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素朴な疑問ですがどうして卒論を書かないと卒業できないのですか?
またなぜ卒業論文というものが生まれたのでしょうか

A 回答 (10件)

質問者氏が現在大学生だと仮定してですが、通っている大学を選ぶ段階でそもそも間違いがあるのではないですかね。



大学に行く目的には大きく二つあるように思います。
ひとつは社会に出て優位に使える知識・技術・技能などを身につけるためで、もうひとつが大学やそれに類した研究機関で教員や研究者となるため。

後者の場合、基本的には博士号を持つことが求められるでしょう。
そういう人達にとっての大学の学部の4年間は、そのための基礎を習得する期間で、その集大成的な意味で論文にまとめるという訓練を課すのが卒論というものの位置づけだと思います。
博士号を取得するためには学術論文を何本か出さないといけない。
だから、その練習・訓練です。

前者の人の中で独立したコンサルタントを目指すような人には博士号を手に入れたいと考える人も居たりするでしょうが、その場合も同じでしょう。

逆にそうでない人にとっては『研究成果を論文にまとめる』などという知識・能力・経験は必要ないことが少なくない。
だから卒論なしでも卒業させてくれる。

質問者氏がその『必然性がない』世界を大学に求めて大学進学を決めたとして、その大学が卒論を求めていたとしたら、求めているものが違う大学を選んじゃったと言うことじゃないですか?



世の中には、大学進学の目的をこんなふうに言う人が少なくないように思います。

  『大卒』という学歴が欲しい
  大学ぐらい出てないと恥ずかしい
  xx大卒という肩書が欲しい
  二度とない青春時代を楽しみたい

私の個人的な価値観では、大学に行く目的はこんなところと考えてきました。

  『その大学』でないと手に入らない自分に役立つ優れた
   知識・技術・技能・ノウハウ・経験・実績・人脈なん
   かを手に入れ、身につけるため

そして、そのの目標はこんなところでしょうか。

  他の人がやらない有益な事が出来るようになる
  他の人ができない有益な事が出来るようになる
  有益なことで他の人より優れた成果が出せるようになる
  それらを証明する実績を示せるようにする

私にとっての学位論文はその最後の証明書のようなつもりでしたから、書くのは当たり前のように思ってましたし、そうしました。

そんな価値観故、冒頭に記したように、大学進学そのものが必要だったのか? 大学選びを間違えたんじゃないか? と私は思った次第です。

あなたにとっての大学って何なんでしょう。
そこから考えて見られてはいかがですか?
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え?


私、卒論書かないで大学卒業したけど。
同期も皆そうだったよ。
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大学は教育・研究機関です。



最終的には研究成果の発表を求められます。
だから、卒業論文が必要なのです。

これが今までの発想で、卒論は必修になっていました。

今は、卒業に必要な単位を取得すれば良いという大学もあります。

まあ、卒論は単位が大きいので、その代わりの単位となると数科目が必要となりますが。
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米国の(あのTHE のランキングで東大よりも上位の)研究型大学の理系でも卒論はオプションです。

ほとんどが書かないような印象があります。多分,米国大学は博士課程の学生が日本よりはたくさんいて,修士と博士の学生に研究をしてもらっていれば,教員としてはさらに4年生の研究指導までしたくないというのも容易に想像できる状況です。修士・博士と共同研究したものが教員の業績(論文)になりますからね。
 日本は博士課程の学生がほとんどいない。先生達は研究しないと白い目で見られる。修士だけでは十分な研究ができない。そういえば,昔の大学の特に理系では卒論をやっていた。これを踏襲しておけば,卒論と修論を合体させれば,博士課程の学生レベルの研究を一緒にできそうだ。という打算があったのかもしれませんねぇ。ま,邪推ですが。
 さて,卒論の存在意義は特に工学系では大いにあります。まず日本の小学校以来の教育で,作文技術を教えてもらったことがあるでしょうか。無いですね。高校はもう受験技術を身につけるだけですから,論理的な文章をプロに読んでもらう機会なんか一度もない。また小論文なんていいかげんな書き物の指導はしますが,それを添削して,作文技術を向上させるカリキュラムは高校まで一切ありません。
 工学部の卒論というのは,いま,その研究室の先生たちがやっている研究の一部をテーマにし,まだ誰も答を出していない問題を解く研究です。つまり,先生もまだ答を明確には知らない(なんとなく,こうなるかなぁー程度)だし,周りの誰も答を知らないから,カンニングはできない。独自の方法で独自の計算なり実験をしないと,まず結果が出ない。結果がでても他人の結果と同じだったら研究にはならない。何が大事なのか,何を考慮しないといけないのか,という創造的な作業が必須。そしてその結果が出たら,最終的には他人の結果と比べて考察し,根拠を示した自分の主張の方が優れていることを示さないといけない。実験や計算が4月から11月末くらいまでかかって,12月から卒業論文の草稿を書き始めるわけですが,その半年の間の先生との打ち合わせや議論を踏まえて,プロ(指導教員)が納得できる考察と主張を,論理的な日本語の文章で(日本語はそもそも論理的じゃないから英語より難しいのが困ったことですが)書かないといけない。誤解されるような文章もダメだということになる。12月から1月末までに数回の推敲を先生とのやりとりをしながら論理的な文章にしたものが卒業論文です。
 多分,小学校以来,初めて論理的な文章を書く機会だし,誤解無く相手に主張を伝える作文技術の訓練の最初の機会です。指導教員が真面目な先生なら(僕の指導教員はみんなそうでした),推敲のときにいろいろなティップをくれるはずです。こうやって作文の訓練をすると,実は,就職後に現場での問題への企画書・報告書などを上司に対して書くときに,とても役立つ能力の一つになるんです。適切に現場の事実をモデル化できているか,それをどう料理したか,どういう根拠でその主張をしているのか,ということがちゃんと書けていれば,出世も早くなるかもしれませんね。
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大学のカリキュラムがそうなっているからです。


それが嫌なら卒論のない大学や学部、卒論がないアメリカの大学に進学すべきでしょう。

昔は大学に行くのはとびきりのエリートだったのですよ。
ですので卒業後、専門家になる人も多かったのです

大学の卒業者は論文をきちんとかけるのは当たり前だった時代です。
その論文を書く実習というのが卒論です。

その名残でしょう。
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医学部や法学部には卒論のないところは多いと思います。



この質問が成り立つのであれば、なぜ講義の単位を取らないと卒業できないのですかという質問も成り立つと思いますがいかがでしょうか?
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確かに、


卒論なんぞ書かなくても卒業している人はたくさんいるはずですけどね。

自分の場合も、むかし、
別に、卒論を書かなくても卒業できましたけど。

まあ、もっとも、会社法に関するゼミに所属していたため、原稿用紙10枚ほどの小論文は提出しましたけどね。
まあ、2~3日図書館に通って、専門書を調べ、書き上げました。
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それが「学位」という物だからです。


学位を出せないような大学だったら、卒論は不要です。
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そんなもん、大学が決めたからだよ。



大学や学部によって卒論不要のとこはいくらもあるぞ。
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自分の学んだことをまとめないと、他人には何を学んだか、それが大卒に値するかわかりませんわな。

説明できないってことは、わかってないってことですから。
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