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日本史の本を読んでいて児島惟謙に興味を持ちました。

大津事件を起こした津田三蔵に対して、政府は死刑を要求するも
「法治国家となった日本が法を曲げるのか」と一蹴し無期徒刑の判決を下したそうですね。
Wikiなども読んだのですが、児島惟謙について他のエピソードや、皆さんが何か知っていることがあれば
教えていただきたいと思いました。

ぜひ児島惟謙について教えてください。よろしくお願いします。

A 回答 (2件)

児島惟謙彼自身のことではないですが、


ちょっと補足してみたいと思います。

日本は自国の近代化を図ってました。
それは西欧列強に対抗する国づくりを
するためです。

それには外国から、ああ、日本は近代国家
の一つなのだ。と認められる必要があった。

近代国家とは何か。当時のイギリスそのもの
でしょうか。

少なくとも、「法の支配」が確立していること。

政治というものが王国や皇帝の専横によって
おさめられ、行政、司法、立法の三権が
すべて一人の人間に集まっている状態を否定。

議会に代表者を送り込み、法律を作り、
王であっても法律に反してその権力を行使
することはできないという体制を作る。

これが法の支配ができてるかどうか
、の観点から見た近代国家です。

しかし日本がロシアのニコライ王子を招いたとき、
ある青年将校、津田三蔵がニコライをきりますよね。

このとき、日本の法律には、「自国の皇族に対する
不敬罪」には死刑が定められてましたが、「他国の
皇族に対する不敬罪」については死刑とする
法律はありませんでした。

日本政府はめちゃくちゃ動揺します。ニコライ王子を
切った。ロシアを怒らせた。
ロシアとの戦争が始まる。それだけは避けなければ。
できるだけロシアの気が収まるような措置を取らなければ。

といって、津田三蔵を死刑にするように裁判官に命令します。
これは明らかに法律違反です。津田三蔵はあくまで「他国の
皇族」を切ったのであって、自国の皇族を切ったわけでは
ありません。

ですから法律にはかかれていない罰を下されそうになり
ました。この時津田三蔵に課される最大の刑罰といえば
「無期徒刑」でした。

ロシアも当然日本の処分の方向に興味しんしん。

これにストップをかけたのが児島惟謙です。

そんなことをしたら、我々日本人は、イギリスを代表する
近代国家から、野蛮人だと思われるであろう。
つまり格下に見られるというんです。

とすれば、そもそも政府が目的としていた近代国家の
樹立、というのは不可能になってしまいます。

だからあえて津田三蔵の「死刑」判決を避けるよう
時の政府を説得しました。

結局津田は「無期徒刑」として死刑を免れたのです。

そしてロシアの反応はというと。

貴方の国の法律がそうであるのならば、我々は
やむを得ない。

という回答でした。ロシアもこのときは法的に近代的な
人たちだったのかもしれませんね。ロシアに悪いイメージ持ってる
人多いですが、これには私もおどろきw

無期徒刑も十分つらいですけどね。児島惟謙について読まれた
のでしたらメインストーリーであるこれはすでにご存じでしたかね。
あはは~

確か最後花札賭博の疑いをかけられて大審院長をやめています。
私は陰謀めいたもん感じますけど質問者さんはどうでしょうか。
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15年ほど前に読んだ山川出版社『日本史史話 近代・現代』(1994年発行)では、


大津事件についてこんな見方をしています。

児島惟謙は、5月24日に三好退蔵検事総長と連名で政府(山田法相)に
「皇室罪(刑法第百十六条)を適用できる見込みはない。どうしても死刑とせねばならないのであれば、天皇に緊急勅令を発して頂くしかない」
という意味の電報を打っています。
しかし、三好は翌日、山田法相あて緊急勅令ですでに起きた事件を裁くのは不適当であると、事後法不遡及の法理を挙げて勅令に反対しています。
つまり、勅令で津田を裁こうとしたのは児島だと推測されます。
法学的には三好に一貫性があり、司法権独立の点でも理にかなっている、という見方です。

また、ロシア皇太子訪日に際しては、事前に両国で綿密な打ち合わせがあったのは当然ですが、とりわけ皇太子の身辺警護については、青木外相と駐日ロシア公使の間に皇太子に万一危害が及んだ場合、極刑で望むという秘密の合意がありました。
これは国際間の取決めであり、国内法に優先するので、政府が刑法第百十六条の適用にこだわった方針は必ずしも不適切ではないという説がある、とこの本には書いてあります。

15年も前の本なので、最近の見方はどうなのだろうと調べてみました。

児島惟謙で検索すると、「コトバンク」では次のように説明されています。
(引用します)
しかし,事前に青木外相と駐日ロシア公使との間で,万一の場合「皇室ニ対スル罪」適用を約束していた事実にも留意しなければ,裁判の公正な評価は下せないだろう。
(引用終わり)
コトバンク 
http://kotobank.jp/word/%E5%85%90%E5%B3%B6%E6%83 …

さらに児島惟謙が、裁判が予定されていた前日に勅令の発布を依頼し、これがために裁判が延期になった事実を確認しました。

名城大学 法学部 法制史研究会 「大津事件」7ページ 緊急勅令
http://wwwhou1.meijo-u.ac.jp/housei2/semi/zemiro …

結果として児島惟謙は、「司法権の独立」を辛うじて守ったと、私は理解しています。
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