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新自由主義について調べています。

世界的に70、80年代に新自由主義が台頭した理由を教えて下さい。

A 回答 (4件)

大学のレポート頑張って!

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新自由主義についてのwikiの説明では、「新自由主義の概念を【価格決定のメカニズム、自由な企業、競争があり強く公平な国家体制の優先】と1938年に定義した。

チリで行われた政治的・経済的な改革に対して軽蔑語の意味を込めて新自由主義の用語を1973年から1990年に使用した。思想、経済理論、開発理論、経済改革政策などを表現する複数の意味で使用され、経済を自由化する潮流を非難する意味での使用が拡大し新自由主義の用語は1990年代以降は定義困難となった」となっています。
新自由主義が台頭したのではなくて、政策に反対、政策指導層に反対する立場でのラベリングが1970年代、80年代に増加したということのようです。

> 新自由主義について調べています。
新自由主義の推進や一層の展開をすべきだという主張は、1970年代,1980年代にどこの誰、どの集団がしていましたか。 そのとき新自由主義、ネオリベラリズムという名称を主張者はしていましたか。
また、その新自由主義、ネオリベラリズムという名称を付けた具体的な主義の内容はどのような門お出したか。

封建思想、専制主義、覇権主義、帝国主義のようなことでも、何かを調べるときには、誰が何をどう言う観点で検討してその名称を付けたのかに注意して考察するようにすると、「○○主義が台頭する」というは擬人化したような表現であって、ある社会現象を捉えてそれに名前を付けているにすぎないと理解できると思います。

で、
1970年代は大戦後の経済体制で色々の行き詰まりが目立ってきて、その行き詰まりを打開し先進国に近づく方策が求まられたが事態は顕著な改善を示さず、異論が百出、政策論争や政権を巡る賛否が極端な非難攻撃になり、力に頼るような傾向が社会全体(世界中で)に見られるようになった始まりの時期です。 そして1990年代になると、もはや単純な主張では集約も出来かねる状態になり、はっきりした指導的主張が社会でメインになることもなく、批判側も対象がはっきりしないので、○○主義、○○原理というような主張が出来ない、混沌状態、そして政策立言が困難な状態になり、利権や民族、格差、貧困、安全、衛生、防衛、新興勢力への対抗という感情的レベルや個別テーマレベルになってしまっているのでしょう。
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経済のグローバル化が本格化したからです。

欧米の大企業が多国籍化していく過程で、各国の関税など障壁が多く、それを撤廃するために、思想として『小さな政府』を標榜して規制緩和を推し進める経済観念を広げました。経済学者、大学の裏にいるのはいつもスポンサーとなる企業です。共産主義を進めるうえでも資本論を広めるのに欧米の企業が裏でスポンサーとなっていましたが、二律背反する考えを両方手に携えておくことで、自分たちの都合の良い考えを世に広めるのが政財界です。役割を終えたニューディール後の世界経済を規制緩和にシフトさせたということです。ニクソンショックとそれに続くビックバンとも関連があります。
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イギリス「英国病からの脱出を願う国民世論の醸成」。


アメリカ「ベトナム戦争後の疲弊感を吹き飛ばすような”強いアメリカ”を望む国民世論の高まり」
そして、アメリカ国内における「シカゴ学派の台頭」。


日本「アメリカに追従した猿マネ」。


結果として、サッチャー、レーガン、中曽根というリーダーが登場・台頭。
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