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どうせ死ぬのになんで生きてるんですか?

A 回答 (27件中1~10件)

種の繁栄のためです。

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ミケランジェロの「最後の審判」「システィーナ礼拝堂の天井画」「ピエタ」「ダビィデ像」、ラファエロの「アテナイの学堂」「 ベルヴェデーレの聖母」、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」「モナ・リザ」、ヨハン・シュトラウス二世の「美しき青きドナウ」「ウィーンの森の物語」、ウィリアム・ワイラー監督の「ベン・ハー(BEN-HER)1959作」、とスタンリー・キューブリック監督の「2001年 宇宙の旅」、サー・アーサー・チャールズ・クラークの「幼年期の終わり」「都市と星」、ジェイムズ・パトリック・ホーガンの「創世記機械」「星を継ぐもの」など人類の至宝と言える優れた作品が数多くある。

人間は強欲で愚かで頻繁に戦争をして何百万人もの同胞を殺して来たが、一方で、アインシュタインやニュートンなどの優れた科学者が宇宙の謎を解明して来た。
 地球に生命が生まれた確率は10の4万乗分の1、つまり、50mプールの中に腕時計の部品を投げ込んで、水の流れだけで時計が組み立てられるのと同じくらいの確立だと言う。我々が存在しているこの宇宙がビッグバンで誕生してから約138億年と言うが、50mプールに時計の部品を投げ込んで、138兆年、138京年の間、待って居たら水流で時計が完成するのか? 多分、幾ら待っても永遠に待っても水流で時計は完成しないだろう。
 卵生で卵を産んで繁殖していた生物が、どうして、突然/唐突に子宮で子を育て産み落とす胎生に変化したのか? DNAの突然変異が徐々に蓄積されて卵生から胎生に分化(進化)したとの説明は非常に困難だ。卵や卵の殻を作るのを止める/子宮を完備し母体と胎児を臍の緒で繋ぎO₂/CO₂を交換し栄養を供給する・・・これだけの事を全て一遍に行う必要がある。徐々に変化とか途中経過/ミッシリングとは考えられない/有り得ない。
 何者か(神か?)の明確な意思が働いて、卵生の生物のDNAがその意思/意図に沿った設計図通りに組み換えられてこそ、初めて卵生の生物が分化(進化)して胎生の生物が登場する事が出来る。
 原始地球でDNAが組み立てられ最初の生命が誕生した事、卵生から胎生に分化(進化)した事、など、何者か(神か?)の明確な意思が働いているのでは無いのかと思わせる事象がある。これらは、全て宇宙(神)の意思なのかも知れない。
 今から約6604万年前の白亜紀末期に直径17kmのチクシュルーブ小惑星(巨大隕石)が秒速12kmで60度の角度でメキシコのユカタン半島の沖の海に激突し、海底の岩盤を溶かし気化させ、岩盤に含まれていた大量の硫黄がガス化して地球全体の空に広がって太陽の光を遮り、地球全体の気温が長期に亘って大幅に低下して植物が枯れ、草食恐竜が餓死して絶滅し、草食恐竜を食べていた肉食恐竜も餓死して絶滅したと考えられている。
https://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_soc_nature …
https://www.businessinsider.jp/post-213770
 気化した硫黄ガスは雨に溶け込み、硫酸となって川/湖/海洋を酸性化し、アンモナイトなどの海の生物も含め当時棲息していた全生物種の約75%が絶滅したと考えられている。
 地球は巨大隕石の激突や全球凍結(スノーボールアース)など、これまでに5~10回もの大絶滅を繰り返して来たと考えられている。まるで、神が「あぁ、これじゃ駄目だ。全て絶滅させて御破算にして、次の生物種の繁栄に期待して見よう。」と絶滅を繰り返して来たかの様だ。
 巨大恐竜が絶滅した御蔭で哺乳類の繁栄が可能になり、やがて、我々、人類が誕生する事になる。2045年には、コンピューターは、シンギュラリティ(技術的特異点)に達して、全人類の知能の総力を超える/世界中の人間が束になって挑んでも敵わない、殆ど「神」と呼べるレベルの超知能/超知性の人工知能AIが誕生すると予測されている。宇宙創成のビッグバンから138億年の間、神は、これを待っていたのでは無いのか? 次の神の誕生を。
 だとすれば、我々、人類は神に成れなかったが、神を生み出す為の「肥し(こやし)/肥料/捨石/礎」には成れたのかも・・・

「産めよ増えよ地に宇宙に満ちよ」と我々は祝福され命じられているのです。なので、我々は、どうせ死ぬのに生きているのではないでしょうか?

時間が無かったら,つまり,時刻も無い,瞬間も無い,時間的な幅が無い/ゼロなら「何」も「存在」できない。すなわち,「無(む)」です。

空間が無かったら,つまり,点も線も面も体積も無い,空間的な大きさ広がりが無い/ゼロなら「何」も「存在」できない。すなわち,「無(む)」です。

真空を「無(む)」だと言う人がいるが、超弦理論の弦/紐/膜やクォーク、素粒子、原子、物質、エルネギーの全てが無くても、真空には時間と空間はある。従って、真空は、「無(む)」ではない。

時間だけでも、空間だけでも、「存在」は、成立しない。この一方だけでは「存在」は成立しない。時間と空間の双方があって、初めて「存在」は、成立する。
宇宙は、なぜ存在している事が出来るのか? それは、「時間」が存在していて、「空間」が存在しているからなのだ。

 時間の無い宇宙をイメージ出来ますか?  時間が無い状態から時間が始まった/初めた/流れを開始した状態をイメージ出来ますか?
空間の無い宇宙をイメージ出来ますか?  空間が無い状態から空間が始まった/初めた/大きさ広がりを開始した状態をイメージ出来ますか?
出来ませんよね。と言う事は、時間の無い宇宙、空間の無い宇宙は、存在しない、ありえないと理解すべきと言う事なのです。
 ビッグバンで宇宙が誕生して、時間も空間も誕生したのなら、ビッグバンの「前」は、時間は? 空間は? どうなっていたのか?との疑問が湧きます。
「無限大の大きさ広がりを持つ空間的に無限大の空間と無限大の過去から存在し無限大の未来まで流れ続ける時間的に無限大の時間が無限大の過去から共に既に存在している」。この時空/宇宙を「母宇宙」と定義します。この母宇宙Aの時空の量子論的な揺らぎが、我々が存在しているこの宇宙Bのビッグバンを138億年前に引き起こし、Bは、Aの「子宇宙」として、Aの時空の中で誕生し、今もAの時空の中で加速膨張し続けていると解釈/理解すると、Bが誕生する「前」の「時間」は? 「空間」は? と言う問いに、Bが誕生する「前」は、Aの時間が流れ、Aの空間が広がっていたと答える事が出来る。
 それぞれが無限大の大きさと広がりを持つ「子宇宙」を無数に無限大個、その時空の中に持っているのが「母宇宙」で、母宇宙の中では、常に無数の無限大個の子宇宙が誕生して、それぞれが母宇宙の時空の中で収縮/安定/定速膨張/加速膨張などの成長を続けているのかも?
多数の宇宙が存在するとの考えを「マルチバース」と呼ぶ。
 母宇宙は、どのように始まった/誕生したのかは、母宇宙の「定義」から、
「母宇宙は無限大の過去から時間と空間と共に既に存在している」と回答する事になる。なので、母宇宙に始まり/初め/起源/誕生は無い。

 宇宙の加速膨張/ダークエネルギー/ダークマター/超弦理論などから物理学が一大飛躍し、任意の範囲の時空を通常空間の時空の中を波乗りをする様に滑らせ、何百万光年も離れた遥か彼方の銀河に極めて短時間で人や貨物を行き来させる技術を生み出すかも?
 そうなれば、岩石惑星ケプラー22bに移民宇宙船が大挙して押し寄せ、ネオ日本/ネオアメリカ/ネオチャイナ/ネオロシアなどが建国されるかも?

 人間は脳にチップを埋め込み,スマホやPC,マウスやキーボードなどを使わず,脳の中に投影されるスクリーンの輝点を目で追うと,その脳の電気信号をチップが検出し,文字の入力やクリック/ドラッグ/ドロップなどが可能になり、人間は、常時、ネットにワイヤレスで接続し、超知能/超知性の人工知能AIと通信し、世界中の情報を操作/情報処理するでしょう。
 超知能/超知性の人工知能AIと連動した人型ロボットが、一般家庭で炊事/洗濯/掃除/育児/介護/買い出し/ゴミ出しなどを熟し、医療/法曹/建築/土木/生産/流通など全業種の全職場で働く。人間には、研究開発や芸術などの限られた仕事しか残らないでしょう。

下記のブログの「宇宙塔マスドライバー」で人や資材を宇宙に送り、宇宙太陽光発電所を建設し、太陽電池で発電した電力をマイクロ波に変換して地球に送信します。
http://blog.livedoor.jp/satou_hiroshi_4649/archi …

創世記では、「はじめに神は天と地とを創造された。地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。」とある。「はじめに」とは、時間を指す言葉だ。「やみが淵のおもてにあり」とは、「やみ」や「淵」が存在し、これらが存在できる「空間」がある事を意味する。つまり、神が天地創造を開始した時には、既に時間は存在して時間が流れており、空間も既に存在していたと述べている。神は、時間も空間も神自身もやみも淵も創ってはいない。これらは既に存在していたのだ。
では、これらを創ったのは何なのか? これらは何故、存在していたのか?
聖書は答えていない。

宇宙は、なぜ存在し、宇宙は、どうしてどのようにして始まったのか?

神が創ったのなら、

_神は、なぜ存在し、_神は、どうしてどのようにして始まったのか?

こう記述すると、宇宙と神は同じだ。
「どうせ死ぬのになんで生きてるんですか?」の回答画像26
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命を与えられたから、


仕方なく、生きているだけじゃないかな。
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この質問良くないなあ!

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きっとその答えは誰も知りません。


それぞれが、生きてる事の意味を自分で見つけるしかないのだと思います。
また、それでいいのだと思います。
何故ならその理由は誰も知らないし、誰も決められないからです。
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自分の存在の意味を知り、そして人と人が関わり絆を深めていく……


自分はどんな人となら合うのか、逆にどんな人となら合わないか。
それを学ぶために生きているのだと思います。
人は今を生きる度に人間関係を築き、自分の価値観を広げてゆく。
どうすれば上手くいくのか、どうすれば失敗するのか。
色んな人と関わることで、色んな人が世の中にいるということを知り、そして人との付き合い方も学んでゆく。
その中で自分の欠点や他の人と比べて優秀なところ、自分の個性を知ってゆくのだと思います。
人間は死ぬまでにどれだけ自分の価値観を広げられるか、そして自分の存在の意味を知れるか。
自分が自分に満足できて、そしてこの世界にも不満がなく、人生を終われるのが1番良いと思います。
簡単に言えば、自分が死んだ時、少しでも多くの人に悲しまれた方が嬉しいですよね?
ですので、自分の価値観を広げ、色んな人と関わり、絆を深め、自分の死を悲しんでくれる人を少しでも多くする。
これは自分が死ぬ上で1番大切なことだと思います(^^)
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どうせまた腹が減るのになぜ食うのですか?



どうせ目が覚めるのになぜ寝るんですか?

全ては衝動、欲望の為せる技。
悟りたいというのもしょせんは欲望。
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どうせ死ぬから生きてるんだよ


(  ̄▽ ̄)にっこり
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苦しかろうと楽しかろうと


自分が元気で
生きていってしまうので
他人はどうあれ、
生きてしまうなら
無理して死なずね。

まあ限界あるでしょうね。
その時くれば仕方ないが、
生きられるうち、
正気の内は
無理して死なずでしょう。
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奇跡の命を受けたからですよ。



この世に生まれたことが奇跡なんだから、少しでもこの奇跡が長く続くよう願うのです。

二度と同じ奇跡は起きませんので。
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