痔になりやすい生活習慣とは?

こんにちは、komo-moと申します。

先日友人の薦めでメル・ギブソン主演の「Brave Heart」を見ました。そこで歴史に疎い私はイギリスとスコットランドが仲が悪いとかは聞いていたんですが、あんなに大変なことがあったとは知らなかったんです。(勉強不足で)

その映画で最後は「スコットランドは独立を勝ち得た」ということになっていたので「え、スコットランドはイギリスとは違う国だったの?」と思い、早速地図帳を見てみましたら、いえいえスコットランドはイギリスの一部スコットランド地方ということになってます。

それではあの映画(確か1280年とか?)の時代より後にまたしても色々なことがあったのでしょうね。すでに映画の中でフランスからやってきた皇太子の嫁は、当時反逆者の罪で処刑されたウィリアム・ウォレス(つまりメル・ギブソン)の子供を身ごもるという話です。これは大変なことです。これも歴史上本当の話なんでしょうか?

そのことも含めてこれまでに一体どんな経緯があって、どんなことになっていって、今はすっかり落ち着いていて何もしこりがないのか、等々イギリスの歴史についてざっと素人に分かりやすく要約、説明していただける方いらっしゃいませんか?
なんだかとても気になってしまいました。

よろしくお願いします。

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A 回答 (5件)

まず、今スコットランド人が、イングランド(人)やU.K.(日本語で言う所のイギリス)をどう思っているか、ですが、全体としてはイングランドを嫌っているのは間違い無いとしても、単純にスコットランド人とイングランド人は、共通意識の無い「不倶戴天の敵」だ、と思うと、そうでもありません。

既に見て頂いたかも知れませんが、参考URLに過去の私の回答で、スコットランド人のIdentity(最初の方のNo.5の回答)と、独立への意識(後の方のNo.5の回答)にふれたものを入れておきます。

また、「U.K.におけるスコットランドはなんなのか?」という事ですが、スコットランドはnationといって良いと思いますが、政治的にはスコットランドは一地方と考えて良い、と思います。(その理由も、参考URLの最初の方をご覧下さい。)

さて、スコットランドとイングランドの歴史的関係ですが、それを、このように限られたスペースで要約するのは私の能力を超えています。(もう少し具体的に質問して頂ければ、どうにかなるかも知れませんが。)バラバラにですが、思い付く事をあげると、

1.スコットランドの王が、イングランドに臣従するようになったのは、10世紀初頭からだと思います。しかし、この時点では、封建的な庇護と臣従の関係で、スコットランドがイングランドの属国になったわけではありません。

2.いつもスコットランド側がやられっぱなしだったわけではなく、何回かイングランドに侵攻した事もあります。狙いは、北イングランドに領土を広げる事です。傾向としては、攻め込んで大敗して、王が死んだりあるいは捕虜になったりした(エドワード三世がデヴィッド二世をネヴィルクロス=北イングランドにある=の戦いで捕虜にした)事もあり、スコットランド側が劣勢だったとは言えるかも知れませんが…。
イングランドに内紛があった時は、それなりに領土的野心を満たす結果も手に入れています。

3.ウォレスについては、独立戦争の指導者になる以前の事はほとんどわかっておらず、イングランド兵に「妻」(あるいは愛人)を殺された、という話も、無味乾燥な歴史の本になると、最初から書いていないか、「シェリフとの争いも、本当の理由は別のところにあっただろう」って書いてあるか、どっちかでしょうか?まして、フランス王の娘とはなぁ…。
但し、ウォレスが、(イングランドには忠誠を誓った事が無いのに)「反逆罪」の名目で処刑されたのは事実で、皮肉な事に、これが彼を民族的英雄にした一つの理由かも知れません。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=282675, …
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この回答へのお礼

tiuhtiさんありがとうございます。

本当に詳しく教えて下さって感服しました。参考URLも読ませていただきました。とても一言で「イギリス」って言ってしまうことはできないほど大変な歴史や思いがあるんですね。これはもう少し自分で調べてみたらもっとおもしろくなるかもしれません。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/07/02 10:14

 komo-moさん、こんにちは。

私はイギリスの歴史に詳しくないのですが、世界史が好きだったので口を挟ませてもらっています。
 
 ブレイブハートは、小説はともかく映画は断片的にしか観たことがありませんが、サー・ウィリアム・ウォレスはグラスゴー出身の実在人物です。些細なことからイングランド兵にいいがかりをつけられ、妻の機転で脱出するも逆恨みしたイングランド兵によって妻を殺害され、反乱の狼煙をあげた…ということになっていますが、実際あったことかどうかはわかりません。そういう逸話が伝わってはいるようですね。が、英雄というのは後世つけ足された尾ひれのほうが多いものですから、どうでしょう。
 が、彼がわずか20余歳でイングランドから独立を求めて戦ったカリスマだったことは間違いないようです。彼はファルカークの戦いの後、7年後の1305年に姦計にはまって捕らえられ処刑されたと歴史の本で読みました。
 ちなみに、フランス王フィリップ4世の娘イザベルはあの映画の中で重要な役割を果たしていますが、彼女が息子である後のエドワード3世は1312年生まれだそうですから、映画はもちろんお話を膨らませるためのエピソードではないかと思います。というより、ウォレスとイザベルの間に直に話して親しくなれるような接点があったかというのも疑問な気がします。
 イギリスは、よく日本と共通項を挙げられる国ですが、ことスコットランド人にとってみればとんでもないって感じかもしれません。
 イングランド・スコットランドに焦点を当てると、その起源は9世紀前半ウェセックス諸王エグベルトなんでしょうか?起源はイングランドよりも古いといわれるスコットランドですが、何百年もの間、好戦的でことあるごとに攻め込んでくるイングランドの脅威に常に晒されながらの歴史だったようです。
 1707年にスコットランドの議会が廃止され、イングランドの統一議会になって以降、「(独立した)国」っというよりは昔の日本でいう国みたいな意味合いが強いんじゃないでしょうか。県とか州よりちょっと強いぐらいの。
 ですから、今何を持ってスコットランド人かというスコットランド人たる所以は「イングランド嫌い」であること、と聞いたことがあります。(血だけでいえばイングランド全体で純アングロ=サクソン人というのは少ないと思いますが、スコットランドは特に混血が多いみたい。歴史の授業で習ったことから判断すれば)
 にっくきイングランド、というアイデンティティがスコットランド人を結びつけているみたいです。誰でしたか?イギリスの有名人に、自分はスコットランドで育っておらず血縁も祖父一人のみなんですが、スコットランド大好きでスコットランド人を名乗っている方がいたと思います。
 スコットランド出身ではありませんが、ウェールズ出身のC.W.ニコルさん。10代の頃にカナダに長年いたり各国を渡り歩いて今は日本の黒姫に定住してらっしゃる方ですが、彼の名前がなぜ「しー・だぶりゅー・ニコル」であって、本名でないかというと、C.Wの本名がイングランド名だからだそうです。(ご本人談です。)祖国を侵略した国の名前を使うことはできない、ということなんでしょうね。ウェールズが併合されたのはもう500年近く前のことなんですけれど。
 長々とした回答になりましたが、歴史研究家というわけではないので、できればご自分で興味を持たれたところだけでも本を紐解き、ご自分の知識に加えていただけたらと思います。
 
 
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この回答へのお礼

KINGBIRDさんありがとうございます。

そうですか、ウィリアム・ウォレスは実在の人物だけどイザベルとウォレスとの間に子供が・・・というところは脚色でしたか。
でも本当に歴史はとても苦手だったんですが、ちょっとこれを機会に自分で調べてもっと知りたくなりました。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/07/01 22:08

> 今はうまくいっていて、ソ連のようにそれぞれが独立国家になりたい、とは思ってないってことでしょうか?


アイルランド(エール共和国)は独立してしまいましたね。で、英連邦に一応残った北アイルランドをめぐって
激しい抗争が続いていることはご存知かと思います。
スコットランドにも、それほど激しくはないですが、独立運動はあります。確かショーン・コネリーさんは
独立派スコットランド人だったと思う。
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この回答へのお礼

ranxさんありがとうございます。

そうですか、アイルランドのことは何となく知っていたのですがスコットランドもやっぱりなんですね。
しかもショーン・コネリーさんもスコットランド人だったとは知りませんでした。

お礼日時:2002/07/01 12:32

昨日終わったサッカーでも旗の件で話題になっていましたが、TOPページで「イングランド スコットランド」と入れて検索するといくつかHitしますので参考にして下さい。



ご参考まで。
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この回答へのお礼

MiJunさんありがとうございます。
えーっと、もちろん検索して結構読みました。W杯のことを書いてあるのが多かったと思います。
私はもっと、国王がどうなったとか、どうして女王になったとか、そういったなんていえばいいのでしょうか、歴史プラス、今で言う「ワイドショー的」なこととでも言うんでしょうか。
質問の意図分かっていただけたでしょうか?

お礼日時:2002/07/01 11:27

「イギリス」(日本人が呼んでいるだけ)は「連邦国家」なので、


スコットランドも、イングランドも、ウェールズもいちいう「国」です。W杯には別々に出場。

さらにいえば、カナダやオーストラリアも「英連邦」だけど、こちらは、主権国家として分離独立した形になっている。

ブリテン島の国は連邦議会をつくっているし、首相もいるし、北アイルランドふくめて「UK」ですね。国連にもそれで加盟。

この回答への補足

nozomi500さんありがとうございます。
連邦国家ということは旧ソビエト連邦と同じことですか?
でも「国」だといっても日本から旅行する場合にパスポートチェックやビザはいちいち「スコットランド」、「イングランド」と出入国するわけではないですよね?私はロンドンにしか行ったことはないですけど・・・。
映画の激しい戦いを見ていると連邦ってことでいいのでしょうか?
とにかく今はうまくいっていて、ソ連のようにそれぞれが独立国家になりたい、とは思ってないってことでしょうか?

補足日時:2002/07/01 11:10
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Qイギリスとアイルランドの不仲の原因

これまで2国間で様々な事件があったと聞きます。
その原因と事件について時系列でお教え下さいませ。

Aベストアンサー

どこから書けばよいのかわかりませんので、一番初めから。

イングランドとアイルランドは、共にケルト文化を持つ兄弟のような関係でしたが、ローマ帝国が、イングランドを占領したとき、ローマは、徹底したイングランドのローマ化を行いました。
(アイルランドにはローマ帝国は進出しませんでした。)

これにより、次第にイングランドとアイルランドの文化的共通性が無くなってゆきます。

その一方、アイルランドには、キリスト教は入り、ケルト文化とキリスト教が交じり合ったケール教会が成立します。

ローマ帝国の崩壊後、イングランドは混乱し、文化や学術などの大幅な低下が起こります。
その時、アイルランドのゲール教会の修道士が大勢イングランドに進出し、学術・文化などの際築に力を入れます。
このことは、後のアイルランド人が、イングランドの混乱を再構築し、文明を与えたという自負心となります。

アイルランドに成立したゲール教会は、カトリックに属さないため、教皇ハドリアヌス4世が、ヘンリー2世に、アイルランドの領有権を与え、アイルランドのカトリック化を目論見ます。

アイルランドのレンスター地方(ダブリン周辺)の領有に成功し、イギリス人を入植させますが、彼らはしだいにアイルランド化してしまい、実質イングランドの支配下から離れてしまいます。

これは、当時のイギリスが、百年戦争、バラ戦争などで、アイルランドを顧みる事ができなかったのが原因です。

チューダー朝の成立により、余裕ができたイギリスは、アイルランドに進撃し、アイルランド最大の貴族キルディア伯を滅ぼし、再度アイルランドに覇権を確立し、時の王ヘンリー8世は、アイルランド王となります。
それと同時に、アイルランドの宗教を、イギリス国教会へと変貌させる事を始めます。

イギリス王として、エリザベス1世が即位し、カトリックのスペインと対立するようになると、スペインのフェリペ2世が、アイルランドにカトリックの宣教師を多量に送り込み、反イギリス感情の強かったアイルランドのカトリック化に成功してしまい、またアイルランドは、イギリスから離れてイギリスへの反乱を繰り返します。

エリザベス1世の死後、スコットランドのスチュアート朝がイングランド王となると、アイルランド北部のアルスター地域での反乱を徹底的に鎮圧するとともに、スコットランドから大量の移民をアルスターに対し行います。
これが、今日まで問題となっている北アイルランド問題の起こりです。
土地を奪われたアイルランド人の反感はすさまじく、イギリス軍との徹底抗戦となります。

一方イギリスでは、ピューリタン革命が起こり、クロムウェルが実権を握っていました。
クロムウェルは、アイルランドの反抗に、徹底的に対処し、反乱を次々に鎮圧し、イギリス領として確定させます。

その後王政復古で再度イギリス王位に返り咲いたスチュアート朝も、続く名誉革命で王位を失うと、アイルランド人と結び、アイルランドの領有を企てます。
アイルランド人を率いたジェームス2世は、アルスターに進出し、イギリス王ウイリアム3世との戦いに敗れ、スチュアート家再興はなくなります。
アルスターに移民したのは、以前のスチュアート家の領民でしたが、この時には、スチュアート家を見限り、イギリス側について戦い、ジェームス2世の侵攻からアルスターを守り通した事により、完全にアイルランド人との決別の意識を持ちます。

イギリスとフランスが対立するようになると、アイルランドの反乱を、フランスが支援するようになり、アイルランドでは、反乱と鎮圧が繰り返される事になります。

1796年の反乱に支援のフランス軍の敗北により、1800年アイルランドは完全にイギリスに併合されます。

その後アイルランドを支援するようになるのは、アメリカに移住したアイルランド人たちになります。
主に金銭的・精神的支援でしたが、かれらの支援により、アイルランド人たちは、民族意識を高め、アイルランド独立運動への流れとなって行きます。

1922年アイルランド自由国が成立し、北アイルランドを除いた地域がイギリスの保護下ながら独立し、1937年に完全にアイルランドは独立します。

しかしアイルランドの独立は、北アイルランド問題の解決をより遠ざけたともいえます。

どこから書けばよいのかわかりませんので、一番初めから。

イングランドとアイルランドは、共にケルト文化を持つ兄弟のような関係でしたが、ローマ帝国が、イングランドを占領したとき、ローマは、徹底したイングランドのローマ化を行いました。
(アイルランドにはローマ帝国は進出しませんでした。)

これにより、次第にイングランドとアイルランドの文化的共通性が無くなってゆきます。

その一方、アイルランドには、キリスト教は入り、ケルト文化とキリスト教が交じり合ったケール教会が成立します...続きを読む

Qイギリス人とアイルランド人は、今も仲が悪いのでしょうか?最近は北アイル

イギリス人とアイルランド人は、今も仲が悪いのでしょうか?最近は北アイルランドでのテロは余り聞きませんが、北アイルランドの治安はどうなのでしょうか?ご回答よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

質問者さんは、北アイルランドの幾つもの村々で毎年7月12日に行われる、オレンジマンズ・デー(Orangeman's Day )というお祭りの行進をご存知ですか。1690年にオレンジ公と呼ばれたウィリアムス3世が、先王のジェームス2世のカトリック教軍を破ったプロテスタントの戦勝記念日の行進のことです。プロテスタントの人々は今から300年以上も前の戦争でカトリックとの戦いに勝ったことを、今でもカトリックの村々を毎年行進することでお祝いしているのです。300年以上も前の戦争ですよ。

例えば、もし貴方が韓国人だったとして、日本人が400年以上前の秀吉の朝鮮遠征の勝利を今でも毎年韓国の村々を行進してお祝いしていたとしたら、韓国人としての貴方はどんな気持ちになりますか。別な例としては、例えば今から250年経っても、アメリカ人が第二次世界大戦で日本に勝ったことを記念して、毎年日本の街々で行進してお祝いをしていたら、日本人としての貴方はどう言う気持ちになりますか。あるいは、愛知県一宮市の尾張の人が、信長が武田家を400年以上前に破った戦勝記念を今でも毎年甲府の街でやっていることを想像してみて下さい。必ず不愉快な気持ちになって、何とかこの祭を辞めさせようと、いろいろなことをするのではないですか。しかし、心配は要りませんね。まさか、日本人もアメリカ人も尾張の人も韓国や日本でそんな馬鹿馬鹿しい記念行事を延々と数百年に渡って続ける筈がありませんからね。

ところが、イギリス人はそういうことをやり続けているのですね。このこと一つとっても、イギリス人は随分変わった民族だと思います。そんな、数百年に渡ってのこの毎年のいじめが続く限り、北アイルランド人も延々と抵抗を続けるでしょう。勿論その抵抗には浪があり、おとなしい抵抗のときもあれば、過激な抵抗のときもありますが、このオレンジマンズ・デーの行進が無くならない限り、北アイルランド人も数百年に渡って抵抗をし続けること間違いないです。

質問者さんは、北アイルランドの幾つもの村々で毎年7月12日に行われる、オレンジマンズ・デー(Orangeman's Day )というお祭りの行進をご存知ですか。1690年にオレンジ公と呼ばれたウィリアムス3世が、先王のジェームス2世のカトリック教軍を破ったプロテスタントの戦勝記念日の行進のことです。プロテスタントの人々は今から300年以上も前の戦争でカトリックとの戦いに勝ったことを、今でもカトリックの村々を毎年行進することでお祝いしているのです。300年以上も前の戦争ですよ。

例えば、もし貴方...続きを読む

Qイギリス王室は何処から来たの?

 イギリスの王室は過去に絶えてしまい、オーストリアから迎えた人たちだという話を聞いたような気がするのですが、本当なのでしょうか?
 本当だとしたらどんないきさつで今の王室の人たちが選ばれたのでしょうか?また、イギリス国民は見んな知っているのでしょうか?

Aベストアンサー

 
  イギリスの王室は、過去何度も絶えています。この場合「家系が絶えた」というのは、王家の継承者が、正統な継承権を持つものとしていなくなったという意味です。
 
  歴史的に有名なエリザベス一世はテューダー王朝最後の女王で、テューダー家は確か、ヘンリー七世の時、前の王朝の断絶を受けて王位につき、テューダー王朝を創始したはずです。
 
  しかし、エリザベス一世処女女王は、後継嗣子がいなく、その兄弟姉妹も近親も正統な王位継承権を持つ者はいなくなったので、1603年、エリザベスの崩御と共に、スコットランド王国国王ジェームス六世を、イングランド王国国王として迎え、ここで、スコットランドのステュアート家の後継者である王を迎えたので、イングランドの王室は、テューダー王家からステュアート王家に変化するのです。ジェームス六世は、イングランド王位継承権を持つ、スコットランド女王メアリーの息子で、メアリーはイングランド王位を主張して、エリザベス一世に処刑されているので、メアリーの息子ジェイムス六世にイングランド王位継承権があり、彼がエリザベスの後を襲って、イングランド王になり、「イングランド王国国王ジェイムス一世兼スコットランド王国国王ジェイムス六世」となたのです。
 
  スコットランド王国とイングランド王国は、同じ人物を王とする別の王国で、1707年、アン女王の時、両王国は統一して、グレート・ブリテン王国になります。
 
  ステュアート王家は、名誉革命で、1688年ジェイムス二世が王位を追われ、フランスに亡命した後、ナッソー伯爵兼オレンイェ公爵オランダ総督ウィーレム三世が、その妻で、スチュアート王家出身のメアリーと共にイングランド兼スコットランド王位についたのですが、メアリーの方が王位継承第一位であったので、王家はステュアート家のままで、この二人の後を継いだアン女王が1714年に崩御すると、後継者がいないので、血縁を過去に遡って、ドイツのハノーファー選帝侯ゲオルク・ルートヴィッヒを、グレート・ブリテン国王に迎え、ゲオルク・ルートヴィッヒが、グレート・ブリテン王ジョージ一世となります。
 
  ジョージ一世は、同時にハノーファー侯ゲオルク・ルートヴィッヒでもあり、王家が、ここで「ステュアート家」から、「ハノーファー家」に変わります。
 
  グレート・ブリテン王国国王は、以降、ハノーファー選帝侯を兼ねていますが、1801年、グレート・ブリテン王国は、アイルランドを併合して、グレート・ブリテン及びアイルランド連合王国となり、当時のジョージ三世(ハノーファー侯ゲオルク三世)は、グレート・ブリテン及びアイルランド連合王国(以下「連合王国」)国王となります。また、ハノーファー選帝侯家は、公家になり、やがて王家になります。
 
  1837年に、連合王国王位を継いだ、ヴィクトリア女王は、1901年まで在位しますが、彼女の崩御の後、王位を継承したのは、ヴィクトリアと、そのクイーン・コンソートのザクセン=コーブルク=ゴータ公子アルバートのあいだに生まれたエドワードで、1901年エドワード七世即位と共に、家名を、ハノーファー王家から、「サックス=コーバーグ=ゴータ家」に変えます。
 
  連合王国の王家は、1901年からは、サックス=コーバーグ=ゴータ王家です。しかし、1910年にエドワード七世から王位を継承したジョージ五世は、1914年、第一次世界大戦において、ドイツと戦争状態になった為、王家名を変え、サックス=コーバーグ=ゴータ王家から、ウィンザー王家に名称を変更します。
 
  それ以降、現在まで、ウィンザー王家の名で、連合王国王家は、現国王エリザベス二世で、英国を統治しています。
 
  イギリスの王家と言っても、11世紀のノルマン・コンクエストで、プランタジネット王家が英国王となったと言っても、この時のイギリスは、イングランドであって、まだ、ウェールズは独立国で、ウェールズ大公が君主であり、イングランド王国国王ウィリアム一世は、ノルマンジー公爵を兼ねていました。プランタジネット家のジョン失地王は、その名の通り、北フランスのノルマンジーの領土を失い、それ以降は、英国王とは、イングランド王のことでした。
 
  プランタジネット家以降は、何らかの意味で、王家と血縁を持っていた人物が、先の王家が断絶すると、新しいイギリス王家を創設した訳で、色々な王家が、イギリス王位につき、やがて、イングランド王国は、ウェールズを併合して、イングランド+ウェールズのイングランド王国となります。
 
  更に、スコットランド王国とも王国合併して(併合ではありません)、グレート・ブリテン王国になったことは以上に述べた通りです。そのグレート・ブリテン王国が、アイルランドを併合して、グレート・ブリテン及びアイルランド連合王国になったのも以上説明した通りです。この後、南アイルランドの26州が、1922年にアイルランド自由国(1949年にアイルランド共和国に改名)として独立して、北に残った6州が、連合王国に留まったので、イギリスの国名は、グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国となっています。
 
  >本当だとしたらどんないきさつで今の王室の人たちが選ばれたのでしょうか?また、イギリス国民は見んな知っているのでしょうか?
 
  上に説明したように、王家の正統後継者が絶えると、その王家の血縁の別の家が王位につき、新しい王家となって継承されて来たということです。イギリス国民は、少なくとも普通教育を受けた人は、自国の歴史ですから、みな、概ねのことは知っているはずです。細かいことは、日本人でも、日本の歴史をよく知らない人がいると同様に知らないかも知れませんが。別に秘密でも何でもないので、調べれば、すぐ分かります。
   
  >ハノーファー家
  >http://village.infoweb.ne.jp/~isamun/monarchs/people/hanover.html
  

参考URL:http://village.infoweb.ne.jp/~isamun/monarchs/people/hanover.html

 
  イギリスの王室は、過去何度も絶えています。この場合「家系が絶えた」というのは、王家の継承者が、正統な継承権を持つものとしていなくなったという意味です。
 
  歴史的に有名なエリザベス一世はテューダー王朝最後の女王で、テューダー家は確か、ヘンリー七世の時、前の王朝の断絶を受けて王位につき、テューダー王朝を創始したはずです。
 
  しかし、エリザベス一世処女女王は、後継嗣子がいなく、その兄弟姉妹も近親も正統な王位継承権を持つ者はいなくなったので、1603年、エリザ...続きを読む

QWould you like~?とWould you~?の違いは

相手に何かをお願いするときに、
Would you like~?
Would you~?
と両方の言い方があると思うのですが、likeをつけるかつけないかはどのように判断するのでしょうか?
また意味はどう変わるのでしょうか?

Aベストアンサー

Would you~?「~していただけませんか?」は丁寧な依頼表現、Would you like~?「~は如何ですか?」は丁寧な勧誘表現です。

依頼表現で使われるwouldやcouldは、「条件節(if節)の内容を言外に含めた婉曲用法」なのです。つまり、「(もし~できるのであれば)~していただけるでしょうか」と丁寧で控え目な調子を出すことができます。Will you~?やCan you~?はただの助動詞の勧誘表現ですから、wouldやcouldのような婉曲用法はないのです。

Would you like~も同じ婉曲用法で、「(もし私が~を勧めたら)~をお気に召すでしょうか?」という丁寧で控え目な調子の出る勧誘表現なのです。I would like to~「~したい」(~することをできればしたい)という表現もこの用法からきているのです。

Would you like~のlikeは「~を好きである」という他動詞でlikeの後に名詞を目的語として持って来ることができます。例:
Would you like another cup of tea?「もう一杯紅茶如何ですか?」
Would you like going on a picnic?「ピクニックに出かけるというのは如何でしょう?」
Would you like to go on a picnic?「同上」(このto不定詞は名詞的用法)

ご参考になりましたでしょうか。

Would you~?「~していただけませんか?」は丁寧な依頼表現、Would you like~?「~は如何ですか?」は丁寧な勧誘表現です。

依頼表現で使われるwouldやcouldは、「条件節(if節)の内容を言外に含めた婉曲用法」なのです。つまり、「(もし~できるのであれば)~していただけるでしょうか」と丁寧で控え目な調子を出すことができます。Will you~?やCan you~?はただの助動詞の勧誘表現ですから、wouldやcouldのような婉曲用法はないのです。

Would you like~も同じ婉曲用法で、「(もし私が~を勧め...続きを読む

Qなぜ、イギリスは、イングランドと、ウェールズと、スコットランドと、北アイルランドと4つも参加しできるのですか?

なぜ、ワールドカップにイギリスは、イングランドと、ウェールズと、スコットランドと、北アイルランドと4つも参加しできるのですか?
教えてください。

Aベストアンサー

何故、イングランドと、ウェールズと、スコットランドと、北アイルランドと、4つもナショナル・チームだせる理由は、まず根本的に、「イギリス人」自体が、イングランドやスコットランド等が、別の「nation」=日本語にすれば「国」=だと考えている(過去形ではなく現在形)事があって、それに加え、

(1) サッカー発祥の地である英国では、最初の国際試合が、イングランド対スコットランドといった形になるのが、ある意味当然だった。(最初の公式のイングランド・ナショナル・チームの国際試合は1872年の対スコットランド戦)

(2) 第一次大戦から第二次大戦終了後までは、イギリスの4協会はFIFAから脱退していて、その間にW杯が始まった。
第二次大戦後、FIFAに復帰する際に、金銭面での援助と引き換えに、現在に残る優越的な地位を得た。
という経緯があった為らしいです。

後は蛇足ですが、
・ スコットランドは、中世のごく一時期イギリスの占領状態にありましたが、その後独立を回復しており、イングランドに征服されたわけではありません。両国は「合併」しました。
・ 北アイルランド紛争は、専ら北アイルランドのプロテスタントとカトリックとの間のものです。日本で言うイギリス(イングランドではない)は、カトリックから見れば、アイルランド全体の歴史から見てイギリスは支配者であったし、現在の紛争でも「プロテスタントを支援して」いる一方、プロテスタントから見るとイギリスは「あてにはならないが、頼らざるを得ない存在」ですが・・・。歴史的に見ると、北アイルランドのプロテスタントは、宗教面で、イングランドではなくスコットランドと近いものがあります。
・ イギリスの王位継承者の称号の一つは、Prince of Walesです。このPrinceは、元々複数いたKing(王)を超える『第一人者』、という概念から来たので、王子と訳すわけにも行かず、Princeとしか言い様がありません。
・ スコットランドに住んでいる人は、最近移り住んできたとか、両親のうちどちらかがイングランド人だといった特別な例を除けば、勿論、自分の事をイングランド人とは思わないでしょう。別のnationだと考えているからこそ、スコットランド人とかイングランド人とか言った概念が成立するんですから。
但し、British(日本人が普通考えるイギリス人)でもある、と考える人はたくさんいます。(別の質問に対する私の回答も宜しければご覧下さい。)

参考
http://fifaworldcup.yahoo.com/jp/pf/h/fifa.html
http://news.bbc.co.uk/sport/hi/english/football/newsid_1443000/1443013.stm
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=282675

何故、イングランドと、ウェールズと、スコットランドと、北アイルランドと、4つもナショナル・チームだせる理由は、まず根本的に、「イギリス人」自体が、イングランドやスコットランド等が、別の「nation」=日本語にすれば「国」=だと考えている(過去形ではなく現在形)事があって、それに加え、

(1) サッカー発祥の地である英国では、最初の国際試合が、イングランド対スコットランドといった形になるのが、ある意味当然だった。(最初の公式のイングランド・ナショナル・チームの国際試合は1872年の対...続きを読む

Q英仏旅行してきました。両国民の性格の違いにビックリしてます

先日、ロンドン&パリを駆け足で1週間旅行してきた者です。スケジュール的にはかなりタイトな旅行だったのですが、信じられないくらい順調にスケジュールをこなし、私たち的にはマストな場所は全部回れました。

ここで、感想&質問です。

<ロンドン編>
最初にロンドンに早朝に着いたのですが、ホテルチェックインの前でしたので、荷物だけ預けて観光だろうなぁと思ってたら、フロントの人が「部屋が空いてるのでインしていいよ。あと、おなかすいてる?」と言ってくれました。「今、食べていいの?!」と聞くと「why not?」とニッコリしてくれました。朝食は泊まった翌日からと思ってたので、嬉しかったです。雨でびしょぬれで空腹でしたし。部屋で濡れた服を着替えて、朝食を頂き、それからロンドン観光出来ました。
あと、ロンドン在住の日本人の方とかに「道お困りですか?」とか教えてもらったり、外国(多分どこかヨーロッパ)の観光の人に道を聞かれて、余ってたマップを上げて道も教えて上げたらとても喜ばれたり。ブリティッシュミージアム近くで英国人に道を聞いても、とても紳士的でやさしかったです。イギリス人が観光客に対して、また、観光客同士の交流も楽しかったです。

<フランス編>
エッフェル塔や凱旋門、モンマルトル・・・書ききれないくらい、すばらしい観光地があるのに、チケット売り場の人はどこでもチケット投げるし、目も合わさない。プレゼント用の簡単なプラスティック製の箱に入ったマカロン詰め合わせを買ったのですが、紙袋はおろか、ビニール袋にも入れてくれない、裸のまま(環境の為に包装を節約してるという風でもなさげでした)。エッフェル塔で記念写真を撮ろうとしてると、カメラの前に出てきて邪魔をするフランス人。北駅からドゴール空港に行く時、RERのチケット売り場を聞いても、黙って指で指す(上の階)とか・・・。駅でたらいまわしにされてチケットがなかなか買えませんでした。チケット売り場にやっと着いても、長蛇の列。なんか、ひとりひとりのフランス人がチケットブースでいちいちごねてて、チケット買う順番の回転が悪くなってたようです。あと、いろいろと、フランス人って・・・冷たい、上から目線、だらしない、めんどくさそう・・・と思いました。(一応、どこでも「ボンジュール、メルシー、オルヴォワー」は行ってましたが)

でも、フランス旅行が楽しくなかったという意味ではありません。旅行イコール勉強だと思ってます。ロンドン、フランスとも最高に楽しかったのにはかわりありません!

ただ、「どうしてこんなに、イギリス人とフランス人は違うの?」て、逆に面白く感じたからです。同じように感じた方や、両方の国民性に詳しい方のお話が聞きたいです。

先日、ロンドン&パリを駆け足で1週間旅行してきた者です。スケジュール的にはかなりタイトな旅行だったのですが、信じられないくらい順調にスケジュールをこなし、私たち的にはマストな場所は全部回れました。

ここで、感想&質問です。

<ロンドン編>
最初にロンドンに早朝に着いたのですが、ホテルチェックインの前でしたので、荷物だけ預けて観光だろうなぁと思ってたら、フロントの人が「部屋が空いてるのでインしていいよ。あと、おなかすいてる?」と言ってくれました。「今、食べていいの?!」と...続きを読む

Aベストアンサー

はじめまして。

現在はフランスに長く在住していますが、英国にも数年住んでいましたので、ご参考までに回答させていただきます。

ご質問1:
<どうしてこんなに、イギリス人とフランス人は違うの?>:

1.人種、歴史が違います。イギリス人はゲルマン系で、フランス人はラテン系です。イギリス人はフランスが好きですが、フランス人は(一般に)イギリスとイギリス人が嫌いな人が多いようです。

2.両国に暮らしてみると、その違いは歴然とわかります。それは、人種だけでなく、社会、気候など、いろいろな要因がその違いを作り出しているように感じます。


ご質問2:
<ロンドン編>~ブリティッシュミージアム近くで英国人に道を聞いても、とても紳士的でやさしかったです。イギリス人が観光客に対して、また、観光客同士の交流も楽しかったです。>

1.観光客には優しいです。

2.旅行、短期滞在、長期滞在、仕事での駐在などによっても、イギリス人に対する印象はいろいろ変わってくると思います。

3.大学院留学経験では、成績を争う学生同士、ライバル意識から情報を提供しない、抜けがけする、間違った情報を与えるなど、策略的な小賢しい頭の働かせ方をするイギリス人が結構いました。利益を争う職場の同僚同士も同様です。

4.長期留学の前、学生時代に英国へ短期留学もしたことがありますが、ホームステイ先の家庭は、英国では低所得家庭がお小遣い稼ぎにする仕事なので、暖かい歓待、といった印象ではありませんでした。

6.また、イギリス人は薀蓄たれで視野が狭いなと感じることもありました。つまり、自分の関心のあること以外、上も下も右も左も見ない、狭視覚的なものの見方をすると感じていました。
例:
某有名大学の英人学生の弁「日本?興味ないから行くこともないな」

7.そういった点では、フランス人は、イギリス人に比べると単純で素直だと感じます。


ご質問3:
<フランス編~紙袋はおろか、ビニール袋にも入れてくれない、裸のまま~>

1.フランスパンも、そのまま手渡しが、小さな巻き紙を添える程度です。フランスパンが剥き出しの、パリらしい紙袋の風情も実を言えば不潔なだけなのです。日本のフランスパン用の長い紙袋が懐かしいです。食事だけに限らず、フランス人の衛生観念は、日本人の半分ぐらいだと思います。むしろ日本人が過剰といって笑います。

2.食べ物に限らず、余程の老舗でなければ、プレゼントの包装なんてものもクリスマスシーズンしかありません。それも包装の訓練も受けていないから、包み方が下手です。自分で包装した方がまだましです。

3.スーパーではレジは入れてくれません。自分で入れます。環境対策から、ビニール袋のないスーパーも増えています。よく行くカルフールには、予め大き目の袋を2~3枚用意しておきます。

4.フランス人は無駄な包装に、日本人が抱くような美意識を感じていないようです。ですから、クリスマスプレゼントなどを開ける際でも、日本人のように丁寧に包みを開けるのではなく、ビリビリ破きまくります。


ご質問4:
<カメラの前に出てきて邪魔をするフランス人>

1.日本人にちょっかい出すのが好きな、不良少年達は多いです。住めばいやな目にあうことも沢山あります。

2.仏人の夫が初めて東京に来た時、ミニスカートをはく少女達など、渋谷のファッションに驚いていました。と同時にそんな自由なファッションが楽しめる東京を絶賛していました。パリでは、そんな格好の女の人はすぐに不良少年達にからかわれ、不快な思いをするからです。


ご質問5:
<空港に行く時、RERのチケット売り場を聞いても、黙って指で指す(上の階)とか・・>

1.こちらは客は神様ではありません。客のために「働いてやっている」と思っていますから。

1.労働者は客より「上」なのです。例えば、売り子に落ち度があって、客が売り子などに文句を言おうものなら、責任者がとんできて、売り子をかばいます。決して店の責任にはしませんし、もちろん謝罪もしません。「言い訳」が際限なく続きます。


ご質問6:
<チケット売り場にやっと着いても、長蛇の列。なんか、ひとりひとりのフランス人がチケットブースでいちいちごねてて、チケット買う順番の回転が悪くなってたようです。>

こんな風景は日常茶飯事です。フランスに住む日本人の苦労がわかってもらえるでしょうか(笑)?

要領は悪いし、手際もよくありません。これはスーパーなどのレジでもよく見かける光景です。彼らは、限られた労働時間をできるだけ労働量を消費しないよう、給料に合わせてマイペースに仕事しているのです。余計なエネルギーを労働に使うのは、彼らにとってもったいないのです。


ご質問7:
<フランス人って・・・冷たい、上から目線、だらしない、めんどくさそう・・・と思いました。>

おっしゃる通りです。最初にフランスに来られた旅行者は、一様に同じような感想を抱くようですね。私も初めてパリ旅行した時は、同じような印象を抱きました。でも、それは印象ではなくて、今でも実感する事実なのですから、どうしようもありません。汚いものには蓋、真似をしなくていいものです。

先の質問でも答えましたが、フランスで体験された不快な、信じられない出来事は、フランスでは日常茶飯事なのです。そのギャップから精神的に参る日本人も多く、「パリ症候群」といわれる心の病もあるほどなのです。

ちなみに、「なぜフランス人の働きぶりはこうなのか」という点について、理由の一部は以下の通りです。
1.安い月給。20年前からあまりupしていません。
2.それなのに物価は上がる一方。ユーロの以上高値も、フランス人の生活を直撃。
3.なんといっても高い税金。所得の半分以上は税金に消えます。高所得者は税金対策に必死です。
4.どの職種も給与などの労働条件の改善を求めてストするので、労働サイクルが悪く、経済効率もよくありません。こちらでは、警察、医者、看護婦、教師、生徒、公共交通、などがストで営業ストップもしばしば。

などなど悪いことを挙げればきりがありません。


長々と、英国・仏国のマイナス面を強調しましたが、勿論いい面もありますので、うまく適応してそれなりに楽しいフランス生活を送っております。結論としては、イギリスもフランスも、また日本や他の国も、旅行だけではその国の一部しか覗き見ることができず、全てを語ることはできないということです。

でも、最初の印象は大事ですから、その意味ではフランスはイギリスより損していますね(笑)。フランスは、観光客にサービス・笑顔を振舞わなくても、世界一の観光大国の座は揺るぎありませんから、努力もしなくていいのでしょう。歴史=過去にあぐらをかくフランス人、その姿勢が現在のフランス社会の不安の種となっているのです。

長々と失礼しました。以上ご参考までに。

はじめまして。

現在はフランスに長く在住していますが、英国にも数年住んでいましたので、ご参考までに回答させていただきます。

ご質問1:
<どうしてこんなに、イギリス人とフランス人は違うの?>:

1.人種、歴史が違います。イギリス人はゲルマン系で、フランス人はラテン系です。イギリス人はフランスが好きですが、フランス人は(一般に)イギリスとイギリス人が嫌いな人が多いようです。

2.両国に暮らしてみると、その違いは歴然とわかります。それは、人種だけでなく、社会、気候など...続きを読む

Q■イングランドとイギリスの違い(イギリスは国なのでしょうか?)

■イングランドとイギリスの違い(イギリスは国なのでしょうか?)

イングランドとイギリスの違いについての質問です。

私は、下記のように理解していました。

★イングランド・・イギリスの中のひとつの国。

★イギリス・・イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドの4つの国の総称。
よって、イギリスという国はない。

私は、イギリスというのは4つの国が集まった総称で「国」ではないと思っているのですが違うのでしょうか?

イギリスは国ではないと思っていましたが、オリンピックではイギリスとなっているような気がするので分からなくなってきました。

宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

イギリスという国はありません。グレートブリテン及び北アイルランド連合王国が正式名称です。
他の方が言われているようにエゲレスという呼び名がそのまま定着してイギリスとなりました。まあ、日本語ですね。
イングランドは一地方の名称です。

オリンピックでは1つの国としてグレートブリテン及び北アイルランド連合王国として参加しています。
現在行われているワールドカップサッカーでは、本来は1カ国1台表なのですが、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドと4つの組織に分かれて参加することが許されています。サッカーの母国故の特別待遇です。

Q(ネタバレ)「ブレイブハート」での主人公の最期

メル・ギブソンの「ブレイブハート」。

ウィリアムの最期はどのようなものだったのでしょうか。
残虐に処刑されたようですが、
史実だとされてる処刑法だったのでしょうか。
だとしたら、公開や放送できないな、とも思うのですが・・・

映画では果たして?

Aベストアンサー

史実に近い形で見せていますが

撮影の角度と見せ方で、そのものは見せないで
「ああ、今おなかを切られてるんだな」とか

力尽きで握りしめていたスカーフが滑り落ちるシーンで
「ああ、今絶命したんだな」とか

そのものずばりを映すのではなく、よりリアルに感じられるように
想像力で補える撮り方をしているので、比較的キレイだと思いますよ


同監督の「パッション」はキリストの受難に主眼を置いているので
「痛み」をみせる表現でけしてキレイではないですけどね

Q創価学会って実際、なんですか?(長文です)

婚約した途端、彼に家族全員創価学会だと告げられました。

隠されていた事がかなりショックでしたし、私は創価学会についてよく知りません。
でも、結婚するなら入信するよう、彼の家族は言っています。

私がショックで、彼が脱会してくれなければ、結婚をやめるというと、しょうがないね、と言われました。
彼は熱心な学会員ではないらしいのに、です。

私の家族は浄土真宗(一応)ですが、彼が創価学会ということについても何も反対していません。

ただ、友人知人が、もし私が入会するなら、私とはもうつき合えない、と言います。人に聞いてみても、創価学会に対して良い感情を持つ人はいないようです。

私自身、学会には色々矛盾を感じています。
でも、彼にそこを聞いても、世間の間違った思い込みだと言われます。

私は仏教には関心があるのですが、創価学会も仏教なんですよね?
それなのに、私には学会員が何を信仰して、何を目的としているのか
さっぱりわかりません。
学会員に聞いても、よくわかっていないようなのですが…
しかも仏教の教えについて批判さえしています。

それでは、創価学会とは一体なんなのでしょう?

そして、どうして非学会員のほとんどが学会を毛嫌いするのでしょう?

学会の方、非学会の方、両方の意見が聞きたいです…

婚約した途端、彼に家族全員創価学会だと告げられました。

隠されていた事がかなりショックでしたし、私は創価学会についてよく知りません。
でも、結婚するなら入信するよう、彼の家族は言っています。

私がショックで、彼が脱会してくれなければ、結婚をやめるというと、しょうがないね、と言われました。
彼は熱心な学会員ではないらしいのに、です。

私の家族は浄土真宗(一応)ですが、彼が創価学会ということについても何も反対していません。

ただ、友人知人が、もし私が入会するなら、私と...続きを読む

Aベストアンサー

困りましたね・・・
現在私は学会員ではありませんし、過去会員だったこともありません。そもそもが宗教自体に頼ろうとは思っていないので、将来も恐らく入信しようと思うことはないでしょう。
ただ、過去自分が担当していた仕事上のお付き合いから、中央のかなりの地位の方々や地方組織の然るべき方、また一般の会員の方々に至るまで、様々なお立場の方々を存じ上げておりましたので、投稿させていただきました。
仕事でしたので、かなり冷静に見つめてきたつもりです。
長くなりそうですが、お付き合いください。

創価学会は日蓮正宗各寺の信徒団体(各寺檀家の、寺をまたいだ横のつながり)だったものが、異様に大きく膨れたものです。本来の教義についてはNo.5様のおっしゃるとおり、オウムのような悪い考えではありません。どちらかというと、むしろ世界の平和を求めている宗教です(と、彼らは言っています)。
歴史的にはそもそも「日蓮」自体が排他的だったそうですし、「日蓮正宗(大石寺)」は「日蓮宗(身延山)」と袂を分かち日蓮の教えを正しく受け継いだはずですが、本来、日蓮正宗寺院の檀家であった創価学会は本山(大石寺)のご僧侶とも袂を分かち、もう10年位前に破門になっています(学会の仕切る葬儀には僧侶がいません)。
つまり、本来の日蓮正宗からも離れ、特定の個人崇拝になって、ますます排他的・独善的になっているということです。

私は仕事上のお付き合いでしたので、部外者の目で内部のことを見聞きする機会がとても多くありました。守秘義務がありますので、ここでその一つひとつを例示するわけには参りませんが、特定の個人とその周辺を中心にした組織の仕組みには、私個人としては首肯できないものがありました。No1様のおっしゃる「巨悪」が真実かどうかは存じませんが、さもありなんと思うところがあるのは確かです。

逆に、日常生活レベルではいいこともあります。
毎日朝晩、正座して背筋を伸ばして腹から声を出してお題目(南無妙法蓮華経)を唱えれば、冬場に風邪を引きにくくなる程度のご利益はあるのではないでしょうか。まぁこれは冗談です。
学会では地域の会員達の集まり(各地の「会館」で行われるものと、もう少し狭い範囲の「地域の世話役」の自宅で行われるものとがあります)が頻繁に行われます。
組織も年齢、性別や職業(学生・主婦含む)で複合的になっていますので、複数の会合に出席することもあるようです。
昨今隣近所のお付き合いも減り、また、2世代3世代が一緒に暮らす大家族ではなくなりましたので、年寄りの知恵の伝承もなされず、例えば子育てをするヤングミセスにも苦労が多いと聞きますが、学会の地域での会合に出ることにより、フラストレーションが解消される、例えば子育ての先輩の知恵が伝承される、困った時に助け合える、何よりも同じ価値観を持つ仲間がいるなど、町内会やご近所付き合い的な効果により、彼らはとても明るい生活を送っています。

学会員は、それぞれ「仕事」と「家庭」の他に、地域社会でも熱中できる対象を持っているわけですから、それはそれで幸せなんだろうな、ちょっとうらやましい人生かもしれないな、などとふと思うことがあります。

これを、「だまされている」というのは簡単です。でも、これが宗教なのです。
創価学会に限らず宗教は皆そうなのですが、信じない人から見れば全く理解できません。価値の尺度が異なるので、私たちの判断基準と合わないのです。
インチの物差し(学会)とセンチメートルの物差し(一般)ではゼロ以外に一致する個所はありません。
偶然2本の定規の線がそろう所もあります。そこが一般社会との窓口です。
ですが、ゼロからの長さは同じでもインチとセンチですから、お互いに相手の尺度で測らなければ、やっぱり何だかよくわからないのです。
お香典を全部持っていってしまうのも、インチの世界に入って見れば、地元組織として一種の互助会的に対応していると言い換えることも出来ます。

一般に毛嫌いされるのは、「あなたのため」と、学会の考えを強要するように感じさせるからです。実は彼ら一般会員は善意なのですが、センチの領域に入ってこようとしないからです。
これは最初に書いた日蓮自体の排他的な歴史の流れと、第二次大戦中の弾圧への反動もありますが、昭和40年代ごろの全国的に行われた強引な折伏(これにより大きな組織になった)が、「学会は・・・」という評価を定着させてしまったことが大きいでしょう。

試しにインチの世界に入って見れば(1~2ヶ月一緒に活動して見れば)ひょっとすると何か分かるかもしれません。
ただ、No1様ご指摘のような、裏と表までは見分けられないでしょうが・・・
いやなら戻ってこられるうちに戻ってくればいいのですが、おそらくその時は彼とはお別れしなければなりません。きっと「金縛り」から逃れる時のように、思い切った動きが必要でしょうから・・・。みんな良い人たちだし、結構楽しいし、このままでいいやと思えば、あなたには新しい世界が開ける代わりに、今のお友達とは縁遠くなる可能性があります。

今の状態のままで結婚なさっても、ご両親が熱心な学会員であればいつかは入信することになるか、さもなければ価値観の相違に耐えられなくなるかのいずれかのような気がします。

困りましたね・・・
現在私は学会員ではありませんし、過去会員だったこともありません。そもそもが宗教自体に頼ろうとは思っていないので、将来も恐らく入信しようと思うことはないでしょう。
ただ、過去自分が担当していた仕事上のお付き合いから、中央のかなりの地位の方々や地方組織の然るべき方、また一般の会員の方々に至るまで、様々なお立場の方々を存じ上げておりましたので、投稿させていただきました。
仕事でしたので、かなり冷静に見つめてきたつもりです。
長くなりそうですが、お付き合いくだ...続きを読む

Qユダヤ人はどうして嫌われているのでしょうか?

映画「ホテル・ニュー・ハンプシャー」で、
「このホテルにユダヤ人がいるんじゃあるまいな」という
発言がありました。
シェイクスピアの「ベニスの商人」もユダヤ人です。
チャップリンの初期の映画にもユダヤ人をばかにする人種差別的ギャグがあるそうです。
ヒットラーにも嫌われました。
どうしてユダヤ人は嫌われるのでしょうか?
イエス・キリストがユダヤ人なのですが、白人はそう思ってないのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

いくつかありますが・・・
ユダヤ教の中における考え方に「選民思想」があります。簡単に言えば自分たちが優勢人類だ、という代物なのですが・・・
これをもっている民族はたいがい他の民族と仲良く出来ません。
理由は簡単です。本来同等の立場であるにもかかわらず自分たちのほうが上であるという態度を取っているのですから、嫌われるのはある種当然といえましょう(この選民思想に近い思想を持っている民族はすべからく嫌われています。このごろは減りましたがまだそういったのを持っている日本人も同様です。気をつけたいものです)。

さらには独自コミュニティを形成してそれを崩そうとせず、あくまで頑なにユダヤであるということを固持してきました。
これは、キリスト教という緩やかなつながりでつながっていた西ヨーロッパ圏では、ユダヤという存在は異端という点がその場に存在しているようなものです。
日本でもそうですが・・・自身たちとは違う風貌、習慣を持つ人は少なからず煙たがられる傾向があります。
さらには、銀行業などの当時「卑しい」とされていた職業で設けていました。余所者に自身たちの金を吸い上げられるのですから、決して面白いわけはありません。

もう一つが、政治的要因。
政治で、国民の不満をそらす方法に、悪役をつくる、というのがあります。
簡単に言えば、こじつけでも「~が悪い」というのをつくれば、そこに国民の不満がいきますから、政府とかそういったお上に攻撃がこなくなります。
で、ユダヤはキリストを十字架送りにしたというのがありますから、非常に悪役に仕立てやすいのです。上に書いた民族的な特徴も仕立てやすい理由です。

大体、嫌われる、あるいは嫌われている人、民族には共通項があります。
1.お金にうるさい(理由はともあれお金をためる人全般)
2.異文化的である。または異文化の性質を強く持っている
3.異郷の地でがっぽり稼ぐ人
4.郷に入らば郷に従えを実践しない人
5.自分たちのほうが偉いと少なからず思っている人
などなど・・・
ただ、こうやって見るとわかるように、どこぞの民族も似たようなことをやっています(車をアメリカで売りまくって、ご当地の車会社から白い目で見られたりする国です。まあ、いまはあまりやらないのかな・・・?)。
結局、嫌われる民族か、そうでないかというのは、ある意味紙一重なところがあります。
ユダヤが嫌われているのは、これらを満たしてしまっているせいと、国を持たなかったという地政学的悲劇のためと考えています。

いくつかありますが・・・
ユダヤ教の中における考え方に「選民思想」があります。簡単に言えば自分たちが優勢人類だ、という代物なのですが・・・
これをもっている民族はたいがい他の民族と仲良く出来ません。
理由は簡単です。本来同等の立場であるにもかかわらず自分たちのほうが上であるという態度を取っているのですから、嫌われるのはある種当然といえましょう(この選民思想に近い思想を持っている民族はすべからく嫌われています。このごろは減りましたがまだそういったのを持っている日本人も同様で...続きを読む


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