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先日、永年かわいがっていたウサギが亡くなりました。7歳半でした。
本日、初七日を迎えましたが、痛みや悲しみ、淋しさが癒える気配はありません。
そこで質問です。もし、同様にペットを亡くされた悲しい経験のあるかた、以下の二者択一であれば、どちらを選択しますか。
もしくはどちらを選択されましたか?
よろしければその理由もお教えください。

a)同じ悲しみを繰り返さないために、二度とペットを飼わない。
b)その悲しみと同じくらい大きな喜びがあるので、再度ペットを飼う。

よろしくアドバイス願います。

A 回答 (8件)

私のうさぎも先月、8年ほど家に居たうさぎが月に帰りました


癌とEz症で1年ほどの闘病生活でした
やっと直るかと言う矢先
膿瘍になり入院し最後はあっという間でした。

癌は去勢しておけば予防できましたが
他の病気は伝染性のあるものでしたのでもう飼う事は出来ません

さびしくて新しいうさぎを家に入れても
家の中の何処に感染源が残っているか判りません
ですので

>a)同じ悲しみを繰り返さないために、二度とペットを飼わない。

になります

でも、新しく家でも建てられるのなら飼いたいです

この回答への補足

補足1
以下の補足は質問の内容には直接関係ございません。
こうして文字にすることで、少しでも自分の気持ちに整理がつけばとの思いと、願わくはなぜ私がここまで思い悩んで悲しんでいるのかの片鱗だけでもご理解いただければと思い、つたない文章を綴りました。
お時間の許す限り、お目通しいただければ幸いです。
こんなことでたった一人の気持ちが少しは救われることがあるのだと、どうぞお許しください。

はじめに、誤解のないように自己紹介いたしますが、私は30代後半の男性です。
冒頭のウサギ・悲しみ・・・などのキーワードから、もしかしたら可憐な少女を想像されたかたもいらっしゃるかも知れませんが、残念ながら私はおっさんです。しかも、どちらかというとガタイの大きい、コワモテの男性です。

その頃、私は色々なものを無くし、絶望の淵にたたずんでいました。
20代半ばで結婚し、1年足らずの結婚生活のあとの2年にも及ぶ離婚訴訟で疲れきっていました。
挙句の果てに離婚に踏み切った私は持てる財産を全て奪われ、文字通り無一文になり、仕事もうまくいかず、血のつながった家族とも絶縁状態になり、頼りにしていた大好きだった義理の姉の自殺・・・。自分の不幸を呪いもしました。
そんなある日、ふとした記事に目が留まりました。
エッセイ『うさぎと暮らせば幸せになれる』 田所静子 著
これだッ!と思いました、不覚にも。タイトル鵜呑みです。その頃はワラにもすがる思いでしたし、何より今の殺伐とした生活にけじめをつけるためにも、何かしら『義務』を背負い込む必要があると考えた私はうさぎを飼うことを決心し、そのための努力もしました。まず、『うさぎ=かじる』・・・今の賃貸住宅ではさすがにまずいか・・・?
それから一年間、生活をぎりぎりまで切り詰め、食うものも食わずに蓄えを作り、適当な値ごろ感のある新築マンションを見つけ、頭金もなしに35年ローンで購入しました。器は手に入れた、次はパートナーのうさぎ探しです。
世間が世紀末だと騒ぎ立てていた年の春、私はペットショップ回りを繰り返していました。はたからは呑気に映ったかも知れませんが、当の本人はいたって真剣そのものです。もうマンションへの入居も済み、うさぎを待ち構えるのみ。おちおちしていられません。しかし、往々にしてペットショップの小動物のコーナーは休日ともなると家族や子供で溢れかえります。そんな傍らに間もなく30歳を迎えようかという大柄の男が一人真剣な眼差しでうさぎ小屋を覗き込んでいる風景は、どこかしら奇怪にも映ったかも知れません。
何件くらいのお店を回ったでしょう。数千円の雑種から血統書付のお嬢様まで、かなりの数のうさぎを見てきましたが、どうも自分のイメージしていた『それ』とどことなく違うのです。私の持つイメージに確たる根拠はありませんでした。それまでうさぎといえば、小学生の頃、校庭の隅の小屋で飼われていた、でっかくて白くて目が赤くて汚くて臭くて耳が食いちぎられてて・・・。あまりいいイメージとは言えませんでした。それに比べればペットショップの小さなうさぎはどれもかわいく、非の打ち所はなかったのですが、ただ漠然と『何か違う・・・』と思って、購入を踏みとどまっていました。
『うーん、もうしばらく様子見てみようかな・・・』などと、半ばあきらめムードで帰路についていると、帰り道にもう1件ペットショップがあることを思い出し、ダメモトで立ち寄ってみました。時間が遅かったこともあり、店内は人気も少なく、お目当ての小動物の小屋の周りには誰もいませんでした。うさぎのケージを覗き込むと、4羽ほどの仔うさぎが楽しそうにじゃれあって遊んでいます。
『んー、やっぱりここも一緒か・・・』とあきらめかけたそのとき、ケージの中に置かれた小さなお家の奥に背中を向けてひっそりうずくまっている影が見えました。店員さんに『あれ見せて』と声をかけると、店員さんは無造作にそれをつまみ出すと、差し出した私の手のひらにヒョイッと乗せました。『寝てたのにー』といわんばかりの不機嫌そうなその顔がこちらを向き直り、その瞬間、確かに目が合いました。どうやらお互い何か感じるものがあったようです。そのとき、私の気持ちは決まりました。
店員さんに親切に飼育の方法を教えてもらい、ケージやら餌やらをかき集めている間にそれはにショートケーキのように小さな手提げのついた箱に収められていました。散々迷った挙句、結局は3千円もしない雑種に相成りました。用品一式のほうが10倍高かった・・・。帰り際に『たぶんメスですよ』と店員さんに声をかけられ、『そっか、悪くないな』などと思いながら帰路に着いたのです。
補足#2へ続く・・・

補足日時:2006/08/30 11:19
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。お礼が遅くなって申し訳ありません。

永い闘病生活、心中お察し申し上げます。
我が家のうーさんも長らく通院生活を繰り返し、いつ何時状態が悪化するかわからなかったので、心配した妻は仕事もやめ、看病についてくれました。
感謝感謝です。

kotyaさんは今はいかがですか?心穏やかにお過ごしでしょうか?
いずれ時間とともに癒されるものなんでしょうか・・・。
もちろん癒されるということと、忘れてしまうということは別次元の話だと思うのですが、何だかとても寂しいように思います。

自分の中でちゃんと消化できるように、もう少し考えてみます。
ありがとうございました。

お礼日時:2006/08/31 06:24

>kotyaさんは今はいかがですか?心穏やかにお過ごしでしょうか?


>いずれ時間とともに癒されるものなんでしょうか・・・。
>もちろん癒されるということと、忘れてしまうということは別次元の話だと思うのですが、何だかとても寂しいように思います。

1番のkotyaです
まだ、気持ちが落ち着かない日々が続いています
眠る時、眠るまでベッドの横で撫ぜるのが毎日でした
おかげで未だにベッドに入っても全く眠れません
そのままでいると朝まで、起きたまま眠らずに会社へ行く日が何日も続きました
実は、私が飼っていたうさぎは、頂いたものだったのです

私の子供がやはり生まれつきの病気で何年も病院から出ることも出来ず
面会も制限されていた毎日

妻は、看病に耐えられないで逃げ出し
私は子供の為に働く事だけが生きがいになっていました
ですが、病状は好転することなく子供は外の世界を見ることも無く
私より先にこの世を去りました

仕事も手につかず、生きる気力を無くしている時に友人が見かねてか
うさぎを預かって欲しいと言って渡されたのがそのうさぎでした。
私にとっては、死んだ子供の代わりにどこか思っていたのでしょう・・・
毎日うさぎの相手をして餌の事や同じ部屋で生活する為に
私も家をペットOKの場所に引越し
定期的に病院で健康診断と爪切りをする為に車を買い
泊りがけの出張を断り
うさぎ中心の生活になっていました

今は神経科でお薬を頂いて何とか落ち着くように努力しています。
病気でもいいから生きていて欲しいというのは私の我侭でしょう
私は、もう家族が死ぬのは見た開く無いのです

だから当分は、今のうさぎの残してくれた物を色々整理して
考える事になるかと思います

でもうさぎの、寿命は10数年です買えば必ず先に行ってしまいます
そう思うと辛くてまだ新しいウサギを飼う事は考えられないんですよね・・・
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この回答へのお礼

kotyaさん、繰り返し回答ありがとうございます。

私の質問のせいで余計につらいことを思い出させてしまったのではないでしょうか・・・。心中お察しいたしますとともに、お詫び申し上げます。

我が家では妻と私が交代で添い寝していましたので、永らく妻とは布団を別にしておりました。
うーさんは私と寝るときは、一晩中、私の手足の露出した部分を探して布団の周りをグルグル回り、朝まで擦り寄って遊んでいました。
妻と寝るときは妻は一晩中頭を撫でて寝ていましたので、kotyaさん同様、今はうまく眠れないようです。
(元気だった頃は、妻の撫でる手が止まるたびに起こされていたようなので、生前もうまくは眠れていなかったようですが)

今は数百枚に及ぶ写真とビデオ撮影された動画の整理をしております。
思い出の整理が進むにつれ、気持ちの整理もつけばいいなと思っています。

お礼日時:2006/09/01 11:18

私の家では子供の頃から動物を飼わなかった期間の方が少ないくらい、ペットなしでは生きていけない人です。


大人になればなるほどペットとの関係が濃くなってきたような気がします。

何代目になるでしょうか、捨て犬だった今のワンコももう14歳になりました。前のワンコが亡くなってたったの3ヶ月でしたが、この子と出会った時に思いました。
「前の子の生まれ変わりだー!」と。
実際ちょっと似てたもので。

前の子にはしてあげれられなかったことをたくさんしてあげたいと思いました。ちょっと過保護過ぎる位かもしれません(笑)

この子ともいつかお別れしなければならないなんて、想像もつきません。質問者様のように「永遠」だと思ってしまいます。
その時が来たら、私はしばらく普通の生活が出来る自信がありません。仕事なんてどうでもいい!と思ってしまうでしょう。

思えば20年以上近くその繰り返しだったのですが、気が付いたらうちにはいつも何かしらの動物くんがいました。

今は何も考えず、うーさんがくれた様々なものを思い出し泣いていればいいと思います。
自然にまかせていればご自分のお気持ちもわかってくる時が必ず来ると思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

そうですね、『永遠』であるはずなどないのは頭ではわかっているのですが、気持ちが理解しようとしなかった・・・というところでしょうか。
最期の1年ほどは闘病生活で苦しそうだったので、そういう意味ではもう苦しまずに済んだということは救いです。
うーさんが亡くなったとき、子供をつくらせてあげておけばよかったとか、クローン再生できないものか?などと、真剣に考えたものですが、あくまでそれはうーさんに似た子であって本人ではないという思いもあり、踏みとどまっています。
(アメリカでは猫のクローンが1体500万円だそうです。怪しげな話です。うさぎの実績はありません)

もう少し時間を費やします。ありがとうございました。

お礼日時:2006/09/01 11:04

お気持ちお察しいたします。



我が家のウサも「うーさん」という名です。
実は「うーさん」は2代目になります。

初代「うーさん」は病死しました。
手足をバタバタさせて苦しみ抜いて死にました。
娘の腕の中で「キー」と鳴いた後にスーと力が抜けるように亡くなりました。
家族全員泣いていましたよ。
特に、最後に抱っこして看取った娘は相当なショックを受けたらしく
夜に突然泣き出すという状態が一ヶ月ほど続きました。

もうウサギは飼わないと決めて、空になったケージと開封済みのエサ袋はすぐに処分しました。

ですが一年後にペットショップを覗いたところ、「ウーさん」そっくりのウサギを発見。
即買いしてしまいました。ウサギ用品も新たに買い揃えることに。。。
(初代うーさんのケージを保管しておけばよかったと後悔)

新しいウサギの名前は家族全員一致で「うーさん」に決定しました。
初代うーさんの生まれ変わりと思って大事に育てています。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

やはり見ちゃうと気移りしちゃうものでしょうか?
しばらくペットショップには近寄らないようにしようかな・・・。

でもkantan119さんには新たな出会いがあり、今現在はお幸せに過ごされてるということであればそれは幸せなことですね。
少なからずうらやましいです。

我が家のうーさんのケージは今は遺骨を祭る祭壇になっております。
とりあえず49日法要が済むまでは一緒に自宅で過ごしてもらおうと思っています。
それ以降は・・・やはり納骨して土に返してやったほうがよいのかと考えていますが、もうしばらく考える時間がありますので、よく考えてみます。

お礼日時:2006/09/01 10:55

うちのバカウサギも先週亡くなりました。

3歳でした。
元々癒しのペットとして飼い始めましたが、やがてペットから
親友のようになってしまっています。
とにかく人の歩く前方に先回りして寝転がるのでうちの子供には
いつも踏んづけられていました。
うちの子の場合は前日から動かなくなり、翌日に具合が悪そうなので
抱き上げたら「キー」という金属音のような悲鳴を上げてそのまま
バッタリと亡くなりました。

そちらも癒しの目的で飼われ、そのウサによって目的が達成されたのですから改めて飼う必要はないと思います。

しかし今現在の悲しみを何らかの方法で癒そうとするのでしたらペットでなくてもできると思います。

基本的には亡くしたのはペットでは無く家族と考えたほうがいいです。

ちなみに我が家では無くなったウサの2世がいますので癒されています。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>そちらも癒しの目的で飼われ、そのウサによって目的が達成されたのですから改めて飼う必要はないと思います。

そうだとは思うのですが、頭で考えるのと心は必ずしも一致しません。
だからこそ混乱もし、悩んでいるのです。

>しかし今現在の悲しみを何らかの方法で癒そうとするのでしたらペットでなくてもできると思います。

現在模索中です。

うーさんは家族というか、親友であり、支えであり・・・うーさんですとしか言いようのない、それ以外のどれにも該当しない特別な存在でしたね。

自分を見つめなおし、よく考えて見ます。

お礼日時:2006/09/01 10:47

お気持ち分かります。

うちにもウサギがいます。3羽目です。

初代の男の子のお嫁さんを迎えましたが2ヶ月もたたないうちに脳の障害で亡くし、初代のみをかわいがっていました。
その6年後に初代を病気で亡くしました。

つらくってもう飼うのは嫌だと思いましたがペットショップの前を通りかかった時にウサギを見ていたら一緒にいた喜びを思い出しもう一度ウサギを迎える気になりました。
それからもう2年半たちます。今この子といてとっても幸せです。

悲しくてこんなにつらいのはもういやだと思っているうちはその気持ちのまま、無理に新しい子を迎えようとしなくてもいいと思います。
身代わりで飼われる子もかわいそうです。(その気がなくても新しい子を見て前の子を思い出してしまいますので)

でもいつか私のように喜びを思い出してまた飼おうと思う時が来るかもしれません。その時は身代わりではなく素直にその子を迎えることが出来ます。

2者択一で決めることではないと思います。自分の心が動くままにすればいいですよ。

生き物を飼う以上必ず別れは来ます。それはペットでなくても家族など人間でも同じです。別れを悲しんで出会いを拒むことはないと思います。ただ、今は時期ではないということではないでしょうか。

この回答への補足

補足#3から
それは今年の3月ごろのこと。その日はそれまでは元気に遊んでいたうーさんの様子が突然おかしくなりました。どうも落ち着かないらしく、そわそわと部屋のあっちに行っては座り、こっちに来ては横たわりを繰り返すのです。変に思いよく見てみると、動悸と呼吸が激しく、耳が異常に熱いのです。
しかし、夜も10時を回り、この時間から見てくれる病院もありません。私は妻と二人でせめてもの励ましにと徹夜での看病をして、ただただ夜が明けるのを待ちました。何とか朝まで持ちこたえてくれたので、慌てて病院に担ぎ込んだところ、『内臓が動いてないね。』とのこと。その場は薬と点滴で何とか乗り越えましたが、予断を許さない状況が続きました。毎日毎日、うーさんを励ますだけの生活でした。うーさんもそれに答えてくれて何とか危険な状態だけは脱してくれたのです。

拒食・下痢・体調不良を一進一退しながら、それでも何とか生活を続けていましたが、それは唐突に訪れました。
8月下旬のある朝、看病がてら和室で寝ていた私はうーさんに起こされました。一晩中、夜行性のうーさんに遊びをせがまれ、寝ぼけ顔で目覚めた私をうーさんはケージの定位置で待ち構えていました。『はいはい、朝ごはんね』せがまれるままに朝ごはんを出したにも関わらず、彼は一向にご飯に手を付けようとはしません。起きてきた妻もうーさんの異変に気付いたようです。
ケージの中でうずくまるうーさんを触ると、また呼吸と動悸が激しく、熱っぽいのです。どかせて見ると、うずくまったまま水のような便と尿を垂れ流していました。私たちにはどうすることもできず、いつも通り病院に連れて行って点滴と薬をもらいました。病院から帰ると少し落ち着いたようにも見えたので、このままいつものように回復してくれることを願っていました。
しかし、夕方を過ぎても、夜になっても一向に回復の気配は見えません。それどころか点滴のせいか大量に水性の便を垂れ流すばかりなのです。腸の働きを助ける薬を投与しているにもかかわらず、腸が動いている気配がないのです。自分では食べられないので強制給餌も行いましたが、流動食も水さえも一切受け付けず、飲み込もうとしないのです。ただただ苦しみに耐える苦悶の表情の彼に何もしてやれず、ただ回復を願ってケージの横に布団を敷き、看病を続けました。早く朝になって欲しい・・・。

日付が変わり、私たちがウトウトしだした頃、突然、ケージが激しく音をたてました。うーさんが横たわったまま全身の力を振り絞って足でケージを蹴っ飛ばして私たちに知らせたのです。飛び起きて部屋の明かりをつけた頃にはすでに痙攣した状態で、はじめて聞く金切り声のようなうめき声をあげていました。私たちには何もしてあげられません。ただただ苦しむうーさんを抱きかかえて、涙ながらに励ましの言葉をかけるだけです。
あっという間でした。私の腕の中で、とうとううーさんは動かなくなりました。
夜中だというのにご近所迷惑も省みず、後は泣き叫ぶだけでした・・・。

私たち夫婦に、彼はたくさんの幸せと喜びを教えてくれました。
私たちも、私たちなりに精一杯彼を理解しようと努力しました。
我が家での彼の存在はあまりにも大きく、その抜けた穴を塞ぐ手立ては今の私たちにはありません。
おいおい二人でよく話して補いあっていこうと思います。
今はただ、彼のご冥福を祈るばかりです。ありがとう。

補足日時:2006/08/30 11:23
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

私同様に思い悩まれている方がたくさんいらっしゃるというだけで支えになります。

>別れを悲しんで出会いを拒むことはないと思います。
このご意見には私も賛同できます。喜びと悲しみは対のものなのだと理解しております。

今は彼の冥福を祈りつつ、思い出にどっぷりつかった状態ですが、いずれ時間とともに心境に変化が現れれば、意のままに従いたいと思います。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2006/08/31 06:53

すいません、その中にはない・・・というか両方?担ってしまいます・・・。


というのは、そのこがなくなってすぐは絶対飼いません・・・でも、時が経って気持ちが落ち着いて来たらまた考えます。

上手くいえないですが、すぐに新しいこが来ると確かに傷は癒されるかもしれません、実際楽しいです。ですが何かそのこの変わりっていう感じがしてしまいますし・・・そのこの方に良くも悪くも気持ちがそのこに向かってしまうので、亡くなってしまったこのことを思い出してあげる時間が少なくなってしまいます。私はそれが嫌であえて時間をおきます・・・その方が楽しかったこととか色々ゆっくり思い出してあげることも出来るし。

新たに向かえる場合は、前の子が死んだ理由が病気や事故だった場合なんでそうなったとか、防ぐにはどうしたらいいか・・・とか考えたりする必要があると思うので、やはり時間をおきます。

この回答への補足

補足#2から
この頃から、私の仕事が忙しくなり、うーさんをかまってあげる時間が少なくなってきました。
仕事の都合で帰れない日は朝出かけるときに餌皿にたくさんペレットを入れて出かけます。
最初は普通に食べていたようですが、ペレットをたくさん入れて出かける日に限って、食事の量が極端に少ないのに気付きました。食べていないのです。でも私が帰ると『食べ忘れてた』といわんばかりの顔で慌てて食べだすのです。そう、彼はその日の与えられる食事の量で、私が今日帰るのかどうか察していたようです。その日から、私はどんなに忙しくても遅くなっても、外泊せず家に帰るようになりました。

しばらくして我が家に家族が増えました。私の新しいお嫁さんです。彼女は非常にうーさんをかわいがってくれました。本当に感謝しています。うーさんが一人でお留守番できないし、一緒に外出も嫌がるので、結局新婚旅行にも、お泊りでの遊びにさえも妻を連れて行ったことがありません。それでも彼女は文句も言わず、たまに不満を漏らすことはあっても、決してその矛先がうーさんに向かうことはありませんでした。
しかし、うーさんにしてみたら、新しい家族というよりは、『後輩ができた』といった感じの態度がおかしくてしかたありませんでした。それでも月日を重ねるごとに妻とうーさんの関係も密接になっていき、妻が歯磨きをしていると一緒になって洗面所に立ち、台所に立つとかくれんぼしている子供のように『何してんのー?』といった顔をして台所を覗きに行き、妻が寝室で朝寝をしていると、『もう起きる時間だよー』とばかりに足音をバタバタいわせて走って起こしに行く。失敗すると、再度リビングに戻って助走をつけてさらに大きな音で足音を立てて寝室まで走っていく・・・ご苦労様。
それ以外にも彼は本当に表情豊かでした。
気に入らないことがあると、横を通り過ぎるときにこれ見よがしに鼻先でツンツンと必ず2回つついてから逃げていきます。
水のみ器で水を飲むのが大好きで、たくさん飲みたいものだからわざとガタガタと音をたてて『押してー』とせがみます。
鼻を触られると気持ちいいらしく、そのまま眠ってしまい、右ほほをなでられると、なぜか右手が高く挙がります。(原因は未だになぞです)・・・etc。

そんなほほえましい時間が永く続き、永遠であるかのような錯覚さえ覚え始めていました。しかし・・・。
5歳の頃からでしょうか。定期的にご飯が食べられなくなる時期がありました。食べる量が減ったな、と思っているとぴたりと食べなくなります。近くの病院に連れて行くと、『奥歯の伸び方が悪くて、ほほの内側や舌が傷ついている』とのことです。いわゆる不正咬合です。それ以来、拒食と下痢の繰り返しでした。当初は痛み止めや消化を助ける薬で回復していたものの、ここ1年ほどは1~2ヶ月に1回は全身麻酔をしてもらって歯を削ってもらわなければ食べられなくなりました。そんな状態でも健気になつく彼が愛おしくて仕方ありませんでした。
補足#4へ続く・・・

補足日時:2006/08/30 11:22
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

私もbを選択するとしても、今すぐにはありえませんし、うーさんの身代わりとして飼いたいとは思いません。
#2のなかにあるように、いずれ新たな出会いがあればその可能性もあるかもしれない・・・というレベルですね。

私の一番の後悔は、新婚旅行にさえ連れて行ってあげられなかった妻に対し、『うーさんがいなければ・・・』などどいう考えが、一瞬でも頭をよぎったことです。
今はずっと一緒に過ごせて本当によかったな、と思っています。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2006/08/31 06:44

虹の橋へ送り出してあげるのが飼い主の最後の仕事とはいえ、


やはり辛いですよね。
今は悲しみや後悔が先立つかもしれませんが、、彼?彼女が
残してくれてたくさんの幸せな思い出に笑顔が浮かぶ日が
来ると思いますよ。

私は出会いさえあれば(b)ですね。
喜びを求めてというより、その子に求められたら迎えちゃいますね。
でも、無理には探さないかな…やっぱり…

ちなみにNo.1さんのおっしゃっているEzはそこまで感染力は
強くないです。
でも母子感染しているうさぎは多いです。でも発症するかどうか
はうさぎによる。と言ったところでしょうか。
効果的な薬もありますし、抗体検査もできます。

この回答への補足

補足#1から
家具もテーブルも何もない(予算なし)だだっ広いリビングに、30前のおっさんとフローリングに足をとられてうまく歩けない小さな小さなうさぎが対面。しばし沈黙。向こうは『どこー?ここ』といった感じ。どうする?そう、かわいがり方がわからない。今まで、ペットなど飼ったことがないのです。ここはひとまず良好な友好関係を築くためにも、ご飯をあげねば。飼育書どおり、うさぎのお好みのシロナをあげてみた。おいしそうにむさぼりついている。
体重を測ってみた。120g。他の売られていたうさぎの中でも、ひときわ小さかった。手に乗せてみると、大きな手のひらにすっぽり納まってしまうサイズ。それでもちゃんと暖かく、ふわふわと柔らかい。『あまり触り過ぎないように・・・』飼育書の言葉を思い出し、その日はしばらくして寝ることにしました。
トイレのしつけの都合上、ケージの屋根はないほうがよい。粗相をしたらすぐにふき取れるように。そう思ってリビングに置かれたケージの屋根を外し、寒さ対策のペットヒーターを敷いてあげると、気持ちよさそうに丸くなってくつろぎ始めた。私はベッドさえない寝室ではさすがに寝る気がせず、リビングに面した和室の畳の上に薄汚れた布団を敷いて眠りにつきました。
どれくらい眠ったでしょう。薄っすら目を開けると部屋が明るくなっていたので、もう夜が明けていることはわかりました。次に私は枕元でモゾモゾと動き、私の頭をつつく影が視界に入り、びっくりして飛び起きました。え?何で出てるの?ケージの扉を閉め忘れた?確認しましたが、ちゃんと扉はロックまでかけられていました。どうやらケージを飛び越えて出てきたらしい。その小さな体でどうやって?体長の何倍もあるケージを飛び越えて、怪我してないの?しばらく観察しましたが、本人はいたって機嫌よく遊んでいるので、どうやら取り越し苦労だったようです。今夜から、屋根をつけて寝ねば・・・。

うさぎの名前が決まりました。うーさんです。
うさぎだからうーさん・・・と、安直ではなく、先述の『うさぎと暮らせば・・・』に出てくる、モデルになっているうさぎの名前からいただいた由緒ある名前です。別に誰と相談することもなく、私が勝手に決めました。
うーさんの目下の活動はテリトリーの模索とトイレの決定です。リビングをあても無く徘徊するうーさんの後ろを私がついて這ってまわります。うーさんはリビングの隅っこでおしっこするたびに、私にふき取られ、消臭され、ケージの中のトイレに連れて行かれます。リビングの角々にたどり着くたびに角をカリッとかじって見ます。そのたびに私に奇声を発せられ、かじってはいけないものを叩き込まれます。うーさんはまだ34年と1年近く残っているローンの塊をいとも簡単にかじって破壊してくれます。
トイレトレーニングにおよそ1ヶ月、かじってはいけないものを覚えるのに、およそ1年が経過。これって早いのか、遅いのか。
その頃にはリビングにも家財道具がそろえられ、うーさんにとっては絶好の遊び場があちこちにできたようです。
全て新品なのですが、なぜか全て下から20cmほどが歯型だらけですが。
この頃には私とうーさんは寝室を分かち合っていました。私はベッドのある寝室で、うーさんはリビングに置かれたケージの中に入れられて眠っています。そのせいか、晩年まで続いたうーさんの習慣として、朝、私が起きてきてケージから出してもらうと、うれしいのか私の周りをグルグル廻るようになりました。ブゥブゥと鼻を鳴らしながら、足の間を抜けて八の字を描きながら10分くらい、飽きもせずただ廻り続けるだけです。(晩年にはそれでも10周廻るくらいがやっとでしたが)
ある日、うーさんと遊んでいたとき、向き合った状態でひょいっと抱えあげると、下腹部に異様な見慣れないものがぶら下がっているのが目に付きました。そう、それはそれは立派な睾丸がぶら下がっていたのです。
『だまされた・・・』一瞬、そんな言葉が頭をよぎりましたが、今さら・・・ですね。我が家に来て1年がたとうとして、『彼』も立派な大人になったということです。彼は抱っこされるのが何より嫌いなので、気付くのが遅くなっただけです。
補足#3へ続く・・・

補足日時:2006/08/30 11:20
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この回答へのお礼

tanakamozoさん、回答ありがとうございます。

>残してくれてたくさんの幸せな思い出に笑顔が浮かぶ日が来ると思いますよ。
そうであればいいのですが、今は涙しか出ません。

それまでペットなど飼ったことの無かった私は、ペットを溺愛する様子を心のどこかでは滑稽にさえ思っていました。
それがあんな小さなウサギ一匹にここまで心奪われてしまうとは・・・。

そうですね、私も新たな出会いがあれば、またそこで悩むんだろうなと感じております。

ありがとうございました。

お礼日時:2006/08/31 06:33

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