No.5ベストアンサー
- 回答日時:
…別に難癖をつけるつもりはありませんが、可能性を100%否定することもないと思います。
ご存知かもしれませんが、その昔は性に対する倫理も現代ほど厳しいものではなく、祭りの日でもあれば(言い方は非常に悪いものですが)フリーセックスの行為もあったといいます。あるいは閉鎖性の強い地域であるならば宿を借りた旅人に村の娘を差し出すことも珍しくありませんでした(そうやって“血”が濃くなりすぎることを未然に防いだ)。家康の先祖だってそのような事柄がきっかけで三河に定着するようになったという説があります。また“逆賊”視された平将門の子孫だって、義経の叔父である源行家の子孫だって、一見“皆殺し・根絶やし”にされて存在しないようにも思えますが、実は生き残って後世に名を残しました(豪族が便宜上“私は○○○○の子孫、末裔である”勝手に名乗っている例も多々含まれますが…苦笑)。
名もない旅商人に対してですら“娘を差し出される”ようなことがあったのですから正統な清和源氏の後継者の一人である義経に地方豪族などがその娘を喜んで差し出したり、あるいは遊女などの妻妾の一人がこっそりと子供を残したとしても、それは(正式な)「歴史書」に残されていないだけで、可能性としては全くないとはいえないのではないでしょうか。
No.7
- 回答日時:
義経には、正妻に3人、静御前に1人の子供がいたことは間違いないと思われますが、前者は平泉で両親とともに死亡、後者は頼朝に海に投げ入れられて死んだとか…。
いずれも史書にあるだけですから、正確かどうかは分かりませんし、前者は父親ですら実は逃げたという伝説が数多く残っていますので、もしかしたら…ということもあるかもしれませんね。もちろん、その他の女性との間に子供があったかもしれませんが、鎌倉幕府の追捕を受けたという話しは聞いたことがありませんから、表立った義経の子供は、他にはいなかったと思われます。(鎌倉幕府は、相当厳しく調べたと思われますので)
なお、源や平は、藤原、橘などと同様、天皇の子孫から発した姓で、その子孫は直系を除いて新しい姓を名乗っていますから、例えば足利にしても徳川にしても、公式文書では源姓を名乗っています。
が、源氏=頼朝や義経の系統だけではなく、源氏といってもほとんどつながっていない系統もあるのです。頼朝も義経も公式には断絶していますので、、質問者のご家系は、源氏であっても別系統だと思います。更に、言われるとおり、戦国時代などは他人の系図を買ったり奪ったりしてしていますので、本当のところはなかなか分かりません。
No.6
- 回答日時:
世の中に存在する系図のほとんどはでっち上げであると言われています。
質問者様の先祖が、どこかの藩のれっきとした藩士で、明治維新以後の系譜がはっきりしているのであれば、「その大名に仕えた後」の系譜は本当でしょう。それ以前は、伝説と考えておくべきです。ちなみに、私の家は17世紀半ばくらいからは某藩の藩士でしてたので系譜がはっきりしていますが、それ以前のことは私の家には何も伝わっていません。復刻されている藩の文書を見ると「某戦国大名に仕えていた」と書いてありますが、これは某藩に仕官する時に私の先祖が言ったことを記録しただけでしょう。真偽は知りませんが、系図には、清和源氏の誰それの子孫と言うことで書いてあるようです。もしかしたら、源義経の子孫かも?(笑)
源義経の子孫は、現在知られている歴史では存在しないとなっているはずです。ですが、No5の方が言われるように、公にならない範囲で義経の子供が何人もいたとしても全くおかしくありません。貴人のDNAが、今よりずっと残りやすかった時代です。
あまり聞いたことはないですが、質問者様のように「源義経の子孫」という伝承を持つ一族は結構存在するでしょう。ただ、その真偽を判断するのは実質的に不可能です。
No.4
- 回答日時:
源義経に子孫は居なかったでしょう。
江戸時代,幕府や藩に仕官する際に家系図を提出しなければなりませんでした。しかしどの家にも家系図があるわけではありませんから,家系図を作成する店がありました。源・平・藤原・橘の四姓のいずれかの末裔であるというような家系図を作って売る商売です。ですので,実在の人物から架空の人物を経て,わかる範囲の自分の先祖に繋がって自分に至るという家系図を作ってくれたのです。
No.3
- 回答日時:
源氏の末裔はともかく義経には子孫はいませんので・・・
また生き延びてモンゴルに渡りチンギスハンになったとか富山の井口村には義経落胤の伝説があったりしますけど眉唾ですしね
家系図がどこまで辿れてどこまで信用できる物かがわかりませんが源氏の末裔は計算上2000万人くらいはいますので確率的には源氏の末裔はあり得ます
平氏もそのくらいはいますね
でもどちらの血も入ってない人もいるでしょう
とくに沖縄や九州南部や島はそうでしょうね
No.2
- 回答日時:
源義経には公式には子供はいなかったとおもいますが、どこかで夜伽の相手をした女性に子供ができたこともなくはないでしょうからまったくありえないこともないでしょう。
それににしてもそのころからの家系が間違いなくわかるのは天皇家と上流の公家、鎌倉以前から続く上流武士くらいで、あとは本当の家系なんかわかりません。
鎌倉以前から源氏だの平氏だの藤原氏だのを名乗っていても実際は他姓なのに養子となって名乗っただけというのも多いですかし、江戸時代の大名はほとんど源平藤橘のいずれかの姓を名乗りましたがほとんどはでたらめです。
お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!
おすすめ情報
- ・漫画をレンタルでお得に読める!
- ・人生のプチ美学を教えてください!!
- ・10秒目をつむったら…
- ・あなたの習慣について教えてください!!
- ・牛、豚、鶏、どれか一つ食べられなくなるとしたら?
- ・【大喜利】【投稿~9/18】 おとぎ話『桃太郎』の知られざるエピソード
- ・街中で見かけて「グッときた人」の思い出
- ・「一気に最後まで読んだ」本、教えて下さい!
- ・幼稚園時代「何組」でしたか?
- ・激凹みから立ち直る方法
- ・1つだけ過去を変えられるとしたら?
- ・【あるあるbot連動企画】あるあるbotに投稿したけど採用されなかったあるある募集
- ・【あるあるbot連動企画】フォロワー20万人のアカウントであなたのあるあるを披露してみませんか?
- ・映画のエンドロール観る派?観ない派?
- ・海外旅行から帰ってきたら、まず何を食べる?
- ・誕生日にもらった意外なもの
- ・天使と悪魔選手権
- ・ちょっと先の未来クイズ第2問
- ・【大喜利】【投稿~9/7】 ロボットの住む世界で流行ってる罰ゲームとは?
- ・推しミネラルウォーターはありますか?
- ・都道府県穴埋めゲーム
- ・この人頭いいなと思ったエピソード
- ・準・究極の選択
デイリーランキングこのカテゴリの人気デイリーQ&Aランキング
-
平安時代の寝殿造り.....冬はど...
-
56歳独身男性です。 オナニーが...
-
「1に何々、2に何々、34が無く...
-
課題の反対語
-
「づつ」と「ずつ」はどちらの...
-
日本は戦前は赤犬を食べていた...
-
昔の川下り船
-
歴史的仮名遣いでの小文字表記...
-
禁中並公家諸法度と禁中並公家...
-
夜着に使っていた白い着物の名称
-
中国人の脚の長さ が、気になり...
-
いろは歌の「ん」について
-
好きな人が神社、お寺巡りが好...
-
「幼少」ということば
-
志望理由書の添削を至急お願い...
-
忍者などが口に装着する布の正...
-
パクリの語源は、戦前盗みで捕...
-
羽柴(筑前守)秀吉などの「〇...
-
10シリング6ペンスは日本円でい...
-
加賀藩は何故百万石もあったの...
マンスリーランキングこのカテゴリの人気マンスリーQ&Aランキング
-
調べやすい歴史上の人物
-
アラン・ドロンがダーバンのC...
-
「わいうえを」とか「やいゆえ...
-
課題の反対語
-
平安時代の寝殿造り.....冬はど...
-
調べやすい歴史上人物・レポー...
-
「1に何々、2に何々、34が無く...
-
「づつ」と「ずつ」はどちらの...
-
中国人の脚の長さ が、気になり...
-
パクリの語源は、戦前盗みで捕...
-
56歳独身男性です。 オナニーが...
-
【五輪の表彰台】オリンピック...
-
志望理由書の添削を至急お願い...
-
オススメの世界史人物を教えて...
-
歴史的仮名遣いでの小文字表記...
-
「幼少」ということば
-
禁中並公家諸法度と禁中並公家...
-
古代ギリシャ語と現代ギリシャ...
-
五十音で「やゆよ」と「わをん...
-
昔の武士の男の子の、○丸という...
おすすめ情報