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世界史の授業でキリスト教の歴史を習ったのですが、よく分からず疑問に思ったところがあります。

イエス様は30歳ごろ十字架にかけられて亡くなりますが、2,3日後に復活しますよね、もともとここでは出血多量で意識を失っていただけらしいですけど。。。

(1)イエス様が本当に亡くなったのはいつですか?

(2)また、イエス様は生き返ったのになぜ、イエス様が十字架にかけられた直後から、弟子たちがキリスト教をひろめていったのですか?

                  宜しくお願いします。

A 回答 (4件)

私はクリスチャンです。


クリスチャンの立場から意見をいわせてもらいましょう。

まず、
「イエス様は30歳ごろ十字架にかけられて亡くなりますが、2,3日後に復活しますよね、もともとここでは出血多量で意識を失っていただけらしいですけど。」

とありますが、聖書のヨハネの福音書には、

『それで、兵士たちが来て、イエスといっしょに十字架につけられた第一の者と、もうひとりの者とのすねを折った。しかし、イエスのところに来ると、イエスがすでに死んでおられるのを認めたので、そのすねを折らなかった。(19:32-33)』

イエスはすでに死んでいたのです。クリスチャンではない兵士が確認しています。

(1)イエス様が本当に亡くなったのはいつですか?

→イエスは30歳から宣教活動を開始し、「33歳」で十字架刑によって殺されます。イエスはここで一度、完全に死にました。

(2)また、イエス様は生き返ったのになぜ、イエス様が十字架にかけられた直後から、弟子たちがキリスト教をひろめていったのですか?

→順番的にはこうです。
まずイエスが十字架にかかって殺された。それはずっとイエスと共にいた弟子たちにとって、予想だにしない出来事でした。イエスは当時のローマ帝国から自分たちを救い出してくれる方だと思っていたからです。弟子たちはがっかりしました。今まで「この人こそ神の子供!」と信じていた方が殺されてしまったからです。弟子たちは、本業であった漁師に戻るのです。まさに「絶望」でしょう。あの時間は何だったのか、と。

しかし、それで終わらないのです。イエスはよみがえりました。

ヨハネの福音書に、イエスの十字架から三日目たった日のことが書いてあります。

「夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった。イエスは彼らに言われた。「子どもたちよ。食べる物がありませんね。」彼らは答えた。「はい。ありません。」イエスは彼らに言われた。「舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます。」そこで、彼らは網をおろした。すると、おびただしい魚のために、網を引き上げることができなかった。(21:4-6)」

このあと、弟子たちはイエスと一緒に捕れた魚を食べます。食事をしていて初めてこの方がイエスだと気付くのです。そのすぐ後、イエスは弟子たちの目の前で天に上げられ地上を去りました。

その後、弟子たちの宣教活動が始まります。もう目で見てしまったのです!イエスの復活を!黙ってはいられなかったのです。

これがイエスの死と復活の全貌です。

この十字架の意味は果たして何なのか?
そこに気付いて欲しいです。もし少しでも気になれば、聖書の「ローマ人への手紙」を読んでみて下さい。あなたの人生を変えるかもしれません。

長文失礼しました。
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イエス様は30歳ごろ十字架にかけられて亡くなりますが、2,3日後に復活しますよね、もともとここでは出血多量で意識を失っていただけらしいですけど。

。。

これ、質問者さんは、学校で教わったのでしょうか?

私は、クリスチャンではありません。
キリスト教徒以外で、生物としてのイエスの復活を(質問者さんのこの例も含めて)事実として教えているとしたら、かなり問題があると思います。
(1)については、ですからキリスト教の信仰を持たないものが考えるなら磔刑になって死を確認されたときです。
 キリスト教の信仰がある人なら、そもそもイエスは復活されて神のもとに戻られているので、死んではいません。と答えるかもしれません。

(2)は、信仰的な思考を持たずに考えるなら、やはりイエスが死んだという事実があり、そのときから後継者によって布教を行わざるを得なかったと考えるのが普通でしょう。

本来、キリストの復活というテーマは、歴史的事実としてそのことが起こったかどうかよりも、なぜ、「復活」という信仰を持たなくてはならなかったか、あるいは、古代であってもありえない「奇跡」であったはずの「復活」を大衆が信じるに足りると考えたかを考察するべき問題なのでは無いでしょうか?

すくなくとも、出血多量での仮死状態が戻ったなどという、その場の思いつき的(まさかこんなこと書いてある史料なんてないですよね?)なごまかしをが蔓延しているとしたら、問題だと思います。
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> もともとここでは出血多量で意識を失っていただけらしいですけど。

。。
最近では、学校ではそんな風に教えるのですか?正直言って驚きました。いや、本当に。皮肉でなくて。
一般の理解は、「よみがえって天に昇った」というようなものだ、と私は理解しています。
ヤマトタケルが、死後白鳥になって飛んでいった、というイメージに似ていると思うのですがどうでしょう。

聖書では、たしかに、あたかも人間としてよみがえり、引き続き弟子たちを指導したかのように書いてあります。
これについて、例えばウィキでは(cantabile5さんご自身で確認していただけるのでウィキを引用します)、

『伝統的教会は、・・・復活のキリストが時間と空間を越えた存在(光栄の主)になっていた・・・』
『近代以降の啓蒙主義の合理主義の影響を受けた・・・解釈では、・・・復活は歴史的事実ではなく信者の心のなかにキリストがとどまりその印象が強化されたことを意味しており、・・・』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A9%E6%B4%BB

とあります。
要するに、復活というのは宗教的ファンタジーなのではないでしょうか。「嘘っぱちだ」という意味で言っているのではありません。日本人にとって、初代天皇が神武天皇であるように、客観的な検証は難しいし、検証できそうにもないけど、共同体のよりどころとなる無邪気な信念という意味での「真実」なのだと思います。

キリストの復活は、キリストの生誕と同じか、それ以上に重要な位置を占めるわけですが、私は、それを原理主義的に考察してもあまり意味が無いと思います。
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本当は死んでたけど、キリストを神格化する為に、その場に居合わせた人達が口裏を合わせて生き返ったって事にした・・・とか? 少なくとも「復活した」等という話よりかははるかに現実的で信憑性ありますよね。

 

でも率直に言って、2000年前に起きた事の真相や人物の事なんて誰も解るはず無いですよ。それを本気で問うのはナンセンスです。
ネットにTVにとこれだけ情報手段が発達している現代でも、常に世界に注目されている超有名人の事すら、私達はそんなに多くを知る機会は無いでしょう。(ここでこれを持ち出すのもなんですが、マイケルの件が記憶に新しいところですね。)
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