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地球が誕生してから46億年。

人類の誕生から30万年。

154年前までは江戸時代で男性はチョンマゲを結っていました。

人間の歴史なんて まだ始まったばかりですね。

今年は2022年ですが、西暦っていつ誰がどうやって決めたのでしょうか❓

又、西暦が日本で使われる様になったのはいつからでしょうか❓誰が日本に伝えたのでしょうか❓

詳しい方が見えましたら教えて頂けませんでしょうか。

宜しくお願いします。

A 回答 (4件)

今使われている西暦の起源は、他の回答にあるように6世紀に算出されたものだけど、広く使われるようになったのは12~15世紀ころになってからのようです。


日本では、簡単に言えば明治維新の後から使われ始めたと考えて良いでしょう。

あと他の回答で、紀年法と暦法がごっちゃに語られていますが別物です。なのでグレゴリオ暦の元となったユリウス暦はキリスト誕生前から使われています。紀年法がローマ暦、暦法がユリウス暦ということですね。
日本でも、最初の1年だけ紀年法が西暦、暦法がユリウス暦ということがあったはずですが、すぐに紀年法が西暦、暦法がグレゴリオ暦の現在使われているものになっています。また併用されている元号(和暦)の令和も、数年前を令和1年とする紀年法と見ることができます。
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明治の改暦についてのみ回答します。


これは、明治5年12月3日を明治6年1月1日としたもので、西郷隆盛の留守政府が一夜にしてほぼ一か月を消し去って、太陰太陽暦から太陽暦への大変革を断行しています。

何故、こんなことをしたのか?
ウィキペディアに書かれていることは枝葉末節だと思います。
私は、富国強兵のための明治維新の大改革の根幹になるからだと思います。欧米列強とカレンダーの日付を合わせて年間の様々なイベントを合わせることが重要だったのではないかと思います。それなのに、歴史教育でキチンと教えられていないのも事実です。

ここから余談です。
太陰太陽暦は月の満ち欠けを元にしていることから、1年が354日程度になるため3年に1回閏月を設定することで、平均すると1年を365日程度に調整しています。

中国は太陰太陽暦と太陽暦を国の内外で使い分けしており、太陰太陽暦は現代でも春節を筆頭に国民の生活文化に根付いています。それに対して、日本はほとんどすたれてしまいましたが、月の満ち欠けの影響による体調の変化や二十四節気による季節の変化などは日本人に合っているような気がします。
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「西暦」は6世紀のローマの神学者ディオニュシウス・エクシグウスによって算出された。

西暦紀元は525年、ディオニュシウス・エクシグウスによって、復活祭の一覧表の中の年を数え上げるために考案された。  彼の制度は、昔の復活祭の一覧表にて採用されていた、ディオクレティアヌス紀元の代わりに採用するために考案された。

ただし、現在日本で「西暦」として使われているのは、「グレゴリオ暦」のことで、ローマ教皇グレゴリウス13世によって1852年に制定された暦。  現在世界中で使われている「太陽暦」の一種で、日本では明治5年11月9日(グレゴリオ暦1872年12月9日)に公布され、今に至っている。

結構有名な話だが、グレゴリオ暦導入が行われた理由として、明治政府の財政状況がひっ迫していたことが挙げられる。 

当時の参議(官職の1つ)であった大隈重信によれば、旧暦のままでは明治6年は閏月があるため、13か月となる。 すると、支払いが月給制に移行したばかりの官吏(かんり)への報酬を、1年間に13回支給しなければならない。

これに対して、新暦を導入してしまえば閏月はなくなり、12か月分の支給で済む。 また、明治5年12月は2日しかないことを理由に支給を免れ、結局月給の支給は11か月分で済ますことができた。

当時は1と6のつく日を休業とする習慣があり、これに節句などの休業を加えると、年間の約4割は休業日となる計算になった。 しかし、グレゴリオ暦導入を機に週休制に改めることで、休業日を年間50日余りに減らすことができたので、その分今までと同じ報酬で、多くの日数官吏を働かせることができた。
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西暦はキリスト教由来。


イエス・キリストの産まれた年が元年。
日本には16世紀、カトリック宣教師によって伝えられたが、使用されるようになったのは明治の初め。
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