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原爆を開発したのはユダヤ人ですが、皮肉な事に、歴史上、最もユダヤ人を救ったのは日本人ですね?

杉原千畝の「命のビザ」は有名です。同じようにユダヤ人を救った「シンドラーのリスト」も有名ですが、ドイツ人のシンドラーが救ったユダヤ人の数は、ドイツ人が虐殺したユダヤ人の数に比べれば、取るに足りません。それに比べて、日本は第二次大戦でユダヤ人を虐殺していません。

そもそも杉原千畝が、あれだけ沢山のユダヤ人を救えたのは、日本がドイツの同盟国だったからです。ですからドイツは同盟国の日本の杉原千畝の行為を邪魔できなかったのです。従って、ユダヤ人を虐殺から救うという目的を達成する為には、日本がドイツと同盟を結んだのは正しかったのです。

しかし、その一方で、ユダヤ人が開発した原爆で多くの日本人が虐殺されたのは皮肉な事です。
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https://www.sankei.com/article/20140817-UD4REBGE …
「日本人に深くお詫びしたい」、日本の「原発」生んだのは米物理学者たちの「原爆贖罪意識」だった
2014/8/17

湯川博士のノーベル賞受賞の陰に

 広島、長崎の悲劇を生んだ原爆を発明したのは、オッペンハイマーやアインシュタインほかユダヤ系化学・物理科学者たち(ナチスから逃れ米国へ移民した学者たち)によるマンハッタン計画でしたが、当初のナチスドイツ殲滅・ヒットラー必殺の目標が、想定外に早く訪れたヒットラーの自死とドイツの降伏(5月)で、実験と投下のタイミングを失したのか、ウランとプルトニウムという二種類の核爆弾の準備を万全に整えるのに遅れたのか(7月に実験成功)、おそらくこれらの理由により、5月以降も応戦を続けていた日本に振り向けることになったそうです。

A 回答 (4件)

アインシュタインたちが原爆開発を急いだのは、ナチスよりも先に開発しなければ、戦局が一挙に逆転して大変なことになると危惧したからです。

 日本に落とすために原爆を開発したのではありません。 

また、日本に原爆を落とした張本人は、原爆計画の責任者をつとめていたレスリー・グローブス准将です。 グローブスは巨額の国費を投入して開発した原爆を、実際に落としてその効果を示さなければ、自分の責任を国会で追及されると恐れ(実際にマスコミのインタビューに対し、そのように話した記録が残っています)、原爆計画について何も知らされないまま、ルーズベルトの急死で大統領になったトルーマンに、原爆の威力や、投下予定地について嘘の報告をして、トルーマンに原爆投下命令書にサインさせたのです。 

グローブスが一番原爆を投下したかったのは、盆地であるために、破壊効果が隅々まで行き渡る京都でした。 そのために、グローブスは京都には軍事施設があると嘘の報告書をトルーマンに提出し、京都への原爆投下の許可を求めましたが、幸いトルーマンの側近であった陸軍長官のヘンリー・スティムソンが2度京都を訪問したことがあり、グローブスの報告は嘘であることをトルーマンに進言したため、京都に原爆が落とされることはありませんでした。 

グローブスは広島、長崎への原爆投下の後、1945年末までに更に17発の原爆を製造して、日本に投下することを計画していました。 しかし、広島・長崎での原爆の威力とそれによる被害の大きさに驚愕したトルーマンは、その後の原爆投下は認めませんでした。 グローブスの嘘に騙されたとはいえ、原爆投下命令を出したトルーマンは、ナチスのヒトラーと同じように、国際世論が自分を極悪人と非難することを恐れ、今も米国人の多くが信じている「原爆投下のお陰で戦争が早く終結し、多くの米国人将兵の命が救われた」と言う大嘘をでっち上げて、その嘘を広めたのです。 

上記については、2016年8月6日に放送されたNHKスペシャル「決断なき原爆投下 ~米大統領 71年目の真実~」で、詳しく紹介されました。


https://matome.eternalcollegest.com/post-2147058 …
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この回答へのお礼

J・ロバート・オッペンハイマー
マンハッタン計画を主導し、卓抜なリーダーシップで原子爆弾開発の指導者的役割を果たしたため、「原爆の父」として知られる。

ドイツからのユダヤ系移民の子としてニューヨークで生まれた。

1943年、オッペンハイマーはロスアラモス国立研究所の初代所長に任命され、原爆製造研究チームを主導した。

冷戦を背景に、ジョセフ・マッカーシーが赤狩りを強行した。これがオッペンハイマーに大きな打撃を与える。妻のキティ、実弟のフランク、フランクの妻のジャッキー、およびオッペンハイマーの大学時代の恋人ジーン(Jean Tatlock)は、アメリカ共産党員であった。

また自身も共産党系の集会に参加したことが暴露された。

ニュージャージー州プリンストンの自宅で、62歳で死去した。

お礼日時:2023/08/06 18:06

まあ一番悪いのはアメリカって事です


アメリカが発注して使用しました
アメリカぐらい悪い国は他にないのです
そもそもあの戦争の引き金となった真珠湾も
アメリカによる実に巧妙な誘導作戦でした
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開発というか発明でしょ


開発をすると決めたのはあくまでも白人でしょ
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ただ、原爆をナチスに使うという案もあったそうです。

結果的に日本に使うと決めたのはユダヤ人ではないです。

杉原さんは良い仕事をされました。ただ、テレアヒブ空港で日本赤軍がテロをやった事はあります。
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この回答へのお礼

当初のナチスドイツ殲滅・ヒットラー必殺の目標が、想定外に早く訪れたヒットラーの自死とドイツの降伏(5月)で、実験と投下のタイミングを失したのか、ウランとプルトニウムという二種類の核爆弾の準備を万全に整えるのに遅れたのか(7月に実験成功)、おそらくこれらの理由により、5月以降も応戦を続けていた日本に振り向けることになった。

と言う事です。

テルアビブ空港乱射事件については、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)の対外作戦部隊 (PFLP-EO)が計画し、当時「アラブ赤軍」などと自称した日本人政治活動家(後の日本赤軍)3名が実行したテロリズム事件であり、日本政府の関与する所では無い。

プエルトリコ人(アメリカ合衆国籍)17人、イスラエル人8人、カナダ人1人の、計26人の民間人が殺害され、80人が重軽傷を負った無差別テロ。

PFLPと赤軍派の協力
そこで、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)は「報復」としてイスラエルのロッド国際空港を襲撃することを計画した。だが、アラブ人ではロッド国際空港の厳重警戒を潜り抜けるのは困難と予想されたため、PFLPは赤軍派の奥平に協力を依頼し、日本人によるロッド国際空港の襲撃が行われた。

この攻撃への報復として数週間後にイスラエル諜報特務庁(モサド)は、PFLPの報道官ガッサーン・カナファーニーが7歳の姪とともに乗った自動車に爆弾を仕掛け、暗殺した。

事件後、イスラエル閣僚の何人かは、「3人のテロリストを日本国民と結びつけるべきではない。そしてキブツ(イスラエルの農業共同体)には今も日本人学生と日本人ボランティアがおり、 彼らは引き続き歓迎される」と述べており、イスラエル人は、3人のテロリストが日本人を代表していないことを理解していたため、この虐殺事件は、イスラエルにおける日本人へのイメージに悪い影響を与えていない。そのため、反日感情が高まったり、ジャパンバッシングが発生することもなかった。

岡本の亡命要請を受けたレバノン政府は、岡本の行為を国内法に照らして検討して「イスラエルに対する合法的な抵抗(レジスタンス)」と判断して内務大臣などでつくる委員会が2000年3月に亡命を認め、その見解を身柄引き渡しを求める日本側にも伝えたという。

お礼日時:2023/08/06 14:28

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