忙しい現代人の腰&肩のお悩み対策!

タイトルの通りです。山賊が出た、という記述が残る山にも茶屋跡などがありますが、山賊にしてみれば金を持っているかいないかわからない旅人を襲うより、旅人から儲けているはずの茶屋を襲ったほうが手っ取り早いのでは、と話をしていました。もちろん茶屋も教われないために何か防護策をとったのではと思ったのですが、何か詳しいことを知っているかたがおりましたらよろしくお願いいたします。

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A 回答 (3件)

ははははは、何か好きだなあ、こういう質問。



まず「金を持っているかいないかわからない旅人」という点ですけど、常日頃から「道中」をする人=大道芸人や渡世人は別として、商用で街道を歩く商人なんてのは「格好の獲物」だったんではないかと。
(大抵は、大きな商談=品物の買い付けとかで旅をするわけですから)
そうでなくとも最低限の「路銀(旅費)」、すなわち現金を常に懐中にするのは当時の旅人の「基本」だったと思います。
また、たとえ大金を持っていなかったとしても、それこそ「身包み一切」、すなわち衣服や道中差(護身用の刀)、その他の旅道具一式を奪って売り飛ばせば、それなりの「収入」が得られたのではないでしょうか。
「道中手形(身分証明)」なんてのもかなり使い道あるかも知れません。
(もっと言えば「安寿と厨子王」の昔から「人身売買」という手段もありますし)

「峠の茶屋」が襲われなかった理由としては、
・「茶屋まで襲うような狂暴な山賊がいる」ということになれば、自然と旅人もその道を避けて通るようになるので、敢えて手付かずにしておいた。
・山賊自身、峠の茶屋を「飲み食いの場所」にしたり、「情報収集の場所(※)」などに使っている。
(※いかにも大金を持っていそうな客がいたら、一足先に仲間のところへ知らせて待ち伏せをする、等)
・旅人は所詮「余所者」なので、山賊の被害に遭ったとしても「茶屋の主人の言うことを聞かなかった旅人が悪い」ということになりがちだが、「地元民」の茶屋を襲うと、地元の捜査機関が「山賊征伐」に乗り出してくる可能性がある。
てなとこではないでしょうか。

「いくつか時代小説を読んだ」という程度の、あて推量ばっかで恐縮ですけど。
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この回答へのお礼

恐縮なんて、とんでもない。お知恵をいただいてうれしい限りです。
しかし非常に面白いですね。確かに茶屋が襲われてたら、またそこで茶屋商売をしようなんて思う人はいないですよね。
ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2002/02/28 08:10

現在.子供の頃に読んだ「山賊の出る集落」の近くに住んでいます。


「山賊」といえば聞こえが悪いですが.「山賊」は.その地区に住む地主で.その地区の最高権力者です。極端な言い方をすれば.一国の主で司法・行政・立法の3けんを持っている人間です。

ただ.この山賊は中央の支配者.つまり.天皇に逆らったので「山賊」と呼ばれているのであって.略奪を生業にしているわけではありません。

簡単に言えば.「関所の支払いが悪いので旅人を懲らしめた」ことが.誇張して伝わっているだけです。
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この回答へのお礼

へぇえ、これもまたおもしろいです。山賊のいわれが天皇反対にあったとは。
ネガティブなイメージを残しつつ定義が変わってしまったというのはなかなか貴重なご意見です。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/02/28 08:13

私の答え、それは


「峠の茶屋」=「山賊の経営」です。
(わーっ、ごめんなさい「峠の茶屋」の方。)

本当に、こんな回答でスミマセン。

貧乏な人は、そのまま通してあげて、金持ちそうな客のみ襲う。
ちょっと、かっこいいかも。

確か、水滸伝にもそんなエピソードがあったと思います。
(いや、中国の茶屋は、お客さんを喰っちゃったかも・・。)
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この回答へのお礼

なるほど!山賊経営の茶屋かあ!納得。
dai-mさんの答えをみて、ショバ代を山賊に払っている、っていうのもありかもしれないと思いました。御回答ありがとうございます。

お礼日時:2002/02/26 11:43

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Q日本から山賊が消えた日

山賊で検索しても観光旅行関連のページしか出てきません。
詳しい方に質問です。
昔は大名ですらも軍勢を連れなければ物見遊山お一つもできなかったそうですが、今は女性ひとりでも好きな場所を旅行できます。
日本国内限定だと山賊は一体いつごろまで生存していたんでしょうか?

Aベストアンサー

何か特別な裏づけとか史料を持ってるわけではありませんが、たぶん、山越えをするような長距離の移動を、ほとんど徒歩でしなくなった頃からじゃないでしょうか?

つまり、明治の陸蒸気にはじまる鉄道の整備と、乗り合い馬車などに始まるバスや車での移動・・・

鉄道網や道路網が整備されて、乗り物で移動するようになると、ほとんどの人は徒歩で山越えをしなくなるのでは?

そうなれば、数少ない、徒歩や自転車での移動の人が通りがかるまで、山で待っていなければなりませんし、ものスゴイ山奥なら、1年に一度だって通らないかも・・・。

そうなると、乗り物を止めて金品を奪う事になりますが、そのためには、山賊もそれなりの武装しなくてはいけません。
でも、旅人が現在所持している金品略奪が目的となると、武装をガッチリしたワリには、さほどの金額を稼げるとはとうてい思えないので、ハイリスク・ローリターン=「ワリに合わない」って事なのではないでしょうか?

ドロボー系の犯罪というのは、「ワリに合わなくなる」と、自然とすたれていくものでしょう。

そう考えると、今のハイジャックやバスジャック・・・あり得ないけど電車ジャックが、もし、金品目的なら、昔の山賊にあたるのでは?と思いますが、やっぱり今なら、ちょっと電話するだけで稼げる「オレオレ詐欺」のほうがワリに合うでしょうね。

もし、金品目的でハイジャックするなら、乗客を人質にとって、多大の身代金を請求しないと・・・いや、それでも捕まるな・・・きっと。

もちろん、どなたかがおっしゃってたように、個人レベルの山賊系の犯罪は今でもあります。
スリ、ひったくり・・・山奥じゃなくても出没します。

何か特別な裏づけとか史料を持ってるわけではありませんが、たぶん、山越えをするような長距離の移動を、ほとんど徒歩でしなくなった頃からじゃないでしょうか?

つまり、明治の陸蒸気にはじまる鉄道の整備と、乗り合い馬車などに始まるバスや車での移動・・・

鉄道網や道路網が整備されて、乗り物で移動するようになると、ほとんどの人は徒歩で山越えをしなくなるのでは?

そうなれば、数少ない、徒歩や自転車での移動の人が通りがかるまで、山で待っていなければなりませんし、ものスゴイ山奥なら、1年...続きを読む

Q野武士はなんですか

野武士というは、盗賊とか、山賊とかという話しなら

いつも聞いてましたが、

その「野武士」とは、戦国時代で別に生活して活動しましたから

なんか、他の時代で活動した山賊や盗賊とは違うことがありませんか

Aベストアンサー

野武士とは特定の君主に仕官しない武士の集団と言う理解で良いと思います。

領地をもっている武士の場合には、なんらかしらの形で自身より強力な勢力の保護を必要としますが(保証してもらわなければ領地を奪われてしまいますから)、野武士の場合は大抵の場合領地からの年貢を経済的な基盤としていませんでした。また有力な大名の勢力が接する国境に拠点を構えていたようです。

戦時は隣接の大名の傭兵として稼ぎ、平時は国境という大名の勢力が及びにくい街道や水運の要衝において通行料を徴収したり(かわりに野武士の勢力圏での安全を保証していました)、富裕な村落を略奪したりして生活していました。ただし、「略奪」は野武士に限らず、当時の武士においては軍事演習と実益が得られる一挙両得の行動で、武士として「やましさ」を感じるような行為ではなかったようです。

交通の要衝で通行料を徴収し安全を保証する活動を通して、水運業者や馬借などの陸運業者との繋がりの深い野武士も多く、室町時代初期の「悪党」と呼ばれた武士と共通点が多いように思います(「悪党」には同族的な要素が強いのですが、「野武士」の集団では血縁関係は必ずしも重要な要素ではなかったイメージがあります)。

野武士とは特定の君主に仕官しない武士の集団と言う理解で良いと思います。

領地をもっている武士の場合には、なんらかしらの形で自身より強力な勢力の保護を必要としますが(保証してもらわなければ領地を奪われてしまいますから)、野武士の場合は大抵の場合領地からの年貢を経済的な基盤としていませんでした。また有力な大名の勢力が接する国境に拠点を構えていたようです。

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Qもし現代人が江戸時代で1ヶ月生活するとしたら、何で困るでしょうか?

空想の話で恐縮です。

時代小説を読んでいて時々思うのですが、もし今の日本人がタイムマシンか何かで数百年前の江戸時代に戻り、そこで1ヶ月ほど当時の一般庶民の家に滞在するとしたら、何で困ると思われますか? あるいは何も困る事はないでしょうか?

例えば食事。 衛生状態は今ほど清潔ではなかったはず。 もしかして最初の食事で腹痛や下痢をおこし、ギブアップになるでしょうか? それとか味付け。 現代人の口に合うでしょうか? 我慢しないで1ヶ月食べ続ける事に何も問題ないでしょうか? それとか、今のように肉食はそんなにしなかったはず。 せいぜい鳥や兎の肉くらいでしょうか? あと、お酒もそうですね。 現代人に飲めますか?

匂い。 どうでしょうか? 当時の家の中や、町全体、一体どんな匂いがしていたでしょうか? そして1ヶ月間、現代人に耐えられるでしょうか?

風呂。 現代人が躊躇なく当時の銭湯に入れますか? 当時は毎日入っていたんでしょうか?

トイレ。 現代人に当時のトイレで大・小できるでしょうか? 特に女性の場合。

人によって感じ方が違うと思いますが、上に挙げた以外で 「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?

空想の話で恐縮です。

時代小説を読んでいて時々思うのですが、もし今の日本人がタイムマシンか何かで数百年前の江戸時代に戻り、そこで1ヶ月ほど当時の一般庶民の家に滞在するとしたら、何で困ると思われますか? あるいは何も困る事はないでしょうか?

例えば食事。 衛生状態は今ほど清潔ではなかったはず。 もしかして最初の食事で腹痛や下痢をおこし、ギブアップになるでしょうか? それとか味付け。 現代人の口に合うでしょうか? 我慢しないで1ヶ月食べ続ける事に何も問題ないでしょうか? ...続きを読む

Aベストアンサー

 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
(3)朝食の準備にかかります。井戸端で味噌汁の実にする大根を洗い、米を研ぎます。台所の水がめに水を張ります。ブリキのバケツではなく、木の桶で運びますから重たい。道具は何でも重たくて大変。飯炊きの釜や薬缶もアルミ製のものはありません。みんな鉄か瀬戸物です。
(4)カマドに火を着けます。火打ち石でやります。なかなか火が着かず難しいです。火吹き竹で空気を送り込んでやっと景気よく燃え出しました。飯を炊きます。一人当たり三匹の目刺をあぶります。
(5)雨戸を開けます。障子はみな紙です。ガラスではありませんので、吹き降りの日だと雨戸を閉めないといけません。昼間でも暗いです。
(6)家族そろって朝食。
(7)食器などを洗います。油の着いた食器を洗うのは大変です。ママレモンはありませんのでギトギトがなかなか取れません。水道の水でジャージャーやるわけのもいきません。
(8)井戸端で盥で洗濯します。これも大変です。

・・・女性は大変でしょう。田舎の明治生まれの女は、以上のようなことをやっていました。江戸時代とそんなに変わりません。電気(裸電球)とマッチだけが江戸時代よりマシなだけです。

>「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?
・・・夏場の暑いときに一ヶ月滞在すれば、参るでしょう。
・網戸がないので蚊に食われる。
・ハエがブンブン飛び回る。食卓の食べ物にハエがたかる。
・冷房や扇風機がないので暑い。雨の日は雨戸を閉めるのでこれも暑い。
・便所が臭く、人の体も臭い。
 夏場でいいことは、行水などで女性の裸を見る機会が多いことくらいかな。

 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
(3)朝食の準備にかかります。井戸端で味噌汁の実にする大根を洗い、米を研ぎます。台所の水がめに水を張ります。ブリキ...続きを読む

Q江戸時代の武士がもつ日本刀について。

うちには先祖が武士家系ということで 日本刀が何本か残されているのですが 時代劇に使われているような見事なものではなく とても質素なものです。 鞘にしろ鍔にしろ 簡素なもので 刀身も63,8センチ の無名刀です。 小柄とよばれる小刀もついていません。 そこでいくつか質問があります。

(1)やはり昔も 上級武士(位の高い)はそれなりにいいものを身に着けていて 持っている刀がその武士の 品格を表すようなものだったのでしょうか?

(2)また映画などではチンピラ風の町人も脇差しのようなものがありますが そういうチンピラ風のものでも高級な刀をもてたのでしょうか?とくに 「先生」と呼ばれた腕のたつ殺し屋みたいなのもでてきますが長いいい刀を持っているように見受けられます。。

(3)また武士に生まれた家系は 子供のときから刀を差していますが 体の成長により刀を自分の体格にあったものに常に変えていたのでしょうか? 

(4)時代劇のように あんなしょっちゅう刀を抜く機会って 武士でもチンピラでもあったんでしょうか?いまでいうピストルを相手に向けるようなものですよね お互いが刀を抜いた時点で 死を覚悟するようなものだと思いますが。 ドラマや時代劇では みね打ちとかいって どしどしやっつけていますけどあれでも実際やったら相当なダメージではないですか?  

以上わかることだけでも結構です。 お詳しい方どうかよろしくお願いいたします。

うちには先祖が武士家系ということで 日本刀が何本か残されているのですが 時代劇に使われているような見事なものではなく とても質素なものです。 鞘にしろ鍔にしろ 簡素なもので 刀身も63,8センチ の無名刀です。 小柄とよばれる小刀もついていません。 そこでいくつか質問があります。

(1)やはり昔も 上級武士(位の高い)はそれなりにいいものを身に着けていて 持っている刀がその武士の 品格を表すようなものだったのでしょうか?

(2)また映画などではチンピラ風の町人も脇差しのようなも...続きを読む

Aベストアンサー

(1) 江戸時代の中期頃から、幕府や各藩が厳しい贅沢禁止令が出していますから、特別な時以外には上級武士(大名も含む)でも目に見えて分かるような贅沢などしていません。

 まあ、裕福な武家の次男坊や三男坊(部屋住みとか言われる層)が、粋を気取ってやたらと凝った鞘を差していたようですが…。
 象嵌で絢爛豪華な鞘を作ったりとか…。

(3) 最初に子供に与えるのが、所謂「守り刀」と言われる30cm以下の刀で、藩の学問所とかに通う頃に脇差クラスの30cm以上の刀を差し、元服や出仕する様になると二本差しになると。

 なお、江戸時代の武士の骨格は刀を差していた関係で、左肩が極端に上がった形に成っていたとか…。
 (子供ではとても差せない…。)

(4) 江戸時代の武士は、たとえ町人相手でも刀を抜くような真似は滅多に有りません。

 もし、刀を抜いて相手を仕留められなければ、国家鎮護守・外敵制征圧を担う兵として不心得者であるとされ処罰されます。

 仮にちゃんと成敗しても、それが無礼打ちであった事をちゃんと証明(切った本人は必ず一定期間謹慎に成るので、家中の者が死に物狂いで、証人を探す)できなければ、やっぱり処罰されます。
 (証人が見つからなかった為に、処罰が下る前に切腹する者も多い。)

 そして、侮辱を受けても刀を抜かないでいる所を同輩などに見られると、臆病者であるとされやっぱり処罰されました…。

 なお、上記の事を知っていた町民の中には、粋を衒ったり、度胸試しのために故意に武士を挑発する物もいたとか…。

 と言う訳で、当時の武士は町へ行く時などは、共の者を連れて行き主人が屈辱を受ける様な場面に遭遇しないよう、体を張って庇う必要が有ったようです。

 また、他領の領民に対する危害行為は、たとえ正当防衛である切捨御免の結果であったとしても、その領民が属する封建領主への敵対的行為とされる恐れがあり、各藩は藩士に対して江戸領民に触れ合うような場所に行く事を可能な限り避けるよう厳命していました。

(1) 江戸時代の中期頃から、幕府や各藩が厳しい贅沢禁止令が出していますから、特別な時以外には上級武士(大名も含む)でも目に見えて分かるような贅沢などしていません。

 まあ、裕福な武家の次男坊や三男坊(部屋住みとか言われる層)が、粋を気取ってやたらと凝った鞘を差していたようですが…。
 象嵌で絢爛豪華な鞘を作ったりとか…。

(3) 最初に子供に与えるのが、所謂「守り刀」と言われる30cm以下の刀で、藩の学問所とかに通う頃に脇差クラスの30cm以上の刀を差し、元服や出仕する様になると二本差...続きを読む


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