おそらく正解はないのでアンケートに近い質問です。

「おられる」「~ておられる」という表現をどう思いますか。
 おそらく、考え方は3通りあります。

1)使わないほうがいい
 ※「いらっしゃる」を使うべき。「おいでだ」もありでしょう。
2)本動詞の「おられる」は△。補助動詞の「~ておられる」は◯
3)本動詞の「おられる」も、補助動詞の「~ておられる」も◯

 ネット検索しても↑の3説が入り乱れて、何がなんだかわかりません。
 どう考えるのがよいのでしょうか。


 
 以下は参考資料です。
【参考資料】
 辞書類は、「おられる」を認めているものが多いようですが、「無条件」ではないようです。どの程度注釈をつけるのかはケースバイケースです。本動詞の「おられる」と補助動詞の「~ておられる」を区別してはいないと思われます。条件付きの3)でしょうか。
https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%8A%E3%82%8 …
https://kotobank.jp/word/%E5%B1%85%E3%82%8B-4365 …

 ネット検索するとウンザリするほどのサイトがヒットします。
【おられる 敬語】の検索結果。約438,000件
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%81%8A%E3% …
 質問サイトのやり取りや、個人のブログは基本的に無視します。大半は単なる主観でしかないからです(自説を並べるだけではなく「ちゃんと調べている」と思えるものは別です)。
 下記あたりが信用できそうです。

【1】ことばの使い方(社会言語学・敬語)
http://www.alc.co.jp/jpn/article/faq/05/175.html
==============引用開始
 このように考えますと、「おられますか」という表現は、謙譲語である「おります」に尊敬の助動詞「れる」をつけた形式であり、矛盾をはらむおかしな言い方であると言えましょう。

 ただし、この問題には方言差も関与しているように思われます。実際私の方言では「いる」の代わりに常に「おる」が用いられるため、「おられます」は尊敬語としてなんら矛盾のない自然な表現として用いられています。
==============引用終了
 1)寄りでしょうか。ただし、「方言」としてはアリのようです。それは一般にはナシということでは……。「私の方言」は言葉足らずでしょう。

【2】最近気になる放送用語
https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/term …
〈現在では必ずしも不適切ではない、と言われています〉
 3)ですが、相当消極的な許容でしょう。

【3】第22回「鈴木様はおられますか?」は誤用?
http://www.web-nihongo.com/wn/j_manner/22.html/
〈一般的には誤用ですが、厳密には正誤を断定しがたいとも言われます。なぜかと言いますと、地域によっては「いる」の尊敬語「いらっしゃる」を使わず、代わりに「おられる」を尊敬語として用いる所もあるため、一概に誤りと言えない部分があるようです。〉
 3)ですが、相当消極的な許容でしょう。
 2)の考え方も場合によってはアリ、としているようです。

【4】ビジネス敬語の達人 ※信頼性に疑問あり?
http://bizkeigo.koakishiki.com/mail-plural/scene …
 1)です。〈目上の人の「いる」を「おられる」なんて言ってはだめ〉と断定しています。
 ネットで閲覧できるビジネスマナーの類いは、ほとんどが1)のようです。こういう意見が多くなると、例によって「使わないほうが無難」なのかもしれません。

【5】コミュニケーション講師に聞く。間違いがちな敬語マナー
http://news.mynavi.jp/c_career/level1/yoko/2011/ …
 1)です。ビジネスコミュニケーション講師の大嶋利佳さんは〈正しいと思って使っている人が多いようですが、自分から進んで使わないように心がけたい言葉〉としています。

【6】Wikipedia「敬語」 ※信頼性に疑問あり?
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%AC%E8%AA%9E
 3)です。ただし、〈地域差が大きい〉と方言扱いしている観もあります。
 このWikipediaの有力な【ネタ元】と思われる三省堂のサイトは、「おられる」を許容していないようです。
http://www.sanseido.net/main/words/hyakka/sonkei/

【7】『敬語再入門』(菊地康人)の記述
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/8666963.html
 微妙な感じもありますが、1)でしょう。
 以下は一部の抜粋(重言)。

 敬語の問題は、菊地本に従うのがイチバンと考えているが、困ったことにこの「鬼っ子」に関しては、『敬語再入門』の記述も煮え切らない。P.158~159に〈「おられる」──適否の断じにくい敬語(2)〉という項目がある。下記のような文章で始まる。
================引用開始
「申される」とはまた違った意味で、正誤の断じにくい敬語です。
 これも規範的には、「おる」は謙譲語IIなので、それに尊敬語「れる」を付けた「おられる」は誤り、ということになるはずです。しかも歴史的にも(前項の「申される」の場合と違って)、「おられる」を擁護する余地はありません。
================引用終了

 このあと、「おられる」が使われる理由がいろいろ書かれている。詳しいことは原本を読んでほしい。正確には全文を引用するしかないのだが、要点だけを箇条書きにする。
・地域差/個人差がある
「おる」が謙譲語だと思わない人は、尊敬語として「おられる」を使うことに抵抗がない。
・「おられる」全体でひとつの尊敬語と考える人もいる
 背景には「いる」をレル敬語の「いられる」にしにくいことがある。
・使う人が多くなれば、「本来」がどうであっても新しい言い方になる
 そうなりきらないのは、抵抗を感じる人も多いため。
 いろいろ書いて、結びは下記のとおり。
================引用開始
 以上のように「おられる」はすでに誤りともいえないほどではありますが、本来は誤りなのだとか、使わない人は使わないのだということも、知っておいてよいでしょう。
================引用終了

 『敬語再入門』の巻末には「敬語ミニ辞典」がついている。ここでは、「おる・……ておる」は「いる」・「……ている」の謙譲語II、としている。最後に「個人差・方言差」があるとはしているが。
「敬語ミニ辞典」の「おられる」の記述を引用する。
================引用開始
おられる・……ておられる 「いる」・「……ている」意の尊敬語として使うことがあるが、「おる」は本来謙譲語なので、規範的には問題がある。「いらっしゃる・おいでになる」を使えば問題ない。ただし、場面・文体によっては「いらっしゃる」はなじまない場合があり、「おられる」はそのかわりに使われる面もあるようである。
================引用終了

【8】『日本語力の基本』(野口恵子/日本実業出版社)
 〈2)本動詞の「おられる」は△。補助動詞の「~ておられる」は◯〉もよく見聞します。ネット検索ではあまりいいものが見つからなかったので、『日本語力の基本』をあげておきます。
 同書のP.115~では「話しておられます」を〈西日本式敬語〉と断定しています。標準語話者の間にも「~ておられます」がひろまりつつあるが、本動詞は×としています。〈「先生はご自宅におられます」とは言いません〉とのこと。

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A 回答 (7件)

難しい質問ですね。


『以上のように「おられる」はすでに誤りともいえないほどではありますが、本来は誤りなのだとか、使わない人は使わないのだということも、知っておいてよいでしょう。』という菊池氏の言葉が結論になるでしょう。
 わたしは大学教授たちの座談会で次のような発言を聞いた覚えがあります。「関西の先生方は、どうして『書かれておる』のような言い方をするんでしょう」。 その頃からこの問題は始まっていたのです。
 わたしは、古い時代には「存在動詞」が「ラ変動詞」の「有り」・「居(を)り」であり、「上一段」の「ゐる」は別の意味で使用されたと考えていました。それが江戸時代に「をり」に代わって、「ゐる」が使われ出したと思ったのです。
 ところが、次の「日本国語大辞典」から「をり」(おる)と「ゐる」(いる)の説明をぬきだすと、そんな単純なものではなかったようです。(次の引用からは、用例を省きました。膨大な量になりますから)◎印のある場所には特にご注意を。

『おる』〔自ラ五(四)〕を・り〔自ラ変〕

〔一〕ある場所を占めている状態をいう。
(1)そこにある。場所を占めて存在する。
◎(イ)人の場合。自己を卑下したり、他人をさげすんだりする気持の含まれることが多い。
 (ロ)動物の場合。特に外の意味は含まず、単に「いる」の意味。
 (ハ)無生物の場合。上記に同じく、単に「いる」または「ある」の意味。
(2)腰をおろす。すわる。
(3)そのままの状態でいる。そこにとどまっている。居を定める。

〔二〕補助動詞として用いられる。動作、作用、状態の継続、進行を表わす。
◎(イ)動詞の連用形に付く。多く、自分の言動を卑下したり、他人の言動をさげすんだり、または、軽視できるものの作用、状態について表現したりするときに用いられる。
◎(ロ)動詞の連用形に付く。(イ)より進んで、動作主をいやしめ、ののしる気持を強く含めて用いられる。…やがる。
 (ハ)動詞の連用形に、助詞「て(で)」を添えた形に付く。
◎(ニ)((ハ)の形の下にさらに「ます」「まする」「まらする」を付けて)相手にあらたまって言う場合に用いる。
   この場合の例文は下記。
 *虎明本狂言・花子〔室町末~近世初〕「命にはかへられずかやうに致ておりまらする」

《語誌》
 (1)「ゐる」と「あり」との結合したもの。本来、「ゐる」はある場所にすわること、「あり」は継続存在することを意味する。平安時代に入ると、「ゐたり」「ゐたまへり」等の形式が現われ、九五〇年頃から後の和文資料では「をり」の、特に終止法の例が見られなくなる。
◎(2)自己については卑下、他人については軽視の気分を含み、〔二〕(ロ)の用法はそれが文法的に形式化したものと見られる。
◎(3)近代では、「をる」は「ゐる」に代わって、オラン、オッタカ、知ッテオル、ソコニオレなどのように、話者の尊大な気分を示すようになり、同時に「をります」が「ゐます」をいっそう丁寧にしたものとして用いられる。
(4)〔二〕(ハ)と形式的には同じ用法が既に中古に見られるが、まだはっきりとは補助動詞化していないと考えられる。例えば、「観智院本三宝絵‐中」の「我甚くさきものをみれば、かしこなる女の頭にけだもののあぶらをぬりてをるといへば」など。


『いる』 いる[ゐる] 【居】 〔自ア上一(ワ上一)〕

◎動く物がある場所にとどまって存在する。また、低い状態になる。
〔一〕人や動物の場合。
 (1)ある場所に存在する。
◎(2)低い姿勢をとる。腰をおろす。すわる。⇔立つ。
(3)(鳥、虫など飛ぶものが)ある物にじっとつかまる。とまる。
(4)ある地位につく。
(5)ある場所に居を定める。住む。また、外出しないで家にとどまる。在宅する。
(6)ある種類の人間が、抽象的な意味で存在する。ある。
(7)ある人にとって、親族・上司・部下などの社会的関係のもとで、ある人が存在する。

〔二〕植物や無生物の場合。
 (1)(かすみ、雲、ちりなど動くことのあるものが)動かないである。ある物の上にとまって存在する。⇔立つ。
(2)(舟などが)砂について動かないである。停泊する。泊まる。
(3)(水草、氷などが)平らに生じる。
(4)(ふくらみのあったものが)平らになる。
(5)(「腹が居る」の形で)怒りがおさまる。しずまる。→癒(い)る。
(6)(「腹を居る」の形で他動詞のように用い)怒りをしずめる。

〔三〕補助動詞として用いられる。
◎(イ)(動詞の連用形、または、それに助詞「て」を添えた形に付いて)動作、作用、状態の継続、進行を表わす。
(ロ)(「…ずにいる」「…んでいる」「…ないでいる」の形で)ある動作、作用が行なわれない状態の継続を表わす。

『語誌』
 (1)上代には、「ゐる」に当たる終止形に「う」があったと考えられる。→「う(坐)」の語誌。
(2)近世には、次のように「をり(をる)」と同じような活用をさせた例がある。「もししったきゃくがゐらば、をしうりせんと」
(3)中古以前にも、〔三〕(イ)と形式的には同じ用法があるが、まだはっきり補助動詞化していないと考えられる。
◎(4)古くは「ゐる(いる)」自体は動作・運動を表わしたが、次第に奈良時代以前の「をり」に代わり、「り」「たり」を伴って「ゐたり」「ゐ給へり」などの形で、持続的な状態を表わした。「いる」だけで状態を表わせるようになったのは室町時代以後のことと考えられる。また、〔一〕(6)(7)のような抽象的な存在を表わせるようになったのは近代に入ってからで、これらの用法では現代語でも「ある」が用いられることがある。
◎(5)補助動詞の場合、近世上方語では主語が有情物の場合は「ている」、非情物の場合は「てある」が付く傾向が強い。一方、近世後期以降の江戸語では主語の有情・非情にかかわらず「ている」が付き、「てある」はもっぱら他動詞に付けられるようになり、現在に至っている。
(6)「おる(をる)」との差異については、「おる」の項の語誌欄参照。

   「おる」に関連した方言について

『方言』
〔一〕
(1)居る。住んでいる。生きている。
《おる》薩摩「ダガアスケオラルカ(だれがあそこに居るか)」 宮城県加美郡・仙台市・東京都大島・新潟県中蒲原郡・佐渡・富山県東礪波郡・射水郡・石川県輪島市・鹿島郡・福井県大野郡・長野県上田・岐阜県・愛知県・三重県阿山郡・滋賀県彦根・京都府・奈良県南部・鳥取県気高郡・島根県邑智郡・鹿足郡・岡山県津山・真庭郡・広島県・徳島県・香川県・愛媛県(同輩や目下の者に)・熊本県・宮崎県西臼杵郡・鹿児島県鹿児島郡
(2)ものの存在を示す。ある。
《おる》石川県鳳至郡・和歌山市「『蝋燭おりますか』『はい、おります』」・広島県高田郡・高知県・「つるいに水がおらんきねや」

〔二〕補助動詞として用いる。
(1)動作の進行・継続を示す。
《おる》備後・薩摩「newor faraboci mata onaki ネヲル ファラボチ マタ オナキ(うつぶせに、またはあおむけに)」・千葉県夷隅郡・愛知県丹羽郡・滋賀県彦根・兵庫県飾磨郡・奈良県南部・鳥取県倉吉市・島根県・広島県賀茂郡・香川県仲多度郡・綾歌郡・九州・福岡県北九州市・佐賀県三養基郡「しゃてーわてまるけーおる(弟はまりをけっている)」・長崎県壱岐島・対馬・熊本県天草郡・大分県臼杵市・鹿児島県
《おい》鹿児島県屋久島
《うる》沖縄県宮古島「うととまーるうなぎうる(弟はまりを投げている)」
《ゆうる》岡山県上房郡「見ゅーる(見ている)」・邑久郡
《ゆう》高知市「まだ強勉しゆーかね」
《よう》高知県「泣きよー」
《よでる・よおでる》岐阜県北飛騨(尊敬語)
(2)軽い軽べつを表わしたり、意味を強めたりする。
《よ》和歌山県「おりよら(おりましょう)」
(3)(「でおる」の形で)指定・存在の意を表わす。ある。いる。
《おる》愛知県・和歌山県日高郡・《おおろう》東京都八丈島「こけーくろとうれしそーでおーろー(ここへ来るとおもしろそうにしている)」
(4)(否定形「おれん」「おられん」の形で)耐えられない。がまんできない。たまらない。
《おる》香川県「ねぶとておれん」「うれしておられん」

  "お・る[をる]【居】", 日本国語大辞典より。

 本日は辞書の紹介のみにします。
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

>『以上のように「おられる」はすでに誤りともいえないほどではありますが、本来は誤りなのだとか、使わない人は使わないのだということも、知っておいてよいでしょう。』という菊池氏の言葉が結論になるでしょう。

 そう言ってしまうとそれでおしまいのような……。
『日本国語大辞典』からの抜粋ありがとうございます。
 これを見る限り、『日本国語大辞典』は「謙譲語」という書き方はしていないのですね。
 そう考えると、敬語の問題で国語辞典を参考にしてもあまり意味がないのですかね。
 o( ̄ー ̄;)ゞううむ

 ちなみに、『大辞泉』にはいつの間にか「謙譲語I」「謙譲語II」が立項されています。
 ただし、ほかの記述では、区別せずに「謙譲語」にしているようです(「謙譲語」と明言していないことも多々)。
【『大辞泉』に「謙譲語I」「謙譲語II」がのっていた 辞書】
http://ameblo.jp/kuroracco/entry-12071489244.html

お礼日時:2016/01/23 00:51

私自身についてなら 1) です。

使いません。
他の人についてなら 3) です。「ああ、使ってるなあ。」とは思いますがスルーします。

私自身が使わない理由は、「おる」という言葉になじみが無いからだと思います。自分でもよく分かりません。
(私の出身は東北地方です。方言で「おる」は使っていませんでした。)


アンケートに近いとのことなので、学術的裏付けの特に無い自説を述べます。「なるほどそういう考えの人もいるのね。」と、データとして見ていただければ。

この「おる」については、荘重語だと思っています。格式ばった言葉。
あるいは「真面目な話をしているのだ」という立場を表すのでしょうか。そういう意味では役割語なのかもしれません。

例えばニュースなどでは
 ・スピードを下げずにカーブに進入した。
のように、文語の「ず」を使うことがよくあります。

一方でこれを、
 ・スピードを下げないでカーブに進入した。
とすると、くだけた感じというか、下手をすると子供っぽい感じになります。

それと同じで文語の「おる」なのではないかと思います。
敬語表現ではなく、格式ばった表現としての「おる」。

「下げずに」の「ず」が敬語と無関係なのと同様に、「おられる」の「おる」も、敬語と無関係だと思っています。
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

>私自身についてなら 1) です。使いません。
>他の人についてなら 3) です。「ああ、使ってるなあ。」とは思いますがスルーします。
 当方も基本的に同じです。
 うんと乱暴に書くと「ラ抜き言葉」に対する態度に似ています。
 自分では使いません。
 他者が使うぶんにはスルーします。
 ただし、こういう場で質問されたら、「使わないほうがいい」と言います。
 仕事の文章で出てきたら、原則として直します。
 かなりの割合に人に「誤用」「ヘン」と思われる表現をあえて使う理由はないからです。

「荘重語」の定義はあるのでしょうか。おそらく、No.5のかたのコメントにある「武家言葉由来」と似ているかと思います。↑
【2】のNHKのサイトによると〈「おられる」は「いる」の荘重な言い方、という注釈を付けている国語辞書も〉あるそうです。それにしてこのNHKの書き方はなんなのでしょう。辞書の名前がないと、なんの根拠にもなりません。当方は「老人語」と考えています。

>文語の「ず」を使うこと
「ず」って文語ですか?
https://kotobank.jp/word/%E3%81%9A-539402#E5.A4. …
 口語でもフツーに使うと思いますが。
 当方は「〜ませんでした」は極力使いたくないので、かわりに「〜ずにいました」と使うことがあります。
 
>「下げずに」の「ず」が敬語と無関係なのと同様に、「おられる」の「おる」も、敬語と無関係だと思っています。
「ず」「おる」は敬語に関係ありませんが、「おられる」は尊敬語ではありませんか?

お礼日時:2016/02/08 23:24

「青空文庫」検索によれば、


致され        96例
参られ       113例
申され       440例
おられ(をられ) 1000例以上+95例
 がヒットしました。「KOTONOHA」でも相当数がヒットします。これは単なる方言ではなく、武家言葉由来と考えられます。夏目漱石などは東京生まれの東京育ちですから、方言にはあまり関係無いはずです。(一時的に松山や熊本に居住しましたが)
なお、上記で出てきた「作者名」は
尾崎紅葉 森鴎外 宮沢賢治 泉鏡花 小泉節子 幸田露伴 芥川竜之介 夏目漱石 三遊亭円朝 直木三十五 高村光雲折口信夫 紫式部(与謝野晶子) アンデルセン(森鴎外) 太宰治  宮本百合子  菊池寛  島崎藤村  鈴木三重吉  下村湖人

時代小説作家は
 佐々木味津三 岡本綺堂 国枝史郎 山中貞雄 夢野久作 海野十三  高山樗牛 林不忘  中里介山  邦枝完二  等です。
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この回答へのお礼

多くは「武家言葉由来」なのかもしれません。当方流の雑な言い方をするなら「老人語」。
 歴史的な推移は当方にはまったくわかりません。
 ただ、現在も西日本では「いる」のことを「おる」と言い、「いらっしゃる」を「おられる」と言うそうなので、どこかで混線しているのかもしれません。

お礼日時:2016/02/02 21:28

前回は辞書の引用で終わりましたが、この「おる」に対する認識が必ずしも妥当とは言えない形で論じられていることを指摘しておきます。

例によって「青空文庫」と「KOTONOHA」の検索結果を書きます。「青空文庫」ではとんでもない数がヒットしました。ここに引用できる程度ではないので、次の2例だけ紹介します。

 方は、犬塚君はいろんな文学雑誌なんぞを好く見て<おられる>から御承知でしょうが、Turgenjew の父等と子等と
    森鴎外「食堂」

 いうものが政権を持って<おっ>てその上に天子様が<おられる>という。これは一般の法則でないという処から、
   夏目漱石「模倣と独立」

一方、「KOTONOHA」では500件がヒットしました(おそらくこのサイトの最大件数)。その大半は「~ておられる」の形(補助動詞)です。

 NHKのサイトで、「戦後の大きな敬語変化の一つは、従来の謙譲語が変化し、それらがていねい語化しつつあることですが、『おられる』はその代表例です。」という発言は、全くの虚偽です。そんな戦後の話ではありません。漱石や鴎外は戦前の作家です。というより、もっと古い時代の人です。
 また、「方言由来」説にも、問題があります。確かに、前回に紹介した『「おる」に関連した方言について』で見られるとおり、関東地区を取り巻く形で日本の各地に残っています。その影響だという考えは間違いです。一旦成立した「共通語」の中に方言が入ってきて、大きな顔で定着しているなどという考えは「方言」を知らない人の考えです。
 柳田の「蝸牛考・方言周圏論」にあるように、文化の中心地から「言葉」は周辺に広がっていき、それぞれの土地で少しずつ形を変えて定着します。方言を「それぞれの土地で勝手に言葉を作り出した」のが方言だと考える人がいます。確かにそういう例はあると思います。しかし、東北で使われる「べい」という言葉が「べし」の変形であり、九州の一部で使われる「よか」が「よかる」(「よし」という形容詞の連体形)の変形だということからだけでも、方言の本質が分かるはずです。
 日本においては、文化の中心が中世末期に上方から江戸に移動してしまったため、かつて共通語の中心にあった、上方の言葉が一方言と見なされるようになってしまいましたが、これは特殊な現象です。しかも、江戸期の「江戸語」と「上方語」は庶民の中でも厳しく対立していましたから、「おる」という上方語をわざわざ取り込む動きなど考えられませんでした。
 結論を急ぎましょう。「おる」は武家言葉由来です。ご存じのとおり、江戸に住まいする武士は幕府関係者や旗本を除くと、諸国の武士が多く集まっていました。江戸詰という形で長期間滞在する者、参勤交代によって短期間滞在する者など相当数の武士が住んでいました。彼らはそれぞれの藩の中だけで育ち、当然方言を背負っていました。しかし、江戸在住の人たちと言葉を交わす必要上、「武家言葉」とも言うべきものが出来上がっていきました。
 一方、商人・職人の人たちも各地から集まりましたが、この人たちは、江戸に永住するつもりで来た人びとです。やがて各地の言葉がいりまじり、「言葉の坩堝(るつぼ)」とも言うべき状態になって、「下町言葉」が成立しました。これが共通語となってもよかったのですが、そうはならなかったという事情があります。これ以上述べるのはかえって無駄にも思えるので、話を戻してこの「武家言葉」こそが共通語の中に、方言じみた「おる」を残してしまったのです。
 謙譲語Ⅱという言葉が話題になりますが、その例にあげられる幾つかの言葉は「武家言葉」由来のもので、「おる」の外に「申す」「いたす」「参る」「存じる」は、非常に特色があります。
 1.自分の側に使うと、尊大な言い方になる
 2.「ます」をつけて自分の側に使うと、謙譲語になる
 3.相手の側に使うと、卑しめる言い方になる
 「申す」を例に取れば、「わたしは○○と申す」というと、謙譲でも何でもなくて、威張った言い方です。「○○と申します」は謙譲表現。「早く申せ」「何を申しておるか」これらは見下した言い方です。「おる」も同様で、「ここで待っておる」は尊大な言い方で、「存じております」は謙譲。「何を致しておるか」は見下した言い方です。
 関西方言に押しつけて「方言由来」と言っているよりは、「武家言葉由来」とした方が公平でしょう。
さて、一番問題の「おられる」ですが、これを使う人が古くから相当数いることを認めた上で、多少擁護するなら、「おる」を自分の側に使えば「尊大語」になるといいましたが、その尊大さを認めた上で「れる」という尊敬の助動詞をつければ「尊敬の意味がより高くなる」。「いる」のような無色透明な語に「られる」をつけても「いられる」(事実上はほとんど使いません)という形になりさほど敬意は感じられません。
 鋭い方は、お気づきのとおりこの結論はひどい「ごまかし」があります。それは、自分の側に使えば「尊大」であるが、相手に使えば、「見下した表現」であって、その見下した言い方に「尊敬の助動詞」をつけるとは、質問者がおっしゃるように、本当は具合が悪いのですが、以前「連用中止法」を使う場合に、「既に社会に認知されており、敢えて間違いだという必要はない」のような「おり」の使い方は、かなり浸透しています。同様に、「~と○○氏は書いておられます」は多分便利な使用法だと思います。「~と○○氏は書いていらっしゃいます」はこの部分だけ大げさになるし、「○○氏は書いています」では筋違いだし、かといって「~と○○氏は書いていられます」は不自然です。
 以上、いろいろ書いた割には、要領をえない結論になりました。しかし、「青空文庫」などの検索結果はやはり尊重しなければなりません。
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この回答へのお礼

>NHKのサイトで、「戦後の大きな敬語変化の一つは、従来の謙譲語が変化し、それらがていねい語化しつつあることですが、『おられる』はその代表例です。」という発言は、全くの虚偽です。
 これはたしかにどこかで話がねじ曲がっていますね。
 公共放送の時代劇にも頻出する気がします。

>「方言由来」説にも、問題があります。
 これはなんとも……。
 菊地先生や辞書をはじめ、そういう説が強いもので、とても反論する気にはなれません。

>謙譲語Ⅱという言葉が話題になりますが、その例にあげられる幾つかの言葉は「武家言葉」由来のもの
 たしかにそうですね。これは考える価値がありそうですが、「武家言葉」自体が曖昧なような。

 最後にちょっと暴論に近いことを。
 古い時代には「おられる」「~ておられる」はけっこう使われたと思います。ただ、現代の言葉としては……。
 方言か老人語……って気がしなくはありません。
「間違い」ではないでしょうが、自分では使いません。

お礼日時:2016/01/29 23:26

敬語にうるさい東京の女子校を出ましたが、使ってもまったく問題ないと考えております。



もちろん、ベテラン・アナウンサーの多くがしておられるように、これを「おる」「~ておる」と混同するのはいけません。「おる」はもちろん謙譲語です。そこに「られ」がつくから「おられる」という尊敬語になるのだと理解しております。

「多くの方々が混同しておられます」○
「多くの方々が混同しております」×
「混同なさっている」○
「混同なさっておる」×(ただし、末尾に「おっほん」を付ければ、もったいぶった男性などが使う敬語として成り立つ)

ちなみに、そもそも言葉は変化するものなので、「おる」ではなく「おられる」なら固いことは言わなくてもいいのではないかとも思っております。例えば、私の学生時代には「すみません」という言葉を使うのはとんでもないことでしたが、今は先輩方も問題なく使っておられます。
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

〈東京の女子校〉で〈まったく問題ない〉はちょっと意外です。
 東京のかたは異和感を持つと考えていました。

 理解のためにできるだけ↑の枠組みで考えたいと思います。
 3)ですね。
 ただ、〈「おる」はもちろん謙譲語です。そこに「られ」がつくから「おられる」という尊敬語になるのだと理解しております〉はやや疑問です。
 ↑の【1】【7】をご確認ください。
 仮にこれで尊敬語になるなら、下記はどうでしょうか。

申される
参られる
いたされる

〈そもそも言葉は変化するもの〉……そのとおりだと思いますが、ケースバイケースでしょう。なんでもかんでもそれで済ませてしまう傾向があることには異和感があります。

お礼日時:2016/01/17 12:53

「いらっしゃる」


「おみえになる」
を使う。

>〈「先生はご自宅におられます」とは言いません〉
その通り。
「先生はご在宅です」になります。

・・・
まあ、それでも意味は通じるのだ。
普段は難しく考える必要はない。
でなければ地方の言葉をことごとく否定することになってしまう。
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

 理解のためにできるだけ↑の枠組みで考えたいと思います。
 1)ですね。
「おみえになる」は、いわゆる共通語では「来る」の尊敬語では。
 中京圏では「いる」の尊敬語だと思いました。

 本動詞の「おられる」は×とお考えのようですが、補助動詞の「~ておられる」だと違いはありますか?
「方言」に関してはNo.1の「お礼」をご参照ください。

お礼日時:2016/01/17 12:45

「どう思うか」でいいんですよね。



西日本に住んでいた時は「おられる」が当たり前に使われていましたが、関東に出てきてからは「いらっしゃる」を使うようにしています。それで聞き慣れたというのもありますが、「おられる」はやはりローカル色が強いので、少なくとも関東ではあまり正式な敬語という感じがしません。
(勿論それが普通の地域ならいいと思います。ローカルな敬語・丁寧語というのも確実にありますので。)

ちなみにですが、以前住んでいた所では、本動詞でも補助動詞でも「おられる」が「大人のちゃんとした敬語」として当たり前に使われていますよ。

方言に正しいも何も無いのと同じで、別に正解を1つに絞らなくてもいいんじゃないでしょうか。「許容」とおっしゃっていますが、ローカルな言葉を使うのに一体誰の許可を得なきゃならないのか?というのもありますし。
他者の故郷やアイデンティティに敬意を持つことが、一番の「マナー」なのではないでしょうか。
むしろ心配なのは「おられる」が使われている地域でそれがどう見なされているか、かもしれませんね。他所の人がどう言おうと「無知な他所の人」でしかありませんが、その地域の人達が自分達のアイデンティティをどのくらい大事に出来るかは、やはり大きな問題だと思います。
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

 アンケートに近いんで、「どう思うか」で構いません。
 ただ、理解のためにできるだけ↑の枠組みで考えたいと思います。
 3)ですね。ただし「方言」であると。
 別に〈誰の許可〉を得る必要はないと思いますが、〈許容〉は辞書などの態度?的な使い方をしています。
「方言」と言ってしまうと、ある意味なんでもアリでしょう。それは「一般的ではない」とも言えます。
 辞書が極力避けているのも、そのせいだと思います。
 たとえば諸説ある「ラ抜き言葉」も、「一部地域の方言」と言ってしまえば、話が終わってしまうような。

 ……知外方言。(←オイ!)

おる おられる おられた おられます【まとめ】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2801. …
==============引用開始
【3】「おる」はそもそも方言由来ではないのか? 
 いままでにもちょこちょこ出てきているが、「おる」は元々(主として関西方面の)方言だったのでは……という説がある。辞書ではそのことにほとんど触れていないのはなぜなんだろう。
『大辞泉』に〈「いる」に比べて方言的な響きを帯びる〉とあるだけ。これはずいぶん持って回った言い方をしている気がする。
==============引用終了

お礼日時:2016/01/17 12:40

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Q日帝残滓を徹底的に排除して来たニダーランド なぜ日本語文法に改悪された新ハングルを捨てない?

朝鮮人主観的に質問すると、
1506年にハングルを自ら捨てなかった朝鮮に
日本統治下で日本語風に改悪された日本語文法を
取り入れた新ハングルをなぜ大韓民国様は
棄てないニダ?
ハングル復活などない、元々ずっと使っていたと
豪語するのは100万歩譲って良いとして、
なぜ文法を元の中華文法に戻さないアルか?
漢字を捨てて文法は日本語版・・・BAっKAじゃない?
歴史改ざんはお手の物なにユートピア文法の創造が
なぜ出来ないニダか?しないニダか?

Aベストアンサー

日本列島は古代朝鮮の領土だったニダ。
#最近の流行...
当然、日本語も文化もウリが伝えたニダ。
結論
 日本語に似ているのではなく、日本語の方が似ている。
ネットに有ったから、間違いないニダ!!

--------------------------------------
韓国語
http://dic.nicovideo.jp/a/%E9%9F%93%E5%9B%BD%E8%AA%9E
>韓国語は、アルタイ諸語の一つに数えられることの多い言語である。
>日本語とは文法的に似通っている面があるが、両言語の関係は不確かな
>ことが多く、依然として不明である。

Q敬語の「お~」と「ご~」の違いはなんですか? 例えば、「お返事」と「ご返事」、「お家族」と「ご家族」

敬語の「お~」と「ご~」の違いはなんですか?
例えば、「お返事」と「ご返事」、「お家族」と「ご家族」は同じでしょうか?
ありがとうございます!

Aベストアンサー

丁寧語の接頭語は基本的に、
訓読みの語(和語)には「お」が付き
音読みの語(漢語)には「ご」が付く
例外もあります。

「お」と「ご」の使い分け
で検索してみました。
https://www.google.co.jp/search?q=%E4%B8%81%E5%AF%A7%E8%AA%9E%E3%81%AE%E3%80%8C%E3%81%8A%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%80%8C%E3%81%94%E3%80%8D%E3%81%AE%E4%BD%BF%E3%81%84%E5%88%86%E3%81%91&ie=utf-8&oe=utf-8&client=firefox-b&gfe_rd=cr&ei=0eYRWa2OF6XU8AeYypkY#q=%E3%80%8C%E3%81%8A%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%80%8C%E3%81%94%E3%80%8D%E3%81%AE%E4%BD%BF%E3%81%84%E5%88%86%E3%81%91

http://2ri-ex.cocolog-nifty.com/igosso/2016/11/post-5d83.html

「お返事」? 「ご返事」?
https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/term/148.html

お家族は使わないと思います。

丁寧語の接頭語は基本的に、
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Q国文法と日本語文法の違い。

義務教育で行なわれる国語の時間の国文法と、外国人に日本語を教える日本語教育のための日本語文法とでは内容に違いがあるとのことですが、どのように違うのでしょうか。
例えば、日本語文法でも「未然・連用・終止・連体・仮定・命令」や、「五段・上一段・下一段」などの活用を外国人に教えるのでしょうか。
一方、国文法では「イ形容詞」「ナ形容詞」などという事柄は無いというのを読んだ気がしますがこれは本当ですか。
詳しい中身や、体系の違いを知りたいのですが、御存知の方おられましたらよろしくお願い致します。

Aベストアンサー

「義務教育で行なわれる国語の時間の国文法」は,普通「学校文法」と呼びますので,ここでもその言い方を使います。
一方「外国人に日本語を教える日本語教育のための日本語文法」は,便宜上「日本語教育文法」と呼ぶことにします。

学校文法は,橋本進吉の学説(橋本文法)が土台になっており,また,高校で学ぶ古文につなげるため,文語文法との一貫性を重視しているところがあります。
一方,日本語教育文法では,古文のことはあまり考えず(レベルが上がってきてから改めて考えることにして),さしあたって現代の日本語だけを理解するのに便利です。

>日本語文法でも「未然・連用・終止・連体・仮定・命令」や、「五段・上一段・下一段」などの活用を外国人に教えるのでしょうか。
前者の6活用形は,通常は教えません。別の活用形を設定します。
活用形の設定のしかたは,これまたいろいろな流派がありますが,「基本形(あるいは終止形,学校文法の終止形に同じ)」「マス形(学校文法の連用形)」「テ形(学校文法の連用形,音便があるときは音便になった方)」「ナイ形(あるいは否定形,学校文法の未然形+ナイ)」「条件形(仮定形+バ)」「過去基本形(連用音便形+タ)」などがよく見られます。

一方,後者の活用の種類は,教えます。
「五段」などの名称を使わない流派もありますが,基本的には学校文法と同様です。

>一方、国文法では「イ形容詞」「ナ形容詞」などという事柄は無いというのを読んだ気がしますがこれは本当ですか。
国文法にもまたいろいろな学説がありますが,学校文法に限っていえば本当です。
「イ形容詞」だけを学校文法では形容詞と呼び,「ナ形容詞」は形容動詞となります。古文の形容動詞(ナリ活用,タリ活用)の名残だからです。

他にも,学校文法では助動詞に入れられる「AはBだ」の「だ」を,独立して「判定詞」として扱ったりします。
韓国語の指定詞(イダ,アニダ),英語のcopula(be動詞など)に通じるものがあるような気がします。

なお,韓国語は日本語にかなり近いところがありますので,日本の学校文法を使って教えることがよくあります。
韓国の高校の第2外国語の中に日本語がありますが,この教科書を見ても,日本の学校文法に則った説明がされていますし,日韓辞典をみると,品詞の立て方や巻末の活用表など,日本の国語辞典と同様です(もっともこれには,国語辞典を元にして作っているという事情もあるのでしょうが)。
したがって,ウィキペディアに
「日本語を母語としない人に対する日本語教育においては、もはや橋本文法で指導を行っている教師は皆無といっていい状況である。」
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%96%87%E6%B3%95)
と書いてあるのは,ちょっと言い過ぎではないでしょうか。
外国人の日本語学習者の中で韓国人の数はつねにトップクラスですから。

>詳しい中身や、体系の違いを知りたいのですが
それぞれの詳しい中身は,たくさん本が出ていますので,それを見ていただくのが早道でしょう。
特に学校文法については,中学生向けのかなり詳しい国語文法の参考書がたくさん出ていますので,書店などで手に取ってみてください。

日本語学習文法の本もたくさんありますが,わりとスタンダードなのが
益岡隆志・田窪行則著『基礎日本語文法(改訂版)』くろしお出版
http://www.amazon.co.jp/dp/4874240666/
です。
いかにも文法書というか,わりとさらっと書いてありますので,これの副読本とでもいうべき
益岡隆志著『24週日本語文法ツアー』
http://www.amazon.co.jp/dp/4874240844/
を併読されると理解が深まるかと思います。(説明が丁寧で,とても読みやすい本です。)
また,ウェブ上では
「庭 三郎 の 現代日本語文法概説」
http://www.geocities.jp/niwasaburoo/index.html
というサイトがなかなか詳しいです。

体系の違いを詳しく書いた本は…どなたか教えてください。私も読んでみたいです。

ついでに,市販の国語辞典は,基本的に学校文法に従っていますが,細かく見るといろいろと違いがあります。
例えば,広辞苑は昔から,形容動詞を認めず,「名詞+だ」としています。
また,ある辞典では,形容動詞(口語の)に「ダ型活用」と「タルト型活用」の2種類を設定しています(後者は例えば「堂々たる」「堂々と」の2つだけの活用形を持つ)。
これに対し別の辞典では,「堂々たる」は連体詞,「堂々と」は副詞,としています。

そんな現状を反映してか,中学生向けの文法参考書でも,細部は異説がある,ということが最近では書かれるようになってきました。
ただ,さすがに形容動詞を認めない説や,日本語教育文法については,書いてないですね。
もし下手に書いたりしたら,生意気盛りの中学生が他の説に従って答案を書いて,国語の先生を困らせかねないからかもしれません。
(というのは冗談で,本当は,最初からいろいろな説を書いたのでは,初学者は混乱するからでしょう。)

あれこれ書いてきましたが,たぶん,私などよりずっと詳しい方がいらっしゃると思いますので,不備・不足がありましたら補っていただければ幸いです。

「義務教育で行なわれる国語の時間の国文法」は,普通「学校文法」と呼びますので,ここでもその言い方を使います。
一方「外国人に日本語を教える日本語教育のための日本語文法」は,便宜上「日本語教育文法」と呼ぶことにします。

学校文法は,橋本進吉の学説(橋本文法)が土台になっており,また,高校で学ぶ古文につなげるため,文語文法との一貫性を重視しているところがあります。
一方,日本語教育文法では,古文のことはあまり考えず(レベルが上がってきてから改めて考えることにして),さしあた...続きを読む

Q上司が先に帰る時、なんと言葉をかければよいのでしょう?(「お疲れ様」「ご苦労様」「お世話様」「お気を付けて」以外で)

「ご苦労様」や「お疲れ様」は相手をねぎらう言葉なので目下のものが目上の人に使ってはいけない、という風潮の職場で、上司が先に帰る時「お先にね~」と言われて、かける(交わす)言葉が見つからなくて、どうにも困ってしまいます。だまっているわけにもいきませんし…。

会釈のみや言葉を濁す(「どうも」など)のが本来は正しいという回答もあるようですが、上司がそれで正しいと認識していればそれでよいのですが、「きちんと挨拶もできない」と思われそうですし、できれば言葉でなにか挨拶を交わしたいのです。

「お気を付けて(お帰りください)」ならOKかなと思うのですが、どこか偉そうな感じがしますし仮にこれでOKだとしてもこればっかり毎日使うのも何だかなぁ…と思います。
「お世話様でした」もなんだか偉そうですし、別に直接関わりがあってお世話されたわけでもないし…それに何か「お世話」という言葉があまり好きではありません。
どちらにしても“ねぎらって”いる言葉のように思います。

やはり上司をねぎらう言葉がタブーの場合は、かける言葉は日本語にはないのでしょうか・・・(><;
「ありがとうございました」でも帰る時に毎日かける言葉としては何かヘンな気がしますし…

他にも同じような内容の質問で何度も議論されているようなのですが、どうも納得のいく答えがなく気になるので、質問させていただきました(^_^;
答えは見つからないかもしれませんが…
何か他の適切な言葉がありましたら、よろしくお願いいたします。
(「お疲れ様」でも構わない、という回答はナシでお願いします)

「ご苦労様」や「お疲れ様」は相手をねぎらう言葉なので目下のものが目上の人に使ってはいけない、という風潮の職場で、上司が先に帰る時「お先にね~」と言われて、かける(交わす)言葉が見つからなくて、どうにも困ってしまいます。だまっているわけにもいきませんし…。

会釈のみや言葉を濁す(「どうも」など)のが本来は正しいという回答もあるようですが、上司がそれで正しいと認識していればそれでよいのですが、「きちんと挨拶もできない」と思われそうですし、できれば言葉でなにか挨拶を交わしたいので...続きを読む

Aベストアンサー

>かける言葉は日本語にはないのでしょうか
…………実はないのです(T_T)本当に困りますよね。

「明日はよろしくお願いします(翌日、上司と出掛けるとか、上司と一緒に行動する普段とは異なる予定がある時)」
「今日は○○の件、ありがとうございました(上司に助けてもらったとき)」
「今日は○○の件、申し訳ありませんでした(迷惑をかけたとき)」
何かある(あった)ときはこんな感じですが、何もないときは、「あっ、はーい(ニコッと会釈)」で乗り切っています(^^ゞ
「お気をつけて」は言葉としてはいいのですが、お客様向けのような感じがしてなかなか普段の会話の中では使い辛いですよね。

この場をお借りしてanytime-さんへ
anytime-さんの貼られた最初のURL中にも記述がありますが、「ご苦労様」も「お疲れ様」も、どちらも相手をねぎらう言葉です。
実は、目上の方をねぎらうことはNGなのです。「自分は能力がないから苦労したり疲れたりするけど、能力のある偉い方はその程度のことで苦労したり疲れたりするはずがない」と考えるものなのだそうです。ですから、今でも年配の方の中には「お疲れ様」「ご苦労様」のどちらも目下から言われることを嫌う方がいます。しかし目上の方にかける言葉がないままでは不便なので、最近のビジネスマナーでは「お疲れ様でした」なら目上にも可、となってきたのです。

>かける言葉は日本語にはないのでしょうか
…………実はないのです(T_T)本当に困りますよね。

「明日はよろしくお願いします(翌日、上司と出掛けるとか、上司と一緒に行動する普段とは異なる予定がある時)」
「今日は○○の件、ありがとうございました(上司に助けてもらったとき)」
「今日は○○の件、申し訳ありませんでした(迷惑をかけたとき)」
何かある(あった)ときはこんな感じですが、何もないときは、「あっ、はーい(ニコッと会釈)」で乗り切っています(^^ゞ
「お気をつけて」は言葉としてはいいのですが...続きを読む

Q日本語文法

英語の文法は、ものすごく体系的にすっきりしているように思います。
例外はたくさんありますが、規則正しいなぁと感じます。
私は日本語の文法を知りません。

日本語の文法も、英語の文法みたいに、綺麗な規則性があるんですか?
ふとした疑問です。

Aベストアンサー

日本語を母語に育った人ですよね?

外国語を学ぶ時は、体系的に学べるように規則性をもって学びます。
なので余計に「英語のほうが。。。」と思うのではないでしょうか。

外国の方が日本語を学ぶ教科書を見てみるといいですよ。(図書館にあります)
規則的に整って書いてあり、体系的に学べるうになっています。

英語より日本語の方が、微妙な事象に対する表現がそれぞれにありますので、難しいとは思いますが。

Q「~したほうが」の「た」は何でしょうか。「~したほうが」と「~するほうが」は使い分けておられるでしょうか。

 日本語を勉強中の中国人です。日本語の参考書を読む時に、「カードを使って引き出すほうがかんたんです」という文が目に止まりました。そこで長年すっきりしていないことを思い出し、皆様のご意見をお聞きください。

 日本語の教科書で習ったのは「~したほうが」という構造ですが、「~するほうが」もあちこちでよく見かけるような気がします。上記の「引き出すほうが」がまさにこの一例です。そこでお伺いしたいのですが、「~したほうが」と「~するほうが」は日本の方にとっては、二者のニュアンスを意識して使い分けておられるでしょうか。「~したほうが」の構造の中で、「た」は何のため入れたのでしょうか。私はこれまで、わけも判らず「しかたがない、ルールなの」と丸暗記しています。以前どの質問かのきっかけで動詞の過去形にしたほうが、丁寧に聞こえることにも少し触れたような感じです。そうでしたっけ?「~したほうが」の「た」は過去形の「た」ではないような気がします。GOOGLEでも検索してみたのですが、両方とも相当の件数があり、その違いがよく分かりません。ご存知の方、ぜひともご知恵をお貸しくださいませ。

したほうが 2,350,000 件
http://www.google.com/search?hl=ja&newwindow=1&q=%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%BB%E3%81%86%E3%81%8C&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=

するほうが 1,550,000 件
http://www.google.com/search?hl=ja&newwindow=1&q=%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%BB%E3%81%86%E3%81%8C&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=

 自然な日本語で文章を書きたいと思っていますので、よろしければ質問文の添削もしていただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。

 日本語を勉強中の中国人です。日本語の参考書を読む時に、「カードを使って引き出すほうがかんたんです」という文が目に止まりました。そこで長年すっきりしていないことを思い出し、皆様のご意見をお聞きください。

 日本語の教科書で習ったのは「~したほうが」という構造ですが、「~するほうが」もあちこちでよく見かけるような気がします。上記の「引き出すほうが」がまさにこの一例です。そこでお伺いしたいのですが、「~したほうが」と「~するほうが」は日本の方にとっては、二者のニュアンスを意...続きを読む

Aベストアンサー

外国人への日本語支援ボランティアをしているものです。
私もよく判りませんので、くろしお出版の「日本語文型辞典」を調べてみました。見出し語「Vほうがいい<忠告>」で載っていましたよ。以下引用します。ただし例文は省略します。
(引用の始まり)
よいと思われることを述べて、聞き手に対して忠告やアドバイスをするときに使う。動詞の辞書形・タ形・否定形に付く。
辞書形を使っても、タ形を使ってもそれほど大きな違いはないが、聞き手に強く勧める場合にはタ形を使うことが多い。例えば、現在風邪をひいている人に面と向かって言うような場合には「V‐たほうがいい」が使われる。ただし、否定形は常に「~ない」の形で用いられ、「~なかったほうがいい」という形は使うことができない。
(引用おわり)
上記の他にも「~ほうがましだ<選択>」、「~ほうがよかった<後悔>」という見出し語の文型についても記述がありますが、内容は省略します。ご参考まで。

Q英語で書かれた日本語の文法書で有名な物を教えて

日本人向けに日本語で書かれた英文法書といえば、『英文法解説』や『ロイヤル英文法』や『詳解英文法』等たくさんありますが、これらに匹敵する英語で書かれた日本語の文法書はありますか?

Aベストアンサー

こんにちは。

英文法書と違って、あまり売れないので高くなります。

1.Japanese: A Comprehensive Grammar

http://www.amazon.co.jp/Japanese-Comprehensive-Grammar-Grammars/dp/0415687373/ref=sr_1_cc_3?s=aps&ie=UTF8&qid=1365634760&sr=1-3-catcorr&keywords=comprehensive+grammar+of+japanese

2.A Reference Grammar of Japanese

http://www.amazon.co.jp/Reference-Grammar-Japanese-Samuel-Martin/dp/080481550X/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1365634958&sr=8-1&keywords=a+reference+grammar+of+japanese

3.付録:日本語で書かれたもの

 「現代日本語文法1 第1部総論 第2部形態論」(全7冊の第1巻)

http://www.amazon.co.jp/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E6%96%87%E6%B3%951-%E7%AC%AC1%E9%83%A8%E7%B7%8F%E8%AB%96-%E7%AC%AC2%E9%83%A8%E5%BD%A2%E6%85%8B%E8%AB%96-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E8%A8%98%E8%BF%B0%E6%96%87%E6%B3%95%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A/dp/4874244750/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1365635056&sr=8-2&keywords=%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E6%96%87%E6%B3%95

まあ、こんなところです。

saburoo

こんにちは。

英文法書と違って、あまり売れないので高くなります。

1.Japanese: A Comprehensive Grammar

http://www.amazon.co.jp/Japanese-Comprehensive-Grammar-Grammars/dp/0415687373/ref=sr_1_cc_3?s=aps&ie=UTF8&qid=1365634760&sr=1-3-catcorr&keywords=comprehensive+grammar+of+japanese

2.A Reference Grammar of Japanese

http://www.amazon.co.jp/Reference-Grammar-Japanese-Samuel-Martin/dp/080481550X/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1365634958&sr=8-1&keywords=a+reference+grammar+of+j...続きを読む

Q「~てもらう」「~てあげる」と「もらう」「あげる」

タイトルに書いた「~てもらう」「~てあげる」のことをやりもらい表現というのでしょうか?
では「もらう」「あげる」は何と言うのですか?
これらの違いはなんというのでしょうか?
授受表現や補助表現とは違うのですか?

またこのような表現は英語ではないと聞いたのですが本当ですか?
なぜ日本にはあるのでしょうか?

Aベストアンサー

研究者によって用語やそれに含まれる範囲が異なるのでやっかいですが。
まず,「くださる・くれる・さしあげる・あげる・やる・いただく・もらう」を基本「授受動詞」あるいは「やりもらい動詞」といいます。

さらにこれらを補助動詞として用い,動詞の連用形+「て」につけて,「~てくださる・~ていただく・~てくれる・~てもらう・~てさしあげる・~てあげる・~てやる」とすることができます。

また視点を変えて,ものや情報のやりとりをすべて「授受」と捉えるならば,「貸す・借りる」「売る・買う」「教える・教わる」も含めることができます。

ある人はこれらすべてを「やりもらい表現」「授受表現」と呼び,またある人は基本授受動詞とその補助動詞用法をあわせて「やりもらい表現」「授受表現」といいます。またもっと広く「行く・来る」などとの関連から考察する人もいて,なかなか面白い分野です。


>このような表現は英語ではないと聞いたのですが本当ですか?

別の方法を用います。たとえば間接目的語。
I opened him the bottle. / I opened the bottle for him.
「私は彼に瓶を開けてやった」
My father bought me a camera. / My father bought a camera for me.
「父は私にカメラを買ってくれた」
Bring me the book. / Bring the book to me
「その本を私に持って来てくれ」

研究者によって用語やそれに含まれる範囲が異なるのでやっかいですが。
まず,「くださる・くれる・さしあげる・あげる・やる・いただく・もらう」を基本「授受動詞」あるいは「やりもらい動詞」といいます。

さらにこれらを補助動詞として用い,動詞の連用形+「て」につけて,「~てくださる・~ていただく・~てくれる・~てもらう・~てさしあげる・~てあげる・~てやる」とすることができます。

また視点を変えて,ものや情報のやりとりをすべて「授受」と捉えるならば,「貸す・借りる」「売る・買...続きを読む

Q日本語・韓国語・中国語の文法

こんにちは。

日本語と韓国語は文法がほとんど同じですよね。

これは、今の日本人の祖先の大部分が朝鮮半島にルーツを持つことから理解できるのですが、陸続きで、しかも同じ漢字文化を持つ中国と韓国・北朝鮮の言語文法が違うのは何故なんでしょう?

それと沖縄の元々の言語:琉球語は最初から日本語と同じような文法だったのでしょうか?
地理的に見ても、本島は九州と台湾の中間辺り、宮古島や石垣島に至っては、台湾のすぐそばですよね。それでも文法的に中国語の影響は受けなかったのでしょうか?

また、日本や韓国と同じような文法(S+O+V の語順など)を持つ言語はほかにあるのでしょうか?

たくさん質問してすみません。
わかる範囲でお答えいただければうれしいです。

Aベストアンサー

 日本語と同じような語順を持つ言語は、世界の言語の中にも数が多いです。東洋では朝鮮語・満州語・現代蒙古語・アイヌ語がそうです。
 古代蒙古語やトルコ語等のアルタイ諸語、ハンガリー語、その他のウラル諸語も日本語に似ていますが、名詞に係る人称を表す連体詞より後に来る点で少し違います。ビルマ語・チベット語やこの頃やかましいレプチァ語の一群も、日本語に似ていますが、名詞に付く連体修飾語が、原則として名詞の後に来ます。しかし、これらの言語でも動詞に係る語は全部動詞より前に来て、従って文の最後に動詞が現れ、その点、日本語とよく似ています。木村一郎氏によれば現代のインド語ーヒンドスタ二ー語ーの語順も日本語と一致するといいます。泉井久之助博士によると、このような言語としては、尚その他に中国奥地ートルキン山中の苗族の言語、インドにおける南アジア語族の一分派であるサンタリー語、アフリカのパントゥー諸語、コーカサス諸語のうちの、例えばアブァ―ル語、ヨーロッパではバスク語、アフリカのバントゥー族の言語等まだまだたくさんあります。

 服部四郎博士は日本語ほど多くの言語と結び付けられた言語は無いと言っておられ、これは、逆説的に『日本語がそれだけどの言語とも結びつけ難い言語だ』ということを示しています。

 
 言語の系統を学問的に証明するためには、文構成(文法)の他に、発音、語彙、形態論、その他諸々からみなければなりませんが、諸言語の中で日本語と同系だと学問的に証明できたのは琉球語だけだというのが定説です。もっとも、これは似すぎていて、日本語の一種ーつまり日本語の一方言にすぎないとみるのが、日本方言学の生みの親、東条操氏の意見です。

 日本語と同じような語順を持つ言語は、世界の言語の中にも数が多いです。東洋では朝鮮語・満州語・現代蒙古語・アイヌ語がそうです。
 古代蒙古語やトルコ語等のアルタイ諸語、ハンガリー語、その他のウラル諸語も日本語に似ていますが、名詞に係る人称を表す連体詞より後に来る点で少し違います。ビルマ語・チベット語やこの頃やかましいレプチァ語の一群も、日本語に似ていますが、名詞に付く連体修飾語が、原則として名詞の後に来ます。しかし、これらの言語でも動詞に係る語は全部動詞より前に来て、従っ...続きを読む

Q「~だけしか~ない」の「だけ」は余分な言葉でしょうか?

こども向けの童話を書いています。

次の文は国語のルールからみて、正しいでしょうか、それとも不自然でしょうか。

-----------------------
宿題を1問だけしかやってない。
-----------------------

上の文の場合、「だけ」を省略して
「宿題を1問しかやってない」
でも意味は通じます。

「だけ」は余分でしょうか。
普段の会話ではこの「だけしか」という表現はよく使いますが、
国語のルールからすると、本当は不自然なのでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。8/18のご質問ではお礼のお返事を有難うございました。

ご質問1:
<「だけ」は余分でしょうか。>

確かに、なくても意味は通じます。

1.ご質問の例文は「~ない」という否定形で終っています。これは「~しか~ない」と呼応するものです。

2.ご質問文で「だけ」を使うなら
「~一問だけやっている」
と肯定形になるところです。

3.従って、この文では「~しか~ない」の呼応で十分で、「だけ」はなくても通じる文となります。


ご質問2:
<国語のルールからすると、本当は不自然なのでしょうか?>

いいえ、不自然ではありません。

1.このような疑問を抱かれたのは、「だけ」と「しか」が同じ意味・用法だと誤解されているからだと思われます。

2.「しか」は後に打消しの語を伴って、「それと限る」意を表す「係助詞」です。

3.「だけ」は「程度・範囲の限界」を示す「副助詞」です。

4.「だけしか」は「だけ」+「しか」という、異なる品詞の連語で、「だけ」は「しか」を強調のため修飾しているだけなのです。

つまり、「だけしか」は「だけ」と「しか」の一種の強調表現として、文法上も許容されている使い方なのです。



ご質問3:
<普段の会話ではこの「だけしか」という表現はよく使いますが>

おっしゃる通りです。

1.上記の説明の通り「だけ」または「しか」の強調表現です。

2.本来なら「~しか~ない」「~だけ~する」で通じるのですが、限定内容を主観的にさらに強調したい場合に、「~だけしか」という表現になっているのです。

3.それは英語のjust onlyの使い方と同じです。Justが「だけ」という程度を表す副詞、onlyが「それに限る」という限定を表す副詞として使われています。

このjustはonlyを強調するための副詞で、「限定の度合いがかなり少ない」=「かなり限られている」という、程度を強調するために修飾されているのです。

4.なお、justは肯定的な「だけ~する」というニュアンスがあるのに対し、onlyは「のみ~する」「~しか~しない」という限定を否定的に強調する働きがあります。

例:
I had just breakfast today.
「今日は(ほんの)朝食だけ食べた」
I had only breakfast today.
「今日は朝食のみ食べた」=「朝食しか食べてない」
I had just only breakfast today.
「今日は(ほんの)朝食だけしか食べてない」


以上ご参考までに。

こんにちは。8/18のご質問ではお礼のお返事を有難うございました。

ご質問1:
<「だけ」は余分でしょうか。>

確かに、なくても意味は通じます。

1.ご質問の例文は「~ない」という否定形で終っています。これは「~しか~ない」と呼応するものです。

2.ご質問文で「だけ」を使うなら
「~一問だけやっている」
と肯定形になるところです。

3.従って、この文では「~しか~ない」の呼応で十分で、「だけ」はなくても通じる文となります。


ご質問2:
<国語のルールからすると、...続きを読む


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