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大航海時代に関連する本を読んでいて、そういえば子供のころ地球が丸いことを知らされたとき、自分の反対側(日本の裏側)にいる人間はよく落ちないものだと疑問に思ったことを思い出しました。落ちるとは、宇宙空間に向かってのことです(笑)。
そして、地球のどこに住む人間も、ちゃんと立っているのが不思議でしたが、生来の馬鹿ですから、深く、また執拗に考えることもなく、不思議のままやり過ごしてしまいました。
皆さんの子供のころも似たような不思議に捉われたかと思いますが、地球の何処にいてもちゃんと立っていられる理由として引力めいたことをご自分で考えたり、あるいはそういう考えに至った仲間がいたことはありませんか?
ニュートンの万有引力の発見には当然及びませんが、地球の中心に向かって何らかの力が働いていると思い至った子供がいたら、素晴らしいことだと感歎せざを得ません。

質問者からの補足コメント

  • どう思う?

    ある回答者さんは、”仮に子供が「地球が引っ張っている」と言う考えを思い付いたとしても”と仰ってますが、このような、あまりに常識外のことを、普通の子供が思いつくでしょうか。
    こういった天才性を持った子供はやがて長じて、引き合うのが地球とその上にの物体だけではおかしいのでは?と気付き、思考を飛躍させて万有引力の発見に至るのだと思います。これこそ天才のみがなせる業でしょう。
    それにしても、ニュートンがいなければ、現在の物理学や工学の発展は経験則にのみ頼ることになり、現在よりも、かなりの遅延を来たしたものと考えられます。
    彼の存在がなければ、万有引力は、何処の誰が何年~何十年、何百年後に発見したでしょうね。

      補足日時:2020/11/23 20:50

A 回答 (16件中1~10件)

万有引力を考えたり学ぶ前に、家の地球儀があって、地球が丸いのがデフォだと思っていましたので(回せばわかる)裏の人でも同じだとは思っていました。


地図だけで考えると平面になりますよね・・・

まあ、引力ってのは解明できない力であって、宇宙の謎ですからね。
この世から引力がなくなるとどうなるんでしょうね? そんな引力の方が不思議でした。

それよりも、海の何処かに谷が無いのか、怖かったです。
バミューダトライアングルとかね・・・
海の地底が裂けたら、海が消えるのか? マグマが冷やされて地球がどうにかなるのか?とかね。

それと、地球が高速自転しているのに、何故飛ばされないのか?
せめて、空の雲とか風とか、何故に自転方向に流されないのか、不思議でした。
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この回答へのお礼

引力(重力)は理論物理学上の大難問のようで、私のような出来の悪い頭ではチンプンカンプンなのですが、これがあるために、この世は成り立ち、上手く機能しているようです。
>地球が高速自転しているのに、何故飛ばされないのか?
せめて、空の雲とか風とか、何故に自転方向に流されないのか、不思議でした。

これは私も同じ疑問を持っていました。地球の自転を知ったとき、空中に浮いていると労せず外国に行けるはずなのに行けないのが不思議で、それどころかその場で飛び上がっても同じ位置に着地するのは、地球は本当に自転しているのか?と疑いを持ったくらいです(笑)。

お礼日時:2020/11/19 15:17

> 何事にも異端的考えや行動を取る人間はいます。

それを捉えて、どうのこうのいったところで始まりません。

"異端的考えや行動"をどのようにお考えなのかが分かりませんが、「地球科学<自然科学」のカテゴリーを気にしないのであれば、私には、"合理性・普遍性・利害に距離を置いて"というスタンスからは、だいぶ異なる発想・思考・志向・発言・行動が、最近10年、20年間で加速度的に増加し、成人人口の半数に近い状態になってきているように見えます。 『何事にも異端的考えや行動を取る人間はいます。それを捉えて、どうのこうのいったところで』という軽微な状況ではないように思います。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E5%8C%96 …
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B8%E7%A6%8F …
https://mainichi.jp/articles/20200901/k00/00m/01 …
「社会は、凄く変わってきている」と、半年前までは、私は思っていました。
しかし、今は、「ホモサピエンスの社会では、個々人に理性と寛容と道徳性を求めるのは、もともとムリなのでは……」と思い始めているところです。

> ナチスに心酔しますか? 軍国少年になりますか? マルクス主義に染まりますか?

いま トランプ支持、管支持、プーチン支持、金正恩支持、ドゥテルテ支持、https://www.yomiuri.co.jp/world/20201008-OYT1T50 … https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC%E6%BB%85 …
ツイッター YouTube …… それが、世界的広がりを持っています。

官僚が、学者が、多くの人が、忖度し身を寄せる方向に進んでいます。
学校教育などの関係者にしても同様です。

> 考える習慣が身に付けば、余程の、あるいは生来の狭視野で直情型の人間でないかぎり、バランス感覚の取れた判断力が備わってくるはずです。

そう考えたいのかもしれませんが、現実を表現したものとは言い難いです。

多くの分野で"権威"とみなされる人がいることが多いです。"権威がいる=ろくに検討思考出来ない多数がいる"という認識があるからです。 《持っている情報・知識・諸関係を考慮する力量が人によって異なっているし、大きな格差があり、レベルの低い人がそれぞれ自力で考えても始まらない》という認識がベースにあるから、"権威"という概念や"斯界の権威者"というような扱いをする、リーダに奉るということをしているのです。 医学でも、数学でも、化学でも、地球科学でも、土木環境工学でも、機械工学でも、情報処理やシステムの検討・企画・構築でも、福利厚生システムでも、事業計画・経営でも、人事労務でも、介護などのことでも、料理や酒に関しても、スポーツや音楽でも、同様です。
毎日のように、特殊詐欺とか、感染や対策とかのニュースが流れていますが、「考える習慣が身に付けば、…… バランス感覚の取れた判断力が備わってくるはずです」などと簡単に言える状態ではないことだけは、ほぼ明らかです。

(知性、理屈、確率、公平さの追求)よりも、(不安、恐れ、怯えの回避)を優先する傾向が強くなる仕組みや環境があれば、(そのような社会状態では)「(あなたの考え)(私の気持ち)そして、私の考え」は、非理性、敵視、排除、攻撃、お先棒担ぎの昂揚感や自己効力感に酔うという方向に進んでしまうと思います。
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原発の質問に関しては、No.13に回答した通りですが、次の補足・蛇足をします。


[知]には、広がりが必要であって、ある意味、刻々の知の状態は[暫定知・仮埜の知]です。何かを理解するとか、何かを行う都合とかがあるときに、新たな地平に知を広げていきますが、それであっても、[既得の知]を捨て・消去するとはせず、複数の知を多層的に場面によって使い分けるものです。形容・説明的概念である上下高低でもいろいろに使用するように知的に獲得します。
ときには「変だなぁ」的な思いをもつこともあるのでしょうが、個人的には「変だなぁ」ではなく「そういうのもあるんかぁ」的に[知]を獲得してきました。想像ですが、多くの人も私と同様ではないかと思います。[知]はそれだけで終わらずに、理解・意図・行動に無段階的に繋がっているので、最近接発達領域ZPDのように広がりますが、初源・二・三段時の概念を捨て去るのではなく、どれも持っていて、適宜使い分けていると思います。
色は物体の属性ではないということを知っても、赤い服、青い空という認識の仕方を捨て去ることはないのを考えていただければわかることです。 重さ、重量、質量などはほとんど概念規定を気にせずに、会話や文章で使用します。
《とことん追究する》という修辞は別として、「とことん」のような検討や思考は現実の人間行動ではほとんど見られません。 それでは、行動や思考が停止していまい不適応を起こすからです。

別件へのコメント

① 子供なりに答えを見つけ出し、自分を納得させることは大切でしょうね
❶ 子供に限らず、青年でも、中年、高齢者、研究者、修行学習者でも、仮概念をそこそこに決め打ちして、それを暫定既得とすることは大切です。
多くの人は明確に意識することはないとしても、自分の持っている知識や概念は[暫定・仮・それで用は足りる"から使っているだけ"]で、改定し直すことに柔軟なものです。 ニュース報道、噂話、流言飛語、辞書、図説、解説書、本文、講話、演説、教説などに接することで、時々刻々と知や理解を変えていくモノです。

② 世間情報に流されず、何事も自分で考える習慣を身に付けることは、政治を良くすることにも繋がります。
❸ ことはそれほど単純ではないです。 「世間情報に流されず、何事も自分で考える習慣」というのが、とてもやっかいです。 
~~~~  あるところに次の記載がありました  ~~~~~
カルヴァン派の場合、神によって選ばれる人は生まれる前にあらかじめ定められている、と考える。本人の努力は一切関係ない。そうすると、試練にすごく強くなる。どんなにひどいことに遭っても、負けない。どうしてか。神様が与えた試練なので、最後に勝利すると決まっていると考える。そして、問題はどういう勝利の仕方なのか、と考える。そして、トランプ大統領については「自分は神様に選ばれたときっと思っている」と分析していた
~~~~  引用終わり  ~~~~
「世間情報に流されず、何事も自分で考える」ことが、社会分断と極端化、非合理的と私には思える思考と行動をもたらすことも多いのです。 
2020年の各国の政治状況をみると、「政治を良くする」のに有効でありそうなものは、見当たらないように思います。
多くの人が、社会や政府などから「自分に安心感を増やしてくれる期待」を重視する社会状況になっていて、そのため、強いリーダによる牽引と方向性提示を求め、それに自分がお先棒担ぎ・囃役・追随者となろうとし、自分と同傾向と思えない相手をことさらに探し敵視排斥攻撃する状態になっている状況です。 この状況で、「世間情報に流されず、何事も自分で考える」という主張は、「学者やエリートなどのお高くとまった説など無視しろ」という政治社会状況を助成するモノにしかならないと、私は思います。
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この回答へのお礼

>「世間情報に流されず、何事も自分で考える習慣」というのが、とてもやっかいです。 
では、どうすればよいと仰るのですか?
何事も自分で考えなければ、為政者の意のままに操られてしまいますよ。
ナチスに心酔しますか? 軍国少年になりますか? マルクス主義に染まりますか?
考える習慣が身に付けば、余程の、あるいは生来の狭視野で直情型の人間でないかぎり、バランス感覚の取れた判断力が備わってくるはずです。

私には、あなたの言われることが理解できません。何事にも異端的考えや行動を取る人間はいます。それを捉えて、どうのこうのいったところで始まりません。

お礼日時:2020/11/20 14:44

地球が丸いイメージがなかった頃は永久に平面が続くというイメージだったそうで、地球の形を特に気に留めた事もなかった頃の幼少期の私も「平面が続く」のかなぁって、うっすら思ってた感じでした...。

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> 子供のころ地球が丸いことを知らされたとき、自分の反対側(日本の裏側)にいる人間はよく落ちないものだと疑問に思った


> 地球のどこに住む人間も、ちゃんと立っているのが不思議でした

ハッキリした記憶がないのですが、どうも、それほど疑問を強く感じたということはなかったように思います。
太陽が昇って南中し没するとか、雲が流れたり湧いたり消えたり、風が吹いたり凪いだり、雨が大量に降って川や校庭が水浸しになったりというのは、実体験し、海を見たり(子供の自分にとっては)大波が寄せたり、干満で海面が上昇したり遠のいたりしても、「そういうものだ」と"理解・知る"ようになっていたと思います。

月の満ち欠けが見える見えないでしかないことも、「そういうものだ」と"理解・知り"ました。
地球儀を地球の模型と"理解・知った"のと、人体の骨格・頭蓋骨模型、筋肉や内臓の模型や写真も、小学校の3,4年の頃に知ったのではないかと思うのですが、そんなものかと"理解・知った"のです。 木々が、成長し大きな木となるとき、年輪ができたり、人が成長するとき、骨が伸びる?というのも、歯が乳歯から永久歯に替わるのもそんなものかと"理解・知った"のです。
たぶん、火山の噴火も情報として得ただけでしょう。 自分の住んでいる地域以外にも人が住んでいて時差があるなんてことも、情報として得ただけでした。 冬に雪や霜柱、夏にイチジク、秋に柿がなる、アメリカやアフリカでは言葉や人種が違うとか、そのままに、そんなものかと"理解・納得"したのです。 それでも、疑問やおかしいとは思いませんでした。 そんなものかと理解しただけです。 鉄の船が浮いたり、飛行機が飛んだり、池の底で水が湧いてくるのも、自動車が走っているのを見ても、ラジオやテレビに関しても、疑問やおかしいとは思いませんでした。 そんなものかと理解しただけです。
もちろん、手に持ったものを離せば下に落ちるし、ホームランやフライを打ってもボールは落ちてくると知っていても、月が落ちてこないとか、地球を支えているモノがないとか、ガラスや水は物体であるのに光りを透過させるとか、大雨の豪雨の区画が校庭を移動していくとか、電気を通すものと通さないもの、磁石につくもの付かないものがあるとか、そのままに理解し、それらに疑問を持つことはなかったと思っています。

情報を統合・統一的に整合させてようやく納得するという理知的なスタイルは、見かけたことがないです。
女はスカートを穿き、男はズボンでというのを、特におかしいとか疑問に持つことがなかったのとほとんど同じではないとか思います。

記憶にはないのですが、地球儀のようなイメージがあって、アメリカ、日本、ブラジル、インド、南極、アフリカ、スカンジナビアと教えられれば、そこに住んでいる人は地面を下に立ち、樹は地面に垂直に立つのが当たり前と理解し、引力についてはどうだろうなどとは思わないし、ニュートンのリンゴやガリレオのピサの斜塔の[実験の方向は下]に関して、自分とは違うとは思わず、自分にとっての下と同じ意味だと思ったのだろうと思います。
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この回答へのお礼

>そんなものかと"理解・知った"のです
これこそが、多くの人々の感じるところでしょう。たまに、「これって変だな?」と疑問に思うことがあっても、とことん追究するほどの気も起こらず、傍に打ち遣られたままになる。つまり、その程度の(気紛れに近い)疑問だということですが、子供なりに答えを見つけ出し、自分を納得させることは大切でしょうね。

世間情報に流されず、何事も自分で考える習慣を身に付けることは、政治を良くすることにも繋がります。

お礼日時:2020/11/20 06:54

「地球の中心に向かって何らかの力が働いていると思い至った子供」と言うのは自分自身を含めて身近な人では誰もいませんでしたが、仮にそう言う子供がいたとしてもそれだけでは「まあ中にはそう言う事を思い付くガキがいるかも」と思うだけで、それほど素晴らしい事だとは思いません。

万有引力の法則に関してニュートンが本当にすごいのは「万有引力を発見したから」ではなくて「遠隔力である万有引力を認めたから」です。


遠隔力とは簡単に言えば「離れた場所に働く力」の事ですが、ニュートンの時代は「接している物体同士の間にしか力は働かない(cf:このような力を遠隔力に対して近接力と言います)」と言う考え方が普通でした。そのような時代に「離れた物体同士の間にも力は働く」と考えたのは革命的だと思います。仮に子供が「地球が引っ張っている」と言う考えを思い付いたとしても、そこまで深い洞察はしていないはずだとと思います。


(もしそこまで考えて地球の引力を考えた子供がいたとしたら、本当にニュートン並の天才だと思います)
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他の方の回答で「引力を習ったけど納得できなかった」と言うものがありましたが、私は逆に引力の話を読んですぐに納得できました。

なぜかと言うと「南半球の人が下に落ちる」と言うのがすごく不自然に思えたからです。


自分達北半球の人間が「下に落ちる」と言うのは下に地面があるのである程度感覚的に納得できましたが、南半球側の人の「下」には何もないわけですから「何もない所に向かってなんで落ちて行くの?」と感覚的に受け入れがたいものがありました。なので「地球の引力が引っ張っている(∴南半球側の人も地球の中心方向に引っ張られている)」と言う話を読んですごくすっきりしたものでした。
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今度のお礼を訓ませていただきましたが「付き合っている大勢の友達や仲間の中では引力に言及するような子供は一人もいなかった」と言うのは私も同様です。

小中高を通じて学校の勉強以外で科学関連の話をして来る友達はいませんでしたし、かく言う私自身科学関連の話を友達にした記憶は皆無です。


ただ「科学関連の話をしない」イコール「科学関連の話に興味がない(or嫌い)」とは言えないと思います。自分が興味のある事を人にも話すとは限らないわけですから「引力の話なんて誰もしないから誰も考えていない」とするのは早計だったのではと思いました。


粘着っぽい感じになってしまって恐縮ですしまた私自身不本意ですが、理科大好き人間に囲まれていた経験のある立場としては「子供の頃からの理科好きなんているわけない」と言う質問者様の結論が実情を表したものには思えなかったので少し。また仮に自分の周りにそう言った人がいなかったとしても、現実に「理科大好き人間」が大勢いる事は容易に想像が付くはずなので(∵理系学部を持つ大学がたくさんある)「子供の頃からの理科大好き人間」も大勢いるかもしれない事は十分予想できるはずだと思っています。
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何だか物言いばかりになってしまって恐縮ですが、今度のお礼での「数は少ないものの」と考える理由は何でしょうか。

統計的根拠でもあるのなら別ですが、そうでないなら「単なる決め付け」に過ぎないのではと思います。


確かに近年は理系離れが言われていますが、理系学部に進む学生は少なくないわけですし、私のような「子供の頃からの理科好き」と言う子供が「数は少ない」とする根拠はないのではと思います。


もちろん「理科好きの子供がたくさんいる」と言う根拠もないでしょうが、いずれにせよ「理科好きの子供は数少ない」と言った決め付けた表現ではなく、もっと中立的な表現を用いるべきだったと思います。


PS:「理科が好きな人なんてそんなにいるわけない」みたいな表現だったので少し気になりました。
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この回答へのお礼

確たる証拠もないのに決め付けるのは科学的態度ではありません。断じるにはそれなりの根拠や裏付けが必要なのは勿論のことです。
従って、心霊現象なんて科学的にあるものか!と言う人は、その実、科学的ではないのです。
尤も、心霊現象などない、という科学的証明は悪魔の証明ですからできっこありませんが。

>自発的に学び取った子供も、数は少ないもののいるでしょう
と私が記したのは、私の年少時の経験からで、当時1学年何百人といた小学校で、引力に言及するような子供はいなかった、少なくとも付き合ってる大勢の友人や仲間の中では一人もいないようであったからです。
狭い一地域の標本ですから母集団がどうだかは分かりませんが、自然現象に対し踏み込んで考え得る子供は少数だと思ってよいのではないのでしょうか。

お礼日時:2020/11/19 15:03

お礼のコメントに対して少しだけ。




私が万有引力の法則を知ったのは学校で習う前でした。物心付いた頃(≒幼稚園ぐらい)から「理系が服を着て歩けばオレになるんだ」みたいな感じの科学大好き人間で、書店で買ったり学校の図書室で閲覧したりして科学関連の本を読みまくっていました。


細かい話で恐縮ですが「正解を教え込まれた」と言う表現に違和感があったので少し。
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この回答へのお礼

そうなのですか。
では、「科学的興味や知識欲に溢れ、自然科学書などから自発的に学び取った子供も、数は少ないもののいるでしょう」と書き改めましょう。

お礼日時:2020/11/19 13:04

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