教育勅語て中国儒教が、ベースなの?

A 回答 (2件)

追加です。

儒学も教えていました。
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この回答へのお礼

助かりました

遅くなりすみません。
つまり、儒学、蘭学、漢学が、ベースなんですね。

お礼日時:2017/05/14 21:44

よくわかりませんが、漢学と蘭学からでは、ないかと思います。


日本は、明治以前、寺子屋と下級武士の塾あったので、たぶんです。
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Q天皇(万世一系、皇紀、教育勅語)について教えてください

表題の件について、全項目でなくても構いませんので、教えてください。

(1)万世一系について
天皇は「万世一系」と言われていますが、血族が本当に継いでいたのか怪しいところがありますよね(特に都が何処にあったかも分からないような、戦国時代等)
そこで、今の天皇から溯って、血が繋がっていることがはっきりしているのは、何処までなのでしょうか。
信頼に足る文献等ご紹介頂けたら幸いです。

(2)皇紀について
西暦紀元前660年が皇紀元年にあたる(日本書紀から)と辞書に載っているのですが、どの様に記述されているのでしょうか。

また、皇紀というのが一般に広まったのはいつ頃からでしょうか。
「紀元2600年」からでしょうか。

(3)教育勅語について
意味が良くわからないところがあります。
口語訳されたものは無いのでしょうか。
以前、ある神社のHPで見たことがあるのですが、戦後の平和・民主主義に合うように書きかえられていた文章でした。

また、あの文章は誰が考えたのでしょうか。
明治天皇が一人で考えたのでしょうか。
何か元となる文献等があったのでしょうか。

表題の件について、全項目でなくても構いませんので、教えてください。

(1)万世一系について
天皇は「万世一系」と言われていますが、血族が本当に継いでいたのか怪しいところがありますよね(特に都が何処にあったかも分からないような、戦国時代等)
そこで、今の天皇から溯って、血が繋がっていることがはっきりしているのは、何処までなのでしょうか。
信頼に足る文献等ご紹介頂けたら幸いです。

(2)皇紀について
西暦紀元前660年が皇紀元年にあたる(日本書紀から)と辞書に載っているの...続きを読む

Aベストアンサー

戦国時代は、ずっと、京都が都だったので、あなたの認識は間違っています。
戦国大名の多くは、"勤皇"を、名目にしていたので、また、日本人の習性として、"朝敵"と、なる事をおそれたので、朝廷を無碍に扱うような事はありませんでした。

血統の断絶が一番怪しい、というか、ほぼ確実だとされるのは、継体天皇です。
応神天皇の孫であるとされていましたが、それは、嘘で、実際には、応神との間に血縁関係はなかったという説が、主流になっています。
継体は、北陸から、天皇家の血筋のものを呼び寄せたと言われていますが、血筋であったかどうかという点は、かなり、眉唾ですね。
(北陸出身である事は、ほぼ、確実)

皇紀を広めたのは、明治政府です。
王政復古の建前があったので、"神武からの系譜"を、ことさらに強調する必要があったのでしょう。
明治5年太政官布告として、正式に採用する事が、発布されています。
(皇紀に関して、意外な事を見つけたので、興味があれば、参考URLをごらんになってください)

教育勅語は、井上毅(こわし)、元田永孚(もとだながざね)と言う、教育学者が中心となって、起草したようです。
元になる文献等の存在は知りません。

参考URL:http://www.geocities.com/Tokyo/Club/9857/kouki.html

戦国時代は、ずっと、京都が都だったので、あなたの認識は間違っています。
戦国大名の多くは、"勤皇"を、名目にしていたので、また、日本人の習性として、"朝敵"と、なる事をおそれたので、朝廷を無碍に扱うような事はありませんでした。

血統の断絶が一番怪しい、というか、ほぼ確実だとされるのは、継体天皇です。
応神天皇の孫であるとされていましたが、それは、嘘で、実際には、応神との間に血縁関係はなかったという説が、主流になっています。
継体は、北陸から、天皇家の血筋のものを呼び寄せたと...続きを読む

Q詰め込み教育は儒教思想とも関係ありますか?

日本の教育がどういう教育か?と言われればやっぱり詰め込み教育に近いものだと思います。
小学校での詰め込みは読み書きと九九くらいで比較的余裕がありますが
中学高校と上へ上がるにつれて詰め込みの度合いが大きくなる感じがします。
教室では教師から生徒への知識や方法の伝達が主要でやり取りは双方向ではなく一方向が大半です。
お互いの議論や自分で自由に考える余地は作文や数学くらいでしょうか?
最近は数学でさえ和田式暗記数学というのが流行ってます。
大学入試問題では知識の有無を問う問題が大半です。
隣の韓国はというと大前研一によるとかなりの詰め込みらしいです。
そして中国は強烈な詰め込みをやってるようです。
数学では日本の高校数学に比べて中国の高校生の数学は暗記する式がやたらに多いという話がありました。
台湾は分かりませんがかつての日本の領土で中国の影響も大きいのでおそらく詰め込みじゃないかと思います。
シンガポールはかなりの学歴重視ですが詳細は分かりません。

一方で西洋を見てみるとニュージーランド、アメリカ、北欧を見る限りは
授業中の双方向での議論が主要なイメージがあります。
それから自分で自由に考えさせることを重視してる感じもします。
米国の大学院に入る場合はGMATなどの選択式のテストと本人の書いたエッセイが重視されペーパーテストの比重は決して高くないようです。
フランスやドイツは分からないし中東も分からないですが
詰め込みをやってるのは世界で主に中国の文化圏(儒教文化圏)ということになります。

そこで質問ですが詰め込み教育と儒教思想に関係があるんですが?
ここでの儒教思想というのは上への絶対的な忠誠で封建的な考え方です。
例えば明治時代の東大法学部のある教授は斬新なアイデアを答案に書いた学生を
謀反人としてつるし上げ場合によっては落第させたと明治35年の中央公論に掲載されてます。
今の日本ではこういうことはないでしょうが学生がテキストや教師の教えた物に
できるだけ忠実な答案を書いてできるだけ独自の判断を避ける傾向が強いという傾向はあると思います。
儒教思想が強いところでは教育は自然と上から下へ問答無用に習わせる詰め込み式になるんですか?

日本の教育がどういう教育か?と言われればやっぱり詰め込み教育に近いものだと思います。
小学校での詰め込みは読み書きと九九くらいで比較的余裕がありますが
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大学入試問題では知識の有無を問う問題...続きを読む

Aベストアンサー

イスラム圏ではコーランを暗記している人が珍しくないそうですし
ユダヤ人も幼いころからタルムードを暗唱しています。
インドやロシアでも教育は丸暗記が基本と聞いています。
この辺の情報は検索すれば出てきますし、勉強法の本等にも出てくることです。

というわけで、詰め込み教育と儒教思想に関係があるとは全く考えられません。儒教が関係ない地域でも詰め込み・記憶重視型の教育は普通に行われています。
むしろ、質問者様が例に出した米国・ニュージーランド・北欧の情報が正しいと仮定した上でですが、それらの地域が詰め込み教育の例外と見た方がまだ合理的です。

Q教育勅語を英語で表し説明したいのですが

教育勅語を英語で表し説明したいのですが、どのように説明するのがベストなのか迷ってます。ご存知の方は教えてください。お願いします。

Aベストアンサー

yohighさん こんにちは。

教育勅語の英訳の件ですが、

『The imperial rescript on education』
「教育における帝国の勅語」が良いように思われます。
(教育勅語渙發關係資料集”第3巻より引用)

全文英訳は下記URL↓を参照下さい。

参考URL:http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/1028/tyokugo.html

Q教育勅語

教育ニ関スル勅語(教育勅語) は明治23(1890)年10月30日に発布され、昭和23(1948)年国会で排除・失効確認を決議されたことを知りました。
日本国民として当たり前のこと、当然のことしか書かれていないのに国会は何故、排除・失効確認を決議したのか…戦後の教育はこの辺りから崩れていったように思いますが、その背景を知りたく思います。
参考になるサイトなど教えていただければありがたいです。

Aベストアンサー

失効の決議をされた昭和23年はすでに「日本国憲法」「教育基本法」「学校教育法」が施行されていました。
その時に問題になったのは四点です。
1.「我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ」の部分は神が国を作ったという神道的な考えなのではないか。(皇祖は天皇家の先祖という意味であり、神武天皇や天照大神を含むと一般にみなされている)
2.「臣民」という言葉が出てくるが、天皇の臣民という考えを押しつけるものではないか。(確かに、大日本帝国憲法からすると、当時の日本国民は天皇の臣民であったが)
3.「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」の部分は、戦争が起こったら兵隊に行って戦い、皇国の繁栄に尽くすべきだと教え込んでいるのではないか。
4.教育勅語は「天皇崇拝の儀式」と結びつけて使われてきた過去があるので、問題ではないか。
上記四点は
http://kan-chan.stbbs.net/docs/chokugo.html
からの引用です。
特に問題になったのは最後の4.で教育勅語は「御真影」(天皇のお写真)とともに「奉安殿」に安置して、その取り扱いなどを通じて神格化されていたことが、連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ/SCAP) などによって問題視されました。
一方、西園寺公望(最後の元勲)は「教育勅語が余りにも国家中心主義に偏り過ぎて『国際社会における日本臣民(国民)の役割』などに触れていない」と別な意味で問題視していましたが、このことは自分個人としては同意できます。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%99%E8%82%B2%E5%8B%85%E8%AA%9E

失効の決議をされた昭和23年はすでに「日本国憲法」「教育基本法」「学校教育法」が施行されていました。
その時に問題になったのは四点です。
1.「我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ」の部分は神が国を作ったという神道的な考えなのではないか。(皇祖は天皇家の先祖という意味であり、神武天皇や天照大神を含むと一般にみなされている)
2.「臣民」という言葉が出てくるが、天皇の臣民という考えを押しつけるものではないか。(確かに、大日本帝国憲法からすると、当時の日本国民は天皇の臣民であった...続きを読む

Q教育大学の2年次です。卒論でゆとり教育について書いていこうと思うのですが、①ゆとり教育が始まった

教育大学の2年次です。
卒論でゆとり教育について書いていこうと思うのですが、
①ゆとり教育が始まった理由
②ゆとり教育を受ける前の世代と受けた世代の学力差はどうなのか
③社会科の授業においてゆとり教育で削られた物、増やされた物はあるのか

以上の3点について教えてください。

Aベストアンサー

1.いわゆる「詰め込み教育」の弊害からの反省ですね。
詰め込み教育は、「知識をひたすら頭の中に詰め込むこと」に力点を置いた教育で、それによって「学習意欲の減退」「知識の習得がその場限り・一過性になる」「激しい受験戦争に巻き込まれる」ということになって、そういう反省から生まれた教育理念です。

2.学力差については、以下に記述があります。
http://diamond.jp/articles/-/46988?page=2
http://www.jc.u-aizu.ac.jp/11/141/thesis/msy2009/01.pdf#search=%27%E3%82%86%E3%81%A8%E3%82%8A%E6%95%99%E8%82%B2+%E5%AD%A6%E5%8A%9B%E5%B7%AE%27


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