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国際連盟脱退を回避していたり、ハルノートを受け入れ、東条英機らを暗殺できていたら、日米開戦が回避できた可能性があるのですが、それは無理だったですかね?
結局、こてんぱんに負けてもアメリカの植民地にもならなかったし、穏健派が頑張っていたら、中国とうまく和平を結び、手を引いていたら、今の中韓の発展はもっともっと遅れて、アジアは平和な地域となっていたと思うのですが。

A 回答 (3件)

回避したとしたら・・・。


私のその後の展開の見解はまったく正反対です。

100パーセント日本はアメリカの植民地となっていたことでしょう。

あの時の戦争への選択は二つに一つでした。
99パーセントは負けとわかっていました。
1パーセント勝つとすれば最初の攻撃(真珠湾)で
すべての戦艦を沈めればなんとかなる、と踏むだけでした。
だって、日本を1とした時に
アメリカの鉄鋼は24、アルミが8、石油は無限大、石炭が12、電力5、
自動車の生産力50、船舶2、戦闘機8、一般工業力5、重工業力20
ですよ!
勝てっこないわけです。そんなの政府も軍も当然知っていました。

さて、ではなぜそんな戦争に至ったのでしょう。

回避する=アメリカの要求に屈するということです。
日本が中国から撤兵してもアメリカはなんの得もありません。
満州が中国になるだけですから。撤兵させておいて満州を取れば
世界中から批難されます。アメリカもそんなバカじゃありません。
日本の軍力が脅威だったのです。

石油、鉄鉱石を禁輸して、日本は手も足も出ない状況で
中国から手を引けという、中国の満州から引けば
今度は朝鮮台湾から引けという、そこでまた引けば俺の属国となれ、という。
石油がなければ戦闘機も戦艦大和も動かないから
結局はアメリカの植民地的国家になる、ということになります。

現在のテロ集団への対応と同じです。屈すればなお要求は重くなります。

戦争開始はご存知昭和16年12月8日、真珠湾攻撃を持って始まりました。
その3ヶ月前に開戦は決定されます。
御前会議において、陛下のお言葉のあと長野軍令部総長が陛下に発言を求めます。
陛下は「四方の海 みな同胞と思う世に など波風の立ち騒ぐらむ」と
明治天皇の歌を読まれます。
日露戦争前に明治天皇がお詠いになったもので
なぜ白人達は人のところを狙って戦争を仕掛けてくるのだろう
と嘆いた一句です。

そのあと軍令部総長がこういいます。
「アメリカの主張に屈すれば亡国は必至であるということでありますが
戦うはまた亡国となります。
すなわち、戦わざれば亡国必至、戦うもまた亡国を免れないとするならば
戦わずして亡国にゆだねることは身も心も民族にとって
永遠の亡国となりますが、母国の精神に徹すればたとえ戦いに勝たずとも
祖国護持の精神が残り我々の子孫は必ず再起 煌輝(さんき)するでありましょう」

現実はそのとおりになりました!
たいしたもんです。
いかに我々のジーサン、ひージーサンたちが偉かったか!

その時、石油は7か月分しか残っていませんでした。
1パーセントにかけて戦うしか道はなかったのです。

案の定日本は負けました。しかし
白人と戦えるということがわかった東南アジア諸国は
立ち上がりヨーロッパ諸国を相手に
奴隷的植民地から脱却し次々と独立しました。
これは日本がアメリカに立ち向かったということが引き金になっていることは
間違いない事実です。
1955年 アジアアフリカ会議というものがありました。
いわゆるバンドン会議というものです。
日本も参加しました。日本の代表団は先の戦争で
アジア太平洋で迷惑をかけ、行けば批難轟々だろうと
思ってましたが、議長にこういわれました。
「よく来てくれた、日本があれだけの犠牲を払って戦ってくれなかったら
我々は今もイギリスやフランス、オランダの植民地であっただろう」
大歓迎を受けます。

古今東西、白人と戦ったのはアジアでは日本だけです。
白人は獰猛でした。地球の裏(自分達のすむところから)まで来て
国をのっとり奴隷的植民地にしてしまうのですから。
アラブだってそうです。民族に関係なく自分達の都合で勝手に
あの直線的な違和感のある国境を引きました。

その昔は平和に暮らすアフリカからなんの罪もない人たちの家族、親兄弟の
仲を裂かれ泣き叫ぶ人たちに鎖をつけて鞭打ちながら黒人をまさしく「奴隷」として
つれてくるという暴挙を行ってます。
反日中国や韓国が言う日本の暴挙がたとえ嘘ではないとしても(本当は嘘ですが)
それほどメチャクチャなことはしていません。

日本が侵略戦争したと左巻きは言いますが、そもそも侵略に侵略を
重ねてきたのは白人です。

船に乗せて海がしけてくると黒人を何十人もいっぺんに海に投げ込み
船を軽くして助かろうとすることは史実にもあります。
殖民地保有国では本国人及び軍人が植民地内において属国人を
強姦しても、奴隷にしても、殺してもお咎めしないという法律まで
ありました。


白人に侵略された東南アジアを「大東亜共栄圏」として白人を追い出そうと試みたのが日本です。

今でも日本が中韓を除くアジア諸国に尊敬され信頼があるのは
このためです。

アジア人は精神的に白人と戦ってきました。
唯一戦わなかったのは中国です。中国は白人側に味方しました。
ヨーロッパに脅されると領土を割譲してご機嫌をとるということをしてきました。
今でも中国は他のアジア諸国に圧力をかけてきてます。
同じアジアなのに・・・。

ああ、ごめんなさい、余計なところに話がいってしまったようですが、
言いたいことは、アジアを敵に回すような中国と和平など結べようも
ありません。

従って、回避してたらいまや身も心も精神的にも完全にアメリカの植民地
となっていたでしょう。たとえ植民地になっていなくても
アメリカやヨーロッパに与した中国がいいように日本をいたぶっていたことでしょう。

余談ですが、韓国についてちょっと。(昔々その昔は省略しますが)
韓国は朝鮮戦争まで自治能力がなくどこかの国に頼らなければ存在できない国でした。
清であったりロシアであったりしました。
朝鮮半島に近代的軍事力を持った奴らがそこに入り込むと日本も
危なくなるという安全保障上日本が仕方なく彼らを追っ払い
併合したわけです。殺された伊藤博文は日韓併合に反対でした。(古文書から
明らかです)
あんな厄介なところには手を出さん方がいいとおもっていた様です。

植民地ではなく「併合」ですから日本は大和民族だけで成り立っていたのを
朝鮮民族を加えて二民族で日本を形成したにすぎません。

もちろん、もともとの日本人も聖人君子ではありませんから彼らを卑下することもあり
2等国民などとしたこともあるようです。これは反省すべきところですが
かといって奴隷のような仕打ちなどは決してしてません。

このほど世界遺産への登録でもめた「徴用」という言葉も
決して朝鮮人を奴隷的な強制労働させたわけではありません。
当時は朝鮮民族も「日本人」だったわけで
召集されたのは日本人ですから当然その中に朝鮮民族も含まれていたというだけの話です。
徴用されたのは大和民族が9割で朝鮮民族が1割です。

今の国別で判断するからおかしなことになるのであって
当時の「日本人」の尺度でみればなんらおかしくないのです。

そこで、韓国についての結論ですが、
もし日本が戦争を回避していたらおそらく韓国はロシア、中国
あるいはイギリス、フランスの植民地となっていたことでしょう。

日本がアメリカの圧力に屈していれば朝鮮半島から撤兵することとなり
アメリカの軍事力は温存されヨーロッパと相談して
お前にこれ(朝鮮)やるから日本と満州はウチがもらう、文句言うな!
となっていたと思いますよ。

戦争を美化するわけではありませんが
結果としてアメリカも軍事力をすり減らし、イギリス、フランスも
ドイツとの交戦において軍事力をすり減らしました。
また、4年にもわたる戦争だったため各国ともに
厭戦気分があり、これに乗じて東南アジアが一気に独立して
いったわけです。

あのまま日本が屈していればアメリカもドイツに集中していたので
もっと早く世界大戦の決着がつきイギリスフランスともに軍事力温存で
東南アジアは相変わらずヨーロッパの植民地だったでしょう。

白人が獰猛でなくなってきたのも太平洋戦争(第二次世界大戦)のおかげです。
もちろん「結果として」ですけどね。
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この回答へのお礼

〉あのまま日本が屈していればアメリカもドイツに集中していたので
〉 もっと早く世界大戦の決着がつきイギリスフランスともに軍事力温存で
〉東南アジアは相変わらずヨーロッパの植民地だったでしょう。

日本が戦争回避していれば、別の理由を作り参戦し、アメリカはもっと早くドイツは降伏させていたでしょうね。

お礼日時:2015/07/13 21:09

"国際連盟脱退を回避していたり、ハルノートを受け入れ、東条英機らを暗殺できていたら、日米開戦が回避できた可能性があるのですが、それは無理だったですかね?"


    ↑
ハイ、無理です。
イラク戦争を見て下さい。
ありもしない大量破壊兵器を口実に戦争を始めたのは
米国です。
その後、英国BBCは、911以前から米国はイラク、
アフガン戦争を計画していたことを暴露しました。

米国は何か罠を仕掛けて、戦争に持って行ったと思います。

1898年 2/15 ハバナ湾で、米国戦艦メイン号が謎の爆発沈没しました。
これで米兵266名が死亡し、スペインの仕業だ、
ということになり、あの米西戦争が始まっています。
後になって米国政府は、事故だと発表していますが
陰謀ではないか、という説が強いです。

ベトナム戦争では有名なトンキン湾事件が発生しています。
1964年8月、北ベトナムのトンキン湾で北ベトナム軍の
哨戒艇がアメリカ海軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射した
とされる事件です。
これをきっかけにアメリカは本格的にベトナム戦争に介入しましたが、
その後、ニューヨークタイムズが、米国のやらせであることを暴露し
真実が明らかにされました。

湾岸戦争 1990年 では
アメリカの駐イラク特命全権大使のエイプリル・グラスピーが
イラクのクエート攻撃に対して
「介入するつもりはない」と発言しており
これを信じたフセインがクエートを侵略しましたが、
米国軍等により撃退されています。
米国は約束の存在を否定していますが、当の大使は、それ以後、公式の場には
一切姿を見せなくなりました。

その他にも怪しいのはいくらでもあります。
こういう戦争の仕方が米国の伝統なのです。

以上が、日本が戦争を拒んでも、ダメだったろうと思われる理由です。

当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、1200万の失業者が
街に溢れ、あちこちで暴動が発生していました。
ルーズベルトは、ニューデールなどの政策を打ちましたが効果は
さっぱりです。
それでどうしても戦争をやる必要があったのです。
戦争は最大の公共事業ですから。その証拠に戦後、米国
経済は見事な復活を遂げています。

これは私の偏見ではありません。
米国歴史学の権威チャールズ・A・ビーアド元コロンビア大教授は
公文書を調べて、ルーズベルトが巧妙に日本を戦争に引きづり込んだ
過程を明らかにした本を出版しましたが、これは事実上の発禁処分
にされてしまいました。

31代米国大統領のフーバーが、ルーズベルトを、日本を無理矢理戦争に引きづり込んだ狂気の男、と評した書見を残しています。
彼は、ルーズベルトは真珠湾を知っていた、とも書き残しています。

マッカーサーは戦後、あの戦争は日本の自衛戦争であったと
米国議会で証言しています。

ハルノートのハルは、真珠湾攻撃を耳にして躍り上がって
喜んだ、という側近の証言が残っています。
「これで戦争ができる」

また、パル判事は、あのような要求を突きつけられたら
モナコのような小国でも銃を持って立ち上がっただろう
と述べています。



”結局、こてんぱんに負けてもアメリカの植民地にもならなかったし、穏健派が頑張っていたら、中国とうまく和平を結び、手を引いていたら、今の中韓の発展はもっともっと遅れて、アジアは平和な地域となっていたと思うのですが。”
   ↑
毛沢東は、日本軍が蒋介石軍を追い払ってくれた
と述べています。
日本が戦争をしなかったら、東アジアはもっと平穏で
貧しかったでしょうね。

日本はあの戦争でインドから英国を追い払い、インド
独立に大きな貢献をしています。
インドの独立に刺激を受け、アジア、アフリカなどで
独立運動が盛んになり、英仏などは植民地経営から
手を引きました。

戦争をしなかったら、アジア、アフリカ、中東などの
国は、未だに西洋の植民地だったでしょう。
その方が平和だったかもしれませんね。
アフリカ、中東の紛争をみるにつけ、そう
思います。
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この回答へのお礼

ベトナムやイラク、クウェートと違って、日本は軍事超大国だったので、ちょっと違いますね。論理が成り立ちません。
ただ未だ西洋の植民地だったかどうかは、そうかもしれませんが、民権運動は自発的に起きるので、遅れたかもしれませんが、インターネットが発達した今ごろ、独立していたかもしれません。

植民地だから発達しないということはなく、植民地の方が開発が加速されるケースが多いですよ。

お礼日時:2015/07/13 21:02

日米戦は、地球規模で行われた第二次世界大戦の一部でしかありません。


日本と米国だけの話で考えるとおかしな結論になりますが、
質問者さんはその辺を承知の上で「思考ゲーム」として質問されているのでしょうか?

どんなに日本が穏健になろうとも、いつかどこかで巻き込まれていたと思いますし
その結果、日本は東西陣営に占領されて現在の半島のようになっていたかも。

日本列島に封じ込められていた史実とちがい、ソ連海軍は行動しやすくなる。
結果、まずは米ソ間、あるいはその代理戦争が史実より頻繁に起きていたかもしれませんね。

影響で、どちらの陣営も中国を味方にしようとして「中国重視」の戦略になる。
島国の日本など、飢えて死んでも構わない、という政策になっていたでしょう。
対して、中国の近代化は進んでいたかもしれません。
特に米国と中国が手を結んでいたら、日本が先進国になることははるか先になっていたと思います。
ただ半島は、大昔から「通過地」くらいしか戦略価値のないところなので
史実とあんまり変化はないと思います。
東南アジアの独立は大幅に遅れていたかもしれません。
そこらを植民地にしていた欧州諸国が本国の戦争で疲弊しているはずなので
より強い搾取を行う植民地経営になったはず。
結果、アジア人全体としての人種的価値は低いままで
せいぜい中国人(漢民族)あたりが名誉白人の扱いを受けていたと思います。
日本人を含め、そのほかの民族はゴミ。

アジアの動向もかなり違っていたとは思いますけど、平和にはなってないと思いますよ。
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この回答へのお礼

当時の中国にアメリカは手を貸さなかったでしょう。清王朝で漢民族の腐敗し過ぎた政治能力を見ているので、当時の軍事超大国の日本と、中国のために軍事介入する気はなかったと思いますよ。
それより同盟国の英仏をいかに助けるか、その一心で三国同盟を組んでいた日本を挑発しただけですから。

〉日本は東西陣営に占領されて現在の半島のようになっていたかも。

これは絶対にないですね。日露戦争を見て判るように戦場は中国か朝鮮です。

中国人ですか。

お礼日時:2015/07/13 20:49

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