった話で、他にもいろいろとげっそりな話をうかがった(軍内部で天皇批判もフツーにされていたという話には驚愕しましたけど)んですけど、それは質問とは関係ありませんので割愛。
 実際、特攻という、パイロットという育成に長い時間と多くの資金を費やす貴重な戦力と勝機をドブに捨てるような作戦を、首脳部の無能さを糊塗するためにひねりだしたお手軽精神主義の産物であって、それを徒に美化することは彼らの死を無駄にすることでしかありません。

 で、特攻作戦を始めた頃は、近代の戦争では絶対にありえない極めてイカれた作戦で、近代兵器に乗った蛮族が突っ込んでくる(と見えた)んですから、そりゃ怖かったでしょう。しかし、その後には日本軍が開発を怠った(これまた精神主義に逃避した軍首脳がその有用性を否定していたんです)レーダーをいち早く装備した米国の軍艦にとっては、的になるのが分かってくるのにわざわざ的になりにくる物好き程度でしかなくなっていたんです。──これまたそれを日本の軍首脳はしっかりと把握していたにも関わらず特攻という愚行をさらに拡大させていったんです。

 で──西洋人にとっては自分の命も顧みない馬鹿者に対する一般的な呼称として、カミカゼの語が使われている訳であって、神風特攻隊に対してウェットな感情を抱いて用いた語ではないんです。そこらヘンは米国のおバカ映画なんぞではよく使われる用法なんです。

 んで、現代にはそんなことはない、というのはどーなのかな。過労死なんて悲惨かつ珍妙な現象は情けないことに日本にしかないんですよ。下っ端は人柱ってのは半世紀以上すぎても変わっちゃないんです。

 全然ロマンティックじゃない戦争については、水木しげる『総員玉砕せよ! (講談社文庫)』──http://www.amazon.co.jp/%E7%B7%8F%E5%93%A1%E7%8E …をお読みになられるとよろしいかと。
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精神的な攻撃としては相当だったようです。


いまでも「日本=カミカゼ」というくらい硬派な日本人は言われるくらいですから。

逆の見方をすれば、それだけ太平洋戦争に従軍した米兵の気楽な感覚が垣間見れます。彼らにとっての戦争はヒーローになるための一手段であって、決して死を意味していなかったのでしょう。日本人は、あの戦争で負ければ家族や日本国の死を意味していたのです。必死になっている者と物見遊山(極端な言い方ですが)のハイカーの感覚の違いでしょうか。

「な、なんでこんなこと(戦争)で死ねるんか!!!???」

という感覚でしょうか。

このあたり、米国は今でも戦争と遊びの垣根が低いですよね。

ただ、圧倒的な物量でする遊びなので、貧乏な国にとってはたまったものではない・・・
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神風は軍事的にはあまり成果はありませんでしたが、精神面では相当の


成果がありました。
アメリカ兵を本当に恐怖のどん底に突き落としたのです。
発狂してアメリカに送還された兵隊が非常に多かったそうですよ。

蛇足ですが、ニューヨークの旅客機がビルに体当たりして、カミカゼと言っていましたが神風特攻隊は民間人は巻き添えにはしていません。
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Q日本は強かったの? 他国から歴史をみたら日本なんてなんてことない国だったの?

第一次、第二次世界大戦の時代
私は今まで、日本はアメリカに負けたけど、日本は戦争に強かった。と思っていました。零戦とか戦艦大和とか聞くし、神風特攻隊を出撃させたのは、作戦には疑問を持ちますが、とにかく日本は強かったんだと思っていました。でも、実際そうなんでしょうか?戦争に関して知識は豊富ではないですが、昔のVTRなどをみていると、簡単に言うと、ずるい方法をとったりしていたようにいわれてました。(約束破り?)
私は日本で日本の歴史を勉強するので日本は負けたけど、すごかった、強かった、というような感じを受けるものが多いですが、ほかの国から歴史を見たら、日本なんてなんてことなかった かのような存在だったのでしょうか?教えてください

Aベストアンサー

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸軍は弱かった、人命無視のムチャクチャな作戦をやって自滅して行った…という悪いイメージがありますが、仔細に見るとそうでもありません。

A) 支那事変は、蒋介石率いる国民政府が、上海周辺にドイツ軍事顧問団の指導で建設した第一次大戦型の塹壕陣地(第一次大戦の常識では『突破不可能』。ゼークトラインと呼ばれた)を建設した上で、上海に駐屯していた海軍の上海特別陸戦隊を襲撃し、救援にやってくる日本陸軍を、上海周辺の塹壕陣地に誘致して殲滅する、という計画で始まりました。

蓋を開けてみますと、上海特別陸戦隊は意外なほど頑強に戦って陸軍の援軍が来るまで持ちこたえ、杭州湾に上陸した日本陸軍3個師団は、国民政府が頼みにしていたゼークトラインを「浸透戦術」を巧妙に用いることで少ない損害で突破し、国民党軍を包囲殲滅しながら国民政府の首都である南京へ進撃しました。

これは蒋介石にとって全く予想外のことで、国民政府軍は総崩れとなりました。日本陸軍は、上記のランキングでは「ランキング対象外」の国民政府軍より「遥かに強かった」と言えます。

ウィキペディア 第二次上海事変
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%8A%E6%B5%B7%E4%BA%8B%E5%A4%89

B) ポツダム宣言受諾の「後」に、ソ連軍が北方から千島と南樺太に侵攻しました。
千島列島の北端である占守島、日本領であった南樺太には、比較的装備が良く、兵員も充実した守備隊が残っていました。
8月15日以降のソ連軍の攻撃に対し、占守島と南樺太の陸軍部隊は善戦し、
「占守島においては、上陸したソ連軍をもう少しで海岸に追い詰めて全滅させるところまで戦う」
「樺太においては、ソ連軍の南下を食い止め、南樺太の日本人が北海道へ逃げる時間をかなり稼ぐ」
という戦いぶりを見せています。

<海軍について>
日本海軍については、アメリカに次いで世界第二位の戦力を持っていたのは異論がない所で、戦前においては、東太平洋は「日本の海」でした。

「空母機動部隊」はアメリカと日本だけが編成して運用できたものですし、18インチ砲搭載の戦艦を建造できたのは日本だけです。第二次大戦終結までに完成させた大型空母の隻数で言えば、アメリカが圧倒的に多いわけですが、次に多いのは日本です。第三位のイギリスにかなり差をつけているはずです。

無限の物量と高度な技術を持つアメリカと戦っては、昭和19年のサイパン沖海戦で日本空母機動部隊が壊滅し、レイテ沖海戦で航空機の援護のない「レイテ湾への特攻」を命じられた水上部隊がろくな戦果を挙げられずに甚大な被害を受け、「沖縄への大和特攻」(坊の岬沖海戦)で終わったわけですが、アメリカ海軍相手にここまで戦える海軍は日本海軍だけだった、というのは紛れもない事実でしょう。

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸...続きを読む

Qなぜ日本の海上自衛隊の潜水艦が世界一の軍事技術なの

なぜ日本の海上自衛隊の潜水艦が世界一の軍事技術なのでしょう?

米国アメリカ海軍の原子力潜水艦より性能が上な理由を教えてください。

Aベストアンサー

>なぜ日本の海上自衛隊の潜水艦が世界一の軍事技術なのでしょう?

音が静かで深く潜水できるからです。

まず、日本の海上自衛隊のような通常動力型潜水艦と米海軍の原子力潜水艦とでは使われ方が全然違います。

原子力潜水艦は速度が速いが音がうるさい、だから敵に見つかる可能性が高い。
原子力潜水艦の使われ方は、敵を攻撃したら後はバンバン音を出して高速で逃げる戦法。

通常動力型潜水艦は速度は遅いが音は静か、だから敵に見つかる可能性は原子力潜水艦より低い。
通常動力型潜水艦の使われ方は、敵を攻撃したら見つからないようにひっそりと隠れる戦法。

どっちの戦法を使うかですよ。
敵に見つからないようにひっそりと隠れる戦法では日本の海上自衛隊の潜水艦の方が上なんです。

ただ見つかっちゃったらもう終わりですけどね。速度が遅いので逃げ切れない。

Q戦時中の特攻に対するアメリカ人の認識

太平洋戦争中の日本の神風攻撃や万歳突撃は、アメリカの本や映画ではどのように描かれているのでしょうか?

Aベストアンサー

日本では「戦争の犠牲になった若者たち」と悼まれる特攻隊員も、
その攻撃を命懸けで受け止めたアメリカ側からは
狂気の発露とみなされるのは致し方ありません。

たしかに、カミカゼ攻撃(やバンザイ突撃)を描いたハリウッド映画は多くはありません。
戦争映画をずいぶん見てきた僕でも、
『ならず者部隊』『全艦発進せよ!』『不沈空母サラトガ』『荒鷲の翼』など数本が思い浮かぶ程度で、
しかも『荒鷲の翼』など、日本軍が開戦後すぐにカミカゼ攻撃をはじめたように描かれているのです。

これらの中でも、『全艦発進せよ!』(1956)がカミカゼ攻撃の恐怖が真正面から描き出された代表的作品かもしれません。

物語の中心はアメリカ海軍の上陸用舟艇母艦ですが、
この艦が沖縄海域にいるとき、カミカゼの編隊が飛来し、
そのうち対空砲火をかい潜った何機かが突っ込んできて損害を蒙らせます。

いくら搭乗員が死を覚悟した攻撃だからといって、
艦体の所かまわず、医務室にまで突っ込んできて、軍医や傷病兵を巻き添えにする‥‥
これでは、自爆テロそのもので、さぞや非道なやり方に思えたことでしょう。

ついにたまりかねた病身の艦長が突っ込んでくる特攻機に向かって吠え立てる台詞、
「いまいましい飛行機め、俺の視界から消えろ!」

この言葉が、アメリカ側の感情をすべて代弁しているようです。

そんなアメリカ人の反応にショックを受ける人は多いかもしれません。
でも、我々はもう一度、カミカゼ攻撃の目的が殺人であったことを認識しないといけないでしょう。
自分の側が払った犠牲の大きさで悲壮さに酔いしれ、相手側に与えた被害は慮ろうとしない。
日本人らしい発想といってしまえばそれまでですが。

参考URL:http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD5225/

日本では「戦争の犠牲になった若者たち」と悼まれる特攻隊員も、
その攻撃を命懸けで受け止めたアメリカ側からは
狂気の発露とみなされるのは致し方ありません。

たしかに、カミカゼ攻撃(やバンザイ突撃)を描いたハリウッド映画は多くはありません。
戦争映画をずいぶん見てきた僕でも、
『ならず者部隊』『全艦発進せよ!』『不沈空母サラトガ』『荒鷲の翼』など数本が思い浮かぶ程度で、
しかも『荒鷲の翼』など、日本軍が開戦後すぐにカミカゼ攻撃をはじめたように描かれているのです。

これらの...続きを読む

Q神風特攻隊は全部で何機くらい飛んだのか? 生存者は?

大東亜戦争?だと思うのですが、日本が神風特攻隊を使って攻撃をしましたよね。あれは250キロの爆弾を載せて相手の空母へ突っ込むということが書いてありましたが、この件に関して質問です。

1.全機体(神風特攻隊の)そうだったのですが? あと、全部で何機くらい突っ込み、初めてこの戦争で神風特攻隊を出動させてから何日くらい飛ばし続けたのですか?

2. この戦争自体はとても短かったのですよね?? 特攻隊で突っ込んでも生存者はいたのですか?

3.神風特攻隊の乗っていた機体は軽かったから重い爆弾を積んでも飛べたというようなことを知りましたが、この機体は零せんとは関係ないんですか?

Aベストアンサー

1、 神風特別攻撃隊と名が付く部隊はすべてアメリカ艦隊への体当たりを目的としたものです。攻撃隊の正確な機数はいまでも若干のずれがあるのですが(神風以前以後にも米艦隊攻撃時、被弾した機体で体当たりを行った海軍機があったことも関係しています)、神風特攻隊では1298機前後というのが現在ある程度固定された概念です。他に陸軍特攻隊(これは神風特攻隊ではありません)が出動しており、これも正確な機数は確定してはいませんが、1185機という数字が有力視されています。
 日数はということですが、昭和19年10月25日から昭和20年8月15日の5航空艦隊長官宇垣纏中将自らの特攻までということになります。ただしこの間常に出撃していたということではなく、太平洋上の島嶼侵攻を行う米軍を目標にした単発的な攻撃が主で、集中的かつ大規模な特攻作戦が行われたのは沖縄戦で、陸海軍特攻隊ともここで全損耗機の8割から9割前後を失っています。

2、「この戦争」というのが特攻作戦という意味でしたら、前述のように1年間弱でしたので短いということになります。もし太平洋戦争全般のことでしたら、開戦から終戦まで約3年8ヶ月続いていますので、短い戦争とは言えないかと思います。
 また最終的に目標に突入段階までこぎつけられた者で生還したものはいません。出撃途中で機体のトラブルや天候不良、さらには目標を発見できずに基地へ戻った者は多数に上ります。

3、軽かったから重い爆弾を積まれたということですが、当時の航空機は軽い機体イコール非力なエンジンを搭載していたということになりますので、重い爆弾を積んで何とか離陸できたとしてもその速度は時速200キロにも満たない超低速しか発揮できませんでした。
 宇垣司令官はその日記に、米海軍の駆逐艦が艦隊司令官に「時速85ノット(約160キロ)の特攻機に追いかけられている」と報告しているのを傍受した日本の司令部が、「駆逐艦が特攻機を追いかけているのだろう」と苦笑した、と書いているほどです。
 もっともこの機体は零戦であるはずもなく、末期に使用された水上機や練習機、さらには時代遅れの複葉機を指しています。そんな機体をあてがわれたパイロットたちは、零戦や他のまともな戦闘機に乗って特攻に行けるパイロットをかなり羨ましがったそうです。
 

1、 神風特別攻撃隊と名が付く部隊はすべてアメリカ艦隊への体当たりを目的としたものです。攻撃隊の正確な機数はいまでも若干のずれがあるのですが(神風以前以後にも米艦隊攻撃時、被弾した機体で体当たりを行った海軍機があったことも関係しています)、神風特攻隊では1298機前後というのが現在ある程度固定された概念です。他に陸軍特攻隊(これは神風特攻隊ではありません)が出動しており、これも正確な機数は確定してはいませんが、1185機という数字が有力視されています。
 日数はということ...続きを読む

Q特攻は通常攻撃より有利だったのですか?

「特攻-還らざる若者たちの鎮魂歌」(神坂次郎著)を読んで思ったのですが、
特攻は、通常の飛行攻撃に比べてどう有利だったのでしょうか?
この本に「われ特攻を拒絶せり」という章があり、特攻を拒絶した美濃部少佐率いる芙蓉部隊が奇襲攻撃を繰り返して成果をあげています。
飛行機のまま体当たりするのと、途中で爆弾を落とすのとで、命中精度がだいぶ違ってくるのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>飛行機のまま体当たりするのと、途中で爆弾を落とすのとで、命中精度がだいぶ違ってくるのでしょうか?

急降下爆撃(水平爆撃ではない)の命中率で言うと、日華事変当時の艦爆隊の命中率は60~70%、錬度が頂点に達していた昭和17年のインド洋海戦のころは急降下爆撃命中率は80~90%です。
これはインド洋海戦の九九式艦上爆撃機53機(赤城17機、蒼龍18機、飛龍18機)の巡洋艦への爆弾命中率88%、九九式艦上爆撃機85機(赤城17機、蒼龍18機、飛龍18機、瑞鶴14機、翔鶴18機)から航空母艦への爆弾命中率82%、また17年のコロンボ攻撃などでの江草隊の命中率85%などからも確かでしょう。
恐るべき命中率で、パイロットの高い錬度の賜物でしょう。

ただしその後は激戦を重ねる中で熟練パイロットが消耗し、命中率は低下していったと思われます。
元々戦闘機乗りでWW2では航空参謀、また剣部隊の司令となった源田実は、戦艦・航空母艦の議論の中で、「一方航空機の場合は水平爆撃の命中率が12%,急降下爆撃が50%,雷撃が75%である」と分析していますから、一般的及び充分な錬度での艦爆(急降下爆撃)の命中度は50%ほどと考えるのがいいかと思います。

特攻での命中率ですが、米軍の資料で56%と言う資料がでましたが、これは書類上で正確には命中効果率であり、命中率とは違います。米軍が視認した機数を分母に至近命中まで含んだものです。
下記データの中から
http://www.geocities.jp/torikai007/1945/kamikaze-statistic.html
日本海軍の特攻機(1944年10月から沖縄戦まで)
出撃数 2,314
帰還数 1,086
損失 1,228
の帰還数は戦闘に参加しなかった数なので、損失(未帰還)1228の中で
損害を与えた322を計算すると26%となります。
日本側の特攻初期の推定26~28%と重なりますね。

また安延多計夫大佐の調査での比島作戦~硫黄島作戦の数字、奏功率(奏功率とは命中機数と至近弾機数の合計)27.1%とも重なります。
命中率では19.5%です。
しかし米軍の特攻対策により、大戦末期の沖縄戦では特攻の命中率も極端に下がり、奏功率13.4%、命中率6.8%となっています。6.8%…もうボロボロですね。
http://d.hatena.ne.jp/fuldagap/20070220

ちなみに水平爆撃と急降下爆撃を混同されがちですが、攻撃目標に対してのベクトルをあわせて急降下し500メートルの高度から爆弾を投下すると3秒後には目標に激突しますので、ある程度の錬度の航空隊ならば急降下爆撃の命中度は非常に高いです。

また特攻を始めた時の急降下爆撃のほうが命中率は数%だったようですから、そうなれば特攻のほうが命中率は高いです。
つまりその当時では、錬度の低い兵士を各地に投入せねばならなかった悲しさですね。
その上で軍内部での対立(陸軍・海軍)などもあり、戦果があがらない上層部が「ウチはこんなにまでしているという」という言い訳、責任回避にさせられた面もあります。

戦略面で言うと、特攻は敵との戦闘までいけば死亡率100%ですから、米軍側からすれば、命中しようが海に落ちようが攻撃機はすべて落ちます。つまり敵機迎撃率100%と同じです。

日本側からすれば、攻撃をするごとに確実に機体とパイロットを失い兵力が減少していくわけで、ただでさえ苦しい戦況がその後どうなるかは自明の理です。正に負ける事を前提に、負けに向かって進んで行くだけの時間稼ぎの戦略になります。そんなものに使われた若者たちはたまった物じゃありません。

もちろん「君たちだけを死なせはしない。最後には私も君たちの後を追う」と言って若者を特攻に向かわせた上層部の多くが、戦後に国会議員や政治顧問になっていたりします。
逆に特攻に批判的だった、あるいは責任を感じていた上官が後を追ったり、腹を切ったりしているのは皮肉です。

という事で単純な比較はできませんが、ある程度の錬度の航空隊なら急降下爆撃のほうが命中率が高い。しかも艦船への爆弾の激突時の速度、ダメージも上です。
特攻を始めた当時のみでみれば、体当たり攻撃のほうが命中度が上です。

>飛行機のまま体当たりするのと、途中で爆弾を落とすのとで、命中精度がだいぶ違ってくるのでしょうか?

急降下爆撃(水平爆撃ではない)の命中率で言うと、日華事変当時の艦爆隊の命中率は60~70%、錬度が頂点に達していた昭和17年のインド洋海戦のころは急降下爆撃命中率は80~90%です。
これはインド洋海戦の九九式艦上爆撃機53機(赤城17機、蒼龍18機、飛龍18機)の巡洋艦への爆弾命中率88%、九九式艦上爆撃機85機(赤城17機、蒼龍18機、飛龍18機、瑞鶴14機、翔鶴18機)から航空母艦への爆弾命中率8...続きを読む

Q第二次世界大戦の日本は世界から見たら脅威的だった?

第一次大戦では勝利国として、その後も
小さな島国のわりにはいくつもの戦いに勝利して
第二次大戦の太平洋戦争のときのアメリカは、自国に上陸される可能性を十分考えていたとか。
そして日本艦隊も強かったようなことを聞いてます。
最終的にはアメリカ、イギリス、ソ連の超大国を相手に
最後まで戦って負けてしまいましたよね。

そこで質問です。
第二次世界大戦の頃の日本というのは
世界から見たら大変な脅威、軍事力を持った国家だったのでしょうか?

Aベストアンサー

異論として聞いてください。
陸軍についてです。

陸軍力は、
1)ソ連
2)日本
3)ドイツ(ただし、新戦術を勉強中)
4)イギリス
5)フランス
6)イタリア
7)アメリカ

だと思います。あくまでも開戦時です。アメリカは陸軍を開戦時にはあまり持っていない軍隊でした。ただ、陸軍を作る産業の力はすべてにわたって文句なく1位です。

で、日本対中国は前述の方の言われるようになったわけで、ゼークト・ラインをデザインした中華民国のドイツ人顧問が拳銃自殺するほど、日本陸軍は精強でした。
その日本陸軍と二次大戦前に唯一対決した列強があります。ソ連です。いわゆる「ノモンハン事件」です。
この時は日本側の連絡が東京と現地で錯綜したり、ソ連側が兵力(特に航空機と砲兵)を集中して結果は事実上日本の負け、となったわけですが、やったソ連にしてみてもとんでもない大損害をだし、よく言われるソ連の戦車無敵、でもなかった事実が浮き彫りになりました。当時までの帝国陸軍は時代に即した近代兵器をそろえた軍隊だったのです。
この事件、を指揮したのはのちにナチスを倒すジューコフですが、彼が戦後西側のインタビューで「一番苦労した戦いは?」との問いに間髪いれず「ハルハン・ゴル(ノモンハン)」と言ったのは有名なハナシです。

ただ、英米欧は「よくわからないけど……よくわからないていい」という、対日情報の不備、というか、あえて無視したという感じがあります。日本なんて関係ない、と。
英国情報部が東京駐在武官とともに、日本は海軍強いのは知られているが、陸軍も戦車、航空機の充実した恐ろしい組織である、とシンガポールで報告したものの、パーシバルが「では、パーティに」といったエピソードがあります。
また、陸軍の二式(鍾馗)戦闘機に乗ったバトル・オブ・ブリテン経験したドイツ空軍パイロットは、世界最強の戦闘機は極東にある、と報告しています。
戦後、台湾にのがれた蒋介石は、日本軍関係者を極秘裏に台湾に呼んで、実践学舎という軍学校をつくりました。アメリカの将校教育を受けた中華民国の軍人は、それをはるかに上回る日本人教官の精密な指導に驚いたそうで、蒋介石も授業をよく聞きに来たそうです。この日本人顧問団を「白団」といいます。最盛期には60人以上が台湾にいたそうです。

雪原から砂漠、そしてトウキョウにまで展開している、極東の謎の巨大組織、というのが他国がみた帝国陸軍の実態ではないでしょうか。

異論として聞いてください。
陸軍についてです。

陸軍力は、
1)ソ連
2)日本
3)ドイツ(ただし、新戦術を勉強中)
4)イギリス
5)フランス
6)イタリア
7)アメリカ

だと思います。あくまでも開戦時です。アメリカは陸軍を開戦時にはあまり持っていない軍隊でした。ただ、陸軍を作る産業の力はすべてにわたって文句なく1位です。

で、日本対中国は前述の方の言われるようになったわけで、ゼークト・ラインをデザインした中華民国のドイツ人顧問が拳銃自殺するほど、日本陸軍は精強で...続きを読む

Qアメリカに戦争で最も人的被害を与えた国はどこ?

少し前ですが、テレビ特番の「世界サミット たけしJAPAN 2009日本を考えるTV」にて
町山智浩氏が、アメリカが戦争によって最も人的被害(死傷者の数)を出した国は日本であると発言していたのですが、
これは本当なのでしょうか?

なんとなく、一番は第二次世界大戦でのドイツだと思っていたので、日本というのは少し意外でした。
実際のところはどうなのでしょうか。
(南北戦争が最も死者は多いとは思いますが、内戦なので回答はアメリカ以外の国でお願いします。)

ソース元なども含めて教えて頂ければ幸いですが、大体でも教えていただければありがたいです。

Aベストアンサー

おいみんな、「第二次大戦 戦死者」とか「欧州戦線 戦死者」と検索すりゃ一発で出てくるじゃないか。

欧州戦線における米軍の戦死者が約18万人、太平洋戦線における米軍の戦死者が約10万人、合わせて約29万人です。ただし、欧州戦線ではドイツ軍の他にイタリア軍だって(一応)いたわけですから単純に対ドイツ戦のみというわけではありませんが。
投入した物資の量となると、イギリスやソ連への武器貸与分を含めると圧倒的に欧州戦線となります。アメリカがどのくらいソ連を支援したのかというと、ソ連軍が使ったトラックの約9割がアメリカ製だったくらいです。アメリカがトラックや弾薬、燃料をソ連に送ったので、ソ連はほとんど戦車とか戦闘機だけ作っていれば良かったのです。そもそもアングロサクソン人国家であるアメリカにとって大西洋と太平洋では圧倒的に大西洋のほうが重要であり(ワシントンDCは東海岸であることをお忘れなく)、太平洋戦線なんて言葉は悪いですが片手間でやっていたようなものです。

どうしても私たちは日本人なので自分たちを買いかぶってしまいますが、そもそもアメリカは対ドイツ戦に勝利してから太平洋戦線で反撃しようと考えていました。けれど、(欧州戦線でメインの)陸軍が反撃しているのに(太平洋戦線でメインの)海軍は反撃しないのでは国民への体裁も悪いことから主に米海軍が強く主張して太平洋戦線でも反撃することにしました(あとは国民的人気が高かったマッカーサーも主に自分の体裁から強く主張した)。だから、1943年まで太平洋戦線に投入された主な地上部隊というのは海兵隊一個師団程度です。

おいみんな、「第二次大戦 戦死者」とか「欧州戦線 戦死者」と検索すりゃ一発で出てくるじゃないか。

欧州戦線における米軍の戦死者が約18万人、太平洋戦線における米軍の戦死者が約10万人、合わせて約29万人です。ただし、欧州戦線ではドイツ軍の他にイタリア軍だって(一応)いたわけですから単純に対ドイツ戦のみというわけではありませんが。
投入した物資の量となると、イギリスやソ連への武器貸与分を含めると圧倒的に欧州戦線となります。アメリカがどのくらいソ連を支援したのかというと、ソ連軍が...続きを読む

QB-52ってなぜ長寿なのですか?

アメリカの爆撃機B-52についてですが、まだ現役で飛行しているのを知り、びっくりしました。
たしか初飛行は1952年頃だったと思うのですが。
もちろん最新式の爆撃機はB-1とかB-2も存在しますが、B-52と同時期に飛んでいた
戦闘機はF-86セイバーとかだと思うのですが・・・
戦闘機の方が更新のサイクルが早いとは思うのですが、アップデートしてるとは思いますが、
B-52が半世紀以上も現役でいられるのはどうしてですか?

Aベストアンサー

現在、配備中のB-52は、1952年から飛んでいるワケじゃ無く、最新のH型・・・といっても最終号機がロールアウトしたのは1962年だから、すでに50年以上に渡って度重なる改修を受けて飛び続けているか・・・

元々、機体が柔構造で設計されて耐久性に有利だったようですが・・・そのほかに

B-52はステルスなんて発想の無い時代の設計で「敵防空圏内に侵入して爆撃」なんて技は使えないけど、主翼下にもハードポイントを持つことからトマホークなどの対地ミサイル母機としての能力はB-1/B-2より上になるなど、それぞれの能力を補完する関係にあるし、爆弾槽も様々な兵器を搭載できるなど「多種多様な兵器を、大量に搭載し、遠方に投入・投下する」能力(運用の柔軟性)の観点で見れば、まだまだ一線級の能力を持つのは間違いない。

あと、「実は”核攻撃能力”を持っている爆撃機が核装備型B-52しか残っていない」のもポイント。
配備開始時に核アラート任務に就いていたB-1も、冷戦終結後にボムラック(爆弾架)の改修で通常兵器装備型のみになったし、B-2は最初から通常兵器装備型しか配備されていない。
勿論、B-1/B-2もボムラック改修で核装備対応型に出来るけど、平時に運用可能な機体を減らすことになる=通常兵器攻撃能力に穴が開くことになるし、コスト的にもペイしないとのこと。

あと、長寿命という点では、ヘリコプターのCH-47(チヌーク)系が、原型機の初飛行が1962年、極めて優秀な機体で、未だに後継機は存在せず、現在も生産中。
どころか、2025年までの生産がほぼ確定していて、その時点で生産が終了しても改修を続け30年以上の運用継続計画がある。
ま、同じなのは、基本的な形状やメカのレイアウト程度で、エンジンもアビオニクスも違う「似て非なるヘリコプター」になるんだろうけど・・・

現在、配備中のB-52は、1952年から飛んでいるワケじゃ無く、最新のH型・・・といっても最終号機がロールアウトしたのは1962年だから、すでに50年以上に渡って度重なる改修を受けて飛び続けているか・・・

元々、機体が柔構造で設計されて耐久性に有利だったようですが・・・そのほかに

B-52はステルスなんて発想の無い時代の設計で「敵防空圏内に侵入して爆撃」なんて技は使えないけど、主翼下にもハードポイントを持つことからトマホークなどの対地ミサイル母機としての能力はB-1/B-2より上になるなど、それぞ...続きを読む


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