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田沼意次が商人に税金を課せようとしていた・・・というのをどこかで読んだのですが・・・

戦国時代は戦国大名が市に税を課したとかあるのに、ナゼ江戸時代は商人から税を取ってなかったのか不思議です。ちょっとはとってたかもしれませんが、ナゼ借金が膨らんでしまう前に、税金制度を買えなかったのでしょうか?

詳しい方、よろしくお願いします。

質問者からの補足コメント

  • No1、No2さんの答えを読んで
    借金が事実上の税金になっていてお互いに容認できてたんじゃないかという気がしてきました。

    もし、商人が借金を減らすべく、リストラしろとか、百姓をもっといじめろとか言ったとする。すると怒ったリストラ侍や百姓が店に火をつけるのは目に見えている。
    幕府や藩からすれば貸してくれてれば、とりあえず問題ない。・・・で、お互いこの件はペンディングってことで。

    だから、もし江戸時代がそのまま続いていたら、どこかの時点で「・・・ところで桔梗屋、借金だがな・・・あれは税金だったことにする。これからも払って候」って話し合いがついてたような気がしてきました。

      補足日時:2016/05/09 15:32

A 回答 (2件)

徳川の天下による平和を考えた家康が商人を邪魔者扱いしたからです。



戦国時代の商人というのは、それなりに権勢を誇りました。商人は外国と貿易を担い、情報も持っていたし武器もそろえられるし、お金も持っていたのです。戦国時代は乱世ですから商人も十分に儲けられますが、平和になるとモノの動きが止まって経済が不活性になります。

実際にやるかどうかは別として、外国から傭兵を連れてきて騒ぎを起こして稼ぐとか、宣教師を焚きつけてイギリスやオランダの軍艦を呼んできて日本占領を画策して稼ぐとか、そういうことも不可能でなかったのです。

ですから、家康は日本の平和構築のために貿易も禁止して鎖国をすると共に商人の動きも抑えるようにして、農本主義がちゃんと機能するようにしたかったのです。

ですから、江戸時代が始まると商人は冷遇されるようになります。

税金というのは、ある意味「あなたの仕事を認め、保護する」ということを意味します。保護してスムーズに稼げるように下ごしらえするから税金を取るよ、ということでもあります。

実際には商人街の形成に商人たちから資金を供出させたりしていますが、税として保護と権益を与えることはしなかったのです。

しかし、日本は室町時代後半には貨幣経済に入っていましたので、農本主義に戻ろうとしてもすでに遅く、商人も必要なところから手を付けてだんだん拡大していき、それが一定のレベルに達したのが元禄文化であるといえます。

こうなると農本主義で統治を貫こうとする幕府は、なかなか商業主義に移ることができず、8代将軍吉宗は徹底的な倹約でこれを乗り切ろうとしたわけです。これのおかげでいったん経済は冷えたのですが、貨幣が流通している以上商人は必要ですので、経済は活発化し田沼意次の時代前後には経済が過熱するに至って、ようやく幕府も商人に課税しようとするのですが、すでに遅かったわけです。

ちなみに、商人に税金を課すとそれは「幕府が商人を認めた」ということになります。農業で食っていけないから商人になっても「税金が納められるならいいだろう」ということになっていくわけです。そうなると土地に農民を縛って、そこの年貢で成り立っている藩が立ち行かなくなります。だから幕府は抑える方向でやっていたのですが、赤穂藩などはもっと現実的に特産品を作って売ったりしていたので、いずれ破たんすることは分かっていた、ともいえます。
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この回答へのお礼

江戸幕府って凄く優秀だと思っていたのですが250年も、この件に関して悩み続けていたとは・・・そういえば、二宮金次郎が成果主義的な方法で農業改革を成功させたけど、幕府によって左遷させられたという話を思い出しました。封建社会が崩れて実力社会になりそうだからと・・・商人から税金を取るとはそのようなジレンマにハマるということのようですね。・・・違うかな・・・??
丁寧に教えていただいてベリーサンクスです。

お礼日時:2016/05/09 09:01

江戸時代は農業中心の経済だったので、


税金は基本、農民からだけだったのです。

商人から、基本税はとりませんでしたが、
実際は冥加金とか色々な名目で取っていました。



ナゼ借金が膨らんでしまう前に、税金制度を
買えなかったのでしょうか?
  ↑
商人の力が強かったからです。

田沼意次は先見の明があり、農業基本の経済では
成長しない、だから商人に対する課税を中心に
しようとしましたが、結局商人の力が強く
失脚するに到りました。

今まで続いた税ならともかく、新税を造ろうと
すると、大変な抵抗に遭うのです。

米国の独立は、英国の課税が原因なのは
御存じでしょう。
ボストン茶会事件です。

これで米国が英国と戦争になり、その米国を
援助したフランスは、援助しすぎて財政が困難に
なり、課税しようとしてフランス革命が勃発しました。

このように税金の問題は体制を揺るがすほどの
大問題になる場合があるのです。
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この回答へのお礼

勉強になりました。サンクスです。
・・・大岡越前の時に商人に対する税制も少し改革しておけば良かったですねぇ。

お礼日時:2016/05/07 18:34

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