プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

散々嫌な事を言われていて我慢の限界がきて私が周りに言われた事を聞いて貰ったりしていると私の事を「言い過ぎ」とか「うわっ怖くなってる」「(私の言い分全く聞かず)発狂してる」とか言って誰も真剣に聞いてくれません。
なのにみんなが言う低レベルな悩みは聞かされます。(自分が仕事遅いだけなのに文句を言う)
私には何でも言って良いけど私は言っちゃ駄目っておかしいですよね?
低能社員のせいで仕事交換させられたり仕事押し付けられても我慢してやってきたのに馬鹿上司に上の事を言われました。
もう我慢するしかないのですか?
もう部署異動させてもらってその職場は離れましたけどね(笑)
その上司は私が派遣法の奴で辞めると分かったときに「何で辞めるんだ‼」と怒ってたみたいです(笑)
私はもう真剣になるのも馬鹿らしいので「へぇ〜」くらいな感じで聞くようにしています。

質問者からの補足コメント

  • 時々珍しく聞いてくれる人がいます。
    辞める時に馬鹿上司より上司の人に「今まで頑張ってくれてたから私の事を俺が部署異動させられないのかって言ったんだよ」と言ってくれたので嬉しくて泣いてしまいました。←言ってくれたのは多分嘘だと思うけど(笑)
    私も部署異動を希望してました。

      補足日時:2018/10/06 09:18

A 回答 (1件)

大変でしたね。

今は疲れていて、本来の自分じゃないんですよ。

自分や他人を嫌いに成らず、自分の体を大事にしてください。

必ず回復します。

長いですけど、お付き合いください。


私も同じ時期がありました。

今思い出すと、自分が自分では無かったと思えます。

「何が悪かったんだろうか?」

と思い出しては良く考えます。

体に無理をさせたことだと反省しています。

体を顧みないで無理をすると、

「良いことをしようと頑張ったのに、誰も気付いてくれない。

 何もしなかった人が得をするのは納得がいかない。」

という思いが生じて、消せなく成るようです。

これは体からのメッセージのようです。

「脳であるお前たちを信じて尽くせば、酬いがあると思って辛いのに頑張ってきたんだ。

 それなのに、それを当たり前と思って何も感謝しない。

 しかも俺たちを頑張らせた理由が、『職場で認められたい? 見返したい?』

 俺らは命の危険があるのかと思って頑張ってたんだ。

 ところがお前はそう言うモノを理由にして、俺たちを騙してきたんだ。

 この馬鹿「脳」め。

 それを上手くやって、体に負担を掛けないようにするのが、本来の脳の役目だろ?

 身内だから仕方ないとは思ってきた。

 だけど、その理由が命と関係ないお前の見栄だったなんて。やりきれないよ。

 もう真剣にやるのが馬鹿馬鹿しい。」

こう言う意味なんでしょうね。

冷静になって思い返すと、職場のそれぞれの人は良い人で、私の主張に該当する”ダメな人”

は全く居ないんです。

「あれ? 事実じゃないのにどうして、こんな想いが沸くんだ。

 これを事実として本当に会社の人を恨んだら、確かにおかしいね。」

とある時気がついたんです。

私の思いや思考は、私のものではなく、体から私(脳)にあてた苦情だったようです。

体をいたわり大事にしたら、すっと消えて、優しい自分に戻れました。

驚きましたよ。

それ以来、対人関係に悩む人には、体を労わるように勧めています。

また、そのとき自分が一番欲しかった言葉、

自分を取り戻すために必要だった言葉も大事にしています。

「良くやってる。良く頑張ってる。普通は出来ない。ありがとう」

だけです。

これだけあれば救われたと今でも思っています。

実際は誰も口に出して言ってくれません。

ですので、私は自分の体に向けて(心の中で言葉にして)伝えています。

また、これが習慣となって他の人にも気軽に伝えられるようになりました。

当時は体のあちこちが痙攣して治まらず、困っていたんですが、

心の中で感謝を伝えたら、すっと止まりました。

これは驚きましたね。



上司の上司の人が言ったのは嘘じゃありませんよ。

一定の比率で、そうしたことに気がついて、

「他人はどうであれ、いずれ俺もしんじゃうんだから、

 せめて子供の頃に憧れた大人像に近づきたい。

 皆が子供だから、俺もそうでいいなんて、こればっかりは嘘だよな。

 俺の人生なんだから。」

と覚悟を決める人がいるんです。

そうした人は、頑張っている人を労わず、欠点ばかり探す自分は嫌だと気がついています。

「そうしないと、

 『この方は頑張っている人をたまに労い、それ以上に欠点を探しては腐して、

  そのまま人生を終えました。』

 となって、頑張って生きてきても台無し感が凄いよな。

 無料の範疇なんだから、それくらいの努力は出来たはず。

 老人になってから気がついたら、今度こそゲームオーバーだろう?」

そんな方がいたら、他より少しだけマシでしょう?

他が酷すぎれば、その人に協力するしかない。

そのためそう言う人には力(協力)が集まります。

偉い人ほど立派であると私は確信しています。



一般にいう自己犠牲というのは、上手く行きませんよ。

本当に自らの死を持って、他を救うときに使う概念であり、

生きている時はやってはいけません。

これを美徳として、日々の営みで使うと、自分の中の何かに死を強制されます。

ここに気が付ければ、大丈夫です。

「俺は人の心とか大事にしない。自分の心も大事にしない。

 俺は自分の体を大事にして、他人の体を大事にする。

 体を大事にしない人に怒りを向けて、心を大事にする人を軽蔑する。」 

私たちは、体の意思を捻じ曲げることができます。

例えばこんな感じです。

「今は国家存亡の危機。多くの犠牲を払ってでも、頑張って欲しい。

 具体的には、私は他国に良い人だと思われたい。見栄を張りたい。

 そこで国民には、昼夜を問わず働いていただき、戦争に出てもらいたい。

 多数の死者を出してもやり抜けば、僕は他国から同情されるし、

 立派な良い人だと思われるはずなんだ。

 そういう約束を僕はしてきたし、これからもしていきたい。

 優しい人だと他国の方々から賞賛を得られそうなんだ。

 君たちが辛いのは分かっている、私も辛い。心が痛い、苦しい。

 しかし、自己犠牲マンセ~」

こんな国家元首がいたら困りますよね?

トンでもない偽善です。

同じように私たちの心(脳)はどうなんでしょうか?

体が犠牲になっているのであって、命令している意識は何もやってませんよね。

更迭されても仕方ないでしょう。

「ああ、なるほどうつ病っていうのは、そういう病気か・・・」

と納得しています。


国民が疲弊をしているときに、

他国が許せないと言って戦争を仕掛ける元首がいたら怖いですよね。

「君らが貧乏なのは、あの国が悪いんだ。やっつけよう。」

生産活動じゃないんですから、貧困は解決しません。

他人を攻撃しても、自分の体が治ったり、富を得ることは無いんです。

と言う事は、

「どんなに不条理だと感じても、今出来ることは休むこと、体を立て直すことだ。

 それ以外は悪化するだけなんだ。」

となります。

この結論が悔しくて受け入れ辛い。

如何にして、これを受け入れるかが人生における戦いだと思っています。

中年を過ぎる頃になると、

「どうしても受けいれたくない」と意地を張る人と、

「そういうものだと思って慣れた」という人に別れます。

後者の人が、先ほど述べた「子供の頃に憧れた大人像」なんです。

これを獲得すると、あらゆる能力が開花します。

結果として、この能力開花による恩恵で救われます。

「今まで得意と不得意があると信じていた。

 若い頃は頭が悪いとか、才能が無いとか悩んでいたけど、

 よくよく思い出すと、他人の教えられるのにムカついて、反発してただけみたいだ。

 教科書や専門書が難しいのではなく、『難しく教えよう』という姿勢に反発していただけだ。

 だけど、本当は本を書いて教える立場の人がいて、羨ましくて悔しかった。

 そんな中で、自尊心を傷つけながら、やっと教えてもらった。

 そのせいで、見返りを大きく求めようという、浅ましい心もあった。

 だから一回で成功したかった。失敗して、また教えてもらうのが嫌だった。

 だから一度失敗すると、教えた側を攻撃する誘惑にかてなかった。

 繰り返しトライしてこなかった。

 その甘えを、才能とか環境の性にする、ダメな大人の理屈に飛びついた。

 そうしないと、自分に良いところがまったく無くて、恐かった。

 今は、瞬断無く繰り返せる。2秒も掛からないだろう。

 ところが子供の頃は、気を取り直して始めるまで数日から数年かかった。

 効率にして7万倍ほど違う。なんて効率の悪さだろう。

 これを才能のせいにしたり、得意不得意のせいにするのは、本当に卑怯だ。

 言い換えれば、

 怒りを捨てる、意地を捨てると言う事は、

 それができない人には必ず勝てると言う事だ。

 憎いやつを作って懲らしめる夢を見るのも快感だけど、

 もう一つの可能性として、色んなことが出来てしまう自分に成る道があるんだな。

 俺はこっちの方が良いな。怒りや意地の対価は、こういう人生を捨てると言う事だね。」

となるんですね。

もう老人に近い年なのに、恨み言を見つけては人を攻撃している人がいます。

確かに、どこかで辞め様としなければ、それは一生続きますよね。

明日の自分は今日の自分と同じなんですから。




他の人を懲らしめる必要も無く、出来たとしても利がありません。

その程度で満足してはいけませんよね。

いまは辛いと思いますが、

必ず、思いもしなかったような素晴らしい自分に変われますよ。


鍵は、心より体を大事にすること。

怒り、落ち込み中断するのではなく、体のためと意識して休むこと。

本当は体が休憩したがっており、

脳が意地を張るので、そういう操作をされているだけです。

積極的に休もうとすると、怒りを生じさせる必要が無く、収まります。


自分を磨くために勉強は必要ですが、

それ(法則や手順)を作った人を友達だと思ってから、取り組んでみましょう。

必ず追い越せると信じ、その友人が本気で喜んでくれると信じて、

教えていただくことです。

そうじゃなければ、筆者だって、本なんて大変なもの書きませんよ。

気遣いで疲れるならば、礼儀を重んてしのぎましょう。


怒りを他人に向けず、自分の可能性をしって、顔を上に向けてください。

甘いモノを食べましょう。お風呂やマッサージを活用しましょう。

空を見上げたのは何時ですか?

たまには良いですよ。


以上、ご参考になれば。
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