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写真画像は朝鮮半島で19世紀後半にジョン・ロスがハングルに翻訳出版したキリスト教の聖書です。
当時の朝鮮半島の識字率がどの程度あったのか分かりませんが、
ハングルは知識人階級ヤンパ ンからは諺文などと呼ばれて軽視され、公文書は漢文だったことを考えると
この現地語翻訳聖書は知識人階級ヤンパン向けに出版したというよりも、ハングルの読める一般大衆向けに書かれたモノだろうと推測しますが、
そうすると、当時の朝鮮半島の一般大衆の識字率ってどのくらいだったのでしょうか?
聖書を翻訳したルターの宗教改革当時、どの程度識字率があったのか?下記のデータを見ると約16%程度ですね。
http://blogs.qub.ac.uk/medievalforum/2015/08/19/ …
「朝鮮紀行」を読むと、
李氏朝鮮時代の朝鮮人男性は無学な被差別階級の白丁みたいな人でもハングルの読み書きはできたみたいです。
I observed, however, that a great many men of the lower orders on the river were able to read their own script.
女性の識字率については、同じIsabella Lucy Birdの『朝鮮紀行』に0.2パーセントという推定値が書かれています。

There are no native schools for girls, and though women of the upper classes learn to read the native script, the number of Korean women who can read is estimated at two in a thousand.
ですから、朝鮮人一般大衆男性の識字率は15%の倍の30%くらい、ですかね?

「写真画像は朝鮮半島で19世紀後半にジョン」の質問画像

質問者からの補足コメント

  • 朝鮮紀行以外にも、当時の朝鮮半島における識字率は結構高かったことが書かれている書籍はあります。
    ソ連アカデミー東洋学研究所編「東方諸国におけるロシア人旅行者たち」シリーズの編者である同研究所のガリーナ・ダヴィドヴナ・チャガイ女史の「朝鮮旅行記」の一編です。訳者は当時関西外語大学教授である井上紘一氏によるものです。
    『朝鮮における識字率はかなり高い。どんな小村にも学校があり、読み書きのできない朝鮮人には滅多にお目にかかれない。夕方になるとしばしば、大勢の子供たちが鮨詰めになっで思い思いにうずくまる、ほの暗く照明された小屋から、二、三音よりなる摩詞不思議で単調な節回しの猛烈な歌声が響いてくる。これは授業が順調に行なわれていること意味する。歌を通して読み書きを教えるという。』
    と書いてあります。

      補足日時:2016/12/25 10:13

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A 回答 (3件)

まずお断りしておきますが、識字率は当時の資料がありませんので


傍証ということになります。

以前に回答したかもしれませんが、併合前における朝鮮では
男性だけ見れば「読める」人が多かったという記録が多いので、
ハングルを読める人はそれなりにいたと推定されます。
ただし、多くの記述は「読める」であって「読み書きできる」
ではありません。



少し古いのですが、現代の韓国での報道です。

「ハングルの文章理解できない韓国人が260万人」
ttp://japanese.joins.com/article/191/109191.html?sectcode=400&servcode=400
(中央日報 2008.12.24)
  この調査で、半文解者の割合は5.3%(約198万人)となった。
  ハングルは読めるが、文章を理解する能力がほとんどない人たちだ。
  国立国語院は、「銀行や官公庁で書類を作成するなど
  日常生活に必要なことを他人の助けなしで処理するのが
  難しい人たち」と説明した。

現在の韓国でもこのような状況です。
これは極端な例だと思われるかもしれませんので、別の記事です。

「韓国の文盲率が25%に」
ttp://legacy.www.hani.co.kr/section-005000000/2003/10/005000000200310081936394.html
(ハンギョレ新聞 2003.10.8 注 韓国語です)
  韓国の成人の4人に1人の非文章理解者(文盲)にもかかわらず、
  政府は実態調査すらしていないなど無関心で一貫している
  という指摘を受けている。
  (中略)
  非文章理解者とは、ハングルの読み書きと算数が不可能であるか、
  可能であるもののきちんと理解できず、メールの読み書きや、
  銀行の用事ができないなど生活に多大な支障を与えることを
  意味する。学界では卑下表現である 「文盲」の代わりに
   「非文章理解者」という言葉を使っている。

「文章理解日本人が1位、韓国人は平均以下になった理由は?」
ttp://pub.chosun.com/client/news/viw.asp?cate=C03&mcate=M1003&nNewsNumb=20160620632&nidx=20633
(朝鮮日報 2016.6.20 注 韓国語です)
  (前略)
  OECDは識字を「文章を理解して評価し使用することにより、
  社会生活に参加し、自分の目標を達成し、自分の知識と可能性を
  発展させることができる能力」と定義した。
  (中略)
  韓国人(16~65歳)の特徴は高度な識字が弱いという点である。
  (中略)
  ハングル専用で文盲は、ほぼいなくなったものの
  漢字を放棄することで「読むことはできても、理解できない」
  機能性文盲が生じたものと理解される。

現在の検証でも、朝鮮でハングルを読める人、読み書きできる人、
読み書きできて理解できている人では割合が大きく変わります。
日本語を常用し、識字率が非常に高い日本人には理解しにくいですが、
朝鮮語を単純に読めるだけの人ならばそれなりであっても、
書くことや理解することまで考慮すると、人数は多くありません。
このように、「ハングルを読める」だけでみると高率ですが、
「読んで理解する」という識字率では10%程度と低くなります。



また、都市部と周辺部、辺境の村落などでも異なります。
慰安婦問題で慰安婦の証言を見ればわかるように、時代が下った
日本統治下の朝鮮でも「貧しくて学校に行けなかった」という
証言が多いはずです。
当時の外国人らが見分できるような都市周辺部と、往来が困難な
大多数の一般庶民が住む辺境では事情が大きく異なります。
イザベラビショップの場合、そのことを理解していたので、
「私が観察したところでは」等の注釈を記載していたはずです。

併合前後の朝鮮で、一般の農民が現在の日本の田舎より
少し貧しいくらいと思っていませんか?
朝鮮通信使の著述にも出ていますが、当時の首都ですら
大阪よりも数分の一の規模で、地方都市はさらに小さく、
村落に至っては「女工哀史」のころの日本より貧しい生活です。
当時の朝鮮では春窮という言葉が当たり前であるほど貧しく、
ほとんどの家庭で子供たちには仕事の手伝いをさせていて、
学校に通わせる余裕があるような裕福な家は殆どありません。
少し裕福な家庭は、子供が出世することで恩恵にあずかるため
教育熱心でしたが、その教育は出世のための就職試験に
合格させることが目的であったため、漢文が主体です。

併合前の朝鮮では、書堂が学校の代わりをしていたので、
「書堂で朝鮮語の授業が盛んに行われていた」と
お考えではありませんか?
実物が手元にありませんので、もし入手できる環境なら
「1908年(明治41年・隆熙2年)9月1日付(大韓帝国)官報」を
ご覧ください。私立学校令とともに学部訓令が出ています。
ここでは、書堂は旧体制下にあり、未だに漢文を教えているので
より必要な知識・技能を教えるべきで、教育環境整備を目的に
書堂の管理上についての要項を決めることが述べられ、
1条では、(書堂ではなく)できるだけ普通学校に入学させること。
2条では、漢文だけでなく国語科の設置を勧奨すること。
が述べられています。
あわてんぼの歴史家は「国語は日本語」と勘違いしますが、
当たり前ですが大韓帝国官報の記述で国語は朝鮮語です。
書堂で朝鮮語が教育されなかったのではなく
重点は漢文であったという根拠の一つです。



・宣教師の聖書について

「韓国警察報告資料巻の3」
(アジア歴史資料センター レファレンスコード A05020350600)
(P461より引用)
  (ト)宣教師布教上成功の原因
       宣教師が布教状に於ける成功の原因は種々あるべしと
       雖も、之を畧記すれば、
   (一)医業を以て臨みつつあること。(略)
   (二)教育に力を注げること。
       彼等が煩労を厭はず子弟を教育し、傍ら教義を注入する、
       頗る熱心なるものあり。
   (三)青年解を設け、青年子弟を集め、其勢力を扶植せること。
   (四)聖書其他の教義書を平易に韓訳して、弘く各地に頒布し、
      僻陬地と雖も到るところ書店に聖書の陳列を見ざるなき
      状況なること。
   (五)各教派一致して円満なる関係を保ち、教派の如何に
      拘はらず相提携し、布教に努めつつあること。
   (六)何れも良く韓語に通じ、意思疏通を図りつつあること。
  等なりとす。

この様に、宣教師たちは布教を目的に多くの聖書を配布しています。
しかし、これを見て当時の朝鮮人の識字率が高かったとか、
朝鮮語教育の一環と考えておられるかもしれませんが、
その多くは、あくまでも布教のための配布が目的です。
以前にも述べましたが、当時の布教は教えを広めるというより
信者を増やすことを目的にしていたので、「入信すれば税金は無料」
「今の暮らしが苦しいのは日本が悪い」のように流布したからで、
同じ資料で「(ホ)信徒の感想」には、「前項記載の如き口実を
信じ入教する者少なからず、真に宗教を解して入教する者は
比較的少しと云ふも不可なかるべし。」と書かれています。



少し本題と外れますが、19世紀末頃の朝鮮に育英公院という
英語を教える学校が設立されました。

「在京城帝国公使館通常報告第1号」(1894年、添付画像参照)
  該院は米国人を聘用し、去る明治19年中朝鮮政府の設立する
  所にして、英学を教授する唯一の学校に有之候処、
  其設立の当時に当つては専ら貴族の子弟を教育し、
  其就学生徒の数も殆んど300人ありたるも漸次減少し、
  即今に至りては僅々20余人に過きず。
  而して、最早年所を経ること7年に及べ共、
  1人の卒業生を出さず。



日本では、英語が必要と判ると多くが英語を学びましたが、
300人近くが入学して7年たっても卒業生が1人もいないのです。
朝鮮の裕福な家庭ですらこの程度の向学心です。
近代教育で近代化できた、日本の妨害がなければ発展した等、
予想を根拠に語る方が多いのですが、現実は残念な状況なのです。
「写真画像は朝鮮半島で19世紀後半にジョン」の回答画像3
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それらの書物に書かれた識字率が、どれほど信用できるものか、というのもあります。

0.2%という数字を出すには最低でも40人くらいは調査しなくてはならないわけですが、個人的感想の誇張をもって書かれた数字であるような気もします。
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日韓併合前の朝鮮半島の庶民など、識字率など10%にも満たなかった。


http://okwave.jp/qa/q6736852.html
因みに日本は世界一
http://www.nipponnosekaiichi.com/mind_culture/li …
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