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緩やかな伊予弁を髣髴とさせるメロディーが印象的な校歌で興味があります。
冒頭に「せきてつのやま」とありますが、地元では石鎚(いしづち)山に「せきてつ」という通称もあるのですか。それともこの校歌だけに見られる言い方なのでしょうか。

また、テレビで「石槌山」という表記を見たことがあるのですが、単純な誤植なのでしょうか、それともこうとも書くのでしょうか。

作詞・作曲者の服部寛一という人は(検索しても経歴が出てこないのですが)伊予の人ですか。

A 回答 (1件)

明治の初期、伊予国の半分(東予+中予の北半分)が「松山県」になり、「石鉄(せきてつ)県」に改称された経緯があります。

(末尾参照)

このときの「石鉄」という県名は、石鎚山に因んだ名前といわれていますので、昔から「石鉄」の異名があったのでしょう。
ちなみに「鎚」の音読みは「つい」だけで、「てつ」という読みはありません(「鉄鎚」が「てってつ」になってしまいます…)。

なお、四国最高峰である愛媛県の「石鎚山」は「鎚」が正解ですが、隣の香川県さぬき市には「石槌山」という小さな山があります。
ついでに「石鎚山」という小さな山は、岡山県玉野市、笠岡市、井原市、広島県福山市、高知県四万十町、大分県佐伯市にもあります。

ただし、Web上の「石槌山」は、「石鎚山」の誤記が多いと思われます。
 "石鎚山" の検索結果 約 220,000 件
 "石槌山" の検索結果 約 9,310 件

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 西条藩・小松藩・今治藩・松山藩
  ↓
 西条県・小松県・今治県・松山県 ……明治4年7月14日(廃藩置県)
  ↓
 松山県 ……明治4年11月15日(4県統合)
  ↓
 石鉄県 ……明治5年2月9日(改称)
  ↓
 愛媛県 ……明治6年2月20日(神山県と統合)
  ↓
 愛媛県 ……明治9年8月21日(香川県を併合)
  ↓
 愛媛県 ……明治23年12月5日(香川県を分離)
  ↓
 現在に至る
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 宇和島藩・吉田藩・大洲藩・新谷藩
  ↓
 宇和島県・吉田県・大洲県・新谷県 ……明治4年7月14日(廃藩置県)
  ↓
 宇和島県 ……明治4年11月15日(4県統合)
  ↓
 神山県 ……明治5年6月23日(改称)
  ↓
 愛媛県 ……明治6年2月20日(松山県と統合)
  ↓
 以下略
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この回答へのお礼

いい回答をありがとうございました。

明治初期の「石鉄県」はその山にちなんだものでしたか。
もちろん「鎚」に「てつ」という読みありませんが、
http://matsuyama-ch.esnet.ed.jp/other/kouka.htm
この校歌がもともと持っている発音と表記のずれも、「ちなむ」ことを考えると納得ができます。

誤記が多いのは「つ(づ)ち」の音につられ「槌」にしてしまうのでしょうね。

お礼日時:2008/01/06 20:38

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