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 宗教を信仰している人に聞きたいんですけど、何がハマったポイントでしょうか?

 私の近所には宗教施設があり、興味があるので見学しようかなぁと思っています。
 しかし、以前にも見学させてもらいましたが、どうも続ける気には慣れそうにありません。

 だって、毎週通ったりが面倒なんですもん・・・
 確信がないとむずかしいなぁと思っているんですが、皆さんはどういうポイントがハマったツボでしたか?

 先日、キリスト系の宣教師さんと出会いまして、一人はアメリカからこちらに来て、一人は広島からこちらに宣教師としての命を受けて派遣されたそうです。いちいち、海外や別地域に来るなんて、。めんどくさくないんですかね?
 どちらもまだ若く立派だなぁとも思ったんですが

A 回答 (14件中1~10件)

ピンとこないうちは信じなくてもいいんじゃないでしょうか。


ピンと来るものがそのうち現れますよ。
質問者さんがなぜ宗教を信仰してみようかという気になったのかはわかりませんが、ピンと来ないということは今はそのタイミングじゃないと自分の直感が教えてくれているのかもしれません。
信じられる理由を論理的に説明しようと思えば、自分の中の問題点に正解をくれる宗教を人は信じられるということもできるかもしれません。質問者さんが毎週通ったりするのが面倒くさいと思うのであれば、今の質問者さんの問題は毎週通いたいと思うほど深刻ではないと判断することもできますよね。つまり、今はさほど信仰は必要としていないということかもしれません。

自分は普通に家の宗教の仏教徒ですが、仏教は楽ですよ。信じなくても救ってくれます(笑)積極的に悪いことすれば、そりゃ地獄に落ちるでしょうけど、真面目に生きていれば、仏教は信者じゃなくても救われます。仏教が布教活動をあまりしないのは、そのせいなんでしょうかね。
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宗教は人の優しさ(愛)を教える手段です。


ただそれだけ。
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 私はプロテスタント教会で洗礼を受けたクリスチャンです。

宗教を信じるといいますと「弱い者」「お金をむしり取られる」「洗脳される」というイメージが強いです。過去、行き過ぎた過ちをある集団が起こし、さらにはマスコミに大々的に報じられました。まだ、記憶に新しい方もいらしゃるかと思います。また、ネット上でも特定の某宗教を叩く発言が後を絶たないので「宗教は怖い」と思うようになりました。過去をひも解くと宗教と争いは常に生活に根付いたものなので「怖い」と感じてしまうのも良くわかります。相撲の八百長問題然り、マスコミに大々的に報じられると、なんだかお相撲さんや相撲自体が悪の様な感じがしてくるのと似たようなものです。宗教もそれと似たようなものかもしれません。まずは、頭の整理から。
 まず、「はまる」と言う考え方はどうかと思います。趣味やサークル活動ではありませんので。でも特別視するものでもありません。生活に根差されたものだからです。私の場合は、何だか良く分かりませんが「教会に行こう」と不思議と感じて行きました。お金をむしり取られる事もなく、布教活動する訳でもなく、洗脳される訳でもありませんでした。普通に日曜日に教会に行く毎日、、ただそれだけです。
 あと、宗教を信じる確信という質問です。ある宗教の方が私のところにきて布教活動されます。その方達も「確信」という言葉を使われる事が多々あります。「?」と思う訳です。キリスト教的に言えば、「神が我々を選んだ」とある訳で、人間が神を選ぶ訳ではありません。いつの間にか私たちが神を選んでいる訳です。それが、罪と言うものです。(簡単に端折って言えば・・)
 本題ですが、質問者様のご家族や祖父母の方達は、何らかの宗教があるはずです。お墓を建てていればもうすでに宗教がある訳で、質問者様ももしかしたらお墓参りに行ったこともあるかと思います。特に何かを感じてしていた訳ではないでしょう。そんな折、自分は新たに違う宗教に入るぞ!となる時、そこには特別な何かが生じるものだと思うのです。「あそこの宗教はかっこいい」とか「あそこの宗教は布教活動がない」等ではなく、質問者様がまず思うところへ行かれて話を聞き、自分の人生や生き方、心に響く事があれば、続けて行かれたら良いかと思います。
 最後に宗教の全ては決して心の弱い人の集団ではありません。特定の行き過ぎた宗教も悲しくもありますが混同しないようにね。それほど、宗教を自分で選ぶというのは、言葉で説明しきれない難しくもデリケートなものなのだと思います。
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クリスチャンは「使徒信条」と呼ばれる、以下のことを信じています。



****
私は、天地の造り主、全能の父である神を信じます。
私はそのひとり子、私たちの主、イエス・キリストを信じます。
主は聖霊によってやどり、おとめマリアから生まれ、ポンテオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、よみにくだり、三日目に死人のうちからよみがえり、天にのぼられました。
そして全能の父である神の右に座しておられます。
そこからこられて、生きている者と死んでいる者とをさばかれます。
私は聖霊を信じます。
きよい公同の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、からだのよみがえり、永遠のいのちを信じます。
****

そして、以上のことを確信があるか、ないかではなく、
信じられるか、信じられないかではなく、
ただ、己の意思でそう信じています。
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まずは、自分自身で確かめるのも有りだと思います。

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こんにちは。

 いま、少し時間に余裕があるので、回答します。

宗教を、覗いてみようなどと考えてはいけません。

洗脳されて、お金を取られるだけですから。

なにかに、すがりたいのなら、自分の良心に、すがって下さい。

なぜなら、あなたは生まれながらに、御仏または神の智慧(ちえ)
を授かっているからです。

ちなみに、私は仏教ですが、ハマったポイントは、四字熟語が
覚えられることです。  色即是空 空即是色

では、忙しくなりそうなので、これにて。 
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キリスト教は、古代エジプトとかバビロニアなどの宗教をミックスしているんです。


手っ取り早く言うと、古代エジプトの宗教。

ですが、記憶喪失なのか自覚が無い。


で、エヴァンゲリオン というのは日本語で福音と訳し、英語では good news になる。

良い知らせ ということですが、どういうグッドニュースなのかというと、<イエスがこの世の罪を消した>。
この情報を地球の隅々まで伝達するのが、布教活動なんです。

で信者は、この情報を地球上のありとあらゆる人に知らせるという任務を背負っている。
だから布教活動をせっせとやるんです、義務だから。
その義務を果たさない信者は偽信者。


で、「イエスがこの世の罪をすべて消し去ったぞーー マンセー」と信者は言っているわけです。

だから何? って感じ。
古代エジプトの宗教のパロディーを聞いて笑えばいいの?
あははははは これでいい? って感じ。


で、日本は宗教がそんなに権力を持っていませんが、アメリカはキリスト教がいわばヤクザのシマと同じものをそれぞれ持っているんです。

陣地取りみたいなもの。

例えばAの街の信者は全員同じ教会の信者。
産まれたとき洗礼を受けて、自覚無くメンバーになる人もいる。
家族も近所も町の店員さんも皆同じ教会のメンバーで、教会に行くたびに、教会に寄付をするわけです。
町の住民の数が多いほど、教会は収入が多くなる。
その集まった金はバチカンに運ばれ、「うむ 今月はよく売り上げを伸ばした、この調子なら来年は昇進させてやる」となるわけです。


で、町の人はみな同じ教会に説教を聞きにいくわけですが、それ以外に悩み事の相談も教会は引き受けているんです。
「おらんとこの家畜がうまく育てず、高値で売れなくて生活が苦しいんだけど」 とか「あの男に好意を持っているけど、別な男に交際を申し込まれた。どっちの男を選ぶべきですか」とか「妊娠したんだけど、育てる気が無いので、こっそり生んで里子に出そうと思うが、その手配をしてください」とか。

いわばなでも屋という役割も持っている。
町全員と親しく信頼されているので、口利きをして成し遂げてくれる。

で、人々から頼られているので、その町の方針を決めるときは、教会の発言で決まる。
「牧師さんがそうおっしゃるなら」と。

だから選挙で勝ちたいときは、教会に大金を寄付すればいいわけです。
「あの人は良い人です、あの人を推薦します」と聖職者が言えば、みなその言われた人に投票しますから。
神父さんが利益になると、個人が困ったときもその利益で助けてもらえるはず と。

じゃあ 聖職者は町の独裁者なのか というと、住民はただ聖職者に言うがままになっているわけじゃなく、聖職者とかけひきをして、住民や個人にとって都合が良い発言をしないと、寄付してやらないぞ ってやるわけです。

アメリカで起こった事件で、30年近く神父が男児を含む子供をたくさんレイプしていたというもの。
おそらく真実じゃないでしょうけど。。。。
神父いわくいろんな相談が持ち込まれ、精神的に参っていたって。
まあ ともかく神父は男児・女児を犯して、その母親と性交渉を楽しんでいたという自覚があったので、上司に相談したわけです。
「悪いことだとわかているがやめられない。 祈っているが神の救いが来ない」と。

すると、神父の自白を聞いた上司は「君 こんど あっちの町の担当」と他の地区にその悩める神父を移した。
何も解決しておらず、そこでもまた同じことをやっていた。


で、取材している人が、どうして報告を聞いた上司は、問題の神父を解任せずに、別の地区に神父を移し働き続けさせたのか というと、出世欲のせい だとしていた。

上司である枢機卿の部下が不祥事を起こしたら、将来その枢機卿は出世ができなくなるばかりか、ランクを下げられてしまう。
それは我慢ならない。だからもみ消し、上に知られないようにした。。

もみ消したことで、神父の受け持つ地区の子供をレイプするということが30年も続いたわけです。

で、取材の人は枢機卿の強欲を断罪しただけじゃなくて、被害者たちをつれ、本山まで乗り込んだ。
門前払い。
で、メディアの力を甘く見るな と門前払いをニュースで報道した。
すると、「会いましょう」とバチカンは評判を下げられてはと、取り繕った。
見ていて滑稽だった。

他のもいろいろ珍事知ってますが、企業と同じだなぁ って思います。
そのアメリカから来た宣教師も、出世目的だと思う。
命令以上の集金ができたら、出世する。
民間企業で働くか、宗教企業で働くかの違いだけじゃないかと。
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>宗教を信仰している人に聞きたいんですけど、何がハマったポイントでしょうか?



エホバの証人です。聖書全体を信じています。信仰とは盲信ではなく、正確な知識とそれを根拠とする理性に基づくものでなければならないと私たちは考えています。

(使徒 17:11) さて,[ここの人たち]はテサロニケの人たちより気持ちがおおらかであった。きわめて意欲的な態度でみ言葉を受け入れ,それがそのとおりかどうかと日ごとに聖書を注意深く調べたのである。

(テサロニケ第一 5:21) すべてのことを確かめなさい。

(ローマ 12:1) そのようなわけで,兄弟たち,わたしは神の情けによってあなた方に懇願します。あなた方の体を,神に受け入れられる,生きた,聖なる犠牲として差し出しなさい。これがあなた方の理性による神聖な奉仕です。

具体的に言いますと、まず、聖書そのものが正しいことを確信する必要がありました。ごくわずかな情報しか掲載されていませんが、以下のURLは参考になります。
[ものみの塔公式サイト]http://www.watchtower.org/j/200711/article_03.htm
[教えての投稿]http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6244424.html

そのうえで、エホバの証人の教理がしっかりと聖書に基づいていることを納得する必要がありました。以下のURLもごく一部の情報です。
[ものみの塔公式サイト]http://www.watchtower.org/j/archives/index.htm

そのためには聖書を開いてきちんと学習することが求められてきます。


>エホバ・モルモンってよくない噂を聞くことがありませんかね?
思い込みでしょうか

エホバの証人は三位一体(神とキリストは同一)の教理を信じていないので、キリスト教主流派(特に福音派)から異端とみなされていることに起因しています。もちろん三位一体の教理の否定も確かな根拠がありますが、質問の趣旨から外れますのでここでは割愛します。多くの方にとってはどちらでもよいことかもしれませんが。
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宗教って「何を宗教と呼ぶか?」によっても、ずいぶん感じ方が変わる気がします。


たとえば、進化論なんていうのも、仮説である以上ある種の宗教と呼べます。
一部の客観主義者もある種の宗教人間でしょうね。たとえばこのQ&Aの中でも、たまに論理は無茶苦茶、感情的な思い込みに満ち溢れた質問をする方がいます。そういった質問の回答者には、客観主義を自称する人々が集まります。たぶんやっつけたいのです。相手は客観的な判断力を失った(妄想)まま質問している時点である種の病気です。追い詰めて何か得られるものが相手にあればいいですが可能性は低いでしょうね。ますます心を固くして、社会を敵だと思いこむ人が大半だと思います。原宿の歩行者天国無差別殺人の起こった状況へとつながる可能性もあります。
TV報道がたとえ起こった客観的事実だけを伝えていようとも、その前に「どのニュースを選択するか?」の選択には主観が介入します。主観的選択が未熟な方のふりまわす客観論は内容が正しくても極めて危険なものです。私はそういった客観主義も一種の宗教だと思います。

私自身はこのように考えます。これはつい最近他の方の質問に回答したものです。(回答NO.2が私です。) http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6487818.html

私は「これも宗教なのではないか?」と思っています。
「生きている。」という状態ではなく、「生きたい」という意思が発生した瞬間そこには、宗教が介入していると思います。
私は哲学の本は読んだ事ないんです。だから哲学ってよくわかってません。場違いな回答ならごめんなさい。
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キリスト教徒とか、イスラム教とかは詳しくないのですかが、仏教の本を読むと哲学に似ている気がします。
色即是空:形あるものの本質は空である。なんてのは、物理学的でも、哲学的でさえあります。
悩みの本質、悩みというものが心のどういうメカニズムによって形成されるかを説いてくれます。

哲学は、学んでも全く興味がなくチンプンカンプンに感じる人もいます。
例えば、「自分は何自分なのか?」と言う問いも、問う人にとっては真剣な問いですが、
興味のない人には、何でそんなことに疑問を持つのか不思議に思うでしょう。

数学がある意味、センスの学問であるように、哲学や仏教もセンスが必要だと思います。

興味がないなら、あなたとは縁がないと思っていればいいのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

哲学ってほんと意味わかんないです
考える必要あんの?っていうか
確かに、興味は出ないのですが、憧れるんですよね

昔からそうでした。
特に思春期は世俗的ナ生き方が何故か退屈に思えてしまってた時期もあって
「欲の深さ」になぜか嫌悪感とか

お礼日時:2011/02/11 03:10

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