プロが教えるわが家の防犯対策術!

偏差値60程度の国立大学工学部2回生です。

「東大でさえ世界でやっと100位以内」(曖昧な記憶ですが)
とかいう話をよく聞きますが、これは研究レベルの評価であって学生の基礎知識のレベルは決して低いと思わないのですがどうでしょう?
(ただ、論理的思考力(ディスカッション、プレゼン能力など)が外国人に劣るのは実感しています。あくまで基礎知識、いかに教科書の内容が頭に入っていて、問題が解けるかという意味です。)

例えば先日、うちの大学に交換留学しているアルバータ大学数学科の友人と数学の話になり、僕がフーリエ級数の公式をスラスラ書いてみたら(僕も試験直後ということで覚えていました)、「僕はすっかり忘れたよ」とか言われてビックリ。いや、この式はちょっと暗記するには複雑だから仕方ないかな、とかも思いましたけどね。

実際、高校生の学力は世界的に見て日本は高いわけですよね、それがたった数年間の教育で入れ替わるというのは疑わしいと思うのですが。


みなさんの意見を聞いてみたいです。ちょっと前から気になっていたことなので。

A 回答 (12件中1~10件)

海外(特に欧米系)の子供たちは中学くらいまでは学校でもそれほど勉強は無いと聞きます。


しかし高校以上は自分で自分の道を決めて真剣に勉強するので、日本人の子供たちが高校以上に留学するとついていけないと聞きました。

日本は見栄・親の強制・先生の言うがままなどで自分の進路を決めることが多いようです。
その真剣さの違いが、最終的なレベルの差を生むのだと思います。
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この回答へのお礼

学歴コンプは欧米よりアジアで顕著ですよね。でもそれを踏まえた日本人学生もしっかり自分のことは自分で考えて進路を選んでいるとも思いますよ。ただ大学入学がゴールと考えている人が多いのが問題ですが...。

お礼日時:2004/02/26 10:21

東大は世界ランキングで100位です。


でも、これは、「どれだけの学者がその大学で作成された論文を参考にしたか」を基に、ランキング付けされています。英語で論文を書かないと、世界の学者さんには読んでもらえないですよね。

ちなみに僕は、現在イギリスのロンドン大学(小泉首相と一緒の所:世界ランキング50位前後)に留学していますが、決して着いていけないレベルじゃないですね。
英語さえクリアーできればの話ですが・・・。
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この回答へのお礼

英語"さえ"クリアできれば、の言葉に少し安心^^; 英語もクリアできるよう祈ります!

そういえばNori-UKさんはイギリスに留学中で日本のB級ニュースに疎くなっていますかね?とある雑誌いわく、小泉首相は取得単位ゼロのオペラ鑑賞の遊学だったとか...。

それでは頑張ってください!

お礼日時:2004/02/26 10:27

理数系は低くなく、むしろ自慢していいと思います。

ところが文系が極端に程度が低い! 一流とされる私大でしたが、ホントにひどい。だいたい外国語の二つや三つができないのが教授面しておるわけで、局地的な比較文化の考証はできても、全体的な文化のことになるとちんぷんかんぷん。何の統計的根拠のない血液型性格判断に惑わされるが如く、ひどくハッタリに弱いすな。そんな文系と理系のアンバランスさが生んだひとつの事例かと。
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この回答へのお礼

あらら...そういう人が文系の教授に...。まあ僕は歴史や文化が苦手なんで人の事は言えませんがね^^;

お礼日時:2004/02/26 10:29

日本の大学は外国に比べて卒業するのがウンと楽だと聞きました。

大学で真剣に勉強しないと卒業できないのです。

日本は学歴社会と言えると思いますが、その学歴とは大学で何をどれだけ学んだかではなく、どの大学に入学したか、つまり高校生の時どれだけ受験勉強を頑張ったかで決まってしまうのです。大学に入ってしまえば、卒業は受験ほど大変ではありません。

受験勉強は暗記力の勝負と言っても良いでしょう。
でも大学で求められる本来の学問とは、暗記力だけではないはずです。如何に知識や情報を処理し、活用するか。如何に未知の問題を解決するか。
それは単なる記憶力だけでは解決できない、「智恵」のレベルの問題なのです。

コンピュ-タ-で言うならプロセッサ-の処理能力が問われているのに、日本の大学、学歴社会、受験勉強は記憶容量を大きくする事ばかりにとらわれているような物です。

そんな傾向が、日本の大学には画期的な研究が少ない、世界ランキングが低いというような現状を招いているのではないでしょうか。
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こんにちは。



私は日本の文系の国立大に通っています。
交換留学で、英語圏の大学に行ったことがあるのですが、
「教育」という面から見れば、やっぱりむこうのほうが
高かったな、と正直思います。

これは、まず日本の大学時代を振り返ると、
私としてはもっとみっちり勉強して色々議論をたたかわせて・・・といったことを期待(?)していたのですが、
入学以降は現実とその理想とのギャップに驚いて、
ほどなくやる気というものを失いました・・・。

交換留学時代を思い起こすと、まず違ったのが
教官の教え方がしっかり系統だっていることです。
たとえば授業内容にしても、毎回何を講義でやるのか
そのタームの始めに全てアレンジ済みで、公表してくれます。(うちの日本の大学はそれは一切なく、ほとんど教官のワンマン授業といった感じで、プリントも毎回バラバラ
で、適当に配りたいときに配る、といった感じです。)
それに対し、プリント類も始めからまとまって一冊の冊子にしてあらかじめ購入することになっており、それと教科書(あれば)を中心に授業が行われていきました。
日本の大学でも、こうしてくれればもっと予習とか
勉強のめども自分で立てられていいのにな~~と
よく思いました。

課題なんかもきっちりしていて、採点も
厳しいあたりを日本のレポートに比べると、
やっぱりむこうのほうが大変ではあるし、
留学生だけでなく現地の学生も頑張っているかんじが
とてもしました。

とはいっても、高校までのことを考えると、向こうの高校は日本の高校に比べれば全然ラクらしくて、その点はやっぱり日本のほうが学力とか、常識とか、知識は上であると思います。


理系の大学の様子は良く分かりませんが、自分の
体験したことを振り返って考えると、日本の大学での
「教育」レベルはちょっとな・・と思わずにいられない点がいくつかあるな、とは思います。

ただ、学生の学力と、大学の教育レベルをいっしょにして考えてしまうので、「そんなはずはない!」って思われるのかもしれません。
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この回答へのお礼

他国との貴重な比較論ありがたいです。
確かに..大学の授業は高校以前よりひどくなるというか、学生とのやりとりがないなら授業を録画して、毎年それを放送すればいいんじゃ...とか本気で思いました。その点で違う欧米の大学は新鮮で魅力的です。

お礼日時:2004/02/26 10:33

どーも。

cgy02110――名前の由来は、昔使ってたプロバイダーのユーザーID――と申します。


「基礎知識」云々については詳しく存じません。が、やはり「文章の読み書き能力」や「プレゼンテーション能力」、さらには「ディベート能力」などの点においては、諸外国に劣らざるを得ないと実感しています。

あくまでも私見ですが、上記の能力は「基礎知識の習得」よりも遙かに重要だと思われます。中でも特に、「文章の読み書き能力」、すなわち「文献の読解能力」および「論文の作成能力」は、大学生にとって必須であると考えています。というのは、例え「基礎知識」がどれほど優れていたとしても、それを表現、つまり論文を書いて主張できなければ、何の意味もなさないからです。そうした状況では、どんなに「良いこと」を考えたとしても、それが他者に伝わらないため、全て無駄に終わってしまいます。

とすれば、「基礎知識の習得」のみに終始している日本の教育下においては、どうしても日本人学生は外国のそれに負けざるを得ないでしょう。例えば、アメリカの大学においては、一週間に数冊の本を読み、それに関するレポートを書き上げねばならないことが多々あるそうです。そのようなことは私には到底できませんが(笑)、にもかかわらずそこに通う学生さんは、その課題をやり遂げてしまいます。それもやはり、彼らが幼少時から「文章の読み書き能力」を徹底的に鍛え上げられてきたからに他なりません。

というわけで、「文章の読み書き能力」なくして大学生は語れないと思います。そこで、私(某大学文系学部2年生)も「いい文章」を書こうと頑張っているんですけど、これが難しいんですよね(笑) 私にとっての「いい文章」とは、「論理的で説得力のある文章」並びに「読者に対して親切な文章」なんですけど…。なかなかそこまでたどり着けませんね(笑)

それについてゼミ教官は、
「オマエ達が悪いというよりも、今の教育が悪い。今の日本の教育では、知識の習得のみが重要視されてるから。そんなのよりも、「文章の読み書き」をもっと訓練すべきなんだけどね…。実際に、いわゆる「一流大学」に通う学生でも、彼らの文章能力はひどいとしか言えない。だから学会に行くと、どの教授も「最近の学生の文章は…」なんて愚痴を言ってる」
などとおっしゃっています。

そんな教授に1年間鍛え上げられたおかげて、私もほんの少しだけ、文章が書けるようになった気がします。といっても、まだまだ未完成。先は長いんですけどね(笑)

参考URL:http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=778880
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この回答へのお礼

同じ年代のcgyさんのアドバイスに納得しました。読み書きは全ての基本ですもんね、なんでそれをもっと教育してくれなかったかと疑問も生じます。小学校では国語の時間を増やせー...。
僕もcgyさんに負けぬよう頑張ります、良い文章を目指して。

お礼日時:2004/02/26 10:41

どうなんですかね。

いろいろな意見があることでしょう。
ただ、日本のアカデミックな世界はまだまだ国際化が進んでない気もしないでもありませんね。

実際、私は日本の旧帝大といわれるところを出ましたが、大学院生はしっかり勉強していました。尊敬できるくらいやってましたね。学部生はというと。。。で、今イギリスの大学院にいるのですが、必ずしも、西洋人が勉強すると言うわけでもありませんね。ただ、西洋式のやり方になれている、で、なれていない日本人戸惑っていると言う構図であり、勉強していないわけもないかなと。ただ、私の知り合いの修士の学生で、ま~ったく勉強しない人が何人かいます、日本人で。日本で何勉強してきたのってきくと、英文学、でもやってないんだけどね。とかわけのわからん回答が返ってきます。日本人って、なんか「日本人魂」のようなものが今だ健在で、やればできるのに、、、って良く思いますが、勉強そのものに対する意識の高い人の割合が低い気もします。。。ただ、日本のそれなりの受験生はアジアの受験地獄をみても負けないくらいやっている気がしますね。それにくらべて西洋の10代はなーんにもしらない。。。なんか、くらべようがないかなーって思います。

数字の上ではランキングが出せますが、同じ土俵の上で比べること自体がなかなか難しいのかなって思います。基準は西洋的なものなのか、東洋的なものなのか、にもよりますし。。とりあえず、URLでランキングチェックしてみてください。

参考URL:http://ed.sjtu.edu.cn/ranking.htm
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この回答へのお礼

確かに、本腰を入れて勉強する時期が違う、というのはありますね。
URL見ました、面白かったのです!思ったのは、大学格付けすること自体が一つの研究対象になっていますね^^;

お礼日時:2004/03/01 08:27

学力とは何か、を考えてみるとこの答えが出るように思います。



(1)学問の力量
(2)学習によって得られた能力。学業成績として表される能力。

こう、広辞苑第5版は説明しています。
まず「学問の力量」ですが、学問の能力の大きさの度合いであって、学問をどれくらいしたか、ではないというのがポイントです。
また同様に「学習によって得られた能力」であり「学業成績」で表すことが出来ることです。

ということは、たとえば数学なら「数学オリンピック」のような問題を世界の学生にいっせいにさせた場合、どの程度の成績がとれるか、というのが「学力」ということになりますよね。

「数学オリンピック」くらいの「上位の成績」は日本は確かいい線いってましたが、「平均値」ではどうなんでしょうか。

ただ、学力が「学問をどれくらいしたか」ではないとはいえ、学問をしなければ学力はつきません。

その意味で、大学に合格して、のほほんと大学生活を送っている学生は、その間ほとんど学問をしていない、ということになります。
もし、日本の学生のほとんどがこの状況にあるとすると、日本の学生の学力は期待できないことになりますね。「平均値」では。

その点、諸外国の大学生は、もう一生懸命毎日勉強しています。いわゆる発展途上国になるとなおのこと。

だから、平均値では、日本の高校生の学力が高くても、大学生となると世界と逆転する、というのは、多分間違いないのではないかと思います。


『ホント、もっと勉強しようよ、大学生。
学費を自分で払っているとおもったら、もったいなくて涙がでるよ。いちど、自分で学費払ってみようよ。
試験に通るために大学に行っているんじゃないよ、勉強するために行っているんだよ、試験は結果にすぎないのよ。』

ということがもっと分かっていれば、平均値はあがるでしょうね。
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この回答へのお礼

u2_junさんのセリフ、みんなに伝えたいです;_; 先生も単位目的の学生のためにポンポン単位を与えるから、授業の質が下がっている..。

お礼日時:2004/03/01 08:30

ご質問の内容なんですが、私ももう20年くらい前


から非常に疑問に思っていることに1つです。

 日本は高校までの教育はいいが、
大学は駄目だ、大学生は遊んでいるという話は
ずーとあるわけですが、その駄目大学を出た日本人が
経済繁栄や新幹線のようなハイテク技術を
完成させて来たわけで、世間の評価と現実には
矛盾があると考えていました。

 別に専門的調査をしたことはないのですが、若いときから
外国に行くと必ず近くの大学をぶらっと見に行って
学生がどんな感じで勉強しているのかとか、図書館や
キャンパス内の本屋にはどんな品揃えがしてあるのか
とか、キャンパス内の掲示など隅々まで見たり、
キャンパスツアーがあれば参加して研究室を
見せてもらったりしています。

 いまだにコレ!といった決定的な結論には
至っていませんが、これまでの感触から
以下のように考えています。


>これは研究レベルの評価であって学生の基礎知識のレベルは決して低いと思わないのですがどうでしょう?


 そのとおりだと思います。

 ただ研究レベルの評価が100位くらいと
言うのはちょっと微妙なところです。
個人の研究能力ということなら納得行く
順位と感じます。

 というのは、東大の論文の諸外国からの
引用件数は少なくないからです。記憶違いで
なかったら米国の大学に続き、世界トップ10に
入っていたと思います。
 論文の引用件数で言うと、国内順位で第2位の
京大を大きく離していたと思います。

 ところが外国の研究者が時々口にする
表現のようですが、東大はSMART(頭がいい)だが
京大はGREAT(偉大だ)などというものが
あり、京大のほうが度肝を抜くような
研究成果を出すということのようですが、
これについては私個人的にも非常に納得の行く
ところです。
 東大生も京大生も基礎知識に大差はないはず
ですが。

 いろいろ私なりの分析はあるんですが、
結論を言ってしまうと、日本の大学には
いろいろな自由度がなさ過ぎるということだと
思います。
 自由度の差が東大と京大の差に出ていると
感じています。

 つまり新幹線を作ろう!とかいった
具体的課題と解決すべき問題がはっきり
していると、みんなでそれに対処できる
能力は高いし、そういった人材を育てる環境
といしては日本は世界に引けを取らないと
言えると思います。
 しかし、大学が要求されているのは
そういった人材ばかりでなく、広く
知的探求が出来る人間の育成であり、
そのためにはもっと自由度が必要で、
自由度の点で日本の大学教育は大きく
立ち遅れているものと思います。

 自由度について例を挙げるときりが
ないのですが、かつて物理学者
リチャード・フィリップス・ファインマンが
ブラジルの大学について語った批判的内容が
日本の大学にも当てはまると思います。

 ファインマンが言うには、ブラジルの学生は
みな熱心に勉強する。授業中も黒板の内容を
全て書き写そうと必死だが、誰かが質問をすると
教室中から非難の声があがる、とのこと。
 つまり大学が知識を吸収するだけのための
専門学校と化しているというものです。



>(ただ、論理的思考力(ディスカッション、プレゼン能力など)が外国人に劣るのは実感しています。あくまで基礎知識、いかに教科書の内容が頭に入っていて、問題が解けるかという意味です。)

 実験や、授業でのディスカュションというのは、
日本の大学でもいろいろな形で組まれています。
でも全てがサラリーマン的で、その場しのぎ。
図書館の利用方法にしても、授業の課題を
調べるだけの場所となっています。
 授業を大きく離れたディスカッションは
殆どありません。
 教科書にある基礎的内容と言っても、
Aという解法を知っている人とBという
解法を知っているひとが議論すれば、
Cという考え方もあることに気づくことも
あるはずですが、授業のでの評価としては
問題が解けていればいいので、議論する必要は
ない。だからやらない。議論できる自由を
学生が放棄しているわけですが、そうゆう
環境を大学側が作り出してしまっていると
いうのが実態でしょう。
 高等教育機関としては、日本の大学の
環境はよくないと評価されても当然かも
しれません。
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この回答へのお礼

分析結果、うなずきながら読ませていただきました。

日本人って「急がば"急げ"」って観念があるんですかね。学期で終わりきらないような内容をシラバスに書き込んでしまったせいかもしれませんが...
自由度のある教育機関は魅力的ですね。事実、僕も期末試験最中でも、試験が終わったら何を勉強しようか...と考えをめぐらせていました。

お礼日時:2004/03/01 08:59

日本の大学の教育レベルが低いか?


まちまちでしょう。

アメリカの大学の教育レベルが高いか?
まちまちでしょう。

あなたが行っている大学は、偏差値60程度の国立大学工学部とのこと。

そこで受けられる教育は、あなた次第です。講義、実験実習から卒業研究まで、あなた次第で大きく変わってきます。

私は25年前ですが、大学受験で1校しか合格できず、1年の時には、落ち込んでいましたが(いわゆる仮面浪人を目指していた)、それをやめて、その大学で頑張ろうと決めた日から毎日が一変しました。

今は、大学の教員をしておりますが、同じ学校で教育を受けても、身につくものはまちまちです。
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この回答へのお礼

大学に入って、全ては自分に委ねられているというのを実感しています。そして自分なりに全力を尽くしてきました。
残り2年、このモチベーションを維持できるよう頑張りたいです..。

お礼日時:2004/03/01 09:01

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