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Just because you give in to someone else doesn't always mean you've been passive. It could mean you've made a conscious choice in yielding. Or, it could be because you honestly agree with the other person.

文中の it could mean〜 と it could be は仮定法ではないのでしょうか? わたしは if を使わない仮定法と捉え、その条件節は it に含まれるのではないか、つまり it が指し示すものは because you give in to someone else で、「もしあなた方が他の誰かに追従するなら」と解釈したのですが、これを教師に質問したところ、この could は仮定法の一種で婉曲であると教えられました。そこで質問なのですが、私の考えた it could〜 は条件節なしの仮定法という捉え方は間違っているのでしょうか? また、教師は仮定法の一種で婉曲であると言ったのですが、仮定法の一種であるということは仮定法というこですか? 仮定法と言い切らなかったのが腑に落ちません。やはり仮定法と婉曲とでは多少の違いがあるのでしょうか? 説明下手ですみませんが教えて下さい。

A 回答 (3件)

ないものを補って考えることは、理解の一助とするもので、そういう考え方をしても構わないし、しなくても構わないのです。



過去形助動詞は、現在形助動詞より確信性のなさを本動詞に添える助動詞に過ぎません。

「仮定法(conditional mood)」というのは、英語圏で英語教育のために「条件文の作り方」を説明するために、4つの典型的パターンを設けたもので、学習者(や一般人)がこれだけが正しいと勘違いすることや、mood という用語の使い方に一貫性がないことなど問題があります。

あなたの先生はおそらく、こんなこともご存知で、あまり「仮定法」ばかりを強く押し出して、過去形助動詞はいつでも条件節と思わせたくないと思っていらっしゃるのかもしれません。

条件節で、ふつうと違う動詞活用を用いるのは、べつに仮定を言うためのムードではなく、実は、〈非現実感〉を表すためのもので、時制を示す直接法と対を成すものとして教えられるべきです。スペイン語やラテン語では(その他西欧の言語はたいていそうだと教えてくれる人もいましたが)この〈非現実感〉を表すための動詞活用が、直接法とはまったく異形のものがべつにあって、これを subjunctive mood (叙想法)と呼びます。

「話し手の想念を述べるということから、仮定法を叙想法と呼ぶこともある。」
(表現のためのロイヤル英文法、p95)

どうも英語のこの活用が、直接法と同じだと言って、英語に叙想法はないなどと言う人が世界にはいるらしいのですが、英語にも、普通とは違う、動詞の用い方をする(過去に形を遡らせる)という立派な、叙想法があるのですよね。

長くなってしまいました。煩わしかったら、無視しておいていいです。
つまり、先生の仰られた〈婉曲〉の「過去形」でなんら問題ありませんし、あなたの言うように、補って条件文として考えても問題ありません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。婉曲なのか仮定法なのかよく分からなかったのですが、どちらの捉え方をしても仮定法であることには変わりはない、ただ学校で教わる仮定法のパターンばかりに捉われ過ぎない方が良いと思いました。また違う文中に助動詞過去形が使われていたら悩んでしまうかも知れませんが…。あと、同じ教師にあなたは生真面目過ぎるからもっと沢山の英文に触れた方が良いというアドバイスを頂いたのも思い出しました。

お礼日時:2018/08/29 14:04

Just because you give in to someone else doesn't always mean you've been passive.


まさにあなたが誰か他の人に屈するといって、あなたが常に消極的だったというわけではない。

It could mean you've made a conscious choice in yielding.
それはあなたが妥協という意識的な選択をしたことを意味するかもしれない。

Or, it could be because you honestly agree with the other person.
そう、そうかもしれない。なぜなら、君は正直に他の人に賛成しているだけかもしれないからだ。

あなたのおっしゃる「it could〜 は条件節なしの仮定法」という捉え方が、まさに先生のおっしゃる「仮定法の一種で婉曲」ということではないでしょうか。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうました。併せて和訳もありがとうございます。条件節無しの仮定法が婉曲の一種であるとは考えなかったので理解の手助けになりました。

お礼日時:2018/08/29 14:00

前半部分については、典型的な仮定法の形式をとってはいないですけど、仮定ですね。

 
後半部分は、仮定というよりかは、単に選択肢を示しているのだと思います。

It could be A, or it could be B. 
Aかもしれないし、Bかもしれない。

ということで、

(もし)あなたが誰かの意向に従ったとしても、それは必ずしもあなたが受動的であったことを意味しているわけではない。
あなたは譲るという選択肢を意図的に選んだのかもしれない。 もしかしたら、本当に相手の意見に賛成したのかもしれない。

のようなことですかね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。仮定法というのに捉われすぎていたのかも知れません。後半は単なる推量とか可能性とかを表していたのですね。

お礼日時:2018/08/29 13:58

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