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発達障害の人たちは、一般論として俗に言う空気が読めない、などの特性がいわれますが、これって乙武氏のような肢体不自由な人がEXILEみたいなダンスを踊りようがないのと同じととらえていいんでしょうか?

A 回答 (6件)

愚か者たちが[自分の嫌いなタイプにレッテル貼っていじめてる]だけですキニスルナ

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私は、特には障害児童の発達の研究職に就く者です。

そして、自身も発達障害者です。
この質問には、そうとも言えるし、そうとも言えないとお答えします。
まず、発達障害はその脳機能の形が独特であるという事です。その機能が発達する過程も独特です。定型発達者と比較した場合に、機能の形と発達の過程が違うのが発達障害者です。
一般論として、俗に「空気が読めない」と言われる発達障害者ですが、では定型発達者は「空気が読める」かと言うと、読めないのですよ。定型発達者は、空気を読みたがる人達であって読める人達ではないのです。定型発達者同士は、読めもしない空気を読みたがっては読み違えて、年柄年中揉めてますからね。
ではなんで、定型発達者は発達障害者を「空気が読めない」と表現するのかと言うと、彼等が空気を読もうとしないからですし、読みたがらないからです。それは彼等の機能を発達させるのに必要なかった事だからです。
何故必要ないかというと、彼等がその機能の在り方として、社会構成の中で少数派だからです。ですから、その人が持つ機能に共感を示してくれる人が少なく育つのですよ。「なんで?」「どうして?」と言われながら、毎日自分を説明する事を要求されて育つのです。つまり、彼等の周囲には説明を求める人達だらけになるのです。彼等にとっての「自分」というものの、その「空気」を、そこはかとなく理解してくれる人などいないのです。そして、説明しても説明しても、理解は得られ難いのです。彼等にとって、その周囲は空気など読む気もない人達だらけなのですよ。だから、その機能を発達させない。彼等の対人関係にとって必要な機能は、充分な逐一の説明と、充分な逐一の説明の要求です。
多数派の定型発達者は、自分と似た機能の人達の中で育ちますので、自分に共感を示してくれる人達へ自らも共感しながら発達します。その発達の要は「共感」です。「共感」さえあれば、自分は多数派である証しなのですから、なので説明など求めない。その場、その瞬間の、個別の説明を要求すれば、相手を自分とは違う者と見做した事になるし、自分が相手とは違う者であると白状した事にもなる。だから、理解してもいないのに、理解した振りをするし、相手に合わせたがるし、合わせて欲しがるし、その作用の空気が読めると思い込みたがるのです。そして、ひとたび他者と自分との「違い」が明らかになれば、あからさまに攻撃をしたりもする。
発達障害者は「共感」を得る事は出来ない、或いはその度合いが非常に少ない。なので「共感」を差し出す事も出来ない、或いは度合いが非常に少ない。これは少数派の宿命です。
ですが、共感性など必要とせずとも、非常に高い分析解析力を駆使しては、俊敏な洞察力を発揮し、環境ならびに周囲の人達を把握し対応する発達障害者も、当たり前にいますので、冒頭のように回答致しました。
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見かけできているようにできることと物理的に出来ないことは違う。

乙武さんの踊りは物理的不可能。空気がよめないのは、読めないことは変わらなくとも、パブロフ的に「これをすれば何故かわからないけど皆が怒る」ことを学習すれば、軋轢は減る。発達障害の社会適応は、そうやってする。
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全然違うと思います。


>乙武氏のような肢体不自由な人がEXILEみたいなダンスを踊りようがない
のは全くその通りだと思います。
でも発達障害(最近の言い方だとASD)の人の多くは、きちんと自分の行動パターンや他人の感情を理解し、うまくいくような行動ができるように練習すれば、問題なく社会に溶け込めるはずです。(全員じゃ無いですけど)

あきらめたいのかサボりたいのかわかりませんが、音武氏のダンスを理由に努力を怠るのだとしたら卑怯な行為です。
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http://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_develo …
発達障害は、できないというよりは、できるまでに時間がかかるというイメージを持っています。
もちろん、どんなに訓練してもできないこともありますが。少しずつできることは増やせると思いますよ。
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はい、実に言い得て妙です。

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