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2年前父が大腸がんステージIVと肝臓転移診断を受け手術切除しました。その際胆嚢も一緒に切除しましたが腹膜播種がみられました。術後経過観察をしていましたが6月に腫瘍マーカーが上がり肝臓に新たに転移がみられたので、抗がん剤治療をお願いしました。高齢ということと腹膜播種ということで主治医(外科部長)はこのまま体力あるときに好きなことをさせた方がいいと繰り返しましたが、体力もあるので抗がん剤治療をお願いしました。7月にポートを取り付けFOLFOX6治療を始めポート手術をした医師が担当に変わりました。様子をみながら計12回ワンクールを翌年3月まで続け、しびれ等がでてきたので休止しました。5月にはマーカー値が8.7まで下がりました。しかし担当医が3月末に留学のために退職してしまい外科部長になり8月にマーカー値が急激に上がって他にまた転移があると言われた際も特に治療には積極的でなかったのですが、投薬による投与はどうなのか調べて質問し、やりたいっていうならとTS-1投薬をして頂きました。しかし12月には更に腫瘍マーカーは上がり、私がアービタックス等はできないのか聞き、3月から開始しました。その後体調は良く食欲もありましたが、先月7月最終週外来化学療法センターで治療中、牛乳を飲んだ際変な体位だったのか急激にむせてしまい、看護婦が酸素量を測ったところ45だったので、主治医が診察レントゲン撮影後「肺炎」と診断されそのまま入院しました。実は、その1週間前外来化学療法センターで発熱があり母が風邪ぎみだったので一緒に母がかかってる近隣の医者で診てもらったところレントゲン撮影をして、風邪と診断され4日分の薬を飲んで良くなっていたところだったので、肺炎診断には驚きました。近隣の医者がレントゲン撮影の際見逃したのかと思っていました。
入院後は、酸素を鼻から吸入しながら自力でトイレも行き、普通に会話をして食事も普通でした。看護婦の説明だと入院した日から抗生剤を投与し夕食面会時に、夜10時、2時、翌朝6時と点滴を打っていきますとのことでした。翌日昼CT撮影をし普通に過ごしました。その翌日昼まで同じ状態でしたが、夕食時面会に行くと食事もとらずぐったりしていました。トイレに行きたいと言ったのですが体力が落ちたので部屋で簡易トイレで済ませ、トイレができた後は少しすっきりしたようでした。しかし夕食はタイミングをのがし下げられ食べられずおなかがすいたと言っていたので明日の朝ごはんがおいしいよと言って帰りました。
翌朝病院から電話があり担当医から話があるとのことでした。母のリハビリ後うかがうむね伝えると早めに来てほしいとのことだったので、1時間後行くと、夜中の2時に酸素が45まで下がって苦しんだとのこと。実は本当に肺炎か疑いとったCTをみたら癌性リンパ管症になっていた、進行が速いので酸素吸入、痰吸引、モルヒネの対処療法しかありません、モルヒネをうつ時はそちらのご判断に任せると個室に移りますと廊下で立ち話で言われました。説明が簡易すぎでよくわからなかったのですが覚悟しておくようにということでした。本人は酸素マスクをつけぐったりしていました。会話はできました。看護婦に食事は今朝からとれないので点滴ですと言われ、昨夜食事をとれなかったことが可愛そうで本人もおなかすいたと言っていました。酸素量を注意して病室に付き添っていましたが、たびたび看護婦に家族が揃うのはいつですがと聞かれたのでいろいろきくとモルヒネをうつ前に家族と会話しておいた方がいい、モルヒネイコール意識混濁死が近いというニュアンス。再度担当医の説明を求めると説明はつくしたと看護婦が伝言してきましたが、立ち話ではわかりにくいと訴えナースステーションの中で初めてCTを見せてもらいました。クモの巣のようになっていました。苦しくなって体力を消耗するよりモルヒネをうってあげたほうがいいのでそのタイミングをきちんと相談して判断してくださいとのことでした。酸素数値に注意しながら家族と相談していましたが痰の吸入が終わるとすっきりするので、なかなか踏み切れませんでした。苦しむような時間が何度か続き朝4時頃モルヒネを1時間に2ミリ打ち始めした。モルヒネ後音楽を聞かせリクエストを聞いたり、ガーゼで好きなサイダーを飲ませたら「うまいんだよこれが」と言ったりしていました。酸素も安定していました。個室に入ってから初めて看護婦が血圧を測りに来たので娘が血圧いくつですかと聞くと他の部屋も行かなきゃいけないからと出て行き数値を教えてもらえませんでした。そのあと11時半頃吸入に来た看護婦に血圧を測ってもらい聞くと160あったのですが、部屋を出る直前にナースステーションの心電図のモニターが弱っていると言っていきました。その後酸素量が45に減り看護婦が来て皆で声をかけましたが昏睡状態になりました。一時的に家に帰っていた家族数人が車で20分くらいの間酸素量数値が消えてしまいましたが、吸引して戻って45になったりしました。しかし家族が間に合わず12時半頃あっけなく亡くなりました。心電図のモニターなど部屋になく全くこちらは判断できなかったのであまりに突然でした。
・近隣医者が肺炎と言わなかったのにレントゲンだけで肺炎の診断をした主治医の抗生剤投薬が、癌性リンパ管症の治療注意をネットで見た際の“体の水分を減らす点滴減量や中止”と相反するので、死期を早めたのではないかと感じますがどうなのでしょうか。
・同じ病院の呼吸器科にもかかっていましたが、肺炎診断後は外科での治療で良かったのでしょうか。呼吸器の先生に診てもらうかレントゲン撮影と同じ日にCTをとっていれば誤診は防げたのではないのか。
また、抗がん剤治療に積極的でなかったにしろ、腫瘍マーカーが倍近くあがったことを患者家族に伝えることなく、毎週通院していたにも関わらず急激に進行するといっても、癌性リンパ管症を見つけなかった点はどう判断すればいいのか。(肺炎球菌ワクチンは接種済みでした)

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A 回答 (2件)

高齢にも関わらず大腸癌治療に対する父上様の闘志と気力には敬意を払わずにおられないと伴に、ご家族の何としても父上様を助けたいとの思いが痛いほど伝わって来ます。


しかし、大変残念なことに私もNo.1の方と同意見です。それだけでは納得されないと思われますので、詳しくご説明申し上げます。

先ずはじめに、結腸癌(大腸癌)に対する世界標準治療が網羅されているNCI(米国国立癌研究所)の日本語に監訳された以下の医療専門家サイトを、かなり難しい記述ですが、熟読して下さい。
http://cancerinfo.tri-kobe.org/pdq/summary/japan …

>2年前父が大腸がんステージIVと肝臓転移診断を受け手術切除しました……。
父上様は術前の確定診断では、TNM分類上では、T4/N不明/M1a(=肝臓に限局した遠隔転移)で、病期ステージ4aとの診断で、外科的摘出手術を受けられた訳です。しかしながら、術前の画像診断所見(造影CT検査やエコー検査など)では、開腹して腫瘍部位を診るまで、悪性腫瘍の実際の進展程度は判りません。

>その際胆嚢も一緒に切除しましたが腹膜播種がみられました……。
開腹手術時に、肉眼的にも術中迅速病理診断(術後病理診断)でも、胆嚢への遠隔転移と播種性の腹膜転移が認められた訳です。腹膜への播種性転移は、やがて癌性腹水を来たし、腹腔内の全ての臓器へ多臓器転移を来す=完治不能は必須です。

>高齢ということと腹膜播種ということで主治医(外科部長)はこのまま体力あるときに好きなことをさせた方がいいと繰り返しましたが……、
そこで主治医は……、ホスピス治療(悪性腫瘍の進展に伴う症状緩和治療や癌性疼痛に対する緩和治療)を暗に運に進められたと思われます。

>ポートを取り付けFOLFOX6治療を始め……、
しかしながら、父上様ご本人とご家族のご希望で、抗癌剤治療を開始されました。
多剤併用抗癌剤治療を含む化学療法単独で完治する悪性腫瘍は……、造血器由来の非上皮性悪性腫瘍の白血病と悪性リンパ腫のごく一部と、大腸癌などの上皮性悪性腫瘍では精巣腫瘍だけなのです。それなのに、なぜ化学療法を施行するかとというと……、
(1)「術前化学療法」といい、外科的に摘出できるまでに腫瘍を縮小させる目的で、抗癌剤を術前に投与する。
(2)「術後化学療法」といい、肉眼的には腫瘍は外科的に摘出できたが再発予防の目的で、抗癌剤を術後に投与する。
(3)「症状緩和療法」といい、完治は望めないが腫瘍の進展に伴う症状を緩和する目的で、抗癌剤を投与する。
(4)「ご本人や家族が切望する」ので、ご本人やご家族を納得させる目的で、抗癌剤を投与する。
今回の父上様の場合は……、(3)または(4)と思われます。医師はご本人やご家族のご希望を最終的に断ることは出来ません。まして、副作用が強く却って死期を早めかねない、抗癌剤の多剤併用である「FOLFOX治療」という選択は私には大いに疑問です。主治医はこの治療を強く止めるべきだったと思われますが……。

>しびれ等がでてきたので休止しました……。
案の定、副作用が強く出現して抗癌剤投与を休止。

>マーカー値が8.7まで下がりました……。
腫瘍マーカーは病態を正確に反映させる指針ではありません。実際の病態=悪性腫瘍の進展は、造影CT検査やエコー検査など画像所見で診断します。

>投薬による投与はどうなのか調べて質問し、やりたいっていうならとTS-1投薬をして頂きました……。
経口投与可能なTS-1は、まさに(4)「ご本人や家族が切望する」の気休め治療としか言いようがありませんが……。

>牛乳を飲んだ際変な体位だったのか急激にむせてしまい、看護婦が酸素量を測ったところ45だったので、主治医が診察レントゲン撮影後「肺炎」と診断されそのまま入院しました……。
父上様は残念ながら誤嚥性肺炎を引き起こしてしまったようですね。
肺炎は……、(1)悪性腫瘍、(2)心疾患、(3)脳疾患に続いて、死亡原因の第4位です。まして高齢になるほど誤嚥を来たし易くなっています。さらに、癌患者さんは全身が悪性腫瘍細胞で満たされて亡くなることは先ず稀で、悪性腫瘍の進展に伴い実際には様々な病気を併発して亡くなります。
動脈血酸素飽和度は「90」を切ると要注意で、「80」台になると何らかの治療や処置が施されます。父上様はいつ亡くなってもおかしくない動脈血酸素飽和度「45」だったのですね。

>実は本当に肺炎か疑いとったCTをみたら癌性リンパ管症になっていた……。
癌性リンパ管症とは、播種性腹膜転移→播種性胸膜転移→癌性胸水の出現という経緯で発症した病態と思われます。
http://www.lcv.ne.jp/~hirakata/palliative/setume …

>進行が速いので酸素吸入……、
いくら酸素吸入して、肺胞でのガス交換機能(血中の炭酸ガスと酸素を交換する)が「45」と低下していますので、実際には父上様は極度の酸素不足(水中でおぼれている状態)で危篤状態だったと言わざるを得ません。

近年はネット上で様々な医療情報が氾濫していますが、正しい医療情報を選択され理解されるのには、医学生程度の医学知識が最低限不可欠と言わざるを得ません。さらに、医師の説明不足やコミュニケーション能力に欠ける医師の存在もないとは言えません。
そうした現実の中で、患者さんとご家族が医師と如何にコミュニケーションを図るかは大変難しい問題ですね。いまは、どうぞ心安らかに、父上様のご冥福をお祈り下さい。

参考URL:http://cancerinfo.tri-kobe.org/pdq/summary/japan …
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この回答へのお礼

長文の質問にもかかわらずご丁寧かつ詳細で温かなご回答を頂き本当に感謝しております。
雑事が重なりお礼が遅くなり本当に申し訳ありません。
父は幼い時肺炎になり片方の肺が潰れており、酸素数は元々低く、90前後で慣れていましたが、
やはり最後の45前後というのは、「水中でおぼれている状態」という非常に分かりやすいご説明や、
参考URLで、父の苦悩を理解できました。
思い出すとかなり気落ちしておりましたが、手術後色々と役に立たない治療にも耐え、
ゆっくりとさよならをしてくれたのではないかと考えたいと思います。
本当にご丁寧なご回答を頂き心から感謝致します。ありがとうございました。

お礼日時:2011/09/04 09:31

一週間の発見の遅れが、治療の選択肢や余命に影響があったとは思えません。



残念ながら、寿命であったと理解したほうが良いと思います。
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この回答へのお礼

すぐにご回答頂きありがとうございました。厳しいお言葉ですが事実であったと今は思えます。
お礼が遅くなり申し訳ありません。

お礼日時:2011/09/04 09:33

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Q末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 

末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 
末期癌の母は現在ホスピスケアを受けています。
これから母の面倒を見るのは私の役目なのでこれからどうなるのか不安です。

母がすいぞう癌だと宣告されたのはおよそ1年前です。
肝臓にも転移しており既に手遅れでした。
今年の3月頃までは癌だと思えないほど元気な母でしたが
4月頃から急に階段を転げ落ちる様に容態が悪くなってしまいました。
あらゆる箇所の骨に転移し、強い痛みも出てきました。
肺へも転移し、咳がひどいです。
今ではほんの少し動いただけでも息切れがひどく、時々咳き込んで嘔吐してしまいます。
急に食欲もなくなりました。
一日、一日ごとにどんどん体力がなくなり弱くなっていきます。
母はこれからどうなっていくのでしょうか。
苦しみが増しますか? 
意識は最後まであるものですか?
自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?
この状態で、あとどのくらいと考えていればいいでしょうか。。。

文章がうまくまとまっていなくてすみません。
少しでも心の準備ができればと思います。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化学作用
が止ることになり、肝性昏睡などの様々な症状を起こします。
大きな血管にがんができて、血管が破れるということも起きます。
腎臓の機能が低下すれば……
脳の機能が低下すれば……

つまり、がんがどこにあり、その臓器は、どんな仕事をしているのか、
ということです。
何が起きても不思議ではない、ということです。

「苦しみが増しますか?」
軽くなるということはないでしょう。
出てきた苦しみを押さえるということになります。

「意識は最後まであるものですか?」
わかりません。
先に昏睡状態になる場合もありますし、最後まで、意識がはっきりしている
場合もあります。

「自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?」
状況によりますが、オムツということも考えてください。
尿はカテーテルを留置することになります。

残酷な言い方ですが、何らかの理由で昏睡状態になった場合、
「それを治療して、昏睡から醒めさせて、延命をする」ということを
しないという選択肢もあります。

末期症状は、医師や看護師がよく知っています。
まずは、医師や看護師と相談してください。

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
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では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

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Qがん末期の非常に危険な状態とは

がんの末期において危険な状態の血圧の低下というのはいくつぐらいまで下がっていくと危険なのでしょう。また呼吸の浅さはどうやってわかるのですか。酸素吸入の目盛りを上げると血圧が上がるのはなぜですか?脈拍数の低下の非常に危険なボーダーラインというのはいくつなのでしょうか。他に油断を許さない危険な状態というのは何で判断するのか教えて下さい。

Aベストアンサー

 兄が脳腫瘍で亡くなりましたが、そのときの状況でも。

 病院で血圧を測定する機械に触れましたが、上が60を切ると機械が電子音を出して緊急性を表していました。
 また、血中の酸素濃度が95%を下回ると危険な状態と言えるようです。逆に言うと、95%を上回るように酸素を送り込む必要があります。
 こういった状態のとき、脈拍数は180と非常に高い数値を示していました。血圧や血中酸素濃度が低いにもかかわらず脈拍数が落ちてきたら非常に危険だと言えるでしょう。

 本当に死の直前では、呼吸が見るからに弱弱しくなり、呼吸が止まることがどんどんと多くなりました。呼びかけると思い出したかのように呼吸を始める感じでしたが、まさに「息を引き取る」という表現そのままに死へ至りました。

 全体としては、「血中酸素濃度の低下」「急激な血圧の低下」「呼吸の力強さの低下」の順で危険度が増す感じでした。
 あくまで脳腫瘍の例ですが、参考になればと思います。

Q末期ガンと肺炎そしてその家族

私の父(現68歳)が末期の前立腺ガンだとわかったのは5年前。様々な治療をしましたが良い結果が得られず、1年前担当医から「あと1ヶ月持たないから自宅で看取った方がよい」と匙を投げられ、自宅近くの総合病院に転院、自宅介護を始めました。介護認定も受け、抗がん剤や放射線などの一切のガン治療を行わず、痛みを取るために麻薬をかなりの量貼り、オキノームを2時間起きに投与する状態でした。
半年ほど前から脳を含む心臓以外に転移していると言われました。
1ヶ月ほど前から体力も落ち、食欲や自分で歩くことも排泄も出来なくなっておりました。
そして1週間前の朝、母が起きたら父の様子がおかしいと言うことで、至急介護士にきてもらい看て頂いた所、血圧・体内酸素共に計れないとのことで、救急車で運ばれました。
救急車内でも血圧・酸素共に計れませんでした。担当医の話では肺ガンが両肺の2/3が肺がんになっており、残りの1/3が肺炎をおこしていると言うことで緊急入院となりました。
現在では酸素を3L投与し(人工呼吸器は本人の希望で拒否)、血圧を上げるためのドーパミン(全開投与しても100/70)、肺炎を抑えるための抗生物質(入院以降熱は39度からさがりません)の点滴をしています。麻薬などの痛み止めは、肺の機能を低下させると言うことでしていません。延命治療も本人の希望ですべて拒否しました。
最近は母親以外の人の認識が出来ず、子供の私たちのことも解らなくなってきました。
言葉は口は動かしますが声にならず、まったく理解できる状態ではありません。
呼吸も浅く、時には呼吸が止まることも増えてきました。痰は自力では出せず吸引してもらいます。

変な質問ですが、このあとどのような症状が出てくるのでしょうか?
またそれが起こるとどれくらいもつのでしょうか?

入院し「今日明日がヤマです。覚悟をして下さい」と言われて1週間。
状態が大きく変化しない事で母の精神状態に限界が来ております。
休ませたいのですが「私が休んでいる間にお父さんに何かあったら…」とほとんど睡眠も食事も取っていません。
担当医に確認しても「ご本人の生命力にかかっているから解らない」としか言って頂けず、どんな状態になったら危ないのか?という質問も「ご本人の体力次第なので解らない」としか答えて頂けません。

このままでは父より先に母が倒れてしまいそうです。
ただ私達は母に「父がこうなってきたら看取る準備をしてあげよう。それまでは少し休もう」と説得する言葉が欲しいのです。それには多少のずれがあっても構いません。

ぶしつけな質問で申し訳ありません。
お願いします。
どなたか情報を頂けませんでしょうか?

よろしく御願い致します。

私の父(現68歳)が末期の前立腺ガンだとわかったのは5年前。様々な治療をしましたが良い結果が得られず、1年前担当医から「あと1ヶ月持たないから自宅で看取った方がよい」と匙を投げられ、自宅近くの総合病院に転院、自宅介護を始めました。介護認定も受け、抗がん剤や放射線などの一切のガン治療を行わず、痛みを取るために麻薬をかなりの量貼り、オキノームを2時間起きに投与する状態でした。
半年ほど前から脳を含む心臓以外に転移していると言われました。
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Aベストアンサー

末期ガンと肺炎そしてその家族

既婚の男です…迷いましたが回答させて頂きます。
私の妻の父親(故人)も肝臓癌(余命3カ月)で亡くなりました。

私の義父の場合、徐々に黄疸症状が出て、次第に意識が無くなり
顔つきが変わって一度小康状態後…亡くなりました。

検査で癌が発見され、余命3カ月と医者から説明を受けてから
義母・義妹は毎日のように病院に行っていました。私も妻と子供たち
を連れて(子供は感染病棟の為待合室で待機)毎週末お見舞いに行って
いました。はじめは元気で「本当に3か月しか余命はないのか?」
と疑うぐらいでしたが、診断の通り徐々に具合が悪くなり3カ月後に
亡くなりました。最後の一週間は義父・義母・義妹共に気の毒でした。
 
義父の意識が段々と無くなる中、懸命に看病をしている姿を見て2人とも
倒れてしまうのではないかと心配しました。義父はそれを察したかどうかは
わかりませんが、一度小康状態になった次の日に亡くなりました…。
危篤の知らせを受けて自宅に待機していた妻はタクシ-で病院に駆けつけ
何とか最後を看取ることが出来ました。最後の最後に義父が手を力強く握り
しめたそうです。 義母は「看病はきつかったけど最後を看取ることが
出来たので…」たぶん満足していたんでしょうね…。(やるだけの事はやった)

質問者さんのご家族も大変な状況が続いていますが、できればですけど
お母様の自由ににさせてあげて頂けないでしょうか? お父様と知り合って
二人三脚数々の試練を乗り越えて、子供を成人まで育て上げた苦労は夫婦
しか分りません。 何十年も連れ添った連れ合いが生死の境にいる状況なので
「悔いは残して欲しくない」のが私の本音です。お母様の大変な状況は承知の上です。
ただ周りの方々がしっかりサポ-トしてあげて下さい。

人間には寿命があります。早かれ遅かれ何時かは旅立ちます…。
ですから万が一の時には「さようなら」ではなく「いってらっしゃい」
の気持ちを持って下さい。お父様はあなた方家族の中に永遠に生き続けています。

長文並びに回答になってないかも知れませんがお許し下さい…。

末期ガンと肺炎そしてその家族

既婚の男です…迷いましたが回答させて頂きます。
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検査で癌が発見され、余命3カ月と医者から説明を受けてから
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を連れて(子供は感染病棟の為待合室で待機)毎週末お見舞いに行って
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Q肺がん末期でむくみが出てきました・・・

ただ今肺がん末期の祖母が、痰の詰まり・せきがひどいのですが、痰が思うように出ません。そしてついには足がむくんできました。主治医からもう今月一杯しか持たないと告げられましたが、むくみが出てきたとはどういう段階なのでしょうか?最近尿の出が悪いのですが、そのせいでしょうか?もしくはどこかの転移の現れでしょうか??
もうこう告げられている時点で来る所まで来てるとは分かっているのですが、まだ普通に会話できるのでいまいち実感というか、覚悟できないのです…もうここまで来ていると、いつ急変してもおかしくないものでしょうか?

Aベストアンサー

私も夏に親戚を亡くしました。これから書かせて頂く末期で起こる症状の説明はあくまでも本にかかれてある言葉ですのでそれがそのまま質問者さんのおばあ様に当てはめて考えないようお願い致します。ご参考までに。

足のむくみは心機能や胃、他臓器の低下、抹消の循環障害の他に腹腔内のリンパ節転移などの圧迫による静脈還流の低下、栄養状態が不良のための血液中の蛋白濃度が低下した場合に起こります。

咳や痰は肺がん特有の症状でもありますが末期には誰にも見られるようです。呼吸器感染症、呼吸困難等。入院はされていないのでしょうか。入院している場合は吸引して取っています。

尿の色が濃くなり排泄のコントロールが出来なくなります。腎機能低下に伴い出にくくなり最後は腎不全となります。尿が出にくい、リンパの流れが悪い、体の水分が貯まることもむくみの原因だと言えます。

全身すべての機能が弱ってきますからいたるところで不調が見られます。

加えて便秘、食欲不振、胸水、腹水、吐き気、発熱、けいれん等。

脱水症状によって血圧低下、眠気、衰弱、昏睡、意識混濁
等が現れますが水分の摂取量が減ると息切れ、咳、尿、痛みが緩和されるので脱水が不快ではないのであまり水分を積極的には摂らない方が楽らしいです。非常に悪化した患者にとって脱水や食べられないことがそれほど苦痛じゃなくなるので無理に勧めず楽であることを1番に考えてあげることが大事です。欲しがれば与えるでいいかと思います。(もちろんおばあ様の今の状態にはまだ当てはまりません)

血液循環の低下によって指先、つま先が冷たく青っぽくなる。視覚がダメになる等。

おばあ様の今の段階が危険な状況とはまだ言えないと思いますが急変も全くないとは言えません。症状の悪化をきちんと観察して対処出来ることは素早くしてあげるべきでしょう。

今の症状、咳、痰の苦しみを軽くしてあげるよう医師と何が出来るか相談されたらよろしいかと思います。

大体のところを書かせて頂きました。

楽しいお話をしてあげましょう。ちなみに聴覚は最期までしっかりしてるそうなのでたとえ今後、受け答えが鈍くなってきても話しかけることはとてもよいことだそうです。

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Q兄(42歳)が末期の肺がんで入院しております。緩和ケア病棟に入っており

兄(42歳)が末期の肺がんで入院しております。緩和ケア病棟に入っておりここ2週間の間に食事が殆ど摂れなくなり点滴だけで命をつないでおります。ところが最近になり主治医の先生からその点滴は水分に電解質が少し混じっただけのものであるとゆう事を聞きそれではどんどん痩せ細っていくばかりではないかと今でも望みを捨てていない本人と家族は危惧しております。先生曰く兄の体は摂取した栄養分が癌に行ってしまう癌悪液(益?)質になっているとの事で栄養分がある点滴をうつ事は逆に癌を進行させてしまうので今の状態が一番良いと言っています。ですが少し以前は少量ですが食事を摂っていましたしそれが許されていたのに栄養分のある点滴がうてないとゆうのはどうも矛盾している様な気がしてなりません。ちなみに病院側からは兄に残された時間は残り少ないと何度も言われており最後まで望みを捨てていない私達からするともっと出来る事がある筈なのにそれをしていないのではないかと感じられる事があり点滴の件はその一つなのですが末期の癌患者にあえて栄養分を与えないとゆうのは癌の進行を抑える為に妥当な方法なのでしょか?またそれはもしかしたら回復するかもしれないとゆう事も視野に入れても有効な手段と言えるでしょうか?専門分野の方、もしくは同じ様な経験をお持ちの方からのアドバイス又は御意見を伺えると大変に助かります。どうぞ宜しくお願い致します。

兄(42歳)が末期の肺がんで入院しております。緩和ケア病棟に入っておりここ2週間の間に食事が殆ど摂れなくなり点滴だけで命をつないでおります。ところが最近になり主治医の先生からその点滴は水分に電解質が少し混じっただけのものであるとゆう事を聞きそれではどんどん痩せ細っていくばかりではないかと今でも望みを捨てていない本人と家族は危惧しております。先生曰く兄の体は摂取した栄養分が癌に行ってしまう癌悪液(益?)質になっているとの事で栄養分がある点滴をうつ事は逆に癌を進行させてしまう...続きを読む

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栄養が少なくて痩せるのではなく、体が栄養を受け付けなくなって、栄養をとることがかえって体の負担になるため、食欲が減るのです。からだは栄養を受け付けないため、これまで蓄えた栄養を取り崩すことを行います。
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がんが体の細胞一つ一つの栄養代謝を乱すため、細胞が摂取した栄養を使用できなくなります。
栄養はいったん胃腸でエネルギーを消費して消化吸収され、肝臓でエネルギーを消費して体で利用できるように組み立てられます。ここまではエネルギーになりません。しかし、その後利用できなければ、再びエネルギーを消費して肝臓で分解され、腎臓から排出しなければなりません。

つまり、体が利用できないのに栄養を口から又は点滴で投与しても、かえって体のエネルギーを浪費するだけに終わります。また、肝臓や腎臓の機能が落ちていることが多く、余った栄養を処理できずに肝性脳症や尿毒症になり、栄養点滴が原因で昏睡になることもあります。そこまで行かなくても、栄養点滴はむくみの原因となり、肺浮腫などで呼吸状態が悪化したり、腹水の増加につながるなど、いいことが全く亡いために、現在では行われなくなっているのです。

「癌が成長してしまう」は、上記のようなことを患者さんやご家族が理解しにくいために昔から使われているロジックですが、実際には栄養点滴が百害あって延命の効果は全く見られないことが研究でおおよそ分かっています。

私は過去に、1日200mlの電解質の点滴だけで2ヶ月間頑張られた方を担当したことがあります。

残念ながら、現在の医学ではいったん減った進行癌の体重や体力を元に戻す方法は見つかっておらず、そのような時期には無駄に体力を減らさない(含む抗がん剤)がとても重要となります。

栄養が少なくて痩せるのではなく、体が栄養を受け付けなくなって、栄養をとることがかえって体の負担になるため、食欲が減るのです。からだは栄養を受け付けないため、これまで蓄えた栄養を取り崩すことを行います。
この状態をがん悪液質といいます。

栄養が不足=飢餓状態とことなり、食欲がわかずに、筋肉が痩せてくることが特徴です。

がんが体の細胞一つ一つの栄養代謝を乱すため、細胞が摂取した栄養を使用できなくなります。
栄養はいったん胃腸でエネルギーを消費して消化吸収され、肝臓でエネルギーを...続きを読む

Q癌の末期症状を教えてください。

義母が末期癌です。大腸から頚部のリンパ節に転移し、肺にも影がみられるそうです。

自宅で疼痛のコントロールは何とかできてきていたのですが、足がむくんで歩くことができなくなり入院しました。
入院後は足のむくみは取れたのですが、足がほとんど動かなくなり寝たきりになってしまいました。
2週間ほど前から下血が見られるようになり、たびたび輸血をおこなっています。食事はほとんど取れていません。薬を飲むために数口食べるのがやっとです。
いびきをかいて眠る時間が多くなり(昼夜逆転している感じです)せん妄らしき意識障害もしばしばみられます。微熱も続いています。
数日前からは痰がよくからむようになってきました。息苦しい時もあるようです。目も見えにくくなっているようです。

このような病状なのですが、どういう状況にあると考えればいいのでしょうか。主治医の先生に聞いても的を得た答えを得られずにいます。
また今後はどういう状態に気をつければいいのでしょうか。
少しでも楽になるように、私たち家族は何をしてあげればよいのでしょうか。
どんな小さなことでもいいです。ご存知のことがあれば教えていただけないでしょうか。

どうぞよろしくお願いします。

義母が末期癌です。大腸から頚部のリンパ節に転移し、肺にも影がみられるそうです。

自宅で疼痛のコントロールは何とかできてきていたのですが、足がむくんで歩くことができなくなり入院しました。
入院後は足のむくみは取れたのですが、足がほとんど動かなくなり寝たきりになってしまいました。
2週間ほど前から下血が見られるようになり、たびたび輸血をおこなっています。食事はほとんど取れていません。薬を飲むために数口食べるのがやっとです。
いびきをかいて眠る時間が多くなり(昼夜逆転している...続きを読む

Aベストアンサー

各症状について、可能性のあることを書きます。
足のむくみについては、心機能や腎機能などの臓器機能の低下や血流障害(これには、末梢の循環障害のほかに腹腔内のリンパ節転移などの圧迫による静脈還流の低下などが含まれます)、栄養状態が不良のため血液中の蛋白濃度が低下した場合など。
足が動かなくなったことについては、廃用性の筋萎縮に伴う筋力の低下や神経障害(両側の場合は脊髄への転移などの可能性)に伴うものなど。
下血は消化管からの出血を示しますが、可能性としては原発巣からの出血が最も考えられますが他の場所への転移、浸潤、潰瘍形成などによる出血の可能性もあります。 
せん妄、抑うつ、不安等などの精神症状は癌の末期にはしばしば出現します。疼痛コントロールがうまくいっていないときは出現の頻度も当然高くなります。
熱については、一般的に感染に伴うものと癌による腫瘍熱の二つが最も考えられます。
痰や呼吸困難は、呼吸器感染症の合併もしくは心不全徴候などの可能性があります。

この状態であれば御本人の苦痛をいかに取り除くかは、ご家族ばかりでなく医療側の比重が大きくなると思います。
まずは、御本人の意識を保った状態で苦痛を取り除くことが目標ですが、それが困難になればある程度鎮静させ意識レベルを落とすことも必要になります。肺に転移しているようですが、呼吸不全が進行してくると酸素投与だけでは呼吸困難が改善されないこともあり、そのような場合は体力の消耗がはげしく悪循環に陥りますから、積極的に鎮静させます。結果的に、ご家族との直接の会話はなくなることも多いですが、話すことができなくても完全に意識をなくしているとは限りませんから、気持ちの平安のためにも御本人に話しかけてあげることが大切だと思います。
最終的な症状は、血圧が下がる、尿の出が悪くなる、呼吸が浅くなるなどです。自分で痰を出すことができなくなると、常に痰が詰まることによる窒息が心配になります。喘鳴が強くなったときは、すぐに痰の吸引をしてもらうようにして下さい。

各症状について、可能性のあることを書きます。
足のむくみについては、心機能や腎機能などの臓器機能の低下や血流障害(これには、末梢の循環障害のほかに腹腔内のリンパ節転移などの圧迫による静脈還流の低下などが含まれます)、栄養状態が不良のため血液中の蛋白濃度が低下した場合など。
足が動かなくなったことについては、廃用性の筋萎縮に伴う筋力の低下や神経障害(両側の場合は脊髄への転移などの可能性)に伴うものなど。
下血は消化管からの出血を示しますが、可能性としては原発巣からの出血が最...続きを読む

Q酸素濃度が85%(救急車の中で)

5月5日に祖父(93歳)が吐血して救急車で運ばれました。
それでも5日6日は元気そうにしていたそうです。
7日は誰も付き添いもお見舞いもできず、8日に病院へ行ったところ、祖父があまりにも変わっていてびっくりしたそうです。顔つきも変わっていたし、ずっと目を閉じていて、ご飯を食べるときも目を閉じたまま(食べたのはお粥を10口と牛乳1口)で、「目を開けて」と何度呼びかけても閉じたままだったそうです。
祖父は以前からボケていたのですが、5日6日は点滴などのチューブを抜こうとしたり導尿しているのにトイレに行こうとしたりして危険なので7日は縛られていたそうです。
私は縛られていたせいで祖父がそうなってしまったのではないかと思いましたが、叔父は「救急車の中で測ったときに酸素濃度が85%だったから、脳細胞がやられたからではないか」と言います。
脳細胞がやられるのに2日も要するのでしょうか。
ほかには何が原因と考えられるのでしょうか。
また『酸素濃度が85%』というのはどのような影響を及ぼすのでしょうか。
祖父は食べることが一番の楽しみのようで、いつもおいしそうにモリモリ食べていたから、食べるときにも目を閉じたままというのはとても気になります。
(吐血は噴門部からのもので検査の結果はまだ出ていません。)

5月5日に祖父(93歳)が吐血して救急車で運ばれました。
それでも5日6日は元気そうにしていたそうです。
7日は誰も付き添いもお見舞いもできず、8日に病院へ行ったところ、祖父があまりにも変わっていてびっくりしたそうです。顔つきも変わっていたし、ずっと目を閉じていて、ご飯を食べるときも目を閉じたまま(食べたのはお粥を10口と牛乳1口)で、「目を開けて」と何度呼びかけても閉じたままだったそうです。
祖父は以前からボケていたのですが、5日6日は点滴などのチューブを抜こうとしたり導尿...続きを読む

Aベストアンサー

おっしゃっているのは、酸素"飽和度"のことだと思います。他の症状については分かりませんので、酸素飽和度と私の入院中の経験談だけ。

健康な人なら、安静時はこの酸素飽和度は98~99%あるようです(100%でないのは、表示が二桁だからです)。

私は喘息持ちで、酸素飽和度も普段から低くて、安静時で94~95%です。
階段などを上り下りして息切れしたりしていると92~93%。
ちょっと発作をおこせば、安静時でも88~90%になり、その状態で歩いたりすると84~85%になります。
かなりひどい状態になると安静時でも85~86%になって、身動きすると、本当に苦しくなります。
この位になると主治医に、このまま泊まっていきなさい(=入院しなさい)といわれて、酸素チューブで酸素を鼻からすって、しばらく病院にごやっかいになります。

今まで一番低かった酸素飽和度は、大発作をおこして、真夜中に救急車で運ばれていた時で、70%台だったと思います。さすがにチアノーゼといって体中が真っ青になっていました。意識もちょっと朦朧としていて、数値を思い出すことはできません。
救急車内で、すぐ酸素マスクをさせられましたが、それでも85~86%。この時は、病院でも一晩酸素マスクさせられました。(マスクはチューブより酸素吸収率が高いのです、息苦しくて大嫌いですが。そしてもっとひどい呼吸困難者は、酸素テントに入らされるはずです)

この時は高濃度の酸素を長期間吸いすぎると、二酸化炭素が体内から排出されにくくなるからと、安静時でも94~95%になる程度の酸素量しか許してもらえませんでした。

……などとえらく自分語りをしてしまいました。

ま、つまり酸素飽和度が一時的に85%になったからといって、それで脳細胞がやられてぼけたと言われると、じゃあ今の私は、何なんだ?ってことで。実際、倒れた次の日は元気そうだったんですよね?

あと入院をよくする者の経験談として……

入院すると高齢者の方は呆けることが多いです。特に個室に入った人などで身内の付き添いさんがいない人は、ぼけやすいです。
もともと認知症(痴呆)の治療として、最近は老人ホームでも身の回りに思い出になるものを置き、小さな家具などは家で使っていたものを使用することが望ましいといわれるくらいです。
それがいきなり、無個性な病院の、見知らぬ部屋、見知らぬ人(医者・看護婦・入院患者など)、窓の外の身知らぬ風景、そんな中に入れられるのですから、ぼけやすくなるというもの。
しかも、もともとかなりの高齢で痴呆もあったんでしょう?痴呆が一気にすすんだとしても仕方がないかも知れません。

できれば、細かいものでもいいので、家で普段使っていた思い出に繋がるものをどんどん持参し、ベッド周りに置くとか、短時間の見舞いではなく、なるべく長い時間いて、色々横で話してきかせるとか、してあげた方がいいですよ。
そして、病気も心配でしょうが、退院してよいとなれば、早く家に連れて帰ってあげてください。思い出の家で生活すれば、改善の余地があると思います。

かつて、同じ大部屋の入院して一気に呆けたおばあちゃまが、退院して次の通院時に、私のいる大部屋に遊びにきてくれたら、まともになっていて、驚いたこともあります。

ではでは、どうか、大切にしてあげてくださいね。

おっしゃっているのは、酸素"飽和度"のことだと思います。他の症状については分かりませんので、酸素飽和度と私の入院中の経験談だけ。

健康な人なら、安静時はこの酸素飽和度は98~99%あるようです(100%でないのは、表示が二桁だからです)。

私は喘息持ちで、酸素飽和度も普段から低くて、安静時で94~95%です。
階段などを上り下りして息切れしたりしていると92~93%。
ちょっと発作をおこせば、安静時でも88~90%になり、その状態で歩いたりすると84~85%になります。
かなりひどい状態になると...続きを読む

Q乳癌が5箇所ほど骨転移しています〈30代)

5年前に左乳房全摘後ホルモン療法を中心に治療し、1年程前に骨転移し始めてからは放射線治療、最近抗癌剤もしています。でも、かなり元気なんです〈普通に歩いて家事もすべてやっています。)自分ではまだまだ大丈夫だと思っているのですが、親戚や友人の夫など、あまり親しくない人にかぎって、「残り少ない人生なんだから、子どもと沢山過ごすべきだ」とか、「骨にまでいってるんだからいずれ、歩けなくなる。風呂にも一人じゃ入れなくる。」と、もうすぐ寝たきりになるような、あと1~2年以内には死んでしまうようなことをいいます。気にしない!と思っても、若いから進行が早いのかな・・ある日突然ガクッとくるものなのかな・・と不安にもなります。癌が骨転移している30代の方の色々な状況を聞かせていただければ幸いです。

Aベストアンサー

こんにちは、お元気に過ごしているとのこと、なによりです。私自身ではありませんが、妻が31才で同じように左乳房全摘し、3年半前から再発治療を受けています。最初は骨転移でしたが、1年ほど前に肝転移と肺転移が見つかっています。
ですが、元気にしてますよ。自分ひとりで全ての家事ができるほどの状態ではありませんが、週に2回ほど親に家事を手伝ってもらいながらも、元気に毎日過ごしてます。ぜんぜん寝たきりなどではありません。
骨転移は比較的進行が遅いですし、何よりもポジティブな気持ちでいると進行も遅くなるそうですよ。乳がんの進行は、非常に個人差のあるもののようですから生存率何パーセントだとか、一般論は妻も全く気にしてません。
ちょっと痛みがあるので激しく体を動かしたり、掃除機のような重いものを運べないだけで、お出かけもしますし、海外旅行にも行きます。
先のことは分かりませんが、できるだけのことはしていますし、何より毎日を二人(と一匹)で楽しく過ごしています。今の医学では根治は難しいのかもしれませんが、このまま癌と共存しながら、あともう少し長く頑張っていれば、医学も発達して根治できる技術が生まれる日が来るかもしれない、と期待してます。
一般論や周りの人の意見は、気にしなくて良いのではないでしょうか。自分の気持ちが一番大事です。毎日の生活が楽しいのであれば、それがなにより一番大事な事だと思います。がんばってくださいね。私と妻もがんばります。

こんにちは、お元気に過ごしているとのこと、なによりです。私自身ではありませんが、妻が31才で同じように左乳房全摘し、3年半前から再発治療を受けています。最初は骨転移でしたが、1年ほど前に肝転移と肺転移が見つかっています。
ですが、元気にしてますよ。自分ひとりで全ての家事ができるほどの状態ではありませんが、週に2回ほど親に家事を手伝ってもらいながらも、元気に毎日過ごしてます。ぜんぜん寝たきりなどではありません。
骨転移は比較的進行が遅いですし、何よりもポジティブな気持ちでいると進...続きを読む

Q末期肺がん患者は、いつぐらいから意識がなくなるものなのでしょうか?

 人それぞれでしょうか?
 親族の人が、いまのうちに聞いておけることは聞いておけというものなので...

Aベストアンサー

我が父親は直前まで意識はあったようです。
亡くなる1週間前から夜になると危篤、朝持ち直すのを繰り返していましたが、持ち直している間に親族や母親が声をかけていた事や、内容等は理解していたようです(母親談)。

ただし、理解していたとしてもあなたに分かる形で意思表示ができるかは別の話ですよ。
長年連れ添ってきた人の方が何気ない仕草等で何となく分かる様ですね。

父親は入院して1月程度で亡くなったんですが、自分の意志で動けたのは最初の1週間でした。入院直前には片腕が麻痺していました。
本人も「もう長くない事」は理解していたのか入院前に家族に伝えておかなくてはいけない事は文書等にして残してありました。

Qモルヒネの使用方法について教えてください。

モルヒネの使用方法について質問です。
母が癌の痛みを緩和するためにモルヒネを使用しました。
点滴で1時間に2ミリで始まりました。2ミリでは痛みが取れず、量を増やしてもらう事にしたんです。
増やした後にすぐに熱が出てきました。私としては3ミリに増やしたりするのかなと思ったら、1時間かけて点滴していた2ミリを一気にいれたそうです。
様子がおかしいので看護師にきてもらい止めてもらいましたがもうすでに2ミリ入った後のようでした。
増やす前は話が出来たのに、増やした以降は会話も出来ずに数日頑張り亡くなりました。
使用方法として1時間かけて点滴していた量を一気に入れる事はあるんでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こちらと同じようなケースですね。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/3704944.html

「モルヒネが必要になったら、持って数日」ですから、急速点滴をしてもしなくても同じ結果になっていたと思われます。

>増やす前は話が出来たのに、増やした以降は会話も出来ずに数日頑張り亡くなりました。

ガンの激痛が消えるくらいにモルヒネが効いていれば、会話は不可能なのが当たり前ですよ。

「会話が出来る」って事は「感覚が生きている」って事で、「感覚が生きている」って事は「激痛がする」って事です。

「激痛が消えている」って事は「感覚が遮断されている」って事で、「感覚が遮断されている」って事は「会話できない」って事です。

人類の医学、科学は「会話するための感覚神経だけ活かしたまま、ガンの激痛を感じる感覚神経を遮断する」と言うレベルには達していません。

「痛みだけ取って会話ができる」なんて、そんな都合の良い夢のような薬は存在しません。そういう薬が発明されるまであと300年はかかるでしょう。

あと、モルヒネの急速投与が必要になった患者さんなら「もって数日」ですから、モルヒネの急速投与が無くても結果は同じだったろうと思います。

「会話が出来る状態を保つ」って事は「だらだらといつまでも苦痛がある状態を保つ」って事ですから、患者さん本人には地獄の苦しみです。

「モルヒネの急速投与のおかげで、激痛から開放された状態で最期の数日を過ごせた」とお考えになる事はできませんか?

>使用方法として1時間かけて点滴していた量を一気に入れる事はあるんでしょうか?

普通だと思います。

こちらと同じようなケースですね。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/3704944.html

「モルヒネが必要になったら、持って数日」ですから、急速点滴をしてもしなくても同じ結果になっていたと思われます。

>増やす前は話が出来たのに、増やした以降は会話も出来ずに数日頑張り亡くなりました。

ガンの激痛が消えるくらいにモルヒネが効いていれば、会話は不可能なのが当たり前ですよ。

「会話が出来る」って事は「感覚が生きている」って事で、「感覚が生きている」って事は「激痛がする」って事です。

「激痛が消...続きを読む


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