重要なお知らせ

「教えて! goo」は2025年9月17日(水)をもちまして、サービスを終了いたします。詳細はこちら>

電子書籍の厳選無料作品が豊富!

蒲生氏郷で検索すると、具足(兜、鎧、などのセット)で兜の頭が二つに割れていてマントが付き、肩には星の着いた肩当てをしている近代的なものがあります。
その具足と氏郷との関係、いつ着けていたのか、本当に氏郷の物か、何か逸話があれば教えてください。

A 回答 (1件)

この質問に興味を覚え、午前中ずっと「蒲生氏郷」でツブレちゃったじゃないですか!


どうしてくれるんですか! サラリーマンの貴重な休みを!(笑)

氏郷さん、ホントなら「たぐい まれ」な武将だったんですね。
あの信長さんが一目みて「タダモノではない!」と見抜き、娘を嫁がせたほどですから。

彼の具足について、私も少し探ってみました。

「鯰尾・ナマズオ」の兜が有名みたいです。

 http://www.yoroi.co.jp/topics/2007/gamou/gamou.h …

これもカッコイイものです。
でも、「なんで『ナマズ』なの?」

・・・なんて疑問はナンセンスですよね。
武将にとって、帰依する対象としたモノや事象は「人それぞれ」ですから。
そんないろんな対象があったからこそ、さまざまな意匠の甲冑が生まれたわけですし。
(明智光春さんなんか、兜はウサちゃんなのに、胴にはドクロの小物をあしらってたりしますし・・・。)

で、氏郷さん。

質問者さんの言ってる「マントと肩当」って、これですよね? ↓

 http://www.suzukine.com/html/yuzan/meisyou/yuzan …

・・・カッコいい・・・・・

その「五月人形」ウェブでも一番のカッコよさじゃないですか!

「蒲生氏郷」という、マイナー?な武将なのに、こんなふうに取り上げられてるのは、
まさしく、その甲冑のすばらしさによるものだと思います。

ただ、兜と鎧は常に一対で保存されているとは限らないのでは?
兜単体に関しては、他のサイトにもありますので、
その「燕尾形・えんびなり」兜自体は 実在してたと思います。
 http://www.yoroi.co.jp/topics/ujisato/ujisato.html

私は全くのシロートなのですが、あの兜は実際に存在してたかも知れませんが、
胴体以下の衣装は、兜にふさわしく後から「創作」されたかもしれませんね。
だって、カッコ良すぎますもん。

信長さんだって、南蛮渡来の「西洋風甲冑・マント」をまとった図を見ることがあります。
でも、先の五月人形サイトで信長さんは、古来の「なり」の具足です。

シロートの私が思うには、
「そういうイデタチであったカモしれない。でも、後世による創作なのでは。
そうであってほしいという願望を込めたモノ。ああいう格好で戦場に現れてたならスゴイな!」
と思うものです。

すみません、回答になってなくて。
でも、氏郷さんを よく調べてみよう・・という動機になり、質問者さんに感謝いたします。
また、もう少し調べてみます!
    • good
    • 0
この回答へのお礼

質問者です。
ありがとうございます。
私のような暇な学生の疑問のために
貴重な休日の午前を潰してしまって。
お礼が遅れてしまってすみません。
氏郷は、とても素晴らしい武将だと私は、思います。
氏郷の話は、機械があればまたします。

お礼日時:2010/08/13 12:44

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!