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僕は三国志の中では劉備玄徳が大好き!(^^)なんですが、友達は「劉備なんか無能だ」と言います。
たしかに武力や知力はそれほどすごいとは言えないと思います、しかし関羽や張飛・超雲、そして藷葛亮のような豪傑や名軍師が彼に慕っていたのは、所謂人徳があるからですよね?それは立派な才能だと思うのですが、どうなんでしょうか?

A 回答 (6件)

こんにちは。


能力・才能とは、本人が何を持っているかと言うことと同時に、評価する人がどの部分を評価するかという二つの面があると思います。

玄徳の人望を評価する alphonse99 から見ればそれは立派な才能であり能力であるわけで、そのお友達さんは違う視点から評価しているという事でしょう。

ちなみに、私はやっぱり人徳は重要な才能であると思います。
ですから、玄徳はすごい人だと思います。

#ちなみに、史実の劉備玄徳は、もっと勇猛だったらしいです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>#ちなみに、史実の劉備玄徳は、もっと勇猛だったらしいです。

僕も聞いた事あります、何か悪い役人をムチで叩いていたのは本当は劉備なのに「演義」では何故か張飛になっていたとか。(笑)

お礼日時:2003/11/13 20:02

こんばんわ、



彼のデール・カーネギーの墓標にはこう刻まれてます、

「ここに己より賢き人々を周囲に集める術を知りたる者眠る。」


劉備玄徳は決して無能などではありませんね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。 ^^

お礼日時:2003/11/13 20:03

多分,その友達は「反歴史」系の書物を読んだんですね.反歴史っていうのは,史実を分析して歴史の「常識」が間違いであったことを証明する学問(?)です.



書物によっては,諸葛孔明が全く無能だった,というものもありますよ.

三国志にも,いろんな本が出ていますよね.吉川英治の三国志をお読みになったのかな?あの本は,「三国志演義」をベースに書かれていますので,劉備が非常にかっこよく描かれていますね.

三国志演義は,「晋」の時代に作られた本ですが,晋は曹操の作った魏の国を打倒してできた国です.よって,作者は晋建国の正当性を主張するために,曹操を非常に「悪者」として描いています.

いろんな三国志が,いろんな描き方をしていますので,あれこれ読んでみることをオススメします.大事なことは,それらの書物が人をどう感動させるか,ということだと思います.事実が知りたいなら,専門の歴史書を読めばいいですよね.「反歴史」というのは,中途半端な歴史マニアが好むものだと思いますね.

で,劉備ですが,組織のリーダーとしてはとても魅力的だったと思いますよ.孔明への遺言を読むだけでも,それが伝わりますね.「自分の子供が無能なら,孔明が皇帝になって欲しい」という遺言ですが,こんなハチャメチャな遺言は,歴史的にも皆無だと思います.

ちなみに,中国では断然,関羽の人気が高いです.ぼくは曹操が好きです.
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。


実は僕はあまり本を読んだ事はないんです。^^;
影響を受けたのは昔NHK教育で放送していた、「人形劇・三国志」です。(たしかこれは吉川英冶さんの「三国志演義」を元にしていたと思いますが)

関羽が中国では一番人気なんですか。
超雲かなとも思ったのですが。たしかに「義理人情」を重んじた一人ですよね、関羽は^^
shota_TKさんが曹操が好きだっていうのも何となくわかります。

三国志の主人公ってやはり曹操だなって僕も思いますよ。^^

お礼日時:2003/11/13 20:11

はっきり言うと、劉備は無能ではなかったと思います。


とはいえ、曹操・孫堅・董卓などの群雄に比べると
個人の能力は見劣りしたのでは? と思いますが。

人徳だけでなく、呂布との戦い(関羽と張飛もいましたが…)
で劉備は足手まといにならなかったところから、それなりの
武力や勇気があったと言えますし、
曹操の「当代の英雄は予と君だ」という発言の際の機転
(幼稚なごまかしで気を許してくれれば、馬鹿にされても
かまわないと言った)は知略と言うにふさわしいです。

無能の一言で切り捨てるわけには行かない人物だと思いますよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。 ^^

お礼日時:2003/11/13 20:12

三国志演義だけ読んでいると、実際に存在した劉備玄徳という


人物の実像がよく見えなくなります。

三国志演義は小説なので、歴史をベースにしつつも、話の
あちこちにフィクションが混ざっているんですね。

ちなみに「世説新語」という後漢から晋の時代までの有名人物
の逸話を扱った本には、劉備のことを
「天下を治めるような英雄ではないが、地方に割拠すれば
 十分やっていける」
と評価した人の言葉が残っています。
実際も、劉備は蜀の皇帝になることで、地方の群雄として
歴史に名を残しました。

なお私からの劉備の評価ですが、本質は政治家・指導者だと
思います。実際、彼が有能な軍師の補佐なしに直接指揮した
戦争は、あまり勝率がよくありません。

彼が直接指揮した戦争の中で最大の戦争は、晩年の呉討伐
ですが、陸遜の退却戦術に引っかかり、大敗を喫します。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

晩年の劉備(特に関羽や張飛が亡くなった後)は仇討ちだけしか頭の中になく本来の劉備ではなかったみたいですね。しかしそれだけ義を重んじた人なんだんと僕は思ってしまいました。

お礼日時:2003/11/13 20:16

一部誤解をされている方がいるようなので、


『三国志』について補足したいと思います。

そもそも『三国志』には、正史『三国志』と小説『三国志演義』があります。

東晋時代の陳寿という人が著したのが、正史『三国志』であり、
魏書・蜀書・呉書に分けて、それぞれの国の歴史をつづっています。

これをもとにして、後の時代に三国時代のお話が語りつがれていき、
その過程でさまざまな脚色が施されていきました。
そして明の羅貫中(?)という謎の人物によって、
『三国志演義』という形にまとめられたと言われています。

日本、中国ともに『三国志』という場合、だいたい『三国志演義』を指しますが、
これはあくまで歴史小説なので、基本的にはフィクションであると考えた方が良いです。

もともと陳寿の正史『三国志』は魏を正統とするものです。
なぜなら陳寿の仕えていた晋は、魏を武力で倒したのではなく平和裡に、
皇帝の位を譲り受けて成立したという建前になっているため、
魏の正統性を否定することは晋の正統性を否定することにつながるからです。

これに対して蜀を正統とする見方もあり、この二つの考え方は、
晋代以降、学者たちの間でずっと議論されてきましたが、
一般の人々は判官びいき的な観点からも蜀に肩入れするようになり、
結局『三国志演義』では蜀を正統とする見方で書かれるようになったのです。

そして劉備の人物についてですが、正史と『演義』の劉備とでは、
多少印象に違いがあると思います。
客観的に評価しようと思うのであれば、正史も読むことをお勧めします。
(多少読みにくいかも知れませんが)
日本語訳はちくま学芸文庫から正史『三国志』全8巻で出ていますが、
まずは第5巻「蜀書」先主(劉備)伝だけでも読んでみてください。

以上長々と書いてしまいましたが、参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。 ^^
機会あれば読んでみます。

お礼日時:2003/11/13 20:17

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