太平洋戦争では一方的に核兵器の攻撃で
日本が負けましたがこのときすでにかなりの数の
化学兵器<毒ガス>や生物兵器<細菌>があったと知りました
当時の日本が化学生物兵器で反撃とかは連合軍は考えなかったのでしょうか?
それとこれらで核に対して反撃した場合の国際世論はどうなんでしょうか?
それから<伊400型>潜水艦で米本国への化学兵器での反撃の
さいの講和やその後の核兵器の攻撃中止などの話し合いなどが
持てるのでしょうか?
歴史に詳しい皆様想像でもええので教えてください

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A 回答 (7件)

当時はまだしも今では十分最終兵器たる実力がありますね。

化学・生物兵器は貧者の核爆弾と呼ばれてますから。

朝鮮戦争やベトナム戦争で使われたレベルでは、まだ「バント」クラスでしたが今では抑止力の一つとなっているでしょう。
ですが例えばアメリカがイラクに核を使わなかったのは、それよりも国際世論というのが圧力としては大きかったと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
なるほど当時の科学生物兵器はまだ最終兵器としても性能に
達してなかったということですね~
現代のレベルやと防御不可能の細菌ガスなどもありますから
でも当時はまだまだバンドですよね

やはり国際世論ですか
参考になりました
またおねがいしますね

お礼日時:2001/04/15 23:28

「 戦場の兵器を扱っている人たちには思想とか ファシストや帝国主義とか考えて戦ってるんでしょうか?」の質問ですが,misacyan4wd さんがもし「戦場の兵器を扱っている人」でしたら,どうなんでしょうか.


良く映画で「自由のために」という事がありますね.これもいろいろでしょう。
映画でドイツの兵隊でも「ファシストや帝国主義」のためと思って戦っていない人もいましたね.映画ですから,それが事実かどうかわかりませんが.日本も侵略とは一般の兵士は思っていませんでしょう,思想の洗脳されるか,そのように教育されるか,周囲の無言の圧力で,そう思い込ませられることもあるでしょうね.日本の場合は「お国のため」で戦っているでしょう.攻められるほうも「国や家族を守るため」ではないでしょうか。「主義」は指導者の理屈だと思います.中には信じる人もいるでしょう.ナチス親衛隊のように.世の中いろんな考えがありますから,あなたが「思想とか ファシストや帝国主義」で戦っていると思われても,思われなくてもいいと思います.いずれにせよ,思う思わないの答えしかありませんでしょうか.  
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この回答へのお礼

ありがとうございます
うちがこのコーナーで他の人と違って兵器だけを
問題にしてるのは
主義主張や思想を問題にするのはナンセンスやと
思うからなんですよ~!
悪か善かなんてナンセンスでしょ!
ここのコーナーで主義変える人おらへんでしょう~?笑
だから兵器の問題だけで話合うのもたまにはええと思いませんか?
またおねがいしますね

お礼日時:2001/04/17 00:45

「でも通常兵器で戦っている日本に対して通常外兵器の攻撃をどう考えますか?」


 戦争を長引かせるか,早く終わられるか。人命をどう考えるかではないでしょうか。いまの戦争は戦闘員も.民間人も区別も無く殺されるのですから,長くなってもなんの利益もお互いに無いでしょう.ほとんどの人は平和な生活を望んでいるずです.私は戦争なんて土地の取り合いをしているに過ぎないと思っています.いままでの戦争はそうではありませんか.何回も歴史はバカみたいに繰り返しています.前に述べましてように誰かの犠牲でこれはいけないという事を知るのですから,早く終わらせる方法としては、使わざるを得ないでしょうか.そのためにはなにも戦場で使わないでも、それを相手に知らしめる方法もありますが,相手が同じ事を開発すれば,戦争を止めないでしょう.だけどそれを使えば人類にすべて影響することを知れば,それは使えませんから.戦争を止めることしかないでしょうか.また日本がその事実-脅威-を知っても無視すれば(事実軽く思い無視したのですが)、不幸ですが,使わざるを得ないでしょう.逆に日本も原爆を作る技術はあったのですが,資源,資金不足でできないこと,軍部の認識不足で実現できなかったのが幸いと思います.日本が使っていたら,どうなるのでしょうか.アメリカは戦争を止めたでしょうか.物量でくるでしょう.世界を相手にしなければなりません.いずれ日本は負けるでしょう.話は別ですが、私は押し付けられても押し付けられなくてもいいものはいいと思っています.みんな地球人という事を忘れているのではないでしょうか.
日本国憲法の前文は素晴らしいと思っています.コスタリカの憲法も日本を見習っています.
 
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この回答へのお礼

ありがとうございます
詳しくカキコしてくださり参考になりました
早く終わらせるため通常外兵器もあり・・ということですね
現代の憲法のことまでカキコありがとうございます
またおねがいします

それと戦場の兵器を扱っている人たちには思想とか
ファシストや帝国主義とか考えて戦ってるんでしょうか?

お礼日時:2001/04/15 23:36

misacyan4wdさんのご質問に直接お答えするわけではありませんが、


太平洋戦争についてのmisacyan4wdさんの見方についてひとこと申し
上げたく思います。

それは、一方的な核攻撃(原爆投下)によって、日本がこの戦争に
負けたのではありません。太平洋戦争の経過をたどってみれば判り
ますが、1945年8月上旬の時点では、すでに日本に勝つチャン
スはありません。

仮にこの時に、日本だけが原爆を持っていてアメリカ本土や主要な
戦場で使用したとしても、戦争は長引きこそすれ、それでも勝てな
かったと思われます。(アメリカもすぐに開発して報復してくるで
しょうから・・)それほど、戦況には大差がついていました。

兵器としての核爆弾・毒ガス・細菌を判りやすく野球でたとえると
核爆弾が満塁ホームランの威力とすれば、毒ガスはバント、細菌兵
器は空振りぐらいの威力でしかありません。少なくとも20対0で
負けている試合で、ランナーも居ないのにバントをして意味があり
ますか?あるいは打つつもりでも空振りをして、振り逃げを期待し
ても意味はないでしょう?伊400型潜水艦にしても同様です。

また、国際世論を形成するような中立国は第二次大戦においては存
在しません。これは中立国がなかったという意味ではなく、戦争の
局外にあって、対戦国がその思惑を気にするような強国が存在して
いないという意味です。第一次大戦では、途中までアメリカという
大国が中立を標榜しており、その動向を気にしたからこそルシタニ
ア号事件でのアメリカの抗議・非難が有効だったのです。

つまり、毒ガスや細菌兵器による攻撃は、一つには相手からの同種
兵器による報復の可能性が強いことにより、(これが主原因)また、
威力が小さく反撃の切り札には成り得ないことにより、使用される
ことはありませんでした。国際世論うんぬんは、見当違いでしかな
いと思います。

最後に講和の可能性についてですが、戦争の初期のうちに申し出た
のであればともかく、お話の時点では無条件降伏を求めた「ポツダ
ム宣言」を受け入れるかどうかしかありません。当初の日本の反応
が「無視する」というものであったのが、原爆投下の一因でもあり
ます。

大戦中に日本が開発に着手したり、ある程度実験段階まですすんだ
兵器について、戦争の行方を左右したかもしれないというような過
大な期待をしたり、空想をたくましくしてはいけません。
太平洋戦争の敗因については以下の本が冷静に論じていると思いま
すので、ぜひご一読下さい。
三野正洋「日本軍の小失敗の研究」光人社NF文庫
 同  「続 日本軍の小失敗の研究」光人社NF文庫
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この回答へのお礼

ありがとうございます
えーとうちが読んだ本によると連合軍はコルネット作戦と呼ばれる
本土上陸作戦を計画しててそれに対して日本も兵器温存~~
とあったので今回の質問は逆転~~というより
通常兵器の戦争に核使ってすれを化学兵器で反撃もしくは
核にたいして化学生物兵器は抑止力になりえますか?という疑問
なんですよ~
どう思います?
イラクVSアメリカやと化学兵器が抑止力になっているような
気がするのですが???

またよろしくおねがいしますね

お礼日時:2001/04/15 02:40

化学兵器<毒ガス>や生物兵器<細菌>は日本だけではなく,既に大1次世界大戦で使用済みのはずです.だから,防御の研究は欧米でもされています.使用できなかった1つの原因は味方に対するの防御が不完全だからではないでしょうか.それができていれば,瀬戸内海のどこでしたか、毒ガス島の悲劇はないはずです.見かたの損失も考えなくてはならないのです.核兵器も世界各地で使うと地球全体が汚染されて,自滅になるでしょうね.その当時はまだ核爆弾は未知でどんな結果になるかわからなかったはずですから, 


日本にとっては不幸な経験ですが,無くなられたかたのお陰で平和なー日本だけですがーときがあるのです.そして核兵器禁止の条約もできたのですから。毒ガスや生物兵器<細菌>は防止は研究が進めば可能ですが.核兵器は防ぐ手段いまのところはは無いですね。使わないことを願うだけです. 
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この回答へのお礼

ありがとうございます
えーとこの場合核に対しての科学兵器が抑止力と
なってくれれば!!と思ったのですが
結構どちらも不完全というか防御面の問題があったみたいですね~

でも通常兵器で戦っている日本に対して
通常外兵器の攻撃をどう考えますか?

またおねがいしますね

お礼日時:2001/04/15 02:29

化学生物兵器に関しては、cockyさんの書かれたとおりです。

しかしそれが日本で確立されていたとしても反撃はなかったと思います。もともと太平洋戦争は軍の主導部がかってに天皇を利用してはじめたことであり、一般人は賛成などしていませんでしたし、原爆によって多くの命が絶たれたのですから、反撃とかそういう問題ではありません。
 その時点で敗北であり、反撃うんぬんより、人道的に見ても、これ以上一人の犠牲者を出さない事の方が大事な事ぐらいは理解したのでしょうね。
>それとこれらで核に対して反撃した場合の国際世論はどうなんでしょうか?  この記述に関してなのですが、あきらかに第二次世界大戦は同盟国側が正義であり、イタリア・ドイツ・日本は悪なのです。あなたの事ではありませんが、最近の若い人は今のアメリカと日本の関係しか知らない人が多く、大戦中、日本とアメリカが敵国だった事を知らない人がいます。 もし日本が反撃などしていたらそれこそ日本全土に原爆の嵐が舞い降りた事でしょう。そうなっていれば、私もあなたもこの世に存在していなかったかもしれませんね。
 原爆で日本人多くの方が亡くなったのは遺憾ですが、日本が戦争に負けた事は世界にとってよかった事なのです。
あのヒットラーと同盟を結んでいたと思うとぞっとしますね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
それで今回のうちの疑問は
「核兵器に対して化学生物兵器が抑止力となりえないか?」という
点なんですよ~
とにかく日本は通常兵器で戦っているのに
一方的に通常外兵器の攻撃に反撃が出来ないの?
という疑問であったので
そうですか・・・悪なのですか~~
やられても世論は味方してもらえないのですね

またおねがいします

お礼日時:2001/04/15 02:23

生物化学兵器の開発について、確かに当時の日本は有名な七三一部隊を中心としてかなりの技術を持っていましたが、実戦レベルでの運用となると、味方軍に対する感染防止技術などが確立していなかったことや細菌爆弾の実用化が思うように進まなかったことなどから、実際問題として本格的な実戦投入は難しかったのではないでしょうか。


その点については連合軍もある程度の情報を事前に入手していたと思われるので、生物兵器での反撃の可能性は低いと踏んでいたと思われます。

実際、日中戦争の上海戦などでは部分的にペスト菌などの細菌兵器が使われたようですが、その結果中国軍に与えた損害と同程度の二次被害を日本軍も受けてしまったため、その後は実戦での生物兵器の使用はほとんどなかったようです。
また細菌爆弾の実用化についても、爆弾の爆発時に発生する熱によって細菌が死滅するという問題に加え、爆弾の命中精度や耐久性・密封性の問題などが重なり、実戦レベルで使いものになるものは終戦時点で開発できていなかったようです。
七三一部隊で開発されていた宇治式爆弾も、外装に陶器を採用したために耐久性・密封性などの問題がつきまとい、実用化までは至らなかったようですし、有名な母娘爆弾なども机上のアイデアレベルでの開発か、せいぜい初期の試作レベルにとどまっていたという話です。

また当時は、核兵器や生物兵器に関する危険性について世間の認識はほとんど0に近かったと思われますから、仮に日本軍が生物兵器を使用した場合に核で反撃したとしても、国際世論の批判はまず起きなかったのではないかと思います。

伊400型云々のところは、元の文章の文意がよくわからないんですが…。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
そうですか~あまり効果なかったみたいですか?
詳しく教えていただき助かります
またおねがいしますね

お礼日時:2001/04/15 02:14

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 真珠湾攻撃でアメリカ太平洋艦隊、主力部隊は
壊滅しました。マレー沖海戦では英東洋艦隊
主力艦撃沈と、好戦果を挙げた日本ですが、
開戦早々にアメリカから講和の申し出があったと
いうのは本当ですか。

 まあ戦争は続いたので講和はなってないのですが、
日本はミッドウェー攻略の後、講和しようと考えていたのでしょうか。
 それが大誤算になって、講和のきっかけを失った日本は
5分5分で講和できるタイミングのみを考えて戦い続けたのでしょうか。
講和の絶好のタイミングとなるといつ頃ですか。

Aベストアンサー

ミッドウェーが落ちれば、ハワイがミッドウェー基地からぎりぎり航空攻撃の範囲に入ります。
潜水艦の拠点にもするでしょう。

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というかそれはさすがに難しいでしょう。

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(あるいわハワイを犠牲にしてでも米国は戦う可能性が高いですし、ハワイの白人脱出作戦とかも考えられるので、事実上道なんかなかったと思いますが・・・)

その後の日本の講話は、ソ連を通じて講和しようというものです。見事に裏切られますが。

Q単独講和と全面講和の差がよく分からないので教えてください

私は、「日本はサンフランシスコ講和条約により連合国との戦争状態を終了させた、しかし、この講和条約はマルクス主義陣営を除く単独講和であった。そのため、ソ連はサンフランシスコ講和条約に調印していなかったため、ソ連との戦争状態は1956年の日ソ共同宣言によりようやく終了し、ソ連で戦犯として有罪判決を受けていた人たちの帰国が実現した。」と理解していました。しかし、サンフランシスコ講和条約に調印していない中国が靖国参拝反対の理由としてサンフランシスコ講和条約で東京裁判の判決を受諾したことを挙げています。私は「サンフランシスコ講和条約に調印していない国に対しては、日本はこの条約に定められた権利義務は一切有しない。」と考えていたため、中国は日本が負う必要のない義務を中国に対して負うように主張しているように思い、いぶかしげに思ったことがありますが、新聞やニュースを見た範囲内では、日本の政治家が中国がサンフランシスコ条約に調印していないことを指摘したことを見たことがないので、今では中国の主張には理があるのだと理解しています。そうなるとサンフランシスコ講和条約に調印していない国に対しても日本がサンフランシスコ講和条約で定められた権利義務があるとすれば、1951年の時点でソ連との戦争状態が終結していたと考えればよろしいのでしょうか。また、調印していてもいなくても条約の権利義務が発生するとすれば、単独講和と全面講和にはどういった差が生じるのでしょうか。つたない文章で申し訳ありませんが、どなたか教えてください。

私は、「日本はサンフランシスコ講和条約により連合国との戦争状態を終了させた、しかし、この講和条約はマルクス主義陣営を除く単独講和であった。そのため、ソ連はサンフランシスコ講和条約に調印していなかったため、ソ連との戦争状態は1956年の日ソ共同宣言によりようやく終了し、ソ連で戦犯として有罪判決を受けていた人たちの帰国が実現した。」と理解していました。しかし、サンフランシスコ講和条約に調印していない中国が靖国参拝反対の理由としてサンフランシスコ講和条約で東京裁判の判決を受諾し...続きを読む

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追伸
戦争状態と言っても、「手続きが終わっていない状態」つまり「外交上」の戦争状態の終了がサンフランシスコ講和条約の効力発生に伴い戦争状態が終了とされているのです。
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Q小熊英二さんの「<民主>と<愛国>」を読んでいます。

小熊英二さんの「<民主>と<愛国>」を読んでいます。
いま、敗戦後すぐの回想をいくつか紹介してる部分なんですけど、

敗戦時に中学生だった山本明さんの、
ついこの間まで『神風』の鉢巻きをして一緒に戦っていた女性が米兵と付き合っていて、
米兵にエスコートされて、さっそうと出てきて日本の男を人間とも思わぬ目つきでちらりと見る。
その得意げな彼女たちの姿や表情は忘れる事が出来ない、
ていう話!!!
これは、トラウマになりますよね?

それから大江健三郎さん。
敗戦時10歳という繊細な年頃ですね。
大江さんは戦中は「天皇のために死ぬ」事を夢みていた皇国少年だった。
敗戦後アメリカがやってきて子供たちにばらまいたチョコレートに、
多くの幼い子供や大人までが群がったのを彼は後ろから見ていたんですね。
彼はチョコレートに激しく誘惑された。
しかし自尊心が拾う事を自分に許さなかった、と書いている。

なんか涙が出てきそうです。
だって僕は、みんな喜んでチョコレートを貰ったんだって思っていたから。

「<民主>と<愛国>」がこういう感傷を引き起こす事を目的とした書物ではない事は分かっているつもりです。
この敗戦後の心の傷って、その後どこへ行ったんですか?
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ついこの間まで『神風』の鉢巻きをして一緒に戦っていた女性が米兵と付き合っていて、
米兵にエスコートされて、さっそうと出てきて日本の男を人間とも思わぬ目つきでちらりと見る。
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1960年の安保改定において
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明治時代、不平等条約を改定するために半世紀かかったのを、10年足らずで平等にしようというのですから、実際は岸は良い仕事をした。

だが、1960年、安保反対運動が起きたのは「アメリカが嫌いだから」「アメリカと話をするようだったら、耳を塞いでいたい」という感情が背景にあります。

Qもし、日本が核兵器を保有していたら

もし、1945年8月の時点で日本が実戦で使用できる戦術核を複数保有しており、その他の兵備、兵力、物資は史実どおりだったとして、

(1)アメリカによる広島長崎の原爆投下はあったでしょうか。
(2)ソ連の参戦はあったでしょうか。
(3)ソ連を仲介とした和平工作は成功していたでしょうか。

Aベストアンサー

1945年初頭まで、アメリカは日本には無条件降伏しか認めない方針でした。これは「日本を戦後にどうするかは戦勝国の胸先三寸。日本という国を消滅させることもあり」という意味です。歴史上、プロイセン・ロシア・オーストリアの3国によるポーランド分割・消滅といった前例もあります。無条件降伏しか認められない日本は「奴隷にされるか、最後まで戦うか」と戦い続けるしかありませんでした。

ところが、日本本土に近づくに従い、アメリカ軍と日本軍の損害比率が接近してきました。特に硫黄島の戦いでは、日本兵2万を殺すために米軍兵3万近くが死傷するという予想を超えた損害を受けました。(戦争での「負傷」とは、手足4本のうちの1本を失うくらいの程度以上のものを言います。戦傷者は、「身体障害者」として余生を送ることになります)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%AB%E9%BB%84%E5%B3%B6%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

日本を無条件降伏させるためにアメリカの青年の血をムダに流すのも良くない、ということで、アメリカは「日本に対して降伏条件を示し、天皇制の維持に理解を示す」方向に転換しました。これは、日本の無条件降伏に拘っていたルーズベルト大統領が1945年4月に没し、トルーマンが後任になったこともあります。硫黄島の戦いは1945年3月末に概ね完了しましたので、トルーマン大統領の就任と時期を同じくして「日本に降伏条件を与える」ことの研究が始まりました。

その結果が、1945年7月のポツダム宣言
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19450726.D1J.html
です。これは「日本に対する無条件降伏の要求」と誤解する向きが非常に多いのですが、実際に読めば分かるとおり「日本への降伏条件提示」です。

「日本国を潰さないこと」
「日本国民を奴隷として扱わないこと」
「海外にいる日本兵を速やかに復員させること」
「日本が民主化されたら、日本に再度独立を与えること」

など、日本に対する「最大限の譲歩」が盛り込まれております。ただ、「天皇制の維持を認める」という文言がないのが日本にとっては大問題でした。

それが
「鈴木貫太郎首相は同日、記者会見し「共同聲明はカイロ會談の焼直しと思ふ、政府としては重大な価値あるものとは認めず「黙殺」し、斷固戰争完遂に邁進する」(毎日新聞、昭和20年(1945年)7月29日)と述べ、翌日朝日新聞で「政府は黙殺」などと報道された。この「黙殺」は日本の国家代表通信社である同盟通信社では「ignore it entirely(全面的に無視)」と翻訳され、またロイターとAP通信では「Reject(拒否)」と訳され報道された」
につながり
「日本がそれでも降伏しないのなら、ポツダム宣言の通りに『十三 吾等ハ日本国政府ガ直ニ全日本国軍隊ノ無条件降伏ヲ宣言シ且右行動ニ於ケル同政府ノ誠意ニ付適当且充分ナル保障ヲ提供センコトヲ同政府ニ対シ要求ス右以外ノ日本国ノ選択ハ迅速且完全ナル壊滅アルノミトス』とするしかない」
とアメリカに判断させ、広島・長崎への原爆投下につながりました。私は原爆投下を正当化する意図はありませんが、日本政府がポツダム宣言を直ちに受諾する旨返答していれば原爆投下もソ連の対日参戦も回避できたと考えています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%84%E3%83%80%E3%83%A0%E5%AE%A3%E8%A8%80

ご質問の答ですが、

(1) 原爆を沖縄の米軍根拠地まで運んで炸裂させれば、多数のアメリカ人の生命が奪われます。日本には潜水艦が残っていましたので、沖縄まで原爆を運ぶことは不可能ではありませんでした。ただ、これをやった場合「いかなる日本人を最後の一人まで殺せ」と米国の世論が硬化し、日本本土決戦につながり、北からソ連が侵攻して日本は今の朝鮮半島と同様の状態になったでしょう。史実より悪い結果になったと思われます。

(2)(3)は関係ありません。ソ連は兵士の生命など無視する国ですので、日本が数発の核兵器を持っていたとしても「だから何?」です。スターリンの意思を変えさせることは出来ません。

ご質問を
「もし1941年夏の時点で日本が実戦で使用できる戦術核を複数保有しており、その他の兵備、兵力、物資は史実どおりだったとして、日米開戦は回避できたでしょうか」
と変えれば、答は
「日米開戦を回避できたでしょう」
となります。

1941年時点で、世界で唯一日本が原爆を持っていると公表し、原爆の公開実験を日本が支配していた南洋諸島のどこかで行えば、米国を大きく譲歩させる力になったでしょう。

1945年初頭まで、アメリカは日本には無条件降伏しか認めない方針でした。これは「日本を戦後にどうするかは戦勝国の胸先三寸。日本という国を消滅させることもあり」という意味です。歴史上、プロイセン・ロシア・オーストリアの3国によるポーランド分割・消滅といった前例もあります。無条件降伏しか認められない日本は「奴隷にされるか、最後まで戦うか」と戦い続けるしかありませんでした。

ところが、日本本土に近づくに従い、アメリカ軍と日本軍の損害比率が接近してきました。特に硫黄島の戦いでは、日...続きを読む

Q核兵器ウラン…

ここのコンテンツで良いのかなぁ…と思いつつ、質問させてもらいました。

妹が今、学校の課題で、平和についてのポスターを描いています。
そこで、学校からもらった資料を見て、核兵器のウランの絵を描いたみたいです。
しかし、色が分からずに着色に困っています。学校から貰った資料は白黒だったので分かりません。
色々検索してみたのですが、なかなか見付かりませんι

なので、もし核兵器のことで少しでもしってる方が居ましたら、返事お願いします。写真とか載ってるサイトとかがありましたら(あるのだろうか…?)、URLを教えて下さいです。
大体の色でもいいので教えて下さい。


宜しくお願いしますm(_ _)m

Aベストアンサー

 色について回答します。
 講談社のブルーバックスシリーズB1192「元素111の新知識」によると金属ウランは銀白色と記述してあります。
 図鑑で見た、原子爆弾は半円球のウラン235を2個、火薬の力で、合体させ核分裂を起こさせるとありました。
 これを読みすぎたせいか、私は、ウラン235の金属隗を素手で積み上げて、臨界量に達した瞬間キノコ雲が発生するという破滅的な実験を夢の中で2回してます。
  
 


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