出産前後の痔にはご注意!

世の中にはコンプレックスがあることで自信を無くし駄目になる人もいれば
それが元で逆に伸びる人もいます
その違いは何なんでしょうか?


マゾ体質かサド体質の違いでしょうか?


結局コンプレックスの塊だった場合それが本当に嫌だったら頑張って抜け出そうとすると思います
そうしないで何もせずコンプレックスの塊の自分で居続けるということは本質的にマゾなのかなと

どう思いますか?

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A 回答 (3件)

まず、コンプレックスという言葉の定義になると、いろいろややこしいです。


一般的なものとして考えます。ここでは「劣等感」に置き換えてみます。
それから、サド・マゾは全然関係ありません。

決定的と思うのは、「劣等感」と「劣等であるという自覚」は全く別のものです。

例えば神経質の症状で赤面恐怖症というのがあります。
人前で恥ずかしくなると顔が赤くなるのが嫌で、遂に人前に出られなくなってしまったりするものです

これは謂わば、単なる「劣等感」なのです。自分でそう感じているだけの主観的なものです。
客観的には、実はそれほど赤くならないのに赤面恐怖症になる人は多かったのです。
もっと真っ赤になるのに、本人は何とも思っていない人もいるのです。
要は、別に顔が赤くなろうとなるまいと、決定的な人格の問題ではないです。
又これは体質の問題であり、本人が改善しようにも、どうにもならないです。
恥ずかしいと思わなくなれば、顔は赤くならないと思っても、
人前で恥ずかしいと思うことがなくなれば「恥知らず」の横暴で無神経な人間になってしまいます。
こんな人は、主観的な「劣等感」でがんじがらめに固まってしまっています。
まさしく劣等感が全人格を包み込んでしまったかのような状態です。
コンプレックスの塊の一つのタイプでありましょう。
冷静に考えれば顔が赤くなるということは、様々な人間の要素の内のたった一つのことなのです。
森田療法の鈴木知準博士はこれを「部分的欠陥の絶対視」と呼びました。

一方「劣等であるという自覚」の方は、まず劣等である自分を自分が受け入れています。認めています

まずは全体の中からキチンと切り離し、何か一つの問題を冷静に考えています。
人間には誰でも長所も短所もある。その中にはどうにもならないものもある。
そしてどうにかなりそうなものもある。
どうにかなりそうなものなら、どうにかしていこう。
…こうなってくれば、それはコンプレックス・劣等感というよりも、努力目標なのです。

「劣等感」→「劣等であるという自覚」に進むためには、様々な心の問題を乗り越えなくてはいけない
場合が多いです。
例えば自己中心的な自分に気づき、これを恥じ、しっかりと今までの自分を自覚しなければいけません


例えば「自分はブ男だ。従ってこの醜い顔を人前にさらすのは罪だ」などと考える人がいます。
こう考える心は、自己中心的な自分の裏返しです。この人は実は、超自己中心的な人です。
この人が自分と同じ位か、もしくは自分よりもっとブ男である人を見れば、
「この男はこんな酷い顔を人前にさらして、それを罪とは思わないのか? 恥知らずな人間だ」
と考える。?そういうことになってしまいます。こんな人は残酷な自己中心的な人です。
容姿に恵まれているか否か、これは本人の責任ではありません。
「自分と同じで、この人も大変だろうな」と、良い意味での同情心を持てない人は、
自分の容姿の悪さに凝り固まってしまった「自己中心的な人」と言わざるを得ませんよね。
自分は容姿の悪さで苦しい・悲しい思いをしている。しかし自分だけではないんだ、と。
ところが「自分だけ」と考えていることが、自己中心的なのです。「世界中の不幸を一人で背負ってい
る」。

そして容姿に恵まれていなくても、そういう自分を自覚し、自分なりに自分にふさわしいカタチで
おしゃれもし、明るくし、場を暗くしないような会話などの工夫をしている。努力している。
そんな人がいれば、一層この人を受け入れたくなりませんか?
こんな人は、自分の劣等性を自覚し、全人格の中から切り離し、努力をしてきた人です。
自分を知ること。自分なりを知ること。自分にふさわしい自分を追求すること。
これが全人格的な劣等感から脱出した人の、ひとつのカタチです。

ただしくれぐれも、忘れないで下さい。
憎しみをバネにした努力は、何時か必ず崩壊する・行き詰まると云います。
そうではなくて、まずは自分を自分で受け入れることなのです。
ありのままの自分を自分で認めることなのです。
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いやいやいや


それは物事を前向きに捉えるかそうでないかの違いだと思いますよ
たとえば他人に怒られて凹む人もいれば
なにくそーとばねにしてやる人も居るでしょう?
もちろん怒る側の人間だって怒りだけで言うのか
その人の為を思って心を鬼にして怒るのか
それだけでも違いますよね
マゾかサドなのかだけで答えが出るとは思えません
いや出ません
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私の考えていることを書いてみます。

コンプレックスというカタカナ語を劣等感と訳すか劣等性と訳すかの違いではないかと思います。劣等感と訳す場合が多いと思いますが、劣等性の方はあまり受けないと思います。しかし劣等性の方は具体的です。具体的に劣っていることがらがはっきりしていれば対処や克服の手立てが見つかる可能性があります。これに反し、劣等感の方は具体性がないのでともすれば雰囲気的なものになり具体的な対策が立てられないままになってしまうことが多いのではないかと思います。この違いなのではないでしょうか。
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Q愚痴だらけの人の心理。教えて下さい。

母親が毎日愚痴ばかりをこぼします。
聞きたくないので、聞きたくないと言っても、また忘れているのか、同じ様な愚痴を言い続けます。

子供の頃からで大変な時期もあった為、愚痴をまともに聞いて過ごしていたんですが、数年前、真剣に自分が聞いていたのに、相手はそうはとっていなかった事を知りました。
(アドバイスしていた事を、そうとはとられていないとか、あなたには迷惑は掛けてないとか・・・そう言った事を言われました)

それからは、想像以上のショックを受け、母にも「聞くのは嫌」と伝え、まともに聞かない様にしているのですが、それでも愚痴ってきます。
日常会話で入るので、止めきれるものでもなく、大変しんどいです。
また、止めると拗ねるのか無言になり圧力をかけてきます。
(それが耐えられなくて、子供の頃から聞いていた習慣もあったので、今でもそういう風になると自分が罪悪感に捕らわれるという感じになり辛いです。他の人にも同じ感覚になるので、重症だなと思います。)


拒否しても愚痴を言い続けるのは、いったいどういった心理なのでしょうか?
答えを求めていないのは、充分わかっていますが、ストレス発散で喋っているという感じとも少し違う感じがします。

愚痴をいう人は寂しい人だと、何か聞いた事もあるんですが、本当でしょうか?
それなら、私は母の寂しさを紛らわす道具ではないので、余計聞きたくないなと思います。

愚痴ばかりいう人達って、どういった心理が隠されているのでしょうか?
なんか、そういうのが、分かるとこっちも違った目で見られるようになって、楽になれそうな気がするので、どうか教えて下さい。

母親が毎日愚痴ばかりをこぼします。
聞きたくないので、聞きたくないと言っても、また忘れているのか、同じ様な愚痴を言い続けます。

子供の頃からで大変な時期もあった為、愚痴をまともに聞いて過ごしていたんですが、数年前、真剣に自分が聞いていたのに、相手はそうはとっていなかった事を知りました。
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Aベストアンサー

臨床心理士です。
あなたのお母様に当てはまるかどうかわかりませんので、一般論としてお聞きください。
フロイトは「我々が承認できない感情を抱き、これに正面から立ち向かい得ない時、我々はその感情が存在しないものと思い込もうとする」と述べています。
これは「抑圧」と呼ばれ、抑圧は精神によくない影響を与えます。
誰でもこのような感情は持っており、それをコントロールするために人は趣味、食事、スポーツ、恋愛、娯楽、相談など様々な方法で抑圧から逃れようとします。
その中の方法のひとつに「愚痴」があります。
逆説的に述べますと、「愚痴ばかり言う」人は上のような「様々な方法論」を持っていない人です。
しかもひとつの方法に固執すればするほど、他の方法を行わなくなります。なぜならその方法で抑圧からの
開放が十分できているため、「あえて他の方法をためす」必要が無いからです。
(以上のことは全て無意識下で行われていることがほとんどです)
「愚痴」をストレートに止めてしまうのは精神状態が悪くなる恐れがあります。
抑圧からの開放を愚痴に特化する人は自己中心的性格が強い方が多い傾向にあります。
「愚痴」をやめさせるには「愚痴以外の抑圧開放手段」をコツコツ提示してあげるという地味な作業が必要になります。

臨床心理士です。
あなたのお母様に当てはまるかどうかわかりませんので、一般論としてお聞きください。
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