親子におすすめの新型プラネタリウムとは?

私立バブル期(団塊ジュニア世代)の大学受験状況について、ある身近な方から伺いました。(その方は東工大の大学院を卒業されています。)

その方によると、当時は地方の国立大学よりも東京の私立大学が人気で、しかも18歳人口が200万人を超えていたので、東京の私立大学が大変難しかったということです。
地方の旧帝国大学に合格する人でも、
MARCHの上位学部に合格できる人は5割を切っていたそうです。
また、当時(団塊ジュニア世代)のMARCH以上学部の偏差値があれば
今(ゆとり世代)の早慶の中位学部位は合格できたということです。

これらの話を聞いて、皆様はどのように思われますか?
当時のことを知っている方や
早慶上理
MARCH
関関同立
成成明学
日東駒専
大東亜帝国
あたりの私立大学が難しかったということを知っている方も
当時の状況を知っている方は、教えていただければありがたいです。
よろしくお願いします。

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A 回答 (4件)

その時代から、更に二十年以上さかのぼると、今の難関(非国立)大学は全てすべりどめでした。

(表現に神経を使っている事をお察し下さい)

平均的に均せば、進学率の向上により、レベルが下がるのは当然。優秀な人は優秀でしょう。
…というのが、私の変わることのない信念です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
私立バブル期(92年前後)をはさんで、その20年前と今は国立が優位ということですね。私立バブル期だけが、18歳人口の多さや好景気の時代背景などで、東京の私立大学が難しかった特殊な時代だったということですね。
コメントありがとうございました。

お礼日時:2008/02/14 16:28

私も東工大の人と同世代です。



>地方の旧帝国大学に合格する人でも、
MARCHの上位学部に合格できる人は5割を切っていたそうです。

いくらなんでもこれは大袈裟ですが、
文系に限って言えば、あの頃は上記のランキングに入らないような大学ですら、
「難関大」として注目されていましたね。
理系の私立は今も昔も相変わらず滑り止めにしか過ぎませんが。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
当時のデータを見たのですが、大げさということはありませんでした。
とある地方旧帝大の合格者であっても、マーチ上位学部の合格率が5割をきっていたのです。
また、東大の文科系合格者の早稲田政経合格率も5割を切っていたのです。
5割をきっているので多くの場合滑り止めにはならなかったようです。
当時の地方よりも東京の大学の人気と、当時の人数の多さで、今では考えられないくらい東京の私立大学の倍率は高かったようです。
コメントありがとうございました。

お礼日時:2008/02/14 16:22

早稲田・慶應を除いて、私立大が難化したのはセンター試験以降の方が顕著です。


中堅以下の私立大が易しくなっているとはいえ、バブルの頃は、さほど対したレベルではありませんでした。
国公立大のみ、受験ではセンター試験の前身である共通1次試験が課されていました。これは5教科7科目1000満点を全員に課すテストで、配点の傾斜はありましたが、今のように科目を絞り込んでの受験ができませんでした。
私立大しか受験できなかった学生は、高校の時点で5教科を取れなかった学生で、国公立大と私立大のレベル差は今よりの遙かに厳然とありました。

その方が語られている「私立大の人気」というのは、そういう意味です。
国公立大の門戸が今以上に狭かったため、私立大に受験が集中したのです。
国公立大を受験していた学力層の学生が私立に流れて行くようになったのは、センター試験以降の話です。それまでは、上位私立大は国公立大の滑り止めという位置づけの方が大きかった。
そんな時代です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
申し訳ありませんが、団塊世代と団塊ジュニア世代をお間違えではありませんか?
団塊ジュニア世代(92年頃)は共通一次はありません。完全にセンター試験の時代です。
コメントありがとうございました。

お礼日時:2008/02/14 16:10

> また、当時(団塊ジュニア世代)のMARCH以上学部の偏差値があれば


> 今(ゆとり世代)の早慶の中位学部位は合格できたということです。

 まったく根拠のない話を聞いて、それを右から左へ質問しても
無意味です。そもそも、1学年の人数が 200 万人から 130 万人に
減ったとは言え、人数で上位5%の有力校で難易度がそんなに変化
するわけがありません。東工大の院を出ているわりには、論理的な
思考もできない人なんだなあというのが印象です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
論理的に考えて、定員が同数であれば、200 万人時代と130 万人時代では、上位5%の位置にいる人が入学できる大学は異なると思いますが、いかがでしょうか?
人数のことに加えて、時代状況として私大バブル(92年)以降の15年にわたる不景気で、費用のかからない地方の国立が人気になり難易度も上がってきたということです。
コメントありがとうございました。

お礼日時:2008/02/14 16:07

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Q私大バブル期の倍率

私大バブル期でも偏差値40前半の大学がありましたがそのような大学でも倍率は高かったのですか?

Aベストアンサー

1992年 私大一般入試倍率 18歳人口 92年205万人→12年120万人

 大学    学部 受験者数 合格者数 実質倍率→2012年倍率
早稲田大  政経 19775  1483  13.3倍  5.7倍
早稲田大  法   18683  1744  10.7倍  5.0倍
早稲田大  商   24665  2017  12.2倍  8.1倍
早稲田大  一文 15283  1350  11.3倍  6.1倍
早稲田大  教育 21972  1554  14.1倍  5.6倍

 大学    学部 受験者数 合格者 92年倍率→12年倍率
中央学院  商    6702   296  22.6倍  1.6倍
和光大学  経済 10167   457  22.2倍  1.1倍
立正大学  法    2341   352  21.5倍  1.8倍
大正大学  文    8268   473  17.5倍  2.9倍
桜美林大  経済 12537   727  17.2倍  3.1倍
聖学院大  政経  3984   250  15.9倍  1.1倍
横浜商科  商    8133   521  15.6倍  1.1倍
城西国際  経営  4241   278  15.3倍  1.0倍
東海大学  教養  4202   314  13.4倍  2.2倍
高千穂商科 商  11832   917  12.9倍  3.2倍
拓殖大学  商    9497   738  12.9倍  2.4倍
和光大学  人文  5180   418  12.4倍  1.5倍
中央学院  法    3900   317  12.3倍  1.1倍
日本文化  法    1713   154  11.1倍  1.3倍
拓殖大学  政経 11278  1079  10.5倍  1.6倍
江戸川大  社会  3872   375  10.3倍  1.1倍
敬愛大学  経済  5993   590  10.2倍  1.0倍 

1992年 私大一般入試倍率 18歳人口 92年205万人→12年120万人

 大学    学部 受験者数 合格者数 実質倍率→2012年倍率
早稲田大  政経 19775  1483  13.3倍  5.7倍
早稲田大  法   18683  1744  10.7倍  5.0倍
早稲田大  商   24665  2017  12.2倍  8.1倍
早稲田大  一文 15283  1350  11.3倍  6.1倍
早稲田大  教育 21972  1554  14.1倍  5.6倍

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Q昔と今の大学受験の難易度

この質問までの経緯を説明しますと

<高校で>
担任「今は少子化で、選ばなきゃ誰でも大学に入れるからねー。お前らは幸せっちゃ幸せだよねー。俺らのときは、ベビーブームって言って、倍率とか大変な数字だったから、きつかったんだけどね・・・今より受験は難しかったよ。」

<予備校で>
英語講師「長文も昔と比べるとすごいレベルが上がったんだよね。昔の早慶の英語も今みたら、楽に感じるよ。そんだけ求められてるものが増えたんだろうね。」

数学講師「医学部の数学なんかも、昔はもう少し易しかった。理工系のが、全然難しかった。全体的に難化してる。」


どっちもなにか違和感あるんですけど、実際はどうなんでしょうか。
科目ごとの評価でも構いませんので、お聞かせください。

Aベストアンサー

僕もNO2さんに賛成ですね。
単純に大学がどんどん定員を増加し続けてるので入学が簡単になるのは当たり前です。

と言うか大学側のスタンスが「優秀層を採る」から「育てる」方にシフトしてる部分が大きいです。
大学の入試科はそれで採ってるのに、その考え方が大学全体に一体化無く、昔のスタンスで講義を進めようとする教授が多いのが問題ではないかと思います。組織の問題ですね。
要するに育てる能力が低い=無能だと言う事ですけれど。
例えば外国人学生はどんどん増えてますが、日本語で授業をしてスコアが悪いのをその学生の責任にするようなものです。英語なら理解できたかもしれないし、適切な語学サポートがあれば優秀だったのかもしれない。数学受験で入ってないのに、それも分かっておらず「数学の能力が低い」と言ってプンプン怒ってる。そういう先生は少なくないですね。

事実、東大入学レベルは上位0.8%ぐらいなんですけど、ハーバードは上位5%程度で入れます。
でも後者の方が圧倒的にレベルは高いですよね。
日本は多様な人材を採ってそこから育てて行こうって言う欧米型にシフトしてる印象を受けます。
プロ野球のスカウトと同じですね。
4番バッターばっかり採っても勝てないんですよ。
それで使えなかったら可哀相だけどこぼれていくだけだし。
いまの大学入試ってそういう感じですよ。


個人的に、試験自体は「受験地獄」と言われた80年代の第二次ベビーブームから90年代前半が最難関だったと思います。特に都市圏の私立は難関で日当駒船なんかでも浪人生があふれてました。
医学部も難関だったのですが、一気に難関化したのはバブル崩壊以後の1990年代中盤からですね。
今の医学部は医療費抑制が話題になる中で医師ブームも落ち着いたし、医学部定員はその時期の200%になろうとしてますから最難関の時期に比較すれば簡単にはなってます。まだまだムズかしいですけど90年代後半の医学部ってギャグみたいにムズかったですから。
薬学部などは90年代に乱立した為に易化がとても進んでますけどね。
バブル崩壊後はあらゆる業界が不況でリストラも進まなかった為に大手企業が0採用などを行いました。結果悲惨なものになりましたし、特に割を食ったのは事務や営業の担い手の文系職でした。
よって国立理系、公務員、医師などが手堅いと言うことで一気に難化しましたね。
親に聞いたら当時の公務員なんか「滑り止め」「コネばっかり」だったそうですから、今の時代とだいぶ違いますよ。


そういう「流れ」みたいなものはあると思いますよ。
日本ではマイナーですけどIIT(インド)や北京大(中国)は1000人に1人の秀才しか受からないと聞きます。じゃあ東大と比べてどっちが上か?って言うとランキング上は圧倒的に東大なんです。
人口が違うんですから国によって難易度が違うのは当たり前のことです。


今の大学の試験自体は易化してると思います。
一方で過去の人の映像インタビューを見てみるととてもレベルが低いですし、プレゼン能力は無いなと思います。
バブルだけでなく6,70年代も面接はほとんど「がんばります」で受かった時代だったと思われます。
英会話能力やネット関連の能力も相当低かったでしょう。求められてないし、機材も無かったですから。
1970年の大阪万博のガイドの英語を聞いてると相当酷いですからね。
でも当時は日本で最高峰の才媛で英語の得意な女子大生ばっかりだったと聞きます。
あれぐらい喋れる奴はいまの大学生では腐るほどいますからね。
要するに試験自体は易化してるけど、若い世代が特別あほなわけではないだろうと言うのが僕の意見です。
もし試験内容がプレゼンと英会話、ワードエクセルなどのIT系であれば、現代の若者の圧勝ですよ。

こういうのは気にしないでいいと思います。
また時代そのものより個人の努力や優秀性が大事だと思いますよ。
日本が文明開化する前後で英語やオランダ語を取得したのは漢文(中国語)素読を幼少期に行っていた武士の若者たちでした。
「生まれた時代が悪かった」なんて言わずに一生懸命に英語を勉強してたようですし、以後の世代の庶民なんかよりずっと立派な英語を使いました。
だから優秀な奴も無能な奴もどの世代も一定存在するんだと思います。

僕もNO2さんに賛成ですね。
単純に大学がどんどん定員を増加し続けてるので入学が簡単になるのは当たり前です。

と言うか大学側のスタンスが「優秀層を採る」から「育てる」方にシフトしてる部分が大きいです。
大学の入試科はそれで採ってるのに、その考え方が大学全体に一体化無く、昔のスタンスで講義を進めようとする教授が多いのが問題ではないかと思います。組織の問題ですね。
要するに育てる能力が低い=無能だと言う事ですけれど。
例えば外国人学生はどんどん増えてますが、日本語で授業をしてスコアが...続きを読む

Q1980年ごろに大学受験をされた方いますか?

これはネット上で見つけた1980年の偏差値表なんですが、慶應の偏差値の低さにびっくりです。
早慶というより、完全にマーチ関関同立の一角という印象を受けます。
当時の慶應はどのような扱いだったのでしょうか?


http://www.geocities.jp/gakurekidata/hensa1980.html

<1980年駿台予備学校偏差値 1980年代々木ゼミナール>
63.2 早稲田政経(政治)  68.8 早稲田政経(政治)
60.1 早稲田法       64.6 早稲田政経(経済)
59.8 早稲田政経(経済)  64.4 早稲田法
58.3 中央法(法律)    63.4 中央法(法律)
57.8 上智法
55.9 同志社法       63.4 上智法
55.7 中央法(政治)
55.6 早稲田商
55.5 学習院法       62.8 中央法(政治)
              62.8 同志社法
55.5 慶應経済       62.3 上智経済(経営)
54.6 慶応法(法律)    62.1 学習院法(法律)
               62.0 慶應経済
               61.4 明治法
54.1 明治法        60.5 関学法
54.1 立教法
53.7 青学法        60.5 慶應法(法律)
53.6 関学法        60.5 慶應商
52.7 慶應商        60.4 立教法
51.5 明治政経       60.1 青学法
              60.0 学習院法(政治)
51.0 法政法        59.4 慶応法(政治)
50.5 慶応法(政治)    57.0 法政法
50.4 南山法
50.0 成蹊経済

これはネット上で見つけた1980年の偏差値表なんですが、慶應の偏差値の低さにびっくりです。
早慶というより、完全にマーチ関関同立の一角という印象を受けます。
当時の慶應はどのような扱いだったのでしょうか?


http://www.geocities.jp/gakurekidata/hensa1980.html

<1980年駿台予備学校偏差値 1980年代々木ゼミナール>
63.2 早稲田政経(政治)  68.8 早稲田政経(政治)
60.1 早稲田法       64.6 早稲田政経(経済)
59.8 早稲田政経(経済)  64.4 早稲田法
58.3 中央...続きを読む

Aベストアンサー

1970年代に大学生やってたので、質問者さんの要請とはすこしずれるのですが、当時と今と若干感じは異なりますが、早慶はやはり私大の両雄という感じでしたよ。
あの頃と今の違いは
早稲田政経が私大トップ、東大文系の滑り止めはここが定石。
一般に 早稲田>慶応 だったが、これは早稲田が受験生も多くて人気!の面もある。慶応が偏差値的に低く感じられるのは、数学必修の学部が多くて、いわゆる私文洗顔者が敬遠していたのが大きいと思われます。反面、旧帝大の併願先、或いは国立理系の併願先にもなっていた。
経済は定評があるので、地方の旧帝や神戸、横国クラスだとどっちにしようか迷う感じでした。今は慶応選ぶ人が圧倒的でしょうからそういう意味では随分評価は上がったと思います。これは早慶ともに。
それと当時は偏差値がちょっと上下よりスクールカラー重視だったような気がします。いわゆる早稲田>明治>中央>法政のバンカラ系、慶応>上智>立教>青学>明学 のオシャレ系、ではっきり分かれていたと言うか。立教と明治を受けるなんて感じはなかったです。そういう意味でも早慶はそれぞれのラインのトップで、マーチとはやっぱり「名前では別格」でした。
実際は、早慶の下位学部よりマーチの上位学部を優先する人は結構いましたよ。そういう意味ではマーチの一角、云々は言えるかもしれません。今ほど大学名=ブランド 意識は強くなかったと言うことでしょう。

1970年代に大学生やってたので、質問者さんの要請とはすこしずれるのですが、当時と今と若干感じは異なりますが、早慶はやはり私大の両雄という感じでしたよ。
あの頃と今の違いは
早稲田政経が私大トップ、東大文系の滑り止めはここが定石。
一般に 早稲田>慶応 だったが、これは早稲田が受験生も多くて人気!の面もある。慶応が偏差値的に低く感じられるのは、数学必修の学部が多くて、いわゆる私文洗顔者が敬遠していたのが大きいと思われます。反面、旧帝大の併願先、或いは国立理系の併願先にもなって...続きを読む

Q20年前と比べて全体的に大学の偏差値が下がっているのでしょうか?

20年前と比べて全体的に大学の偏差値が下がっているのでしょうか?

1990年代前半に中堅どころの大学に入学したものです。
最近母校の偏差値を見ていたところ、私が入学した当時よりも下がっていてショックを受けました。
当時同じランクの大学の中でも上下の入れ替わりがあり、母校は人気がなくなっているようです。
母校以外にも昔からのお嬢様学校として有名だった比較的難関だった女子大なども偏差値が下落して三流大学の仲間入りになっていました。
逆にこの20年で以前は評判が良くなく低迷していたのに今は人気が出て盛り返した学校もあるようです。

第二次ベビーブーマーだったので、当時は競争率も高くそれなりの偏差値だったはずなのに、子供が成長して受験を考えるとき(10年後)に、胸を張って出身大学のことを言えるのだろうか?と少々気がかりです。
少子化の今、難関大学以外の大学は入りやすく、偏差値も下がっているのでしょうか?

ベビーブーマーの私の子供の世代(10年後受験)になると、また子供の数が多くなり、偏差値などもまた盛り返してくるものでしょうか?
どの大学も学部を増やしたり、いろいろ対策を練っているようですが、偏差値の上下変化にはどのような要因があるのでしょうか?

20年前と比べて全体的に大学の偏差値が下がっているのでしょうか?

1990年代前半に中堅どころの大学に入学したものです。
最近母校の偏差値を見ていたところ、私が入学した当時よりも下がっていてショックを受けました。
当時同じランクの大学の中でも上下の入れ替わりがあり、母校は人気がなくなっているようです。
母校以外にも昔からのお嬢様学校として有名だった比較的難関だった女子大なども偏差値が下落して三流大学の仲間入りになっていました。
逆にこの20年で以前は評判が良くなく低迷していた...続きを読む

Aベストアンサー

偏差値って、単純にその年の受験者の中でのその成績を取った人の位置(上位何%など)鋸とを表した数字です。大学の偏差値は、その大学に合格した人が、センター試験や予備校の模試で採った偏差値の平均ということです。数学的には間違った使い方ですが、ご質問者さんの意図に沿って偏差値という言葉を使いますね。
なので、子どもの数が減っているのに大学の数が増え、合格者数が増えているので、相対的に下がったんです。単純にその大学を志望する人が減って、人気が無くなったから、全体の順位が低い人でも合格できるようになって、偏差値が下がったんです。
少子化というか、大学受験をする人の数は増えない限り、全体としては回復できません。今は、浪人するのは頭のいい人ばかりです。上を目指して失敗するんですね。昔のように、最初から下を狙って失敗する人の数はグッと減りました。
今は、受験者の減少は一段落していますが、このあと、さらに少なくなります。また、日本の大学進学率は近隣諸国の半分程度です。で、進学できない理由は、学力と経済的な事情が半々です。
で、少子化対策に成功する、高校生の親御さんが子どもを大学に行かせられるほど豊かになる、大学の学費を国が面倒みる などでも起きない限り、偏差値が上がる大学は一握りのはずです。

偏差値って、単純にその年の受験者の中でのその成績を取った人の位置(上位何%など)鋸とを表した数字です。大学の偏差値は、その大学に合格した人が、センター試験や予備校の模試で採った偏差値の平均ということです。数学的には間違った使い方ですが、ご質問者さんの意図に沿って偏差値という言葉を使いますね。
なので、子どもの数が減っているのに大学の数が増え、合格者数が増えているので、相対的に下がったんです。単純にその大学を志望する人が減って、人気が無くなったから、全体の順位が低い人でも合格...続きを読む

Q受験難易度の変化

1987年の受験事情


1987年の頃は大学受験が厳しく、当時の専修大学は今の同志社大・立命館大よりも難しかった。と専修大卒のおじさんが言ってるのですが、これは信憑性のある話ですか?


それとも

ただのほら話ですか?

Aベストアンサー

1980年代の受験生です。
入試の偏差値ということでしたら、ちょっとあり得ませんね。上のクラスはあまり動きませんから。
当時のMARCHクラスで60前後(まあ、当時は立教と明治のほとんどの学部と中央の法学部は65近く)でしたが、日東駒専クラスでは日大が50中盤の学部があった以外は(医・歯学部は除く)大体50前後でしたから、当時も今も60以上ある同志社、立命館にはかなわなかったでしょう。
まあ、関西の大学は受ける気も無かったのであまり知りませんが、さすがに関関同立が日東駒専よりしたと言うことは無いですよ。

Q団塊ジュニアはどうして厳しく冷たいのでしょうか?

団塊ジュニアはどうして比較したがったり心が弱い人に優しくない人が多かったんですか?

例えば突き放す感じで『私はこんなに大変だったけどあなたみたいに病んだりはしなかった』的な言葉を言う人が目立ちました。特に80~90年代はかなり横行してました。

今は同じ意味合いの言葉を言う人もいるかもしれないけど、向き合っている分幾分かやわらかく聞えます。

時代でしょうか?

Aベストアンサー

団塊ジュニア(71~74年生まれ)です。

>『私はこんなに大変だったけどあなたみたいに病んだりはしなかった』的な言葉を言う人が目立ちました。

ただ単に一つの事実として言っているだけと思いますよ。

>特に80~90年代はかなり横行してました。

???
ちょっと状況がつかめないのですが・・・。
団塊ジュニア世代は70年代前半生まれの人をさします。
80年代は団塊ジュニア世代はまだ小学生~中学生ですよ。
小学生や中学生が、一体だれに向かって「私はこんなに大変だった」って言ってたんでしょう?
たしかにえらい生意気な子供ですね(笑)。

よく誤解されるのですが、この世代は「バブル期」のうまみをほとんど知りません。
バブル崩壊は1991年でしたよね。
なのでバブルのころは中学生~大学生でした。
高卒で就職した人はギリギリ知っているのかもしれませんが、
71年生まれの人も、就職活動していたころはすでにバブルが崩壊し就職難でした。
なので給料をいっぱいもらって羽振りの良い生活を経験した人はほとんどいません。
(親からいっぱい小遣いをもらった経験はあるでしょうが)

団塊ジュニア世代って、第二次ベビーブーム世代でもあるので
高校・大学受験の倍率も、団塊ジュニア世代が一番高かったと思います。
今みたいに大学の数も多かったわけじゃないし。
常に競争が当たり前だった。
せっかくがんばって大学に入ったのに、卒業するころにバブル崩壊。
今みたいに新卒の学生が就職できなくても、世間様は同情してくれるわけじゃなかった。
「大学まで行って就職できないなんてありえない」と言われてた時代。

自分で言うのもなんですが、けっこうかわいそうな世代だと思いますよ(笑)。
常に競争で、時代も世間も味方してくれなかった。
なので病んでるヒマなんてなかったのかも。
時代も悪く、競争率も高く、世間も味方してくれないのなら
頼れるのは自分の努力のみでしたから。

私の同級生、同年代の友人を見ていると、
不遇の時代を生きてきたせいか、みんなまじめで努力家ですよ。
景気が悪いことに慣れてるし、給料が悪いのも今に始まったことではない。
高い競争率が普通だったので、再就職・転職が高倍率でもへこたれない。
不遇と努力と競争が当たり前の世代なんです。

>団塊ジュニアはどうして比較したがったり心が弱い人に優しくない人が多かったんですか?

人と比較したがるのはその人の性格によるので、団塊ジュニア世代の特徴とは思いません。
しかし心が弱い人に優しくないのは事実かもしれませんね。
不遇と努力と競争が当たり前で、
不遇と努力と競争に負けず生きてきたので
不遇と努力と競争に悩む人の気持ちがわからないのかもしれません。

団塊ジュニア(71~74年生まれ)です。

>『私はこんなに大変だったけどあなたみたいに病んだりはしなかった』的な言葉を言う人が目立ちました。

ただ単に一つの事実として言っているだけと思いますよ。

>特に80~90年代はかなり横行してました。

???
ちょっと状況がつかめないのですが・・・。
団塊ジュニア世代は70年代前半生まれの人をさします。
80年代は団塊ジュニア世代はまだ小学生~中学生ですよ。
小学生や中学生が、一体だれに向かって「私はこんなに大変だった」って言ってたんでしょ...続きを読む

Q昔の短大の偏差値は高かったの?

ごく普通の大学を卒業し一流企業とやらに運よく勤めさせていただいている者です。

勤務先には35歳前後~それ以上の女性社員の方々が大勢おられ皆さん優秀なのですが学歴が案外高くない(短大卒の方がちらほらいる)ことに理不尽さを禁じえませんでした。

彼女らが言うには「わたしらが出たころの都内短大は偏差値55~60が普通だったし四大受かっても蹴って短大にいく女の子が多かった」と。

偏差値56~ってきちんとした大学並みですよね?
そんなわけないと思うのですが・・。

なぜ彼女らはこんな見栄をはるのでしょうか。
偏差値が本当にそれくらいあれば大学いくでしょ・・。

Aベストアンサー

No.2の回答者です。
いただいたコメントについて。

>>>今年の青学・学習院・明治等の普通の大学(四大のほう)の偏差値を調べてみたら55前後ですね。
>>>昔の短大の55~60が本当なら現在の四大よりも優秀だった、ということになりますが・・。

はい。一部の短大は、そうだったと思います。

>>>ああ、やはり信じられない・・(すみません)けど、就職率や縁談(?)に有利という理由で短大であっても人気が集中した結果入学が難化したということですね。

そうだったと思います。

>>>おっしゃるとおり、今は偏差値40でも35でも入れる四大がごろごろあります。
>>>昔はよかったとはいえ、今は短大卒の肩書が足かせとなっていませんか?
>>>(どんなに優秀でも短大卒として扱われるという点で)
>>>若手には私のように昔を知らないで勘違いしている人も多いので。

前回も書きましたけど、18歳の時点で、ライフスタイルとして短大卒として扱われる道を選んだのです。

有名短大の秘書科を出て一流企業で一般職として勤めるのが、女学生達の憧れだったのです。
そして、男子社員をつかまえて結婚し、結婚退職するか、あるいは、1~2人目ぐらいの子供が生まればほとんどの女子社員は退職するとか、そういう図式でした。

現在は、女性が四大を出て男と同等に社会進出するのが当たり前ですよね。
家の留守を守り、学校から帰ってくる子供に「おかえりなさい」と言って迎える母親が減少しました。
保育園の先生が、自分の子供をほかの保育園に預けるというケースさえあります。(私の家の近所)
そしてまた、当然ながら、仕事を求める人の総人数が多くなります。
すると、どうなるでしょうか?
求人数が変わらずに、仕事をしたい人が増える。
それはつまり、失業率が高くなることを意味します。

短大が隆盛を誇っていた時代というのは、「良妻賢母」がいた時代だったのです。

そして、私大の乱立により、わが子を大学に押し込めたいという馬鹿親が増えました。
塾や家庭教師などの教育産業も大流行り。
その結果、どうなったか?
子供1人にかかるお金が異常といっていいほど増えました。
すると、夫婦の心理としては、産む子供の数を少なくし、かつ、ある程度貯蓄をしてからそれを学資とするため、年を取ってから子供を産むということになります。
つまり、少子化が進みます。

また、企業を退職していったん専業主婦になった人が学資のために働くとなると、パート社員として薄給でこき使われます。
これによって、さらに失業率が高まります。

以上のことからわかるとおり、私大の乱立は今の世の中を悪くしている元凶なのです。

これにて演説終わり。
失礼しました。

No.2の回答者です。
いただいたコメントについて。

>>>今年の青学・学習院・明治等の普通の大学(四大のほう)の偏差値を調べてみたら55前後ですね。
>>>昔の短大の55~60が本当なら現在の四大よりも優秀だった、ということになりますが・・。

はい。一部の短大は、そうだったと思います。

>>>ああ、やはり信じられない・・(すみません)けど、就職率や縁談(?)に有利という理由で短大であっても人気が集中した結果入学が難化したということですね。

そうだったと思います。

>>>お...続きを読む

Q3、40年前の私立大学入試

3、40年前は、私立大学は今ほど人気がなく、早慶でも、そこまで難易度は高くはなかったという話を聞いたのですが、これは事実でしょうか?

Aベストアンサー

本当です。30年前か、40年前かというので、話は違ってくると思います。

当時は、頭がよくて、なおかつ裕福な人だけ大学に進学する傾向がありましたから、競争率自体は、低かったと思われます。

県立のトップ高校でも、進学せずに就職したり、結婚する人が結構いましたから。

また、早慶だけでなく、願書さえ出せば合格する大学もあったそうです。(青山学院大学とか日本大学など)。

今から45年位前の話です。


親がそうそうたる大学を出ていても、子供はそれに及ばずというケースも多々ありますよね。
そういうのも、時代背景とか関連があるのかもしれないです。

でも当時は、国立大学の人気が高く、旧帝大なんか今よりはるかに難しかったものと思われます。

Qひとむかし前の大学受験は?

1960~1980頃の大学受験がどんな感じだったのか知りたいのですが
当時のことを書いてあるサイトや書籍をおしえてください。

Aベストアンサー

60年代末期~70年代初頭にかけては大学紛争がピーク。
東大医学部の学生がインターン制度に抗議。これに端を発し、またたく間に全国の大学に広がりましたね。東大に限らず以前より他大学医学部でも登録制度に対する問題はあったようで、また、多くの国公立・私立でも学費値上げ等に対する反対や抗議はあったようで、ここにきて一気に紛争に発展。
確か東大はその年の入試を中止したと思います。それほどに国を揺るがす出来事だったのです。

あと、国立大は一期校と二期校があり前者が一流(メジャー)、後者が二流(マイナー)というイメージがあり受験生や家族もそういった色眼がねで捉えていて、特にへんぴな地方国立大に行くより華やかな都市部の私立大へ行く傾向は当時からあったようです。

入試偏差値は当時も今も大きく変わりはないかと。今も昔もいい大学は入試の難易度が高いのも変りません。
東大・京大、をはじめ旧帝大、一橋、東工大、東京医科歯科、全国の国公立医学部・歯学部、をトップとし(偏差値:60以上)、私立では関東の早・慶、立教、明治、中央。関西では同志社、関学、といった特に伝統的名門校が上位で、理系単科大では東京医科、日本医科、順天堂医学部、東京理科、芝浦工大、東京歯科。女子大は津田塾、東京女子、日本女子、など。(偏差値:概ね、文系60以上、理系55以上)

60年代末期~70年代初頭にかけては大学紛争がピーク。
東大医学部の学生がインターン制度に抗議。これに端を発し、またたく間に全国の大学に広がりましたね。東大に限らず以前より他大学医学部でも登録制度に対する問題はあったようで、また、多くの国公立・私立でも学費値上げ等に対する反対や抗議はあったようで、ここにきて一気に紛争に発展。
確か東大はその年の入試を中止したと思います。それほどに国を揺るがす出来事だったのです。

あと、国立大は一期校と二期校があり前者が一流(メジャー)、後者...続きを読む

Q国公立大人気が凋落したわけ(有名私立大の難関化の理由)を教えてください。

国立大學の昭和49年度入学者までは学費が年額18,000円でした。翌年度に48,000円、その翌年度には96,000円に。当時、「ずいぶんひどいことするなあ・・」と感じたものでした。それが現在は535,000円。隔世の感があります。文系で比較すると私立大学との納付額の差は狭まりました。
一方、昨今の入試難易度では、単純比較はできないものの併願先や第一志望校の動向を見ると、首都圏や京阪神の都会の伝統ある私大がかなり難関化し、国公立大の合格辞退者もかなり多いようです。少子化の影響で両極化とは言え有名国公立大へは入りやすくなっているはずなのにせっかく合格しても辞退するというのはいかにも不思議な気がします。
例えば、MARCHクラスの私大の文系で考えた場合、本当に地方国立大よりも就職が良いのでしょうか?割高の納付額を納めるに値するだけの教育環境が準備されているのでしょうか?私にはただ単に地方の若者が高い生活の利便性を求めて地方から首都圏等に出てくる傾向が強いだけなような気がするのですが、本当のところどうなんでしょうか。いろんなお立場の方々に広くお伺いしたいと思います。これは私がずうっと心にひっかかっていた疑問なのです。よろしくお願いします。

国立大學の昭和49年度入学者までは学費が年額18,000円でした。翌年度に48,000円、その翌年度には96,000円に。当時、「ずいぶんひどいことするなあ・・」と感じたものでした。それが現在は535,000円。隔世の感があります。文系で比較すると私立大学との納付額の差は狭まりました。
一方、昨今の入試難易度では、単純比較はできないものの併願先や第一志望校の動向を見ると、首都圏や京阪神の都会の伝統ある私大がかなり難関化し、国公立大の合格辞退者もかなり多いようです。少子化の...続きを読む

Aベストアンサー

私の極めて現実的な体験を書き込みます。私は地元の新潟大学経済学部を卒業後、
すぐに、法学を学びたかったため、明治大学法学部に入学しました。

一般的に、新潟大学の学生は、滑り止めとしてマーチクラスの大学に不合格となっております。
おもな滑り止めは、日大や専修、あるいは帝京という大学でした。
私の場合は、中央大学経済学部に不合格となり、新潟大学経済学部に合格しました。

一方、明治大学の学生は、早稲田・慶応落ちや北大・九大などの下位旧帝大の不合格者で構成されています。
一部に、群馬大学や岐阜大学を蹴っての学生もおりました。

私の個人的な感覚としては、勤勉の学生が多いのは明治大学でした。
しかし不真面目な学生もいくらかいます。

新潟大学は平均的な学生が数多くいます。
明治大学は上位はかなりレベルが高く、下位はかなり低い。

私の意見ですが、明治大学のように、人の幅の広い多様な環境のほうが
自分の成長になるのではないかと思います。


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