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前略、日本語教育歴浅いため、「日本語の他動詞文における直接受身と間接受身の相違」をうまく説明出来ません。いろいろ調べましたが例文そのものがわかりにくく余計混乱しています。イメージしやすい例などで指導等いただける大変ありがたいです!

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A 回答 (3件)

簡単に言えば、


直接受動:他動詞文の「を」が「が」になる受動文
間接受動:受動文を能動態にしたとき、主語の「が」が「を」にならないもの

英語では能動態の直接目的語を主語にして、受動態を作ります。
日本語ではこれを直接受動と言います。

日本語には、直接受動以外に間接受動もあります。
これは、直接目的語を主語にしない受動態です。

直接目的語が主語にならないと言うことは、
1.受動態になっても直接目的語の「を」が存在する。

太郎は 花子を 殴った。
 → 花子は 太郎に 殴られた。(直接受動)

花子は 太郎の 顔を ひっぱたいた。
 → 太郎の顔が 花子に ひっぱたかれた。(直接受動)
 → 太郎は 花子に 顔を ひっぱたかれた。(間接受動)


2.自動詞文で、目的語がなくても可能。
雨が 降った。
 → 雨に 降られた。(間接受動)

赤ん坊が 泣く。
 → 赤ん坊に 泣かれる。(間接受動)
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この回答へのお礼

すっきり理解できました、ありがとうございました。

お礼日時:2012/08/25 14:12

直接受身


例:「太郎が花子を叩いた。」→「花子が太郎に叩かれた。」
  目的語を表す格助詞は「を」から「が」に変わっている。
間接受身
例:「誰かが私のかばんを盗んだ。」→「私は誰かにかばんを盗まれた。」
   目的語を表す格助詞は「を」のまま。
こんな感じで例文をどんどん作って(あるいは学習者に作らせて)みてはいかがでしょうか。

ついでに日本語を教えられるということなので余計なことを。
・手紙ではないので「前略」はいらない。
・「指導等いただける大変ありがたいです!」→「『ご』指導『 』いただける『と』」。「!」はいらない。
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基本的には


直接受身:AがBに~される。
間接受身:AがBにCを~される。
という構文の違いと説明すればいいと思いますが、
うまく説明できない例を挙げていただければ回答が得られやすいかと思います。

この回答への補足

ありがとうございます。

「~に殴られた」は直接受け身で、よく例にのっている「~に踏まれた」は間接受け身となるのがよくわかりません。両方とも直接行為を受けていると思います。間接受け身は被害、迷惑とありますが、殴られるのも被害、迷惑とも考えれます。ややこしいです。

補足日時:2012/08/12 20:53
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Q見せると見させるの違い

外国人に「見せると見させるの違いは何ですか。どのように使い分けますか」と質問されましたが、どのように説明すればいいでしょうか。
いろいろな使用例を見ると同じ意味で使っている場合も多いようですが、働きかける相手に自発性の有無(そんな記述も見かけたのです)とか、相手に見るように使役する意味を持つとかで使い分けている場合もあるようですが、例えば「姿を見せる」の場合は自発性などないが使役の意味もなさそうです。
そのようなことを考えているとすっかり混乱してしまい、明確な説明に行き詰まっています。いっそのこと、自発性の有無を考慮せず、次のように割り切ればいいことなのでしょうか。
・「見せる」=相手から見えるところに物を差し出す
・「見させる」=使役の助動詞を使っているので、見ることを強制する

Aベストアンサー

【見せる】には多様な意味がありますが、今回の場合、大辞林の【(1)人に見させる。示して見えるようにする。】という語釈がご参考になると思います。
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E8%A6%8B%E3%81%9B%E3%82%8B&match=exact&itemid=DJR_miseru_-010
「人に見させる。」
「示して見えるようにする。」
という2つの意味があることになります。
(例1)『あの映画を彼に見せるつもりだ』
(ア)「彼を映画館に行かせて、上映中のあの映画を見せるつもりだ」(「人に見させる。」)
話者は「見る」という動作に直接的には関わらない。
(イ)「私が( DVD を操作するなどして)あの映画を彼に示す(見せる)つもりだ」(「示して見えるようにする。」)
話者は「見る」という動作に直接的に関わる。

【見させる】
使役の助動詞が使われていますので、強制的(強引)に何かをさせる、という使役の意味になります。
辞書にあるように、不干渉・放任といった意味を分けても構いませんが、これも消極的強制には違いないので、今回は、同じ「使役」としておきます。
(例2)『あの映画を彼に見させるつもりだ』
(ウ)「彼を映画館に強制的に行かせて( OR 連れて行って)、強引にあの映画を見せるつもりだ」
(エ)「私が( DVD を操作するなどして)強制的にあの映画を彼に示す(見せる)つもりだ」
(オ)「私が花子に強制(指示)して、あの映画を彼に見させるつもりだ」

少しまとめてみると、
【見させる】と【見せる】は似通った意味を持つ。
ただ、【見させる】には、「強制」「強引」という要素が顕著である点、また、第3者の介入も想定可能な点が「見せる」との大きな違い。
ということが言えるように思います。

【見せる】には多様な意味がありますが、今回の場合、大辞林の【(1)人に見させる。示して見えるようにする。】という語釈がご参考になると思います。
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E8%A6%8B%E3%81%9B%E3%82%8B&match=exact&itemid=DJR_miseru_-010
「人に見させる。」
「示して見えるようにする。」
という2つの意味があることになります。
(例1)『あの映画を彼に見せるつもりだ』
(ア)「彼を映画館に行かせて、上映中のあの映画を見せるつもりだ」(「人に見させる。」)
話者は...続きを読む

Q日本語動詞のアスペクト・・・?

日本語動詞のアスペクトの特徴ってなんでしょうか?できれば、アスペクトから詳しく教えていただきたいです。

Aベストアンサー

アスペクトとは、「動詞の表す動作を、その動作が時とともに展開してゆく過程においてとらえたときのさまざまなあり方、およびそれを表現する組織的な文法形式」です。

例えば、「食べる」という動詞は、
  今ご飯を〔食べている〕。
という、動作が「進行(継続)」中である状態を経て、
  もうご飯を〔食べた〕。
という、動作が「完了」した状態へと移行していきます。

一方、「開く」という動詞は、
  ドアが〔開いた〕。
という、完了の状態から、
  ドアが〔開いている〕。
という、動作・作用が終わった後、その状態が「結果」として存在している状態へと移行します。

このように、述語動詞の表す動作・作用についての、「完了」「継続」「結果」などの概念、及びそれらの表現形式をアスペクトと呼ぶわけです。テンス(時制)とは全く違った概念です。

このアスペクトの観点から動詞の分類が行われます。以下ほんの一例です。

1、状態動詞…「ある」「居る」のように、「ている」が付かずに「状態」を表すもの。
2、継続動詞…「読む」「見る」などのように、「ている」が付いて、動作が進行中であることを表すもの。
3、瞬間動詞…「死ぬ」「付く」などのように、「ている」が付いて、「結果」をあらわすもの。

ほとんど説明になっていませんが(本気で回答しようとすれば膨大な量になってしまいますから)、なんとなく雰囲気を感じてくだされば幸いです。「ないよりはましか」ぐらいのつもりで回答いたしました。参考URLは、(3)アをごらんください。

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%BD%A4%A6&kind=jn&mode=0&base=21&row=1

アスペクトとは、「動詞の表す動作を、その動作が時とともに展開してゆく過程においてとらえたときのさまざまなあり方、およびそれを表現する組織的な文法形式」です。

例えば、「食べる」という動詞は、
  今ご飯を〔食べている〕。
という、動作が「進行(継続)」中である状態を経て、
  もうご飯を〔食べた〕。
という、動作が「完了」した状態へと移行していきます。

一方、「開く」という動詞は、
  ドアが〔開いた〕。
という、完了の状態から、
  ドアが〔開いている〕。
という、...続きを読む

Q「まだ+しない」と「まだ+していない」

 日本語を勉強している外国人です。初心者向けの日本語の教科書を読んでいます。教科書にこんな例文があります。

ーもう荷物を送りましたか。
ーいいえ、まだです。

 「まだです」を完備した文で言い換えるなら、「まだ送っていません」なのか、「まだ送りません」なのでしょうか。もし両方ともありえるならば、ニュアンスの違いを説明していただけませんか。

 辞書に「新聞はまだ来ない」という文例がありますが、「新聞はまだ来ていない」でもありえるのでしょうか。もし両方ともありえるならば、ニュアンスの違いを説明していただけませんか。

 GOOGLEで検索してみたら、「まだ分かりません。」と「まだ分かっていません。」は両方あるようですが、使い分けがよく分かりません。

 「まだ+しない」と「まだ+していない」の使い分けを付けられないので、困っています。教えていただけないでしょうか。

 「日本語を何年間も勉強していますが、まだ文章がうまく書けません。質問文の中で不自然な表現があれば、それも併せて指摘していただければ助かります。質問が多すぎて、申し訳ありません。よろしくお願いします。

 日本語を勉強している外国人です。初心者向けの日本語の教科書を読んでいます。教科書にこんな例文があります。

ーもう荷物を送りましたか。
ーいいえ、まだです。

 「まだです」を完備した文で言い換えるなら、「まだ送っていません」なのか、「まだ送りません」なのでしょうか。もし両方ともありえるならば、ニュアンスの違いを説明していただけませんか。

 辞書に「新聞はまだ来ない」という文例がありますが、「新聞はまだ来ていない」でもありえるのでしょうか。もし両方ともありえるならば、...続きを読む

Aベストアンサー

まず最初のご質問「いいえ、まだです」ですが
「まだ送っていません」がこの場合多く使われます。
「まだ送っていません」は送るべき仕事として私は認識しています、が別の用事があった為に、まだ為すべき事をしていません、というニュアンスです。
「まだ送りません」の方は、送るべき条件が他者に起因する要因によってそろっていない為、要因がそろうのを待っています、といったニュアンスになります。
(こちらは普通使わないでしょう=わざと消印をx日にしたいので待っているような特別なケースです)

新聞はまだ「来ない」「来ていない」は両方とも可です。双方とも待っている物がまだ到達していない、ニュアンスがありますが、この使い分けは明確ではありません。が、私には「来ない」は発言者がその場から動かずに言っており、「来ていない」は新聞受けを見た上での発言のニュアンスで使っています。
例:複数の知人との待ち合わせ場所にて
アナタが最初に来て次にA氏が来た。A氏がアナタに「Bさんはまだ来ていないの?」と質問した時に、
「Bさんはまだ来ない」に比べ「Bさんはまだ来ていない」の方がBさんを待っている度合いが強いと思われます。(少なくとも後者は周囲を見渡した上での発言です)

「まだ分かりません」と「まだ分かっていません」は後者の方が継続調査中で希望が若干ある答え方です。前者はお手上げ状態で、何か新しい進展が無いとこれ以上の情報は提供できません、と言っているのと同様です。
例:災害やテロの被害についての報道
最終的な被害者の数はまだ分かっていません=関係機関が一生懸命調査中です、よって時間と共に明確になるでしょう。
最終的な被害者の数はまだ分かりません=報道している側も第一報を受けただけでこれ以上の情報は皆無です。続報が入り次第、お知らせします。

「まだ+しない」=準備が整っていないので行わない又はもっと良い条件にて行うつもりである
「まだ+していない」=やるべき事であるのに怠って着手していない

宿題を提出日までしないのは「まだしていない」
株券などを売らないでいるのは「まだしない」

といったニュアンスです。
参考になれば幸いです。

まず最初のご質問「いいえ、まだです」ですが
「まだ送っていません」がこの場合多く使われます。
「まだ送っていません」は送るべき仕事として私は認識しています、が別の用事があった為に、まだ為すべき事をしていません、というニュアンスです。
「まだ送りません」の方は、送るべき条件が他者に起因する要因によってそろっていない為、要因がそろうのを待っています、といったニュアンスになります。
(こちらは普通使わないでしょう=わざと消印をx日にしたいので待っているような特別なケースです)

...続きを読む

Q「してから」と「したあとで」の違いは何でしょうか

 日本語を勉強中の中国人です。「してから」と「したあとで」の違いは何でしょうか。教えてください。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんにちは。以前書いたもののコピーですが。

48.4 V-てから
 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という
意味合いがあります。ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、
「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の
場合は、「~てから」の方がぴったりします。

     買物をしてから、映画を見ました。
     これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。
     歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝御飯を食べてから歯を磨き
     ますか。
     見てから読むか、読んでから見るか。
     ピカッと光ってから、どーんと音が聞こえる。

 以上の例では「~あとで」でも言えますが、以下の例ではどうでしょうか。

     切符を買ってから中に入る。
     ちょっと口をすすいでから歯を磨く。
     準備運動をよくしてから、泳いでください。

 これらは、「~あとで」で言えないことはありませんが、少し不自然です。
これらの「AてからB」のAは、Bをするために必要なことで、「あと」にす
るのでは無意味な場合です。 

 また、時間の経過を表す場合も、「~あとで」は不自然です。

     夜が明けてから人家を探そう。(?あとで)
     秋が来てから、急に人通りが多くなった。(×あとで)
     日本に来てから、3か月になります。
     占領が終わってからでも、もう50年近くの時間が過ぎた。
     最初の文明が生まれてから1万年。

 「だ」が付いて文末に来る場合もあります。「~のN」の形にもなります。

     乾杯は会長が来てからだ。
     起こすのは医者が来てからでいい。
     そのあとのことは、まずやってみてからの話だ。

 「V-てからでないと、~ない」という表現がよく使われます。

     まずモノを見てからでないと、何とも言えませんね。
     入会金を払ってからでないと、アクセスできません。

 それから、「Aのあと今まで(に)」「A以来ずっと」の場合も「~てから」
が使われます。

     勉強を始めてから、多くのことを学びました。
     生れてから、ずっとこの町に住んでいます。
     パソコンもウインドウズになってから、多少使いやすくなった。

 「AてからBまで」の形にもなります。

     小学校に入ってから大学を出るまで、ずっと机の前に座っていた。
小学校に入ってから大学を出るまでの16年間

 「は/も/より」などの副助詞をつけることもできます。

     来てからは/も  来てからさえ(も)  来てからより(も)  
ここに移ってからは、時間がゆったりと流れるようです。

こんにちは。以前書いたもののコピーですが。

48.4 V-てから
 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という
意味合いがあります。ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、
「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の
場合は、「~てから」の方がぴったりします。

     買物をしてから、映画を見ました。
     これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。
     歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝...続きを読む

Q日本語「見る」「見せる」「見させる」の違いを説明してください。

日本語「見る」「見せる」「見させる」の違いを説明してください。
特に「見せる」は文法上、どのように説明したら良いのでしょうか。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

・「見る」は、自分の視覚で見ること。

・「見せる」は、相手から見えるところに物を差し出す、など。
 <例> 「『これね、この前旅先で撮ったの』と言って彼女は写真を見せた。」

・「見させる」=「見(る)」+使役の助動詞「させる」 ・・・ 見ることを強制する、など。
 <例> 「うるさい音が嫌いな老人に、民放のクイズ番組を見させては駄目だよ。」

>>>特に「見せる」は文法上、どのように説明したら良いのでしょうか。

一つの動詞と考えるのがもっとも合理的で、辞書でもそうなっています。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E8%A6%8B%E3%81%9B%E3%82%8B&enc=UTF-8&stype=1&dtype=0&dname=0na

なお、No.1の方のご回答が気になりましたが、
「見せることを指示」する場合は「見させる」ではなく「見せさせる」になるかと思います。

Q「楽しい」と「嬉しい」の違いは何でしょうか

「楽しい」と「嬉しい」の違いは何でしょうか

 日本語を勉強中の中国人です。「楽しい」と「嬉しい」の違いは何でしょうか。どのように使い分けるのでしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

「楽しい」は、何かを行うことに対しての感覚。
「嬉しい」は、自分が望んでいる状態になった時の感情。

「嬉しい」の反対語は「悲しい」。
「楽しい」の反対語は分かりません。「楽しくない」かな。

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/thsrs/3622/m0u/%E6%A5%BD%E3%81%97%E3%81%84/

Q『が』と『こそ』の違いについて

「あの人がいい先生です」
「あの人こそいい先生です」
格助詞『が』と係助詞『こそ』の意味の違いを教えて下さい。

Aベストアンサー

「が」の使い方は、簡単には説明出来ません。特に日本語圏で育っていない方に意味や用法をお伝えするのは、かなり大変です。
勉強したければ、下記サイトも参考にしてください。
http://www.kazandogakukai.com/_d269122444.htm
「が」の使い方は、少々おかしくても、止む得ないと思った方が、気楽で良いと思います。
 
「こそ」は、「強調」「選択」と思ってください。
「あの人こそいい先生です」 = 「あの人は(本当に)いい先生です」「たくさんいる先生の中でも、いい先生です」
 
日本語に慣れている人が「あの人がいい先生です」と言った場合は、「(いま)話題にしていたいい先生というのは、(多くの先生がいる中で)あの人のことです」という意味合いのことが多いです。つまり「あの人こそいい先生です」と似た感じです。
似た感じというのは、実は使い方が違うからです。
「あの人こそいい先生です」は、話しの直前の話題・主題が「あの人」であるケースが普通ですが、「あの人がいい先生です」は、話しの直前の話題・主題が「いい先生」であるケースが普通なのです。
 
早く使い分けを覚えたい場合は、文法書ではなくて、会話文が多い現代小説を音読するとか、テレビラジオなどの会話を口まねで繰り返す方が良いと思います。「習うより慣れろ」が良いと思います。

「が」の使い方は、簡単には説明出来ません。特に日本語圏で育っていない方に意味や用法をお伝えするのは、かなり大変です。
勉強したければ、下記サイトも参考にしてください。
http://www.kazandogakukai.com/_d269122444.htm
「が」の使い方は、少々おかしくても、止む得ないと思った方が、気楽で良いと思います。
 
「こそ」は、「強調」「選択」と思ってください。
「あの人こそいい先生です」 = 「あの人は(本当に)いい先生です」「たくさんいる先生の中でも、いい先生です」
 
日本語に慣れている人...続きを読む

Q物の状態を表す「ている」と「てある」の違い

 日本語を勉強中の中国人です。物の状態を表す「ている」と「てある」はどのように違うのでしょうか。以前も聞いたことがあるのですが、まだよく理解していないと思います。動作主をほのめかすのはどちらの言い方なのでしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えて頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

>物の状態を表す「ている」と「てある」はどのように違うのでしょうか。
 :
それは具体的に、次の引用のテーマとマッチングするものでしょうか。

「窓が開いている。=自動詞「て」+いる=結果の状態
 窓が開けてある。=他動詞「て」+ある=対象の結果の状態。動作主を暗示する。

「~てある」の形でかならず問題になるのは、「窓が開いている」と「窓が開けてある」の異同如何というものである。簡単に言えば上のようになる。…日本語教育では翻訳をしない。なるべくしないようにしている。…よく似た文があると、このような練習をさせる一方、その違いは何あるかが、教師の間で問題になる。このようにして、「窓」の問題はつねに教師たちに関心の持たれる問題になった。」(吉川武時「日本語文法入門」(株)アルク 119-120頁)

もしそうであれば、次のように考えてはいかがでしょう。
自動詞「開く」に必須の格成分は「対象」「が」です。
他動詞「開ける」に必須の格成分は「動作主」「が」と「対象」「を」です。
そして、他動詞での「対象」を「が」格に上げることで、本体の「が」格に来るべき「動作主」をあえて省略させる表現方法があります。例題のように「開けてある」のように「対象の結果の状態」にスポットを当てたい時には、「動作主」が誰であるかは情報価値が相対的に低くなってくることから省略して煩雑を避ける方便になります。その結果は、ご質問のいわゆる「動作主をほのめかす」用法ともみなせるでしょう。

参考:「「~てある」の意味と動詞の種類との関係」(「吉川武時のホームページ」内)
http://w01.i-next.ne.jp/~g140179870/tearunoimi.html

>物の状態を表す「ている」と「てある」はどのように違うのでしょうか。
 :
それは具体的に、次の引用のテーマとマッチングするものでしょうか。

「窓が開いている。=自動詞「て」+いる=結果の状態
 窓が開けてある。=他動詞「て」+ある=対象の結果の状態。動作主を暗示する。

「~てある」の形でかならず問題になるのは、「窓が開いている」と「窓が開けてある」の異同如何というものである。簡単に言えば上のようになる。…日本語教育では翻訳をしない。なるべくしないようにしている。…よく似た文が...続きを読む

Q日本語の時を表す言葉に助詞をつけるルール?

外国人に日本語を教えていますが、時を表す言葉に助詞をつけるルールについて、基本ルールみたいなものがあるのでしょうか?

たとえば、「あした」であれば、なにもつけませんよね。
1)あした公園へ行きます。
でも「来週の日曜日」になると「に」があってもおかしくないですよね?
2)来週の日曜日に公園へ行きます。

これは単に「に」をつけることによる強調であって、(あしたでも、あさってでもない、来週の日曜日に公園に行くんだ!という強調。)基本的にこのような「時を表すことば」プラス「行為」の場合は助詞はなにも要らないのでしょうか??どなたかお願いします。。

Aベストアンサー

 amitoさん、こんにちは。
 
 まず、時間を表わす言葉の品詞を考えてみますと、「今日、去年、この夏、来週、あるとき、むかし、今、現在、このごろ…」などは「(時間の)名詞」です。そして、この「時間の名詞」は文中で「副詞」によく似た働きをすることがあります。

 「は」、「も」、「に」などの「助詞」に関してですが、日本語の助詞には「副助詞」、「格助詞」、「終助詞」、「接続助詞」があります。
 
 さて、時間を表わす言葉に助詞がつくのかつかないのか、あるいは、つくとしたらどんな条件の元でつくのかということですが、まず、時間を表わす名詞が副詞的に用いられている場合は「格助詞である『に』」はこれらの語の後にはつきません。
 『あした公園へ行きます』
 この例文では「あした」が副詞的に用いられていると考えられるため、後に「に」は不要です。

 ただ実際には、この副詞的に働く「時間の名詞」の後に「に」がつくものとつかないものが存在し、これにはある一定の法則があり、我々日本人は普段意識せずに使い分けているのですが、この点は外国人日本語学習者が迷う点の一つですので、注意が必要です。下に少しまとめておきます。

 1)「時間の名詞」が単独で副詞的に用いられる場合は、後に「格助詞・に」はつきません。例:「おととい」、「昨日」、「今日」、「明日」、「あさって」、「毎日」、「先先月」、「先月」、「今月」、「来月」、「再来月」、「先々週」、「先週」、「今週」、「来週」、「再来週」、「おととし」、「去年」、「今年」、「来年」、「再来年」など。
 2)「時間の名詞」が複合の形をとる場合、例えば、「おととい」という時間を表わす名詞にさらに「朝」という時間を表わす名詞がついて「おとといの朝」などという形になる場合はやや複雑で、「あしたの昼、テニスをします」と助詞を伴わずにも使われますし,「あしたの昼に、テニスをします」と助詞を伴っても使われます。この二つの文の場合ですが,意味的には実は違いがありません。「に」を伴うことによって「強調」を表わしていると思われる傾向にあるようですが,この場合の「に」は「格助詞」として「より顕著な副詞表現に属することを表わしている」に過ぎません。仮に「あしたの昼、テニスをします」という文の「あしたの昼」を強調するのであれば、「あしたの昼は、テニスをします」と「副助詞・は」が使われます。この「副助詞・は」の働きは「判断の対象や叙述の内容がその範囲内に限られている」ということを表わし,つまりは「他の日ではなく明日」というように限定の意味を加え、そして強調の意味を加えています。「明日の昼も、テニスをします」と「副助詞・も」を使うこともできます。「副助詞・も」には「類似した事柄を列挙したり、同様の事柄がまだあることを言外に表わしたり」する働きがあり、昨日も今日もテニスをしたが明日もテニスをするという「類似あるいは同様の事柄の列挙」を示しています。
 
 a)つまり、「時間名詞」が単独で副詞的に用いられる場合には「に」などの「格助詞」はつきません。
 b)時間を表わす名詞が複合形で用いられる場合には、「に」がつく形も「に」がつかない形も存在し,「に」がつくかどうかは日本人の間でも揺れが見られるので、各個人での判断に違いがあるのが現状です。
 c)ただし、「昨晩」、「夕べ」、「昨夜」、「今晩」、「今夜」、「明晩」、「毎晩」、「毎夜」、「今朝」、「明朝」、「毎朝」、「(先週/今月/来年etc)末」という一種の複合形の例では「に」がつきません。
 d)「時間名詞」に助詞がつく場合は、その助詞が「副助詞」であり、なおかつ、「時間名詞」は副詞的に用いられているのではなく、本来の「名詞」として用いられていると考えることができます。
 e)また、同様に時間を表わす名詞で「四季の名称」や「曜日名」にも、「格助詞・に」がつく場合とつかない場合があります。

 少し分かりにくい説明になってしまったかも知れませんが、お役に立てれば幸いです。

 では、失礼いたします。

 amitoさん、こんにちは。
 
 まず、時間を表わす言葉の品詞を考えてみますと、「今日、去年、この夏、来週、あるとき、むかし、今、現在、このごろ…」などは「(時間の)名詞」です。そして、この「時間の名詞」は文中で「副詞」によく似た働きをすることがあります。

 「は」、「も」、「に」などの「助詞」に関してですが、日本語の助詞には「副助詞」、「格助詞」、「終助詞」、「接続助詞」があります。
 
 さて、時間を表わす言葉に助詞がつくのかつかないのか、あるいは、つくとしたらどんな条...続きを読む

Q「見る・見せる・見させる」などの動詞について

1.「見る・見せる・見させる」は次のように使いますが、それぞれの場合の実際に「見る」という動作主体は誰ですか。その場合の人物は「自分(話し手)A」と「相手(聞き手)B」とします。A、Bで答えてください。
  絵を見る(   ) 絵を見せる(   ) 絵を見させる(   )
  着物を着る(   )着物を着せる(   )着物を着させる(   )
2.また、このように三つの言い方が揃っている動詞をご存じなら、教えてください。
   《この質問は、使役態(使役形)に関する一連の質問の一つです》

Aベストアンサー

う~ん、主語と話し手がごっちゃになっているような。
「絵を見る」だけでは主語が話し手かどうかは分かりません。
そこはちゃんと指定しないといけません。

たとえば、
X:太郎は何をするの?
A:絵を見る。(話してはAですが、主語は太郎です)


Aが絵を見る(見るのはA)
AがBに絵を見せる(見るのはB)
AがBに絵を見させる(見るのはB)

Aが着物を着る(着るのはA)
AがBに着物を着せる(着るのはB。ただし、Bは何もせず、ただ突っ立っているだけで、AがBに着物を掛け、帯を結んでやっている)
AがBに着物を着させる(着るのはB。Aは指図をするだけ)


>三つの言い方が揃っている動詞

この三つの動詞形が揃うためには以下の二つの条件を満たす必要があります。
1.元が他動詞であること(見る、着る)
2.「させる」が付く活用でなければならないので、上一段か下一段活用であること

何とか絞り出したのがこれ。

似る 似せる 似させる
浴びる 浴びせる 浴びさせる
寝る 寝かせる 寝させる


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