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■「に」をつけないと 不自然な名詞(時間を表すもの)。
 ・6時、勉強します。
   (不自然とまでは言わないのかもしれませんが、違和感はあります。)
 
■「に」をつけても、つけなくても、どちらでもOKなもの。
 ・月曜日、勉強します。
 ・月曜日に、勉強します。

■「に」をつけると、不自然なもの。
 ・毎朝に勉強します。

 いろいろあって困っているのですが、
 これらを説明できるルールのようなものは、ありますでしょうか?

A 回答 (5件)

こんにちは。



日本語教師です。
文法書から説明を引用します。

日本語記述文法研究会編『現代日本語文法2』くろしお出版 2009年  p.85-

 時の名詞がとる格は、基本的に、時の名詞の意味的な性質によって決まる。
指し示す時点が発話時を基準として相対的に決まる時の名詞は無助詞で、発話時に関わりなく
絶対的に決まる時の名詞は「に」をつけて表す。
  ・それでは、駅の西口で明日{0/xに}会いましょう。  (「0」は無助詞を表す: 「x」はダメということ)
  ・それでは、駅の西口で3時{x0/に}会いましょう。 

 時の名詞が無助詞でも「に」を伴っても自然になることもある。基準となる事態、あるいは
基準時を表す名詞が時の名詞を修飾する場合や、期間を表す名詞の場合である。
 次の例では基準となる事態を表す名詞が時の名詞(3日後)を修飾している。
  ・事件の3日後{に/0}、犯人が捕まった。
 「事件(の起きた時点)」は絶対的に決まる時であるが、「3日後」は、それを基準として
相対的に決まることを表している。この場合、時の名詞は、無助詞でも「に」をつけてもどち
らでもよい。
 次の例は、基準時を表す名詞が時の名詞を修飾している例である。
  ・そ無助詞でもの年の冬{に/0}、大雪が降った。
  ・先週の日曜日{に/0}、教会に行った。
  ・7日の晩{に/0}、カレーを食べた。

 季節(春、夏、秋、冬)、曜日(日曜日、月曜日…)、1日の時間帯(午前、午後、朝、昼、夕方、
晩、夜)などを表す名詞は、ある年、ある週、ある1日を基準時として想定されやすい。基準時
が明確な場合は、「に」をつけても自然になる。
  
(引用終わり)

なお、新聞記事や歴史叙述は、少し別。「は」が付く場合も、別。
その解説は省略します。

引用のはじめの5行分は、日本語教師にはよく知られていることだと思います。
日本語を(外国人に)教える時、すぐ問題になることだからです。

saburoo
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この回答へのお礼

 
 とてもわかり易かったです。
 日本語教師の方々の中では、有名どころ、ということだったのですね。
 やはり餅は餅屋だと感じました。
 
 ご回答、どうもありがとうございました!

お礼日時:2013/05/01 01:29

 日本語教育に携わる方からの詳細な説明を拝読し一つ疑問がわきました。


>時の名詞がとる格は、基本的に、時の名詞の意味的な性質によって決まる。
指し示す時点が発話時を基準として相対的に決まる時の名詞は無助詞で、発話時に関わりなく
絶対的に決まる時の名詞は「に」をつけて表す。
>時の名詞が無助詞でも「に」を伴っても自然になることもある。基準となる事態、あるいは
基準時を表す名詞が時の名詞を修飾する場合や、期間を表す名詞の場合である。
 次の例では基準となる事態を表す名詞が時の名詞(3日後)を修飾している。

 この原則に従うならば、アルベール・カミュが遺した『異邦人』の冒頭部分はどの様に理解すればよいことになるでしょう。「時の名詞の意味的な性質」「 指し示す時点が発話時を基準として相対的に決まる時の名詞は無助詞で、発話時に関わりなく絶対的に決まる時の名詞は『に』をつけて表す」などと質の悪い英文法テキストにあるような文で説明されても日本語を学ぶ外国の方々にとっては雲を掴むような話です。
 件の部分は「きょう、ママンが死んだ」で始まります。ママンが死んだのが「今日」であっても「何時であるのか」をこの文だけからでは特定することができません。また逆に「死んだ時間」などはどうでもよいことであって、大切なのは「死んだとの事実」と「なぜ不条理な死を遂げねばならなかったのか」にあるともいえます。
 名詞がどうてらこうてらと後付けでわけのわからない説明は文法学の世界や文法学者の間では通用するものの、それを実際の言語教育の場に持ち込むことにはいささかの疑問がありましたので質問させていただいた次第です。むしろ助詞をどう理解させるかの問題ではないでしょうか。
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この回答へのお礼

 外国人から、質問をされ、窮してここにお願いをした投稿でした。
 最終的には、実践を通じて、そして覚えるしかないのかもしれません。
 私は専門家ではありませんが、日本語を教えるにあたって、文法をこねくりまわすのは違うだろうなとは感じています。
 それでも、日本語学習者は、納得をしたい。構造をしりたい。という気持ちがあると思います。
 納得ができれば、スッキリするでしょう。そして気持ちが暗記に向かいやすくなるかと思いました。
 また、日本語のルールを知ることによって、より短い時間で文法という論理的なルールに頼りながら暗記を進める事ができるメリットもあると思いました。
 
 まあ・・・あまり文法を強調しすぎることのないように気をつけながら、
 「すっきり感」「おぼえやすくなる」ために、本日いただいた説明を、してまいります。
 
 みなさま、本当にどうもありがとうございました。

お礼日時:2013/05/01 01:33

No.3 の saburoo です。



ひどい書き間違いがありました。

  ・そ無助詞でもの年の冬{に/0}、大雪が降った。
       ↓
  ・その年の冬{に/0}、大雪が降った。

失礼しました。

saburoo
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この回答へのお礼

 ご丁寧にどうも・・・。

お礼日時:2013/05/01 01:28

 こんにちは、昼の休憩時間を利用しての投稿ですので推敲の至らない部分がありましたら、ごかんじょをいただきたいと存じます。


 ご質問の件ですが、これには少々の誤解も含まれているやに感じます。
>「に」が付かないと不自然に感じるものと付かなくとも不自然ではないものがあるのはなぜか
との趣旨であろうと存じます。
 言葉(品詞)には「自立語」と「付属語」があり、自立語は「それだけで意味を示すことのできる言葉の種類」、もう一方の付属語は「それだけでは意味を示すことのできない言葉の種類」と定義することができます。
 「自立語」のグループに含まれる品詞の種類は名詞・動詞・形容詞・形容動詞・副詞・連体詞・感動詞・接続詞の8種類、そして「付属語」は残りの助動詞と助詞だけになります。そしてこの「自立語」も「活用するグループ」と「活用しないグループ」の2種類に分かれます。「未然形・連用形・終止形・連体形・仮定形・命令形」などの言葉を小中学校の国語の授業で耳にした憶えもあるでしょう。
 この「自立語」と「付属語」が組み合わさって「そこで一度文意を切ること」を「文節に分ける」と呼びます。一つの文節には
(1)自立語は一つしかない
(2)自立語は必ず先頭にくる
との約束事があります。文を読む時に「自立語があれば、そこで文をくぎることができる」とのヒントになります。

 では「に」は自立語でしょうか、それとも付属語でしょうかとの話になります。それだけでは意味を示すことができない、との理由から付属語であるとの説明も容易につきます。けれど「助詞」の説明はまだ解決されていません。
 助詞の「に」には幾つかの種類があります。「格助詞の『に』」「係助詞の『だに』」「接続助詞の『のに』」また「格助詞の『に+は』」などの形もあります(複合および係助詞・接続助詞については省略します)。
「格助詞の『に』」には
(1)場所を示す…「学校に行く」
(2)そこに移動するための手段を示す…「電車に乗って出掛ける」
(3)対象となる相手を示す…「彼女に花を贈る」
(4)時間を示す…「三時にお待ちしています」
(5)動作・作用の原因および理由を示す…「あまりの惨状に言葉を失う」
(6)動作・作用によって生じた結果を示す…「水泡に帰する」
(7)動作・作用の行われ方もしくは状態を示す…「直角に交わる」
(8)受動・使役を示す…「犬にかまれた」「彼にこの仕事を任せよう」
など幾つもの機能があります。
 これらを踏まえた上で
(A)「に」をつけないと不自然な名詞(時間を表すもの)
(B)「に」をつけても、つけなくてもどちらでもOKなもの
(C)「に」をつけると、不自然なもの
について覧ていきます。
 結論からいえば、質問者様は誤解しています。(A)(B)そして(C)も、全て「時間を表す格助詞」ですので、同じことに対し、限定を付けるか否かとの違いだけになります。
 そして「6時、勉強します」と言っただけでは、「『6時』が何であるのか、何をするのか」が全く意味不明ですので、違和感があるのは当然の話になります。
 「月曜日、勉強します」も同じです。どちらでも可とはならず、時間を特定している「月曜日に、勉強します」とは異なります。
 逆に「毎朝に勉強します」この文は成り立ちます。夜は早めに寝て「朝早めに起きて勉強する」との習慣を持っている人ならば、「毎朝に勉強する」といっても不自然ではありません。
 
 「名詞」から見るのではなく、自立語としての名詞に付加要素が加わった「文節」で理解せねば、文の意味を読み取ることにはつながりません。「文節は自立語と付属語の組み合わせによって構成されている」このことだけは「決して忘れてはならない!」原則としてもう一度、確認することをお勧めします。
 「俺、トイレ」といっても、「俺」が「トイレ」をどうしたいのか、わかりませんよね?。トイレ掃除の当番なのかもしれず、或いはトイレという名前の人物なのかもしれず(そんなことは先ずありませんが)、まぁ想像するには大方の人の受け取り方は同じですが、国語の表記からすれば「問題のある言葉の使い方」ですので、注意することが必要です。「助詞」に関する簡単な書物(大野晋氏の『日本語練習帳』、辰濃和男氏の『文章のみがき方』など)の読書をお勧めします。
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この回答へのお礼

中学生の国語文法の授業を思い出しました。
まったく興味がなかった(゜д゜)ので、今日まで逃げ続けてきましたが、
こうして追い詰められてから、
そして、このように解説をいただいたことで、
すこし理解が進みました。
当時、ちんぷんかんぷんだったことが、少し意味がわかりました。

中でも格助詞の「に」についてのご説明は、とてもありがたかったです。

ご回答、どうもありがとうございました!

お礼日時:2013/05/01 01:28

例えば


アラサーの男女
アラサー男女
のを省いても意味は通じますし,アラサー自体が既に省略語です。
省略語の多くは流行から一般化し,習慣化されていると思います。
慣習としての省略法には,特別のルールは無いと思います。
習慣にそって使えば良いし,習慣を理解する(覚える)ことも,学習の内ではないでしょうか。
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この回答へのお礼

 最終的には、いかにも「慣れよ」になると思います。
 それが、私たち日本人が通ってきた道ですしね…。
 もしもルールがあれば、外国人もほっとするだろうなとて、質問をしました。
  
 ご回答、どうもありがとうございました!

お礼日時:2013/05/01 01:35

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