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こんにちは。23歳OLです。
先日、会社の人と「死ぬ事」について、話し合いをしました。人間には誰にでも平等にやってくる「死」。

私は小学生の頃、花の高校生活が遠い夢のように感じ、実際に高校生となりました。また、高校生の時は想像もできなかった社会人としての生活。今はその社会人になり、日々過ごしています。そんな風に、死も今の自分にとっては、遠い夢のような話で、実感としてつかめていませんが、いつかは必ず訪れるものです。小学生が高校生になるように、高校生が社会人になるように、想像を超える早さで迫ってくるでしょう。。
そんな風に、「死」が現実的に感じられるとき、私は恐怖を覚えます。思考することもできず、感じることもできず、「無」になってしまう恐怖。いつかは世の中から忘れられてしまう恐怖。

ちなみに、会社の同僚や上司は死ぬのは怖くないと言っていました。人間は平等に死んでいくのだから、一日一日を後悔なく過ごせば死は全然怖くないと。。

そこで、皆さんのご意見をお聞かせください。
死ぬのは怖いですか?
(ここでは親や家族の死ではなく、ご自身の死について、教えてください)

A 回答 (22件中11~20件)

死ぬのは怖いですね。



普段はあまり死について考えたりしませんし、友人たちと死について話したりする時は、
あの世に持って行けるのは、見たもの、食べたもの、聴いたものだけ、だそうなので、
いろいろ、「見、食べ、聴き」して、あの世への土産話をたくさん作るんだ、などと軽口を
たたいたりしますが、夜、ベッドに入って寝る前に、たまに自分の死について考える
ことがあり、死んでしまったらもう2度とこの世界に戻ることは出来ないんだ、と思うと、
背筋が寒くなりたまらなく怖くなります。

死に関する本もいろいろ読んでみました。
中でも、各界の方々が死について書かれている「死の準備」(洋泉社刊)という本で、
評論家の西尾幹二さんが書かれている一文が、死に対する自分の気持ちとまさに同じで、
それを読んだ時は、逆になんだか落ち着くことが出来ました。
以後、死の恐怖に襲われると私はその文を読むことにしています。

その部分をここに引用して良いのかどうか分からないので引用はしませんが、機会があれば
書店で一読してみてください。

死なんて怖くないという人がいますが、私にはなぜ怖くないのかその気持ちが分かりません。
ただ、だからと言って、永遠に生きたいとは思いませんが・・・
そういう意味では、ガリバー旅行記のラグナグ渡航記を読むのもいいかもしれません。
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40近く、二児の母です。



若い頃、うーん、妊娠する前までは、けっこうしょっちゅう『死んじゃいたい』と思いました。
妊娠してから今にいたるまで、『まだ死ねない』と思っています。

『死にたい』と思っていた頃は、死ぬのはこわかったですね。なんででしょう?『まだ死ねない』と思っている今は、死ぬのはこわくないです。でも、子供を育て上げて、旦那を見送ってからではないと、死ねませんね。

なんていうのでしょうかね、自分の人生という小説というか映画というのがあって、前半の話の導入文はけっこういやなことがあったり、つまらなかったりもありましたが、今は謎解きの部分にはいった感じなのです。ああ、あれはこういう伏線になっていたのか。あれは、ここと関連していたのか、、、のような。最後のおちは、やっぱり死なのでしょうから、どうくるのかちょっと楽しみでもあります。
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死は怖いです。


全ての動物種は死を恐れるように本能が働いています。そうではない種は絶滅してしまいますから。当たり前ですね。
>会社の同僚や上司は死ぬのは怖くないと言っていました。
では赤信号を無視するのでしょうか。危険な行為を回避しないのでしょうか。
死に直面したら態度は変わりますよ。
想像力の欠如に過ぎない意見だと思います。
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この回答へのお礼

死に直面した時の人間って、やはり恐怖におびえてしまうのでしょうか・・テレビとかだと、安らかな表情で亡くなられている人とかもいて、個人差とか状況にもよるのかな、と思ったりしますが。。

お礼日時:2006/01/24 22:13

誰かに殺される死や災害での死以外の、自分の寿命に終りがきての死は全く怖くないですね。



『私の人生ここまでか。楽しかったな~。』って死ねます。

死んだらあの世で大好きだった愛犬に会いたいです。
会えるといいな。。。
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この回答へのお礼

すごく楽天的ですね。。^^;
私も死んだら、もう一度同じ家族に出会いたいです。

お礼日時:2006/01/24 22:11

29歳、結婚二年目の妊婦です。


わたしは、死を怖いとは思っていません。soramameiro様と同じく、わたしにとっても、まだ現実味のない想像できない世界ですが、想像もつかないから怖いというのではなく、想像ができないから別に怖くもない、という感じです。ただ、死ぬときに痛かったり苦しかったりするのはイヤだなぁ、怖いなぁと思いますが、それは想像ができるから怖いと感じているような気がします。思考も感覚もなく、無になることへの恐怖はありません。ただ、世の中(新婚で妊婦なので、主に夫や子供のことです)から忘れ去れることには、多少の恐怖を感じている気も、しないではないです。でも、それは寂しさのような気もするし、わりと覚悟はできている気もします。順番の問題ですから。
だからといって、死は逃れられないからこそ、一日一日を後悔なく過ごそうというふうにも思いません。後悔のない人生なんてありえないと思うし、後悔のない人生を送りたいとも思いません。もし死が明日訪れても、70年後に訪れても、自分の生き方にはなんの影響もない、そこにある時間をやり過ごして行くだけ、後悔したり喜んだり挫折したり希望を抱いたり、あるがままにただ時間を送っていくだけです。
そうですね。想像できないから怖いというのではなく、想像ができないから別に怖くもない、というのが本音ですね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
後悔のない人生はありえない、その通りです。
むしろ後悔だらけでしょう(笑)
私もこのような質問をしていますが、普段はまったくの健康人間で、死とは縁遠い生活をしています。
「後悔のない人生を送りたい」という気持ちはありますが、現実はあるがままの人生を適当に過ごしています。
それが人間なんでしょうかね・・。

お礼日時:2006/01/24 22:08

私も「死」に対して恐怖を覚えます。


だって、死んだら、楽しかったことも、何かに感動を覚えたことも、見たことのある美しい景色も、何もかもすべてリセットされてしまう。しかも、それは決して復旧することがない。
だから、怖いものだと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
私も全く同意見です。
人生が充実したものであればあるほど、生に執着してしまうだろうし、大切な人との別れや、大切な思い出が記憶からなくなってしまうなんて、こんなに悲しい事があるでしょうか・・T-T

お礼日時:2006/01/24 22:02

「死」について誰でも考えるものなのですね。

私も高校生の頃考えました。
私の結論->「生まれる前」と「死後」の状況は同じではないか?
「死後」を考えるのなら、「生まれる前」を考えれば良い、覚えていないのであれば、死後を考える必要はない。

だから、死後の事は死後に考えるとして(と思うようにして)
今は生きているので、生きている間の事に関して考えていれば良いと、私は思っています。
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この回答へのお礼

やはり、生まれる前のようになってしまうのでしょうか。。私も、天国や地獄のような場所はなく、生まれる前の状態、まったくの「無」になるのだと思っています。生きている間は生きている事だけを考える・・それも良いかもしれませんね^^

お礼日時:2006/01/24 21:59

たとえば、1リットルの涙の病気みたいに


じわじわと死に確実に近づいているなら死
は怖いですよ。

でも普段健康に過ごしているうちは死なん
て考えませんからそんなに怖くないですね。

俺の親父は肺ガンで、術後どんどん弱って
いきました。3年後には寝たきりになり
母親に「死にたくない」と泣いていたそう
です。

やはり健康な内は怖いとかって考えないん
じゃないでしょうか。考えないから怖くな
い!って事だと思いますよ。
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この回答へのお礼

私も、普段は死ぬ事なんて、全然意識せずに生きています、だから怖くないです。

でも、夜寝る前とか、突然死が現実身をもって感じられる時があります。そういう時、ものすごく胸が締め付けられる程悲しくなります。

お礼日時:2006/01/24 21:55

現段階では「死ぬのが怖い」というのが、私の意見です。


理由は「今死んだら後悔する事があるから」です。

私の場合、家内の母に孫の顔を見せてあげられていないことが、後悔の理由です。
自分の両親は、兄の子どもといっしょに暮らしているので、さほど気にはしていないのですが。

年配の人が「死ぬのは怖くない」と言うのは、個人差はあるでしょうが、いままで自分がやってきたことを振り返って、ある程度の達成感を感じることが出来るからではないでしょうか。
仕事のことにしても、家庭のことにしても、自分が生きた証としてなにかを残した、と思えるからなんだと思います。

人生の時間でいうと、若いうちは「今まで<これから」ですが、やがて「いままで>これから」になります。
若いうちは「こんなことがしたい、あんなふうになりたい」と「これから」のことばかり考えます。
年をとると「こんなことをやってきた、あんなことを知っている」と言うようになります。
やはりウェイトの大きいほうに目が行きがちなんでしょうね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
私も、後悔のない人生は送らないように、生きていきたいです。ただ、人生において、達成感が大きければ大きいほど、死に対して不安な気持ちが増しそうだなと、私は思います。まだまだ考えが青いんでしょうか・・。

お礼日時:2006/01/24 21:51

何のために生きてるかと尋ねられたら、私なら「いつか死ぬため」と答えます。

同僚や上司のように一日一日を後悔なく過ごせば恐怖を感じないと言うのも、その人の考え方の自由です。例えばクリスチャンのように、人の死は天国へ導かれ「永遠の命」に変わると確信している信者達は、死を悲しまないでしょう。人は死んだらどこへ行くのかが解っていれば、死に恐怖は覚えません。解らないから、恐怖を感じてしまうだけです。宗教や信仰による神の存在は、人の死に安らぎを与えてくれるものですが、科学的な証明はできません。信じるか信じないかの問題ですが、それを選択したことにより「安堵」が生まれるのなら、死ぬまで前向きに生きられると思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
いつか死ぬために生きている、とはどういう事でしょうか??生より死の方が比重が上という事ですか?
おっしゃるとおり、死んで何処に行くか分かっていれば、恐怖心や不安感は軽減されるかもしれませんね。ただ、2度とこの世には戻れないし、大切な人と離れてしまうのであれば、やはり怖くて仕方ありません。

お礼日時:2006/01/24 21:43

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