牛、豚、鶏、どれか一つ食べられなくなるとしたら?

東條英機総理大臣(陸軍大臣・陸軍参謀総長も兼務)が辞任したのはなぜなんでしょう。サイパン陥落に天皇が怒ったからと何かの本で見ましたが、そうなのですか?

また、首相とともに陸軍大臣と陸軍参謀総長もほぼ同時に辞めていますが責任をとったということなのでしょうか。

陸軍大臣と陸軍参謀総長を兼務することには問題はないのでしょうか。

A 回答 (1件)

「サイパン陥落に天皇が怒った」という単純な理由ではなかったようです。


ご存知のように、東条首相は内相、陸相を兼任たほか、憲兵隊の要職を腹心のもので固めたり、43年新設の軍需相、44年には参謀総長に就任して、政治・軍部共に権力を一身に集中させました。(海軍には介入しえず、完全ではありませんが、)独裁状態だったようです。天皇の顔色をうかがうことにもマメで、これまでの勝利から絶大な期待と信頼を得ていました。
戦局の悪化、陸海軍の仲の悪化とともに東条独裁への不満が増し、その不満を決定的にしたのがサイパン陥落です。陸軍ともともと仲の悪い海軍や、翼賛政治会によって東条打倒工作が進められ、重臣や天皇からも見放された、というところではないでしょうか。

この回答への補足

ちと本やネットで調べてみました。
東條は、首相、内相、陸相、軍需相、参謀総長だけでなく、一時的ですが文相、外相、商工相も兼務し「東條の副官」と揶揄された海軍の嶋田にも、海相と軍令部長を兼務させたらしいです。それに対し反発がたまっていき、最終的には「東條叩き」が起こったと。
しかし、東條憎しはいいものの後任がいなく、近衛などは特に責任を放棄してしまったらしいですね。
政争をしながらアメリカと戦うなんて、軍事的数値以前の問題ですね。。。
しかし、中野正剛が憲兵に捕らえられ釈放されたあと自殺したのは知らなかったです。


http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/6515/ …

補足日時:2002/11/29 23:43
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この回答へのお礼

なるほど! 東條の独善的な政治への不満がたまってたまってサイパン陥落という軍事的決定打がきっかけで爆発したってことですね。
東條は自ら辞めたんですか? それとも辞めたくなくてねばってねばってという感じだったんでしょうか。

また、陸軍と海軍がそこまで仲が悪くなったのはなぜなのでしょう。陸軍は東條をかばっていたのでしょうか。

お礼日時:2002/11/29 00:26

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