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英語を学ぶことによって得られる利益は何でしょうか?
なぜ大学1年生が大学の授業で英語を学ぶのでしょうか。

A 回答 (6件)

 


数学を勉強するのと同じ理由
 
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1)専攻科目の研究を行う際に、海外論文を読む、論文投稿、国際フォーラムに参加などするために英語が必要だから。


2)学士レベルの社会人として必要な教養を身につけるため。

大学というのは、本来研究をしたり教養を身につけたりするところなのです。直接役に立つことを学ぶだけのところではありません。職業人として必要なスキルを身につけるのであれば、専門学校に行けばいい。でも、いまは大半の職業において、あると役に立つスキルに英語力が入っていると思います。
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日本は世界から見たらまだまだ遅れていると思いませんか?もっと世界からいろいろなことを吸収する必要があります。

逆に,環境分野を中心に日本の技術力はすごいと思いませんか?もっと世界に日本のことを知ってもらう必要があります。どちらも場合にも,その手段としては英語が最も有効だということです。あなたにとっては英語は不要かもしれませんが,これからの将来を担う若い人材を育てる場としての大学で英語を学ぶのは当然のことと言えるでしょう。
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大学によって幾らか違うように思います。



一般的には英語教育の目的は卒業研究や企業の仕事で英語は必ず必要になるからという理由と、英語を通して教養を身につけるという考え方があって、電子とかの専門教員は前者を、共通教育の英語の教員は後者を主張する傾向があるようです。

実際には卒業研究や企業の仕事で必要なレベルの英語の力を持った学生を揃えた大学は少なくて、教養を身につけるにしては教材のレベルが低かったりして、ジレンマを抱えている大学が多いと思われます。

1年次で学ぶ理由は、レベルの違う学生をある一定のところまで引っ張り上げるという狙いが主だろうと思います。高校教育との接点です。

大学の中には「全員の英検4級合格を目指す」ところがあると聞いたことがあります。こういうレベルの大学ですと、いわゆる(中学教育の?)おちこぼれ対策が教育目標ですね。
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大学ではどんな分野を専攻しようと、1~2年生の時に「一般教養」というものを学び、その内容は理数系から文科系まで多岐にわたり、体育もあるわけですよね。

で、英語に限って言えば、私が高校までに受けた英語の授業と、大学1年生で受けた授業の内容は大きく異なりました(ちなみに専攻は英語とは無関係でした)。

大学の一般教養における英語の授業では、私の場合、主に長文読解を辞書を引きながらやり、長文の内容も、平たく言うと、より大人っぽいものでした。今振り返るに、それは、より実社会に近い英語の扱い方を学ぶ場でしたね。つまり、高校までが土台を身につける場なら、大学では、より実践的な英語を身につける場、すなわち「社会では、こんなふうにして辞書を引き引き、こんな感じの文献を読むことが多いんだな」というのを知る場であったという感じです。

こうした授業で学ぶことを活かすか活かさないかによって、社会生活の充実度は変わってきます。また、社会に出て「大卒」を名乗ると、相手は「その程度の授業は体験してきているのだな」と理解します。

とはいえ、私自身は学生時代、結構さぼっていて、のちに社会に出て、実社会を目の当たりにしてから、モチベーションを上げて、実社会に即した英語をマスターしましたけどね。ちなみに、申しましたように専攻は英語とは無縁だったので、1年生の英語の授業内容が、在学中に役立つことは基本的にはありませんでした。
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すでにあるお答えと重複しないところで。


レベルを分けて考えましょうか。

1.関係代名詞や過去完了,基本語彙など,高等学校で学んだはずの事柄さえも頭に入っていない学生にとっては,「最後の」教育機会となります。しっかり勉強して高卒レベルには到達しましょう。そうしないと会社で「こんなメールも書けなくて,君はほんとうに大学出たの?」と笑われますし,外国の通販で物を買うこともできなくなります。

2.大学入学時点で英語がそこそこできる学生は,「なぜ学ぶのか?」という質問は発しません。少なくとも「大学入試で有利だった」という御利益を体験しているからです。「たぶん勉強を続ければ,社会に出ても(または大学院入試でも)有益だろう」と考えて,そこそこまじめに勉強します。語学能力は,かけた時間に比例する部分が大きいです。入試で英語を課している理由は,「まじめタイプかどうか」をみることにもあるのです。

3.英語がかなりできる人なら,バイリンガル(ないしマルチリンガル)を目指しましょう。同じ内容を,日本語でも外国語でも抵抗なく読み書きできるということは,高度な勉強・研究や社会での仕事に不可欠なだけでなく,脳の言語野を質的に高度化させるだろうとぼくは考えています。つまり,使用言語を問わず,「言葉使い」としてコミュニケーション能力を高めるでしょう。ヒトの多くの営為は,言葉によってなされることを銘記しましょう。
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