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日本の愛国保守系サイトでは、以下の2論が見受けられます。

1。日本はソ連の政治組織「コミンテルン」の陰謀により、アメリカと戦うように仕向けられた。
2。日本はアジア解放のためアメリカと大東亜戦争を戦い、アジア諸国は植民地から独立を成し遂げた。

この2つの論を矛盾なくまとめると、「ソ連のおかげでアジアは解放された」になってしまうんですが、それでいいんでしょうか?

A 回答 (6件)

いいえ。



共産主義者は、アメリカと日本を戦わせて、隙あらばアメリカを乗っ取ろうと考えていたのです。

原爆を投下された日本に、隙に乗じて北方領土を侵略したのもソ連です。

隙を付いて、竹島を不法占拠したのは韓国です。
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国際連盟で人種差別撤回を提案したのは大日本帝国

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ソ連はアジヤ方面の戦いには防戦一方でした。



8月15日終戦ご20日程で北方領土を獲得しただけです。

日本が太平洋戦争でアジアの植民地の統治国(植民地)イギリス、フランス、オランダ、ポルトガル、スペインと戦い各国を解放しましたその為アジヤでは未だに日本を悪く言わないんです。

悪く言うのは韓国、北朝鮮、中国位ですね最近は中国でさえ表だって悪くは言わなくなりました。
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こんばんは!



>この2つの論を矛盾なくまとめると、「ソ連のおかげでアジアは解放された」になってしまうんですが、それでいいんでしょうか?

そうですね…、ソ連は「日露戦争」で日本に負けた恨みを抱いていました。そこで、その復讐をするためにスターリンは仲の良かったルーズベルト大統領の内閣や側近にコミンテルンのスパイを送り込み、日米戦を画策していました。しかし、米国内では戦争反対が強く、参戦できないムードでした。そのため、ヨーロッパではドイツに追い詰められたイギリスのチャーチル首相が米国参戦を希望していましたので、国内の戦争反対を一掃する為に、「真珠湾攻撃」の策謀が仕掛けられ「ハルノート」を最後通牒と受け取ってしまった日本は、罠に嵌まってしまったのです。

また、ソ連は中国の毛沢東に資金援助をしながら中国の共産化も企んでいました。日本は、「八紘一宇」を掲げ、アジアから欧米を一掃して独立を促す事を真面目に行っていたため、米国との衝突を回避しながら、フィリピン以東には侵攻していません。日本は、蒋介石軍を蹴散らした後は、ベトナムのフランス軍を撤退させマレーシア、インドネシア、ビルマ(現ミャンマー)、インドと侵攻していきます。

日本では、尾崎秀がソ連のスパイで、「日ソ不可侵条約」を破ってシベリアから日本軍が攻めて来ないように工作をしていました。ソ連は「独ソ不可侵条約」を破って攻めてきたドイツ軍に苦戦を強いられていたので、日本がシベリアから攻めて来る事を極度に恐れていましたねぇ。

日本は原爆を落とされて降伏をして、GHQが日本を統治しましたが、その時にコミンテルンのスパイも多数入り込み、教育の破壊を進めていきます。「自虐史観」を植え付け、日本という国に誇りを持てない歴史教育を進めていった結果が今の日本です!

実は、あの時ドイツと一緒にソ連を攻めていれば、米国との戦争を回避する事が出来ました。ソ連のスパイを防げなかったのが日本の敗因です!
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1。

日本はソ連の政治組織「コミンテルン」の陰謀により、
アメリカと戦うように仕向けられた。
 ↑
コミュンテルの陰謀が無くても、
米国と戦う羽目になったと思われます。

当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、国民の1/4が
失業し、あちこちで暴動が発生していました。
ルーズベルトは、ニューデールなどの政策を打ちましたが効果は
はっきりしません。

これに加えて、当時は社会主義運動が盛んに
なりつつありました。
うかうかしていると、体制すら崩壊しかねません。

また、米国は英国フランスなどにも大量の資金を
貸し付けており、彼等が敗戦になれば、貸し金が焦げ付く
可能性がありました。

それでどうしても戦争をやる必要があったのです。
それでハルノートなどをつきつけたり
ABCD包囲網を敷いたりして、日本を追い込み
戦争に持ち込んだのです。

戦争は最大の公共事業ですから。その証拠に戦後、米国
経済は見事な復活を遂げています。

これは私の偏見ではありません。
米国歴史学の権威チャールズ・A・ビーアド元コロンビア大教授は
公文書を調べて、ルーズベルトが巧妙に日本を戦争に引きずり込んだ
過程を明らかにした本を出版しましたが、これは事実上の発禁処分
にされてしまいました。
ルーズベルトの責任 〔日米戦争はなぜ始まったか〕
31代米国大統領のフーバーが、ルーズベルトを、日本を無理矢理戦争に
引きづり込んだ狂気の男、と評した書見を残しています。
彼は、ルーズベルトは真珠湾を知っていた、とも書き残しています。

マッカーサーは戦後、あの戦争は日本の自衛戦争であったと
米国議会で証言しています。

ハルノートのハルは、真珠湾攻撃を耳にして躍り上がって
喜んだ、という側近の証言が残っています。
「これで戦争ができる」
また、パル判事は、あのような要求を突きつけられたら
モナコのような小国でも銃を持って立ち上がっただろう
と述べています。




2。日本はアジア解放のためアメリカと大東亜戦争を戦い、
アジア諸国は植民地から独立を成し遂げた。
  ↑
アジア解放というよりも、日本防衛のために
アジアを一つにしようとしたのです。
これは、島津斉彬の戦略でした。
それを西郷隆盛を通して明治政府の方針に
なり引き継がれたのです。
結果、欧州の国力が衰え、アジア独立に
繋がりました。




この2つの論を矛盾なくまとめると、
「ソ連のおかげでアジアは解放された」
になってしまうんですが、それでいいんでしょうか?
 ↑
ソ連の工作はありましたが、それと、日米開戦の間には
因果関係がありません。
故に、その論は成り立たないと思われます。
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あっはっは


ソ連に取り込まれるとアジアでは
「思想とか信条の自由」がなくなってたでしょうね

コミンテルンだけじゃなくて、アメリカも国益の観点から
黄色人種の国である日本を追い詰め、
叩きつつぶしたかったのだと思います

アジアが解放されたのは
「国家存亡の危機」にたたされた当時の日本が
ときとして鬼となりながらも大陸や南洋諸島に出て行って
欧米列強を相手に戦争をしたからです

名もない多くの日本の若者(兵士)の
勇気のおかげ

しかし戦争はご免ですね
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