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日本の教育のいいところは何ですか?
今まで日本の教育には不満しか抱いてこなかったので、いいところも知っておこうかなと思って!

今、高3です。進学校で早進度のクラスに所属していました。形式上はまだ所属しているかもしれませんが_φ(・_・
日本の教育には落胆しました。
先生は尊敬できる人がほとんどいない。
勉強だって、過程や根拠も理解することが大切だとか言うのは建前。
結局、受験に向けての知識の詰め込み。
「努力するひとを応援してあげたい。」?
努力しないひとは応援してくれないの?
じゃあ、努力が嫌いな性格だったらどうすればいいの?
何回も変わろうとしたけど、何も分かってくれない。
自分が嫌いになるばかり。
自尊感情?そんなもん持てるか。
学校のどこに夢や理想の大切さを教えてくれるひとがいるの?
ありのままでいたらいけないの?
学校やめるって言ったら、担任が「逃げる人間になるんじゃないかなーって思う。」だって。
逃げたらいけないの?
人生なんて結局帳尻あってるじゃん。
逃げたいときに逃げたらいけないの?
反吐がでそう。
ぶち壊してやりたい。
日本っていう国にも何か失望した。
こんなにカッコいい国なのに。
教師ってみんな理想とかもってるのかな?
「子どもをこんなふうに教育したい。」とか。
ないでしょ。
決めつけるのは嫌だけど、絶対何となくなっただけだと思う。
もっと人の話を聞くこと、人の気持ちを解ることを教えたほうがいいって。
イジメとか犯罪とか差別だってもっと減るはずなのに。
被害者だけじゃなくて、加害者の心にも目を向けてあげてほしい。
引きこもりとかニートの人たちを蔑まないでほしい。
センター試験とかホントにうざい。

何か思いの丈を綴ったら意味分からんくなった。
読む人、ごめんなさい。
話聞いてほしかった。
回答よろしくお願いします。

A 回答 (15件中1~10件)

 貴方が持つしかもそれが根本的な問題を指摘して、これまでの回答を閉じます。


貴方はものすごく贅沢です。勉強できるだけの環境にありながら不満ばかりを口にしている。
 アメリカにしか目が向いていないから仕方ないかもしれませんが、東南アジアの発展途上国をはじめ西アジアで戦火を交えている地域に生きる子ども達や若者そして女性達の実態を報道でお読みになったりしたことがありませんか?
 『セサミストリート』をご存知かもしれませんが、アメリカ国内でもC.T.W(Children's Television Workshop)の様に基礎教育に特化した番組制作活動を展開している団体もあります。こうした地域で子ども達に「今、一番したいこと」を聴いてみると、返ってくる答の殆どが「学校で勉強したい」との声で、こうした事実を仄聞すると僕は本当に切なくなります。
 「文字を読み書きすること」「必要な計算をする能力を培うこと」そうすることにより仕事に就いたり畑を耕作したりと生活基盤を作ることとなり、やがては社会の理不尽さを問うことにもつながり、やがては戦火をを止めていくことにもなると見事なロジックを展開してくれます。その瞳には希望に輝いてもいる。
 そう、「教育」だけが紛れもなく「その国の未来を作ることのできる唯一の手掛かり」です。たかがセンター試験の点数がどうこうなどのつまらない理由で日本から逃げ出すのであれば、アメリカに行っても通用などしないでしょう。
 キチンとした議論すらできず、ただ闇雲にデータを暗記するだけで、論述問題に対応もできないならば、敷かれたレールの上をそのまま指示されたとおりに歩いて行くだけしかありませんね。
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私の知ってる人そっくりの他罰節ですねぇ。



>逃げたらいけないの?

なんて問いかけは、らしい問いかけですよ。

悪いわけないが、逃げ続けてもツケは必ずくるでしょう。

50代にもなって定職なし、昼夜逆転、一日13時間以上のネット生活、

そのネット生活たるや、人の不幸をわらい、世の中を呪い、人格障害的な他罰放言の連続

こんな人をネット上で知ってますが、この人の末路はどんなもんだろう?

そこまで行ったらどうにもならないと思うので、逃げもほどほどに^^
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>日本の教育のいいところは何ですか?


それは、誰でも教育を受けられるということです。
しかも、風雨をしのげ、設備の整った快適な校舎の中で、質の高い教育を受けられるのです。
質の高い教育、という点に疑問を感じるかもしれないですが、日本の教育のレベルは極めて高いと思います。
中学校卒業までの義務教育で、日常生活に必要な知識はほとんど得られるからです。
普通に勉強していれば、なにか新しい商品を買った時に、説明書を読んで使い方を理解できるくらいの読み取り能力はつきますし、買い物をしてお釣りをちょろまかされたりしないだけの計算能力もつきます。
地図でどちらが北かわからない人間はほとんどいないですし、「STOP」と書いてあればきちんと止まれるくらいの英語の力もつきます。
それだけの質の高い教育を「無償で」受けることができるのです。
それは、素晴らしいことだと思います。

あなたは、「勉強させられている」と思っているのかも知れませんが、
「勉強させてもらっている」というのが正しいのです。
本来であれば、教育にはお金も時間も労力もかかります。
それを親や学校や教師やあなたの住んでいる市町村や国が負担してくれているのです。
だから、「勉強しなければならない」ということではありません。
そこまでしてもらっているとわかった上で、それでも勉強が無意味で自分には必要のないものだと考えるのならば、勉強も学校も辞めてしまえばいいと思います。
高校は義務教育ではありません。辞める自由もあります。逃げたい時に、逃げればいいと思います。
先生は、「今辞めたら、あなたの人生にとっていい影響がない」と思ったから、そう助言したのです。
あなたのことをどうでも良いと思っていたら、放っておくはずです。先生にとってもその方が楽です。
けれど、あえてあなたに助言をしてくれたというのは、素晴らしい先生だと思いますよ。
そういった先生がいると言うのも、日本の教育の良い点ではないですか?

今は勉強など「わずらわしい」と感じているかもしれないですが、
離れてみて、その価値がわかるということもあります。
その時にもう一度、今と同水準の「勉強できる環境」を得るのは難しいです。
ですので、今の環境がとても恵まれていて、価値のあるものだということを伝えたいと思いました。
その上で、今の環境を放棄するのは、あなたの選択の自由だと思います。
恵まれた環境で勉強するよりも、それによって精神が蝕まれるのを防ぐ方が重要かもしれません。

最後に一つだけ。

>教師ってみんな理想とかもってるのかな?
>「子どもをこんなふうに教育したい。」とか。
>ないでしょ。
>決めつけるのは嫌だけど、絶対何となくなっただけだと思う。

理想を持っている教師はいます。むしろ、持っていない人の方が少ないです。
しかし、それをうまく伝えられない先生もいますし、それをうまく汲みとることができない生徒もいます。

>もっと人の話を聞くこと、人の気持ちを解ることを教えたほうがいいって。

確かにその通りです。
でも、あなたの上記のような言葉を教師の方が見たら、どう思いますか?
きっと傷付くでしょうね。「私の気持ちをわかってくれない」と思うでしょう。

人の気持ちがわかる人間なんて、いないです。
あなたも知らない間に人を傷つけているということです。
自分の気持ちをわかってくれる、なんて期待したら、人生ツラいと思います。
そんな人間はどこにもいないですから。
分かってほしければ、わかってもらえるように、工夫して伝えましょう。
それで、半分でも伝われば大成功、と考えた方が楽です。

私も、これだけ書いて、あなたに言いたいことが伝わったかどうかはわかりませんが、
少しでも伝わっていれば幸いです。
無理しないように、ご自愛ください。
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 『資治通鑑』後漢紀に見える言葉。

「魏昭謂郭泰曰 経師易遭 人師難遭」。
口当たりの良いお菓子を提供する業者は平々凡々にいるが、キチンとした栄養のある食物を施してくれる料理人はさほどにいない。解りやすく、現代語訳してみましたが、お解りになりますか?
 進学コースにいるならば、この程度の漢文などお茶の子さいさいのはずですが。外国の大学は今の環境以上に厳しいですよ。相手の気持ちを理解するなら、それは相手を「自らの人格と同等に扱う」との前提に基づいていますから。
 こんな曲を聴いてみては如何ですか、中島みゆき『重き荷を負いて』『本日、未熟者』『背広の下のロックンロール』。
 そしてこんな物語をお読みになっては如何ですか、『くまとやまねこ』『青い鳥』。
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日本の教育のメリット


・日本語を修得できる(当たり前?)。
・企業で必要な知識の詰め込み
・団体行動を教える。
・主体性の欠如。権威と流行に弱い国民。
・哲学(philosophy)の欠如
・民主主義、憲法、法の支配などを理解しない人間の形成
・何も考えずひたすら頑張る精神の養成
・小さいころから管理されることに慣れさせる
・流行に流されて大量に商品を購入する消費者の養成(ドイツやオランダのように、賢く、ケチな消費者では困る)
・大衆扇動に弱い国民の形成
・情緒的に、あいまいにものごとを考える国民の形成(欧米では、もっと論理を重視する。言語構造の違い)

これらは、管理する側、雇用する側、商品を売る側にとっては、非常に都合がよい。管理教育という点では、日本は中国、韓国などと並び、世界のトップクラスでしょう。私は、事業者、雇用主です。

この回答への補足

ひさしぶりのちゃんとした回答でほっとしましたw
分かりやすく列挙していただいて、ありがとうございますm(._.)m

補足日時:2013/09/02 16:02
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人間社会では一方的に与えられての生活はできません。


コミュニケーションがうまくいかないのは、受信側、発信側双方に問題があるからで、一方的相手が悪い、とは言えません。
こういう人にはスポーツがお勧めです。
例のヨットスクールなどで鍛えて貰うのが一番です。
げんこつ制裁あり。
自分がしくじると、自分だけでなく、同じ艇の他の人も海に投げ出される。
死人が出るほどのハードワークで世間の指弾を浴びましたが、私は一理ある教育法と考えています。
是非、参加してみたらどうですか?
まだ有ったかな。

この回答への補足

確かに僕はスポーツをやっていたのは、小学校のときだけでしたから、
すぐ逃げ出してしまう弱い人間かもしれません。
でも、僕としては自分なりに努力しやすい環境を探しているだけなんです。
僕はすぐ逃げ出してしまう弱い人間だけど、
人の気持ちが分からないあなたより、断然ましだと思っています。

補足日時:2013/09/02 16:00
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>ヨーロッパでの進学を進める理由、アメリカでの進学を進めない理由



 ヨーロッパには「哲学がある」がアメリカには哲学がない。これが理由です。アメリカ的思考様式の原点は「二項対立」です。そして「アメリカ的であるか否か」を前提として議論する。これが最大の誤謬ともいえる部分です。
 カリブ海で、そして遠く離れたインドシナ半島や更にその先のペルシア湾であれほどの失敗をしようとも、その根本的な問題にはメス一つ入れないのがアメリカです。「非アメリカ的なるもの」に対し、それが「なぜそうなるのか」を検証せず、「非アメリカ的だから認めることができない」との立場を疑いもしない。これでは単独孤立主義と同然です。
 これに対し、ヨーロッパは「一先ずは違いを認め、その上で『問題を解決するために、もっと別な方法はないか』と議論する」ことが根底にもあります。つまりは「第三の選択肢を模索する」との姿勢であり、それこそが学問を育んできた最大の要素であるといえます。
 アメリカの大学を勧めない理由は、アメリカの大学の殆どが「役に立つための学問」に専門特化しているとの現実もあります。その「役に立つ」との内容が問題であり、利権絡みも多くあります。コンピュータ工学や医療分野には豊富で潤沢な資金援助が基金などの形で設けられますが、社会科学や国際関係論などの分野には直接のメリットが少ないとされ、片隅に追いやられているも同然。
 逆にヨーロッパは直ぐ手近にイスラムやアフリカといった異文化と付き合う形にもなり、避けて通ることのできない現実問題として、社会科学や歴史学そして国際関係論などからの提言を求める形にならざるを得ない。
 この違いです。アメリカが湾岸戦争やイラク・アフガン戦争で見せた「コンピュータゲーム化させた戦争の姿」を憶えていますか?
 あの土煙や硝煙の下では、実際に人間が傷付きそして死んでいった。それを彼等はモニターで眺めるだけだった。こうした理不尽さが貴方の求める理想を実現しようとして渡米する先の実態であり本性です。
 よ~くお考え下さい。そして悩んで下さい。観察者にはならないように常に自己検証を繰り返しましょう。そして、最後に贈る言葉ですが「隣の芝生は青い」となります。

この回答への補足

 

補足日時:2013/08/30 00:14
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【補足】



 アメリカでいいと思いますよ。私はヨーロッパの大学はよく知っているつもりだけれど、別にオクスフォード大や、ケンブリッジ大や、パリ大や、パリ政治学院が偉いわけでも何でもないです。結局、エリート大学は知識を詰め込みまくります。その詰め込み方が少々違うからといって何が変わるわけでもありません。

 で、質問者さん、エリート街道を脱落したところで、アメリカで友達百人作ってきて下さいよ。多様な人種がいるから、それだけで勉強になるでしょう。留学生のコミュニティにも入るだろうけれど、韓国人と中国人と友達になる方法など見つけてみて下さい。「島を返せ」と首を締め上げられるでしょうが、それをうまくかわして仲良くやる方法などね。商売人に必須の才能でしょう(笑)。そしてこういうとき、歴史の勉強をどうやってやるのがいいのかなあなどと考えたりもすることでしょう。また数学ができない同級生などを見て、ああ、日本も悪くなかったかもな、と思ったりするでしょう。高級地区だけじゃなくて、貧困街も見てみて下さい。なぜ是が非でも上に上がりたいと死に物狂いになる人がいるのかが改めて分かります。日本のエリート校でやっている見栄だとか、「逃げ出さない」責任感だとか、ちょっといい暮らしがしたいという動機が甘っちょろいものに見えてくるでしょう。

 こういうのは口で言っても分からない。韓国人らに囲まれて「喧嘩したくねえなあ」と思いつつうまく議論を終えたあとに友達になるとか、しょんべん臭い貧困街で呆然とした経験がないと分からない。「ああ、私は何にも分かっとらんかった」と自分の身を切る経験をしないと、何も始まりません。ちょっと韓国のネタが多過ぎたか(笑)。他にもいろいろありますが、割愛。私は自分の答えを前回の投稿で書いておきました。しかしそれは私が自分で考えた答えです。あなたにとっての答えは、留学した時にこそ、わかりますよ。実は嫌いだった日本にもいいところがあったんじゃないの、って。それが本当のベストアンサーでしょう。

この回答への補足

ありがとうございました。

補足日時:2013/08/29 21:39
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 質問者様の主張は「画一的であることに疑問を持たないの?」との素朴な疑問であると僕は理解しています。

「普通が良い」と日本では考えがちですが、その「普通」とは一体何でしょう?

 日本は全国一律に均質の教育を受けることが可能。でもこれが本当に良いものであるといえるでしょうか。小学校一年生の教科書、それも国語の教科書を開きますと、何が書かれているか。
 東京では桜は花を着けているかもしれませんが、北国では雪が降っていて桜どころの話ではありません。また南の温暖な地域ならば、既に桜は散っていて葉桜になっているかもしれません。
 全国一律の記述が正しいなどと考える誤謬はこうした部分に具体的に表されていることなど、既に教育に携わる者の間では議論し尽くされている話です。
 
 貴方が高校生であるならば、日本史のテキストを開いてみてください。「鎌倉幕府」に関する記述や「正長一揆」に関する記述があるはずです。
 70年代のテキストならば、鎌倉幕府の成立年代を1192年として、また「正長一揆」を「正長の土一揆」と記していました。現在のテキストならば前者は「幾つかの説がある」として三種類ほどの見解を並記し、後者を「正長の徳政一揆」としています。なぜでしょうか。
 背景には歴史学の研究成果に進展が観られたことが作用しているからです。後者ならば「史料の中にある文言のどこに」研究者が着目するかによっても、叙述が異なるとの代表例ともいえます。
 『一揆論』の立場からすれば、徳政一揆と評価することは少なくとも議論の余地があって、「それまでには観られなかった社会構造の変動」を示す用語として「一揆」を使うならば、これは「土一揆」の方が適切であるともいえます。この辺は研究史を少しばかり繙いていただければお解りになります。現在でも日本史学それも中世史研究に関与する者は「正長の徳政一揆」との表記に関してはかなり懐疑的です。
 話は横道にそれましたが、一律的にそれも一つの権力の下で教育および教育的価値が形成される状態は少なくとも問題がある。それは権力が自らの正当性を裏付ける行為でしかならない。それは1945年以前の日本が求めた形と何ら変わりもしない。「自分の頭で考える人間」を育成しない、これが日本の教育制度殊に大学以前の段階が持つ特異性ともいえます。ならば金太郎飴の様な大量生産方式でお茶を濁すだけで十分だろうなどと考える愚かしさと同時にそれがもつ恐ろしさからは目を背けようとする。
 「メヴィウスの帯」との比喩がありますが、隠れたものと隠されたものは常に表裏一体の関係でもある。そうした部分を学ぶなら、日本の大学・大学院で社会科学殊に政治学や政治社会学を専攻し、ヨーロッパの大学に留学することをお勧めします。アメリカの大学はヒモ付きで近視眼的な傾向もみられますからお勧めはしません。

この回答への補足

日本の教育について具体的に語っていただきありがとうございます!
知らないことが多く恥ずかしい限りです。
最後に、諸事情により渡米は決定しています。言葉の壁もあります。
ヨーロッパでの進学を進める理由、アメリカでの進学を進めない理由、
ありましたら、具体的に教えていただけますか?
長々と付き合わせてしまい、すみません。

補足日時:2013/08/29 16:01
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 一応、日本の学歴社会の上にいます。

しかし、あなたの言う通りだと思いますよ。いいよ、エリートから脱落しても胸を張って生きていければいい。勉強の九割は無駄です。やってみてわかるけれど。受験の教科書のくだらないことと言ったらありません。間違いを指摘し始めたら、いくらでもやれますよ(笑)。昔、塾でバイトした時に、教材作っている先生にそれをやってしまい、即時クビになりました。

 でもねえ、無駄な教養もいいものですよ。お隣の韓国など、友達の韓国人に聞いた話の受け売りですが、実用的なこと以外学べないそうです。私の専門は文学ですが、これが韓国だと文学をやってるだって?富国強兵にちゃんと貢献しているのか?と白い目で見られるのだそうです。これじゃ、文化なんて育たないじゃん。「日本のせいだ」「そうかい」と友達と笑ったものです。日本も昔そうでした。二葉亭四迷の名が「くたばってしまえ」のもじりだって知っているでしょう? 富国強兵の中で、文学をやり始めた彼は「くたばってしまえ」と言われたわけです。文化に対する敬意はない。昔の日本も今の韓国と同じだった。これを脱するまでに戦前から約百年かかりました。

 今の日本の教育のよいところ。
 ・無駄な教養を重要視してくれる。高校教育から入社試験に到るまで教養が大切。
 ・こうやって教員の需要を作ってもらった結果、文学をはじめとする寄生虫のような学問が生存できる。
 ・そして伝統や文化などが構築される。

 何だそんなことかと思うかもしれない。しかし「伝統や文化」がないと何が起きるのか。No1の方が先取りしていますが、高等教育を受けるために外国に行くはめになるということです。そういう国はいくらでもある。他の立ち後れている国だとオクスフォード大とか、ソルボンヌ大、あるいはハーヴァードなどアメリカの大学に入学して高等教育を受けるんです。日本は文化がしっかりしているから日本国内で博士までやれる。日本語も日進月歩で変化し、学術的な議論をすることができるまでに鍛えられている。昔は学術ができる言語は、ラテン語とフランス語のみだと考えられていました。英語など素性のしれない怪しい言語だった(笑)。ただこれは十七世紀の話です。今は全然違う。こういう細かいことはOEDあたりに書いてありますけれどね。

 さておき以上が、今の日本の教育の正の側面です。しかしこうやって教養主義を取った結果、なんでこんなこと勉強してるんだろう?知識ばかり詰め込まれるのはなぜ?と訳の分からないことになり、あなたのように脱落する人が発生するわけです。蔑んだりしませんよ。そういうシステムの負を背負ってくれる人がいてこそ、正も成立する。私のような者は食っていけている。むしろ感謝しないとならない。まあ厭味なようですが、そうとしか言いようがない。あなたが負を見てばかりいたシステムの正の側面、おわかりになりましたか。しかしこうした教養主義は、いくつも想定されうるシステムの一つに過ぎません。これだけが絶対的に正しいわけではありません。そこから逸脱して、自分の好きなようにやっていくのも人生の選択です。胸を張ってやってください。

この回答への補足

ありがとうございます!
すごくうれしい気持ちになりました。
やはりどんなものにも正と負、両方の側面がありますよね。
でも、日本はもういいので、アメリカで進学しようかと考えています。

補足日時:2013/08/29 11:02
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