「ブロック機能」のリニューアルについて

轍をネットで調べてみたら
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/238298/m0u/
との事だったのですが
コブクロの「轍」や
サザンの「希望の轍」など
轍と言う言葉が良い意味で使われていますが
これらも
「車の通ったあとに残る車輪の跡。」
と言う意味なのでしょうか?

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A 回答 (8件)

未舗装の道はさんざん走りましたが、実際に走る場合は轍になったところをトレースすることが多いです。

轍の部分はよく踏まれて固まっているからです。
しかし何も考えずにただ轍を追っていたら、前車と同じ間違った方向、間違った道をたどってしまうかもしれません。

つまり前に行った車が正しい方向へ行っている場合は心強い道案内であるし、間違ったり失敗している場合には同じあやまちの道ということになるわけです。ことわざの「轍を踏まず」は、この後の方の意味ですね。
ここで言っている轍とはそれ自体が好い存在とか悪い存在とかそういうことは言っていません。単に車の走った「跡」を言ってるだけなのです。

轍ではなくて山などで踏み跡のある場合も同じ様なことが言えます。正規の道ではない入ってはいけない踏み跡には枝を斜めに掛けて「止め」の目印にするという山仕事の決まりもあります。

コブクロも桑田も「足跡」とほぼ同じ意味で使っているようですね。
コブクロの場合は誰かが通った痕跡という意味で使われていますが、桑田佳祐の場合は自分のしるしてきた足跡というか、思い出というか、その先に今新たに自分が轍をつけ続けているという自負・確認のようなものではないでしょうか。「自分の足跡」と言うとあまりに人生を象徴しすぎて印象が重いので「轍」とスピード感を付けたのではないでしょうか。車に乗っての思い出が多いから「足跡」の代わりに「轍」を使わなければいけなかったとも言えるかも。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2012/01/09 13:38

辞書の立場で言えば「どちらの意味にも使える」となるでしょうが、実際には悪い意味で使うことが多いと思います。

道路舗装が十分でなかった時代を考えれは、前の車のあとにそのまま乗り入れるのは、一般に危ないことだったでしょう。
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この回答へのお礼

そうですか。ありがとうございました。

お礼日時:2012/01/08 23:21

轍という言葉自体には、特に悪い意味はありません。


「前車の(覆)轍を踏む」という言葉は、ひっくり返った車の後追いをするから
いけないのであって、ちゃんと目的地に着いた車の轍を辿るのであれば、
目的地に着くためにむしろ良いことなのではないでしょうか。
例えば、古代ローマの石造の道にも深い轍の跡が残っています。
これは、車輪と車輪の間隔が同じローマの馬車であれば、轍の中に車輪が入って
スムーズに走ることができたからです。
また、「わだち」には軌という字もあり、轍と並べた「軌轍」という熟語には、
「通った車の車輪の跡」という意味の他にも、「手本とするべき昔の人の行い」
という意味や、「法則」という意味などもあります。

どちらの歌も知らないので、歌の中での意味はお答えできませんが、轍というものは
「通った後にできるもの」ですので、そこから連想したものかもしれません。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2012/01/08 09:13

「前車の(てつ)轍を踏む」とか、「ぜんてつをふむ」で検索してください。



間違いを繰り返すという意味でたくさん出てきます。

轍は広辞苑でも車の通った後の車輪の後の写真がわざわざ出ます。

轍はよい道にはつかないだろうと思います。
ぬかるんだ道につくものだから良い意味には使いにくいと思ます。
言葉だけで意味は考えてえいないのではないのでしょうか。
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この回答へのお礼

調べてみます。ありがとうございました。大変参考になりました。

お礼日時:2012/01/07 21:49

現代漢語例解辞典(第二版、小学館)によれば、



轍=車+徹(つきぬける)
轍環天下→テツ テンカをめぐる=車に乗って天下をくまなくめぐる

の説明があるところから、「轍」が男の名前として使われても違和感はないですね。

貴方もチットは漢和辞典で調べてみたら?
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この回答へのお礼

調べてみます。ありがとうございました。

お礼日時:2012/01/07 18:34

「広辞苑(第六版)」には、質問文のURLの説明以外に、



>【転じて、通過する車の輪】

という解説も有りました。
先の回答にも書かれてますが、「要するに想像力」なんですね。

「車の輪」とは、あくまでも比喩的表現。
「大きく回る、自分のイメージ(想像力)」。
或いは「次々と思いを巡らす想像や記憶の世界」を、「車」とか「輪」と言った言葉に置き換えているのでは?、とも思えるのです。
「走馬灯(そうまとう)」では、季語的に「夏」に限定されてしまいます。
「轍」の場合は、季節の制限は有りません。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2012/01/07 18:34

 車なら「轍」、船なら「航跡」人なら、「足跡」(あしあと、そくせき)になるでしょう。

使い方次第ですね。「犯人の逃亡車両の轍」なら悪い言意味になります。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2012/01/07 18:33

tk42です。



 唄(歌)や詩などは、独特の言い回しや比喩があると思います。言葉の持っている本来の意味と違う場合もあると思います。そして、作詩した人や歌っている人が思っている。事以上に、聞いている人が想像力で感動している場合もあると思いますよ。

 自分の人生を車が通った・・・自分で未来を切り開こうの意味? みたいに 道=人生 車=他人 かなぁ~


P.S今年は良い年にしていきたいと思っています。お互いに助け合って良い年にしていきましょう。
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この回答へのお礼

道 と思えば、意味がわかりました!
こちらこそよろしくお願い致します。
ありがとうございました。

お礼日時:2012/01/07 18:33

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