子供の頃に読んだプラモデルや雑誌の説明に、
戦艦大和は敵の○○○キロ爆弾にも絶えられる装甲をもっている。
などと書いてあったのを覚えています。

でも、最近ふと思ったのですが、
大和の甲板って「木製」じゃなかったかしら?
雑誌で調べてみても、確かに木製のようです。
これでは、爆弾でなくても耐えられないのでは?

装甲が丈夫だというのは、甲板以外の部分を指していたのでしょうか?
それとも私の記憶違いだったのでしょうか?

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A 回答 (5件)

『大和』の甲板は、上から、『最上甲板』・『上甲板』・『中甲板』・『最2中甲板』・・・となっていますが、このうち、『中甲板』に200mmのMNC甲鈑が使われています。

(『最上甲板』・『上甲板』は"防御装甲"と呼べるほどの強度はありません。)

当時、アメリカ海軍の艦上爆撃機が搭載する爆弾が1,000ポンド(453.6kg)だったので、日本海軍が使用する500kg爆弾の直撃に耐えられるようにされたと言われていますが、設計当時は、撃角55度、最終撃速の"砲弾"の直撃に耐えられるように研究されたようです。

MNC甲鈑というのは、モリブデン入りのニッケル・クローム鋼に特殊な熱処理を加えたもので、それ以前の日本戦艦に使われていたNVNC甲鈑(ニッケル・クローム鋼均質甲鈑)では強度不足ということで開発されたものです。

ちなみに、舷側水線上にはVH甲鈑410mm、水線下はNVNC甲鈑200~50mm(深くなるほど薄くなります)が、それぞれ、傾斜角20度と14度で取り付けられています。

以上、『丸』'93年2月号別冊『図説大和/武蔵』より抜粋しました。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

甲板だけでもそんなに区切られていたとはビックリです。
しかも、防御上での重要甲板が最上甲板でなくて、中甲板というのもビックリでした。

大変詳しく教えていただきまして助かりました。

お礼日時:2002/03/29 12:57

 空からの攻撃は、考えていなかったのです。


 大和が浮沈艦といわれたのは、横からの攻撃(魚雷や船からの砲弾)に強いということです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
また何かありましたらお願いします。

お礼日時:2002/03/29 12:58

たしか木製甲板の下には普通の鉄甲板があったはずです。



5cmぐらいの厚さのヒノキや松や杉をつかって甲板を覆ったのだけど、それは下にある鉄の甲板部分が直接外気にふれないようにして痛みを避けるため、乗務員の足を滑りにくくするためなどの理由のためだったと思います。

そしてその板材の下には20cm~40cm(船体の個所によって厚さが違う)ほどの厚さの鉄甲板があったはずです。

船体の装甲の厚さは大和級は確かに他の艦よりもやや分厚く頑丈ですね。外国の戦艦と比べると10cm近く平均で厚かったと思います。それにプラスして大和の内部は区画がすごい数に区切られていて1つや1つ穴があいて一部浸水してもなかなか沈まないように作られていました。まあ最後はあれだけ雨あられと雷撃&爆撃くらったから仕方ないですね・・・
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この回答へのお礼

そうなんですか!!

確かに木製の甲板だったら、船の構造上からも強度に問題がありますものね。

>下にある鉄の甲板部分が直接外気にふれないようにして痛みを避けるため、乗務員の足を滑りにくくするためなどの理由のためだったと思います。
そういう理由で木製板を敷いていたとは初めて知りました。

ありがとうございました。

お礼日時:2002/03/29 12:54

その木製甲板というのは、居住区画の床の表面のことでは?


軍艦の構造は鋼製甲板で何段にも、まるで高層ビルのような仕組みになってます。
このように、小さな部屋を縦横集めたような構造にすることで攻撃を受けたとき沈みにくくしています。一番外側をぶ厚くしてるだけではないのですね。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

いわゆる防水区画というやつですね!!

お礼日時:2002/03/29 12:51

そうです。

大和の甲板は木製で、ゆるやかな傾斜がついていて、これを当時は大和坂と呼び、乗組員達の自慢話の一つにしていました。実際は何キロの爆弾に耐えることが出来たのかはわかりませんが、1トン爆弾でも平気であったと言われるくらい かなり丈夫につくっていたのです。
でもご質問の通り、甲板は木製なので、穴は開きます。しかし、船底まで貫通することがなかったので、撃沈はしないという意味ではないでしょうか?また、主砲の装甲は3メートルの鋼鉄を手曲げで加工したもので、大和の主砲が命中しても壊れないことを基準に作られたのです。ですから当時は大和の主砲が世界1だったことを考えれば無敵のデフェンスを持っていたことになります。
予断ですが、主砲は3門同時に射出できるように設計されていたのですが、正確には1門ずつ多少時間をずらして射撃するのです。映画などでは3門同時の射撃の場面があるようですが、これは間違いです。というのも、主砲の爆圧がものすごくて、同時射撃の場合真中の砲弾がそれに押されて距離が落ちるのです。またまた予断ですが、設計当時の大和は主砲が5基あったのはご存知ですか?最後は3基に変更されたのです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
甲板は防御を考える上では、さほど問題にならないんですね!
要は沈まなければ大丈夫というところでしょうか。

>主砲の装甲は3メートルの鋼鉄を手曲げで加工したもので・・・
手曲げだなんてビックリしました。
当時の技術者に感心しました。

お礼日時:2002/03/29 12:50

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どなたか理由を教えてください

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出来ればこちらも教えてください

宜しくお願いします

Aベストアンサー

アングルドデッキが採用されたのはエセックス級の近代化改修からです。朝鮮動乱の頃はまだストレートデッキでしたが、艦載機のジェット化によって着艦速度が高くなりました。
着艦時には甲板上のワイヤーにアレスティングフックを引っ掛けて制動をしますが、複数のワイヤーがあっても失敗することもあるわけです。
このような場合に備え、クラッシュバリアーもありますが、ジェット化によって速度が高くなった上に、それまで機体前部にプロペラがあってクラッシュバリアに絡み付いていたのが、直接キャノピーにあたるようになりました。それにクラッシュバリアの故障などもあり、その場合、発艦準備をしている列に衝突することになります。
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空母だけでなく、たとえば海や湖などに面した場所にフロート式や収納式の滑走路や基地があるとこも皆無です。
たとえば戦略上有効な場所だけど、切り立った崖と海しかない、というようなところもあるでしょうから、不都合がなければとっくにあってもいいと思います。

その不都合がこの間の辺野古沖への米軍基地問題で脚光を浴びました。
日本政府としては辺野古沖に浮島式の人口島を作って滑走路を作る案を提示したのですが、米軍は海(とくに海中)からの魚雷攻撃などに対応できない、として拒否しました。

空母も同じ問題を抱えていますし、水深を考えればもっと状況は深刻といえます。つまり滑走路のような図体のでかいものを海上に展開したら、どうやっても潜水艦からの魚雷攻撃を避けられないのです。
ただでさえ空母は潜水艦からの攻撃に弱いため、常に対潜哨戒機を周辺に飛ばし、海中ソナーを投下して自分(空母)の周りのかなり広い範囲を警戒しています。それでも、たとえば空母の進む方向にずっと前からじっと待ってられたら、探しようがありません。
その場合は、空母を護衛しているフリゲート艦が潜水艦を排除するのです。とうぜんその間空母は潜水艦に攻撃されないように全速力で右左に回避行動を取りながら艦載機の離発着を行うのです。

ですから、スペースだけを考えればとても無駄ですが、攻撃を避けるためには(可能な限り)すばやく動ける空母の方式がいいのです。

空母だけでなく、たとえば海や湖などに面した場所にフロート式や収納式の滑走路や基地があるとこも皆無です。
たとえば戦略上有効な場所だけど、切り立った崖と海しかない、というようなところもあるでしょうから、不都合がなければとっくにあってもいいと思います。

その不都合がこの間の辺野古沖への米軍基地問題で脚光を浴びました。
日本政府としては辺野古沖に浮島式の人口島を作って滑走路を作る案を提示したのですが、米軍は海(とくに海中)からの魚雷攻撃などに対応できない、として拒否しました。

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Q大和型戦艦

大和型戦艦は作って得でしたか ?損でしたか?

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1艦あたり、当時のお金で約1億4000万円で、国家予算の約2%です。
戦果を考えるとまったく割に合わない兵器です。
巨人で言うとトマソン、阪神で言うとグリーンウェルです。

でも、価値はそれだけで決まるわけではありません。
武蔵以下の2~3番艦は全く割に合わなかったと思います。
しかし、大和は戦果は少ないながら長期間活躍しました。
日本の心の象徴である「大和」の名とともに、日本海軍の象徴でもありました。
大型艦の技術は戦後の日本造船界への大きなプラスとなりました。
象徴として宇宙戦艦大和でもかなり大きな利益をあげています。
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Aベストアンサー

こんにちは

> なんで迷彩ズボンをはいているのですか?

えっと・・・、それが(作業用の)制服だから、ですかね。

ちなみに全員じゃないんですね迷彩も・・・
http://www.navy.mil/management/photodb/photos/100202-N-4774B-142.jpg
とか
http://www.navy.mil/management/photodb/photos/060112-N-7130B-254.jpg
見ると、意外とバラバラなのに気づきます、

まぁ米軍的と言えば そうなのかもしれませんが (´・ω・`)

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戦艦大和といえば”世界の三大バカ”あるいは無駄なものの象徴のように言われています。

しかし大和そのものはたしかに大した結果を残していませんが、その後の科学技術、工学、造船技術の基礎や応用に影響していることを考えるとあまりにも評価が低いような気がします。

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Aベストアンサー

大和、武蔵の建造については幾つかの本で、今でもその設計造船技術、職人の技などを知ることが出来ます。
全てが初めてといえる至難の経験をつんで作られたわけですが、個人的には、それを、わざわざ平らな甲板にして空母として完成された信濃の建造について知りたいと熱望しています。本来戦艦として主砲や大きな艦橋を前提として作られたものを、どうやって船のバランスを保って作れたのかだけでも考えると、すごいことだと思います。
いずれにしても、質問者様のおっしゃる通り、誰でも知っているわけではありませんし、日本の誇りといえると思いますし、大和ミュージアムが完成したことでもありますし、広く知ってもらうという意味での再評価は必要ではないかと思います。

Q船の甲板の転落防止(?)柵の名前は?

 まさにタイトル通りなのですが‥。

 普通、大きな船の甲板の端には、転落防止用(?)に柵のようなものがありますよね。あれ、普通は何と呼ぶものなんでしょうか?
 「欄干(らんかん)」は橋に使う言葉のような気がするし、「手すり」というのもちょっと違うような‥「柵」は論外ですし(= =;)。

 ネットで検索してもみたのですが、そんな部分の名称を書いて下さっているページは見つからず、ちょっと困っております。ご存じの方おられましたら、どうぞ教えてやって下さいm(_ _)m

Aベストアンサー

#3のRikosです。

このサイトの表現によれば、『ハンドレール』でいいような感じなのですが・・・。

>つまるところあれはやっぱり「手すり」なんでしょうか‥(笑)

そうですね。
小説などには、『デッキの手すり』などとよく書かれています。

ご参考までに。

http://www.mlit.go.jp/maia/04saiketsu/koube/kb1303/12kb087.htm

Q戦艦大和の機銃の爆風覆い

大和型戦艦のみに装着されていた機銃の爆風覆いの左右への旋回動力はどうしていたのか教えて下さい。
覆いの無い機銃は旋回手がハンドルを回して動かしていますが、大きな爆風覆いは人力では動かないと思いますので。

Aベストアンサー

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電動の機銃座はあったと書物にはありますから。ただ、大和型に使われていたかどうか定かでない。翔鶴型に使われたらしいので多分使われたのではと思います。
機銃射撃装置というのがあって、双眼鏡で敵機を捕捉、その座を電動で回し、そのパルス分を機銃座に送って同じ方向を向けさせるという物です。仰角もできたようなので、初期の機銃座については電動であったと思われます。これは機銃座全体が動くようで、機銃が乗ってる座を砲塔のように回していたようです。つまり、主砲とほぼ同じような装置にしていたと思われます。

(後期の副砲を外し、対空兵装を強化したあとの機銃は全て覆いもなく手動だったと思われますが)


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