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最近あるマイノリティーたちのサイトにいて、ふと考えたことがあります。
「被差別者は差別者にはならない」という命題に妥当性はないのではないか?ということです。
たとえば、黒人は黒人を差別しないだろうけれど、他の差別対象を持っているかもしれない。
ところで、「嫌うこと」と「差別」とはどう違うのでしょうか。
黒人(本来アフリカン・アメリカンと書くべきでしょうが)は黒い肌をしたものを肌の色故に差別はしない。それは自己否定になるから。
けれども、黒人Aが、黒人Bや黒人Cを嫌うことは当たり前のようにありうる。
しかしそれはBやCへの「差別」ではない。
好き嫌いの感情は人間である以上誰しもが持つ感情です。
では、「わたしは沖縄人が嫌いだ」「わたしは韓国人が嫌いだ」という場合はどう解釈すべきでしょう?
黒人Aは、黒人BやCは大嫌いでも、一方で、黒人DやE、Fとは大の仲良しかもしれない。
ところが差別者は「沖縄人一般」「韓国人一般」を「無差別」に嫌い、呪う。そこには最早、先の黒人Aのような「区別」は存在しない。
・・・「嫌うこと」と「差別」の違いをどのように考えられますか?
A 回答 (17件中11~17件)
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No.7
- 回答日時:
「嫌うこと」とはどういうことかと改めて考えてみました。
人を嫌う、民族を嫌う、思想を嫌う、等々…
人間にはどんな人でも「思想」というものがあります。それに従って「価値観」が
生まれ、その価値観と対比したときに許せない範囲(個人差はあるでしょう)のもの
に対し嫌悪感を持つのだと思います。
根は「思想」でしょう。そして、その思想を持つ人を嫌い、民族を嫌い、文化を嫌
う…
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」で、その嫌悪感はどんどん広がってゆくという点も
気を付けるべきでしょう。
しかし、自分の思想と対比して許せないものを嫌うということについては、人間が
本然的に持っているもので、また、必要なものであると思います。
「ある思想があり、その反対意見が存在する」状態こそ進歩の条件の一つであると
思うからです。
従って、この嫌悪の感情はコントロールされなければならないと考えます。
「罪を憎んで人を憎まず」ー 古い言葉です。
思想、考え方を憎んで、言論によって解決してゆこうとすることは「区別」の違い
を克服しようとする平和的解決方法だと思います。
ところが、人とか民族を憎んでしまうと、その相手の基本的人権を犯す行為に発展
してしまう、ということが大問題であるということです。
現代はこの辺り、とても錯綜としていますね。
そうですね。人間はどうしても異質の存在を排除してしまいます。
考えを持たない人間同士であれば付和雷同するかもしれませんが、何かしら意見、主義・信条を持っている人同士ではぶつかってしまいます。
ただ難しいのは、思想や信念というものは、その人の血肉化してしまって、その「思想」と「思想の持ち主」を切り離すことは困難に思えます。
「言葉による正当な対立」というのは、言葉がその発話者から独立している場合にのみ有効で、
大抵の場合、言葉はその人そのものと不可分で、坊主と袈裟のように分離できるのか、疑問です。
>現代はこの辺り、とても錯綜としていますね。
そう思います。
ご回答をありがとうございます。
No.6
- 回答日時:
「差別」自体は、「区別」できる事が原因なので、自己と他者は基本的に区別され、差別されています。
したがって、「差別」は、基本的に「他」に対して行われますが、「他」であっても、一定の区別が出来れば、「差別」が生まれる事になります。
これは、「家族」、「国家」などの「集団」に対して行使されます。
したがって、ここでは、差別実行者の所属する「集団」は、「差別」の行為者となる事とは無関係だと言う事です。
質問文では、差別実行者=被差別者、被差別者=差別実行者となりうるのではと言う事ですが、当然ながら、これを排除する理由はありません。
場合によっては、相互に差別実行者、被差別者となりうる事もあります。(これが、国家間であれば、国交が無いという状態を招いたり、敵国と言う表現になります)
したがって、一般的には、「差別」自体は、何らかの形で必ず存在します。(これが無いと、自・他の区別が無くなります)
では、何故、「差別」が良くないとされるかと言えば、基本的に平等に扱われるべきと考えられる場合に、「差別」は良くないと判断されると言う事でしょう。
ケースとしては、以下が考えられるでしょう。
1.同一集団内
2.同一集団では無いが、同一の対象の管理下にある集団
また、「差別」は、「区別」により、行為として実行されます。(思考の範囲は、行為を伴わない場合は、わかりませんから、問題自体が存在しません)
法的に許容される「差別」の例(「差別」は、一般的に非差別者に不利な状況と解釈されますが、被差別者に利益のある差別もあり得ます)
1.未成年者の権利と罪刑(権利の一部は制限されるが、それに伴い罪刑も軽減される)
2.公共の福祉の範囲内の性別による権利の制限(女性の労働条件の制限、性別による利用範囲の制限(公衆浴場、トイレ、利用車両、寄宿舎、更衣室、学校など)
3.収入による、福祉の範囲(補助金、生活保護など)
4.身体・心身機能による権利(就労条件、優先席、駐車位置の制限など)
5.国籍による権利(選挙権、その他自国民のみに行使する事項)
上記は、国家もしくは、企業、学校、その他、一定の人員を管理する機関が行う「差別」です。
個人が行う「差別」に関しては、基本的には、他に対する区別として、その行為が犯罪行為で無い限りは、制限される事はありませんが、倫理・道徳的観念を問われると言う事です。
同時に、この「差別」は、相手に対して不利益を与える事のみと、社会的には判断されます。(通常は、優遇は「差別」とは呼ばれません)
また、特定の個人に対する好き・嫌いは、「差別」とは見なされません。(これは、相手をきちんと認識しているから許容されると言う事なのかもしれません)
一般的には、何らかの「集団」に属している事のみで、「差別」する場合のみ、倫理・道徳的な立場が問われると言う事でしょう。
一般的には、「国籍」、「人種」、「性別」、「年齢」、「宗教」、「身体機能」、「精神機能」、「性志向」などでしょう。
本来は、ここに「好き」、「嫌い」と言うのは、必要条件とはなりません。
「差別」は、根本的には、排除したいと言う欲求なので、「嫌い」があり得るとは言えますが、「差別しない」は、「好き」を伴いません。
大日本帝国は、同盟国ドイツ国のユダヤ人排斥の要求をはねのけましたが、この現象を分析した学者は、日本はユダヤ人に好感を持って「差別」しなかったのでは無く、あくまで「外国人」として、処遇しただけであるとしています。
整理すると、社会的な「差別」は以下のように考えられます。
1.「差別」は、「区別」可能な「集団」へ行使され、個人のみを対象とはしない。
2.対象の好き・嫌いは「差別」とは見なされない、もしくは、それが「差別」の理由とは見なされない。
3.「差別」は、社会的には、被差別者への蔑視的発言(ヘイトスピーチなど)、待遇の不利益が対象である。
4.公共の福祉の為の権利制限は、「差別」とは見なされない。(ただし、これが倫理・道徳的にどう判断されるかは、別の問題です)
基本的にはNo.4の回答者さんと同じように対象が個人であるか集団であるかの違いである。でよろしいでしょうか?
以下、反論ではなく質問です。
>これは、「家族」、「国家」などの「集団」に対して行使されます。
たとえば「中国が嫌いだ」と「中国人が嫌いだ」との違いは何でしょう?
中華人民共和国という人格はなく、そういう実態もなく、あるのは中国国籍を持つ個々の中国人(個人個人ですね)
「おれは日本は嫌いだが日本人は大好きだ」という言説は成立するでしょうか?
つまり国家なり家族なり組織なりは、すべて実質はなく、その個々の構成員に分解できます。
その場合、「おれはAさん家の家族は大嫌いだ」とは何を意味しているのでしょう?
「電通」からすべての個々の社員を引けば「電通」という会社は存在しません。
>「差別」は、「区別」可能な「集団」へ行使され、個人のみを対象とはしない。
沖縄で基地反対の座り込みをしていた反対派に対して「この土人が!」と罵倒した。
差別の対象は常に実質=身体性をともなった個々人ではないのかという疑問があります。
無論「その特定の誰某だから」「土人」と言ったのではなく、いわばその個人が沖縄県民の象徴であったわけですが、ということは言い換えれば差別対照は実態ではなく「象徴」「抽象概念」ということになるのでしょうか?
このあたりは多分論理学(?)の領域でしょうから、わかりやすく説明していただけると助かります。
お礼というよりも質問になってしまいました。ご回答どうもありがとうございます。
No.5
- 回答日時:
回答1です
属性を嫌うことは差別ではないです。
属性を卑下する対象として区別して初めて差別
喫煙者を嫌い→感情
喫煙者を差別→卑下して区別(別に嫌いじゃなくてもいい、妬みや、さげすむこと等、差別する理由はいろいろ)
嫌いでは無い例
ヘイトスピーチのニュースを聞くと、そこには明らかに「ヘイト」=憎悪の感情がありますね。
そこにはあらゆる悪罵が飛び交いますが、あの憎悪感情の噴出は「差別」ではありませんか?あるいは差別でしょうか?
つまり憎悪感情には蔑視や敵意、疎外、排斥の感情=「卑下」の感情が混じっていると思われるのです。
>属性を嫌うことは差別ではないです。
嫌うことーそれを拡大して激しく憎むこと。これはわたしは差別のように感じます。
何故なら相手の心、相手の感情を土足で踏みにじることと同様だからです。
再度のご回答をありがとうございます。
No.4
- 回答日時:
「被差別者は差別者にはならない」という命題に
妥当性はないのではないか?ということです。
↑
米国の軍隊などでは、黒人の上官は、
ヒドイ差別をすると聞いたことがあります。
差別されてきた人間は、差別出来る立場になると
ヒドイ差別をするようになる。
そういう傾向がある。
「嫌うこと」と「差別」とはどう違うのでしょうか。
↑
嫌いだからって、必ず差別する訳ではありませんし、
差別の原因は、嫌いだから、というだけに限定
されません。
「嫌うこと」と「差別」の違いをどのように考えられますか?
↑
属する集団が嫌いなのか、その人が嫌いなのか
の違いでしょ。
黒人Aが嫌い、というのはそのAだけが嫌いという
意味になります。
これに対して、韓国が嫌い、というのは韓国という
人間集団である国家が嫌い、ということになります。
だから、個々の韓国人が嫌いだ、というのとは
次元が異なります。
ワタシなどは中国は嫌いですが、中国人の友人は
沢山おります。
親戚付き合いしている中国人もおります。
黒人Aが嫌い、というのではなく、黒人が嫌い、
というなら、韓国が嫌い、と同じ次元の問題になる
でしょう。
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No.2
- 回答日時:
あくまでも個人的な感覚ですが……
「嫌い」は個人の感情で、嫌いだと感じている人の内側の問題。外に出さなければ何の問題もない。
「差別」は、その条件を理由に(黒人なら黒人、女性なら女性、という理由で)一律何かを拒否する・権利を与えないなど相手に不利益を与えることで問題がある。
という感じだと思います。
なので質問者さんとは少し違っているかもしれません。
「私は韓国人が嫌いだ」も、公に口に出しさえしなければ良く(差別「的」な考えではありますが)、その人が韓国人を目の前にしたとき、あるいはそれにかかわる何かと接するときに韓国人だからという理由で不快にさせるような言動をしたり不利益を与えるような扱いをしなければ「差別」には当たらないと思います。
「被差別者は差別者にはならない」という言葉は初めて聞きましたが、そんなことは絶対にないと思います。
誰もが、社会の作った空気によって無意識の差別をしています。
災害大国なのに女性にだけ逃げにくいスカート・ヒール・燃えやすく助からない素材であるストッキングの着用を義務付けている会社がどれだけ多く、それに疑問を抱かない女性が大半ですよね。
差別される苦しみを知っているから差別なんかしない!という理論かもしれませんが、同性愛者だって「異性愛者はみんな自分たちを嘲笑し迫害する」と思って異性愛者を差別している人もいるでしょうし。
なるほど。根底にある「嫌悪感」「嫌いという感情」は共通しているけれども、それを以て相手を傷つけるか否かが分かれ目であるというご意見でしょうか。
53214884521さんの回答は、(差別・被害・不快感を)受ける側からの視点ということになりますね。
また仰るように、個人的な好き嫌いではないけれど、社会なり組織などが、ある集団に不利益(というのでしょうか?)を強いることも好悪を離れた差別ですね。
ただ一点だけ、53214884521さんと違うところがあります。
個人的に、マイノリティーからマジョリティーへの憎悪・抵抗は「差別」とは考えていないからです。
マイノリティーがいわゆる「社会的弱者」でありマジョリティーが「強者」である場合には、ですが。
ご回答をありがとうございます。
No.1
- 回答日時:
差別は属性に対して卑下する対象として区別する
嫌うことは、あらゆる対象に対して抱く、まさに嫌いという感情
ある属性を嫌った結果、卑下し、区別すると差別
>差別は属性に対して卑下する対象として区別する
たとえば「ユダヤ人である」「イスラム教徒」である「障害者である」という属性ですね。それを嫌悪すること。
>嫌うことは、あらゆる対象に対して抱く、まさに嫌いという感情
たとえばA氏がBさんを嫌う時、その理由として、「太っているから」とか「喫煙者=ヘビースモーカーだから」と言った「属性」を嫌っているのではないでしょうか?
ある対象を嫌うということは、正にその属性を嫌うことではないでしょうか?
ご回答をありがとうございます。
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