推しミネラルウォーターはありますか?

けっこう長い間、大声で泣いていましたね。
世界にみっともない姿をさらしてしまっていましたね。

今までの苦労や金へのプレッシャーだったのか?

でも相手も世界1位の選手で 負ける可能性もある程度ありましたよね?

ああいうギャン泣きをオリンピックでも 世界選手権でも見たことは無かったのですが、
珍しくはないのでしょうか? (柔道に限らず まあまあある話?)

スケボーやサッカーでなら ありえても 武道の柔道であれはないですよね。
柔道家なら まずは精神力を鍛えて欲しいですね!

A 回答 (26件中1~10件)

色んな意見はあると思いますが、私個人的には、ただの駄々っ子みたいに感じます。


今まで阿部選手は勝ち続けてきました。
その裏には今回の阿部選手みたいに負けた選手がどれほどいたことか…
そういう人達がこぞって泣きじゃくりましたか?? 中には号泣した人もいたでしょうけど、試合の進行に影響与える程泣きじゃくるケースはなかったと思います。
いい大人なんですから、負けたから泣きじゃくる。のではなく勝った相手を称えるような
選手であって欲しかったです。
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多くの著名人が「柔道=武道」と考えているようですが、オリンピックの柔道はスポーツそのものです。

「ルールに基づいて勝敗を競う」のはスポーツであり、「練習によって心身と技を磨き、人格の向上を目指す」のが武道です。武道は勝敗を重視しません。オリンピックの競技は「メダル獲得を目指して勝敗を競う」スポーツそのものです。ですから、阿部詩嬢の「会場での大泣き」を武道精神で論じることはできません。日本では彼女の「大泣き」に非難の声が出ていますが、試合会場および海外では「4年に1度の大舞台での惨敗の深い悲しみ」として人々に大きな感動を与えているようです。阿部詩嬢の4年後のオリンピックでの栄光を願って「彼女の大泣き」を温かく評価したいと思っています。
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今回のパリ五輪での試合は兄弟そろって金メダルを獲得し、東京五輪次2連覇を目標として望んでいたが、1回戦は圧倒的に勝つ事ができたが、第2戦目優勢になっていた所気の緩みが出たのか?結果敗退してしまった。

彼女にとっては、まさかここで負けるとは思っていなかった。相当悔しいはずで、それがあのような会場全体に響き渡る様な泣き声が出たのではないかと思う。
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No.20 アンドロくん の言う通り


どいつもこいつもクソ雑魚のくせして(安倍詩ほどの努力をしてないのに)よくもそんなことが言えるなと言うのが素直な感想・・・
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駄々っ子だの、みっともないとか、大人げないとか、いろいろな批判があるのは、その通りだと思います。



そもそも誰もが未熟者なんですよ。

ある高僧が死に際に「死にたくない」と大騒ぎしたというのは有名な話です。

テレビに出ている芸能人、スポーツ選手を神のことく崇める空気があります。

AKBは神だと言った社会学者がいました。

オリンピックもケチがついたとはいえ、視聴率とか、売れるからとマスメディアは煽り立てる。

若者は勘違いをしてしまう。テレビに出てる人は凄い人、金メダルを取った人を崇め奉る。大谷選手しかり、彼らも普通の若者ですよ。一芸に秀でていても、他の部分では我々同様に未熟者です。

かつて金メダルを取った政治家が世間に頭を下げています。

未熟者だから人間なんですよ。

未熟者が未熟者を批判するのは止めませんか。
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訂正



×相続

○想像
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泣きたくなるぐらい真剣にやってきたということ。



言葉にできない月日の積み重ねの上での号泣が相続できるなら誰も批判はできない。

彼女のような濃密な時間を生きてきたかと、我に問いかけると自分こそ恥ずかしくなる。

彼女の号泣をみて、自分の怠惰な日常と比べてみるがよい。

それでもあなたは彼女を恥ずかしいと言えるのか?

言えるようなら、あなたを心の底から敬意を表したい。
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ちっともみっともなくありません。


「負け」たことを認めたから泣いたんです。思い込みで抗議の座り込みしたわけじゃない。

これ「JUDO」という競技なんで、勝ち負けや成績に拘る必要があります。
武道の「剣道」「柔道」の実戦では勝ったら相手が、負けたら自分が死んでいます。返し技とか勝って大喜びとか負けて悔しいなんてありません。
そこを多くの人が浅薄な見方で勘違いしています。
武道の日常の鍛錬はその人の命も含めた全てが掛かっています。そこで非常に大切なのは相手を決して侮らないことです。
勝負が決まって動けないであろう相手にですら「残心」で警戒を解かない。
そういったところから相手を尊重する礼儀を示すことが行われたわけです。

一方競技では「その後」がある。
もちろん武道の流れから相手に勝つ心構えとして、尊重し、礼を尽くすことが引き継がれています。
けれどもそこに「今時」の低質な日本人が「公序良俗原理主義」を担ぎこんできて、普段校則一つにギャンギャン喚いている「多様性・反同調圧力・気付き厨」が「礼儀が無い」とリンチにかけているのが今回の事態です。
正体は「礼儀」って絶対必要なものだから「礼儀が無い」と叱っている自分は絶対正義だと思い込んでいるただの夢想家なだけですけど。
武道も競技もお行儀も礼儀もミソもクソも一緒にして批判していることに気付くべきだと思う。

単純にあの姿を見て「おっきいもの背負ってたんだな」「負けん気つええなぁ」「かわいいじゃないか」「もっと応援するぞ」って思う人が多数であって欲しいと願う。もらい泣きした人、しそうだった人もいっぱいいて欲しい。
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>柔道家なら まずは精神力を鍛えて欲しいですね!



いやいや、阿部詩選手の精神力は普通の人間に比べて、100万倍強いと思います。
ヘタレの根性なしだったら、オリンピックに出場できません。

ギャン泣きする気持ちは、2万%わかります。
兎に角、オリンピックに勝ちたかったのです。それが阿部詩選手の人生の目標だったのです。

周りの何も知らないド素人から、どう言われようが、そんなこと、阿部詩選手はどうでも良いのだと思います。
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昔の日本人なので、まけても毅然としてほしかったですね


今の武道に、精神を鍛えるというものはないのでしょうか
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