洋服何着持ってますか?

本来は、事実無根のことを指摘されて人物評価を低下させることが罪であるべきです。

事実を指摘して価値を低下させることが罪であるという理屈が理解できません。こんなことを通していたら世の中で人物評価ができなくなると思うからです。

いったいどうしてこんなわけのわからないことになってしまったのでしょうか?

質問者からの補足コメント

  • 回答ありがとうございます。
    公益通法制度というのはありますが、これと事実を伝える言論の自由は別物と理解しています。
    公益性があろうが無かろうが、事実は事実であってそれを言う権利がなくなる=自由がないということになると思います。

    ❶どうしてそこまで人間の自由を失くそうとするのかが理解できません。
    ❷どうして事実を指摘されることで名誉を毀損されたなどと主張するのでしょうか?不名誉なことをしていることに問題があるのではないですか?それなら、不名誉なことはやらなければいいのです。

    もしおわかりなら再度ご回答ください。

    No.1の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2024/10/14 07:49

A 回答 (6件)

#2です。

お礼ありがとうございます。

>仕事上の守秘義務は守らなければなりません。個人情報も。

仕事上なんて話はしていません。
私があなたの個人情報を何らかの形で知った場合、仕事は関係ないので守秘義務はありません。

>私の質問は、事実であってもそれを他人に知られて 名誉を毀損したと主著することの是非です。

「主張することの是非」ですか?法的に名誉棄損という項目があり、そこには「事実であっても、公表されると本人の利益を侵害するなら名誉棄損になる」とされているのですから《社会的に認められた権利》です。

個人的な感想としてどうこうという話ではないです。

>そのようなレベルを名誉毀損と言うなら、私はこれまでたくさんの批判をこれもいよがしに受けてきておりますが、そいうったことをいちいち裁判で争うほどの立場や弁護士費用はありませんでした。 

日本の法律は「権利の胡坐するものを保護しない」としていますので、金がない・時間がない・メンドクサイという人が裁判に訴えないのは「自分で権利保護を放棄している」と見做されます。

質問者様が「そんなことはしてこなかったし、したくない」というのは個人の問題であって、社会的な要素にはなりません。

>そのため、他人に事実を公表されて名誉毀損などとよく言えるもんだなあと思います。修行が足りないのではありませんか? 

利益が損なわれるなら裁判に訴えるのは当然であり、権利です。修行して利益が回復できるなら、それはそれでいいのではないでしょうか。

>また、泣き寝入りのくやしさを味わって我慢して耐えることもできないくらいの人格なのでしょうかね?

泣き寝入りするかどうか、訴えるかどうかは個人の問題であり、それによって失われる利益の大きさで決まるでしょう。

たとえば「君は過去に〇〇した犯罪者」というのが事実であっても、それを公表することによって、自分だけでなく家族も偏見を受けるなら、名誉棄損として訴えるのは当然です。
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お礼について。



批判は批評です。それはそれを述べる人の主観を表現しているに過ぎないので、事実の適示ではごさいません。

それを区別するのが、法令です。
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補足について。



❶について。他者に害意を与える自由はないのです。人のものを盗む自由はないのです。人を殺す自由はないのです。人の名誉を毀損する自由はないのです。

憲法第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

また、その上位条文
第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

とされている。そしてこの国は国民が主権者である国家なので、現在及び将来の国民はその権利を得ると同時にその権利を保障する義務があるのです。

❷その人の行為が、公共の福祉(社会全体の利益)に反するのであれば、その事実の適示は名誉毀損とはならないのです。何回言うたら分かるねん?
その情報によって利益を得る公共性が存在しないのであれば、それは害のみを意図することを目的とした事実の適示となります。そして人には何かを害する自由はないのです。

名誉毀損は、民法と刑法があり、その解釈はことなるのですが。ここでそんなややこしいことを言ってもしょがない。単純に他者への害意はいかんのですよ。それくらいは分かるでしょ?

そしてまた、その人の名誉に関わる情報とはその人であると特定する事象として評価されます。それは「行為」に限定されていませんのです。行為も事象のうちではあるが、行為のみが事象ではない。

そして、法の体系というものを一般人が腑に落ちるように理解するのってやっぱり難しいよね。条文の読み方も通常一般的な文章の読解は通用しない。その構成には明確な規定がある。なので、国家資格職業としての法曹が整備されているのね。

あなたがそれを理解できなくても、恥じることはないよ。
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この回答へのお礼

法令をコピペして解説していただきましたが、そのようなレベルを名誉毀損と言うなら、私はこれまでたくさんの批判をこれもいよがしに受けてきておりますが、そいうったことをいちいち裁判で争うほどの立場や弁護士費用はありませんでした。 

そのため、他人に事実を公表されて名誉毀損などとよく言えるもんだなあと思います。修行が足りないのではありませんか? また、泣き寝入りのくやしさを味わって我慢して耐えることもできないくらいの人格なのでしょうかね?

お礼日時:2024/10/15 00:43

たとえ事実であろうと、すでに償っている過去の犯歴や、人に知られては困る病気や病歴、本人とは関係ない親族などの不行跡などを広く公表することは、当然その人の名誉を棄損するもの。

 そんなことも理解できないの?
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この回答へのお礼

そのようなレベルを名誉毀損と言うなら、私はこれまでたくさんの批判をこれもいよがしに受けてきておりますが、そいうったことをいちいち裁判で争うほどの立場や弁護士費用はありませんでした。 

そのため、他人に事実を公表されて名誉毀損などとよく言えるもんだなあと思います。修行が足りないのではありませんか? また、泣き寝入りのくやしさを味わって我慢して耐えることもできないくらいの人格なのでしょうかね?

お礼日時:2024/10/15 00:44

>公益性があろうが無かろうが、事実は事実であってそれを言う権利がなくなる=自由がないということになると思います。



個人に属する事柄を事実だからと言って、他者が勝手に発言するのは「権利ではない」です。

たとえば私がこの回答欄に《whtg001の本名・住所・年齢・電話番号・年収・クレジットカード番号・交通違反の履歴・病歴》などを記載したとしましょう。

全部事実で、私には「それを言う権利がある」とするなら、whtg001さんは止めることができないし訴えることもできない、ということになります。実際に損害があっても、事実なので「私の発言する権利」のほうが優先されないとおかしいですから、私は損害賠償責任を負いません。

でも、そんなことをされたらみんな困りますよね。

つまり「本人に属する、いわゆる個人情報は個人の管理の元にある」と考えるのが適当で「事実だから他人が勝手に公表していい」というものではない、ということです。

個人による自分の情報を管理する権利>>>他者が他人の情報を公開する権利


したがって「事実だけれど、その情報を公開されたことによる不利益」は名誉棄損として損害賠償を求めることができる、のです。

別に不名誉な事だけではないです。本人の社会生活や市場価値を棄損する、なら名誉棄損になります。
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この回答へのお礼

仕事上の守秘義務は守らなければなりません。個人情報も。

私の質問は、事実であってもそれを他人に知られて 名誉を毀損したと主著することの是非です。

そのようなレベルを名誉毀損と言うなら、私はこれまでたくさんの批判をこれもいよがしに受けてきておりますが、そいうったことをいちいち裁判で争うほどの立場や弁護士費用はありませんでした。 

そのため、他人に事実を公表されて名誉毀損などとよく言えるもんだなあと思います。修行が足りないのではありませんか? また、泣き寝入りのくやしさを味わって我慢して耐えることもできないくらいの人格なのでしょうかね?

お礼日時:2024/10/15 00:46

その事実に公益性がない場合に、名誉毀損罪となるのです。



その事実に公益性がないのであれば、その事実の開示によって利益を得る人が存在しない。であれば、その事実の適示は、対象者の社会的評価や名誉を低下させようとの害意のみを目的としていると評価する。ので、処罰されるのです。
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

それは、不正などの公益通報が名誉毀損あるいは侮辱罪になるかの時に吟味されるべき事項だと理解しています。(公益通報の経験があります。)

私はこれまでたくさんの批判をこれもいよがしに受けてきておりますが、そいうったことをいちいち裁判で争うほどの立場や弁護士費用はありませんでした。 

そのため、他人に事実を公表されて名誉毀損などとよく言えるもんだなあと思います。修行が足りないのではありませんか? また、泣き寝入りのくやしさを味わって我慢して耐えることもできないくらいの人格なのでしょうかね?w

お礼日時:2024/10/15 00:48

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