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時折「特殊相対論では加速度系は扱えない」という趣旨の主張を見聞きするのですが、少なくとも私はそのような事が書かれている文献を読んだことがありません。
何冊か相対論の教科書を見てもそう明記されているものを見つける事ができませんでした。
もっとも、目次から関係のありそうな節を探して、斜め読みしただけなので(逆の話が書かれているものを除くと)どこにも書いてなかったとは言い切れないのですが。

そこで質問なのですが、
「特殊相対論では加速度系(非慣性系)は扱えない」
という事が書かれている文献を読んだことがある方はいらっしゃいますか?

もし読んだ事のある方がいれば、どのような文脈でどのような記述であったのか教えて頂きたいと思っています。
または具体的な文献が分かる方は文献名のみでも差し支えありません。

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A 回答 (25件中1~10件)

#10です.


>内山先生の本について#13さんのご指摘がありますが、どう思われますか。

#13さんの指摘
>相対性理論 内山龍雄 著 に関しては第5章「一般相対性理論」冒頭で確かに
>>「・・しかし、この理論にも2つの欠点がある。その1つは、それがだた慣性系のあいだの関係のみを扱った理論であるということである。第2の欠点は、この理論では重力(万有引力)の問題を扱っていない(というよりも扱うことができない)ということである。・・」
>といってはいますが、同ページそのすぐ下に
>「慣性系に対して加速度運動(例えば回転)をしている座標系(こレを加速系と呼ぶことにする)でも現象を基準とするための基準という役割を果たすことは可能である。」
>(加速系を扱うには、慣性系の間の関係さえあれば十分です。他に何が必要というのでしょう?ガリレイ変換も慣性系の間の関係しか示されていませんが、ニュートン力学で加速系は取り扱えます。)
>文章の一部だけを切り取って都合よく読み手の解釈を歪めるのはいかがかと思いますが?

質問者さんは切取られた文章の一部だけで駄されないとの前提で、以下も切取りが多くなることをご了承下さい。(質問と無関係な、あらぬ疑いは放置させていただいていていました。)
>文章の一部だけを切り取って都合よく読み手の解釈を歪めるのはいかがかと思いますが?
と#13さんが仰っていますので、まず面倒ですが、私が引用した文から、#13さんが切取られた文章を挟んで前後をそのまま引用します。

「・・しかし、この理論にも2つの欠点がある。その1つは、それがだた慣性系のあいだの関係のみを扱った理論であるということである。第2の欠点は、この理論では重力(万有引力)の問題を扱っていない(というよりも扱うことができない)ということである.これら2つの欠点は実は互いに無関係なことではなく,後からわかるように両者の間には密接な関係がある.
物理現象を記述するためのよりどころとなる座標系として慣性系がまことに好都合なものであることは事実だが、」
(ここからが#13さんの切り取った部分)
>「慣性系に対して加速度運動(例えば回転)をしている座標系(こレを加速系と呼ぶことにする)でも現象を基準とするための基準という役割を果たすことは可能である。」
(#13さんの切り取った部分はここまで)
「ただ後者ではいわゆる見かけの力が顔をだすので、これを基準にとると現象の記述が複雑になるという欠点はある.しかし慣性形のみを使用しなければならないこともまことに不便である.単に便,不便の問題にとどまらず,実は使用する座標系が慣性系であるか否かを識別することは,よくよく考えてみると極めて困難である.特に重力が存在するこの現実の宇宙では,識別はむしろ不可能である」

前後関係から考えると#13さんの引用は、特殊相対論で加速系が扱えるという意味の文章ではなく、加速系が基準になりえるとしか言っていない文の後半だけを不自然に切取ったものです。

ここからは同じ5章の切取りになります。
「したがって特殊相対性理論のように慣性系の枠のなかにとじこもることは原理的に不可能で・・」
「・・慣性系同士の間の変換にとどまらず,極めて一般的な座標を考慮しなければならない」
「・・特殊相対性理論で述べた長さ,時間の概念,特にそのような測定法についてはあらためて考えなおす必要がある」
「この例からもわかるように、一般相対性原理だけを満たすように特殊相対性理論の法則を書き換えるだけでは物理的になんらの新味も付け加えられない」

結局、第5章「一般相対性理論」全体では、特殊相対論で正確な記述は不可能であり、一般相対性理論が必要であるという著者の考えが一貫して強調されている章だと思います。そうでなければ一般相対論の章全体の意味が軽くなりすぎてしまいます。#10で引用した箇所は、冒頭でもあり、質問に関連する著者の主張が一番的確に現れている部分として適正な切取りだと思います。

また、前章の「相対論的力学」は、第5章への前ふりにもなっていて、特殊相対論では現実的に使いづらいと意識している著者が、不満を感じながら仕方なく説明している章だとの韻書がありました。
もちろんこれは私の個人的な解釈です。違った解釈ができるかもしれないので、文献を入手されてからでもご確認されるのといいでしょう。


ついでに、
佐藤勝彦 「みるみる理解できる相対性理論」
「・・特殊相対性理論は観測者が慣性形(静止しているか、等速直線運動をしている場所)から見た場合に成り立つ理論でした。」

三省堂「物理小辞典」一般相対性理論
「・・特殊相対性理論では慣性形の間の特殊な変換が問題であったが、・・」

メラー 「相対性理論」§84
「・・この時間変数を用いたのでは,光の伝播の記述が非常に複雑なことになってしまう.・・」
このあと
「・・不便である.」
「したがって加速系では,時間座標や空間座標は,それぞれの物理的な意味を失ってしまい,勝手ではあるが不定性のない方法で,物理的事象につけられた単なる番号に過ぎないのである,」
と言っている真意を考えると、メラーは特殊相対論による加速系の記述は可能だが、無限回の変換を想定するのは不可能であり現実的でもないと感じていたと思います。

各著者がどう考えているかは、予想の範囲を超えないですが、多くは加速系を微小量に分割する処理を無限回繰繰り返せば「扱える」が、それを実行するのは現実的でないから一般相対性理論が必要だと主張しているようです。

ただ、
松田卓也 「相対論の正しい間違え方」
「特殊相対性理論で等速直線運動しか扱えないと思っている人は「私は特殊相対性理論をよく知りません」と自白しているようなものだ」
と述べていますが、加速系を階段状に近似して特殊相対論で十分と主張している解説を見る限りでは、とても座標理論を理解して書いている内容とは思えませんでした。
これ以外の文献でも特殊相対論で加速系が扱えないという意見を卑下するような発言が目立ちます。このような脅迫的な文献を読んで、不本意ながら「扱える」と主張している人達が相当数いるのではないでしょうか。

明らかな近似で「扱える」と主張している文献は論外として、無限回の処理をすれば理論上可能という意味で「扱える」と表現しているのか、無限回の変換など現実的でないので「扱えない」と言っているのかの違いで分けるなら、ほとんどが「扱えない」に属すると思います。基本的に「扱う」の意味をはっきり定義しないうちは、問題が堂々巡りすると思います。

いづれも私見で、これ以上詳しいことは分かりません。文献を入手されるまで仮の情報として下さい。では。

この回答への補足

全ての文献を確認してから締め切るつもりでしたが、日数を要しそうなので締め切る事にしました。

確認していない文献もありますので
ご紹介いただいた文献の内容は関係なく、文献数のみでベストアンサーを選ばせて頂きました。

補足日時:2013/06/02 00:43
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

本屋で少し立ち読みした程度ですが、内山先生の本を拝見しました。
該当部分の記述の意図については、概ね#17さんと同じ印象を持ちました。
つまり、「見かけの力が顔を出す」とか「複雑になる」というのは、加速度系を扱った結果として得られた結論であるはずなので、扱えるという事が前提の記述であるように思いました。
おそらく、「加速度系を基準にする」または「加速度系を扱う」という事の解釈の違いがあるのだろうと思いますが、この2つはどのように違うのだとお考えなのでしょうか。(私は同義だと思いました)


>メラー 「相対性理論」§84
おぉ、確かにこの部分を読む限り、メラーは加速度系を扱えると言っているように見えます。
ただ、#5さんの要約の部分のような記述もあるので、全体を読まないとメラーの考えは分からないようですね。

>基本的に「扱う」の意味をはっきり定義しないうちは、問題が堂々巡りすると思います。
はい、「加速度系を扱えるか否か」を考えたいのなら、その意味を決める必要があるのはその通りだと思います。
しかし、私の質問の目的からすれば、「扱えないと書かれている文献の数」を減らす必要性はありませんでしたので、この質問ではこちらからその意味を限定することはしませんでした。

お礼日時:2013/03/17 01:13

http://c.oshiete.goo.ne.jp/profile/answer/histor …
http://my.chiebukuro.yahoo.co.jp/my/myspace_ansd …

なんだ、典型的な「相対論は間違ってる君」か
相対理論に関する理解も間違いだらけだし、数学も酷い。
というか、簡単な代数方程式の解き方すらもめちゃくちゃ。
そもそもその知識じゃロクな大学に入れて貰えないだろうに。
その理屈が通るなら「他の理論だって間違いだらけ」であるような主張なのに
相対論ばかりに執着して回答している。
他分野の物理のを知らない証拠だ。
相対論の本を収集してるのは、あら探しをしたいためだけか。
基礎となる数学や物理の本も知識も全然無いだろう。
「私は偉大と言われている理論の間違いを指摘できる人間だ」
というアイデンティティが欲しいのだろうか。

この回答への補足

特定の個人に対する批判はご遠慮ください。

補足日時:2013/04/29 23:46
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woorexさん



<<12 相対論的力学 特殊相対論で加速系を近似した例を挙げた後、
<<「その一番大きな前提は、物体をその瞬間的静止系から眺めたとき、ニュートンの法則が厳密になりたつということである。」

<<特殊相対論で加速を扱う部分は、ニュートン力学が入ってしまい、近似となる。

・・・逆に聞きたい

なら、相対論的力学の章で扱っている「4元加速度」は何なのか?
「力学」なのだから、力が働き加速する運動を議論しているはずなんだが?
「その一番大きな前提」は相対論的力学を議論するための前提だろ?
つまり相対論的力学の章の議論は全て近似だとでも言いたいのか?


そもそも一般相対性理論で加速が扱えるといっている根拠は何なのかわかっているのだろうか?

相対性理論 内山龍雄 著
第7章 一般相対論的力学と電磁気学
26.質点の方程式

「質量mの質点が与えられた重力場の中を運動している時、その運動方程式を求めてみましょう。
ある瞬間、質点の存在する点で測地的な座標系(特に局所Lorentz系)を設ける。
(数式の説明なので中略)
測地系から眺めれば、その瞬間には質点の近傍は無重力状態にあるから、特殊相対性理論が成立する
したがって、
(数式の説明なので中略)
となる。これが求むる運動方程式である。」

すなわち、一般相対性理論で用いる運動方程式は
「ある一瞬だけ考えれば、重力のない特殊相対性理論的な空間である」という前提のもとに成り立っている。
一般相対性論的力学は、重力場でも一瞬の間だけ特殊相対性理論が成り立つものとして、
それを重力場中の運動の軌跡に沿ってつなぎあわせたものだ。

対して
特殊相対性論的力学は、一瞬の間だけニュートン力学が成り立つものとして
それを一様空間中の運動の軌跡にそってつなぎあわせたものだ。

これを近似と呼ぶなら一般相対性理論も加速を近似でしか使えないことになる。

特殊相対性理論における加速が近似であり
一般相対性理論における加速が近似でないと言うならそれは二枚舌だ。

http://www.kita-tky.ed.jp/~es16/sansu-jigaku/5ne …
「真っ直ぐ」でない物を評価するには近似してから寄せ集める以外に方法は無い。
極限に微小な分割へと話を進めて、誤差は0へと収束させ歪んだ物の解を得る。
長方形・三角形の面積の出し方さえわかっていれば、どんな図形だろうが面積を求めることができる。

数学で習わなかったのか?
近似、近似と喚いているが、そんなものは何の障害にもならない。
誤差が0に収束するよう微積を使って表現すればいいだけだ。
逆にこの方法を使わなければどんな理論だろうが、加速というもの論じることはできない。
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 #21です。



 一番問題だと思ったのは、ここです。

>12 相対論的力学 特殊相対論で加速系を近似した例を挙げた後、

 「特殊相対論で加速系を近似した例を挙げた」という事ですが、そんな事はないと思うんですよ。便宜上「近似しますよ」という一言はなかったですか?。

>「その一番大きな前提は、物体をその瞬間的静止系から眺めたとき、ニュートンの法則が厳密になりたつということである。」

 それは当然です。瞬間的静止系(観測物体との相対速度0)の座標系から眺めれば、ニュートンの法則も、相対論的力学も、一般相対性理論の結論も、みな一致します。それが、物理法則の不変性の原理:一般相対性原理です。


 ・これは原理で経験事実であり、近似ではありません。


 よって「特殊相対論で加速を扱う部分は、ニュートン力学が入ってしまい、近似となる」は、誤解だと思いました。ニュートン力学は入って良いのですよ。拡張されたニュートン力学、相対論的力学にはなりますが。


>重力を扱うのは、加速系を扱うことと変わらなくなるために特殊相対論ではない。

 これは半分正しいです。半分というのは、重力と加速度を等価原理により同一視しなくても、何世紀も前から可能だったように、一般相対性理論でなくても加速は扱えます。

 一般相対性理論を重力という力の理論として採用し、運動方程式として相対論的運動方程式を採用する事は、常に可能です。

 しかし一般相対性理論は、相対論的運動方程式と同等なものを含んでいます。それが力学と力の理論の統一です。その意味で(一般共変性の意味で)、「重力を扱うのは、加速系を扱うことと変わらなくなるために特殊相対論ではない」は正しいです。

 重力を正しく扱うためには一般相対性理論でなければならないが、加速を扱うだけなら特殊でもかまわない、というところがわかりにくい処です。



>つまり、加速系を扱っている相対論に関して、特殊相対論と呼ぶことはありえないという考えで、

 そんな事はないというか、特殊相対性理論は常に瞬間慣性系での話です。それはガリレイ変換でも同じでしょう。だから相対論的運動方程式と組にした特殊相対性理論を自分は、特殊相対論と敢えて区別しました。

 特殊相対性理論の「適用」は、言ってしまえば加速も等速もありません。ローレンツ変換自体は、等速に関する関係式ですが、瞬間慣性系を考えれば加速でも等速でも同じです。それはガリレイ変換でも同じですが、そこを区別したのが一般共変性です。

 ところが一般共変性を認めるなら、重力的運動に関して加速度と重力を同一視する等価原理を認めざる得なくなります。その意味で「加速系を扱っている相対論に関して、特殊相対論と呼ぶことはありえない」は正しいです。加速度という「重力」を正しく扱うためには、一般相対性理論という「力の理論」が必要になるからです。特殊相対論は決して「力の理論」ではないからです。

 一般相対性理論が力学理論でもあったというのは、余り明確には言われませんが、最大の驚きだったんですよ。


>ほとんど「特殊相対論では加速度系は扱えない」と言っているのと同じです。

 #20さんも指摘したように、「ほとんど扱えない」と「原理的に扱えない」は本質的に違います。「ほとんど扱えななくても、原理的には扱える」なら、「扱える」です。少なくとも理論物理では、それも「扱える」だと思います。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2013/04/13 19:57

#19です。


著者の考えがもう少し詳しくわかる書籍を見つけたので追加しておきます。

相対性理論入門 内山龍雄 著
前半まで特殊相対論にあたる部分を「相対性理論」として解説しています。

11 特殊相対性理論 では、加速系を扱うことに対して、
「このような場合に対しては、今まで述べてきた原理や理論は適用できない。これについては本書の後半で述べる。そのような一般的な場合と区別するために、今まで述べてきた原理や理論には、今後、「特殊」という形容詞をつけることにする。」

12 相対論的力学 特殊相対論で加速系を近似した例を挙げた後、
「その一番大きな前提は、物体をその瞬間的静止系から眺めたとき、ニュートンの法則が厳密になりたつということである。」

14 一般相対性理論 重力と加速が区別がつかないなら・・
「・・特殊相対論の中に慣性系でない座標系までもとりこまなければならないことになる。これは特殊相対論のワクの外にふみ出すことを意味する。」

15 等価原理
特殊相対論の弱点を克服することをあくまでも一般への準備とだけ表現しています。

この著者の考えは、
 慣性系のみを扱う相対論を特殊相対論と呼び、一般相対論と厳密に区別する。
 特殊相対論で加速を扱う部分は、ニュートン力学が入ってしまい、近似となる。
 重力を扱うのは、加速系を扱うことと変わらなくなるために特殊相対論ではない。

つまり、加速系を扱っている相対論に関して、特殊相対論と呼ぶことはありえないという考えで、ほとんど「特殊相対論では加速度系は扱えない」と言っているのと同じです。
ぜひ読んでみてください。おそらく他の著者も同じだと思います。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。遅くなり申し訳ありません。

最近ずっと忙しいため、図書館・本屋に行く時間がとれていないのですが、時間が取れた次第読んでみたいと思います。

お礼日時:2013/04/13 19:56

 #18です。



 自分も、特殊相対性理論では加速度運動は扱えない、と思っていた時期がありました(ちなみにその頃は、加速度「系」の事など思いもつかなかった(^^;))。何故そう思ってしまうのか、書いてみたいと思います。


 「局所的に加速度と重力は、力学的に区別できない」(等価原理)という一文を読んだ時、「力学的に」の一言は、意識的にしろ無意識にしろ、何故か初見では無視したくなります。ここで言う「力学的に」の力学は、少なくともオリジナルの提出時点では、もちろんニュートン力学の事です。

 しかし、「一般相対性理論が、そんな古臭い(間違った?)理論に関わってる訳がない」という思い込みがあるので、そこは無視される傾向にあるように思えます。何故か?。理由は3つ。

  (1)ニュートン力学は特殊相対性理論で、既に乗り越えられたではないか.

  (2)特殊相対「性理論」と相対論的運動方程式を組にして初めて、ニュートン力学の拡張である相対論的力学になる事情が、明確に語られる事は、一般的には少ない.組にしたものは、特殊相対「論」と、暗黙に言われる.

  (3)力学と力の理論(場の理論)が、じつは別物だという事も、明確に語られる事は少ない.これは力学(運動法則)と力の理論(万有引力の法則)を歴史的にいっしょにして、ニュートン力学と言うせいだと思う.


(1)
 ニュートン力学は特殊相対性理論で既に乗り越えられたので、等価原理の裏付けがニュートン力学にあるはずがない。これは新原理で、一般相対性理論は加速度運動を扱えるから(そう言われているから)、特殊では加速(あえて加速度運動とも、加速度系とも言いません)は、扱えない。

 しかしアインシュタインが依拠したのは、ニュートン力学と(古典)電磁気学です。1905年頃(20世紀初頭)は、「ニュートン力学で十分か?」という自然観の転回が、静かに進行していた時期でもあります。これは「電磁気学で十分か?」にも成り得たものなのですが、電磁気学が選ばれ、特殊相対性理論につながります(自然はそうだったんだから、しょうがない)。

 ここからアインシュタインはニュートン力学を捨てた、というような風評も時々読みますが、アインシュタインはニュートン力学と電磁気学を平等に扱っています。ニュートン力学を信じればこそ、アインシュタインは相対論的に妥当な運動方程式を、まっさきに導こうとしました(結果にはちょっと問題がありましたが、後に修正されます)。

 等価原理(一般相対性理論)は、ニュートン力学と(古典)電磁気学という、当時既に実証済みであった理論を地道な足掛かりとして持ちます。この辺りを意識しないと、難解な計量テンソル計算がいくら出来たところで、一般相対性理論の物理的内容はわからないままである可能性はあります。(2)は、もっと言われて良いと思います。


(2)
 と言う訳で、特殊相対「論」の物理理論の中での立ち位置は、ニュートン力学と全く同じです。特殊で加速が扱える事は、ニュートン力学に関する膨大な実証事実の、延長でもあります。


(3)
 ブリユアンは今ではほとんど有名ではありませんが、相対論と量子論の誕生と発展の時期にちょうど居合わせ、両者の発展にも寄与し、時には批判的でもあった、現代物理を語る上では欠かせない一人です。

 一般相対性理論は第一義的には、重力という「力の理論」であって、「力学理論ではない(←第一義的には)」と、ブリユアンは言います。ここを押さえておかないと、「一般相対性理論の正体を見誤る」と言います。

 力学と力の理論は別物です。特殊相対性理論が一般に認められた後、当時の誰もが考えた物理理論の相対論的拡張方向は、次のようなものでした。

 電磁場(電磁力という力の理論)はもともと相対論的に不変だった。しかし重力(万有引力の法則)はそうでない。万有引力の法則を相対論的に不変に拡張し、拡張された相対論的運動方程式と組にすれば、物理理論の相対論的拡張(修正)は完成するはずだと・・・。

 当時、量子力学は新興勢力で、基本力は4つではなく、重力と電磁力の2つだったんです。上記に応えたのが、等価原理を認めた一般相対性理論でしたが、それはあくまで重力という「力の理論」として提出されました。前も言いましたが一般相対性理論は、重力と電磁気力(と力学)に関する統一場理論です。

 力学がカッコ付で現れるのは等価原理のせいですが、アインシュタインは、等価原理を認めた時点で理論が運動方程式も含んでしまうと、どうやら感づいていたようです。

 彼は誰よりも先にその事を示し、非常に自慢にしていたようですが、力学と力の理論を統一したというインパクトは、当初は逆向きに受け取られました。「なんて気持ち悪いんだ!」・・・と(^^;)。しかしその後、ゲージ理論の考え方にみんな慣れて行き、逆に「なんて良く出来た理論なんだ!」と、評価は変わって行きます。

 プリユアンの言いたかった事は、力学と力の理論の統一が果たせたのは、「重力的な運動のみ」であって、他の力はそうでない、という事だと思います。

 実際に標準的な量子力学では、今でも運動方程式は厳然と存在します。ハミルトニアンを演算子としたシュレーディンガー方程式がそれで、核力などの力の理論は、今でも専門的な分業体制としては、いちおう量子力学自体とは別分野であり(もちろんその内部でも、量子力学は不可欠ですが)、4つの基本力の統一場理論の「重力的な運動のような」相対論的拡張は、未だ困難なのが現状です。だから、ノーベル賞のネタにもなります。

 ところが、上記の事態はふつう逆方向から言われるんですよ。「重力の(一般相対性理論の)量子的拡張は困難だ」・・・と。理論なので、どちらが後先という事はないのですが、逆方向から言われと、大局的な流れは想像できないと思います。


 以上、長々と書きましたが、上記3つの事情が個々人の中に錯綜して蓄積され、一番想像しやすい(誤解しやすい)(1)の辺りで爆発した、というのが自分の意見です(だって、わかりたいのに、余りに難しくてわかんないんだもん・・・(^^;))。

 相対性理論の書籍にも問題はあると思います。相対性理論の啓蒙書が初めて出たのは、今から70年くらい前かなとも想像しますが、未だに誤解が後を絶たないという事は、何か記述に問題(不足)があるような気がします。70年前と同じ記述スタイルでやってるからじゃないの?、と思う訳です。今では約一世紀前より、誰もが頻繁に相対性理論に接します。NHK特集なんかを考えれば、それは明らかです。

 個人的な望みとしては、物理学史や物理思想史の時間が、中高以上にちょっとあっても良いのではないか?、とは思います。でもそれを言ったら、日本史や世界史をもっとやれ!、という意見も出そうですね・・・(^^;)。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。遅くなり申し訳ありません。

お礼日時:2013/04/13 19:54

No.19、woorexさんへ




<<「加速度系を扱う」という記述は、一般化に先だって、これから「加速度系を基準にする」と議論の方向性を述べているだけで、「特殊相対論で加速度系を扱う」という意味を含んでいないと思います。

貴方は全く文脈が読めていない。

■相対性理論 内山龍雄 著

第五章「一般相対性理論」冒頭、
「18.特殊相対性理論に対する反省、一般相対性原理」

「加速度系を基準とすることは可能。しかし、見かけの力が顔を出し現象の記述が複雑になるという欠点がある」
という記述(要約)が登場する。

前後の文脈から、この記述は節題の通り「特殊相対性理論に対する反省」であることが明らか。
どうのように読めばこの文章が、「これからの議論の方向性」であると読むことができるのだろう。私にはわからない。
明らかに誰がどう読んでも特殊相対性理論の特徴を振り返った文章ではないか。


それとも、「一般相対性理論では加速系を基準とすることが可能、しかし、見かけの力が顔を出し現象の記述が複雑になる欠点がある」と著者は言っているのだろうか?
そんなワケがない。


<<「・・.したがって特殊相対性理論のように慣性形の枠のなかに閉じこもることは原理的に不可能で,・・」
その他、特殊相対論が慣性形だけを扱えるという表現が複数あることから

どう考えても教科書の中身を理解してない。
(目に止まったところをピックアップしてるだけで通読してない)

■相対性理論 内山龍雄 著

第五章「一般相対性理論」冒頭、
「18.特殊相対性理論に対する反省、一般相対性原理」

確かに重力場における自由落下に関する記述中
「・・・.したがって特殊相対性理論のように慣性形の枠のなかに閉じこもることは原理的に不可能で,・・」とあるが、

「特殊相対性理論では慣性系の中に閉じこもることが可能」
=「特殊相対性理論では加速系を基準として取り扱わないことが可能」
という当たり前の事を言っているに過ぎない。
きちんと前後の文脈を読み取ってほしい。


著者が言いたいことはこうだ。


1.「特殊相対性理論において加速度系を基準とすることは可能。しかし、見かけの力が顔を出し現象の記述が複雑になるという欠点がある」

2.それを避けたいのであれば、慣性系のみを基準として扱わざるをえない。
 (現象を記述するだけなら慣性系のみの視点で見れば事足りる)

3.しかし重力を考えた時、慣性系を基準とるという行為そのものに問題がある。

4.慣性系であるかどうかの判断は「外力が無ければ直線運動、外力があれば外力に比例した加速運動」が観測されるか否かである。

5.それに即して考えると「重力で自由落下する質点に追随する系」は「慣性系」である。
 また同様に、「加速をする系」は「外力(慣性力)gが加わる慣性系」である。
  
6.上記の「外力(慣性力)gが加わる慣性系」「重力gが加わる慣性系」は
 力学的に区別できない(等価原理)。

7.よって「重力場が働く慣性系」を基準にするということは、「加速系」を基準にしていることでもある。
だから、「慣性系の枠に閉じこもることが不可能」


<<加速度系を扱った応用については、もはや特殊相対論には含まれないという著者の線引きがあるのではないでしょうか。

「慣性系の枠に閉じこもることが可能」(特殊相対性理論)
「慣性系の枠に閉じこもることが不可能」(重力を考え、等価原理を認めた場合)
と述べているだけ。

むしろ、加速系を扱えるのに、あえて扱わないから「慣性系の枠に閉じこもる」と表現している。
そして重力を扱い始めると閉じ込めたいけど閉じ込め切れないという意図がそこにある。

それに
「加速系を扱った応用については、もはや一般相対理論と呼ぶべきだ」
という意見があったとしても、それを持って「特殊相対性理論では加速系を扱えない」
と表現するのは、適切だとは思えない。

第一それでは等価原理を一般相対性理論の原理と置いている意味がない。
その原理も用いてないただの「応用」を一般相対論に含めるなんて
ナンセンス極まりない。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2013/03/23 23:18

#16です.


「加速度系を基準にする」「加速度系を扱う」という記述は、一般化に先だって、これから「加速度系を基準にする」と議論の方向性を述べているだけで、「特殊相対論で加速度系を扱う」という意味を含んでいないと思います。
「・・.したがって特殊相対性理論のように慣性形の枠のなかに閉じこもることは原理的に不可能で,・・」
その他、特殊相対論が慣性形だけを扱えるという表現が複数あることから、加速度系を扱った応用については、もはや特殊相対論には含まれないという著者の線引きがあるのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

納得はしていない点は残っていますが、どのような考えなのかという事は理解できたと思います。

お礼日時:2013/03/23 23:15

#11です。



>これは「メラーが加速度系は扱える」と言っているのと仰っているのでしょうか。
そうであれば、#5さんの要約の範囲でも、それ以外の記述でもいいですが、どのような記述からそう解釈されたのか・・・

 ここでの記述からではなく、自分は相対論的力学を少しやった事があるので、特殊の枠組みで加速度系を扱えるとメラーは明言しないまでも、扱えないなどとは絶対に言わないだろうという確信がありました。メラーも相対論の蹟学です。

 そうなんですよ、相対論の多くの成書では、「扱える」とも「扱えない」とも明言されていない事が多いんです。その原因は、一般相対性理論まで説明する本なら、理論的に是非必要ではないのですが、その準備として、たいてい相対論的力学は扱うからです。「ほら、特殊の範囲内で加速運動や加速度系の扱いが可能なのは、読みゃわかるよね?」という態度だと思います。

 じっさいメラーの本の目次を調べてみると、全12章の7章までは特殊相対性理論の範囲内で、3~7章はまるごと相対論的力学に関連する記述だと思われます(残りは一般)。相対論的連続体力学なんて難物を扱ってるのは、たぶんこの本くらいしかないでしょう。

 という訳で、「「私は特殊相対性理論をよく知りません」と自白しているようなものだ」というような脅迫文(?)を読んだ事は、自分はほとんどありません。松田卓也氏は、特殊では加速運動すら扱えないという風評や感覚が余りにも横行してるので、インパクトのある(脅迫的な?)形でひとこと言いたくなった、というところだと思います。


 #17さんが言いたかった事を、ほぼ言ってくれましたので、後はそこに乗っかります(^^)。

 まず相対論的力学(特殊相対論)でも加速度系も記述できるが、固有時などを用いる方向は実用的にはやらない方が良いというのが、一つの結論です。何故ならそうすると、現実的には無用に困難になるが、実用的に必要なのはそういうものではないはずです。

 実用的に必要なのは私の固有時、つまり私を慣性基準系とした、私のふつうの時間と距離に対する加速度運動の相対論的な結果です。これなら何とかなります。そしてそれが欲しい、実験結果に対する理論的検証です。

 想像ですが、粒子加速器などの設計は上記の立場でなされていると思います。この時に、一般相対性理論で計算するなどとは、誰も思わないはずです。数学的に無用に難しい上に、結果は同じになります(それは後述)。

 そういう意味で、特殊に基づいた相対論的力学は実用的なものです。


 ところで、一様重力場中を自由落下する座標系を慣性系と原理的に区別できない問題は、別に相対論で始まった話ではありません。ニュートン自身がその事を、痛烈に意識していました。その意識が、ニュートンのバケツにつながります。一様重力場の加速度は「見かけ上」観測できないかも知れないが、遠心力などを考えれば、本質的に加速度は絶対的なものだ、と言いたかったのだと思います。

 ニュートンにとってそれは、譲れない点です。何故ならF=maより、加速度のあるなしは力のあるなしに直結し、彼の与えた力Fの法則は万有引力の法則だったので、それは物質のあるなしにも直結してしまうからです。

 ニュートンの言いぶんでは、一様重力場の加速度を「見かけ上」観測できないのは、慣性質量と重力質量が「たまたま」同じだったという、「偶然に過ぎない」という事になります。

 実際にどうしていたかと言うと、局所的には一様重力場の加速度は測れないので、大域的に辺りを見回した訳です。辺りを見回せば、そこには必ず惑星が見える。よって経験的には、(近似的な)慣性系の特定は常に可能です。一様重力場以外の力は、慣性力によって判定できるからです。そこから理想化すれば、厳密な慣性系は物理的に存在すると想定しても、良いと思われます。


 ところがマッハは言いました。バケツを回転させずに宇宙全体を回転させた時、バケツに遠心力が働かないと言えるのか?・・・と(^^;)。アインシュタインは、このマッハ原理やマッハの実証主義は行き過ぎだとわかっていましたが、そこに一定の発見的価値を見い出します。その方向で出て来たのが「等価原理」です。

 空間的に一様な加速度と重力は、物理的に同じものではないのか?・・・。

 力学的に区別できないからです。ここで言っておきますが、一般相対性理論は、量子効果もそれに関連する、核力(強い力)も弱い力も考慮していません。当時知られていたのは、重力と電磁気力だけです。一般相対性理論は、重力と電磁気力(と力学)に関する統一場理論です。

 にも関わらず「等価原理」は、とても有用なものでした。慣性質量と重力質量が同一なのは偶然ではなくなり、それを前提とした時、一般相対性原理の考えにつながったからです。

 そうです、「等価原理」がなければ一般相対性原理を認めたところで、それは人間の妄想かも知れません。そうです、「等価原理」がなければ一般相対性原理を認めたところで、何も新しい物理的内容は追加されません。


 しかし一般相対性原理には、無視できない価値があります。

 それはそれ以前には、慣性基準系における運動方程式(や物理法則)だけが正しい形だとされて来た事です。つまり慣性力なんかを認めないと、物理法則は同じにならなかった。

 しかしそれはおかしい。座標系をどう取るかは人間の勝手だけれど、どんな座標系を取ったって、物理法則は同じであるはずだ。

 だとすれば、慣性基準系間の変換のみで不変に保たれる物理法則の関係式は不完全だ。一般座標変換のもとで不変に(共変に)保たれる数学的表現で、物理法則を表すべきでないのか?。

 上記は数学的に言うと、物理法則の数学的表現に対してかなり強力な制限を付けます。一般座標変換のもとで数学的に共変であり、しかも所定の実験結果を満たすようなものとして、物理法則を定式化すればどうだろう?。

 それが全部とは言いませんが、上記がゲージ理論です。内山先生は、一般相対性理論がゲージ理論である事を見抜いた、時代の先駆けの一人です。だから理論整備の目的から言って、特殊相対性理論と相対論的力学は、使いにくくてしょうがないんですよ。


 しかしですね、ここまでの全部の話は、一般相対性原理を自ら考えだし、それに基づいて一般相対性理論を提唱したアインシュタインの妄想かも知れない。現実との接点が希薄だからです。

 一般相対性原理は、余りにも人間の都合に見える。というのは、ゲージ理論を認めたところで結局は、「所定の実験結果を満たさなければならない」からです。


 一般相対性理論に対する実験・観測結果は、未だに不十分です。量子力学のように、一本の毛の先まで実証されたようなものではありません。そのような場合、周囲の理論との整合性というのが試金石になります。

 ここで注意しますが、特殊に基づいた相対論的力学は、粒子加速器の中で一本の毛の先まで実証されたとみなして良いでしょう。一般相対性理論は、相対論的運動方程式と同等なものを含んでいます。

 ランダウの場の古典論によれば、重力場の方程式は、エネルギー保存則と運動量保存則を含むからです。ここから、一般共変性を信じるならば、加速度運動や加速度系を扱うには、一般相対性理論でなければならないし、運動方程式を立てるのではなく、重力場の方程式を解け!という事になります。しかしそれが可能になったのは「等価原理」を認めたからです。加速度と重力を同一視したからです。

 その結果、一般相対性理論は、相対論的運動方程式と同等なものを含んでいるとわかりました。その結果、一般相対性原理はアインシュタインの妄想でないと考えられて行きます。一般相対性理論の発表当初は、そういう事態だったと思います。

 逆に言えば、特殊に基づいた相対論的力学が完全に正しいという確信こそが、当初の一般相対性理論の理論的バックボーンでした。慣性基準系に基づいた加速運動や加速系の記述は、300年以上にわたって正しい結果を与えて来た、という経験事実です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>ここでの記述からではなく、自分は相対論的力学を少しやった事があるので、特殊の枠組みで加速度系を扱えるとメラーは明言しないまでも、扱えないなどとは絶対に言わないだろうという確信がありました。

何と言いますか、仰るようなことを私も考えていたのに、
私には、#5さんが要約して下さった記述が「加速度系は扱えないことを前提にしている」ように見えたから、「驚いている」というような表現になったのです。
これまでのやり取りからこれとは異なる解釈もあり得るのかと思って、どう考えたらそうなるのかという事を知りたかったのですが、
とにかく、該当の記述(または教科書内の他の記述)を読んで異なる解釈をされた訳ではないのですね。

お礼日時:2013/03/17 02:21

No.16 woorexさん



結局は、問題点を上げているだけで「扱えない」とは言ってない。
「複雑だから取り扱いたくない」というのが真意。

もう天下りに説明してしまうが
加速系で扱うなら「加速系に働く見かけの力」を最初に定義することで扱える。
等加速運動なら「リンドラー座標」
http://homepage2.nifty.com/eman/relativity/uni_a …
等速円運動なら「ボルン座標」
http://en.wikipedia.org/wiki/Born_coordinates
他の加速系に名前がついてるかは知らない。

両者とも質点の運動を記述できるのだから運動論としての使命を全うしている。
上記は加速の仕方としては最も単純な2つと言っていいが
それだけでも見かけの力がやたらと複雑になる。

どんな系でもあっても座標変換は行える。
相対論的力学を扱っている本なら「固有時間」「固有空間」という記述があるはずだ。
それが、任意の運動をしている物体からみた時間と空間に相当する。
それを基準に書き換えてやれば少なくとも「加速系と慣性系の変換」は任意にできる。

しかし、その系から見た見かけの力をいちいち厳密解で求めるのは現実的には不可能。
人間の知能では解けなくなるし。
だから「問題」だと述べられている。

しかし、アインシュタインの時代とは違いコンピュータが発達している現代なら
いくらでも数値計算で導出が可能。
あらゆる世界線に則った系の表現が可能。
英語版wikipedia「ローレンツ変換」では、それがアニメーションで表現されている。
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Lorentz_transf …

この動きを見かけの力で表現しようとするとどれだけ大変か分かるだろう。



■松田卓也 「相対論の正しい間違え方」 について

<<加速系を階段状に近似して特殊相対論で十分と主張している解説を見る限りでは、
とても座標理論を理解して書いている内容とは思えませんでした。

昔読んだ記憶あるが
それは積分を区分求積法で表現しただけ。
数学を知らない人のための配慮に過ぎない。
http://w3e.kanazawa-it.ac.jp/math/category/sekib …
無限小分割で、近似解から厳密解へと収束する
数学的に証明されている正しい方法。
高校の数学3で必ず習うはず。
その本でも間違いなく、近似ではなく無限の微小量として取扱っていたし、
そもそも積分を使った説明も合ったはず。
微積の知識があれば、誰がどう読んでも「近似で十分」などと言う内容だとは思えないはずだが?
どう考えても「図を見ただけ、読んでない」としか思えない。

微積を知らずどうやって加速系を表現できると思うのだろう?
ニュートン力学のF=maのaは加速度だというのに、
その加速度からどうやって質点の位置を割り出していると思っていたのだろう?

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7899150.html
のやり取りを見ていたが
貴方の数学はあまりに酷い。


■「みるみる理解できる相対性理論」

「みるみる理解できる相対性理論」この記述に関しては、あたかも「扱えない」というふうに書いてある。
ただ、佐藤勝彦「著」ではなく、佐藤勝彦「監修」なので書いてるのは本人ではない。
「監修」と名のつくものはライターが面白おかしく書いている。
本人は出版の許可を出しているだけ。


■相対性理論 内山龍雄 著


<<前後関係から考えると#13さんの引用は、特殊相対論で加速系が扱えるという意味の文章ではなく、
加速系が基準になりえるとしか言っていない文の後半だけを不自然に切取ったものです。


「系」とは「基準」のことなのだから、基準として扱えればそれで十分。
それに「複雑」「困難」といった表現はむしろ「取り扱える」という風にしか読めない。
「不可能」といい表記もあるが、明らかに「事実上不可能」という説明。
そこを引用しなかったからといって、何ら不自然でもないし不誠実でもない。

しかし貴方は「記述できる」という引用そのものを省いた。
それは不自然であり、不誠実。


■その他
ニュートン力学は「包括」されているのではなく、v=0以外はすべて「近似」扱いです。

間違い。
本にはそういうふうに書いてあった?
ならその本は捨てたほうが良い。
V=0だと相対速度が無いことになり、変換としての意味が全くない。

c→∞ の極限でローレンツ変換はガリレイ変換に完全に一致する。
計算してみてほしい。

ローレンツ変換
x'=γ(x-βct)
ct'=γ(-βx-ct)

ガリレイ変換
x'=x-vt
t'=t

ローレンツ変換の極限はガリレイ変換に辿り着く。
単なる近似とは全く違う。

これを理解していないのなら、ニュートン力学と相対性理論の関係性など
分かるはずがない。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2013/03/17 02:20

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>この速さvはスカラー量ですから等速円運動をする場合は速さ=一定となり、電磁波が発生することに矛盾してしまいます。

 速さはスカラーですが、速度はベクトルです。方向を変えると、スカラーとしての速さに変化がなくても、加速度運動になります。なお、運動エネルギーの2乗は正確にはスカラーとしての速さの2乗ではなく、同じベクトルの内積ですが、内積はスカラーとなるため、方向は無関係になります。しかし、お考えのように、

>エネルギー保存則を考えてみますと、0.5mv^2+hν=一定 が成り立つとすると

ということになります。これは、電磁気力が電荷の間に働くという考え方(遠隔作用説)からすれば、そうなりそうです。しかし、遠隔作用説の電磁気学では電磁波の解は出て来ません。

 電磁気学の基本的な方程式として、マクスウェルの方程式がありますね。微分方程式の形で書かれていますが、電荷がその周りに電磁気的な場を作るという考え方(近接作用説)をするため、そのような形式で書かれています。

 近接作用説では遠隔作用説で説明不能の問題が解決されます。電荷の運動量、運動エネルギーについて、遠隔作用説では説明不能の不足分が出るのです。近接作用説では、その不足分が「電荷の周囲の電磁場も運動量、運動エネルギーを持つ」と出て来ます。

 そのため、電磁気学は原則として近接作用説で考えます。遠隔作用説で説明することも多いですが、問題の出ない範囲に限定しなければなりません。お考えの「0.5mv^2+hν=一定」というのは、電荷だけに注目した、つまり遠隔作用説の式です。エネルギー保存則を考えるなら、電荷の周りの電磁場が欠けています。

 遠隔作用説の電磁気学の式では電磁波の解は出てこないのですから、電磁波の解が出てくる近接作用説の電磁気学の式で考える必要があります。そして、電磁波は電荷の加速度運動で出るというのは分かりやすい説明ですが、不正確です。電磁波は電磁場の加速度運動から出て来るのです。電磁波の解の導出は例えば、

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 しかし、導線をコイル状にした電磁石に直流電流を流して、電磁波を観測するということはありません。それは、導線中の電子の速さが極めて遅いからです。時速3センチくらいでしかありません。そこまで遅いため、加速度が極めて小さく、観測できるほどの電磁波が出てこないのです。

 CERNなどの素粒子実験器はリング状のパイプの中で電子や陽子を加速し、光速度に非常に近い速度を得ます。そこまで速いと明らかに電磁波が出ます。速さの変化でも電磁波は出ますが、円運動という加速度運動のせいでも出ます。

 それらの電子や陽子から出てくる電磁波はエネルギーがあるわけですから、どこかからエネルギー供給されているはずです。その電磁波のエネルギーは、電子や陽子の運動エネルギーを奪って、出てきたものです。さらにその先を考えると、電子や陽子を加速しているエネルギーが電磁波として出て行ってしまうわけですね。

 そのエネルギーロスのため、リング状の加速器では限界に達しつつあります。加速で与えら得るエネルギーが全部電磁波となって出て行ってしまい、加速できないという状態になります。そのため、直線状で素粒子を加速するリニアコライダーの建造計画が持ち上がっているわけです。電子や陽子をもっと加速できないと、実験できないことがあるからです。

 原子のラザフォードモデルに立ち返りますと、電子より陽子のほうがはるかに重いため、電子が陽子の周りを回っているとしてよいです。しかし原子のサイズを考えると電子は陽子に極めて接近しており、電子に働く電磁気力は非常に強いとせざるを得ません。

 だとすると、電子が陽子の周りを公転する遠心力でバランスを保っているとして、その公転速度は非常に速いものになります。円運動は加速度運動ですから、明らかに電磁波が観測できるほどの公転速度です(大雑把には、公転直径を直線状に行き来していると考えてもよい)。

 原子は素粒子加速器のように、外からエネルギーを供給されてはいません。そうなると、陽子の周りを回る電子の運動エネルギーと位置エネルギーから電磁波は出て来ざるを得ません。そうなると、電子は陽子に落ち込んでしまうはずです。

 しかし、原子は安定して存在しているし、電磁波も出したりはしていません。それなら、電子が原子の周りを公転しているという考え方がおかしいわけです。それを解決するため、電子は公転ではなく陽子の周りの波動と考えるようになり、さらに量子力学へと発展していきます。

>この速さvはスカラー量ですから等速円運動をする場合は速さ=一定となり、電磁波が発生することに矛盾してしまいます。

 速さはスカラーですが、速度はベクトルです。方向を変えると、スカラーとしての速さに変化がなくても、加速度運動になります。なお、運動エネルギーの2乗は正確にはスカラーとしての速さの2乗ではなく、同じベクトルの内積ですが、内積はスカラーとなるため、方向は無関係になります。しかし、お考えのように、

>エネルギー保存則を考えてみますと、0.5mv^2+hν=一定 が成り立つとすると...続きを読む

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Aベストアンサー

完全素人の投稿です。

日本語訳の特殊相対論、一般相対論と言う語句が放つイメージの問題ですか?
特殊相対論は空間と時間を扱った理論、一般相対論は重力理論で、対象が違いますが・・。

特殊とか一般とか言う事ではないので、誤解を招く日本語訳だと思います。

宇宙空間において加速度運動が普通で、慣性系が特殊例で、宇宙には慣性系という物は無く、架空のもの。

等価原理では重力と慣性力(加速度に伴う力)は同じものと考えるので、加速系は一般相対論(重力理論)で無いと解けない。

光速度一定の法則も慣性系に対して成り立ち、現実の宇宙では、重力に対して自由落下している無重力系において光速度は一定という一般相対論の理論が成立。

>>なんで一般相対論が必要なの?
現実の宇宙空間は慣性系という物は無く、各々の座標系に固有に存在する重力を扱った一般相対論で無いと、振る舞いが正しく記述できないから。

たとえば、超光速の問題でも、特殊相対論では超光速は有り得ない。
しかし、充分に遠い銀河の後退速度(空間の膨張速度)は光速を超え、一般相対論では超光速は許される。

その理論を使って、宇宙の誕生の10^(-25)年(10の25乗分の1年)の事までは解明されている様なので、一般相対論が必要なんでしょうね。

完全素人の投稿です。

日本語訳の特殊相対論、一般相対論と言う語句が放つイメージの問題ですか?
特殊相対論は空間と時間を扱った理論、一般相対論は重力理論で、対象が違いますが・・。

特殊とか一般とか言う事ではないので、誤解を招く日本語訳だと思います。

宇宙空間において加速度運動が普通で、慣性系が特殊例で、宇宙には慣性系という物は無く、架空のもの。

等価原理では重力と慣性力(加速度に伴う力)は同じものと考えるので、加速系は一般相対論(重力理論)で無いと解けない。

光速度一定の法則...続きを読む

Q光子の質量?

光子って質量はあるんでしょうか?

光子の質量は0で、0だからこそ、光速で移動するんだとおもっていたのですが、
「重力は質量間に作用する力である」とおもっていたので、
なぜ、光子が重力の影響をうけるのかよくわからなくなってしまったのです。

なんて事を考えていたら更に疑問が。(ーー;
「光子は電磁場の影響を受けるか?」
「電磁波なんだから受けるべ?」というのと、
「電荷をもたなければ影響うけないべ?」という気も。
うーん。どうなんざんしょ?(ーー;

宜しくお願いします。

Aベストアンサー

 量子光学屋で、素粒子論は耳学問なんですが、とりあえず知ってるつもりのことだけ、書かせていただきます。

 古い話ですが、ヤン-ミルズ理論~電弱統一理論では、光子のうち弱い相互作用を司る量子が質量をもち、電磁気力を司る光子が狭い意味でのフォトンになったわけですから、光子が質量をもたないのではなく、電弱統一理論の力の素粒子のうち、質量を持たない方が、光子と呼ばれるものである、というのが律儀な言いかたなのかもしれません。

 ただ、光子のエネルギーは、容易に質量となり、また、その逆も容易に起きます。

 たとえば、陽子と電子が無限のかなたから近づいていき、水素原子を形成する場合、電子の軌道のエネルギー準位が変化すれば、光子の形でエネルギーが外に放出されます。その光子のエネルギーは、陽子と電子のなす系が、質量を失うこと(古典的には、ポテンシャルエネルギーを失うこと)で補われます。
 水素がイオン化して、陽子と電子とに別れる時は、この逆で、外からやってきた光子から、系は質量を得ることになります。これを相対論のような古典物理で説明する場合には、質量とエネルギーの等価性と言うわけですが、場の理論で、この質量獲得のメカニズムを説明するのは、かなり難しいことのようです。

 経路積分的に、光子が飛んでいく姿を思い浮かべた時、光子は、実は、あるときは陽電子-電子ペアであったり、場合によってはトップクオークと反トップクオークの対からなる中間子に「変身」している場合もありうるわけで、いつでも質量を持つ可能性をもっているわけです。

 これら「場の理論」でいう質量の獲得と、重力理論で言う質量とが、同等のものであるのは一般相対論の主張ではありますが、素粒子論レベル(重力子レベル)で、場の相互作用を簡便に言うことは、困難なことのようです。
 このあたりが、

 「なぜ、太陽の側を通った光は、曲がるの」
 「それは、重力が空間を曲げているからさ!」

という、禅問答のような、とおりいっぺんの説明では納得できない気持ちになる原因だと思います。

 また、「電荷」は、電磁気の力、すなわち光子を産むことのできる「能力」を示すものです。それ以上の説明は、現代の物理学者にはできていないように思えます。電子のように「内部構造を持たない粒子」が、電荷という性質を持つことは、実に不可思議な事だと思います。また光子は「電荷」を持たないため、更に子供の「光子」を直接産むことはできません。何か他の素粒子を経由することにより相互作用することになると思います。

 量子光学屋で、素粒子論は耳学問なんですが、とりあえず知ってるつもりのことだけ、書かせていただきます。

 古い話ですが、ヤン-ミルズ理論~電弱統一理論では、光子のうち弱い相互作用を司る量子が質量をもち、電磁気力を司る光子が狭い意味でのフォトンになったわけですから、光子が質量をもたないのではなく、電弱統一理論の力の素粒子のうち、質量を持たない方が、光子と呼ばれるものである、というのが律儀な言いかたなのかもしれません。

 ただ、光子のエネルギーは、容易に質量となり、また、...続きを読む

Q台形の重心を求めるには

上底a 下底b 高さ h とした場合、台形の重心をもとめる公式は、 (2a+b)/(a+b)*h/3 でよろしいでしょうか?

Aベストアンサー

計算してみました。
面積
 A=(a+b)h/2
下底周りの断面一次モーメント
 S=a・h^2/2 + (b-a)h^2/6
  =h^2(2a+b)/6

重心位置、S/Aですから、
 G=(2a+b)/(a+b) ・ h/3

合ってますね。

Q慣性系とは何ですか

慣性系とはニュートンの運動の第1法則~第3法則がはたらく運動系だと学校で教わりました。
しかし、よく分からないことがありますので以下の2点についてお聞きします。

その1
電車が時速40kmで等速で走っています。この電車の中にAさんがいます。
また、これを地上で観測している人Bさんがいます。
AさんとBさんは同じ慣性系にいるのでしょうか。それとも別々ですか。

F=maなので両者は加速度0、つまり同じ慣性系にいるような気がします。
でもBさんは静止しているので静止系で違う慣性系のような気もします。

その2
上の電車が駅を毎秒5m/s^2で等加速に加速します。
このときAさんとBさんは同じ慣性系にいますか?

F=maだと地上と電車の中では加速度が違いますから違う慣性系だと思います。
しかし、webをみると等速度運動でないと非慣性系になると書いていました。

Aベストアンサー

まず,「慣性系」というのは運動を観測するための座標系をさすということを理解してください。すると,見る立場が異なれば運動も異なって見えるので,何に対して静止した座標系なのかということが重要になるのですね。

厳密には,重力が存在する座標系は「慣性系」でなくなるというのが一般相対性理論の教えるところですが,今考えている場面は地球上の比較的弱い重力下のことを考えているので,重力を他の力と同じ外力として扱ってしまえば,地上に近似的な「慣性系」を考えることは可能です。このように相対論的な影響を無視してもなおかつ,地球自身の自転や公転の影響(遠心力などの慣性力)もあるので,地上に慣性系をとることは不可能なのだということは知っていてソンはないでしょう。むろん,ここではこうしたもろもろのことを無視して,地上に静止した座標系が慣性系であるとみなすことが議論の前提です。

その1
Bさんは地上に静止しているので,Bさんが見る立場=地上に静止した座標系は慣性系です。また,慣性系に対して等速度運動する座標系も慣性系になります。したがって,Aさんが見る立場も慣性系になりますね。ともに,座標系のことをいっているので,AさんからもBさんからも独立した第3の物体の運動が力とともにどう変化するかというのが本来の問題です。いずれの立場から見ても,運動の法則が成り立ちます。運動の法則が加速度を与えるものであり,速度を含まないという点がポイントですね。ただし,Aさんの慣性系はBさんの慣性系に対して40km/hの速度を持っていますから,異なる慣性系になります。

その2
Bさんは,地上に静止していますからその1と同じでBさんが見る立場は慣性系です。しかし,慣性系に対して加速度をもって運動する座標系は非慣性系=加速系であり,運動の法則が成り立たない座標系です。つまり,加速度と逆向きに慣性力という「得体の知れない力(相手が存在せず作用反作用の法則が成り立たない)」が現れ,このオバケの力以外に何の力も受けていない(Aさんに対して)静止していたはずの物体が自然と後方に加速し始めることになるからです。Aさんが見る立場=Aさんに対して静止した座標系は非慣性系なのです。

まず,「慣性系」というのは運動を観測するための座標系をさすということを理解してください。すると,見る立場が異なれば運動も異なって見えるので,何に対して静止した座標系なのかということが重要になるのですね。

厳密には,重力が存在する座標系は「慣性系」でなくなるというのが一般相対性理論の教えるところですが,今考えている場面は地球上の比較的弱い重力下のことを考えているので,重力を他の力と同じ外力として扱ってしまえば,地上に近似的な「慣性系」を考えることは可能です。このように相対...続きを読む

QE.マッハは慣性系の定義はなんだと言っているのか?

マッハの力学を拾い読みしたのですが、慣性系の定義はなんだといっているのでしょうか?

私とって非常に読みづらくわかりにくい本です。根気が続きません。
力と質量の定義は何といっているかわかったような気がしますが、慣性系はわかりません。

教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 自分の持っているのは、「マッハ力学,エルンスト・マッハ,昭和56年,第10刷,講談社」です。つまり初版です。版変えはないはずです。

 マッハは近代的実証主義の開祖で、絶対運動は無意味であると言いきっていますので、慣性系の存在は経験事実だと言っています。

 まずわかりにくいのは、そういう事情からマッハは慣性系を厳密に定義する事なく(経験事実なので、定義する価値はないと思っていたと思う)、近似的な慣性系の観測方法や観測結果を、当時のありとあらゆる文献や論文,意見からかき集め、詳細に述べている事です。その結果は、観測できる十分遠方の星々全ての平均運動に対して、十分ゆっくり動いているか近似的に等速直線運動している系が、慣性系だという事になります。これは現在でも変わらないでしょう。その第一候補は、地球という天体です。

 慣性系は経験事実だと認めろ!という事から、それは運動方程式の帰結となり、慣性系と慣性法則も不要だ!という話になります。運動方程式も経験事実ですからね。

 現在の立場としては、マッハの立論は疑いもなく正しいのだが少々行き過ぎだ、となります。というのは現在では、物理法則の不変性という事が、非常に重視されているからです。物理法則の不変性というガイドラインが、物理法則を発見するための「発見的価値」を持つ事が、明らかになったからです。

 なので、運動方程式が正しく成り立ち、運動方程式の不変性も保たれる慣性系は、現在では(あえて)きちんと定義されます。

  (1)粒子が自由であるとは、それが慣性系において慣性法則を満たす事である.

  (2)慣性系とは、自由な粒子が慣性法則を満たす観測系である.

 (1)と(2)は、明らかに論理が循環してます。従って(1)と(2)で、慣性系をきちんと定義したからといって、慣性系の存在が保証された訳ではありません。慣性系の存在が経験事実である事は、昔も今も同じなんです。今だって、「力の有る無しは経験的に判定できるはずだ!」という思いがなければ、(1)と(2)なんか無意味です。これが「あえて」の意味です。


 一方、絶対空間を提唱したニュートンはどうだったのか?。彼は彼の力学によって万物理論(完璧な宇宙論)を造ろうとしていました。そしてニュートンは時代に先駆けて、絶対運動が観測不可能である事も知っていました。

 そうするとニュートンの運動方程式は、常に成り立つものではなくなる・・・。なので彼は、常に成り立つ足場として絶対空間を持ち出した。・・・という意見もあります(「重力と力学的世界,山本義隆」)。それはマッハが、「観測できる十分遠方の星々全ての平均運動に対して、十分ゆっくり動いているか近似的に等速直線運動している系」として、いわゆる慣性系として(ニュートンも恐らく、慣性系は定義していない)、実証的・経験的に認めたものでもあります。

 自分の持っているのは、「マッハ力学,エルンスト・マッハ,昭和56年,第10刷,講談社」です。つまり初版です。版変えはないはずです。

 マッハは近代的実証主義の開祖で、絶対運動は無意味であると言いきっていますので、慣性系の存在は経験事実だと言っています。

 まずわかりにくいのは、そういう事情からマッハは慣性系を厳密に定義する事なく(経験事実なので、定義する価値はないと思っていたと思う)、近似的な慣性系の観測方法や観測結果を、当時のありとあらゆる文献や論文,意見からかき集め、詳...続きを読む

Qコイルの中の鉄心て.....

昨日、中学生の教科書を読んでいて疑問に思ったことがありました。
何で、コイルの中に鉄心を入れると磁界が強くなるのですか。
教えてください。

Aベストアンサー

その辺を勉強してる学生です。

コイルをぐるぐる巻いた中心に鉄心を入れたものと入れてないものを比べてみましょう。

まず、鉄心無しのものは、コイルの中心は空気ですね。
対して、鉄心が有るときは鉄心がコイルの中心にあります。

違いはここです。
磁界を考えるとき、透磁率という値が影響してきます。
空気と鉄心では透磁率がちがってきて、その違いが磁力に差を生じさせます。

磁界の強さは、磁力線の数で考えられます。
鉄心はコイルに流れる電流により発生した磁力線を集めるように働きます。
そのため磁力線の密度が増し、磁力が強くなるわけです。

鉄心に限らず、透磁率が空気より高いものであれば磁力を強めることができます。
ただ、コイルの中の磁界はどこでも同じなので、中心の方が磁力が強いということはありません。

Qアインシュタイン ヒルベルト作用

相対論を勉強しています。
(趣味です。ただのサラリーマンです)

アインシュタイン ヒルベルト作用から、アインシュタイン方程式を導く
とあるのですが、
じゃあ、アインシュタインヒルベルト作用の式は
どうやって考えつかれたのでしょうか。
ざっと専門書を見たのですが、どれも天下りで、考え方の記述もないような。
なんか気持ち悪く。

物理で、なんでこれで上手くいうかわからない。( F=ma, エントロピー 等々)
みたいのなんでしょうか。
なら、そう本に書いてほしい(~_~;

作用とはそういうものなんでしょうか。

同作用の式の考え方、をご教示頂きたく。

また、参考になる文献があれば、教えてください。

Aベストアンサー

作用とはそういうものです。

ご存知かと思いますが、「最小作用の原理」という「原理」があって、
それは「原理」ですから、理由はありません。

ある系(今で言うと、質量と重力だけを考慮する系)を記述する方程式の背後には、
ラグラジアンが必ずあって、それから作った作用を最小にする条件(運動方程式)が、
その系を支配する、というのが最小作用の原理です。

つまり、
「作用から運動方程式を導くことも可能」
だし、
「運動方程式から作用を導くことも可能」
です。
(数学的には2番目の方は、作用は唯一にならないかもしれないですが)

なので、この作用は
「アインシュタイン方程式を導くような作用を探した」
が正しいです。
見つけた後で、その作用の意味を考えるのですが、その解釈は知りません。
ただ、解釈でなくとも、作用の形式で書くと、保存量の発見や、他の理論との
統合が容易になるなどの、大きな利点があります。

ちなみに、ニュートンの運動方程式も、解析力学では、より根源的な作用から
導かれるものです。


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