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この質問までの経緯を説明しますと

<高校で>
担任「今は少子化で、選ばなきゃ誰でも大学に入れるからねー。お前らは幸せっちゃ幸せだよねー。俺らのときは、ベビーブームって言って、倍率とか大変な数字だったから、きつかったんだけどね・・・今より受験は難しかったよ。」

<予備校で>
英語講師「長文も昔と比べるとすごいレベルが上がったんだよね。昔の早慶の英語も今みたら、楽に感じるよ。そんだけ求められてるものが増えたんだろうね。」

数学講師「医学部の数学なんかも、昔はもう少し易しかった。理工系のが、全然難しかった。全体的に難化してる。」


どっちもなにか違和感あるんですけど、実際はどうなんでしょうか。
科目ごとの評価でも構いませんので、お聞かせください。

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A 回答 (9件)

僕もNO2さんに賛成ですね。


単純に大学がどんどん定員を増加し続けてるので入学が簡単になるのは当たり前です。

と言うか大学側のスタンスが「優秀層を採る」から「育てる」方にシフトしてる部分が大きいです。
大学の入試科はそれで採ってるのに、その考え方が大学全体に一体化無く、昔のスタンスで講義を進めようとする教授が多いのが問題ではないかと思います。組織の問題ですね。
要するに育てる能力が低い=無能だと言う事ですけれど。
例えば外国人学生はどんどん増えてますが、日本語で授業をしてスコアが悪いのをその学生の責任にするようなものです。英語なら理解できたかもしれないし、適切な語学サポートがあれば優秀だったのかもしれない。数学受験で入ってないのに、それも分かっておらず「数学の能力が低い」と言ってプンプン怒ってる。そういう先生は少なくないですね。

事実、東大入学レベルは上位0.8%ぐらいなんですけど、ハーバードは上位5%程度で入れます。
でも後者の方が圧倒的にレベルは高いですよね。
日本は多様な人材を採ってそこから育てて行こうって言う欧米型にシフトしてる印象を受けます。
プロ野球のスカウトと同じですね。
4番バッターばっかり採っても勝てないんですよ。
それで使えなかったら可哀相だけどこぼれていくだけだし。
いまの大学入試ってそういう感じですよ。


個人的に、試験自体は「受験地獄」と言われた80年代の第二次ベビーブームから90年代前半が最難関だったと思います。特に都市圏の私立は難関で日当駒船なんかでも浪人生があふれてました。
医学部も難関だったのですが、一気に難関化したのはバブル崩壊以後の1990年代中盤からですね。
今の医学部は医療費抑制が話題になる中で医師ブームも落ち着いたし、医学部定員はその時期の200%になろうとしてますから最難関の時期に比較すれば簡単にはなってます。まだまだムズかしいですけど90年代後半の医学部ってギャグみたいにムズかったですから。
薬学部などは90年代に乱立した為に易化がとても進んでますけどね。
バブル崩壊後はあらゆる業界が不況でリストラも進まなかった為に大手企業が0採用などを行いました。結果悲惨なものになりましたし、特に割を食ったのは事務や営業の担い手の文系職でした。
よって国立理系、公務員、医師などが手堅いと言うことで一気に難化しましたね。
親に聞いたら当時の公務員なんか「滑り止め」「コネばっかり」だったそうですから、今の時代とだいぶ違いますよ。


そういう「流れ」みたいなものはあると思いますよ。
日本ではマイナーですけどIIT(インド)や北京大(中国)は1000人に1人の秀才しか受からないと聞きます。じゃあ東大と比べてどっちが上か?って言うとランキング上は圧倒的に東大なんです。
人口が違うんですから国によって難易度が違うのは当たり前のことです。


今の大学の試験自体は易化してると思います。
一方で過去の人の映像インタビューを見てみるととてもレベルが低いですし、プレゼン能力は無いなと思います。
バブルだけでなく6,70年代も面接はほとんど「がんばります」で受かった時代だったと思われます。
英会話能力やネット関連の能力も相当低かったでしょう。求められてないし、機材も無かったですから。
1970年の大阪万博のガイドの英語を聞いてると相当酷いですからね。
でも当時は日本で最高峰の才媛で英語の得意な女子大生ばっかりだったと聞きます。
あれぐらい喋れる奴はいまの大学生では腐るほどいますからね。
要するに試験自体は易化してるけど、若い世代が特別あほなわけではないだろうと言うのが僕の意見です。
もし試験内容がプレゼンと英会話、ワードエクセルなどのIT系であれば、現代の若者の圧勝ですよ。

こういうのは気にしないでいいと思います。
また時代そのものより個人の努力や優秀性が大事だと思いますよ。
日本が文明開化する前後で英語やオランダ語を取得したのは漢文(中国語)素読を幼少期に行っていた武士の若者たちでした。
「生まれた時代が悪かった」なんて言わずに一生懸命に英語を勉強してたようですし、以後の世代の庶民なんかよりずっと立派な英語を使いました。
だから優秀な奴も無能な奴もどの世代も一定存在するんだと思います。
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この回答へのお礼

倍率と能力の観点から、過去と現在を分かりやすくつなげてくれて、とてもためになりました。
分かりづらい質問に、リアルな話を交えて回答して頂き、感謝したいです。
ありがとうございました。

お礼日時:2013/09/08 22:44

 英語や数学に関しては他の方が適切なコメントを寄せていますので、僕は「国語」でいきます。


結論からいえば、「確実に受験生のレベルは落ちている」との形になります。
 そしてこれほど易化しているにもかかわらず、取りこぼしする受験生の多いこと多いこと。古典の文法や文学史に関する知識などの短答型の問題には強いが、読解になるともはやボロボロ状態。これらは昨年そして今年の文科省全国学力調査による国語Bの回答傾向を見ても明らかです(但し、今年の出題には問題点もかなりありますが)。
 遙か昔、僕が受験生だった頃、普通の受験生なら何の苦もなく解けた問題が今では難問やお手上げ状態になっている原因の一つには、かつての共通一次試験そしてマークシート方式による選択肢問題の増加も考えられます。
 そして形を変えた現在のセンター試験でも、過去問に対応するためのツールがもて囃され、本質的に読解力を着けさせる道筋は何処かに置き忘れられているかのような扱いをされている現状。古文の単語などをやたらに暗記するだけでは意味などないことすらもわからないのでは困ります。
 小論文といっても、たかだか2000字以内です。それすらも文中に逆説展開を含めない答案がかなりの割合で出現もします。これでは学力が下がっていると言わざるを得ないでしょうね。
 そしてその様な受験生を合格にする大学も廃校にした方が良いでしょう。大学教育の意味を持ちませんから。
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質問者さんが違和感を感じる原因は、大学の入学難易度と、入試問題の難易度自体を同列に論じているからだと思います。



少子化で競争が緩和されたはずなのに、逆に入試問題自体の難易度が上がっているのは不思議なことではないと思います。

塾や予備校などの繁栄によって学習環境は年々向上していますし、特に英語はネイティブ・ティーチャーの増加やネット学習の利用効果でレベルアップは顕著です。多少競争は緩和されても問題の難易度自体は、長い年月のスパンで見れば難化していくのが普通だと思います。

スポーツなんかも、時代と共に記録はどんどん更新されていくし、あるいは、コンピュータや家電製品なんかも何十年も前のを見ると、今ではおもちゃみたいに見えたりしますけど、決してそれを作った昔の人達の頭が悪かったとか、レベルが低かったという事は意味しないと思います。

あと、昔より入試形態がアラカルト方式に近くなっているので、特定の教科だけガチガチに勉強してくるスペシャリストみたいな受験生が増えた分、入試問題も難しくなったのかもしれません。

というわけで、入試問題自体は今の方が難しくても、競争試験としての入試難易度は、やっぱり昔の方がちょっぴり大変だったのかなと僕は思います。
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どっちもなにか違和感あるんですけど、実際はどうなんでしょうか。




高校の先生も予備校の講師の話も

『だから、何なんですか?』

としか思えない。
今の高校3年生が、どんなに勉強ができても、1990年ころの(第二次ベビーブーム受験時代)の試験は受けられないし、1990年ころの受験生が20年以上たってから、また大学を受けることも(ほとんど)ない。

今の高校生が先生や講師に質問文中の内容を言われても、違和感が生まれるのは『だから、何なんですか?』の一言で言えるように、昔の受験の話をされても、今の受験生にとっては全く意味が無いことだからです。
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元塾講師です。



 高校の先生と予備校の講師とでは考えるスタンスが違うので行っていることが真逆に感じるのでしょう。
 高校の先生は「とにかく(どこでもいいから)大学に入学するには今が楽」であり、予備校講師は「難関大に限っては今の方が難しい」という違いがあります。

 高校の先生の年齢は分かりませんが、昔は今ほど大学も多くなくそのため全定員も今より少ない状況でした。さらに子供の数も多かったために「大学生」になる倍率は今よりも多かったといえます。特に高校の先生は生徒がどのような進学先に進むかを問題にし(専門学校か就職か大学進学か等)、そうした部分で(難関大だろうとFランクだろうと)大学進学と分類するのでしょう。
 
 一方、予備校講師の頭の中は「難関大合格」しか頭にありません。Fランクや少しの努力で入学できる大学は眼中にないんですね。あなたが書かれた文面を見ても予備校講師が発言している内容はすべて難関大についてです。確かに難関大に関しては問題が難化しています(何十年スパンで見てです。最近の約10年間はフ学習指導要領等で範囲が代わり易化しているものもありあます)。その理由は「受験生・予備校が過去の問題を研究している」ためです。大学側としては受験生の出来に優劣をつけるために今までにない問題を出しますが、次の年の受験生にとってはそれは典型問題になってしまいます。そのために数年前の入試問題は現在の典型問題の集合となり、簡単に感じるのです。そうした状況から予備校での直前の難関大講座では「予想問題」というものを使います。「今まではこうした問題が出題されたから今後はこうした問題が出る」とし、大学側の先回りをする発想です。これ、簡単な大学向きにはありませんし、最も入試問題にそうした新しい発想の問題がないんです(つまり、典型問題をマスターすれば合格できます)。
 更に難化した理由は「予備校の存在そのもの」でありあます。予備校がなかった時代は受験生が自分で勉強していましたが、予備校が誕生・発展し勉強する内容が効率的になったのが原因です。以前は難しい単語などを勉強するのが主流でしたが、近年は文章をしっかり早く読む能力が求められています。これは独学では難しく、その分難化したといえます。
ご参考までに。
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たぶん、70年代かそれ以前なんかと比べちゃうと、教材の進化が著しいだろうと思います。


だから、「トップレベルでは」、「出題難易度が上がる」一方で、
「下位やそれを含む全体では」、「合格難易度の最低ラインが大きく下がっている」のでしょう。
ちょっと優秀な中学三年生が一年前から準備していれば受かりそうな大学までありますので。
全体像は、
たぶん上位20~30%しか大学に行かなかった(行けなかった)昔と、
少子化してもピーク時から大学定員が殆ど減ってない、むしろ微増していて、大学進学率が50~60%になっている現在と、
という決定的な違いがあるという辺りでしょう。
そもそも、中卒時に中学の学習内容が身に付いているなら、学力がその年代のど真ん中にはなりません。もっと上位に行くでしょう。
ところが、そのど真ん中の学力層が大学に進学するようになっている。
大金持ちのボンボンが裏金積んで裏口入学するのではなく。
一般的に、上位の連中はより勉強をし、下位の連中ほどより勉強をしません。
高校入学時に差が開いているのに、高校卒業時には更に差が開きます。
足の速いウサギが、高校入学レベルというスタートラインかスタートラインの前からスタートし、懸命に走るのに対して、
足の遅い亀が、そのスタートラインのずっと後ろからスタートし、昼寝をしながら(3年間寝たきりであることも珍しくない)進むことになります。

それと、医学部ですが、
医者=単なる一技師、という位置づけから、医者(&弁護士)=儲かる(←優秀者層が集まる)という位置づけに変わり、一部クルクルパーが「優秀な奴は医学部に行く」という倒錯をし出し、昨今では医者は食いっぱぐれないが理工系はこの先判らないとなり、おそらくだんだん合格難易度が上がっているのではないかと。
昔の名古屋大学の数学なんて、強烈でしたよ。
もし河合塾に縁があれば、名大数学のなんとやらとかいう昔の出版物を見せて貰うと良いでしょう。
学部入試ですよね?大学院試でも数学科の定期テストでもないんですが?と言いたくなるような強烈な難問が出ています。
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あなたはなにがしたいんですか?



よくよく考えると、「ここしか入れないから、ここ」って違和感あります。

あなたがしたいことなら、偏差値関係ありません。

本気で目指したいと思えば、
今からいくらでも勉強するでしょう。

そういう気が起きないなら、そもそも入りたい大学がないのです。
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 NO.1さんは、1968年が、最高に難しかったとおっしゃっていますので、それなりの根拠があっての発言だと思いますが、私は1964年に、関西で最難関の国立大学を受験して、上手く行かず、同年にその頃あった、二期校(一期校を滑った人が行く国立大、例えば、関西では、滋賀大、和歌山大、大阪外国語大(現大阪大)、京都工芸繊維大など、東京では、横浜国立大、東京外国語大、埼玉大、群馬大、東京農工大、東京電通大など)に滑り込みました。


 しかし、私と同学年の、二期校を受験したものの中には、今の超難関私学は、滑り止めで受けた人も多く、私の同学年の友人の多くが、早稲田政経、慶応経済、法学、に受かって、二期校に来ていました。
 一つには、国立大学は、年間の学費が12,000円で、私大は、その頃でも200,000~700,000円位したため、格差が大きかったこともあります。
 何もそれを自慢するために言っているのではなく、何時の時代も、受験生の10数パーセントは、非常に優秀で、素晴らしい学力を持った人々がいます。
 今の、大学は、学生数に比して多すぎるため、その他の80~90%の人々は、昔の受験生から見ると考えられない様な低い学力で大学に合格していることは間違いないと思います。
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Q、昔と今の大学受験の難易度。


A、1968年が狭く門の頂点だった。

 私が受験に挑戦したのが1968年。最も、受験者数が増えた年です。倍率は150倍でしたから凄いものです。「あっちとこっちとそっちの3つの教室で合格者はたった一人か!」と思ったら身震いがしたものです。無事入学後に大学の合否判定資料の全てを閲覧する機会に恵まれました。それで判明したことは、1968年と1972年の合格者に存在した学力差の大きさ。な、なーんと最低合格点が一教科当たり20点以上も低くなっていました。この落差は、その後も改善されないままでした。まあ、倍率150倍とかの狭き門なんて、今は昔かと思いますよ。
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Q20年前と比べて全体的に大学の偏差値が下がっているのでしょうか?

20年前と比べて全体的に大学の偏差値が下がっているのでしょうか?

1990年代前半に中堅どころの大学に入学したものです。
最近母校の偏差値を見ていたところ、私が入学した当時よりも下がっていてショックを受けました。
当時同じランクの大学の中でも上下の入れ替わりがあり、母校は人気がなくなっているようです。
母校以外にも昔からのお嬢様学校として有名だった比較的難関だった女子大なども偏差値が下落して三流大学の仲間入りになっていました。
逆にこの20年で以前は評判が良くなく低迷していたのに今は人気が出て盛り返した学校もあるようです。

第二次ベビーブーマーだったので、当時は競争率も高くそれなりの偏差値だったはずなのに、子供が成長して受験を考えるとき(10年後)に、胸を張って出身大学のことを言えるのだろうか?と少々気がかりです。
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Aベストアンサー

偏差値って、単純にその年の受験者の中でのその成績を取った人の位置(上位何%など)鋸とを表した数字です。大学の偏差値は、その大学に合格した人が、センター試験や予備校の模試で採った偏差値の平均ということです。数学的には間違った使い方ですが、ご質問者さんの意図に沿って偏差値という言葉を使いますね。
なので、子どもの数が減っているのに大学の数が増え、合格者数が増えているので、相対的に下がったんです。単純にその大学を志望する人が減って、人気が無くなったから、全体の順位が低い人でも合格できるようになって、偏差値が下がったんです。
少子化というか、大学受験をする人の数は増えない限り、全体としては回復できません。今は、浪人するのは頭のいい人ばかりです。上を目指して失敗するんですね。昔のように、最初から下を狙って失敗する人の数はグッと減りました。
今は、受験者の減少は一段落していますが、このあと、さらに少なくなります。また、日本の大学進学率は近隣諸国の半分程度です。で、進学できない理由は、学力と経済的な事情が半々です。
で、少子化対策に成功する、高校生の親御さんが子どもを大学に行かせられるほど豊かになる、大学の学費を国が面倒みる などでも起きない限り、偏差値が上がる大学は一握りのはずです。

偏差値って、単純にその年の受験者の中でのその成績を取った人の位置(上位何%など)鋸とを表した数字です。大学の偏差値は、その大学に合格した人が、センター試験や予備校の模試で採った偏差値の平均ということです。数学的には間違った使い方ですが、ご質問者さんの意図に沿って偏差値という言葉を使いますね。
なので、子どもの数が減っているのに大学の数が増え、合格者数が増えているので、相対的に下がったんです。単純にその大学を志望する人が減って、人気が無くなったから、全体の順位が低い人でも合格...続きを読む

Qひとむかし前の大学受験は?

1960~1980頃の大学受験がどんな感じだったのか知りたいのですが
当時のことを書いてあるサイトや書籍をおしえてください。

Aベストアンサー

60年代末期~70年代初頭にかけては大学紛争がピーク。
東大医学部の学生がインターン制度に抗議。これに端を発し、またたく間に全国の大学に広がりましたね。東大に限らず以前より他大学医学部でも登録制度に対する問題はあったようで、また、多くの国公立・私立でも学費値上げ等に対する反対や抗議はあったようで、ここにきて一気に紛争に発展。
確か東大はその年の入試を中止したと思います。それほどに国を揺るがす出来事だったのです。

あと、国立大は一期校と二期校があり前者が一流(メジャー)、後者が二流(マイナー)というイメージがあり受験生や家族もそういった色眼がねで捉えていて、特にへんぴな地方国立大に行くより華やかな都市部の私立大へ行く傾向は当時からあったようです。

入試偏差値は当時も今も大きく変わりはないかと。今も昔もいい大学は入試の難易度が高いのも変りません。
東大・京大、をはじめ旧帝大、一橋、東工大、東京医科歯科、全国の国公立医学部・歯学部、をトップとし(偏差値:60以上)、私立では関東の早・慶、立教、明治、中央。関西では同志社、関学、といった特に伝統的名門校が上位で、理系単科大では東京医科、日本医科、順天堂医学部、東京理科、芝浦工大、東京歯科。女子大は津田塾、東京女子、日本女子、など。(偏差値:概ね、文系60以上、理系55以上)

60年代末期~70年代初頭にかけては大学紛争がピーク。
東大医学部の学生がインターン制度に抗議。これに端を発し、またたく間に全国の大学に広がりましたね。東大に限らず以前より他大学医学部でも登録制度に対する問題はあったようで、また、多くの国公立・私立でも学費値上げ等に対する反対や抗議はあったようで、ここにきて一気に紛争に発展。
確か東大はその年の入試を中止したと思います。それほどに国を揺るがす出来事だったのです。

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Q3、40年前の私立大学入試

3、40年前は、私立大学は今ほど人気がなく、早慶でも、そこまで難易度は高くはなかったという話を聞いたのですが、これは事実でしょうか?

Aベストアンサー

本当です。30年前か、40年前かというので、話は違ってくると思います。

当時は、頭がよくて、なおかつ裕福な人だけ大学に進学する傾向がありましたから、競争率自体は、低かったと思われます。

県立のトップ高校でも、進学せずに就職したり、結婚する人が結構いましたから。

また、早慶だけでなく、願書さえ出せば合格する大学もあったそうです。(青山学院大学とか日本大学など)。

今から45年位前の話です。


親がそうそうたる大学を出ていても、子供はそれに及ばずというケースも多々ありますよね。
そういうのも、時代背景とか関連があるのかもしれないです。

でも当時は、国立大学の人気が高く、旧帝大なんか今よりはるかに難しかったものと思われます。

Q1980年ごろに大学受験をされた方いますか?

これはネット上で見つけた1980年の偏差値表なんですが、慶應の偏差値の低さにびっくりです。
早慶というより、完全にマーチ関関同立の一角という印象を受けます。
当時の慶應はどのような扱いだったのでしょうか?


http://www.geocities.jp/gakurekidata/hensa1980.html

<1980年駿台予備学校偏差値 1980年代々木ゼミナール>
63.2 早稲田政経(政治)  68.8 早稲田政経(政治)
60.1 早稲田法       64.6 早稲田政経(経済)
59.8 早稲田政経(経済)  64.4 早稲田法
58.3 中央法(法律)    63.4 中央法(法律)
57.8 上智法
55.9 同志社法       63.4 上智法
55.7 中央法(政治)
55.6 早稲田商
55.5 学習院法       62.8 中央法(政治)
              62.8 同志社法
55.5 慶應経済       62.3 上智経済(経営)
54.6 慶応法(法律)    62.1 学習院法(法律)
               62.0 慶應経済
               61.4 明治法
54.1 明治法        60.5 関学法
54.1 立教法
53.7 青学法        60.5 慶應法(法律)
53.6 関学法        60.5 慶應商
52.7 慶應商        60.4 立教法
51.5 明治政経       60.1 青学法
              60.0 学習院法(政治)
51.0 法政法        59.4 慶応法(政治)
50.5 慶応法(政治)    57.0 法政法
50.4 南山法
50.0 成蹊経済

これはネット上で見つけた1980年の偏差値表なんですが、慶應の偏差値の低さにびっくりです。
早慶というより、完全にマーチ関関同立の一角という印象を受けます。
当時の慶應はどのような扱いだったのでしょうか?


http://www.geocities.jp/gakurekidata/hensa1980.html

<1980年駿台予備学校偏差値 1980年代々木ゼミナール>
63.2 早稲田政経(政治)  68.8 早稲田政経(政治)
60.1 早稲田法       64.6 早稲田政経(経済)
59.8 早稲田政経(経済)  64.4 早稲田法
58.3 中央...続きを読む

Aベストアンサー

1970年代に大学生やってたので、質問者さんの要請とはすこしずれるのですが、当時と今と若干感じは異なりますが、早慶はやはり私大の両雄という感じでしたよ。
あの頃と今の違いは
早稲田政経が私大トップ、東大文系の滑り止めはここが定石。
一般に 早稲田>慶応 だったが、これは早稲田が受験生も多くて人気!の面もある。慶応が偏差値的に低く感じられるのは、数学必修の学部が多くて、いわゆる私文洗顔者が敬遠していたのが大きいと思われます。反面、旧帝大の併願先、或いは国立理系の併願先にもなっていた。
経済は定評があるので、地方の旧帝や神戸、横国クラスだとどっちにしようか迷う感じでした。今は慶応選ぶ人が圧倒的でしょうからそういう意味では随分評価は上がったと思います。これは早慶ともに。
それと当時は偏差値がちょっと上下よりスクールカラー重視だったような気がします。いわゆる早稲田>明治>中央>法政のバンカラ系、慶応>上智>立教>青学>明学 のオシャレ系、ではっきり分かれていたと言うか。立教と明治を受けるなんて感じはなかったです。そういう意味でも早慶はそれぞれのラインのトップで、マーチとはやっぱり「名前では別格」でした。
実際は、早慶の下位学部よりマーチの上位学部を優先する人は結構いましたよ。そういう意味ではマーチの一角、云々は言えるかもしれません。今ほど大学名=ブランド 意識は強くなかったと言うことでしょう。

1970年代に大学生やってたので、質問者さんの要請とはすこしずれるのですが、当時と今と若干感じは異なりますが、早慶はやはり私大の両雄という感じでしたよ。
あの頃と今の違いは
早稲田政経が私大トップ、東大文系の滑り止めはここが定石。
一般に 早稲田>慶応 だったが、これは早稲田が受験生も多くて人気!の面もある。慶応が偏差値的に低く感じられるのは、数学必修の学部が多くて、いわゆる私文洗顔者が敬遠していたのが大きいと思われます。反面、旧帝大の併願先、或いは国立理系の併願先にもなって...続きを読む

Q今と昔の大学入試問題の難易度について

 大学一年の者です。高校の先生が過去に「今の大学入試は十年前より簡単になっている。」と言っていたのを、勉強している最中に気になって質問してみました。今とそれ程大きく違うのでしょうか?回答お願いいたします。

Aベストアンサー

入試問題は難しくなってきていると思うけど、
それをサポートする体制(予備校や塾など)が現在のほうが
充実しているのではないでしょうか?

難関大学の問題でも、大手予備校は見事なまでに似たような傾向の問題を
受験生に慣れさせているから。

ただよく言われるていることだけれど、少子化が進んで受験生が減少しているのに
大学の門戸は広がっている。

立場上、いろんな世代の人たちと話をする機会が多いけれど、
50代以上の人たちは、マーチや関関同立出身の人たちでさえも、
ホント、いろんなことをよく知っている(単なる経験を積み重ねただけではなくて)。

それに比べれば20代のマーチや関関同立出身者は、話をしていると
えっ?と思わせる人が多いのも確か。
(こんなことも知らないの? という感じ)

文科省のゆとり教育とかの影響もあるのだろうけれど、自分の専門以外のことは
ほとんど知らない人間が多い。

さきほど放送された大河ドラマではないけれど、20代の人は源氏や平氏のことなど
全く知らないし、例えば一の谷、屋島、壇ノ浦のことは全然知らないし(国立大生)、
先日、話しをした銀行マン(地銀)などは、石田三成のことさえも知らなかった
(信じられない!)

そりゃあ、平清盛の視聴率が伸びないのも分かる。
登場人物が複雑すぎるなんて理由が新聞に載っていたけれど、
信西や悪左府の話なんて、幼い頃から両親に何度も聞かされたけどなあ・・・・。

入試問題は難しくなってきていると思うけど、
それをサポートする体制(予備校や塾など)が現在のほうが
充実しているのではないでしょうか?

難関大学の問題でも、大手予備校は見事なまでに似たような傾向の問題を
受験生に慣れさせているから。

ただよく言われるていることだけれど、少子化が進んで受験生が減少しているのに
大学の門戸は広がっている。

立場上、いろんな世代の人たちと話をする機会が多いけれど、
50代以上の人たちは、マーチや関関同立出身の人たちでさえも、
ホント、いろんなことをよ...続きを読む

Q30年前の大学の入試難易度

現在大学院生のものです。
ちょっと気になったので質問させていただきます。
私たちの教授の世代はおよそ30~40歳上と言う事になりますが、
実際、30~40年前の大学の入試難易度はどれくらい
だったのでしょう。

例えば国立大学でも、やはり京都大学と滋賀大学を
比べてみても京都大学は難しかったのでしょうか。

また、入試はどういう形式だったのでしょう。
理系だと理科英語数学はしっかりあったのでしょうか。
センター試験はなかったんですよね。

回答宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

1978年(一期校・二期校の最後)と1979年(共通一次第一回)の受験生が答えます。

1:基本的な難易度は変わらない
今も難しい大学は、その頃も難しかった

2:医学部が若干アップ
地方国立大学の医学部は、東大の理一よりちょっと難易度で易しかった。現在は地方国立大学の医学部のほうがちょっと難易度で難しいようですね。

3:二期校の雄が受難?
滋賀大学は、私が東日本の人間にはよくわかりませんが、東京近辺ですと、二期校で難関大学だったところが、かなり難易度を下げています。
かつて、東京医科歯科大学の医学部は 慶応医学部 東大理三と同程度の難易度でした。問題との相性とか体調で、慶応医学部合格 東京医科歯科大学 不合格なんてのはざらでした。理三を落ちて医科歯科大学合格で、「東大の時は、風邪でもひいていたのかな」と噂される程度です。
また横浜国立大学の経済なども、東大の文系を落ちたので、横国にいますというような学生が多かったです。その意味で偏差値は高かった。

こんなところでしょうか。

私のころ偏差値がグングン上がったのが上智ですね。
予備校でも、30年前の前後で、私立文系の難関コースが「早慶コース」とか言っていたのですが、「早慶上智コース」とかに名前が変わりました。

1978年(一期校・二期校の最後)と1979年(共通一次第一回)の受験生が答えます。

1:基本的な難易度は変わらない
今も難しい大学は、その頃も難しかった

2:医学部が若干アップ
地方国立大学の医学部は、東大の理一よりちょっと難易度で易しかった。現在は地方国立大学の医学部のほうがちょっと難易度で難しいようですね。

3:二期校の雄が受難?
滋賀大学は、私が東日本の人間にはよくわかりませんが、東京近辺ですと、二期校で難関大学だったところが、かなり難易度を下げています。
かつて、...続きを読む

Q1950年代から1990年中期までの早稲田大学と慶應義塾大学の印象は?

1950年代から1990年中期までの早稲田大学と慶應義塾大学の印象は?

終戦後の1950年から1999年までの早稲田大学と慶應義塾大学について,
皆様はそれぞれどういう印象がありますか?

早稲田でしたら「個性の集まり」「吉永小百合の母校」
「今ほどの高レベルではなかった」「野球とラグビーと駅伝」など,
慶応義塾でしたら「坊っちゃん学校」「経済学部が著名」など
いろいろ各校で印象があるでしょうが, 聞かせてください!

後慶應義塾大学についてはIII部(通信教育)の法学部政治学科で
どのような教育が現在なされているかも分かる人がいたら教えてください!

Aベストアンサー

現在は文学部が就職に不利というイメージから低い評価を受けていますが、当時は早大文、慶大文は評価が高く数々の著名人を輩出していました。慶應商学部、早稲田法、商も当然にして人気がありました。どうしても慶應にという人は妥協して法学部に入りました。どうしても早稲田という人は、教育、第二部(夜間)の文・法・商・政経(その後の社学)という選択ですね。森喜朗もサッカーの川淵氏も二部出身者です。
当時の慶應法は中央法や早稲田法に比較すると無名に近い存在でしたが、入試に数学が必須だったので、中央や早稲田の法学部生に比べてより国立大学に近い文系科目、理系科目にバランスのとれた学力を持っていたのでしょう。
中央は法学部のほかに商学部、特に会計学科は名門です。当時もかなりの難関でした。公認会計士に3年生4年生が合格するのが珍しくない大学なんてそうそうありませんから。

Q東京大学と国立医学部どっちがむずかしいのですか?

きになってみたので質問しました。
どちらのほうがむずかしいのでしょうか?
東京大学なら理三は抜きでおねがいします。

Aベストアンサー

単純に数値の比較だけでなく、総合的に見れば東京大学の理一・ニよりもほとんどの国立大学医学部の方が入学することに関しては難しいと言えます。他の回答者の方も仰っていますが、国立大学医学部に模試でA、B判定が出るようならば、東大理一・ニにはかなり余裕でA判定が出ます。

偏差値で単純比較するのが困難なのは、東大理一・ニと国立大学医学部とでは定員がまったく違うからです。理一・ニは約1000人・500人といった定員がありますが、医学部は100人弱の定員ですし、医学部人気の昨今の受験事情を考えるとこの倍率の面の差が大きく、国立医学部がより難しいということになります。

まあ、医学部というところ自体が特殊なところで、ずっとA判定が出ている医学部を受験しても落ちることはざらにあります。さらに旧帝大系の医学部、千葉などの旧医大系、その他では東京医科歯科大などの難関校のようにほぼ毎年難易度が上位で安定している大学を除けば、どの国立大学医学部もその年のセンター試験の動向次第で志願者の増減の変動が激しく、相当難易度が浮き沈みしますので単純に偏差値的に下位の国立大学医学部は東大より簡単とも言えませんし、逆に年によっては“結果的に”東大理系よりも入るのが簡単だったのではないか、と思える国立大学医学部もあります。

最後に5ランクでかなり大雑把にまとめると、

S、東大理三、京大医
A、その他旧帝大系医学部
B、千葉大などの旧医大系・東京医科歯科などの難関校
C、(特に首都圏近辺にある)公立大学医学部
D、東京大学理一・ニ、その他国(公)立大学医学部(年により変動の可能性有り)

というランクわけになると思います。
(昔から医学部には“旧帝大、旧医大、旧医専、その他”の順のランク分けがありますが、このランク分けに加えて首都圏近辺の国公立大医学部の人気が地方国公立大学医学部に比べて高くなるという事実があり、例えば、医科歯科は旧医専ですが、東京にあるため、地方の旧医大系よりも難易度が高かったりします。)

単純に数値の比較だけでなく、総合的に見れば東京大学の理一・ニよりもほとんどの国立大学医学部の方が入学することに関しては難しいと言えます。他の回答者の方も仰っていますが、国立大学医学部に模試でA、B判定が出るようならば、東大理一・ニにはかなり余裕でA判定が出ます。

偏差値で単純比較するのが困難なのは、東大理一・ニと国立大学医学部とでは定員がまったく違うからです。理一・ニは約1000人・500人といった定員がありますが、医学部は100人弱の定員ですし、医学部人気の昨今の受験...続きを読む

Q早稲田は昔はバカだった?

早稲田大学卒業の年配(おおむね60代以上)の方は、よく大学の話になると
「いやあ、私なんか早稲田ですから。
 田舎者でも入れるような二流大学でしたから・・・」
と謙遜します。
早稲田卒業なら立派に自慢できる経歴だと思うのですが、どうして早稲田卒を謙遜・卑下するのでしょうか?

1 本当に、昔はバカしか入れない大学だったから。
2 本当は東大京大に行きたかった。同級生もみんな東大京大なので、早稲田は恥ずかしい、とおもっているから。
3 年配の人は謙譲の美徳を常としているので、単に謙遜しているだけ。
4 早稲田は早稲田でも実は夜間部卒だった。
5 本当は早稲田大学ではなく、バカ田大学の卒業生。
6 そのほか。

もし、昔はホントにバカだったとしたら、いつごろから偏差値の高い学生が集まるようになったのでしょうか?

早稲田関係者の方、ご回答お願いします。

Aベストアンサー

昭和41年に早稲田大学に入学しました。
昭和41年は、早稲田の学費値上げのストライキで授業が開始できず、入学式が5月にずれ込みました。

当時はまだ日本は貧しかったので
普通レベルの国立大学>早稲田大学
でありました。
埼玉大学に合格した同級生は
埼玉大学>早稲田大学
と言っておりました。

確かに二つのことは言えました。
1.国立大学に入学すると親に経済的負担をかけない。つまり孝行息子であると。
2.早稲田しか受けない学生は三科目を必死にやれば入れる。しかし、国立は科目が多いから必死に三科目やっても入れない。つまり国立大学の学生は付け焼刃ではなく本物の優等生だ。

私も素直に上記を認め
普通レベルの国立大学>早稲田大学
だと思っておりました。

ところが日本が高度成長で豊かになってから評価が変わりました。
「私立でもいいよ」と言ってくれる親が増えました。

考えてみれば、お金があるなら埼玉大学に入るより、早稲田のほうが楽しそうです。四年間の学生生活をエンジョイできそうだし、卒業生も多い。で、今では
早稲田>普通レベルの国立大学
となっているようです。

昭和41年に早稲田大学に入学しました。
昭和41年は、早稲田の学費値上げのストライキで授業が開始できず、入学式が5月にずれ込みました。

当時はまだ日本は貧しかったので
普通レベルの国立大学>早稲田大学
でありました。
埼玉大学に合格した同級生は
埼玉大学>早稲田大学
と言っておりました。

確かに二つのことは言えました。
1.国立大学に入学すると親に経済的負担をかけない。つまり孝行息子であると。
2.早稲田しか受けない学生は三科目を必死にやれば入れる。しかし、国立は科目が多いから必死に三...続きを読む

Q早稲田や慶應に受かるのはどのくらい難しい??

偏差値44程度の高校から地方の無名私立大学に進学したものです。

2ちゃんねるなどでは早慶は1年勉強すれば絶対に受かると噂されていますが、実際早稲田大学や慶応義塾大学に合格するのはどのくらい難しいことなのでしょうか?

もし本当に1年で合格できるのであれば今の大学を中退して少し頑張ってみようかなとか思うのですが・・・

Aベストアンサー

私自身の話ですが、英語の模試偏差値38から一年間勉強して、早大に合格できました。それゆえ、可能性0とは言えないと思います。(残念ながら絶対とは明言できません。実際、私よりも出来の良い人が早慶に落ちていました。)
また、マーチレベルの大学でも良いならば一年間の勉強でも、合格できる可能性は早慶より高いと思います。
とはいえ、浪人すると途中でだらける人も多いと言います。また、高校在学時の勉強の蓄積がどれくらいあるかにもよります。
まずは、自分の高校や予備校に行って、一緒に考えてもらって、より確かな情報を得るのが良いです。
そして、最後はやはり自分のやる気次第です。


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