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戦国時代に日本に上陸したポルトガルとスペインの、キリスト教の宣教師を利用した、日本占領計画は、まず、日本にキリスト教を布教し、その後、日本に宗教戦争という内乱を起こさせ、それにより日本を弱体化させ、弱体化した日本に、ポルトガルとスペインの軍隊を上陸させて日本を占領するというものでした。

しかし、この計画が失敗したのは、日本には天皇陛下が居られたからですよね?何故なら、キリスト教はイエス・キリストだけが神の子孫で有り、他の神の子孫は一切認めない一神教ですから、天皇陛下とは必ず対立します。

天皇陛下は、神話では天孫降臨の神武天皇より始まる神の子孫ですから、キリスト教を広めようとすれば必ず天皇陛下と対立します。神の子孫を二人認める事はできないからです。つまり、恐れ多くも天皇陛下を無きものにしない限り、日本をキリスト教の国には出来ません。

もちろん、当時の日本人にも、天皇陛下を無きものにする事など認められませんから、日本でのキリスト教の布教は失敗し、その結果、ポルトガルとスペインによる日本占領計画も失敗したのですよね?

質問者からの補足コメント

  • HAPPY

    豊臣秀吉と徳川家光は、ポルトガルとスペインの天皇暗殺計画に気づいて、天皇陛下を守ろうとしたのです。

    No.3の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2023/11/25 07:00

A 回答 (3件)

天皇が居たことによる、日本の宗教的価値観による部分は大きかったと思います。

そしてそれは《現在でも日本にビックリするほどキリスト教などの一神教が根付いていない》理由でもあります。

具体的な方向性としては、秀吉による奴隷貿易禁止や家康による出島への限定などが理由ですが、そもそも「他の国はそれができず、日本だけそのようなことをした」理由は《天皇が居ることで、日本の宗教的価値観が一神教と相いれなかった》ことによります。

ただ、誤解があるようですが、天皇自体はキリスト教やイスラム教の神であるエホバ(アラー)を受け入れていて、日本に居られる神々の一柱として扱っています。

なので、天皇はローマ教皇とも会談し、教皇が「日本にキリスト教を布教することを許可してほしい」という話に「(天皇のもつ宗教的地位を)日本国民自身が考えて受け入れるなら問題になりません」というような話をしているわけです。

また天皇はローマ教皇だけでなく、イギリス国教会大司教や正教会の重職者などとも良好に会談し交流していますし、イスラム教の各宗派指導者とも会談する機会を持っていて、どの宗教者に対しても「日本で教えを広めることは差支えない」と表明しています。

でも、それは結局、日本人にとって「天皇こそが日本の宗教最高司祭」であるからです。

もうひとつ誤解があるのは、天皇が日本神話の天孫だとして、大和朝廷を作った各地の豪族が必ずしも《天皇が天孫である》信仰したわけではないのです。

しかし豪族側は「天皇がアマテラスの天孫であって、この国を統治する君主であることを認める(認めるだけ)」であり、天皇側も「各豪族のそれぞれの神々を認めよう。ただし、同時に各豪族の神々は私の祈りを受け入れてくれ」という約束をしたのです。

だから、日本はキリスト教だろうがイスラム教だろうが、ハロウィンの神であるドルイド教だろうが、なんでもOKなわけです。その代わり「天皇」が必ず頂点であり、それを認識している日本は一神教化することがなかった、のです。
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天皇というよりは豊臣秀吉と徳川家光のお陰でしょう。

この回答への補足あり
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この回答へのお礼

豊臣秀吉と徳川家光は、ポルトガルとスペインの天皇暗殺計画に気づいて、天皇陛下を守ろうとしたのです。

お礼日時:2023/11/25 07:00

いいえ、イギリス人ウィルアム・アダムズ、三浦按針のおかげです。


両国の宣教+貿易の実態を家康に告げ、イギリスやオランダは宣教抜きの貿易だけでOKと言った影響が大きい。
結局、オランダとの関係が幕末まで続きました。
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