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坂本竜馬の書状が二通、テレビ東京「なんでも鑑定団」
で出品され鑑定額4000万円という高額の値段がつけ
られました。
書状の内容は寺田屋事件の後らしいですが襲撃したの
は幕府方の者と本人が断定しています。
それから後日船中八策で書かれている内容も盛り込ま
れていて歴史好きには体が震える程のものだと思うの
ですが。この質問箱にきている人で坂本竜馬を評価に
値しない人物だと決め付けている人がいますが、歴史は
新たな物が出て来る度に評価も変わるものです。現在
あるもので全部を見知ることは危険だと思うのですが。

A 回答 (5件)

 前回の記述に誤りがありましたので先ずはこれを訂正します。


「一般的に寺田屋事件といえばそれは坂本龍馬の暗殺事件を意味しますから、慶応二年一月二十三日の日付があるはずです」→「一般的に寺田屋事件といえば、それは坂本龍馬の襲撃事件を意味しますから、慶応二年一月二十三日の日付があるはずです」。
 なるほど時系列からみれば一応は筋が通っているようにみえます。但しここで問題となるのは「船中八策」が何時の時点でアイデアとして固められたの問題です。現在の研究では「いろは丸」の問題を解決した後の長崎から京都へ上洛する時期、つまり1867年の6月以後となっています。また大政奉還後に示される新政府維新綱領八策との関係に関しても両者の関連は未だ議論が継続中の問題です。
 質問者が坂本龍馬を幕末維新の原動力となった英雄として祭り上げたいとの単純な歴史マニアの気持ちは理解できますが、歴史学とそれらの間には決定的な溝があり、それは他の回答者様が適切にお答えになっています。「現在確定されている史料から推測せざる得ない」のです。「新しい史料が発見された」としてそれに対する厳密な検証が行われない限り、その史料が信用に値するか否かを安易に判断することは無謀に近い。もしその史料が作為的に改竄されたものだったなら、逆に「なぜそうまでして事実を捏造する必要性があるのか」との問題に立ち入らざるを得なくなります。
 質問者にとって坂本龍馬はかけがえのない英雄であること誰にも否定できるものではありませんが、それは忠臣蔵に描かれた吉良上野介良央が悪役でなければ「物語として」成り立たないことと同工異曲です。類例は足利尊氏が代表的です。武家支配を否定したアナクロニストの後醍醐に叛旗を翻したとの風雪にも近い言いがかりで幕末以後1945年8月まで、この人物は常に悪役の汚名を着せ続けられてきましたが、新たな幕府を構築したとの事跡でこの人物は評価されるべきであり、「天皇に弓引いた人物」として感情的に否定されることは歴史学の立場からは認めることなどできません。歴史マニアはとかく謎や英雄物語が好みのようですが、それだけでは目を曇らせることと変わりありません。先ずは史実を史料に沿って検証する。そしてその史料も「一つの対象物」として冷静客観的に観る姿勢が最低限求められます。そして少しでも疑わしさを感じたら、別の史料との整合性を確認してみる。筆跡鑑定も有効な手段の一つです。またその文書を記した人物が作成した他の文書との比較も有用です。これは文中に使用されている言葉に変化があるかどうか、宛先の人物が同じ場合に同じ表現をしているかどうかを知る上で大切です。私的関係にある人物間での遣り取りで全く別の表記がなされている場合は殊に注意が必要です。
 当該の文書を画像として見てみましたが、現時点では100パーセント真本とは断定できない部分も幾つかあります。鵜呑みにすることは危険ということを一言申し上げさせていただきました。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。確かにこの文には年月日は
記載されていませんしあの時代のことですから文は唯一
の情報交換の手段です。もしこれが幕府の方へと流れて
いったら竜馬もそして長州の志士にも危険が及ぶと思うの
です。それくらい危険が身の回りにあることから自分の存在
はなるべく隠したいと思ったのでしょう。坂本竜馬の書状は
中々世に出ることはないです。この書状に関しても生生しく
明日は生きていないかもしれないという覚悟とも取れる内容
です。今の私たちでは計り知れない緊迫感がありますね。
書状が本物であるかどうかはテレビに出す前に念入りに
鑑定していると思います。テレビでの鑑定は演出でそれまで
のテレビに映らないところで何人もの歴史家、書画骨董家
が鑑定して初めてテレビに出られます。贋作などはテレビ
を盛り上げるために出しているんですね。

お礼日時:2012/05/18 08:04

質問がないので、逆に質問したいのですが、「書状の内容は寺田屋事件の後らしいですが襲撃したのは幕府方の者と本人が断定しています。

」とは何をおっしゃりたいのかよくわかりません。
伏見奉行に襲撃されたわけですから、幕府方によるものと本人が認識していても不思議ではないと思うのですが、何か新知見が盛り込まれているのでしょうか?

ちなみに歴史学の手法としては、現在あるもので評価することが基本です。存在しないものを根拠に評価はできません(存在が抹消されたと想定されることは考慮すべき)。もちろん史料が存在しないことを理由に人物を低く評価することは不当でしょう。
坂本竜馬に関しては、ドラマや小説で知られているような人物像は過大評価であることは確かです。だからといって史実の坂本竜馬が評価に値しないわけではありません。
信長についてもいえますが、有名で大きな功績をなしたといわれている人物ほど冷静で客観的な評価が重要であることはいうまでもありません。
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 要するに「なんでも鑑定団」なる番組に出品された文書のことですが、質問の文章内容に疑問があります。


文中にある「本人」とは誰を指すのかです。この文面からはそれぞれ別である可能性があり、そのため読み手からすれば最低限二人の人物を指定することとなります。一人は「坂本龍馬を襲撃した幕府方の人間」もう一人は「この文書の所有者」です。
 一般的に「寺田屋事件」といえば、それは坂本龍馬の暗殺事件を意味しますから、1866年3月9日の日付があるはずです。日付のない報告書などありえません。僕は直接にその番組を見ていませんまた見る気もありませんので、テレビ画面に映った「文書」が疑問書である可能性を疑っています。先ず、突然に襲撃された人物が瀕死の重傷の中で襲撃した人物を特定し記述することが可能だったかどうかも疑わしい。となれば「誰ががその文書を書いたのか」が問題となります。その文書を書いたのは坂本龍馬でしょうか、それとも暗殺者でしょうか、あるいはその場の状況をみた第三者でしょうか、それとも後世の明治政府に関与する人物が権威付けの目的意図で跡づける形で意図的に製作したとも考えられます。書いた人物と宛先そして日付これだけは最低限備わっていなければその文書の意図を疑ってみるべきでしょう。
 質問者はテレビ画面で「文書の全体」を確認しましたか?。恐らくは「坂本龍馬の新しい史料だ、スゴイ発見だ!」などと舞い上がってしまい冷静な判断などできなかったのでしょう。
 少なくとも大学で日本史学を専攻する学生ならば常識として、古文書を読む時の留意点に「その文書(史料と読み替えても可)の真偽を問う」姿勢を崩しません。もしその史料が偽物だった場合、それに基づいて組み立てられた論理構築が全て根底から覆され、空疎で無意味な夢物語に転化してしまうことなど容易に判断できます。
 次に「船中八策」ですが、現存する史料(これが坂本龍馬による船八中策の原文であると確認された史料)はまだありません。その根拠ですが、船中八策に示されたと言われる内容・文言が、由利公正が原案を起草したとされる「五ヶ条のご誓文」と呼ばれる史料の内容とほぼ同一であり、このことから船中八策が実際には後から付け加えられた仮想史実ではないのかとの見解もあります。
 「歴史は新たな物が出て来る度に評価も変わるものです。現在あるもので全部を見知ることは危険だと思う」このご指摘自体は正当なスタンスとして評価されます(歴史学の研究スタイルとして基本中の基本です)。ですが、その言葉を借りるならそれはそっくり質問者様にも当てはまる性質を有します。その理由もお判りですね?。
 「この質問箱にきている人で坂本竜馬を評価に値しない人物だと決め付けている人がいます」これも一つの見解です。と同時に「歴史好きには体が震える程のものだと思う」これも歴史マニアである質問者の立場からの見解です。マニア程度の存在がその歴史学の知識レベルで学術論文を精細な検証で論破することが不可能に近いことなど火を見るよりも明らかです。ほとんどが裏付けのない思い込みによる妄想のレベルでしかありません。
 また「史料」に対しオークション的に値段を付ける行為が許されるなんぞという考え自体が精神構造を疑わせるものであり、4000万円の値段を付ける以前に「この様なものは出品されるべきではありません、お持ち帰り下さい」と門前払いにされるのが妥当です。番組制作者および放送したテレビ東京が信頼に値するともいえません。また鑑定した人物もどのような根拠に基づいてこれを鑑定したのかも判然としません。
 よってこの質問は成り立たず、早々に締め切られることが妥当であると勧告します。

この回答への補足

この発見は貴重な物らしくWEBサイトでも見られます。
「なんでも鑑定団坂本竜馬の書状」で開けば誰でも
見られますよ。私もこのサイトは確認しました。
それから本人と書いたのは書状を書いた本人つまり
坂本竜馬本人です。
「この事で幕府を恨むことはない」とはっきり書いてある
のでこの襲撃は幕府がやったのだと竜馬は思ったの
でしょう。

補足日時:2012/05/17 15:34
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歴史を決め付けてみることは危険だと思います。


決め付けるそのような人がいるとしたら、私はその人には距離をおきます。
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はぃ。


あなたのご意見は理解いたしました。




で、質問は?
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