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懲りましたので、数学という高尚な世界ではなく、卑俗的な質問で続けます。
「馬は走る」は事実ですか? あるいは真実ですか?

gooドクター

A 回答 (52件中1~10件)

★ (№48お礼欄) ~~~~~~~~~~



 ☆☆ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 <6-1. 要素としては 主題である馬は 事実であり
 《馬が走る》という論述部は 事実認識でありそういう主
 観真実として表現されています。

 6-2. 《馬が走る》は そういう現象そのものなのだ
 から 事実ではないか? そのように取り上げるなら そ
 うなります。>
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

★ ですね。
7では、

 ☆☆ <細かい事情(=走れない馬もいる)には触れない
 でよい>

★ ですね。
そうすると。6-1の主観真実は、主観とみるのではなく、たんに事実(客観的な)とみたくなりますが。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

☆ 《6-1の主観真実》は 主題である馬という事実(事物)について話し手が認識した内容ですから そのような事実認識として言い出されておりあくまで主観真実です。

論述部としての《〔馬‐ガ〕 走る》という一節を取り出すかぎり 一片の思想を成す主観真実です。




そしてそのあと この《馬が走る》は それとして独立した文だと見なした場合 そのときには ふたつの取り扱い方が できます。



ひとつは その文がどのようにして成り立っているかに着目して分析する場合です。――これは №49でおこないました。

主題が 《馬‐ハ》ではなく 《〔目の前の光景‐ハ〕》といったかたちになるけれど やはり論述部を成すとき 事実認識として言い出された主観真実だとなります。



もうひとつの場合は 七面倒なように感じるかも知れませんが 到ってかんたんなものです。

《馬が走る》という事実認識が 一定の主題として取り上げられる場合だということです。

一片の事実認識(≒主観真実)が 一定の主題として《〈馬が走る〉‐ハ・・・》なるかたちで取り上げられ提示される場合 ということは この一節が 世界事実の中から 一片の事実であると見なされ取り出されていることを意味します。

(話し手であった或る人の主観を離れると言いますか 多くの人の主観にとっても同じひとつの事実認識として 同感を受け共有されるわけですから すでに《事実》扱いされて行きます)。


すなわち それゆえ:
★ 6-1の主観真実は、主観とみるのではなく、たんに事実(客観的な)とみたくなります
☆ なる見方が 現実に出現します。




要するに 一定の語句はそれが 主題として扱われるか あるいは 論述部として言い出されるかで それぞれ《事実》扱いか《主観真実》かのふたつの場合に分かれます。どちらも あり得るというのが 正解だとなると思います。
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この回答へのお礼

度々の御回答ありがとうございます。
<定の語句はそれが 主題として扱われるか あるいは 論述部として言い出されるかで それぞれ《事実》扱いか《主観真実》かのふたつの場合に分かれます。どちらも あり得るというのが 正解だとなると思います。>ですね。了解しました。

お礼日時:2021/05/10 15:03

ペガサスと言って羽の生えた馬いますね。


架空の動物ですが、馬は早く走るということで、
丸で羽が生えたようだということでいつの間にか羽の生えた馬が想像されたと聞く。

星座になっていますね。
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この回答へのお礼

再度のご回答ありがとうございます。
<架空の動物ですが、馬は早く走るということで、>
<ペガサス>は事実に昇格したのですね。

お礼日時:2021/05/14 18:33

うまく走るからウマ。


うしく歩くからウシと説を聞いたことある。

まあこれでは駄洒落ですが。

馬力と言う言葉ありますね。
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この回答へのお礼

ご尤も

お礼日時:2021/05/14 15:21

№48を 承けます。



8. では 文(β)《馬が 走る》は 事実か? 真実か?

9. 文(α)《馬‐ハ 〔馬‐ガ〕 走る》の論述部としてではなく 独立した文としてである。


10. すなわち――基本構文の《A‐ハ B‐ガ C‐スル。》に合わせて捉えるならば――:

基本構文:《A‐ハ     B‐ガ  C‐スル。》
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(α)  馬‐ハ     〔馬‐ガ〕 走る。
(β) 〔この光景‐ハ〕  馬‐ガ  走る。


( e ) 広く世界事実の中から 《いま目の前の光景あるいはその情況》を取り出して 主題(問い)としている。
( f ) その光景がどうであるかと言うと 論述部(答え)として《馬‐ガ 走る》だと 話し手は 事実認識したし そういう主観真実として表わした。

11. すなわち主題は具体的に 荒野を走っている馬であったり 競馬であったり あるいは馬の走る絵であったりする。

12. 事実とその取り上げと その認識(すなわち 主観真実)といった事項が やはり表示された文である。


13. (α)は 一般にあたまの中の想像世界として成っている。主題として 《馬》なる生物種を一般的に取り上げているゆえ。

14. (β)は 話し手のすでにそのいま・そこにいる場が初めに主題として限定され 見ている光景も――表現されるにつれて――特定されていく。
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この回答へのお礼

ご解答ありがとうございました。

お礼日時:2021/05/17 06:40

№34をおぎないます。



1. 文は 問い(主題)と答え(論述)とから成るひとまとまりの思想を表わした自己表現です。

2. 論述部は 主題にかんして自己の思考および判断を成したものであるからには 自己の主観としての《真実》をともかくあらわします。

3. また 前提としている主題(問い)は 《事実――広く世界事実――》から一定の部分を取り出して来て提示したものです。

4. したがって 論述としての主観真実は 事実についての〔話し手の〕認識として現われます。



5. 例示として以下のようです。

文:    話し手の   自己表現

成り立ち: 【我言う】⇒ 文

文:  主題(問い)+ 論述(答え)
○   馬‐ハ     〔馬‐ガ〕 走る。

( a ) ハ格が 主題を提示しますよというシルシ。
( b ) ガ格は 論述の用言(動詞=走る)の動作主体(主語)を示す。主題の語(馬)と同じな場合は 省略される。

( c ) ハ格の承けた主題(=馬)が 世界事実の中から取り出して来たもの〔=3〕。
( d ) 《馬と言えば》という主題提示を承けて 馬という事実にかんする認識として論述部で《馬が走る》という主観真実がのべられる。




6. 《馬は走る》という文全体は 事実か真実か? ――話し手の主観真実であり一定の思想です。しかも 思想が表現されたということは 事実を成します。

6-1. 要素としては 主題である馬は 事実であり 《馬が走る》という論述部は 事実認識でありそういう主観真実として表現されています。

6-2. 《馬が走る》は そういう現象そのものなのだから 事実ではないか? そのように取り上げるなら そうなります。


7. なお 一般論として主題が提示された場合には その主題である馬なら馬にかんして その特徴(=走る)を潜在的な可能性として言っているので 細かい事情(=走れない馬もいる)には触れないでよいはずです。
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この回答へのお礼

度々の御回答ありがとうございます。
<6-1. 要素としては 主題である馬は 事実であり 《馬が走る》という論述部は 事実認識でありそういう主観真実として表現されています。

6-2. 《馬が走る》は そういう現象そのものなのだから 事実ではないか? そのように取り上げるなら そうなります。>ですね。
7では、<細かい事情(=走れない馬もいる)には触れないでよい>ですね。
そうすると。6-1の主観真実は、主観とみるのではなく、たんに事実(客観的な)とみたくなりますが。

お礼日時:2021/05/09 17:40

ついでに言えば「事実」は曖昧かつ相対的なので「基準」を決めないと適切に判断できません。

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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2021/05/09 07:56

錯綜がいいならどんな回答でも受け入れるべきでしょう。


しかしながら質問者さんは回答を選別しています。其れは回答者さんに失礼ですよ。選別なら少なくとも「論点」がずれているならそれを指摘しないとだめですよ。いいですか質問者さんは司会者であるのですから一定の方向を意地しながら受け応えすべきなんですよ
それと一応断っておきますが生物学的に言えば「馬は走る」はあくまで「事実とみなし」いるんです
「みなす」は自然科学においては基本的概念です
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2021/05/09 07:56

まあ、事実であり真実である と答えます。



理由。
事実の定義は、大まかには2通り。

その1
実際に起こったことのうち客観的なことが事実で主観的なことが真実。事実は1つでも人間の数だけ真実がある。
その2
正誤が判別可能な言明が事実で、ヒトにより正誤が異なるのが意見。事実のうち、本当のことが真実。

たとえば、
「トランプは米国初代大統領である」
は、
その1なら、嘘情報確定なので、事実でないし真実でない。
その2なら、事実であるが真実でない。間違った事実である。

「トランプは米国の偉大な大統領である」
は、
その1なら、ヒトにより真実だったりそうでなかったり。事実かどうか判断不能であるので事実ではない。
その2なら、意見であって事実ではない。


哲学の場合は、基本解釈は1のようです。
その1解釈だと、その2解釈の「意見」の一部が「客観判定なしに」真実となってしまうことを防げないので、私個人は、常に その2の立場。

今回は、その1であってもその2であっても、事実であり真実であると考えるしかないけどね。

なお、「病気の馬は走れない」のようなことは屁理屈とみなし、考えに含んでいません。大部分の馬が走ることができれば、それでOK。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
今まで、意見のことがゼンゼン頭に登りませんでした。
事実・真理・意見と別々にふさわしい役割があるのですね。
<今回は、その1であってもその2であっても、事実であり真実であると考える>のですね。

お礼日時:2021/05/08 16:03

《事実》や《真実》また《真理》についての定義は 質問者さんは この質問の前身である次のふたつの質問で 或る程度の問い求めは おこなって来ています。




(あ) 【Q:真実は、あることに関して(人間が関与することなく)「在る」のですか?あるいは人間が「創り上げる」もの】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/12336719.html?pg=1& …

☆ わたくしも 及ばずながら 回答№4および№7にて書き込みました。


(い) 【Q:「1に2を加えると3である。」は事実ですか? それとも真実ですか?】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/12341773.html





☆ さらには わたくしごとですが 次の質問の趣旨説明欄にて いささかの回答を park さんの一連の問い求めに併せて つづっています。

【Q:《事実と真実》――ヰトゲンシュタインの『論考』を出汁にして・・・】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/12343172.html
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この回答へのお礼

度々の御回答ありがとうございました。
今での沢山の難しいご回答を熟読玩いたします。

お礼日時:2021/05/08 15:57

私の前回の回答は哲学で古くから議論されてきた「クオリア」の事です


ついでに言えば「クオリア」について考える事は決して難しいことではありませんし現に認知科学等で研究されています。
それとは別に
質問者さんは他の回答者さんから「事実」や「真実」について定義するよう求められましたが質問者さんはそれを拒否されました。「定義とは他人との間で共通認識を図るため作業である」との点を踏まえと言えば質問者さんがそれを拒否されたので質問者さんと回答者さんとの間で「馬が走る」についての事実・真実について認識が共有されず結果質問者さんが「馬が走る」についての事実や真実について質問者さんが求めているものが回答者には見えず結果錯綜しています
しかしながら質問者さんが言う「馬が走る」とは「俗にいう馬という言葉で表され動物の特性としての「走る」と後出しでそう定義されました。その定義に従えば「馬は走る」についての事実・真実についてもそれにそった定義となります
この事を是非とも質問者さんには理解して頂きたいのです。
ですから質問する際には質問者さんが何を聞きたがっているのか?其れを理解しやすいよう出来るだけ具体的に説明してください
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この回答へのお礼

度々の御回答ありがとうございました。
たしかに<後出しでそう定義>になりました。馬も事実も真理も、日常の言葉の意味で使いたい、と思っていましたが、自分でもその意味が掴めずあいまいでした。しかし、住信ミカン6587428横山あつし様のご回答が自分の気持ちの相応しいことがわかり、借用した次第です。
<結果錯綜しています>は覚悟の上です。

お礼日時:2021/05/08 15:54
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