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原子内の電子がどうなっているのかについての前回の疑問に対して、電子は波であり粒子でもあるという回答をいただきました。が、同時、同所、同条件下で粒子性と波性両方を一度に示すことは量子論が如何に摩訶不思議であっても不可能でしょう。例えば光子の二重スリット実験で、スリットを通るところまでは波であっても、スクリーンに到達すれば、光子の波は一点に収束し、粒子となってピンポイントにその位置を示すことになります。波性も同時に示すとなると、一点に収束しながら、波としても拡がるということになり、それは不可能と言わざる得ない。二面性を持つというのは、ある状況では粒子性を示し、また違う状況では波性を示すということだと考えられます。
それ故に、原始内の電子は、何の干渉も受けていない状況では、粒子でもなく波でもない、確率の雲(イメージしやすくした強引な表現だと思いますが)として原子核の周囲に分布していると考えていたのです。また、そう考えることで、電子が加速度運動に伴う電磁波の放射でエネルギーを失い、原子核に落下する問題も回避できる。金や銀の色を説明するために、電子が光速の数十%の速さで原子核を周回しているとする説明に疑問を覚えるのは、この考えがあったからなのです。
だから、残念ながら、いただいた回答では十分な説明にはなりません。どうしても、粒子性と波性が同時に表れているのだという説明になるのだとするならば、原子内の電子は粒子でもあるわけだから、やはり、電磁波の放射により、原子は安定して存在できないことになる。仮に、波性があることで原子核への落下が防がれているとしても、電磁波は放射されているでしょう。しかし、そんな観測はされたことがないと思います。
いったい、原子内の電子はどうなっているのか?
ここで、憶測をたくましくして、自分なりの仮説を立ててみるのも少しは有意義なことかもしれません。原子内の電子は何の干渉も受けていないときは、確率の雲状態にあるという考えを述べました。ということは、言い換えれば、外から何らかの干渉があれば、粒子か波になるとも考えられます。
金や銀に光を照射することで、確率の雲だった電子が粒子になり、原子核の周りを周回するようになる。そのため、加速度運動に伴う電磁波放射と、照射される光のエネルギーによる励起が重なり、電子から金や銀に独特の色の光が放射される。電子が原子核に落ちてしまわないのは、光が照射され続ける限りエネルギーが供給されているからだと考えられ、照射を止めれば、電子は元の確率の雲に戻る。
こういう仕組みになっているというアイデアはどうでしょうか?専門家からすれば、全然違うよ、ということかもしれませんが。

A 回答 (6件)

原子内の電子がどうなっているのかについての前回の疑問に対して、電子は波であり粒子でもあるという回答をいただきました。

が、同時、同所、同条件下で粒子性と波性両方を一度に示すことは量子論が如何に摩訶不思議であっても不可能でしょう。

>一度に示すのではありませんよ。時と場合によりどちらかです。

例えば光子の二重スリット実験で、スリットを通るところまでは波であっても、スクリーンに到達すれば、光子の波は一点に収束し、粒子となってピンポイントにその位置を示すことになります。波性も同時に示すとなると、一点に収束しながら、波としても拡がるということになり、それは不可能と言わざる得ない。二面性を持つというのは、ある状況では粒子性を示し、また違う状況では波性を示すということだと考えられます。

>2重スリットをよく理解していないようだけど、1つの粒子をうち、それが波として振る舞うので、スリット2つをすり抜け、すり抜けたものがスクリーンに当たって粒子として観測されるのです。

>それ故に、原始内の電子は、何の干渉も受けていない状況では、粒子でもなく波でもない、確率の雲(イメージしやすくした強引な表現だと思いますが)として原子核の周囲に分布していると考えていたのです。

確率は実態ではありません。波動関数の数値の意味を示しているだけ。素粒子は、場がエネルギーで励起した波です。相互作用がシンプルなときのみ、観測すると粒子かのように振る舞うのです。

>また、そう考えることで、電子が加速度運動に伴う電磁波の放射でエネルギーを失い、原子核に落下する問題も回避できる。

回避もなにも、100年前の、初期量子論でかいけつしてます。電子は波。エネルギーは量子化され、もっとも低いエネルギーだから、そこに存在しているってことです。

>だから、残念ながら、いただいた回答では十分な説明にはなりません。

回答が不十分でなはく、あなたの基礎理解が不十分なのです。

>どうしても、粒子性と波性が同時に表れているのだという説明になるのだとするならば、

だから、だれもそんなことは言ってない。

>原子内の電子は粒子でもあるわけだから、やはり、電磁波の放射により、原子は安定して存在できないことになる。仮に、波性があることで原子核への落下が防がれているとしても、電磁波は放射されているでしょう。しかし、そんな観測はされたことがないと思います。

それが100年前の初期量子論が出来たきっかけです。あなたが知らないだけです。勉強しましょう。古典論で考えても無意味なのです。

>いったい、原子内の電子はどうなっているのか?ここで、憶測をたくましくして、自分なりの仮説を立ててみるのも少しは有意義なことかもしれません。

すでに解決し、あなただけが知らないことを、無知の知を理解せず、あなたの既存知識で仮説をのべても、無意味です。

>原子内の電子は何の干渉も受けていないときは、確率の雲状態にあるという考えを述べました。ということは、言い換えれば、外から何らかの干渉があれば、粒子か波になるとも考えられます。

あいまいで意味不明です。前期量子論を勉強してください。

>金や銀に光を照射することで、確率の雲だった電子が粒子になり、原子核の周りを周回するようになる。そのため、加速度運動に伴う電磁波放射と、照射される光のエネルギーによる励起が重なり、電子から金や銀に独特の色の光が放射される。電子が原子核に落ちてしまわないのは、光が照射され続ける限りエネルギーが供給されているからだと考えられ、照射を止めれば、電子は元の確率の雲に戻る。こういう仕組みになっているというアイデアはどうでしょうか?専門家からすれば、全然違うよ、ということかもしれませんが。

なんども言いますが、支離滅裂です。すでにわかっていることは、まずあなたが勉強してくださいね。量子論という言葉の意味もわかると思います。
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本題からは外れますが、質問者様の理解が間違っている点について少し指摘を。



まず「原子核への落下が防がれているとしても、電磁波は放射されているでしょう」と言うのが間違っています。量子力学では電子が軌道上を回っている(と言うのは古典力学的な表現であって本当は不適切ですがここでは便宜上このように書く事にします)状態では光を放出してエネルギーを失う事はなく、高エネルギー状態の軌道から低エネルギー状態への軌道に移る時にだけ光を放出するものと考えます。そもそも「軌道上の電子は光を放出して原子が潰れるはずなのにそうなっていないのはなぜか」を説明するのが量子力学が作られた目的の一つなので、量子力学の考え方で「電子が光を放出して原子が潰れる」となってしまったら量子力学を考える意味がない事になります。

それから原子内の電子について「何の干渉も受けていないときは、確率の雲状態にある」と言う考えも量子力学的な考え方ではありません。先の回答で書いたように「何の干渉も受けていないとき」と言う状態を考える事自体が物理的に無意味(≒存在しない)と言うのが量子力学の考え方です。「何の干渉も受けていない」と言う状態がどんなものかを知る事は絶対にできない(計算で求める事もできない)わけですから、そんなものは物理的に意味がないとしているわけです。
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「電子の本当の姿はどうなっているのか(波なのか粒子なのか)」と言う問いに対しては以下のような例を考えて見ると分かりやすいのではと思います。



とある絶世の美女が誰もいない部屋の中にいるとします。そしてその美女には呪いがかけられていて、部屋を一歩でも出ると二目と見られぬ醜女の姿になってしまいます。部屋に戻ると美女の姿に戻りますが、その部屋には彼女以外は誰も入れないものとします。ここで質問。彼女は美女でしょうか、それとも醜女でしょうか。

「彼女の本当の姿は絶世の美女なのだから当然美女である」と言うのが常識的な見方ですし、また物理学でもそう考えて来ました。しかしながら彼女が美女である姿を見る事のできる人は本人以外誰もいません。そしてもしもその女性が人形のような意識のない存在だったとしたら、その女性の元々の姿が美女である事を知る人は世界に誰もいない事になります。そのような状況で「彼女は本当は絶世の美女である」と言う主張に意味はあるのでしょうか。「醜女の姿しか見えないのだから彼女は美女ではなく醜女である(本当の姿なんて考えても無意味)」と言うのが量子力学の考え方と言っていいと思います。
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No1,2さんに同意します。



そもそも量子の世界は私たちの常識とは全く異なります。私たちの常識で素粒子の世界を考えることは無意味なんですよ。「粒子と波の両方の性質をもっている」なっていっても私たちのイメージする粒子や波ではありません。

「波として観測すれば波」「粒子として観測すれば粒子」「観測手段するまではどうなっているのかわからない」なのです。しかも不確定性原理で「位置と運動量の両方を同時に正確に計測することができない」なんていうのもあります。

「電子の雲」というのも電子の存在する確率を比喩的にそういっているだけであって、電子が雲の状態であるわけではありません。マクロの世界ではミクロはわからないのですよ。

相対論だって時間が遅れるとか空間が縮むとか、はては空間がまがってるなんて私たちの常識とはかけ離れています。自然は非常識と達観せざるを得ないですね。

一度きちんと量子力学をシュレディンガー方程式から勉強されたらいかがでしょう。量子力学は奥が深いですよ。
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「電子は波でもあり粒子でもある」と言う表現はある意味間違っています。

質問者様がお考えのように粒子性と波動性を同時に表す事はできません。より正確に言えば「波の性質が表れるような観測を行えば波であり、粒子の性質が表れるような観測を行えば粒子である」と言うのが妥当な表現だと思います。

すると当然「本当の状態は波なのか粒子なのか」が気になる所だと思いますが、量子力学の考え方は「本当の状態などと言うものを考える事は科学的に無意味」と言って構わないと思います。「絶対に知る事ができないものは存在していないのと同じ」と言った所でしょうか。
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あなたの話は量子力学の基をなす不確定性原理のことがスッポリと抜け落ちています。

あなたにとっての粒子とはどんな描像ですか。
金や銀に独特の色の光が放射されると書いておられるが、散乱されているだけでその時の電子の応答の違いによって色の違いが現れます。
自分で考えることは良いことですが、まず偉大な先人の成した仕事を基礎から歴史を追って勉強して理解することから始める方が良いでしょう。
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